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第十四話「無人都市」

ひょっとしたら、ガンバスター迎える準備をしてるのかも。(*´∀`*)




-1-




「……どういう……事だ?」


 意味が分からなかった。

 すでに当初の目的を失い、かつ降って湧いたような幸運ではあったが、この帰還に心踊らされていた事は間違いない。衣服がなく、実家へ帰宅する事が容易でない事は分かっていても、そんな不安を跳ね飛ばすほどに切望していたのは確かなのだ。……だからこそ、余計にこの不可解な光景は俺を困惑させる。

 フェンス越しに見下ろした街並みはあまりに暗く、文明の光が一切灯っていない。天の星と月があんなにも輝いて見えるのはそのせいなのだ。

 こんな光景は、ここが地方都市だったとしても有り得ない。いや地方都市どころか、どんなに田舎だろうが深夜でも信号なり自販機なりで何かしらの光源はあるものだ。それが一切ないのは異常というより他はない。

 そもそも、慣れてきた視界に映る街並みはどこまでも建造物に覆われた都会のものだ。ここが本当に渋谷かどうかの確証はないが、少なくとも大都市ではあるはずなのだ。

 一体何が起きればこんな事になる。

 第一に考えたのは電車事故から派生したテロの可能性。しかし、それはすぐに辻褄が合わないと気付く。どれだけ大規模のテロが起きようが、こんな大都市から一切の人影がなくなるような結果にはならない。それも僅か一週間足らずでなど、異常というレベルではない。

 大体、神様たちはあの事故の後に起きた出来事をニュースを通して認識していた。初日に至っては俺もその画面を見てさえいる。それはつまり、大事故はあってもその後は普通に社会が継続していたという事になる。

 あの二人が嘘をついていたなら……いや、それにしたって眼下の光景は説明がつかない。僅か一週間で光源がすべて消失する事など、どうやったら出来るというのか。


 仮にこの規模の大都市からすべての住人が居住……いや、強制的に移送するとして、どれくらいの時間がかかる? どんなにスムーズにいっても数ヶ月はかかるだろう。現実的に考えるなら、住人が大人しく従うとも思えないからもっとかかるはずだ。テロ組織がそんな規模の行動を完遂出来るような気もしない。出来るなら、それはもうテロ組織のような別の何かだろう。

 ……いや、駄目だ。どうやったってこんな状況は実現不可能かつ不自然だ。経過が一切想像つかない。何が起きたらこんな事になるというのか。一週間やそこらの変化じゃ絶対に有り得ないと断言できる。

 だいたい、首都圏の大気汚染はどうした。地上の光源が消えただけで、夜空がこんなに輝くものだとでもいうのか。


 それとも、あの拠点やダンジョンでは時間の流れが違って、ガチャ太郎ならぬ浦島太郎状態になっている? 幼女二人の言動はすべて演技で、かつ異様な時間の流れに身を投じていたというなら……。ここまで普通なら有り得ない状況に身を置き続けてきたのだ。絶対にないとは言わないが。

 それならそれで、目の前の景色は不自然だろう。真っ暗でロクに視界が確保出来ない状態ではあるが、コンクリートの床も、フェンスも、貯水塔も、朧げな眼下の街並みでさえ、俺の知っている光景とそう変わるものではないと分かる。仮にだが、住人が一切いなくなるのに百年、二百年の時が過ぎているのだとすれば、さすがにもう少し違いはあるだろう。百年前の日本なんて大正時代、更に百年遡るなら江戸時代である。二十世紀に入って以降の発展スピードを考慮するなら、目に見えた違いくらいはありそうなものだ。現実的なラインとしては十年、二十年程度の浦島太郎? そもそも浦島太郎が非現実的かつ突飛な思考の飛躍だ。


 不安になって空を見上げれば、幸い、知っている星座がいくつも見当たる。という事は、当たり前だがここは地球の北半球で、少なくとも数万年単位の時間は経過していないって事だ……って、それだけじゃ大雑把過ぎるだろ。

 情報が足りない。何が起きているんだ。


「おーい、二号ー! これ、異常事態じゃねー? 見てたら助けてー!!」


『二号って何よっ!?』って言いつつ、若干キレ気味でもしぶしぶ助けてくれる事を期待したが、返事はない。極力手出しはしないルールだという話ではあったが、さすがにコレは手を出すべき状況のような気もするんだが。

