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第十五話「邂逅-文明への回帰-」

結局、まるまる書き直したぞ。(*´∀`*)




-1-




 無人の渋谷を散策していたら、コスプレ痴女と遭遇した。

 やたら装飾された身長よりも長い大鎌を携え、下ろしたら膝にも届きそうな長髪ツインテール、華美な黒マントの下は何故かビキニである。どこかで見た事あるような気もするが、なんかいちいち細部が違う気のするような、そういう出典の絞り難い気合の入ったコスプレである。俺はその手の業界に詳しくないから断言出来ないが、ここまで気合入った奴は夏冬の祭典でもそう見かけないだろう。

 しかし、そんな異様な出で立ちなのに違和感がない。現実の人間がアニメ・ゲームのデフォルメされたキャラクターを模せば、どこかしらリアルとの差に矛盾が生じるのが当然であるはずなのに、その違和感がない。大学時代、何故か参加する事になったコスプレサークルの打ち上げではもっと「うわぁ」な連中ばっかりだったはずなのに。

 派手な出で立ちに目がいって気付き難いが、目の前の少女の容姿レベルが高過ぎる。日本語で下手な歌を歌っていたはずなのに日本人離れしているというか、そもそも人間離れしているというか。完成度が高過ぎて作り物にしか見えないソレが人間らしい表情で動いているのは、あまりに現実味がなかった。ぶっちゃけ、ここまで来ると怖い。


 そんなハイクオリティコスプレ痴女と目が合った。そして、今更ながらに気付いてしまったが、俺はそんなレベルじゃなく変態な格好だった。痴女と変態の邂逅である。もしも、俺たち以外に人がいないのだとすれば、この渋谷の街の変態率は100%という異常事態だ。

 しかも俺の場合、格好が云々以前に何も着ていない。その上、体毛がない。色んなところがツルツルだ。目の前の痴女もムダ毛の類は見当たらないが、男のソレとは意味合いがまるで違う。昨夜、何故あんな意味不明な奇行に走ってしまったのか後悔するが、思い返しても意味が分からない。何故、俺は色んな毛を剃りたくなってしまったのか。いや、今はそんな事を考えている場合ではない。なんとかこの場を切り抜けなければいけない。

 とりあえず、とりあえずだが、コスプレ少女は逃げる事も怯える事もなく、視線を合わせている。というか、これくらいの年の子だったら男の局部にはもう少し反応するもんじゃないんだろうか。


「……あ……ぅ」


 上手く発声出来ない。

 平時であれば、俺はどんな突発的の邂逅であろうが問題なく口が回る。不良な先輩に訓練だという名目で観光客らしき外人に意味もなく話しかけて来いと命じられて、言葉も分からないのに無理やり会話を成立させたつもりになる程度には度胸があるはずだ。ちなみに相手が混乱している内に捲し立てて、そのまま会話を終了し、笑顔で切り上げて別れるのがコツである。

 しかし、この状況はさすがに想定外であると言わざるを得ない。誰がこんなムダ毛処理済みの全裸で見知らぬ原住民と遭遇してしまう事を想定するというのか。くそ、これがいつものゴブリンだったら頭ぶん殴って終了なのに。いっそ、この女も頭をぶん殴って逃走を……って、なんでそんな物騒な回答になるんだ。こんな格好はしてても、心まで野人になったつもりはないぞ。

 と、ここまでで数秒。少女は状況を理解出来ていないのか、怪訝そうな表情でこちらを見つめてきている。

 落ち着け。落ち着くんだ、加賀智弥太郎。平常でなくとも平常を装い、自然に会話する術は身につけてきたはずだろ。日本人かどうか知らないが、幸い相手は日本語が分かるっぽい。ならば、とりあえず挨拶から始めるのが基本。にこやかに声をかければ、言葉の意味が分からなくとも最低限挨拶だと伝わるはずだ。やった事はないが、遠い異国の地で一から販路を築き上げる営業マンよりは条件は良い……はず。さあ、切り替えろ。全裸である事を一時的に忘れ、コミュニーケーションを確立する事だけに集中するんだ。


「や……」


 『やあお嬢さん、こんにちは。何かお探しですか?』とにこやかに語りかけようとした瞬間、相手に動きがあった。

 それは遭遇した変態に対して悲鳴を上げるのではなく、逃走を始めるのでもなく、排除。少女に見られたわずかな体重移動と、消えた表情、空気の緊張が明確な殺意を伴い、俺に命の危機を知らせてきた。

 避けられたのはほとんど偶然のようなもの、次にやったら絶対に対処出来ないと確信する速度で、視認すら困難な大鎌の斬撃が俺の立っていた場所へと振られた。


「ちょっ!?」


 そのまま立っていたら良く分からないまま首とお別れするところだった。昨今の痴漢排除でも、さすがにここまではしないと断言出来る。

 突然の攻撃。無人の渋谷で初遭遇した痴女は、問答無用で襲いかかってくるキリングマシーンだったというのか。こいつ、全裸の野人よりやべー奴だ。神様がいる以上、実は本物の死神ですって可能性もあるから怖い。

 偶然とはいえ、転がりつつその斬撃を躱した俺は慌てて体を起こし、次の行動に移る。ここでとるべき行動は逃走の一手だろう。いくら鍛えられたとはいえ、この斬撃速度への対処は不可能だ。次に放たれた攻撃に対してまともに対応……いや、反応すら出来るとは思えない。加えて、相手の得物が大鎌というのも盛大なデメリットになっている。刃物ですら対処した事がないのに、その特殊な形状から繰り出される攻撃は予測が困難ってレベルじゃない。

