第十九話「謎の必殺技」
スモールルーム鑑定済じゃねえか。(*´∀`*)
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「……いやまだだ、まだ十連ガチャは終わっちゃいない!」
ジェットコースターのような落差と、画面に表示された全身拘束具のゴブリンのあまりの凄惨さにゲームセットしたかのような絶望に囚われていたが、良く考えてみたら十枚中七枚しか確認していない。画面の中では未確認の三枚のカードが確認されるのを待っている。あと三枚"も"なのか三枚"しか"なのかと問われれば間違いなく三枚しか残っていないのだが、ゲームセットではない。諦めたらそこで試合終了なのだ。バスケの試合じゃないから、時間がきて試合終了という事もない。
なんならノーマルチケットだってまだ二枚あるし、それでも足りなければチケットを稼ぐ事だってできる。イベントは一週間続くのだから、むしろ戦いはまだ始まったばかりなのだ。
問題は最も現実的なゴブリンチケットで回したらゴブリンピックアップの倍率も上がってしまう事だが、最悪のカードをすでに引いている以上、ダメージは少ない……はず。現時点で巨大なダメージを受けている事はこの際無視する。
そんな考えに至ってる時点で負けているような気はしないでもないが、認めない。七枚目に排出された、全身拘束具の絶望ゴブリンの名前と一緒など決してあってはならないのだ。
「だから大丈夫だ。この三枚が駄目だったとしても、俺はまだ負けたわけではない」
そう自分に言い聞かせ、精神的な逃げ道を確保し、ついでに物欲センサー的な効果を期待する。迷信だろうが、縋れるものには縋りたいのだ。最近、毎回こんな事言ってる気がする。
< プロテイン(ココア味) コモン ノーマル/アイテム >
< 奴隷の首輪 アンコモン イクイップ/アクセサリー >
< ファウルカップ コモン イクイップ/アーマー >
「……おぉ」
き、期待してたわけじゃないんだからね、と言いたいところだが、一切掠らない結果に項垂れるしかなかった。
いや、駄目ってほどじゃないんだ。なんでもない時に回したガチャなら普通にアリな結果ではあるんだろう。首輪はともかく、蛋白質が不足しがちな中でプロテインはありがたいものだし、ファウルカップだって戦闘用のパンツ代わりに使用するのはかなり有効だろう。戦闘行動中、常にぶらぶらさせているのが解消されるだけでもイクイップゾーンを一枠使う価値はあると思っている。というかディディーとの再戦すら考えられる今、救世主のような防具であるのは確かなのだ。
しかし、しかしだ、狙っていたものがあってソレが出ないというのはここまで意気消沈するものなのか。世のソシャゲユーザーたちはガチャの度にこんな気分を味わっているというのか。
だが、彼らはまだ追加課金という手がとれる分救いがある。ひょっとしたらそれは救いではなく地獄の始まりなのかもしれないが、金出せばいくらでも回せるのだから、ある意味出るまで回せばいいと開き直る事だって可能だ。だが、俺にはその選択肢はない。どうせ使い道がないのだから、貯金が使えるならいくらだって使うのだが、俺に許されているのはモンスターと戦ってチケットを集めるという肉体労働だけなのだ。ガッデム。
というか、金が使えるなら普通にペットショップ行くわい。
「くそ、俺はどうしたらいいんだ」
こんな不確定なものじゃなく、河川敷とかで捨て猫を拾いたい。捨てられて可哀想だから拾うのではなく、俺が可哀想だから拾うのだ。
次の残された選択肢は手持ちのノーマルチケット二枚を使うかどうか。ぶっちゃけ十連には程遠く、イベント中に十枚集める事が絶望的なのは確かだから、ここで使うというのもアリではある。そんな気はしないでもない。というか、すでに使う気満々で自分に言い訳しているようにしか感じられない。
しかし、この二枚を使ったところで目当てのものが出る気がしない。俺がこれまで単発のノーマルガチャで引いたものなんて碌なものがないのだ。ゴブリンガチャに比べて回した回数が少なく、十連のために貯金していたのだから当然といえば当然だが、イメージ的には仕方ない部分もある。
ここはその悪いイメージを払拭するためにも、この二枚を使うというのはどうだろうか。いや、ねーよ。明らかに冷静じゃねーよ。しかし、手元にチケットがあるのなら回したくなってしまうのも確かなのだ。
< 世界のペット大図鑑 コモン ノーマル/アイテム >
< アニマルビデオ ハムスター編 コモン ノーマル/アイテム >
「ちくしょおおおおおおっ!!」
欲望に負けて流された挙げ句、見るも無惨な結果になってしまった。心底から、勢いでノーマルチケットを使ってしまった事を後悔する。
いや、いつ回そうが十連でもない限りは確率的には同じ……って割り切れるわけもない。ガチャが爆死したヤツは大抵そんな自己弁護をしてそうな気もするが、そんな言い訳で割り切れるはずもないのだ。
しかも、無駄にピックアップに掠ってるのがまたムカつく。掠ってなくてもムカつくからどちらにしてもムカつく。なんだこれは、図鑑やビデオ見てペットに思いを馳せればいいとでも言うつもりか。図鑑はともかく、ビデオは再生機器がねーよ、バーカバーカ!