 ……そもそも、本当に見えているのか? 実はあいつまったく関係ないところを見ていたりしないだろうか。めっちゃ不安なんだけど。

 本当に進退極まった時以外の助けは期待しないほうがいいかもしれないな。……いや、助け自体期待してはいけないのかもしれない。本来はあいつ、俺の担当でもなんでもないただの臨時だし。しかし、正式な上司はもっと頼りにならなそうだ。パチンコの講習とかブッチして使徒を助けてくれよ。それ、絶対なんの役にも立たないから。


 幸いといっていいのか分からんが、時期は変わらず夏のままだから、全裸でも特に寒いという事はない。むしろ、拠点より暑苦しいくらいだ。

 一瞬、誰もいないなら全裸でも問題ないなと思ったが、その場合戻ってくる意味そのものが消失している事にも気付いてしまった。ここが本当に渋谷だとして、割と近くにある実家が何も影響を受けていないのは逆におかしいだろう。

 このまま下に降りていいものなのかも判断が難しい。町中に姿を見せた途端、暗視スコープを装備した謎のソルジャーに捕獲されてしまうという可能性だってあるのだ。今がすでに意味不明なのだから、何が起きたっておかしくはない。


「……よし」


 やるべきは情報収集だ。真っ暗闇でも集められる情報は皆無ではない。ダンジョンで無駄に鍛えられた俺のサバイバビリティは生きている。

 まず、目を閉じて耳を澄ませる。いくら人間を超越しているっぽい体でも、聴力まで鍛えられているとは思わないが、そこまでは必要ない。聞き取りたいのは生活音、環境音の類だ。

 風は強めだが、それ以外が皆無という事はまずない。たとえこれが超大規模停電でも、人間がいれば音を立てるし、電源に直接接続していない機械の動作音だって大量にあるはずだ。逆に、それが一切なければ無人という事になる。

 ……しかし、どれだけ集中しても風以外の音を拾う事は出来ない。生活音も、機械の音も聞こえない。凶悪なまでの静寂が広がっている。

 あまりの孤独に挫けそうになるが、最悪の場合でも十六時間経過すれば拠点に戻れはするのだ。何かエラーを吐いて帰還出来ませんという可能性はあるが、そこを疑っていたらキリない。……くそ、最低保障の十二時間でなく十六時間でラッキーと思っていた俺が浅はかだった。


 次に調査を始めるのは今立っている床。コンクリート製のなんて事のないビルの屋上だが、何が情報があるかもしれない。相変わらず暗すぎて全体像から定かじゃないけど、足元くらいなら……。


「……ん?」


 そういえば、今更だがここに歩いてくるまでも何かが変だったような……。それ以外のところに違和感があり過ぎてそれどころじゃなかったが……。

 パッと見、異常はないが……ゆっくりとしゃがみ、視界を地面に近付けてみる。


「……なんか、汚くないか? ここ」


 吹き曝しの屋上ならそりゃ砂は貯まるだろうが、そんなレベルじゃないような気がする。違和感の正体はこれだ。素足で歩いていたから、足が堆積していた砂埃まみれになっているのだ。

 絶対にないとは言わないが、出入り可能っぽい屋上でここまで放置されているのは不自然な気がする。普通なら業者が掃除するだろうに、まるで何十年も掃除していないような……。ここが大企業だったら、地球監視ソフトで汚さが発覚して笑いものになっちゃったりするんだぞ。

 とはいえ、廃ビルならありえなくもない。元々、ここに来るため使ったカードもビルの名前が読めなかったのだ。名称がないか付けられていないのなら廃ビルという可能性も十分にある。


 再度ウインドウを開いてカードを確認する。別段不備があるというわけでもなく、カードの残り時間は順調に減っていた。


「良く考えたら、このカードだって怪しさ満点だよな」


 目当てのカードが当たった事で舞い上がっていたが、こんな読めない部分があるカードは怪しすぎる。これが帰還用のカードでなかったら、間違っても即座に使う事は考えない怪しさだ。責任転嫁をするつもりはないが、解説役の二号がいなくても保留していただろう。

 だって、《 Uターン・テレポート(座標指定:■■■■■日本/東京都渋谷区■■■ビル屋上) 》だぞ。

 ビルのほうはいい。名前がついてないにせよ、廃棄されたにせよ、正式なビル名称が宙ぶらりんなのはありえなくはない。……しかし、最初の五文字は別だ。

 最初の五文字に何が入るかを考えて『極東アジア』かもとか思ったが、それが入るにしては不自然過ぎる。普通、国名が明示されているのに、わざわざ地球上の地域を記載したりはしない。エアメールだってどこの地域にある国かなんかなんて記載しないだろう。ありえるとすれば、そこが国でないとか、一切国際的に周知されていない国とかそういう場合だ。