 しかし、背を見せて駆け出すのは悪手。走り出すどころか、後ろを向く前に追撃が来る。ほとんど勘のようなものだが、ここまで積み上げて来た戦闘経験と彼我の戦力差で判断した結果、そうなると分かってしまう。それはゴブリンたちがそうしてきたという経験から導かれたものではなく、俺だったらそうするという分析からくるものだ。突発的な状況にも拘らず、こうして即時に判断出来ただけでも経験は活きている。ありがとうゴブリンたちよ、とは言いたくないが。

 だから、次にとった行動は床を蹴って後ろへと飛び退く事。バック宙に近い軌道を描き、しかし着地する技術はないのでそのまま無様に転がる。

 転がりつつ、その上の空間が切り裂かれるのを感じて、格好良く着地していたら死んでいた事を確信した。紙一重過ぎる。


 僅かに距離が開いた。こんな数メートルの距離などあっという間に詰められるだろうが、ここで左右という方向の選択肢が出来る。痴女がモノ漁りをしていた店内から通路へと脱出したのだ。ただ逃げ出したところで追いつかれるだけ、かといって立ち向かおうにも戦力差があり過ぎる。

 視界の中に異様に綺麗な壁の傷が見えた。アレはたった今、痴女が振り回した鎌で付けられた傷だ。冗談じゃない。あんな切断力を持つ武器相手では、そこら辺のモノを振り回したところで受ける事すら不可能だ。壁に隠れたところで、壁ごと切断されかねない。

 一応対抗出来そうな武器はある。念の為という事でフリーゾーンに突っ込んできている< ゴブリンの蛮族棒 >の強度ならば、受けられる可能性はある。しかし、フリーゾーンは重ね置きするゾーンだ。一番上に置いてあるのならともかく、即座に取り出してイクイップゾーンにセットする事は困難という他はない。不可能ではないかもしれないが、こんな土壇場で成功させる自信はなかった。ミスらずに成功させたとしても、数秒はかかるだろう。

 くそ、真っ当な女性であれば俺の格好を見て怯みそうなものなのに、アイツはたとえ下半身を全面に押し出したところで怯む気がしない。弱点を曝け出すだけに終わってしまうだろう。

 万事休す。もはやここで殺されるしかないのか。

 今更気付いたが、ここで死んだ場合にどうなるのかの情報がない。拠点に戻されるだけなのか、それとも普通に死ぬのか。理解不能な状態とはいえ、ダンジョンでなく東京って時点で後者の気がしてならない。少なくとも、抗うのは無理だから諦めて死んでみるかという気分にはなれない。

 どうする。ここまでに確認出来た実力差では戦闘は無意味に等しい。武器だって用意する余裕はなく、そこら辺にある棒を振り回したところで受け止める事さえ不可能だろう。明らかにあちらのほうが身体能力が高い……ほとんど超人といって差し支えないレベルである以上、逃げる事も不可能に等しい。

 俺の引き出しの中に打開策はないのか。いや、こんな時こそ、営業マンとしての能力を活かすべきだ。


「ま、待て! 話せば分かる! こんな格好しているのには意味があって……って、ひぃいいいっ!!」


 最後の手段と、必要なら土下座も辞さない覚悟で命乞いを始めようとしたら、真上から鎌の刃が降ってきた。完全に俺の認識を超えた速度で放たれた一閃である。こんなもん、どうしようもない。

 しかし、それは外れた。俺はまだ悲鳴を上げる事が出来ていた。なんだ、どういう事なんだ。完全にトドメを刺せるタイミングだったはずだ。


「……およ?」


 視界に映ったのは首を傾げるコスプレ痴女の姿。鎌は振り切ったものの、その手は止まっている。キリングマシーンのような状態から一変して、元のとぼけた表情で困惑しているように見えた。


「喋った?」

「お、おう」


 謎のシチュエーションで遭遇した珍獣が突然喋った的な驚きにしか見えないが、悪くはない反応だ。ここに会話の可能性が生まれた……のか? 良く分からんがチャンスだ。無理やりでも会話に持ち込むしかない。じゃないと殺される。


「おおお、落ち着け。別に怪しい者じゃ……いや、目茶苦茶怪しいが、そこはお互い様って事で見逃して欲しい」

「めっちゃ流暢」


 え、反応するのはそこなの。格好とかそういうところじゃなくて? 全裸マンだぞ。


「日本人なら日本語くらい喋るわい。ネイティヴスピーカーだぞ」


 むしろ、そっちの容姿で日本語喋ってるほうが違和感だ。そんな、アニメから抜け出して来ましたみたいな顔しやがって。いや、むしろそれなら普通なのか。


「まさか、原住民って事?」

「原住民?」


 なんだその未開の地の存在に使うような言葉は。日本語喋ってて、海外から入植しに来ましたって事はないだろうに。


「あー、ひょっとして人間……なのかな? 敵じゃない?」

「見れば分かるだろうが、こっちは無防備マンだ。あんたにどんな敵がいるのか知らんが、寸鉄どころか、パンツすら着てない相手を警戒してもしょうがないだろ」

「???」


 及び腰で両手を上げて、俺は無抵抗ですよとアピールする。そんな俺の態度を見てか、それとも関係なくか、少女は首を傾げたままだ。心なしか、頭に浮かべていた疑問符が増えた気さえする。降参のポーズで全裸である事を主張して、何故困惑するのだろうか。