「いかん、落ち着くんだ加賀智弥太郎。幼児退行している場合じゃない」
ちょっと目に余る駄目っぷりだ。自分の事ながら情けない。
初回の挑戦は無惨な結果に終わったが、イベントが終わったわけじゃない。言い訳した通り、期間内にチケットを集めて再挑戦すればいいのだ。
この際、無駄にピックアップがかかってしまいそうなゴブリンチケットでも数をこなす分にはアリだし、救済処置なのかペットチケットがドロップするようにもなっているというニュースもあったのだから、それを狙ってもいい。ならばゴブリン撲殺に精進するのが前向きな姿勢といえるはずだ。
しかし、そこで問題が一つ。俺のこれからの指針に関して決して無視できない情報がある。
【金的の悪夢が蘇る!】修練の門第一層にて、ゴブリン十六魔将第一席 睾丸破壊のディディー強化復活の儀式が進行中(進行度32%)
……これだ。ニュースにも取り扱われているように、あの悪魔が復活しようとしている。儀式が行われている層ははっきりしているのだから、第一層をくまなく探して儀式を妨害してやればいい……とはいかない。
ここで問題なのは、俺が狩り過ぎた事によって第一層のモンスターは枯渇状態にあるという事だ。一切いないわけではないが、明らかに数は少なくなっている上にダンジョンが再構築されるまでの一週間は減り続ける事になるだろう。つまり、第一層でチケットを稼ごうとしても、索敵の手間がかかるばかりで効率が悪いという事で、儀式の場を探しつつチケットを稼ぐなんて一石二鳥な手はとれないというわけである。
少しでもチケットを稼ぎたい今の状況では二層か三層に向かうのがベター、あるいは四層以降に足を伸ばして未知のチケット獲得手段を模索するという手もあるが、どちらにせよ一層でチケット稼ぎをするという選択肢はない。
「かといって、ヤツを放置するわけにもいかない」
この感情はある種の使命感にも似ている。あんな、すべての男性にとっての天敵とも呼べる存在を許すわけにはいかないのだ。
見ようによっては、32%ならまだまだ余裕があると言えなくもない。とりあえずチケット稼ぎに専念して、ある程度結果を出したところで儀式破壊に切り替えるという手もあるが、この進行度がどの程度で推移していくものなのかが分からないのが困ったところだ。極論、一分に1%増えるなら諦めるしかないし、これが一時間でも似たようなものだろう。逆に一日1%程度なら、対応は来週以降に伸ばしても問題ない。
……とりあえず儀式進行の速度が知りたい。正確なところはムリでも、パーセンテージが変わるタイミングを覚えておけば……。そんな事を考えつつ、チラリとニューストピックスに目を向ける。
【金的の悪夢が蘇る!】修練の門第一層にて、ゴブリン十六魔将第一席 睾丸破壊のディディー強化復活の儀式が進行中(進行度33%)
……あれ?
