第十二話「でかいゴブリン」
プロップさんのご冥福をお祝い申し上げます。(*´∀`*)
幼女二号との会話は、俺の今後の活動についての方向性をある程度決定付けたと言っていいだろう。
俺がこれまで漠然と元の世界に帰りたいと願っていたのは、ただ戻るだけでなく元の生活に戻りたいという意味だったのだと気付かされた。そして、それが決して叶わないだろうという事も。
帰る事が出来ても、そこに俺の居場所がないのでは意味がない。家族の理解さえ得れば一切外に出ずに過ごす事くらいは出来そうだが、それは望んでいた元の生活ではない。
俺が一人生き残ったという事実を揉み消す事が出来ないなら、なんらかの問題は起きる。事故が認知されていないような田舎へ引っ越したり、偽名や整形をして新天地で過ごす事は不可能でないかもしれないが、俺が戻りたいのは元の生活であって世捨て人のような生活ではない。結局のところ、俺が俺のままで戻る事など出来ないという事だ。
それならば、今の環境を改善し、整備して、使徒として過ごすほうが前向きではないかとも思ってしまう。今は足りないものだらけだから問題ばかりだが、このシステムは人間社会の文明レベルを超越して環境を整える事さえ可能なはずなのだ。人間では有り得ない力を手に入れ、どこの大富豪だって手にする事の出来ない贅沢すら可能とするかもしれない。すでにその兆候は見てとれるし、その可能性は高いと思っている。
人の心の分からない、必要な事を言わない神様が上司ではあるが、少なくとも悪辣ではないし、別に嫌っているというわけでもない。理不尽を強要されてはいるが、それだって俺の裁量が大きく認められた環境だ。
確実に死ぬであろう事故から命を助けられただけでも恩があるのだ。その上、あまりにアレとはいえ生活の糧を得る方法も用意されているのだから、贅沢とさえ言えるのかもしれない。
ああ、当然の如く言い訳だ。今はただ自分の身に降り掛かった理不尽を許容出来ず、藻掻いているに過ぎないのだと理解はしている。
しかし、事故で死んだ後輩や他の乗客、巻き込まれた近隣の住人、あるいは同一犯の手によって死んだかもしれない人々は嘆く事すら出来ないのだ。
死の縁にあったタイミングで招かれた事自体はおそらく意図的なものだろう。きっとそれは、使徒としての使命から逃げにくくするだとかそういう意味があってのタイミングだろうとは思う。
しかし、俺の素養によるものか、単に運なのか、選別された理由は分からないが、とにかく俺が使徒に選ばれた事は想像を絶する幸運なのだ。宝くじなんて目じゃない確率のはずだ。
一人生き残ってしまった罪悪感から目を逸らせ。元の生活に戻れないという嘆きを無視しろ。
そんな重荷を一身に背負って生きられるほど俺は強くない。どの道、何も出来やしないのだから、その活力を以て前を見据えるべきだ。
「ま、あの事故がテロというのなら、実行した組織を壊滅させてやりたいがな」
半ば憂さ晴らしのように殴り殺したゴブリンが消えるのを見つつ、そんな独り言を呟いた。
それをしたところでほとんど自己満足だ。少しだけ世界は平和になるだろうが、大した違いはないし、俺も元の生活には戻れない。
とはいえ、何かのついでならば憂さ晴らしに壊滅させてやりたい程度には憎んでいる。むしろ、同時多発的に発生した偶然などではなく、何かしらの思惑で以て行われたテロであって欲しいとさえ思う。それならば、憎む相手が存在するという事なのだから。
そして、俺はそれを出来る力を手に入れられる。今だって、数人程度ならどうにでもなる身体能力ではあるのだ。幼女二号の企画ではないが、しばらく鍛えればテロ屋のアジトに乗り込んで壊滅させる事くらい片手間に出来るようになるはずだ。実況するつもりはないが、それが出来るようになる自信はある。
そして、居場所がないとはいえ、元の世界に干渉するなとも言われていない。