「ミュータントソルジャーは武器なくても強いし」

「え、なにそのSFっぽいワード」


 もしくはアメコミ。なんか突然トンデモワードが飛び出したぞ。こんな全力で首を刈りに来てて、まさかただの中二病って線はないだろうに。


「……ミュータントじゃない?」

「ミュータント、違う」


 何故そんな良く分からないものと間違われるのか。俺は突然変異した新人類として見られてる? 全裸ではあっても、外見にそう違いはないはずなんだが。

 ミュータントなら、どっちかといえば全身タイツだろう。服着てるのか着てないのか良く分かんない奴も多いけど。


「そもそも、そのミュータントさんを知らない。何か俺と見間違える要素があるのか?」

「ミュータントは強い。ノーマルな人間なら、あたしの攻撃を躱すのはちょっと厳しいはず」

「ちょっと事情があって鍛えてるんだよ」


 あの斬撃に反応した事や躱せた事が懸念のポイントになるのか。確かに一週間前の俺なら反応すら出来ずに首を刈られていたはずだ。とはいえ、避けなきゃ死んでただろう。寸止めしてくれたとも思えないし。


「あと、ミュータントは基本的に体毛がない」

「ガッデムッ!!」


 そんな理由で俺は間違われたのか。毛を剃らなければ良かったのか。むしろ、なんで毛を剃ってしまったんだ。


「毛がないのはたまたまだ。普段はもっとこう……」

「モサモサ?」

「モサモサとまではいかんが、普通の成人男性並みに毛は生えている」


 自分でも良く分からないノリで剃ってしまったが、間違っても剛毛ではない。どちらかといえば髭を含めて薄いほうではあるが、常識的な範疇だろう。


「成人男性?」

「いや、見れば分かるだろうに」


 恥ずかしがらずに堂々とする事で、コレは不審に思うポイントではないとアピールしていた面もあるにはあるが、隠してすらいない。ミュータントさんがどんな扱いなのかは知らんが、性別くらいあるだろうに。……ひょっとしてないのか?

 そこまで言って、ようやく彼女の視線が俺の局部へと向かい、動きが止まった。俺のジョニーを凝視している。

 ……あれ、ひょっとしてヤバい? まさか、今更セクハラ案件発生なのか? 勘弁してくれよ。こんな事なら、拠点に戻ったら無意味だと考えずに服から探せば良かった。

「……お」


 悲鳴はやめるんだ、少女よ。成人男性にそれは効く。


「ちんちんだーーーーっ!?」


 その叫びは、俺が想定していたものとちょっと違うように思われた。




-2-




「まあまあ、お詫びとして戦利品をあげようじゃないか。コレ、さっきそこで見つけたやつ」


 というわけで……どういうわけでかは分からんが、瞬間、急に気安くなった少女に缶詰を渡された。まさか、男性器でコミュニケーションを確立する事になるなんて。

 貰えるものなら貰うかと受け取ってみれば、それはどう考えても猫缶だった。食えないものではないんだろうが……どちらかといえば在庫処分された気がしないでもない。こちらは全裸のセクハラ案件、あちらは殺人未遂と割に合っていない詫びな気もするが、そんな事を気にしても仕方ないだろう。しかも、賞味期限が切れて久しい年代物だ。それはつまり1999年前後に生産されたものであるという事で、やはりこの摩訶不思議な場所の謎を知ろうと思えば、このあたりの情報が鍵になるのだろう事を伺わせた。


「まあ、カロリーは稼いでおきたいから、猫缶だろうとありがたく頂くが……」


 相手と距離を縮めるには食事を共にするのがいいというのは良く聞く話だ。歓迎会なども多分にその要素が含まれているのは間違いない。最近批判される事の多い飲みニケーションもその一部だ。

 嫌がらせの可能性は捨て切れないものの、いつかの缶詰とは違い、コレはちゃんとプルタブのある商品で、蓋を開ければ中にはちゃんと食えない事もなさそうなキャットフード。一瞬躊躇してしまうが大丈夫、この手の商品はペット用に調整されているというだけで、人間でも食えるように作られてるはず。そして、箸やフォークなどはないのでそのまま手掴みで食べようとしたのだが。


「な、なんだ」


 いらないものを押し付けられたのだと思っていたのだが、謎の少女はそれを物欲しそうな目で見つめていた。……まさか、断腸の思いで差し出したというか。こいつは一体どんな食生活を送っていんだ。


「そんなに惜しいなら、返すが」

「いやいやいや、そんな意地汚い……いいの?」

「カロリーは重要だが、こっちはそこまで切実じゃないからな」


 あっさり前言を引っ繰り返すあたり、どうやら本気で惜しい代物らしい。カードは極力手を付けたくないが、一応まだ食い物は残ってるし。最悪、拠点に帰るまでのタイムリミットまで何も食わなくとも死にはしない。こんな視線に晒されながら食いたいものでもない。


「じゃ、じゃあ、貰っちゃおうかなー」


 元々お前のもんだとは言わないが、本気で食事事情がヤバいって事なんだろう。

 少女は俺から猫缶を受け取ると、どこからか取り出した箸で食べ始めた。……お前は箸で食うのか。なんか文明度の差を見せつけられた気がして悔しいのだが。何故、俺たちは渋谷の中心で文明度を争っているのか。


