Relaxation「異世界侵略」
みゃー。(*´∀`*)
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50メートル四方程度の小さな空間。本来どこに接続しているわけでもない、孤立した場所。
リラクゼーション・フロアと呼ばれるそこは、かつて加賀智弥太郎がチュートリアルで訪れた場所であり、ガチャの神が愛用している専用の癒やし空間である。そこに二柱の超常がいた。
「異世界侵略ねー」
ガチャの神の説明を受けて、動画実況の神候補は怪訝な顔をしていた。
加賀智弥太郎から報告を受け、本件に関わる事項の説明をした後で良ければ個別に説明すると言われ、実際に説明を受けた感想は、分かり易く説明する気ないなこいつだった。
ある程度この世界の情報を持っていて、それを言っている者の性格も熟知している自分なら問題はないが、普通に話せば誤解されかねない説明だ。つまり、いつも通りである。
加賀智弥太郎も慣れてきてはいるが、説明だけで真意を掴むまでにはまだ至っていないだろう。
「……その説明じゃ、ガチャ太郎誤解するんじゃない?」
「別に嘘は言ってないでーす。おーおー、猫ちゃんズは可愛いでちゅねー。にゃーにゃー」
会話はするし耳を傾けてはいるものの、ガチャの神は目の前の子猫たちに夢中である。周りに陣取れなかった子猫は、代わりに動画実況の神候補の周りで構って欲しそうにミャーミャー鳴いていた。その様をじっと遠巻きに眺めてる子兎も、鼻をぴすぴすさせながら遊んで欲しいオーラむき出しの視線を向けてくるのだ。動画実況の神候補としては話をし辛い事この上ない。可愛いとは思うが。
また、メタ的な問題ではあるが、動画実況の神候補とかガチャの神とか面倒なので、ここではガチャ子とチュバ子で呼び名を統一する。
「真面目に話しなさいよ」
「真面目ですよー。でも、パチンコ連中の精神攻撃でダメージを受けた私には癒やしが必要なんです」
「あいつらも精神攻撃のつもりはないと思うんだけど」
「セミナーに出てないからそんな事言えるんですよ。素で言ってる事が全部ダメージになるなんて、悪夢以外の何者でもないです。使徒までそんな有様なんですから。あいつ絶対元パチンカスですよ」
「パチンカスって……」
特に影響力があるわけでもないのに、パチンコ業界の業績や今後の課題などについて語られても困るのだ。遠隔操作根絶運動とか言い出しても、何を操作しているのかまったく分からない。クギの見方だって覚える気はないのである。なんなら玉の買い方すら知らない。それなのに、パチンコ・パチスロの専門用語を知っていて当然のように話すのはタチが悪い。向こうはそれを一般常識とさえ思っているのだから余計だ。
同じエンタメ業界で一括りにされてしまっているが、ガチャとパチンコはまったくの別物であり、むしろ敵対する要素さえ秘めているのだ。誰がやっているのか知らないが、カテゴリ分けをする上位の存在は細分化について検討すべきである。娯楽の多様性は一昔前の比ではないのだから。ガチャ子としては国営カジノを応援したい気持ちでいっぱいだった。むしろ、駅前を陣取る大量のパチンコ屋にいなくなってほしいとさえ思っている。
ガチャだって大量に社会的な問題を抱えてるわけだが、そんな事は知ったこっちゃないのである。少なくともパチンコ業界に迷惑はかけてない。
「それで、異世界侵略の件でしたっけ?」
猫じゃらしを振る手を決して止めずにガチャ子は話を続ける。
「そうよ。あんた、直轄の使徒との関係を気にしたりしないの?」
「ウチの使徒さんは気にしないと思いますけど?」
人の心が分からない超越者とか評価されている割には大した自信である。
「マジで言ってるわけ? 相手が言葉の裏側を読み取ってくれると思ってたら大間違いだと思うけど」
「まー困惑はするでしょうし、色々考えるとは思いますが、むしろそれが目的ですしね。彼には使徒として成長してもらう必要があります」
「……ちゃんと育てる気あったんだ」
チュバ子的には、フォローはしていても基本的に干渉せずの姿勢だったので、放置する気だと思っていた。自身が過剰気味に関わろうとしているのも、罪悪感からくるものが何割かを占めている。