「な、なんか増えてない?」
見間違いか? 進行度が1%増えてるような……32%じゃなかったっけ? くそ、ちょっと前の事なのに自信が持てない。ひょっとして、ディディーへの恐怖が見せた幻なのか。
いや、これは今数字が増えたという体で考えるべきだ。それを基準に進捗速度を測る。……よし、一度狩りに出よう。時間をメモしてそこから進捗の速度を割り出すんだ。
自分の記憶が信用ならなくなってきたので、今度はちゃんとルーズリーフに記録しておく事にする。幸い、< Uターン・テレポート >のクールタイム表示のおかけで時間も正確にカウントできる。
どの道、< ファウルカップ >や< ABパンチ >のテストも行う必要があるのだ。< 簡易転送ゲート >の鑑定が終われば中継地点への転送も可能になるわけだし、それまで一層をうろついて頭を冷やすのもアリだろう。
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一旦頭を切り替えて一層へと向かう。冷静になると、何故俺はあんな勢い任せの行動をとってしまったんだと後悔しそうになるが、そこら辺を含めて目を逸していきたい。
大きく時間を逸脱しないように、既知のものを基準に大きく道を外れないようなルートを選定、当然の如く宝箱もなければゴブリンもほとんどいない道のりではあるが、目的は事前準備と時間調整だから気にしない。
さて、まず< ファウルカップ >だが、これが思っていた以上に具合がいい。傍目から見れば全裸よりも間抜けで変態チックに見えるかもしれないが、弱点を覆い、ブラブラさせないというだけでも大きな違いだ。
他の装備同様、サイズは完全に俺に合わせて調整されているようなので、股関節部が擦れたりする事もない。というか、下着と一体化したデザインではないのにバンドのようなものがなく、単に貼り付けてあるだけのようなのに外れない不思議な構造なのだ。これならポロリしてしまう危険もないだろう。
また、微妙に硬い素材なので安心感が違う。さすがに棍棒で殴打されたら大した差はないのだろうが、剥き出しと比較すれば雲泥の差だろう。動画実況してもモザイクが不要な分、社会的な防御力も段違いだ。今のところは< ブレストプレート >よりも優先していきたい装備である。
これだけでもガチャを回した意味はあったのではなかろうか。当然だが、現実逃避である。
そして、絶望の十連ガチャに紛れて排出された< ABパンチ >だが、こちらに関しては良く分からないという結果に終わった。
名前からしてワンツーのコンビネーションパンチを強力にした感じのスキルではないかと想像していたのだが、遭遇したゴブリン相手に使ってみても別段効果があるように感じられない。
< パワースラッシュ >のように前提条件が揃っていないというわけではなく、スキル自体は発動している。視界にAction Skillなんちゃら~とスキル名が表示されるし、多分発動しているという実感もあるのだが、普通のパンチと変わらないのだ。特にパンチの威力が上がったわけでも、対象への追加効果も見てとれない。ハイレアなのに無意味というのは考え難いが、これまでの体験からしてただのネタスキルという線も捨て切れないのがキツイところだ。というか、意味が分からないのではネタにしようもない。
発動して当たればなんか呻くし、そのまま殴ってれば一応ゴブリンは死ぬが、これは単に俺のパンチで普通にダメージを与えて撲殺しているだけだろう。……受けた相手の感想が聞ければ、何か分かったりするのか?
これは、戻ったら素直に鑑定に回すべきだ。謎過ぎる。
「そういや、ペット連れのモンスターが限定で出現してるってニュースもあったな」
ディディー復活の儀に意識を割き過ぎていて忘れていたが、イベント専用のモンスターが出現しているはずだ。
【ペットモンスター出現】イベント期間中、ランダムでペットを連れたモンスターが出現!
【イベントモンスター出現】イベント期間中、ダンジョン内に限定モンスター< ペットブローカー >が出現! 倒すと確定で< ペットチケット >をドロップ!
ニュースの内容から、ペットを連れた通常モンスターと、< ペットブローカー >という固有のモンスターがそれぞれ出現するはずなのだが、まだ見かけていない。チュートリアル延長戦的な意味合いを持つ第一層には出ないって事も有り得るが、単純にモンスター自体が少ない事が原因な気もする。
ひょっとしたら< ペットブローカー >という名前のゴブリンで、すでに遭遇しているのかもとモンスター図鑑も確認してみたが、それらしき名前はない。そもそもペットチケット確定なのに出てないのだから未遭遇で確定だ。つまり、頻繁に遭遇するわけではないレアモンスターって事だな。