「食いながらでいいんだが、いくつか情報交換がしたい。……さっき襲われたのは、何かの間違いって事でいいんだよな?」

「いいよー。あたしもちんちんに聞きたい事あったし」

「ちんちん言うな」


 年頃の女子がそんな言葉を使うものじゃありません。この子の倫理感は一体どうなってるんだろうか。


「戦闘は間違いです。いやほんと、ごめんなさい。敵対生命体と誤認しました」

「……まあ、そこら辺も詳しく聞きたいところなんだが、とりあえずは自己紹介からにしよう。俺は加賀智弥太郎だ」

「九十九柚子」


 九十九って、珍しいが名字だよな。……というか、やっぱり日本人なのか。


「九十九さんはなんでこんなところに?」

「食料探し。ここら一帯の広域探査が終わって、生体反応がないが安全って言われたから……って、いるじゃんっ!?」


 反応が遅いにもほどがあると言いたいところだが、いるはずない存在がいたからこそ誤認したって事なんだろうか。


「適当だなー。そっちは……カガチヤタローはなんでここにいるの?」

「なんでって言うと説明が難しいんだが、迷子……かな? ここへは、昨日の夜に移動してきた」

「あー、だから探査に引っかからなかったのかー。あたしが聞いたのは三日前だし、適当じゃなかったのか」


 広域探査……手段は分からないが、言葉そのままならやはりここらは無人だったって事か。俺は昨日まで拠点にいたんだから、いないもんを探知出来るはずがないな。

 ついでにいえば、こいつは何らかの広域探査する手段を確保していると。


「色々聞きたい事はあるんだが、とりあえず一番の疑問から解消したい。なんで街に誰もいないのかとか知ってるか?」

「いないって、東京にって事? 他には生き残りがいるんだ? それともシェルターとか?」


 まずいな。想像以上に話が噛み合っていない気がする。これ、俺が東京以外から歩いて来たと思われてるだろ。とはいえ、移動手段を説明しようとすれば困難を極めるのは間違いないし。……どうしたものか。


「カガチヤタローの他にも生き残りがいるなら、出来ればコンタクトとりたいんだけど、連絡手段とかある? どこら辺に拠点があるかとか。通信機……はなさそうだけど」

「いや待て。説明が足りなかったのは済まないが、多分誤解してる」


 この際、バラしても問題ないよな。遭遇直後に襲われた身ではあるが、それも間違いだったみたいだし、情報を渡しても問題はない……と思うんだが、どうなんだ?

 神様ではなく二号の談ではあるが、人間相手に隠す必要のある情報はないと言っていた。事情を話すにせよ、問題になるのは俺の信用的な部分だと。ここは元の世界じゃないっぽいが、それでも問題はないだろうか。

 元の世界と違って誰もいないんだから情報が拡散しようもないし、エラーでもなければ十時間もせずに拠点に戻される可能性は高い。何かの罠だったとしても、直接的なマイナスには繋がり難いはずだ。


「……どこまで話していいものやら。ちなみに、九十九としては俺をどうするつもりなわけ?」

「どうする?」

「排除するつもりはなくなったっぽいが、このまま別れるとか、拘束してどこかに連れて行くとか、あるいは会話の内容次第とか」

「えーと、お話してから判断かなー。別に危害加えるつもりはないけど、せっかくコンタクトとれたんだから、このままバイバイってのはちょっともったいない」


 誰かに会う事自体想定外。でも、情報源としては惜しいってところか。……まあ、いいか。なるようになれ。


「……前提から話そう。信じてもらえるか分からないが、俺はこの世界の住人じゃないっぽいんだ」

「は?」


 案の定、九十九の目が点になった。


「今時点でも確証はないんだが、俺は別の世界……別の日本から来たっぽい。昨日の夜の話だ」

「……えーと、っぽいっていうのは?」

「昨日コンビニで新聞見たんだが、日付が1999年になってた。今が何年だか知らないが、俺がいた世界じゃ、東京から人がいなくなるなんて事態は起きていない」

「…………ふむふむ」


 驚きはしたものの、九十九は俺の言葉を否定もせず、馬鹿にもせずにただ頷いた。まさか鵜呑みにしたとは思えないんだが、適当に相槌を打っている感じでもない。

 アホの子っぽく見えるが、意外に話は通じるのか? それとも、いきなり妙な事を口走り始めた相手に合わせているだけとか……。


「実はこれが初遭遇なんだ。誰もいなくて状況が掴めない。一体何があればこんな事になるのか想像もつかない。だから、知っている事があれば教えてほしいっていうのが本音だ」


 間違いなくこのコンタクトは重要だ。誰もいない大都市の中で出会った人間なんて重要でないはずがない。ここまでの対抗から察するに、少なくとも俺よりは情報を持っているはずだ。


「日付見て確信したって事は、カガチヤタローは何年の日本から来たの?」

「……ん? 2020年。令和二年だ」

「れーわ?」

「あー、元号だ。平成の次」

「おー、そう聞くとなんかすごい未来っぽい。あたし、平成生まれ」


 そりゃそうだろう。俺だって平成生まれだし、会社の同僚だって平成生まればっかりだ。

 いや、この訳の分からない状況だとそうとも限らないのか。この子が実は未来人だったという可能性だってなくはなかったのだ。平成生まれというだけでも地味に重要な情報だろう。


「そっか、平成終わったかー。でも、西暦でいうなら多分ここも2020年だね。平成終わってないだろうから、言ってみれば平成三十二年?」

「ずっとこんな状況なら、そりゃ元号も切り替わるはずないだろうが……」


 多分、皇居だって無人だろうし、そもそも国として機能しそうにもない。元号を変える存在も、それを伝達する先も手段もない。


「あたしがいた世界でも平成は終わらなかったけどね」

「……ん?」


 なんか……違和感がある言い回しだが。


「あたしたちもこの世界の住人じゃないから」




-3-




「……は?」

「同じって事さー。奇遇だね」


 突然の言葉に理解が追いつかなかった。いや……俺の話をそのまま受け入れたのは、そういう下敷きがあったからって事か?

