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第十三話「座標指定:日本/東京都渋谷区」

このフットワークの軽さである。(*´∀`*)





-1-




『おかえりー』


 でかいゴブリン&掟破りのイザーとの死闘を終え、拠点に戻ったら幼女二号がいた。

 そこが自分の定位置だといわんばかりにガラパゴスリクイグアナの上に陣取っている。昨日……というか、まだ一日も経過していないのに再襲来だ。


「何? あんた暇なのか?」

『決まってるじゃない、そうよ!』


 そうなのか。隠す気とか全然ないのな。今更だが、めっちゃ素直だよなこの子。

 候補とはいえ、神様ならやるべき事はあるんじゃないかと思ったりもするが、いざ考えてみると何をするものなのかはさっぱりだ。彼女たち的には暇なのは決まっている事なのかもしれない。


『というか、私たちは基本的に暇よ』

「えーと、それはまだ候補だからというわけではなく?」

『それはあるけど、候補じゃなくても毛が生えたようなもんだわ。奴らは研修とか勉強会とか言って、暇潰しのネタを作ってるだけなんだから』


 確か、今神様と連絡とれないのは急な勉強会とやらのせいだったはずだ。ウチの神様は暇潰しに付き合わされてるだけなのか。

 とはいえ、さすがに麻雀のメンツが足りなくなったから急遽呼ばれたとか、そういう事はないと……思いたい。


「それすらもないあんたは更に暇だと」

『その通りよ! なめんじゃないわよっ!!』


 いや、そんなつもりはないんだが。何故素直に認めるのに反発するんだ。


「というか、勝手に入って来れないんじゃなかったのか、あのドア」


 ガチャ子様がアレを設置した理由は突発的な事故を防ぐためだ。前回コレが来た時も、一度閉めたら入って来れなかったはず。『あけろー!』って騒いでいたのはなんだったのか。


『昨日帰る時にちょっとだけ隙間を開けておいたわ!』


 そんなガバガバセキュリティなのか。オートロックで締め出されないために物挟んでおくみたいな。


「別に構わないっちゃ構わないが、そういう事してると突発的に脱糞ショーを覗く羽目になるんだぞ」

『動画的にはおいしいわね。私は気にしないわ! というか、ガチャ子からソレ聞いて大爆笑した』


 気にしろよ、幼女。なんでもかんでも実況する前提で判断するんじゃない。あんなものを世界に向けて実況されたら、俺は死ぬしかなくなる。ガチャ子様もこいつ相手に暴露しないでくれ。


「ここに来てもパンツ一枚の紳士と会話できるくらいなんだがな。それでいいなら、別に文句言うつもりはないぞ」


 懸念であるおっぱいマウスパッドも、まだしまったままだし。


『じゃ、とりあえずそのパンツくらいは履きなさいよ』


 そういえば、探索から戻ってきて全裸の状態だった。今更見られて困る事などないが、紳士へ変身するために拠点中央に放置されたパンツを履く。

 何気なくここにいる時はずっと履いたままだが、これもそろそろ洗濯しないとな。水洗いしか出来ないのがアレだが、干す時間はあるし。


『ちなみに、ここに来ればあんたのダンジョン・アタックは見れるから、それだけでも結構楽しめるわね』

「え……見てたの?」


 ここの生活についてガチャ子様がセキュリティをかけている事は知っていたが、中に入ってしまえばそれも関係ないって事か。

 見られても大した問題はないが、いざ見てましたと言われると恥ずかしいな。


『なかなか面白かったわ。不意打ちでゴブリンに蹴られたところとか。ボス戦に乱入するとか意味分かんない』

「そういうロクでなしが十六匹いるんだよ」


 何されるか分からないから、戦々恐々してるのだ。ボスなんかより、よほどあいつらのほうが怖い。苦労して駆除しているのにあと十三匹もいるとか、げんなりしてくる。

 そう考えると、十六魔将って肩書きは卑怯だよな。俺たちはこんなにいるんだぞってハッタリが効いている。


『その他も、手探り感があって良かったんじゃない? ローグライクを実体験に落とし込んだ場合の攻略法っていうか。罠起動させるのに、ゴブリンの腕使うのはキモいけど』

「10フィートの棒があれば良かったんだがな。……神様的には、もっとこうすればいいのにとかあるわけ? アドバイスがあるなら欲しい」

『さあ? ゲームはやるけど、実際のダンジョン・アタックなんてした事ないし』

「……他の神様も?」

『絶対じゃないけど、聞いた事ないわね。古代の神なら似たような経験があるかも?ってところかしらね。神話とかで』


 ……そうか。これは別に神様になるための試練とかではなく、多分ガチャ子オリジナルだと。


「というか、ゲームやるならそういうので暇潰せばいいだろ。それこそ消化しきれないほどあると思うんだが」

『データ受信できても送信できないからオンライン対戦出来ないのよ。オフゲーなら色々やるけど、さすがに延々とは厳しいし。飽きる』


 話出来る相手もいなそうだしな。唯一対戦相手になってくれそうな相手は研修中でいないわけだし。

 こいつの場合、データ発信できるなら最初にやるのはゲームじゃなくて実況動画だろうが。


「データ送信出来ないんじゃ、アカウントも作れないだろ」

『代替策はあるけど、確かに致命的ね。パッチはともかくDLCも導入出来ないわ。不憫に思うなら、あんたのアカウント貸して』

「アカウント貸すのはちょっと……」


 やれはするけど、有料コンテンツはアウト的な状況か。昨今のゲーム事情から考えると致命的だな。


「あれ、データって受信する際に送信もしてなかったっけ?」

『あんた、ネットワークに詳しかったりするの?』

「いや全然。社内講習とか、知り合いに聞いたりとかでまったく触らない人よりは知ってるくらいだな。なんだっけ、最初に……スリー……握手的な」


 PCが普及した現代でも、営業マンなんてそんなもんだろう。俺は趣味がPCゲーだからMOD導入くらいは出来るが、それだって構造を把握しているわけじゃない。家のネットワーク機器だって、何が何をしているのかもほとんど分からない。