 出した事はないから知らんが、どこにも国家承認されていないシーランド公国だって、国名だけで手紙は届くだろう。シーランド公国といえば、大学時代の同ゼミ所属の奴で、かの国の爵位を買って、俺貴族なんだぜーと自慢していた奴が……って、今はシーランド公国はどうでもいい。


 どうしたものか。東京なら、深夜でも問題なく活動出来ると踏んでこの時間帯にしたわけだが、見事に想定とは逆方向に働いている。今が昼間なら、比較にならないほどの情報を得られていたはずなのに。

 上から見た事はないが渋谷駅だって見えるかもしれないし、それだけでも場所が確定する。今もそれっぽい建物はぼんやり見えるが、正直断言出来る自信はない。

 視覚が限られるとはいえ、街に降りれば直接情報収集出来るだろうが……ここまで真っ暗な状態で街に降りていいものか。何があってこうなったか分からないまま、真っ暗闇を突き進むクソ度胸はないぞ。タクシーだって拾えるはずはないし。むしろ、普通にタクシーがいたらビビるわ。

 とはいえ、ここで日の出を待つというのもアホらしい。とりあえず、ビル内に入るか。下に降りる手段くらいは確保しておきたい。




-2-




「ふんっ!」


 手探りで辿り着いた屋上の出入り口は鍵が掛かっていて開かなかったが、力を込めてみれば案外簡単に壊す事が出来た。まさしく脳筋の解錠方法である。

 まあ、あんまり上等じゃない鍵のようだったから出来たのだろう。いくら鍛えられていようが、毎回こんな力技で鍵を壊すつもりはないし、出来ないはずだ。

 いざとなれば腕力ではなく< ゴブリンの蛮族棒 >の出番である。全力で叩けばマスターキーに変貌してくれる事だろう。


「暗いな」


 ビルの中は屋上が明るく見えるほどに暗かった。慣れないと階段で足を踏み外しそうなので、最低限見えるようになるまで時間をおく。

 地味に見えない範囲ギリギリのところが下り階段だったようで、そのまま踏み出していたら転げ落ちていたところだった。危ない危ない。


 階段を降りて気付いたが、ここは非常階段のような扱いらしく、直接下までは繋がっていないようだった。多分、フロア内に別の階段があるのだろう。

 どの道フロアの確認はするつもりだったので、それはいいのだが……どうも様子がおかしい。


「非常用電源も動いていない?」


 ビルなどに設置している消防設備は停電時でも動作するようになっていたはずだが、実際に確認しても非常用電源が供給されている様子がなかった。そりゃ非常電源にも限度はあるだろうが、仮に一週間やそこらで消えたりするものだろうか。浦島太郎説が現実味を帯びてきたのか?

 そして、目が慣れてきた事で段々と建物内の様子も確認出来るようになったのだが……その光景も些か不自然なものだった。


「暴動でも起きたのか? 何が起きたのか分からん」


 館内は妙に荒れていた。ドアがひしゃげていたり、ガラスが割れて散乱していたり、少なくとも正常な状態ではない。

 ついでに言えば、廃ビルというわけでもなさそうだった。オフィスビルか何かだったのか、ドアの向こう側にはOA機器のようなものも見える。強盗被害かなとも思ったのだが、それにしては盗まれそうなものも残っているのは不思議だ。ドアぶっ壊すような強盗なら、PCなども持っていきそうなものだが。

 どういう状況なのかさっぱり分からない。荒れてはいても、誰かが争ったような形跡ではない。血痕などはないし、壊れたドアや割れたガラスなども移動経路の確保のために壊しただけのような……。酔っぱらいがバット持って暴れたと言っても誤魔化せそうな規模の損壊である。

 階段近くに設置されていた防火壁も閉まっていない。下へ繋がる階段はそのままだ。

 とりあえず、今のところは危険は感じない。訳分からない状況ではあるが、下に降りればもう少し何か分かるだろうと、用心はしつつ下の階へと降りる。

 しかし、下の階も似たようなもので、覗いてみた感じではどこも微妙な荒れ具合だった。あと、埃が酷い。廃ビルではなく中身がある状態で、ここまで埃が溜まるのもまた意味が分からない。まるで、ここを使う人が引っ越しもせずにそのまま消失して数年経ったような状況だ。夜逃げしたにしても、業者が回収しそうなものだが。