水さえあればとりあえず死にはしないだろうと給水所だけ置いておいたり、全裸でダンジョン攻略させたりする上司が部下の事を考えているとは思えないのだが、まさかそれらも成長を期待しての事だったのだろうか。それが動画的なネタとしてならともかく、別にあの光景は公開されていたりはしない。かなり頑丈なセキュリティなのか、権能で覗き見る事も出来ない。絶対、普段から面白生活しているはずなのに。もったいない。
「実は最初の段階では微妙な感じでしたけどね。彼の資質や能力が云々というよりも、使徒そのものの必要性の部分で。使徒を創る慣例があるからそれに従っただけです」
「なんでよ、便利じゃない小間使い」
さっさと候補から昇格したいチュバ子としては藁にもすがる思いで使徒が欲しかった。口では小間使いと言っていても、自分に使徒が出来たら優遇する気満々である。
権能が及ばない範囲であるから今は諦めるしかないが、無人世界で出会った九十九姉妹をどうにか引き込めないかと画策もしている。米くらい、俵サイズで用意してあげるのに。なんなら大食いチャレンジさせてあげるのに。
「いや、いくら死ぬ直前のタイミングで呼び出したからって、その後の人生全部投げ捨てて尽くしなさいっていうのはどうかと思うんですよね。本来ないはずのものだとしても、実際には続いているわけですし。まーウチの使徒さんは社会的な事情で戻れそうもないですけど」
「マスコミの餌食ってレベルじゃないわよね」
さすがに山手線脱線事故は規模が大き過ぎる。加賀智弥太郎はまだ知らないが、かなり長い区間に渡って高架橋を含めて崩落しているのだ。周囲の建物まで巻き込んで、未だ復旧の見込みが立っていない。首都圏の交通事情は大変な事になってしまっている。そんな中、明らかに巻き込まれていたはずの被害者が無傷で現れて問題が起きないはずもない。すでに被害者名簿に名前は載ってしまっているのだ。
とはいえ、実のところ事故そのものをどうにかする事は出来ずとも、超常的な力でアリバイを誤魔化す事は可能だ。本人が何食わぬ顔で誤魔化すつもりがあれば、元の生活に戻せなくもなかった。加賀智弥太郎はその場にいなかった事にすればいいだけなのだから。
「ひょっとして、元の生活に戻す気があったの?」
「はい。ある程度の期間まったく成果が出ないか、一定の成果が出た時点で、望むなら帰す予定でした。……でも、もう駄目ですね」
何も実績のない状態であれば、ただの被検体として解放する事は出来た。記憶の処置や肉体的な変化の問題はあるが、そんなものは些細な事である。
……しかし、今となっては、それは不可能に近い。加賀智弥太郎はある意味で有能過ぎたのだ。
「平行世界の地を踏んでしまったから?」
「……そこまでなら、すごい実績として評価するだけでやりようはあったんですよ。観測って段階を飛び越えてはいるけども、それは想定されていた延長線上での事でしかない。だけど、九十九花とホムンクルスとの邂逅は駄目です。実績として大き過ぎる。絶対に上の目に止まってしまう」
単に平行世界に渡って現地の人間と遭遇したのとは次元が違う。世界を渡る技術を持ち、実際に成功させた者と遭遇したという事実は重い。それは本来ならばどの程度の期間で得るべき成果だったのか。
あれだけで、もはや加賀地弥太郎は人間に戻せなくなった。有用だと判断されてしまった。これまでまったく進展のなかった課題を大きく進める要因として認定されてしまった。
「異世界に渡る術を得るのだって、もう少し時間がかかると思ってました。少なくとも、今の生活が安定してから無数にガチャを回してようやく出るくらいだと。私の見込みだと大体半年くらいで」
「まあ、まだパンツしか履いてないしね。ダンジョンに至ってはそれもないし」
強敵との戦闘が予想される場合は胸当てを付けたりもするが、それ以外は弱点丸出しである。攻略動画を見せてどちらがモンスターかと質問したら、一瞬悩むくらいには原始人だ。もちろん、長く攻略していけば格好もマシになっていくのだろうが、現時点ではモンスターとモンスターが争っているのと大差ない。攻略だって、第四層……いや、実質的には第二層までしか攻略完了していない。