『方法は良く分からないけど、そういうコネクション確立とかは誤魔化してるみたいね。多分、ログとかも残らない』


 簡単に悪い事が出来そうな環境だな。


『私が持ってくるのは出来ないけど、ゲームが手に入ったら対戦相手くらい務めるわよ。というか、むしろ用意しなさい』

「ここで……ゲーム?」


 そう言われて部屋を見渡すが、こんな文明の欠片もない……というか意味不明なカオス状態の部屋でコンピューターゲームは厳しいだろう。

 おっぱいマウスパッドはあってもマウスもPCもない。モニタもテレビもないし、当然ゲーム機もソフトもない。そもそも電気がない。ノーマルカードでゲームパッドはあるが、使う事は考えてもいなかった。

 非電源ゲームなら、そのものを当てればプレイ出来るな。ボードゲームとかトランプとか。将棋や囲碁でもいいし。二人だと厳しいにもほどがあるが、TRPGも出来ない事はない。今のところ必要性は感じていなかったが、その手のゲームが手に入ったらやりたくなるかもしれない。


「そういうのもいいが、今はとにかく体動かしたいな」

『なんかマッチョになってるしね。エネルギーが発散し切れてないんでしょ』


 今の俺は本職のボディビルダーほどではないにしても、アスリート並の肉体になっている。こういう体を手に入れたからには、それを使う遊びがしたいと思うのはおかしな事ではないはずだ。

 だから、どっちかといえば文化的なものよりもスポーツ的な、体を動かす遊びがしたい。しかし、そのためには広い場所が必要で……。


「あ、悪い。話するのはいいが、先にカードを鑑定にかけておきたい」

『ああ、その酒場で放置されてそうな奴ね』

「失敬だな。彼はかんていさんだ」


 いくら彼でも全身ボディペイントで酒場に直立したりはしないはずだ。だから、これは別物である。

 幼女の脇を抜けて、入り口近くに設置しているかんていからカードを回収。クールタイム終了しているのを確認して、拠点に転送されていた< スモールルーム >を口に突っ込む。


「え、口から入れるんだ……」


 思わずマイク通すのも忘れるくらいの絵面だったらしい。俺は慣れてきた感があるが、不気味だよな。

 ちなみに、探索に入る前に俺が鑑定にかけていたカードはコレだ。


< 闘争心 >

 レアリティ:コモン

 強化値:-

 対象・効果範囲:自身

 発動条件・制限:常時発動

 分類:スキル/パッシブ/精神補正

 解説:戦闘に対する意欲を呼び起こし、好戦性を高めるスキル。チキンなあなたでも、路地裏で喧嘩売られたら即殴り返すくらいの立派なアウトローになれる。

 また、多少の疲労や痛みを誤魔化して活動する事が可能。


 ……まあ、大体想像付いていた効果ではあるが、解説はもう少しどうにかならんものか。喧嘩売られたとしても、先に手を出すのはキレやすい若者ってレベルじゃないぞ。使ってる俺だってそこまでの実感はないし。……まさか、知らない内にそんなアウトローめいた性格に変化しつつあるとか。馬鹿な。


 たとえば、今俺が意味もなく路地裏を歩いていたとする。そんな中、脈絡もなく絡んでくる二人組。会社勤めの営業マンなら反撃も出来ないだろうとタカをくくっているタイプの親父狩りもどきだ。

 付けてくる因縁は支離滅裂で意味不明。そもそも何言ってるのか分からない。そして、チラチラとバタフライナイフをクルクルさせたり、メリケンサックつけてシャドー始めちゃったりするわけだ。

 彼らは金を寄越せとは言わない。あくまで貸してくれと言う。絶対返す気はないのに、財布ごと持っていくつもり満々だ。そんな相手を前にして、今の俺ならどうするか。

 ……ぶん殴るな、間違いない。俺、精神汚染されてる。< 闘争心 >以外にも心当たりがあり過ぎて原因が特定出来ないレベル。……よし、目を逸らそう。


 解説以外で気になるのは、強化値の項目だ。レアリティがコモンだから強化出来ないのは分かるが、項目自体が存在するという事はスキルでも強化の余地があるって事だろうか。


『鑑定はしたほうがいいわよね。正直意味不明なものも多いし。とりあえずでも、同じ名前なら共通でカードが書き換わるみたいだし』

「え、そうなんだ。たとえば、もう一枚< 闘争心 >があったらそれも書き換わってるって事か? 食パンの八枚切りと六枚切りみたいに、中身の詳細が違っても?」

『そうよ。名前が同じなら、レアリティが違っても対象ね。ノーマルカードとか、同名カードめっちゃ多いんでしょ?』


 なるほど、それはいい事を聞いた。つまり、数の多いものや汎用的なものは優先度を上げるべきって事だ。加えて、あらかじめ低レアリティのものに鑑定をかけておけば、後で高レアリティな同名カードが出てもすぐに効果が分かると。また、鑑定時間を考慮するなら同名カードでも低レアリティのほうが望ましい。意外に有力な情報である。