「いや、これで夜逃げってのは不自然だな」


 階段を降りている時に気付いたが、壁に各階にどの企業が入っているかを示す案内図があった。それを見る限り、フロアを使っているのは別々の企業・団体である。一つならともかく、こんな数の企業がまとめて夜逃げはしないだろう。

 結局、どれだけ階を降りて大した事は分からなかった。大体どの階も似たような感じの荒れ具合である。

 そんな状況に変化が見られたのは一階だ。なにかのコンビニがテナントとして入っていたらしいそこは、上の階に比べて異様な荒れ具合だった。ここだけを見れば強盗説も信じられるだろう。ビル内から入れるらしい入り口の自動ドアは開かなかったが、そこもガラスが壊されていたので侵入してみる。


「……商品がねえ」


 上の階に比べて外部の光を取り込み易い構造だから、店内は幾分か視界が確保出来ている。だからこそ、一見してはっきりと分かってしまったのだが、棚がすべて空だった。いや、正確に言えば雑誌などは残っているようだが、食料品などの棚は見事に空である。震災時のコンビニを彷彿とさせる光景だ。ここだけ見れば震災直後か何かなのかとも思えるが、上の階を見てきた後だとそれも考えにくいだろう。ちょっとだけ期待していたのに。

 カードに出来ない以上どの道持ち帰る事は出来ないが、こちらで活動するための食料も確保出来ないのは痛い。この際、腹に入ればなんでもいいと家探ししてみるが、見つかるのは文房具や携帯用充電ケーブル……あとは今どき珍しいDVD-Rのディスク……いや、CD-R? なんでこんな骨董品が……売れ残りで放置されてたんだろうか? 棚の下まで覗き込んでみれば、乾電池が転がっていた。これは何かに使えそうだな。

 残念ながら衣類の類もない。パンツやタオルの類があっただろう場所は完全に空だ。トイレットペーパーやティッシュもないな。

 ……お、T字カミソリとシェービングジェルがある。確保確保。


 そういえば、仮にも店舗なのだから倉庫があるだろうと、スタッフ用の通路から裏手に回ってみる。

 ちょっと期待していたのだが、やはりそこも食料品らしきものはなく、乱雑に開けられたらしいダンボールの山が見つかっただけだった。

 しかし、放置されていた工具入れのようなものの中にペンライトを見つける事が出来た。電池は切れているようだが、先ほど確保した電池が使えるはずだ。光源が確保出来れば、探索も捗るだろう。

 実際に動かすまでは不安だったが、電池を入れ替えたペンライトは見事に光を放ってくれた。久しぶりの文明の光に思わずガッツポーズである。

 その光でまず確認するのは、コンビニの入り口付近に残っていた新聞だ。月の光でも読めたかもしれないが、ペンライトがあれば確実に読める。これで、直近で何か起きていたかの確認はとれるはずだ。

 光を当てて、想像以上に風化していた新聞紙を慎重に広げつつ、一面記事を確認。


「…………は?」


 飛び込んで来た情報に、思わず目を疑った。ニュースの記事ではない。それよりもまず最初に確認すべき部分だ。

 ……その新聞の日付は1999年8月と記されていた。




-3-




 混乱していた思考が更に混乱した。


「なんで二十年も前の新聞が置かれてるんだ?」


 包み紙でなら見かける事もありそうだが、そんな昔の新聞がコンビニの店頭に置かれているわけがない。図書館だって、バックナンバーを置くのは一週間分くらいだろう。

 仮に、これがここでの最新の新聞だとするなら……まさか、浦島太郎説ではなく過去へのタイムスリップだというのか。……いや、それはそれでおかしい。二十年前に東京がこんな事になった話は聞いた事がない。俺が当時齢一桁のガキだったという事実があったとしても、大人になるまでその情報を知らないなんて事はないはずだ。仮にここが東京でないにしても、日本の大都市から人が消える規模の事件なら記録に残らないはずもない。

 念の為、他の新聞を確認してみるが、やはり日付は同じ二十年前。良く考えると、前世紀のものなのか。時代の流れを感じる。

 そして、新聞以外の手かがりを求めて雑誌類を見れば……名前だけは覚えている、遥か昔に連載終了した漫画が表紙を飾る週刊誌が置かれているのに気付いた。俺がガチャで当てたよりも古い号である。ビジュアル的なインパクトは、日付の羅列よりも深い実感を伴っていた。