にも拘らず、核心とも呼べるカードを引いてしまった。ランダム性の高いシステム故にその可能性は常に存在はするが、あまりにも運が良過ぎる。
「時々いるんですよね。神に、どころか運命に愛されているというか呪われているような存在が。そういう人が得てして英雄とか呼ばれたりするわけですが。今回の場合は方向性が違いますけど」
「英雄っていうなら、どちらかというと九十九花よね」
「ああ、実はあっちがそういう存在で、使徒さんはそれに引っ張られたと。……ないと思うけど、それだったら手に負えないなぁ。完全に範囲外だし」
どんな運の良さだというのか。おそらくだが、九十九花の出身世界に神は存在しないはずなのに。
彼女のいた日本は生き残る事すら厳しい環境だっただろう。そんな地獄の中で自力でか、偶然でかミュータント・ソルジャーと呼ばれる兵器と対抗する力を持ち、ただ一人生き残った。そして平行世界へと逃げ出す決断をして、それを成功させている。その陰に多くの犠牲があった事は分かるが、それでも戦力を保持したまま世界間の移動を成功させているのだ。いくらなんでも異常と言わざるを得ない。
指導者や歴史に名を残す類のものではないだろうが、間違いなく常人から逸脱した才覚を持っている。神が与えたものでないはずだが、天運とでも言うべきだろうか。
「そういえば、こっちの世界に九十九花はいたの?」
「ああ、いましたよ。引き籠もりやってました。自分の籍を置いている高校のイメージを下げるために日夜ネットに潜っているようですね。普通です」
「それを普通っていいのか分からないけど、まあ目立つ存在ではないわね。活動しているサイトのアドレスとかもらえる? 学校の裏サイトか何か?」
「別にいいですけど、現時点ではこっちの彼女は手出し厳禁ですよ。勧誘なんて以ての外です」
「なんでじゃ」
「言ったじゃないですか。状況が特異過ぎるんですよー。同位体に干渉して問題起きたらどうするんですか」
言っている事は分からないでもないが、もどかしい。この分だと、権能の及ばない範囲ではあっても、無人世界にいるほうの九十九花に接触するほうが無難かもしれない。
確かに、引き籠もり一人と同じ顔が十三人なら後者のほうが動画的にはおいしい。
-2-
「で、話を戻すけど、ガチャ太郎に詳細を伝える気はないわけね」
「聞かれたら答えますよ」
「端的にね。神々の思惑とかあんたの考えとかは省いて」
「なんて棘のある言い方。いつの間に使徒さんに絆されてしまったのか。……これがNTR」
「いや、コレに関しては前から言ってたでしょうに。あんた言葉足りな過ぎ。自分が言いたい事は口が回るのに、相手がどんな言葉欲しいか考慮する気がない」
「自分、不器用なもんで」
「あんたも大概適当に生きてるわよね」
治す気も矯正する気もない。その必要性すら認めていない。当たり前だ、神はその状態で完成されている。変化はするが成長はしない。神格が上がる事はあっても本質はそのままだ。そんな事は分かっている。おそらく、ガチャ子に何か促すよりも加賀智弥太郎を成長させて改善させる方が圧倒的に早いだろう。
「私はガチャの神であってぇー、人間関係とか話術とか詐欺の神ではないのですよー。パチンコの神でもねー」
そう投げるように言って、ガチャ子は猫に埋もれる。
駄目だ。どうこうする以前に、色々ストレスを溜め込み過ぎている。そりゃこんなリラクゼーション・フロアも作ろうというものだ。
「そういえばだけど、ガチャの神なんだから、あんた自身が回すのは駄目なの? あのガチャ。チケット自体はいくらでも用意出来るんでしょ?」
システム……というか、回すガチャマシンは同じなのだ。チケットさえあれば投入してボタン押すだけである。
加賀智弥太郎をあの環境に置いているのは本人の成長を促す目的があるから、というのは置いておいて、そこに目的のものが出る機械があるのだから、チケットを何枚でも用意出来るガチャ子が回さない理由はないはずだ。
「私がチケット出す場合は権能扱いなのでいくらでもってわけじゃないですけどね。まあ、数万とか数十万程度なら用意しても問題はないです。というかやりましたし」
「何か問題があったって事よね?」
「試しに回してみるといいですよ。はいチケット」