「どう考えてもシステム上の話だが、それは教えても問題ない範疇のものであると」

『そうね。なんならカードの効果を教えるくらいなら出来るわよ。それはそれとして、鑑定はしたほうがいいと思うけど』


 素晴らしいな。これは、この機会に聞けるだけ聞いておけという意味なのだろう。


「たとえばだが、これがどんな効果なのか聞いてもいいのか?」


 まず見せるのは先ほどの探索で手に入れた< ブロンズチケット >だ。次に鑑定にかけるつもりだった有力候補である。


『問題ないわ。ちょっと待ってねー……うんしょ』


 そういうと、幼女二号は何もないところから辞典サイズの本を取り出した。ビーズやラメで加工した、めっちゃキラキラした辞典だ。

 ネイルアートやスマホのデコレーションもそうだが、この手の趣味は未だ理解出来ない領域にあるな。説明されても納得できるとは思えない。

 何もないところから辞典が出現した事自体は……まあ、神様ならそういう事も出来るんだろう。いちいち驚いてられない。


『ブロンズ……ブ、ぶ行? ……えーと、ブロンズはアンコモン以上確定チケットね。十連だとレア一枚確定』


 マジか。

 アンコモンと聞くと大した事なさそうに感じるが、ここのガチャにおいてコモンとアンコモンの差は大きい。というか、レア以上をほとんどお目にかかっていない現状では、アンコモンがレアみたいなもんだ。

 十枚集められる気はしないが、レア一枚確定というのも大きい。なにより、不安定極まるガチャにおいて確定という言葉は魅力的だ。

 それと、五十音で検索するなら、は行だろう。濁ってもば行だ。この言い方だとBでもなさそうだし。


『ついでに言うと、シルバーチケットはレア以上確定で、十連はハイレア一枚確定。ゴールドはハイレア以上確定で十連はスーパーレア一枚確定って感じで一段階ずつレアリティが上がるみたい。ま、チケット自体がレアなんだろうけどね』

「え、そんな事まで言っていいんだ。そりゃ、ブロンズチケットが出てきた時点でそういうものがあるって想像つくが」

『問題ないわね。むしろ、こんなの隠してどうするのよ』


 そりゃまあそうだが。何もかも手探りな俺としては釈然としないものがある。ゴールドもシルバーも手に入れてないどころか、アイテムとしては名前すら聞いた事がないのだ。


『禁則事項になってるのはシステム的かつ攻略に直接影響しそうな部分よ。あとは私たちの存在に関わるものとか』

「神様の業界がどうなってんのとか?」

『そう。あくまで候補だから、私も詳しい事は知らないんだけどね。ついでに言うと、ガチャ子もそんなには詳しくないと思うわ』


 あんまり興味はないが、このまま使徒を続けるならその手の情報に触れる機会も出てくるんだろうな。


『あとは、ガチャ子が意図的に隠そうとしている情報とか?』

「たとえば? ……って、隠してるんだから答えられるわきゃないか」

『そうね。何隠してるのかも分からないし。確実に隠蔽されてるのは……あんたにやらせようとしている事くらい?』


 むしろそれが一番知りたい。こんな行き場のなくなった営業マンに何をさせるつもりなのか。俺じゃないと駄目な理由はあるのか。たまたま、あのタイミングで死にそうな候補が俺だったというならそれでもいいんだが。




-2-




『ま、今はとりあえずカード全部見せてみなさい。ある程度は効果も教えられると思う』

「そりゃ助かる』


 というわけで、俺は確保しているカードをとりあえずすべて見せて、解説を貰った。といっても、大体カード分類と種類で推測可能なものではあったが。


「……なるほど」


 その中でありがたかった情報は、< パワースラッシュ >、< ゴブリンキック >、< 魔法の鍵 >、< 簡易転送ゲート >、そして< ゴブリンの思い出 >だ。

 < パワースラッシュ >は考えていた通り、剣などの刃物でないと発動しない制限がある。< ゴブリンキック >も似たようなもので、ゴブリン専用って事らしいから、どちらのスキルも今は無用の長物といえる。

 < 魔法の鍵 >は罠などを無視して扉や宝箱を解錠出来るという使い捨ての道具だ。ただ、これにはランクがあって同ランクの罠や鍵しか解除できないそうだ。

 そして肝心の< 簡易転送ゲート >。これは中継地点として設定可能な場所を一箇所だけ登録できる転送ゲートらしい。今なら第二層手前と第三層手前のどちらかを中間地点として設定出来る。そう考えると第三層手前一択だが、悩ましいのは今使うのが必須でないという事だろう。無理やり第四層まで攻略して中継地点を確保するという手もなくはない。また、層の間以外にも中継地点があるかもしれないし。