「しかし、俺がペットを手に入れられずに苦しんでいるというのに、ゴブリン共がペットを連れているかもしれないのか」
ペットを連れているのがゴブリンとは限らないが、これまで出会ったモンスターがゴブリンしかいない以上、今回もゴブリンなんだろう。いくら俺でもここまでワンパターンなら学習する。
俺が全裸なところで腰巻きを着けていたり、つくづく俺の一歩先にいる連中だ。自分たちのほうが文明度が高いと自慢されているようでもある。あまりに低レベルな争いに涙が拭えない感じだ。争っているのが自分で、ついでに負けている側なだけに洒落になってない。
もし、目の前に現れてペット自慢でもされようものなら、親の仇とばかりに襲いかかってしまうかもしれん。ウチは両親とも健在だが。むしろ俺は死亡判定される側である。
「そういえば、ペットってダンジョンに連れてこれないんじゃないのか」
神様か二号か、どちらから聞いたかは忘れたが、確かそういう仕様だったはずだ。
つまり、< カマドウマ >や< 負け犬 >をセットしたところで拠点専用の愛玩……観察用。ここには連れてこれない。だから俺の隣にペットがいないのは当然で、たとえ自慢されても仕様上の問題ですと言い切る事ができる。誰に対しての言い訳かは知らんが。
そんなシステム上で動いてるのにペットを連れてくるという事は、モンスター側だから例外って事なんだろうか。それとも連れ回せるペットが別にいるのか? 欲しいんだけど。
まずいな。良く考えたら、ゴブリンを撲殺するのには慣れてきた感があるものの、それ以外……たとえばつぶらな瞳で見つめてくる猫ちゃんなどが襲いかかってきたら反撃できる気がしない。
くそ、まさかそういう心理的なものを踏まえたイベントだとでもいうのか。チュートリアルでは肩透かしだったが、どんな見かけでも惑わされる事なく戦えと、そういう成長を意図しているのかもしれない。危うく何の心構えもなしに対峙するところだった。
というか、そのペットを奪い取ったりはできないものか。ゴブリンに飼われるよりは俺のほうが可愛がれる自信があるのに。
そんな事を考えつつ、予定の二時間が過ぎてそろそろ帰ろうかと思い至ったタイミングでペット連れモンスターと遭遇した。
「……馬鹿な」
ペットを連れているのは予想通り普通のゴブリンだ。ひょっとしたら普通でないのかもしれないが、見分けは付かない。そのゴブリンの手にはペットを従えるためのリード。いつものように棍棒は持っているが、片手が塞がっているので戦闘力ダウンしている感が否めない。
そして肝心のペットだが、あまりの光景に俺は目を疑った。モンスターと遭遇したというのに、棒立ちのまま立ち尽くすほどに。
……リードに繋がれたペットは、首輪をつけたゴブリンだった。
「なんでだよっ!?」
俺の叫びに反応してこちらを認識させてしまったが、声を上げずにはいられなかった。
お前ら同種を飼ってんのか。ペットのほうも、何大人しくリードに繋がれてるんだよ。絵ヅラが酷過ぎる。
「くそ、意味分からん!」
あまりに予想外だったビジュアルに、色々考えていたものが吹き飛んでしまった。一体俺は何を見せられているのか。
そんな俺の心中など関係なく、いつものように襲いかかってくるゴブリン。ペットのほうのゴブリンは動きたくなさそうにしているので、完全にペットがお荷物と化している。
いくら衝撃映像とはいえ、大人しくやられてやるほどでもない。リードが邪魔で上手く距離を詰められなかったゴブリンの脳天を蛮族棒でかち割った。
続けてお荷物だったペットゴブリンに視線を向けるが、主人を殺した俺に対して特に何をするわけでもなく、一緒に霧となって消えた。どうやらペットはおまけで、あくまで本体はゴブリン一匹という事らしい。
イベントとはいえ、一体なんのためにペットを連れてきたのか。吠えて威嚇するわけでも戦うわけでもない、ただのお荷物を引き連れて何をしたかったのか。
まさかそれを自慢するつもりだったとは言うまいな。いくら俺でも、さすがに羨ましくないぞ。ゴブリンのペットなら一応< 負け犬 >がいるわけだし。
「おのれ……」
意味不明な精神ダメージを与えてきやがって。これが目的なのだとしたら大成功だ。お互いなんの得にもなっていないのがまた困る。
しかも、ドロップは< ゴブリンの右脚 >だし。ここは俺のドロップ運的には< ペットチケット >だろ。
「……帰るか」
こうして、謎の精神ダメージを受けつつ、ペット連れモンスターとの初遭遇戦は終わった。
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< 簡易転送ゲート >
レアリティ:アンコモン
強化値:☆
分類:ベース/ライフ/転送設備
解説:ダンジョン内などに存在する中継ポイントを指定して移動できる一方通行のドア。