 えっと……つまり、こいつの言う事を信じるなら、こことは別にもう一つ日本があるって事なのか。平行世界云々なら、いくらあったって不思議じゃないが。


「ちょっと話を戻そう。……俺が別の日本から来たって事は信じると?」

「まー丸々信じるかどうかは別にしても、自分たちが異世界人だしね。ありえなくはないって感じ? 実をいうと、こっちもどう説明すればいいか困ってた」

「話が通じ易いのは助かるが……」


 正直なところ、ここまで簡単に受け入れられるとは思っていなかった。拍子抜けだし、返された話も呑み込めてない。知りたい事は山ほどあるのに、話の方向性が定まらない。


「そっちこそ、あたしの言う事信じるの?」

「……ここがおかしいのはもちろん、俺の世界にはいきなり鎌で襲いかかってくる奴はまずいないからな。お前がガチの狂人でなければ、常識が違う」

「あははー」


 笑い事ではない。

 こいつが俺を騙している可能性について考えてみるが、メリットが見当たらない。何かを隠している様子でもなく、俺に合わせて情報を開示しただけだ。逆の立場ならともかく、戦力的に圧倒的格上である九十九なら簡単に制圧する事も可能なのだ。客観的に見るなら、俺の言動のほうが信用出来ない要素は多いだろう。生き延びるために適当言ってると思われても仕方ない状況なのだから。


「でも、原住民って言われるよりは、また別の異世界から来たっていうほうがまだ納得出来るかな。生き残りがいると思ってなかったし」

「その言い方だと、なんでここに人がいないのかも分かっているって事なのか?」

「それは分かんない。探査範囲全部が無人だったから、何かあったんだろうって思うけど」


 そうか……元々ここの住人じゃないっていうなら、それもおかしくはない。最大の疑問は謎のままか。


「一応、データとか日記とか調べてはいるけど、それっぽい情報には当たってないみたい。少なくとも、大々的なニュースにはなっていないと思う」

「街の様子を見る限り、食料や生活必需品を漁ってる奴はいたみたいだが」

「そーなんだよね。保存食とか中心になくなってるから超ひもじい。こんだけちゃんとした都市なら、もっと良いもの食べられると思ったのになー」


 猫缶惜しむくらいだからな。とはいえ、ここまで食料が残っていないのは確かに異常だとは思う。大規模災害でも、もう少し何かしらは残ってそうなものだ。


「まー多分、全員いなくなるまでにはタイムラグがあったけど、メディアは機能してなかったとかそういう事なんじゃないかな」

「それなら分からないでもないが……結局、謎は謎のままって事か」

「あと何週間か調べれば、ある程度の情報は拾えると思うけど?」


 それだと、俺はもうここにいないんだよな。もやもやしたものを抱えたまま拠点に戻る事になる。神様から説明があるかもしれないが。


「人がいるとしても調査外の範囲か、探査の届かない地下シェルターかって感じだったんだよね。でも、この街の状況でシェルターはないでしょ」

「そうだな」


 一時的にならともかく、直接的な被害は皆無な状況で、何年、何十年とシェルターで避難生活しようとは考えないだろう。

 少なくとも、大規模なテロや核ミサイルから逃げたような雰囲気ではないわけだし。俺は襲われたが、敵が闊歩しているような状況でもないからな。


「俺をミュータントとやらと間違えたのは、人がいるはずないからって事か」

「…………あははー」


 あれ、そういうわけでもない?


「いや、こっちに来たのはあたしたちだけのはずだから、ミュータントもいないと思うんだけどね。いたら、無人とはいえ町中が無事とも思えないし。そもそも探査に引っ掛かってるはずだし」

「じゃあ、なんで間違えるんだよ」

「……だって、男の人とか見た事なかったし」

「は?」

「ミュータントって人間の雄性体がほとんどなんだ。ちんちんついてないけど」

「……え、何? まさか、お前の世界って男が死滅してんの?」

「男というか、人間かな。あたしが見た事ある人間ってお姉様だけだし」


 やばい。なんか更に頭がパニックになってきたぞ。ちんちん言ってるのがどうでも良くなるくらいの重大情報ばかりである。


「お姉様……じゃあ、お前はなんなんだ。人間じゃないとでも」

「お姉様はあたしたちのオリジナル。生みの親。あたしたちは人工生命体。呼称としてはホムンクルスって呼ばれてる。実質的にはクローンに近いみたいだけど」


 ホムンクルス……出典的には中世の錬金術だが、現代では試験管ベビーとかにそんな名称が使われていたはずだ。同じものではないにせよ、こいつも似たような経緯で生まれたというのか。

 確かにあの異様な身体能力はまともな人間のソレではない。人間の枠からはみ出しかけている俺が一切反応出来ないくらいなのだ。それがそういう風にデザインして創られたものだとするなら、納得も出来るが……。あまりに現実離れし過ぎてて納得とか理解にほど遠い。