「いや、落ち着け。落ち着くんだ、ガチ……加賀智弥太郎」


 思わず、自分でガチャ太郎って言いそうになってしまった。

 まったくもって意味が分からんが、焦ってもいい事はない。別段、現在進行形で危険が差し迫っているわけでもないのだから、ここは落ち着くべきだ。

 床にスペースを確保して座り込み、改めて新聞を広げる。1999年当時のニュースなんてパッと出てくるものはないから比較しようもないが、今最も情報が多いのはコレだ。

 当時放送されていた番組はあまり正確には覚えていないが、テレビ欄は多分普通だ。ニュースもパッと見おかしなところはない。少なくとも、この新聞が発行された日までに何かがあったわけではないのか?

 実はここが俺の知らない街で、1999年から今まで放置されていたとか……それなら辻褄は合わない事もないが、なんでこんな大都市が放置されているんだよって話になってしまう。


「……住所確認したいな」


 とりあえず、ここが渋谷かどうかはっきりさせたい。もし、知らない国の知らない街だったら、無理やりこの事態の説明が出来ない事もないからだ。それならそれで、なんで日本語の新聞があるんだよって話ではあるが、ここまでの異常事態に比べれば説明は付けられるだろう。

 地名を確認するには……倉庫の伝票関連か事務所の書類か。ペンライトでも確認はとれなくもないが、もう少し楽な手段はないか。駅に行けば確実だろうが、どちらの方向にいけばいいのか分からない。大通りをひたすら歩けばどこかの駅に着くだろうが、ペンライト一つでこんな真っ暗闇のコンクリートジャングルを探索したくはない。そんな事を考えながら、真っ暗な外に視線を向ける。

 ……ああ、標識見ればいいのか。目の前が道路なんだから、それが早い。

 割れたガラスを上手く躱しつつ、コンビニから出る。いざ建物から出ると夜空の明るさにビビるが、それでも移動するには問題があるだろう。

 見た感じ、車は……ないな。結構大きな通りっぽいが、一台もない。標識は……あった。星灯りで見るのは厳しいが、ペンライトで照らせば……。


「渋谷じゃねーか」


 良く見れば、標識どころかすぐ近くの歩道脇に地図まであった。こちらも渋谷である。

 つまり、ここは災害があったわけでもなさそうなのに何故か誰もいなくなっていて、コンビニでは生活必需品的なものは概ね持ち出されていて、1999年の新聞や雑誌が置かれた日本の渋谷だと。


「なんだこれ。……パラレルワールドか何かなのか?」


 ふと呟いた言葉だが、何故かしっくりくる気もしていた。

 たとえば、ここは俺の知る日本とは別の世界の日本で、1999年に何かがあって渋谷から人がいなくなって、かつ今まで放置されていたっていうなら、この微妙な荒廃具合も分からなくはないのだ。二十年も放置されていれば、そりゃ埃も溜まるだろう。いや、俺がいた時間と同じって保証はないし、この際数百年経っていようが関係ないのだが。

 別世界というなら、カードの読めない文字も分からなくはない。正確な文字列など分からないか、別の世界を表す言葉が含まれているのだとすれば、わざわざ記述しようとしているのにも、表示すべき文言がないのにも納得出来る。我ながら無茶苦茶な話ではあるが、ここが俺のいた日本というよりはよほど筋が通っているような気がしなくもない。


「少し……気が抜けたな」


 もちろんそれが正解とも限らないが、俺の望んでいた場所でなさそうだと分かった途端に肩の力が抜けた。

 詳細は別に調べるとしても、別の世界だという事がはっきりすれば故郷が壊滅しているという最悪の事態は避けられる。焦って実家に戻る必要がない上に、ここに来る直前に考えていた偽装工作やレイプ被害の演技は必要なさそうだ。それはそれとして着替えは欲しいところだが、それだって誰もいないなら必須ではない。


 というわけで、安全性を重視するため、夜が明けるのを待つ事にした。ウインドウを開き、残り時間を見ればすでに三時間が経過している。あと二、三時間もすれば夜明けだろう。