簡易版のため、転送先は一箇所しか選択できず、取り消しもできない。
[ 修練の門 第二層-第三層中継ポイント ]
「これは便利だな」
なかなかにショッキングな光景を目にしてしまったが、気を取り直して今日の本番である。
鑑定の終わった< 簡易転送ゲート >を使い、俺は第三層手前の中継地点へと飛んで来た。ベースゾーンにカードを設置して出現した、どこでも行けそうなドアを開けてくぐってみれば、あら不思議。そこは目的地である。思わず、< スモールルーム >に設置して専用部屋にしたいくらい便利な代物だ。
ドア表面に表示されたタッチパネルで転送先を設定するのは一度のみ。以降は拠点と設定した一箇所の転送を行うだけの専用装置となってしまうが、結局第三層手前のここが一番無難だろうと判断し、設定した。
そして一度使って確認できたのだが、この転送ゲートにも再使用までのクールタイムが設定されていた。ドアのど真ん中に表示されているのは[ 1:59:23 ]。これがどこを転送先にしても二時間なのか、第二層終わりの中継地点だから二時間なのかは判断できない。鑑定結果にも記述がなかったので、確認するには新たに同じカードを手に入れて比較する必要があるだろう。
とはいえ、再使用二時間というのは今の俺にとってまったく問題にならないクールタイムだ。普通に狩りしているだけでも二時間などあっという間だし、休憩としてみても多少長い程度だろう。
クールタイムのみカード枠を占有する制限なわけだが、この制限がなければ必要な時に取り出して設置するという使い方になってしまうので、納得できなくもない仕様ではある。もっと長くなるなら運用を考えないといけないが、とりあえずこのゲートを使う上では気にする必要はないはずだ。
ディディー復活の儀は1%増えて34%になっている。最初が見間違いかどうかで大きく変わるが、3~4時間くらいで1%の進捗と考えられる。もちろん定期的に増加するとは限らないので、あくまでざっくりとしたものだ。インターネットでファイルをダウンロードする時だって、99%でピタッと止まってしまう事があるくらいだから表示を鵜呑みにはできない。
短く見積もって3時間1%なら一日8%、これなら一応イベント期間には被っていない事になるが、楽観視してチケット集めだけに奔走していいかは微妙なところだろう。儀式とやらをやっている場所のあたりがついているならまだしも、現時点では第一層という事以外は不明なのだから。
幸いといっていいのかは分からないが、儀式は再構築時期を超えて行われるっぽい事で生まれる利点もある。ダンジョンが再構築されて、枯渇したゴブリンが補充されれば、ドロップを稼ぎつつ第一層を虱潰しに探すという手段もとれるのだ。効率の面だけ見れば、それが一番現実的なラインか。
もちろんただの予定だから変わる可能性だってあるものの、直近の数日間は二層、三層でチケットを稼ぐというスケジュールになるだろう。
というわけで意識を狩りに移行する。
上か下か、どちらをメインにするかはまだ決まっていないが、とりあえずという事で第二層へ登ってみる事にした。第二層から中継地点までは移動できるが、第三層に降りた場合は階段が消えてしまうのが大きな理由だ。
そうして階段を登り、以前でかいゴブリン&イザーと死闘を演じたボス部屋が見えてきた。
「……復活するのか」
階段の先に、でかいゴブリンの後ろ姿があるのが目視できた。ディディーはわざわざ儀式を経ないと復活できないのに、フロアボスはこんな適当に復活するのか。まあ、単純になんらかのトリガーで復活するという事なのだろう。それがダンジョンに入る度なのか時間なのかは分からないが。
とはいえ、十六魔将とは違い、真っ当にそこそこ強いあいつとは再戦したいと考えていた。ここに来れば戦闘訓練が捗るというのなら、この仕様はむしろありがたいといえるだろう。
試してみなくては分からないが、ボスならドロップ確率も雑魚よりいい可能性だってあるのだから美味しいかもしれない。というわけで、探索開始のルーチンにあいつを仕留めるのを組み込む事にした。
幸い、でかいゴブリンはこちらに気付いていない。あまり足音を立てずに階段を登っていき、無防備に背後に向けて全力で挨拶代わりの一撃を放つ。
「うおりゃっ!!!」
直前まで、実は気付いていて誘っているのかとも思ったが、そんな事はなく、全力の一撃はヤツの脳天へと打ち込まれ、俺の腕にHPで吸収し切れなかった鈍い衝撃が伝わってきた。
突然の事に対応し切れないでかいゴブリンは、倒れ込みこそしないもののフラフラとよろめき、俺を見つける事すら出来ていない状況に追い込まれる。前方に注意を向けていて、不意打ちでいきなり脳天をドツカれればこうなるのも当然だ。俺だって同じだろう。