まったく、たった数日でここまで環境と意識が変わるなど誰が想像出来るというのか。
俺に今求められているのは、過去と決別する意思だ。戻れない日常を切り捨てる覚悟だ。悩んで座り込んで立ち上がるまで時間をかけるのではなく、割り切れずとも前に進む行動力こそが必要なのだ。
俺はそれが出来る。出来るはずだ。
-1-
常駐していたゴブリンを全滅させた上で、安全確認の後に地面に這い蹲る。当然寝ているわけではなく、罠の確認である。
絵面的にはとても人にお見せ出来ないものではあるが、この際そんな事は気にしない。床に擦れてちょっと痛いとか、格好悪さなど今更だ。局部を丸出しで棍棒振り回している奴が何を気にするというのか。
もちろんここだけではなく、すでにいくつもの部屋でこうした観察をしている。
「……アレか」
注意すれば分かる程度には目立つスイッチのようなものが石畳の隙間部分に確認出来た。場所としては中央から僅かに離れた位置。ちょうど、部屋を通って次の通路に向かう最短ルート上だ。
加えて、次は壁にへばりついて確認。するともう一つ、正面からでは分かり辛いが僅かに凹んだ場所がある事に気付く。これもおそらくスイッチだろう。ただ、俺の身長なら絶対に触れない部分ではあるから……おそらくはゴブリン用のスイッチなのだろう。やつらなら、ちょうどいい位置に設置されている。奴らは馬鹿だから利用してくるとは思えないが、ここから先となると分からないし、十六魔将の中にはそういう専門家がいそうではあるな。
……とにかく、そういう用途で設置されているっぽいスイッチもあると。
そこから推察出来るのは、これらのスイッチはある程度のランダム要素を含むとはいえ、無秩序に設置されたものではないという事だ。通り道や触れやすい場所、あるいはそれを避けた場合に通りそうな場所などに設置されている。逆に、部屋の隅や天井などに仕掛けられているのは今のところ確認出来てない。中途半端な場所……意図が読めないものも多いが、これらも何かしらの意味があるのだろうと思っている。
となれば、これらの傾向を探るのには意味があるという事が分かるだろう。数をこなせば、気をつけるべき場所や行動も見えてくる。その裏をかいた配置も出てくるのだろうが、まずは基本を抑えない事には話にならない。
そしてそれはこの層だけでなく、次以降の層でも意味を持つはずだ。まだ余裕のありそうな層で検証出来る内に検証しておきたい。
次に確認するのは、罠を実際に発動した場合の挙動について。罠の種類、範囲、特性などの情報を収集する。
極力スイッチから遠ざかって起動させつつテストを繰り返し、時折モロに罠の餌食になりつつ調査を進める事で、こちらもある程度の傾向が見えてきた。
結果として分かったのは、まずどの罠も基本的にスイッチの近くを目標として効果を発揮するものであるという事。矢などの飛来物の着弾点や落とし穴、ガスらしきものの発生場所などはすべてスイッチを基準にしているらしい。ついでに言えば、落とし穴もスイッチ周辺の床が落ちるものがほとんどで、床全体が落ちる罠は最初以降お目にかかっていない。これは俺の運の為せる業か、単に初回特典だとでもいうのか。
また、罠の効果範囲は部屋で完結しているらしく、通路は安全地帯という事も判明した。三層では廊下にも罠が設置されていたが、部屋や通路の一定間隔ごとにエリア化して管理しているのかもしれない。
そして、肝心の罠の種類に関しては様々だ。矢や小石などの飛来物が飛んでくるもの。効果は不明だが、ガスのようなものが吹き出すもの。壁や扉が出現して通路が閉ざされるもの。床の一部、あるいは部屋全体が落ちるもの。落とし穴の先も次の層まで続いているものだけでなく、すぐに這い上がれそうな浅い穴である事もある。まだ見ていないが、棘や槍が仕掛けられた落とし穴もありそうな気配だ。