猫に埋もれたところから伸びた手にはノーマルチケットが大量に握られていた。いつの間にかガチャマシンも設置されていて、猫と兎がもの珍しそうに群がっている。
これはつまり、説明するよりもやってみたほうが分かるという事なのだろう。
チュバ子はそのチケットを投入し、とりあえず一回回してみた。……長い演出が始まってから、やっぱり十連にしておけば良かったと後悔する。
結果はレア。ビギナーズラックというか、幸先は良さそうだ。
「……どういう事?」
「そういう事なんです」
違和感に気付いたのは十連を十回回したあたりだろうか。排出されるカードに偏りがあるのを感じていた。
「ガチャ太郎のマシンと中身一緒なのよね?」
「そうですよ。そもそも、その中にカードがあるわけじゃないんで、出てくる場所が違うだけです」
知らないカードが出ない。排出されるのは、すでにカードとして出た事のある……チュバ子に渡されている図鑑の中身と同じものばかり。
未知のものが出ても、それは地球で流通している商品かそれをアレンジしたものだけだ。100回回して一枚もないのはさすがに違和感を感じる。
そして、その傾向は千回回しても同じ。それ以上は一覧を見るのでさえ面倒になってやめたが。画面の中のガチャ子も疲れている。
いわゆる異世界産のもの、その情報を元に創られたカードが排出されない。
「しいていうならスキルとかユニットだけど」
「そこら辺は別の部門で出た成果です。過去に観測された情報を認識して、そのまま流用されてるっぽいんですよね。ひょっとしたらゲームとかから反映されてるのかもしれないけど」
「だから図鑑には載ってると……って事はつまり、これがガチャ太郎の適性って事?」
「イエース!」
ガチャ子が拍手を始めた。周りの猫もそれに合わせて鳴き始める。
「使徒さん以外がガチャ回しても、既知のものしか出ません。出ても多分、億分の一とかそういう現実味のない数字で"些細なもの"になるでしょう。平行世界絡みのカード、ましてや転移カードなんて夢のまた夢です。……そういう結論に至りました」
「ピックアップの影響があっても?」
「はい。ピックアップ自体は排出率に影響あるでしょうけど、それは既知の範疇に収まるはずです。そろそろ始まるペットピックアップなら、ペット自体出易くなってるけど、それ止まりですね。私たちだと何回回そうが限定カードの類は出てこないと思います」
「ピックアップニュースで、それがあるって分かってるのに?」
「はい。まー、今回が初なんで多分ですが。一応、裏で実験はするつもりです。出来たら< 奴隷少女イーリス >欲しいんですよねー。使徒さん引いてくれないかな」
なんで奴隷……とチュバ子は訝しんだが、すぐに理由について思い至る。
「異世界の情報が手に入るかもって?」
「はい。喋れるユニットは結構いますけど、基本的には自動的に生成された存在で、性格や保有情報も設定に準じているだけってパターンが多いんですが、明確に過去が描写されているなら本当に異世界から呼ばれた可能性があります。それでも確率的には低いでしょうが、ユニークなユニットカードはその可能性が存在すると思って下さい」
解説にあった出来事が本当にあった事となれば、それはそれで加賀智弥太郎は泣いてしまうかもしれないが、それはそれである。
「< 完全調教済ペットゴブリン 負け犬 >もそれっぽいですが、ゴブリンですしね。あの十六魔将?っていうのと併せて候補ではあります」
「ガチャ太郎的にはそっちは絶対に引きたくないと思うんだけど」
「チケットと交換で引き取ってもいいですね。調教済でも情報絞り出すのは大変そうですし、使徒さんじゃ厳しいでしょう。限定とはいえレアですし、< シルバーチケット >三枚くらいですかね」
「確かに引いたら持て余すだろうけどね」
上手く説明しないと、また変な誤解を受けるんじゃないだろうか。いや、この場合誤解ではないのかもしれないけれど。
状況だけを見れば、持て余した奴隷を売り飛ばすのと大差ないのだ。しかも、売り飛ばした先で何されるか分からない。
「じゃあ、チケットをガチャ太郎に渡して回させるってのはどうなの?」
「あー、そこツッコミますか」
「いや、誰でも思いつきそうなんだけど」