「ふんっ!」
瀕死のでかいゴブリンに向けて追撃の一撃を振り下ろすと、そのまま地面へと倒れ込んだ。まだ死んではいないが、すでに戦局は締めに入っているといっていいだろう。
地面とキスしたままのでかいゴブリンに向けて細かい連打を繰り返し、そのまま終了だ。不意打ち込みとはいえ、ノーダメージの完勝である。
「……あれ、戦闘訓練になってないな」
当初の予定ではでかいゴブリン相手に色々試すつもりだったのだが、つい何もさせずに殴り殺してしまった。また復活するなら問題ないが、勢いというのは怖いものである。
[ ノーマルチケット ]
そして、狙ったように十連を諦めていたノーマルチケットがドロップした。嫌がらせか。
いや、ここは前向きに考えよう。ボスだからレアドロップもしやすいというのなら、数をこなせば十連も夢じゃないって事だ。さすがにそこまでドロップ率が良いわけないだろうが、第一層のゴブリンの枯渇状況を考えれば確定で出現するモンスターというだけでもその存在は大きい。たとえノーマルなゴブリンとドロップ率が変わらないとしても、ルーチンワークに組み込むのは確定である。その確率も、数をこなせばある程度絞れるはずだ。
よし、行動方針が固まってきたぞ。
そんな感じでそのまま第二層の探索へと移行、罠に注意をしつつ、それでもやっぱりいくつかは踏んでしまいながらも、そこそこの数のゴブリンを狩る事ができた。
「いいね」
帰還方法が確立されてるから、フリーゾーンとフライングバインダーの枠が埋まった時点で悩む必要がなく拠点に戻れる。結果、事前準備よりも短時間で枠が埋める事が出来た。ゴブリンチケットは四枚だ。
この調子なら十連などすぐだ。なんなら、ちょっと頑張れば百連だって夢じゃない気もする。ちょっと前までなら考えられない効率だ。
ちなみに、ペットブリーダーとやらにはまだ遭遇していないが、ペット連れのゴブリンには何体か遭遇した。
どいつもこいつも揃ってペットゴブリンを引き連れているあたり、これが彼らの階級構造なのかもしれない。それが分かったところでどうこうという話ではないのだが。
『おつかれー』
そうして拠点に戻ったところで、二号が訪問してきた。前回と違い戸締まりはちゃんとしていたので、普通にインターホンを鳴らしての訪問だ。
九十九世界から帰ってくる時に別れて以来の再会である。
「また暇潰しか? チケット稼ぎたいから、あんまり駄弁る気はないぞ」
『ちゃんと用事あるわよ。ピックアップってもう回した?』
聞かれたくない事をストレートに聞いてくるヤツである。
「隠しても仕方ないから言うが、見るも無惨な爆死だ。普通のペットすら当たらなかった」
『あー、まーそういう事もあるわよね。それで次に向けてチケット稼いでるわけだ。意外に前向きじゃない』
「俺には癒やしが必要なんだ」
カマドウマや調教済のゴブリンでは癒やされないのである。高望みをせず、普通の犬猫ならそこまで分の悪い賭けでもないしな。いや、多分だが。
「その確認か? 神様に確認してこいって言われたとか」
『方向性は一緒ね。もしいらないピックアップの限定カードが出たら回収したいって、ガチャ子からの伝言』
「……え?」
一瞬、耳が遠くなったのかと思った。まさか、そんな都合のいい展開なんて久しく聞いていないものだから。
『爆死してたんじゃ交渉もクソもないけど、もしも期間中に限定カード出たらちょっと考えて欲しいって』
「交換で何かもらえるとか?」
『そりゃタダってわけはないと思うけど、多分チケットになるわね。レアリティに応じてシルバーかゴールドか』
「……それは、代わりにブロンズ十枚とかでも?」
『大丈夫じゃない? っていっても、当てなきゃ始まらないんだから、交渉するにしてもそれからでしょ』
「…………」
なんという素晴らしい提案だ。ようするに、限定カードのうち、レアのものはシルバーチケット、ハイレアのものはゴールドチケットと交換してもらえると。
なんかちょっと人身売買的なイメージが付きまとうが、そんな事気にしていられない。
「実は、限定カードなら当てている」
『は? ……あんたさっき爆死したって言ったじゃない』
「コレを見て爆死でないと言い張るのはちょっとムリだ」
二号に放置してあった< 完全調教済ペットゴブリン 負け犬 >を見せる。表返して絵柄が目につくと、余計に爆死という印象が強くなるな。
「う、うわー、爆死ね、確かに」
思わずマイクを通すのも忘れるくらいの納得ぶりである。
「これでも交換OK? というか、何に使うつもりなんだ? 神様が飼うとか」
『大丈夫。負け犬かイーリスなら優先して回収したいって話だったし』
むしろ、その二つはいらないんだけど。
『どうするつもりなのかはちょっと微妙ね。ガチャ子曰く、ユニークなユニットだったら異世界の情報を持ってるかもしれないっていう話だから』