 そして、名前からして意味不明な< ゴブリンの思い出 >だが、これは使うとゴブリンに紐付けられた思い出が蘇るという、詳細を聞いてもゴミとしか思えない代物だった。投げつければ相手に効果を押し付けられるので、足止めには使えるかもしれないという程度だ。……いや待て、もしこれをゴブリンに使われたら、ディディーやプロップ、ついでにイザーの記憶がフラッシュバックしてしまうのか。恐ろしいアイテムだな。


 そして、そこから派生した内容についても一応聞いてみる。まとまりがないのは相手も分かってるので、思いついた順に五月雨式だ。


「この強化値とは? この☆がその段階だと思うんだが」

『そのカードを強化可能な限界。強化段階によって☆が★になる。詳細や強化方法については言えない』


 これは、推察通り。確定しただけでも質問権が浮いた。


「ノーマル/マテリアルにはどんな用途がある? 全部集めると封印が解けるとか」

『言えない。封印って何の封印よ』


 封印されしゴブリンはともかく、言えないって事は用途はあるという事だろう。


「缶詰が出た直後に缶切りが出たんだが、今思うと運が良過ぎる気がするんだ。なんかカラクリがあるとか」

『単品で成立しないものは、その不足機能を埋めるものが出やすくなるよう補正がかかるみたい』


 ……なるほど。地味に重要な情報だ。つまり、缶切りないと開けられない缶詰が出たから、その機能不足分を埋めるために缶切りが出やすくなったと。

 歯ブラシが出たら歯磨き粉が出易くなるかもしれない。テレビが出たら電気を供給する何かが排出され易くなるかもしれない。

 ただ、これだと逆は有り得ないだろう。缶切りが先に出ても缶詰が出易くなったりはしないはずだ。


「となると、VHSのビデオデッキが出ないのが気になるが」

『補正があっても出易くなるだけだしね。運が悪いだけかもしれないし、ビデオデッキ自体も単体じゃ機能が不足しているから、多重補正はかからないのかもしれない。分かんない』


 デッキあっても電気もテレビもないからな。多重に補正がかかると処理が面倒臭そうではある。


「紙が欲しいと思ったらたくさん紙が出た事もあるんだが、これもそういう補正が?」

『それは偶然じゃない?』


 あの連続紙類排出は偶然だったのか。マジかよ。どんだけ紙に愛されてたんだ。


「あんたが座ってるガラパゴスリクイグアナって、超高精密1/1フィギュア イグアナ編No.33らしいんだが、これはつまり他のナンバーも完備している?」

『あるみたいね。というか、コレ実在の生物だったのね』


 見た事はないが、ガラパゴス的進化を遂げたイグアナなら、こういうのもいそうな気がする。ネット検索できれば一発なんだが、実はそこまで興味もない。


「生物としてはともかく、こんな商品は売っている気がしないんだが、ここのオリジナルって事なのか?」

『そうなんじゃない? フィギュアってだけならありそうだけど、1/1はさすがに売ってないでしょうね』


 需要ないだろうしな。博物館なら利用価値はあるだろうが、それなら特注だろう。


「って事は、まさか実寸法のガンダ○なんかも……」

『多分コックピットも再現されるだろうし、当たったら乗せてね。ガ○ガルだったら、スルーするけど』


 それ以前に、この拠点にそんなスペースはない。めっちゃ欲しいが、その前に置き場所を確保しないと。ぶっちゃけ、ガ○ガルでも欲しい。

 ただ、お台場に飾ってあったやつがそのまま出る可能性もあるよな。アレってコックピット乗れたんだっけ?


「ちなみに、スペース的に出す場所がない場合はどーなんの? ぶっ壊れる?」

『単に狭いだけなら壁でも天井でも突き抜けるだけだけど、この拠点みたいな場所だとマテリアライズ出来なかったはず』


 そういう最低限の安全装置はあるって事ね。しかし、間違って元の世界やダンジョンで使ったりしたら大惨事と……あれ、これってダンジョンの床を抜けるって事か?

 落とし穴があるんだから、物理的には繋がっているんだろうし……ひょっとしたら、攻略的にはアリなのかもしれないな。あらかじめ箱を用意しておいて、高いところに昇ったりとか。あとで検証しよう。


「週刊少年ジャ○プ2001年36・37合併号が出たんだが、これってまさか全号あるって事なのか?」

『排出時点の最新号まで完備ね。ただ、バラバラの抽選じゃなくて、その雑誌が当たる抽選のあとにどの号が出る抽選が入るとかそんな感じだったはず』


 つまり、運が良ければ最新号を追えるって事か。いや、今は読んでないから意味はないんだが。

 全号バラバラじゃないのは助かるな。全体量から考えると微妙だろうが、多少は排出率に余裕が出来る。ジャ○プだけじゃなく、他の雑誌についても同様なんだろう。抽選確定してからの詳細抽選は他にもありそうだな。


「なら、肝心のガチャの排出確率と総カード数について。レアリティごとの確率というか、コモンの割合だけでも……」

『総カード数は可変というか、雑誌の最新号みたいに常に増加するから。……排出確率は最高機密扱いらしいわね』


 なんでやねん。世間は排出確率を明示する流れだというのに。そうじゃないかとは思ってたけど。


「最低何種類くらいはあるとかの情報もアウトかね」

『万は余裕で超えているってくらいなら』


 ……万か。それも一万とかじゃないんだろうな。だって、通販サイトに登録されているような商品とかまるごと入ってそうだもの。

 週刊誌一つだけで数百はいくんじゃないだろうか。いや、一年あたり五十冊って考えると数千?