 それまで何をすべきか。別に何をやってもいいと思うが、やる事がないので髭を剃る事にした。単に人気がなかったのか必要とされなかったのか、T字のカミソリもシェービングジェルを確保しているからだ。欲をかけば鏡やちゃんとした照明も欲しかったが、何年もの間毎朝やっていた事だから適当でもなんとかなるだろう。


「いてっ」


 思ったより髭が伸びていたために上手く勘が掴めず、ちょっと肌を切ってしまったが、別にこの程度は良くある事だ。今ならすぐに治るから適当にやったという理由も実はある。


 思えば、こうした髭剃りは……ドラマや映画で何かを捨て去ったり過去と決別するシーンが多かった気がする。……すまん、適当言った。多分、女性が髪を切るのと勘違いしているのかも。もしそうなら男は毎日のように過去と決別している事になってしまう。髭剃りの印象だけでいうなら決別というより……暗殺かな。まずい、俺殺されるのかな。などと、取り留めもない事を考えつつ、汚く伸びた髭を剃る。

 二度目の正直だが、思えば……俺自身に限って言うなら、こうして髭剃りをしている時は考え事をする事が多かった気がする。別に髭剃りに限らないが、ルーチン的な事をしつつ脳の余剰リソースを思考に割り振っているのだろう。その日の予定や悩んでいる事について、あるいはもっと取り留めもない事でもいいが、そうやって寝起きの頭を切り替えていた節はある。ダンジョンでルーチン的にゴブリンを撲殺していた時もそんな傾向があったような気がしないでもない。つまり、何もせずじっと考え事をするよりも、単純作業に没頭しつつ色々考えるほうが俺には向いているという事なのだろう。


「……ふむ」


 そういうわけで、髭を剃っていたら少し落ち着いた。

 鏡はないが、上手く剃れた気がする。ジェルが残っているから自信はないが、触れた感じでは剃り残しもないだろう。これで一本だけ微妙に短い毛が残っていたら後で気になってしょうがなかったりするんだろうが、そういう事はないように念入りに剃ったつもりだ。これで少しは文明人に戻れただろうか。

 ……いきなりやる事がなくなってしまった。

 だから魔が刺したというべきか。特に必要もないのに、余ったシェービングジェルと時間の使い道を考えていた。


「えー、特に意味はありませんが、スネ毛を剃りたいと思います。この謎の唐突感が気に入った視聴者……もとい幼女二号さんは、投げ銭……はいらないので救助をお願いします」


 意味不明な行動だったが、本人的にも良く分かっていなかった。なんとなくちょっと面白いかなと、唐突にムダ毛処理を始めてしまったのだ。良く分からない状況で脳にフリーハンドを与えてしまったが故の暴走だ。

 ムダ毛処理とはいうが、男にとってスネ毛は処理するような対象ではない。新体操選手などは脇毛の処理はしたほうがいいような気もするが、日頃からスネ毛を処理している男性は極めて少数派だろう。

 だが、別に誰に見られるわけでもなく、ほっといたら伸びるだろう毛の処理をするのは未知の感覚も手伝ってちょっと楽しかったのは事実だ。高校の学祭の時、女装する奴が意気揚々とスネ毛を剃っていたがこういうノリだったのかもしれない。

 そして、美脚になった自分の脚を見てなんとなく楽しくなってしまった俺は、スネ毛だけではなく色んな場所を剃り始めてしまったのだ。何故かと言えば、特に理由はない。やる事がなく、シェービングジェルがもったいないような気がしたから……あるいは無人の東京を照らす月の魔力に囚われていたのかもしれない。


「ふう……やり切ったぜ」


 そして、ぼんやりと明るくなり始めた頃には、スネ毛どころか腕毛、脇毛や陰毛、ついでにケツ毛まで処理し切った俺の姿があった。

 すごい、なんて清々しい気分なんだ。世の女性がムダ毛処理と言いながら必死に脱毛している気分が理解出来たような気がする。……いや、嘘だ。何やってんだろ、俺という後悔しかない。

 いや、別に毛を剃る事自体は構わないのだ。髭を剃りたかったのは事実だし、ムダ毛がなくて困るような事も今はない。今の生活を続けるなら、同僚に『え、加賀智さん、なんでそんなツルツルなんスかwww』と言われる事もないだろう。しかし、まったく意味がない行動というのも事実であった。少なくとも、今やる必要はまったくないだろう。

 まあ、ゴブリンと戦う際に引っ張られたりする可能性があるかもしれないから、無意味とは言い切れない。それなら髪も剃れよと言われそうだが、そもそもただの言い訳なのでそのツッコミはノーサンキューだ。