「ああ、そういう……コレから情報引き出すの?」
負け犬さん、全身拘束具だぞ。外しても中身原型留めてるか分からんし、意思疎通ができるかも微妙なところだ。とりあえず俺は試したくない。ゾーンにセットしたら、俺まで負け犬になってしまう気がする。
目的はすでに聞いているから、その理由に関しては納得だが。
『なんか、あんたの運ってヤツが分かった気がするわ。こういうのを最初に引いちゃうって事ね』
「うっさいわ」
確かにそういう低確率で当たりとはいえないものを引く感じの運勢ではあるが、余計なお世話である。これでも数をこなせば平均値に近づくはずなんだ。
『まあ、そういうわけだから、負け犬以外の限定カードが出ても検討はしてほしいかなって。あんたが奴隷を飼いたいとか、そういう願望があるならそれはそれで止めないけど』
「いや、目が死んでる奴隷とか居た堪れなくなるし、神様が救済するならそれでも」
『救済……になるのかな? 別に拷問とかはしないと思うけど……ガチャ子よ?』
「…………」
人の心が分からない神様に情報目的で引き渡されるのは幸福か。
いや、それでも奴隷のままとか俺に飼われるよりはいいんじゃないだろうか。なんなら、使徒になって一緒にガチャ回すのでも構わんぞ。イーリスに関しては当ててもいないから、今考えても仕方ない事なんだが。
……ここで、貰われていった場合の処遇について聞くってのも微妙なところだよな。聞かなきゃ良かったってパターンも有り得るし、それで交換したくなくなっても困る。負け犬は別に何されたっていいんだけど。
「これは、そのままお前に渡せばいいのか? なんなら、< カマドウマ >も交換してもらいたいんだが」
『何と交換するかも厳密に決まってないし、ガチャ子に報告したあとでって事になるのかしらね。まさか、もう引けてると思ってなかったし。カマドウマはいらないわ』
「なんでだよ。ひょっとしたらいるかもしれないだろ」
『必要なのは異世界の情報が手に入りそうなカードだからムリよ。あの子虫とか嫌いだし』
俺だって虫は苦手だ。
『ちなみに、ユニークカードならなんでもアリとかじゃないから、交換を前提に考えないほうがいいわよ』
「異世界の情報前提だろ。分かってる」
ユニークなウエポンカードで< 聖剣エクスカリバー >とか如何にもありそうな感じだが、そういうのはいらないという事だ。神様が欲しいのは情報であって、カードそのものではないのだから。
そうして、二号はさっさと引き上げていった。軽く雑談混じりに話もしたが、せいぜい十分程度の滞在だ。
なんか九十九花は俺の世界にもいて引き籠もりやってるとか、使徒候補として勧誘したいけど止められたとか、割と重要そうでどうでもいい話題である。
-4-
回収自体はまだだが、意図しないところで< 負け犬 >の処分が決定し、幾分か気も楽になった。これほどドナドナされてすっきりする存在もなかなかあるまい。狩りの調子もいいし、この分ならガチャも上り調子になりそうな気さえしてくる。
しかし、そこで調子に乗って、浮いたノーマルチケットだから一回くらい……とガチャを回したりすれば撃沈するのは目に見えている。単発で使うにしてもでかいゴブリンの復活間隔とドロップ傾向を確認してからにすべきだ。
そう、ガチャを回した直後でない俺は冷静なのだ。
というわけで、冷静な俺はこのまま二回戦へと挑みたいところだが、その前に< かんてい >のクールタイムが終了しているので次のカードを投入する。入れるのは、実際に使ってみても良く分からなかった< ABパンチ >だ。
さすがに鑑定して何も分からないという事はないだろう。有用なら有用、ネタならネタとはっきりしてもらいたいものだ。できれば戦力化できるくらい有用であると素晴らしい。
ハイレアなので、鑑定時間は四時間。直接中継地点に飛べる今なら、狩り一周分でも終わらない計算である。
さて、先の爆死の件はともかく、今の俺はなんか調子がいい。
これまでの展開だと、そろそろ予期せぬ落とし穴が待ち受けているから警戒せねばと、緊張感を保ったままダンジョンへと向かうものの、特に何事もなく狩りは進んだ。
中継地点から階段を登れば、でかいゴブリンが再度復活していたので撲殺しつつ、第二層でゾーンが埋まるまでゴブリンを狩り、帰還。気持ち悪いくらい順調である。
「……おかしい」
いや、何もおかしくはない。順調ならそれで問題ないのである。普通はそうそう変な事は起きたりしない。
これが動画実況者なら、ネタ的においしい体験がないと実力で笑いを取りに行かねばならぬと困ってしまうのだろうが、俺にはそんな事をする必要はまったくない。営業用のネタ話にもならないのだから。