どれも、あまり喰らいたくないものではあるが、決してリカバリの効かないものではない。少なくとも、単体で即死亡するような極悪さはなく、喰らった上でモンスターと戦うのは厳しいとかそういう類のものだ。
これらは第二層だからこそなのだろう。罠とはこういうものであると俺に教えているようなものだ。
検証は次回以降も続けるとして、もう少し安全な手順を確立しておきたい。とはいえ、手段は限られている。スイッチを押せる長い棒などがあれば良かったのだが、そんな贅沢品はないし、棍棒が届く範囲には限度がある。フラフラついて来るだけのフライングバインダーが起動させる事も出来ない。
試行錯誤の結果、棍棒の届かない範囲は余ったゴブリンパーツをマテリアライズして投げつけるという絵面的にはどうなのかという方法を思いついた。……俺だってどうかとは思うが、こんな手段の制限された環境では、他に何度も使えそうな手はない。
今回セットしているスキルは< ナンバーアンカー >のため、試すのは次回以降になるが、悪質のプロップのボーナスでアクションスキル専用枠が追加された今なら< マテリアライズ >を選択するのも無理ではない。
外すとしたら蛮族棒と二重で精神補正のかかっている< 闘争心 >だろう。少し好戦的になり過ぎている気がする。
ここまでくれば大体想像はつくが、このダンジョンはやはりチュートリアルの延長線上にあるものなのだろう。
戦闘にしても探索にしても、ダンジョン探索に必要なものを順に教わっているような環境だ。手取り足取りではないにせよ、かなり親切な造りではある。
このダンジョンが何層続くかは知らないが、まだ小手調べ。本番はまだ先にあると思ったほうがいい。RPGで言えば序盤も序盤。装備箇所がスカスカなところから見ても、序盤の街から出たばっかりの進捗度だと考えるべきだろう。いい加減、全身を守る装備くらいは欲しいものである。
「いって……」
ようやく見つけた帰還陣を使い、拠点へと戻ってきてもう一つ判明した事がある。
突き刺さった矢をそのままにして帰還すると、刺さっていた矢は消滅するらしい。ただ傷はそのままで、ぽっかりと空いた矢傷は直後から回復を始めているようだ。
回復は速いが、その間のHP回復も遅れるのが分かった。HPは攻撃や反動に対する壁だけではなく、そういった傷の自己修復機能などにも使われているのだろう。
つまり、ダンジョン内で怪我をしてもHPの許す限りは回復する……かもしれない。その分HPが減るだろうから、ゲームでいう毒を喰らったような状態になるだろうが、覚えておいたほうがいい。
これらは検証したかったものではあるが、実のところ狙ってやったものではない。抜いたら大量に出血するという懸念もあったが、それ以前にこの手の矢は深く刺さると抜くのが困難なのである。無理やり抜くと鏃の反しごと肉をごっそり持っていかれそうだ。こうしたものに対する対処についても今後検討していく必要があるだろう。毎回すぐ帰還出来るとも限らないし、応急処置の方法は考えておきたい。
延長戦が長引いた事でかんていのクールタイムも終了している。
予め用意していた< ナッツ・クラッシャー >を口に挿入した。
[ レアカード< ナッツ・クラッシャー >の鑑定中...残り時間:02:59:57 ]
そして、鑑定時間はやはり三時間と。クールタイムを合わせて合計六時間。そうだろうとは思っていたが、長い。
他に手段がない以上これに頼るしかないが、別の鑑定手段も手に入れたいところである。もしくは、かんていをもう一枚……いや、これが二体配置されるのはちょっと嫌だな。別の部屋があるならともかく、カオスな拠点が更にカオスになってしまう。MP大量消費してもいいから、スキルで代用出来たりすればいいんだが。
そうして、その日は傷の治るのを観察してから、そのまま就寝した。