 そもそもだ、話の流れはあったにせよ、なんでこいつはそんな言い辛そうな事までペラペラと喋るんだ。俺が欲しがっているのはこの世界の情報であって、九十九がいた世界の情報ではない事くらい分かるだろう。

 ……なにか意図的なものを感じるんだが。


「あっちではさ、ずーっと戦ってばっかりだったんだよね。最初は国家間の戦争だったみたいなんだけど、戦ってるウチに目的とかどうでも良くなって、とにかく相手を殲滅しないとって感じであの手この手で被害ばっかり膨張していったみたい。ABCなんでもござれの無法戦争よ」

「よし分かった。話をこの世界の事に戻そう……」

「あたしもさー。生み出されてからずっと戦ってばっかりだったし、お姉様もいい加減嫌になっても仕方ないというか」

「話聞けよ」


 明らかに俺に聞かせてるじゃねーか。思ったよりタチ悪いぞ、こいつ。


「そーゆー重苦しいもの全部ブッチして、サラバダーって感じでこの世界に逃げてきて、心機一転頑張るぞーって張り切ってたら誰もいねー! なんじゃーこらーって状態だったわけよ」

「それで、俺に遭遇したと。……で、なんでそんな重苦しい事情を聞かせた?」


 どう考えても会って直後の相手にぶちまける身の上話ではない。言うにしても直接的な内容は避けて、ぼんやりとした内容になりそうなものだ。


「カガチヤタローってすっごいお人好しに見えるから、正直に困ってますって言えば助けてくれそうかなーって。隠す必要もないし」

「…………」


 否定出来ないのが辛いところだ。見透かされた上で、見事に術中に嵌っている。……おのれ。


「人間が見つかったら協力をお願いするつもりだったけど、それは別にこの世界の人間に限らないしね。でも、この世界に基盤のないあたしたちは、いちいち交渉する余裕もない」

「まったく無関係の俺に何をしろって?」

「そこら辺はなんとも。もう逃げてきた後だから、元の世界と関わり合う事もないし。とりあえず、会話出来るならお姉様と会って話して欲しいってところかな。何もかもが手探りな状態だし。今は自分たち以外の協力者が出来るってだけでも重要だと思う」


 手玉に取られた気がするのは気に食わんが、言ってる事は正しい。その方法だって、なりふり構わずぶっちゃけただけで悪辣なものでもない。

 俺が同じ立場だとしても、なりふり構っていないだろう。


「あと……あたし的にはこれがものすごく重要なポイントなんだけど」

「なんだよ」

「ミュータントと間違えて殺そうとしましたーなんて言ったらお姉様に無言で処分されかねないの。だから……お願いしますから、上手い事擁護して下さい!」

「ええ……」

「いや、マジで」


 自分の失点回復がメインかよ。なんで色々ぶちまけた時より真剣なんだよ。


「まあ、理由がはっきりしているなら、そっちのほうが分かりやすいが……」


 俺たちは言ってみれば、ただ無人の地で会っただけの相手だ。ただ協力し合うよりも、ちゃんと利害関係があったほうが安心出来るのは確かだ。

 もう一度ここに来れるという前提だが、困っているなら手を貸す事も出来そうだし。ただ、タダ働きは御免だが。


「そのお姉様とやらはどんな奴なんだ? オリジナルって事は、お前みたいな奴って事か?」

「えっとね……内弁慶のコミュ障?」

「急に会いたくなくなっちゃったぞ」

「あわわわわっ! ……でも事実だしなー。横暴で高圧的だから逆らえないし、こんな変な格好させられるし」

「その格好は趣味じゃなかったのか」

「このマント、暑い」


 中のビキニや大鎌じゃなくてマントが不満なのか。コスプレじゃないにしても、どういう感性してるんだろうか。こいつもそのお姉様も。


「そういえば、カガチヤタローはなんで何も着てないの? 趣味?」

「趣味じゃねーよ。……上手く説明出来ないが、これには止むに止まれぬ事情があってだな。強制的に全裸生活を余儀なくされているんだ」

「……? 食料はないけど、服なら結構残ってるよね?」

「マジで」


 そうだったのか。どうせ戻ったら消えると思って優先順位を下げていたが、探したら見つかるレベルで存在していると。悲しい事に一人なら気にしない程度に慣れてしまったが、人目があるなら隠したいのも事実である。

 ここまでは入り口が開いているか壊されている店ばかりを覗いてきたが、逆に考えるなら回収の優先度が低い店は入り口を壊す必要もなかったって事なのかもしれない。


「なんなら、あたしのパンツ履く?」

「いや、人のパンツはちょっと……」


 女モノのビキニというのもアレだし、人が履いたものを借りて履きたいとは思えない。大体、そのサイズだと隠れない。変な趣味の人ならむしろ喜んで着てしまうだろうが、俺はそんな趣味はない。ちなみに、そんな趣味の知り合いもいない。パンツが移動する事で誕生するノーパン娘には興味ない事もないが……下手に対応して、また襲われるのは勘弁である。


「すぐ見つかるなら探したいな」

「アレルギーで着れないとかじゃないなら、近くにあったはずだから案内するね」




-4-




 というわけで、痴女改め九十九柚子さんに連れられて、服屋か何かは分からないが衣類の置いている場所に行く事になった。

 一軒目は本当にすぐ近くで、僅か数分の距離である。しかし、ここは女モノのブティックらしく、俺が着たら妙な事になりそうなモノばかりだった。ただ、点数は多かったので他の店舗なら期待出来ると二軒目へ向かう。