「さて、行くか」


 とりあえず、駅まで行ってみよう。街を歩いていれば、ここがなんでこんな状態なのかも分かるはずだ。その上で、何か危険を感じとったら制限時間まで大人しくしておく。本気で何もなければ、実家まで歩いてみてもいいかもしれない。

 体毛を捨て去った事で、心まで軽くなったような気がしていた。




-4-




 さて、改まって俺が今すべき事は何か。ぼんやり明るくなり始めた街で、堂々と道路のど真ん中を歩きながら考える。

 やらなければならないのは、ここがどんな場所なのかの調査だろう。優先順位的には一にも二にも情報収集で、三か四くらいに無事制限時間を終える事がくるくらいである。


 実際、明るくなり始めた街を観察すれば、真っ暗だった時には気付かなかった情報が山のように出てきた。

 まず、思ったよりも街は荒らされていないという事。暴動が起きたにしては破損物が少ないと思っていたが、コンビニのように何かを売っているような場所は別として、オフィスビルのような建物はせいぜい入り口のガラスが割れているくらいだ。道路も損傷があるわけではなく、電線が切れてもいない。チラホラ見かける車も、窓が割れているのは半分くらいで車体はキレイなものだ。

 現代の文明国だって、フランスの黄色い服着た連中が起こしてる暴動などは、それをやる意味はないだろうというくらいに荒れていた。アレを基準に考えていいものかは知らないが、牙を抜かれた飼い犬が如き日本だって大規模暴動が起きればもう少しは荒れるんじゃないだろうか。中途半端な損壊のせいで余計に状況が掴み辛くなっている。

 途中、時代錯誤なパンクファッションに身を包んだ改造車を見かけ、そこから車内用らしきサンダルを拝借する。これで俺の移動速度も50%増くらいになっただろう。


「しかし、服がないな」


 無意味に陰毛すら投げ捨ててしまった俺には今更ではあるが、街を散策出来るようになっても服の類は見つからない。雑貨は色々見つかるのだが、どれも今は不要と思われるものばかりだった。

 特にないのは食料品と衣類。他にも、正に避難するなら真っ先になくなるものがほとんどである。

 そして、やはりここは1999年の渋谷か、その街並みを残した場所であるという事もはっきりした。俺はあまり渋谷の街並みに詳しくはないが、それでもはっきりと分かる程度には違う。特に店頭に張られたポスターなどは顕著で、写っているモデルやタレントが古いのだ。中には知っている芸能人の若い頃のポスターもあって、何故か痛々しい気分にさせられた。そういったものが懐かしのレトロ商品を扱うような一店舗ではなく、そこらにあるのだから間違いないだろう。

 あと分かった事といえば、想像していたよりも遥かに静かな事。人声や生活音などがしないのは夜中から感じていたが、不自然な事に虫の鳴き声も一切しない。夏なのだから都会でも虫はたくさんいるだろうに、一匹も見かけていないのである。ついでに、犬や猫などの動物も見かけなければ、ゴミを漁る鳥もいない。……ここは、生命の息吹を感じない死の街だった。

 とにかく、ここは俺が戻ろうとしていた日本ではないという事だけははっきりした。ここまで違えば、そう断定しても問題はないだろう。


 そうなってくると、気になるのは別の事だ。……この転送は果たして偶然なのか。

 俺は、あの幼女二人に対してどこまで信用していいのかのラインを引けていない。特に、ウチの上司であるところの幼女一号はその目的も不明なままだ。

 しかし、この異常事態は彼女にとって完全なる想定外とはどうしても思えない。どこまでが偶然で、どこまでが狙ったものかは分からないが、一から百まですべてが偶然というのは逆に不自然だろう。

 ガチャで転送カードを引いたのは運かもしれない。幼女二号が言うように、ガチャの中身が半ば自動生成で把握し切れないというのも真実なのかもしれない。ただ、それらは一切中身を把握していないという意味ではない。

 帰還用カードがある事は最初から明示されていたし、分厚い辞典で説明可能なくらいにはカードの種類を把握しているはずなのだ。

 ならば、何かしらの方向性を持たせてカードを生成するよう設定している可能性は十分にある。……そして、これはその類ではないだろうか。


 ウチの上司の説明が足りないのは今更だし、俺だって何から何まで説明して欲しいわけでもない。仮にこれが狙って引き起こされたものだとしても、騙されたとは思わない。今、気になっているのはそこではない。