相変わらずの延長戦気味なスケジュールだが、何も考えずに寝るなら疲れ切ってしまうのが一番いい。
質問も保留だ。自動返答だと神様が意図的に入れているだろう余計な情報は期待できない。よほどの事がなければガチャ子様の帰還までストックしておくべきだろう。
-2-
「さて、かんていさんの結果は……と」
翌朝……かどうかは分からないが、自然に目が覚めたところで次の活動と移る。
確認すれば鑑定自体は終わっていて、クールタイムは残り一時間。つまり、俺はあれだけ消耗していても五時間の睡眠で足りてしまう体になっているらしい。矢傷も完全に塞がってるし、ほとんど人間辞めてるな。
< ナッツ・クラッシャー >
レアリティ:レア
強化値:★★★
分類:イクイップ/ウエポン/片手槌
攻撃属性:殴打+
耐久:100%
付与能力:頑丈/部位特攻(睾丸)/強迫観念(睾丸破壊)
解説:装備すると睾丸を破壊したくなる効果を持つ恐怖の鈍器。対象は認識範囲内のすべてであるため、自らの睾丸も破壊したくなる。
危険な付与能力はあるものの、耐久性が高く、武器としても非常に優秀。
「…………」
鑑定結果の出たカードを確認して絶句した。寝起きから酷い衝撃を喰らわされた気分だ。
やっぱり呪いの武器じゃねーか。間違っても俺は使えないし、使いたくない。これが実用出来るのは女性かつ単独で戦闘をする場合のみだろう。それにしたって、金玉を意識的に狙うようになってしまうなら武器としてもマイナスが大き過ぎる。通路で検証した際には気にならなかったが、《 闘争心 》だってすぐに効果が出たわけじゃない。この強迫観念もじんわりと侵食するように宿主を精神汚染するのだろう。怖すぎるわ。
そんな恐怖の鑑定結果に怯えつつ、食パンで食事を摂る。今の燃費なら、一斤も食えば結構保つだろう。
少し時間が余ってしまったが、かんていのクールタイムが終わるのを待って、次の候補を投入。俺はそのままダンジョン探索へと向かう事にした。
カードの構成は若干変更し、追加されたスキル/アクションゾーンに< マテリアライズ >をセットした。
また、検証に使うゴブリンパーツだが、これらはゴブリンを倒していれば勝手に増えていくものであるため、予備としてフリーゾーンに数枚。あとは水を少々。マテリアライズ出来れば、この手の消耗品が役に立つ場面も出てくるだろう。ただでさえ長期戦になる事が確定しているのだ。ぶっちゃけ前回の帰還陣のも正確な位置は分からないし、探索範囲も変えようと思っているから水分補給は必要になるはずだ。
第一層は相変わらず散歩と変わらない。……と思っていたら、本当にエンカウントしなかった。とうとうゴブリンが枯渇し始めたらしい。
もちろん探せばまだまだいるのだろうが、今の所一層をこれ以上探索するつもりはなかった。移動時間を差し引いても第二層のほうがはるかに実入りはいい。
とはいえ、この移動時間が無駄に思えるのも確かだ。早いところ中継地点への転送手段を確保したい。これが第三層まで伸びたりしたら更に時間的な問題が付き纏ってくるだろう。
特に問題も発生せず、階段へと辿り着く。もちろん中継地点の帰還陣はスルーして第二層へ向かった。
第二層は、第一層に比べて対応する事の多い層だ。余裕のなかった初回や前回に比べて比較的冷静に観察出来るようになれば見えるものも多くなる。
モンスターは相変わらずゴブリンしか出ないとはいえ複数で襲いかかってくるし、罠の対処も必要、構造に然程違いはないものの、分岐は多くなっているようにも感じる。
アンカーを打つにも計画性が重要になってくる。これがあるとないとでは雲泥の差だが、はっきりいって1~9だけの数字だけでは足りない。十倍くらいにバージョンアップしてもいいくらいだ。
加えて前回から薄々感じていたが、やはり帰還陣は少ない。ゲーム的な観点で見るならこちらのほうが普通に見えるので、第一層の帰還陣の数は初心者向けという事なのだろう。