「じゃあ……最近、異様に筋肉の成長が早くて燃費がいいんだが」

『使徒になったからでしょ。変化の方向性は分からないけど、確実に生物的なスペックアップはしてると思うわよ』


 やっぱりそうか。調べるまでもなく、そういう体に作り変わっているって事だろう。


「ウチの神様は今なんの研修に出てるの?」

『パチンコとパチスロの需要・供給と娯楽構造についての勉強会。時々、めっちゃつまらーんってメッセージが飛んでくるわ』


 めっちゃどうでもいい勉強会だった。


「ゴブリン十六魔将について何か言える事があれば」

『じゅ……誰? ゲームのキャラ?』


 存在そのものを知らないらしい。ここのフィールドボスって言わないと分からないんだろう。


「かんていはなんで全裸にボディペイントなの?」

『私が聞きたいわ』


 そりゃそうだ。流れで聞いてみただけだし。


『内容が適当になってきたけど、質問はそれくらい? まあ、何かあったら質問フォームに投げるなり、ガチャ子や私に聞いてもいいし』


 突発的に神様が対応できない状態にはなったが、質問フォーム自体は生きているし、こいつもなんだかんだでちょくちょく来そうだから、今どうしてもって質問はなさそうだ。

 あとは適当に雑談なり、見られてる事を覚悟の上で探索に出るとか……。


 そんな事を考えていると、結構な時間が経っていたらしく、鑑定の終了音が鳴った。あ、コレを忘れてたな。




< スモールルーム >

 レアリティ:アンコモン

 強化値:☆

 設置可能施設:1

 サイズ:極小

 分類:ベース/ルーム/拠点拡張

 解説:拠点などに追加設置可能な拡張領域。ドアで行き来可能な独立した部屋が設置される。

 拠点同様にベースカードを設置するための独自ゾーンを持つ。


「独自ゾーン?」


 こいつ自身がベースゾーンで、そこに追加でカードがセット可能って事だろうか。解説してもらえないかと、チラリと幼女二号へ視線を向ける。


『セットしてみればいいじゃない』

「それもそうだ」


 手元に検証可能な環境があるのだから、実際に試してみればいいというのは真理である。

 というわけで、ベースゾーンの< かんてい >を一時的に外し、< スモールルーム >をセットしてみた。……すると、拠点にもう一つ扉が出現した。


『ドアの場所はカード設置時に意識する事で変えられるはずよ』


 幼女二号の言葉に従って再セットすれば、俺が意識した場所にドアが出現するのが確認できた。そして、中に入ってみれば……。


「おお……って、まるっきり同じじゃねーか」


 掟破りのイザーが隠れていたのと同じ、倉庫のような部屋が広がっていた。いや、有用なのは有用なんだが……なんだろう、この期待外れな感じ。

 そして、< スモールルーム >を設置した時点でウインドウ上に追加表示されたゾーン。ここに< かんてい >を置いてみれば……倉庫内に全裸ボディペイントの司教が出現した。

 この追加ゾーンにはベース以外のカードはセット出来ないらしい。つまり、実質的にはベースゾーンは減らさずに倉庫大の部屋が追加されたというわけだ。

 言ってみればただそれだけの事なのだが、独立した部屋が一つ増えるというのは単純にありがたい。< 屋内用簡易農園 >を置いてトイレとして扱うのにもプライベート性が比較にならない。超大事。

 多分だが、なんらかの方法で強化すれば設置可能な施設も増えたりするんだろう。


『ちなみに、そこに置けるのは部屋よりもサイズの小さなものだけだからね』

「< スモールルーム >自体は?」

『駄目』


 連結して無限に部屋を繋げるのは不可能らしい。今ならロックされているガチャマシン以外のゾーンに置けるから、一つだけなら追加可能という事だ。とはいえ、この手のカードがこれだけって事はないだろう。

 夢が広がるな。実はこれまでで一番楽しいかもしれない。比べるもんじゃないと思うが、都内だと一部屋増えるだけで家賃が大変な事になるしな。


「気分良くなったついでに、ブロンズガチャも回しちゃおうっかな。どうせ十枚なんて集まらんし」

『いいわね。その場のノリって大事よ。実況配信には欠かせないわ!』

「実況するつもりはない」

『なんでよっ!?』


 それは、未来におけるこいつの使徒に任せたい。俺は広く自分を公開して生きたい願望は持っていないのだ。


『その勢いで今貯めてるチケット全部使い切るとかどうかしら? ひょっとしたらルームカードが出たりして』

「ペットピックアップに向けて貯めてるのに無茶な要求はしないでくれ」

『あんた、奴隷少女が欲しかったの?』

「俺が欲しいのは普通のペットだ」


 猫とか犬とか。可愛いペットが望ましいが、正直手に入れたらなんでも愛らしくみえてしまう事だろう。下手したらガラパゴスリクイグアナでさえ。

 奴隷少女は正直どう扱っていいか分からん。排出されない場合の末路も気になるし、当たったとしても距離感に悩みそうだ。少なくともペットとして扱うのは難しいだろう。

 というわけで、< ブロンズチケット >片手にガチャタイムである。アンコモン確定だが、一発勝負だ。……このノリは後で後悔しそうだな。でも回しちゃう。


「よし、じゃあ引くぞ」

『実況として聞いておきたいんだけど、何か狙っているものがあるとか?』

「下半身装備。最悪パンツでもいい。実況は不要だ」

『えー普通』


 今回は比較的マシだが、正に進退がかかるここのガチャに実況などいらん。爆死して煽られたら脇目も振らず暴れてしまうかもしれんし。

 あぶく銭のような、しかし虎の子ともいえる< ブロンズチケット >を投入し、[ ブロンズチケットでガチャを回しますか ]というメッセージに[ Yes ]を返す。

 すると……いつもと同じ演出が始まった。ここら辺に違いはないらしい。そして、排出の演出が……。


「こ、これはっ!?」

『え……なんか派手じゃない?』


 これは見た事のない演出だ。まさか、未だ見たことのないHRか、もしくはSRか。いや、マジで?