実際、加賀智弥太郎はシステムを理解していない最初の段階であるだけチケットくれと言っている。そして、ログインボーナスを増やしたりもしている。
「使徒さんがある程度慣れた段階でテストはしようと思ってますけど……多分上手くいかないと思うんですよ」
「なんで?」
「加賀智弥太郎が正規に手に入れたものではないから。私たちが間接的に回しているのと変わらないって判断されそうなんですよね」
何に? という疑問は出たが、おそらくガチャシステムそのものだろう。
確信があるわけではなさそうだが、何かしらそういう考えに至る要素はありそうだ。
「根拠は?」
「勘です」
勘だった。そうはいっても、その勘を働かさせる何かはあったのだろうが。まったくの無根拠というのは逆に考えにくい。
「なので、色々理由つけてテストはする予定です。あとはログインボーナスみたいな報酬扱いならどうなのかとかについても。排出率の確率実験をしたいので十万回回して下さいって言えば、クエストとして成立しそうですし」
「百連ガチャでも一日潰れそうね」
先ほどチュバ子がテストした際には千連ガチャはなかったはずだ。百連でも画面上のガチャ子はゼーゼー言っていたのに、千連だとどうなってしまうのか。ちょっと気になってしまう。
「レアカードが出ても自分のものにならないってダメージは大きそうですし、余裕が出てくるまではやめておいたほうがいいと思いますけどね」
「出たカードをあげればいいじゃない?」
「そこの前提を崩すとテストの定義が揺らぎます。クエスト発行システムって、そのあたりまで読み取ってるっぽいんですよ。私の手製システムじゃないし」
「そうなんだ」
それは、ガチャ子一人だけで構築したものではないという事だ。確かにガチャ太郎ウインドウやダンジョンのシステムはガチャの神の権能からは外れている。誰かは分からないが、それっぽい権能を持つ神か使徒に力を借りたのだろう。
「じゃあ、出た結果を見えなくするとか?」
「あー、いいですね。それなら問題なさそうです。それで行きましょう」
それはそれで、結果の一切分からないガチャを引き続けるという苦行になる気もするのだが、チュバ子は突っ込むつもりはなかった。意味不明な苦行に身を投じさせられるなど、加賀智弥太郎にとっては今更だろうという認識があるからである。
-3-
「それで異世界侵略の件だけど、やっぱりフォローは必要だと思うのよね」
「まだそれ引っ張るんですかー。無心でこの子たちと戯れましょうよー」
「戯れるのは別にいいんだけど」
そんな事を言われても、関係がギクシャクするとこっちも迷惑なのだ。チュバ子にとって加賀智弥太郎は新しい遊び相手なのである。おもちゃとも言う。
「とはいっても、実際侵略行為ですよ。平行世界に手を伸ばして日本化して我々の影響力を広げようって話なんですから。武力じゃなく、信仰で侵攻するわけですけど」
しかし、そのダジャレにツッコミはなかった。
「聞きたかったんだけど、それって問題ないのかしら? ほら、私たちの同位体がいるかどうかは知らないけど、平行世界ならそういう存在がいるんじゃない? 戦争する気?」
最悪、神話の再現まで有り得る。神格同士の激突などロクな結果にならないのは火を見るより明らかだ。
「その点は一応大丈夫なはずです。ガチャの設定で干渉する平行世界は神格の存在しない世界を優先しているので、基本的には最初から神がいないか、すでにいなくなった世界が対象になるはずですから。問題があるとしたら……同じような事をしようとしてる世界が別にあって、かち合う可能性?」
「一応セーフティは掛けてるのね。……あの無人世界は、だから……」
神のいない世界。神のいなくなった世界。神性の加護を失い、一切の神秘的な力を持たない世界。その結果。
無人である理由は未だ謎だが、根幹にはそういう理由があったのだろう。確かに、もしもこの世界の日本が同じ状況になるのなら手を出さないはずはないのだ。
「無人になった結果、一緒に神も滅んだってケースも考えられます。干渉するには注意が必要ですね」
「私たちを直接的に滅ぼせる何かがあると?」
「可能性としては考えておくべきでしょう」
それはもう上位の神々に任せる案件のような気もするが、注意は必要だ。神はもちろん、それほどの力なら人間にとっては劇物以外の何物でもないのだから。