意識を切り替える。漠然と攻略していた先日までの俺ではなく、より先を見据えた成長計画の元に探索を続ける。
戦闘はただ倒すのではなく、体の動かし方、武器の扱い方、罠を意識した位置取り、体力の配分に気を使いつつ、実験的な要素を含みつつゴブリンたちを撲殺していく。
ゴブリンたちは弱いが、だからこそこうした実験的な戦闘経験を積めるのだと割り切る。強敵を相手にした時にそのまま通用せずとも糧にはなるし、対多数の戦闘経験は確実に経験値を稼いでるはずだ。
なにより、こうして訓練めいた戦闘を繰り返していると自分の粗が嫌になるほど見えてくる。これはゴブリンだからなんとかなっているのであって、この数であれば野犬相手でも苦戦は必至だ。それくらいに俺は弱い。現代人をそのまま表すような弱さが嫌になるほどに。
だから、棍棒という選択肢は最良に近いものだったのだろう。頑丈で、とりあえず殴ればいい簡素で原始的な武器は正に初心者向けだ。俺に剣や槍、ましてや弓を持たせたところで苦労するのが目に見えている。
しかし、この先ずっと棍棒というわけにはいかない。おそらく近い内に別の武器を使う事が必要になる。鑑定してみないとはっきりしないが、この蛮族棒だってそろそろ壊れてもおかしくはないのだ。
……いや、< ナッツ・クラッシャー >を使うつもりはないが。たとえ他の武器がなくとも、アレを使うくらいなら素手で戦う。現在の予備武器はノーマルの棍棒だ。
立ち回りと新戦術の実験と模索を続けつつ、罠の検証を行いながら、少しずつ第二層の探索を続ける。進みはゆっくりだが、それは折込み済みだ。想定から考えるなら順調といってもいいだろう。
そして、前回の時点でもそうじゃないかと懸念していた問題についてもはっきりした。
罠は一度起動すればそれで終了。再度スイッチを押しても起動したりはしない。しかし、ダンジョンに入り直す段階でこの状態はリセットされている。
最初に嵌った落とし穴だけでなく、前回起動させた罠とそれで影響を受けた部屋の状態や傷などはすべて消えていた。加えて、スイッチの位置なども変わっている。
そうではないかと思って始めた傾向の観察と検証だが、どうやらより力を入れていく必要があるらしい。
探索を続ける中では良い事もあった。順調な進捗を祝福するかのように俺が探していたものの一つが目の前に現れた。……宝箱だ。
通路の行き止まりに一段高い床があり、その上に小さい箱が鎮座している。形こそチュートリアルで見たものと同じだが木製で、一目でランクの低いものと分かる。しかし、ここまで一切遭遇していなかった中での発見に歓喜した。中身もそうだが、実績ボーナスが確定するのは大きい。
気になるのは罠の類だが……念には念を入れて罠の起動検証と同様にゴブリンの腕をマテリアライズ、指に引っ掛ける感じで鍵の掛かっていない錠部分をずらさせた。
「……う、うん、罠はないみたいだな」
こんな如何にも低ランクな宝箱相手に慎重過ぎると言われそうだが、怖いものは怖いのだ。ただの矢だって刺されば悶絶するくらい痛いのである。
幸い罠はなかったようで、何事もなく宝箱の蓋は開いた。中にはカードが一枚。やはり宝箱から出てくるものもカードが基本になるのだろう。
[ ブロンズチケット ]
手にとってみれば、それは新種のチケットらしかった。名前から察するに、ノーマルチケットの上位版とかそういう類のものではないかと思う。
単純に名前が違うだけのチケットというのは考えにくいので、多分高レアリティが出やすいとかの効果があるんだろう。ここまで候補に入れるのを忘れていたが、これを含めてチケット類も鑑定する必要があるかもしれない。意外と知っておくべき効果が隠されていそうだ。
「……微妙に取り扱いに困るな、これ」