[ Uターン・テレポート(座標指定:■■■■■日本/東京都渋谷区■■■ビル屋上) スーパーレア スキル/アクション ]



「……えっ?」




-3-




 排出されたカードを見て、俺は固まっていた。レアリティがスーパーレアだったのも驚愕モノだが、それ以上にその中身について理解が追いついていない。

 動けずに沈黙していると、実際に当たったカードが排出口から出てきたので手にとって見る。間違いない、さっき表示されたものとまったく同じ内容だ。


「お……おっ」

『落ち着きなさいよ』

「い、言われんでも……ええ……」


 カードを持つ手が震えていた。実は緊張している自覚はないのに、勝手に震えている。


『あんた、すごいわね。私、ちょっとビビってるんだけど』

「……その言い方だと、コレがなんなのか分かってるって事だよな。解説してもらえるか?」


 ぬか喜びかもしれない。しかし、カードの名称から受ける印象から、その確率は低そうだとも思っている。これは……用意されていたという帰還手段の一つだ。

 戻って居場所がないのは仕方がない。しかし、それはそれとして向こうでやれる事はやっておきたいという思いは間違いなくあるのだ。最低限、家族にだけは伝えておきたいと。


『《 Uターン・テレポート 》は、指定した場所へ転移するスキルよ。時間制限式で、効果が切れれば自動的に戻ってくる仕組み』

「……最悪、数分で帰還って可能性も?」

『どうだろ……いや、ちょっと待って……確かカードには保証があったはず』


 と言いつつ、ギラギラの辞典を捲り始める幼女二号。沈黙が流れた。


『あった……SRなら最低でも十二時間は確保されてる。基本消費MPもギリギリ足りてるし……使えそうね』

「マジで?」

『マジで』


 ようやく理解が追いついてきた。降って湧いたような事態だが、これで日本に戻れる。最短半日で自動帰還な以上、今となってはゴールでもないが、それでもこれだけ時間があれば目的は果たせるだろう。


『気になるのは、読めない部分だけど……』

「そういえば、なんだこれ」


 読めない部分に当てはまりそうなのは……なんだろうか。極東アジア? ビルの手前はビル名かな。


『確か、カード名でその手の文字化けが出るのはエラーカードか、そもそも名称が存在していないか、だったと思うけど』

「ビル名なら命名前で決まってないとかありそうだが、エラーってのは?」

『使えないカードって事』

「……え、ここでぬか喜び?」


 これで使えませんじゃ収まりつかないんだけど。


『……駄目だ。載ってるページが分かんない。ちょっとガチャ子に聞いてみる』

「エラーだと何か補填あったりしない?」

『それ含めて聞いてみる。三十分くらい時間ちょうだい』


 と言うと、幼女二号は部屋から出ていった。多分、何らかの伝達手段があって、それはここでは使えないのだろう。

 一人残された俺は呆然としながらカードを見つめる。……駄目だ。何も考えられない。戻って何をするべきかってのもそうだが、もしただのエラーカードだったらって不安が拍車をかけている。

 そして、俺は何も出来ないまま時間が過ぎ、二号は十分もかからずに戻ってきた。


「は、早かったな」

『うん、講習中だったけど暇だったみたい』


 それはつまり講習を聞いていないという事ではないだろうか。


「それじゃ、け、結果を聞こうじゃないか」

『……えっとね、まずエラーカードだった場合の補填は色々あるみたいだけど、この場合は< プラチナチケット >一枚か< ゴールドチケット >五枚と交換って事になると思う』