 気になるのは……ひょっとしたら、俺はここで何かをしなければいけないのかもしれないという事だ。使徒として、何かをさせるためにここに送り込んだというのなら、このまま終わるような気がしない。危険は感じない。しかし、気を抜くわけにもいかない。何かは起きると想定して行動すべきだろう。



 渋谷駅に辿り着いた。電光掲示板も販売機も稼働していない無人駅だ。しかし、駅自体には確認以上の用はない。

 用があるのは駅ビルである。即物的な話ではあるが、食料を確保したかった。それくらい方針が決まっていないというのもあるが、どうせ探索をするなら少しでも意味のある行動をとりたかったというのもある。荒らされている可能性は大だが、ここまで広ければ何か残っているだろうという浅はかな考えだ。街の損壊が然程でもないから、大規模な店舗なら丸々収奪はされないだろうという期待もあった。

 この状況になってかなり時間が経っているっぽいから、狙い目は缶詰などの保存食だ。どうせ持って帰れはしないのだから、一食分でも確保出来れば問題ない。

 その後は……カーディーラーか鍵のついた車を探して、実家へでも向かってみようか。意味はないだろうが、多分この世界における俺の実家はあるはずだ。障害物はあるし、信号は動作していないが、道は車を走らせるのに支障はないだろう。

 これらは特にやらなければいけない事ではないから、その途中で目的が出来るなら切り替えていけばいい。まずは食料だ。


 しかし、考えが甘かったのか、テナントに入っている店舗をいくつか確認しても食料はそう簡単には見つからなかった。捜索にかけるカロリーを考えるなら、むしろマイナスの可能性すらある。

 救いは腐りそうなものが軒並みなくなっているので、臭いに悩まされる事がないという事くらいか。あと、地味にペンライトが活躍していた。陽が昇っても、こうした大型店舗の屋内は暗いのだ。


 そうして探索を続け……このままでは食料探しだけで帰還する事になってしまうと考え始めた頃、異変が起きた。……微かだが、どこからか声が聞こえてきたのだ。


「…………歌?」


 無人の廃墟に突如響き渡る歌声……といえばロマンを感じるシチュエーションだが、警戒度はマックスまで引き上がった。こんな何もない世界で歌を歌っている奴に何もないわけはない。

 録音された音声が流れているというのも考えにくい。通電しているわけでもなく、充電機能があるとしてもとっくに放電し切っているだろう。電池式なら分からない事もないが、それなら誰かの手が加わっているという事でもある。

 そして、何より音源に近づくにつれて認識出来るようになった歌声は、あまりに下手くそだった。間違っても商用のルートには乗らない類のクオリティである。



「かんかんかんかん、缶詰ちゃーん。あたしの缶詰はどっこかなー」


 明らかに人間がいる。俺と同じように何かを探しているのか、モノを漁る音がしていた。多分、この壁を周り込んだ向こう側にいる。

 いつでもウインドウを開いて蛮族棒が装備できる準備だけ整えつつ、そっと近付いていった。


「サバ缶、ツナ缶、シーチキンー」


 ツナ缶とシーチキンは同じものではないのだろうか。と思いつつ、とうとうその人影を視界に捉える事が出来た。

 人間ではありそうだが、後ろ姿だけでは良く分からない。何故なら、そいつはこの夏の炎天下で真っ黒なマントらしきものを纏っているからだ。黒髪という事も手伝って、暗闇に溶け込んでしまっている。


 ここまできてスルーという選択肢はない。その人影、多分女性に対してどう声をかけたものかと悩んでいると、先に向こうから動きがあった。何もない場所で動くものがあればすぐに気付くだろうから、ある意味当然かもしれないが。できれば、主導権をとりたかった。


「なーにー、結局こっちに来ちゃったの。そんなに妹が信用できないのか……な?」


 俺を別の誰かと勘違いしたのか、その女は無防備にこちらへと歩み寄って来た。

 しかし、俺はその姿を見て絶句していた。あちらも、捕捉した俺を見て絶句している。



 その手には目茶苦茶使い辛そうな大鎌、黒髪のツインテールに黒ブーツと、何故か中身は極小サイズの黒ビキニだけ着けたコスプレ痴女がそこにいた。




多分、ガチャ太郎のほうがひどい。(*´∀`*)

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(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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これ涅槃静寂じゃね?
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