どんな効果があるか分からないが、多少の違いしかないのなら今はノーマルチケットのほうがありがたい。おそらくコレも十枚集める事で十連ガチャが出来るのだろうが、十枚も集まる気がしないというのがその理由だ。宝箱だけが入手経路とは思わないが、ゴブリンチケットやノーマルチケットよりは手に入れ辛いものではあるだろう。
それならいっそ、通常ガチャで使ってしまうのもアリかもしれない。鑑定かけて、内容次第では使ってしまおう。
[ 初宝箱獲得! 実績ボーナスを獲得しました! < 魔法の鍵 >を入手! ]
[ 魔法の鍵 アンコモン ノーマル/アイテム ]
無事に実績ボーナスも獲得したらしい。拠点に転送されているのだろうが、おそらくは消耗品。宝箱や扉の鍵を開けるものだろう。またフリーゾーンの肥やしになりそうなカードである。
これも鑑定候補だな。鑑定時間のせいでどんどん候補が増えていく。かんていさんにはもう少し労働をして頂きたいところだ。仕様だけの設定っぽい、クールタイムとかいらないんじゃないか。……こういう事を言っているとブラック企業の管理者側の言葉に聞こえるから不思議だ。鑑定作業の現場を知らない管理者がとにかく早く仕事をしろ、休みなどいらないだろと叱責しているようにも感じてしまう。かんていはマネキンなのに、変に人型だからそんな妙な気分にさせられるのだ。
だが、もし隣に監視員を置く事で鑑定時間やクールタイムが短縮されるなんて仕様だったりすれば、きっと俺は罪悪感も感じずに置くだろう。人間とは立場によって主張の変わる現金なものだと理解した。
-3-
時折そんなくだらない事を考えつつ、ほとんどは真面目に探索を続けていると、もう一つの探していたものを発見した。……第三層へと繋がる階段だ。
しかし、手前にあるのは第一層とは違い、空の部屋ではない。その部屋の中央にはでかいゴブリンが鎮座していた。
明らかな手抜き。下手したら色変えモンスターよりも雑な、ただ拡大しましたと言わんばかりのゴブリンがボスですと言わんばかりに待ち構えている。これがドットゲーだったら奴の輪郭はギザギザしている事だろう。
すでに俺の姿は捕捉されている。一直線の通路で、ずっとこちらを睨みつけているから当然だ。一度視界から離れても微動だにしない。
強襲は不可能と考え、とりあえず周囲の探索を行うと、第一層と同様に帰還陣が見つかった。次の層への階段手前に帰還陣が置かれるのは仕様と考えていいかもしれない。
「……さて、どうするか」
特にモノ言わぬフライングバインダーに目線を合わせて考える。
予想よりも早く階段が見つかってしまったが、これ自体は喜ぶべき事だ。問題はない。問題はあのボスだ。
強そうだとか、勝てそうにないとかで警戒しているわけではない。第三層に行く必要性はまだ感じないが、逆に行っても問題はない。
見た目はただの拡大でも固有のモンスターではあるだろうから討伐実績が出るかもしれない。しかし、第三層到達の実績はすでに貰っている。
要するに、今倒す必要性も倒さない理由もない、どうでもいい敵という事だ。すごい微妙。
幸い、フライングバインダーの分を含めてフリーゾーンは埋まっているし、罠の検証も大凡は網羅しただろうという状況だ。
ボス戦に向けて準備が必要というわけでもない。疲労は溜まっているがHP/MP共に問題ない範疇だし、刺さったままの矢もない。一旦拠点に戻ったところで、カードを変更する候補は< 闘争心 >くらいだ。
一応、水をマテリアライズして水分補給を行う。
「……行くか」
先に進むなら、毎回落とし穴を経由するのでもない限りいつかは戦う相手だ。せっかく手前まで来たのだから、ボス戦を体験しておくのも悪くはないだろう。
勝てなかったら勝てなかったで、威力偵察と思えばいい。強敵なら完全なメタを張って再戦してやろう。