「それは大判振るまい……なのか?」

『エラーカードにレアリティがある場合の対処らしいんだけどね。今回はSRだからこれ。ちなみに< プラチナチケット >はSR確定のチケットよ』


 最低でも同一レアリティを引き直せる。あるいは、その下のレアリティ五枚って事か。妥当といえば妥当だが。


『それで肝心の判定だけど、フリーゾーンでも鑑定でも、普通に認識すればエラーじゃないって。あ、スキルゾーンは駄目よ。発動しちゃうから』

「ああ、カードとして判別されてればいいって事か」


 確かに、準備もなしにいきなり飛んだら大変だ。


「ちなみに、ガチャ子様は何か言ってなかった? 戻ってくる前提とはいえ、勝手に帰っていいもんなのか? 想定外だからやっぱなしとか」

『早いですねーって』


 めっちゃ軽い。いや、神様にしてみればその程度の話なのかもしれんが。


「……よし、じゃあ試してみるか……はい、それでは今からこのカードをフリーゾーンへ入れます」

『いや、なんでちょっと実況風になってんのよ』


 何かやってないと不安なんだよ。むしろ、補填の< プラチナチケット >のほうが安心出来るとさえ思える……いやなし、エラーじゃないほうがいい。

 意を決して、フリーゾーンへとカードを突き入れる。そして、それは……。


『は、入ったわね。……何事もなく』


 他のカードと同じように、問題なくフリーゾーンに投入できた。枚数の表示は変動するし、取り出しても問題はない。……つまり、これはエラーではないって事だ。

 ……俺は戻れるって事なのか。


「よ、よし、じゃあ早速発動するぞ……」

『いや、落ち着きなさいよ! 準備とかなしで、いきなり転移するつもりなの!?』

「お、おお……そうだな、すまん」


 また焦り始めているらしい。そうだよな。何も準備もなしに帰還とか、絶対向こうで混乱するよな。でもアレ、準備って何すれば……。


「準備、準備って何すれば……準備ってなんだ?」

『あのね……』


 分かってるわい。全然脳が働いてないんだよ。あまりに唐突なんだよ。


『じゃあ、落ち着くのを待ちつつ、私が思い当たった事でも言っていきましょうか。……ガチャ太郎は正座ね』

「……はい」


 あまりに不甲斐ない慌てっぷりなのは理解しているので、大人しく従う事にした。石畳の上で正座は痛いんだが、我慢する。


『まず、《 Uターン・テレポート 》を使ったら、おそらく装備が反映されるわ』

「え、……ダンジョンと同じって事か?」


 日本はダンジョンだった?


『というより、拠点かそれ以外かって話ね。ここが特殊なのよ』

「とりあえずは分かった。……となると、今の状況なら、< ゴブリンの蛮族棒 >に< ブレストプレート >……下半身丸出しの変質者が渋谷に爆誕する?」

『その通りね。ちなみに、さっきそのまま発動してたらその状況になってたわ』


 逮捕間違いなしである。コスプレって言っても絶対に通用しない。


『猥褻物陳列罪で捕まっても、時限式だから問題ないといえばないけど』

「俺の心が死ぬんでやめましょう」

『とはいえ、服はないわけだけどね』


 ……マジでどうしよう。


『盗むとか?』

「神様が盗みを推奨するとか」

『実況動画の神に何言ってるのよ……とはいえ、それにしたってどこから盗むんだよって話よね。そんな都合良く服が手に入る場所かどうかも……』


 ……どうシミュレーションしても、ビルの屋上から全裸スタートで服を入手出来る気がしない。たまたまそこがマンションで、ベランダに干してあったとかでもない限り。

 あるいは道を歩いてる奴を襲撃して服を奪うという手も……酔っぱらいとかなら、なんとか誤魔化せそうな気がする。我ながら蛮族思考だな。チンピラが絡んで来ても喜んでぶん殴ってしまうかもしれないぞ。


『コソコソしないで、誰かに助けを求めるとか?』

「全裸の成人男性とか、どんな理由があれば問題視されないんですかね」

『そこはアレよ、慌てた感じで交番に駆け込んで、謎の集団に捕まってレイプされそうになったところを逃げてきたんですーとか』

「そんな集団はいないわけですが」


 そもそも、成人男性をターゲットにしたレイプ集団とか……今のご時世なら絶対にないとは言えないか。今の俺って地味にマッチョだし。


『車に連れ込まれたって言えばいいんじゃない? 移動型の拠点なら、見つからなくてもおかしくはないし』

「……ふむ」


 ……無理ではないか。もちろん長い目で見れば問題だらけだが、短時間なら誤魔化しようはある。服さえ手に入れれば、力尽くで振り切る事も出来るだろうし、偽名を使えば特定される事もないだろう。

 トイレに行ってくるっていって、窓を破壊してダッシュすれば簡単には追いつけない。今の俺ならそのまま実家に全力疾走も出来るだろう。

 ハードルは俺の演技力だな。とはいえ、そこまで問題はないだろう。なんせ、バレても実害はほとんどないのだ。


「……顔で特定されるって可能性は?」

『知り合いでもない限り、ないわね。あの事故はまだ片付いてないし、被害者の特定も終わってない。行方不明者に名前は連なってるでしょうけど、被害者の一人を写真まで使って大々的に公表はしないでしょ』