「おお……素晴らしい」


 期待して連れて行かれた二軒目は紳士服売り場だった。スーツが大量に並んでいるが、当たり前のように下着やシャツもある。多少持ち去られた様子ではあるが、俺一人なら在庫は十分過ぎるほどだ。

 とりあえずパンツを物色。シャツを着て靴下を履き、適当なスーツの下を履いた。裾上げはしていないから折っただけだが、なんとベルトまで装着してしまった。すごく文明感を感じる。

 ハサミもなしにタグを引き千切っているのは若干野性味を感じるが、そこは気にしてはいけない。


「うーん、サイズ合ってないような」

「……それは俺も思ってた」


 服に腕を通した感動で曖昧になっていたが、どうも窮屈だ。

 なんとなくこれまで着ていたスーツと似たようなサイズを探していたが、パンプアップしてしまった俺の肉体を包むには少々無理があったらしい。というわけで、少し上のサイズを物色して装着し直した。

 あとは、そこら辺にあったバッグに下着類とシャツを詰めて終了だ。ネクタイはいらないし、小物類は……時計があるな。時間が合ってるか分からないが、普通に動いているものもある。貰っていこう。


「おおー。……暑くない?」

「暑い」


 久々のスーツに感動して、つい上着まで着てしまったが、気温を考えればまったく不要なものだった。営業マンは外周りでも上着を常備する事は多いが、今更そんな慣習に囚われる気もない。


「さて、久しぶりに文明人に戻ったところで話を戻そうか。それとも、お姉様とやらのところに直行するか?」

「そういえば、あたし食料も探さないといけないんだけど。ウチにはお姉様という欠食児童が……」

「じゃあ、その作業しながらでいい」


 紳士服売り場を出て、近くの店舗を物色して回る事にした。九十九もここら辺に来たのは初めてらしいので、食料品売場の場所から探索する必要がある。


「缶詰は分からんが、駅ビルやデパートだと食料品売場は地下にある事が多いよな」

「そうなの?」


 九十九は良く分かっていないようだったからこの子のいた異世界では常識ではないのかもしれないが、この街の様子を見る限り俺の認識は合っていると思う。

 そして実際、食料品売場はあった。あったが、やはりほとんど商品は残っていない。特に保存が利きそうなものは全滅。残っているのも風化して良く分からない事になっているものばかりだ。

 あまり空気が循環していないのか、臭いもひどい。まだ確定したわけじゃないが、二十年という歳月を経て尚口に出来るものはあまりないだろう。


「この中で作業するのか」

「うーん、厳しいなー」

「缶詰じゃなきゃいけないわけじゃないよな? 食料確保したいだけなら、こういう都市部じゃなく田舎の畑を狙ったほうがいいんじゃないか?」


 人はいないが、すべてが残骸と化しているとかポストアポカリプス的な状態ではないのだ。木や植物が残っているのだから、農作物だけが死滅しているのは考えにくい。手入れされていないとあっさり自然に返ってしまいそうだが、それでも畑には食えるものは残るはずだ。保存性が良くないにしても、食料自体は確保出来るんじゃないだろうか。渋谷だって、探せば家庭菜園レベルの畑はあるだろう。俺の家庭菜園はトイレと化しているが、普通は食えるものを栽培する。


「はたけ……そっか、そういえばそうだ。この環境なら畑もあるよね。お米もあるかな?」

「日本なら、そりゃ稲くらいあるだろうな。脱穀は大変かもしれないが」


 もしかして、この子の世界では畑が一般的でなかったのだろうか。ぶっちゃけられた話からすると、どうにも物騒な予感がしてならない。

 こんな大鎌を持っている事もそうだが、おそらくは想像以上に戦闘や死が身近な世界だったはずだ。それも普通の戦闘ではなく、もっと創作じみた超人同士の戦闘だ。九十九と対峙した時に見た攻撃や動きは一朝一夕で身に付くものじゃない。多少齧ったから分かるが、ただ訓練していただけの動きではない。


「カガチヤタローはそういうのがありそうな場所とか分かったりする?」

「ありそう……というか、郊外まで車を走らせれば、探すまでもなく普通にあるだろ。徒歩だと厳しそうだが。実は車確保してたりしないか?」


 自動車自体は結構転がっているが、どれが正常に動くかなど分からない。放置されて経年劣化してたりする可能性もあるだろうし、鍵も探さないといけない。ただ探すだけでも数時間は必要になりそうだ。

 ……狙い目はガソリンスタンドかな。カーディーラーや車庫などよりも鍵は見つかりやすいだろう。


「お姉様が何台か動けるように整備してるはずだけど……やっぱり、一旦戻ったほうがいいのかな」

「その場所は? ここから近いのか?」

「新宿。駅の一角を占拠して改造してるの」


 距離としてはかなり近いが、それでも徒歩となると一時間くらいはかかりそうだ。もう昼近いから、俺がここにいられるのも数時間しかない。


「どう考えてもカガチヤタロー連れて帰るほうが優先度高いか。じゃあ、一緒に来てもらってもいいかな」

「それは構わんが……」

「が?」


 これもどう説明したものか……いきなり消えたらビビるよな。

 もう隠す気など欠片もないのだが、説明が難しい話でもある。嘘でないと分かってもらえても、理解してもらうのは困難ってレベルじゃないだろう。口頭で理解出来るなら、あんなチュートリアルだって不要だったはずだ。