自らの運が信用できなくなっている今、疑心暗鬼になりつつも三周目を開始。やはりでかいゴブリンが復活していたので、今度はわざわざ横から擦り抜けて正面から戦闘を挑んでみた。三回戦にして、ようやく想定していた形である。
やはり、このでかいゴブリンは身体能力が高いだけでなく戦闘技術も兼ね備えている。所詮は雑魚に毛が生えた程度ではあるが、それは俺も同じだ。つまり、実力的には極めて近いところにある同士という事である。
ゴブリンのように行動一つ一つがバレバレという事もなく、かといってフェイクだらけという事もない。単純に戦士として格が上がっている感じだ。頭が悪いなりに次の手を工夫しているような動作も見受けられる。
そんな相手だから、ただ殴り合っていた時よりも格段に上達するのが分かった。でかいゴブリン側に成長が見られない分、俺が成長すれば一目瞭然だ。
試行錯誤を繰り返しても問題なく勝てるまで繰り返し付き合ってもらう。中継地点を利用したルーチンワークはしばらく続くから、その間はずっと相手をしてもらおう。
[ ゴブリンチケット ]
ドロップはゴブリンチケットだ。二回目は何も落とさず三回目がコレとなると、ボスだからといってそこまでドロップテーブルが良いわけでもなさそうだ。やはり、最初にドロップしてしまったノーマルチケットは浮きそうである。
固定配置で二時間おきに確実に狩れるというのは大きいが、そこまで都合良くはないって事だろう。だが、数をこなせば問題ない。
その後、普通のゴブリンを撲殺したり、ペット連れたゴブリンを撲殺したり、ペットから先に撲殺してみたりして三周目も終了した。
「おい、十連分貯まっちゃったぞ」
手元にはピッタリ十枚のゴブリンチケット。フリーゾーンの枚数が増えた今、ドロップ確率的にはあまり良くはないのだが、それでも無事十枚貯まってしまった。あと、ノーマルチケット一枚。
順調過ぎて困惑せざるを得ない。これは、このままガチャを回したら成功するフラグにしか見えない。
十枚集まる度に十連ガチャとか、お前ガチャ中毒かなんかじゃないかと疑われるような状況ではあるが、この運が継続している今、ガチャを回さずにどうするというのだ。< 負け犬 >の引取り先が決まっただけで後は別段特筆するような事が起きていないだけようにも思えるが、それはきっと錯覚である。今の俺には流れが来ているに違いない。
「なーに、爆死してもまた十枚稼げばいいさ」
なんなら何度だって集めてやろう。すでに実績があるのだから根拠のない自信とは言わせない。
というわけで、早速十連ガチャに……と行きたいところだが、その前に鑑定が終わった< ABパンチ >の結果確認だ。謎だったこのスキルの全貌が明らかになる。
単純にパンチの威力に補正がかかるようなものではないのだろうが、使い方さえはっきりすれば運用方法だって見えてくるはずだ。
< ABパンチ >
レアリティ:ハイレア
強化値:★★★(効果+/効果+/効果+)
対象・効果範囲:一体
発動条件・制限:任意発動
分類:スキル/アクション/必殺技
解説:ABマンの必殺技
「……誰だよ、ABマン」
しかし、鑑定結果を見ても意味が分からなかった。情報が少な過ぎる。多分、パンチに合わせて発動するだろうという事は分かるが、その結果どうなるのかがさっぱりだった。
鑑定しなくてもそれくらいは分かっているのだ。今欲しいのは発動した結果どうなるかなのに、肝心なところが抜けている。
ABマンとABパンチのAB部分は多分同じものだろうから、それがなんの略なのかが分かればある程度は推測できるのだろうが、パッと思いつくものはアルファベータとか無難な単語ばかりだ。少なくとも俺の創作物知識に該当しそうなものはなかった。アサルトとバスターとか?
ヒーローものに詳しいわけじゃないから自信はないのだが、アメコミか何かにABマンというヒーローがいて、その情報が形になったとかなんだろうか? それとも、ヒーローが活躍する世界があるって可能性もあるが……。くそ、何者なんだABマン。その正体を教えてくれ。
必殺技なんて分類をされている以上、相手にトドメを刺すための技か、そうでなくとも強力な技ではあると思うんだが、このままじゃ使いようがないな。
……これ単品で使えない場合、缶切りの時のように補完用のカードが出るようにガチャ側で補正がかかったりするんだろうか。
とはいえ、モヤッとしたまま死蔵するのも気持ちが悪いしもったいない。ようやく戦闘に使えそうなスキルを手に入れたのだから、なんとか使ってみたいところだ。
「……最悪、柚子か待雪に検証を頼むという手もあるな」
< Uターン・テレポート >のクールタイムがまだまだ残っているから結構先になってしまうのはアレだが、それまで何も判明してなかったら頼んでみるか。
九十九姉妹相手に撃ってしまうのか。(*´∀`*)