 それもそうだ。加害者というわけでもなく被害者の一人で、更には大勢いる内の一人なんだから特別扱いされるはずもない。

 俺が元の世界に戻ったら大騒ぎになるという懸念は、無傷で謎の生還を遂げた上での事なんだから。


『あとは目的ね。制限時間がある以上、行動は優先順位つけないと』

「とりあえず、家族の誰かに今の状況を伝えるのが最優先だ。……それ以外は……色々あったが、今後の事を考えるとやらないほうがいいと思っている」


 最初は会社への説明や後輩の家族への説明を考えていたが、元の生活に戻れないと確定している今、それはすべきではない。辞表だって不要だろう。


『家族が住んでるところまで時間内に行けそうなの? 交通機関使えるか分からないけど』

「それは多分問題ない。今の俺なら、渋谷から走っていっても間に合うと思う」

『服が手に入るならタクシー使ってもいいだろうけどね』

「タクシーったって、金が……ああ、あるな。財布をマテリアライズすればいいのか」

『こんなすぐに使う事になるとは思わなかったけどね』


 ウインドウが使えるなら、フリーゾーンに放り込んだ財布を物質化して使える。こういう状況を想定して返してくれたのか。……服さえあればなんとでもなりそうだ。


『あとはそうね……家族に会えるとは限らないし、説明用のメモは作っておいたほうがいいんじゃない?』

「そのメモを持っていく手段はないんだが」

『とりあえずの練習とか下書きって意味よ。内容を頭に入れて、家に戻ったらスムーズに書けるように……自分用の情報整理としても有用だと思うし』

「そうだな。……自分で説明するにも、正直上手く伝えられる気がしない。……何か言っちゃいけない事とかあるかもしれないから、添削頼めるか?」

『いいわよ。別に何言ったっていいんだけどね』


 何話してもいいと言われても、信憑性がなくなるような内容だと説明が面倒だ。最低限、俺が元気で生きているという事としばらく戻れない事だけ重視すればいいか。

 近況は気にするかもしれないが、伝える意味は薄い。問題なくやってますとはお世辞にも言えないし。


『あとは時間ね。深夜のほうが動きやすいんじゃない?』

「ああ、そうかもな。どんな手段で服を手に入れるにせよ、潜伏はしやすいし、駅に行けばタクシーも捕まるだろうな」


 服があればどうでもいい選択ではあるが、昼間よりは遥かに動きやすいだろう。


『棍棒とかはどうする? ……メモ書きとかと違って、カードなら持っていけるけど』

「目立ってしょうがないだろ。何に使うんだよ」

『痴漢と間違われたり、暴漢に襲われた時の非常用に。イクイップゾーンを空にして、フリーゾーンに入れておけばセットするだけで武器が使えるわ』

「……ああ、空にしておけば、後からセット出来るって事か」


 今のところダンジョン内では意味がないものの、そうすれば現代日本でも武器を持ち歩ける。必要かって言われると微妙だが、別にフリーゾーンに突っ込んでおいてもいい。それなら、見た目は手ぶらだ。

 なんなら、他の装備を含めて、必要になるかもしれないものも突っ込んでおくか。フライングバインダーを実体化して転移するわけにはいかないから、十三枚だな。



 そんな感じで話し合いと準備、そして心構えや不慮の問題が発生した場合のシミュレーションをしていたらあっという間に二十四時になり、拠点の中心に< ノーマルチケット>が二枚降ってきた。

 よく考えたら、スタートダッシュで一枚追加されるのは今回までか。……一応、これで11枚。十連分は貯まったが、また貯めるのは大変そうだ。


「……よし、じゃあ行ってくる」

『行ってらっしゃい。一応こっちでも監視しておくから』

「それ、なんか意味あるのか?」

『なんか超常の関わる事件に巻き込まれたとか、そういう事があれば助けてあげるわ!』


 逆に言えば、それくらいじゃないと助けてもらえないという事だ。逮捕されたくらいじゃ、爆笑されて終わりである。


「まあ、公開されるんでもなければ、別に見るなとは言わないが」

『一応気が変わった時のために録画しておくわね』

「気変わったりしないからな!」


 言って聞きはしないだろうから、問答を続けるつもりはないけどな。

 さて……まとめた情報は頭に入っている、フリーゾーンの準備よし、心構え……は微妙だが、一応脳内シミュレーションは繰り返した。幼女二号に爆笑される事を考慮しなければ、大体なんとかなるはずだ。

 深呼吸を一回だけして……《 Uターン・テレポート 》をスキルゾーンへとセット。


 直後、帰還陣を使った時のように視界がブレ始めた。












-4-




「…………」


 次の瞬間、俺は真っ暗闇の中にいた。強い風が体に当たる事で、それが屋外だと分かる。上手く転移出来ていれば、ここはどこかの屋上のはずだが……暗いな。

 一応、最初にやる事として想定していたウインドウの確認作業を始める。暗い中でもウインドウは問題なく開け、文字も読む事が出来た。

 スキルゾーンにセットされた《 Uターン・テレポート 》の下に[ 15:59:25 ]というタイムカウンターが見える。これはこのスキルの効果時間であり、俺がここにいられる制限時間でもあるらしい。最低は十二時間という事だったが、想定よりも効果時間は長いようだ。これは想定外の好材料と言えるだろう。

 冷静に考えると、このカードも鑑定してから使うべきだったかもと思い至ったが後の祭りだ。正直、俺も幼女二号も冷静だったとは言い難いし、後から問題が噴出しそうではある。


 しばらくして目が慣れてきた。段々と周囲の状況が見えるようになってくる。

 確かに、ここはどこかのビルの屋上らしい。コンクリートの床と、コンクリートの構造物が視界に映る。貯水タンクらしきものもあるようだ。

 だが……。


「やっぱり妙に暗いな」


 慣れてきても違和感を感じるほどに暗い。視界の中に光源らしきものが見当たらない。とりあえず屋上の端に移動して、街の様子を見る事にした。


 その途中で違和感が強烈に高まっている事に気付いた。

 足は止めない。これは危険信号ではなく、もっと別の何かだ。……そう、視界がおかしい。俺は何故か、"満天の星空"に強烈な違和感を感じている。



 ビルの端らしき場所までやってきた。鉄柵とフェンスに遮られた場所は、それがある事でようやく端だと気付けた。



 見下ろした街並みには、ただ一つの光源も見当たらなかった。







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