「いくら無人の荒野を行くが如き侵略でも、侵略に違いはありません。実情がどうあれ、それは忘れてはいけないと思います」
それを忘れた瞬間、目的と手段が曖昧になる。引く事が出来なくなる。言い訳を作ってしまう。
「でも、それは上の神々の目的であって、あんたの目的じゃないでしょ?」
「何故そう思うんです?」
「だって、あんたが言われた事をそのままやるいい子ちゃんなはずないでしょ。いくら下っ端でも、信義に反する事はしない。それは私たち共通の気質だけど、あんたは特にその傾向が強いし」
なんせ幼馴染みである。多少のズレはあるものの、生まれた時からほとんど一緒にいるのだ。
「いや、雑務を一身に投げつけられる下っ端なもんで。実務に関わってない候補ちゃんには分からないでしょうけど」
「うっさいわ! あんたが異常なだけよっ!!」
日本以外のガチャ利用率だったら絶対こんな神生まれないのに。そもそも日本以外がどうなっているのか知らないが。むしろ、世界的に見れば動画実況のほうが普及している感すらあるのに。
日本の動画実況者ももっと頑張るべきだと、チュバ子は思う。常々思っている。もう、国会とか全議員で実況すればいいんじゃないかとも思っている。きっと色んな意味で燃え上がる事だろう。
「まー、確かに私自身侵略には興味ないです。ガチャのジャンルが増えるのはともかく」
「そうよね」
そもそも信仰を広めるのに積極的な日本の神は少数派だろう。今回の件はむしろ暇潰しと知的好奇心からくるものだと思っている。
そして、ガチャ子はその性質的に知的好奇心を優先したりしない。だって、ガチャの神だし。
「とはいえ、些細なもんですが私の目的もない事はありません」
だから、個別の理由でもない限り、前面に立って活動しようとは考えないはずなのだ。
「今回の侵略対象はあくまで神の存在しない、なんらかの形でいなくなった世界です。あの無人世界はちょっと極端だと思いますが、一切の庇護を持たない世界が向かう先はあまり明るいとは思えません」
「そうね。人間って割と強かだからしぶとく生きてるかもしれないけど、相対的にいい結果にはなり辛そうよね」
別にこの世界でだって神が認知されているわけでもないし、積極的な介入をしているわけでもない。全知全能で絶対的な力を持っているわけでもない。
それでも最終的なセーフティとして存在しているし、国がなくなるような問題が起きれば介入する。というか、そんな傾向があった時点で裏からさりげなく手を回すだろう。もちろん限度はあるが、それは相対的に見ればプラスと考えていい……と、それに近しい立場のチュバ子は考える。
そういったものが丸々存在しない分、国家存亡規模の問題には弱いはずだ。つまり、滅びやすい。衰退し易い。
「そういう人たちに少しでも救いを与えたい。傲慢かもしれないし、偽善かもしれないけど、それが私の求めるところです」
「…………」
それは、ガチャがどうこう以前に神としても在り方の問題だ。無条件に庇護するもの、愛するもの、そこまで割り切った者は少ないが、神々が共通して持っている気質ともいえた。
ガチャ子は、そういう神としての根幹部分を基盤として、この企画に乗っているという事なのだろう。
「……それをガチャ太郎に言えば、何もかも丸く収まりそうだけど」
彼の気質を考えれば全力で協力してくれそうでもある。
ここまで多少関わって加賀智弥太郎から感じているが、彼は基本的に善性だ。あるいは、そういった気質の似た者が使徒たる素質なのかもしれない。
「えー、恥ずかしいじゃないですかー。こういうのはさり気なく行動で示すのが格好いいんですよー」
「……ま、いいわ」
多分、こういう気質も似た者同士なのだろうと、チュバ子は思って呆れた。
チュバ子としても、加賀智弥太郎とガチャ子が決定的な破局を迎えるとは思っていない。
ガチャ子ほど盲信はしていないものの、彼はそういった人間関係に敏感なところを感じる。おそらくは過去の経験からくるものなのだろうが、最低限どうしようもない結果にはならないだろう。そう楽観視する程度には、加賀智弥太郎の事を認めていた。
果たして、奴隷少女イーリスは救われるのか。(*´∀`*)