 ここまでぶっちゃけられた以上、こちらもちゃんと説明しないと騙したような気になってしまう。……そういう気質を見抜かれた上で色々明かされたんだろうが。


「意味分からんと思うが、俺、多分あと数時間したら消えるんだよな」

「???」


 見事なまでに?が浮かんだ。これまでで一番の困惑顔だ。


「もう実際に見せたほうが早いな……お前、コレ見える?」

「うぉあっ!? ……え、なんじゃコレ?」

「ガ……いや、名称は未定だが、俺は単にウインドウって呼んでる。俺がこの世界に来たのは、ここにセットしてあるカードの力なんだ」


 九十九の前にウインドウを開いてみせると、案の定驚かれた。

 決してガチャ太郎ウインドウなどというふざけた名前ではない。


「なんかすげー。カガチヤタローの世界って、みんなこんなの使えるの?」

「いや、多分俺だけ」


 今後増える事はあるかもしれないが、現時点で俺以外はいないだろう。


「ここまでの経緯を掻い摘んでいうと、一週間前に元の世界ともこことも違う変なところに飛ばされて、渋谷に転送されるっていうカードの力を使ったらここに来たって状況だ。異世界があるなんて思ってなかったから、渋谷なら元の世界だろうってな」

「はー、なるほど?」


 当たり前だが、分かってないな。


「このカードに[ 5:19:22 ]って表示があるだろ? これが、俺がこの世界にいられる時間だ」

「ほへー。……って、え、ちょ……つまり、カガチヤタローは元の世界と行き来出来るって事!? 何その反則技!?」

「戻るのは元の世界じゃなく、こことも違う良く分からん場所だ。もう一回来れるかは正直良く分からん」


 マテリアライズしたもの以外で、使っただけで消費されるカードは今のところないが、これがそうでないとは断言出来ない。それ以前に、もう一度使えたとして同じ世界に移動する保証もない。

 こんなバグってる感じのカードを、神様がそのまま放置するかどうかも怪しい。これが"想定通りの仕様"っていうんでもない限りは回収される可能性もあるだろう。

 ……ただ、俺の予想では、ここら辺すべてを引っ括めてある程度は想定された状況のような気もするのだ。おそらくは、もう一度この世界に来る事になる。協力関係を築けるなら決してムダにはならないだろう。


「このまま放置するつもりはないし、俺も来る気ではいるが、確約は出来ないってのが正直なところだな」

「いや、それでも危険なしに世界渡るのは無茶苦茶でしょ。こっちはほとんど博打みたいなもんだったのに。……このカードでこの世界に来たって事は、ひょっとして他にも色々出来るって事?」

「カードがあれば」

「そのカードはどうやって手に入れるの?」

「ガチャだ」

「ガチャ?」

「面倒な上に直接関係ないから、説明する気はないぞ。とにかく、これで色々出来るって話だ」


 今必要なのはコレを使ってこの世界に来た事と、あと数時間で戻されるという事だ。ガチャの説明は根本的に不要だろう。ここでのど飴やパックご飯をマテリアライズしたりなんかしたら、全部食われてしまうかもしれんし。……こいつらの拠点で電子レンジが使えるなら考える。


「お前たちとの協力関係は前向きに考えるとしてだ。いきなり消えたらお前も困るだろうし、次がいつになるのかも分からないから、言っておかないとまずいだろ」

「あー……お姉様に説明しても、白昼夢扱いされそう」


 だろうな。渋谷で謎の全裸男と遭遇したけど、霧のように消えましたーとか何言ってんだって感じだ。妄言にしか聞こえない。


「携帯は使えないにしても、なんか通信機とか持ってないか? それで俺がお姉様と話せれば白昼夢扱いはされんだろ」

「数がなかったから、あたしは持ってきてないんだよね。近場だったし」


 新宿と渋谷じゃ近所みたいなもんだからな。誰もいない事を確認した上での行動なら、そこまで不用心というほどでもない。実際のところはこんな怪しい謎人物に遭遇しているわけだが、イレギュラーもいいところだろう。


「じゃあ、とりあえずの顔繋ぎに行くか。駅にいるなら山手線の線路の上歩いて行ったほうが確実だよな」


 道を移動しても問題はないが、線路なら間違いようがない。原宿、代々木、新宿と三駅目だ。


「あー、環状線なんだっけ?」

「……ひょっとして、お前らの世界には電車が走ってないのか?」

「電車自体はまだあったよ。山手線は環状線じゃなくてぶつ切りだったし、動いたのは見た事なかったけど」


 俺の世界とこの世界は無人である事と、建物の年代くらいしか違いがないが、九十九たちの世界は想像以上にハードだったらしい。聞く限り、もはや別物レベル。


 これからやる事はただの顔繋ぎだが、こいつらの元の世界についても色々知っておいたほうがいいんだろうな。

 ……そんな大絶賛終末戦争中の世界なんて関わりたくないが、無関係で済む気がしない。どうも、そんな予感がするのだ。


 俺がこの世界に来たのはまったくの偶然ではない。朧げながら半ば確信に近いレベルで、神様の目的は複数の平行世界に跨って何かをする事ではないかと……思い始めていた。




「……待てよ? 今回は写真なりビデオカメラなりで証拠だけ用意して、九十九に説明させた上で次回話をするってほうがスムーズに……電池式の充電器なら」

「そ、そういう、あたしだけ面倒な事になりそうなのは勘弁かなーって。やめよ? ね? はい、決まりー!」





まあ、数時間後にはまた非文明人へ回帰するわけですが。(*´∀`*)

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(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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