これも意識の変化の賜物だ。少し前までの俺だったら、悩むまでもなく帰還陣に乗っていただろう。
部屋手前まで来ると、はっきりと雑な大きさが分かる。造形そのままで俺と同じくらいの身長だから、頭が極端にでかい。五等身くらいしかない。
腰ミノを履き、右手にはいつもの棍棒。違いは頭に巻かれたハチマキ。何故か日の丸を挟んで『必勝』の文字が書かれている。ステレオタイプな昔の受験生が着けてそうなやつだ。
こうして近付いてみると威圧感がある。よく考えれば、このサイズの敵と相見えるのは初だ。
あちらは決して目を逸らさない。通路を歩いていた時からずっと俺を捕捉し、睨み続けている。何かの勝負というわけではないが、俺も目を逸らさずにいた。
……大丈夫だ。
「うぉおおおおっ!!」
叫び、一歩を踏み出す。瞬間、でかいゴブリンも動き出した。
即座に相手の動きを観察しつつ、棍棒を振る。身体能力の差か、ボス補正か、僅かにあちらのほうが攻撃速度は速い。しかし、動き出したのはこちらが先だ。明らかに俺の攻撃のほうが先に届く。
「チッ!」
棍棒が弾かれた。明らかに狙った武器逸らしは、ここまでどのゴブリンも行ってこなかった戦闘技術である。雑な図体だけでなく、こいつは確かに強敵だ。
とはいえ、初撃は牽制の意味が強い。弾かれたところで体勢を崩す事もなく、次の行動へと移る。
距離感が掴み難い。これまで散々小さな個体を相手にしてきたから、目算が合わない。……一旦離れる。
俺がいた場所へでかいゴブリンの棍棒が振り払われた。攻撃を中断する事は考えていない全力攻撃。しかし、その行動は杜撰。こいつは他のゴブリンに比べて技術はあるが、それは僅かでしかないという事だ。
思わず、頬の筋肉が釣り上がったのを感じた。
ちょうどいい。なんてちょうどいい相手なんだろうか。正に俺を鍛えるために用意した相手と言わんばかりの絶妙な強者だ。
勝てる勝てないではない。こいつで色々試させてもらう。
……そんな事を考えていたその時だった。突然、正面に見据えたでかいゴブリンからではなく、完全な死角となっていた斜め後ろから強烈な衝撃を受けた。
――Action Skill《 掟破りのゴブリン・キック 》――
「んなあっ!?」
突然の不意打ちに、体が宙を舞う。
なんだ、何が起きた!? まさか、伏兵がいたのか? いや、そんなはずはない。少なくとも俺が入った瞬間はでかいゴブリン以外は誰も……。
転がりつつ、慌てて顔を上げる。チャンスとばかりに距離を詰めてきたでかいゴブリンの振り降ろしを、再度転がる事で回避した。
僅かに距離を稼いだところで確認してみれば……いた。でかいゴブリンに隠れるようにして、普通サイズのゴブリンが一体、こちらを窺っている。
くそ、あんなのを見逃したっていうのか。そんな馬鹿な。
「ばか……な」
良く見れば、部屋の片隅……石の壁の一角がドアになって開いているのを確認出来た。まさか、あいつはあそこに隠れていたというのか!? ふざけんな!
くそ、あんなギミックすぐに看破できるか。しかも、罠がアレ一つであるという保証はない。コレも罠の一つの形って事かよ。
……まあ、いい。それでも勝てないとは思わない。むしろ、絶対に負けてやるかという気分にさせられた。
体勢を立て直し、無理やり立ち上がる。
「ぶっ殺す」
怒りに飲み込まれるな。
目の前には俺に襲いかかるべく走り出しているでかいゴブリン。その右後方には、ムカつく視線をこちらに向けてくる普通サイズのゴブリン。多分、十六魔将。壁の出入り口は把握。
普通の罠がないとも限らない以上、床と壁に注意を払いつつ、戦闘環境を把握しろ。その上で奴らを磨り潰してやる。
-4-
「うおらっ!!」
というわけで、磨り潰してやった。
掟破りのほうは戦況が怪しくなった途端、ドアに逃げ出そうとしたところを捕まえて金玉を粉砕して放置。でかいほうも、他のゴブリンと比べて体格が良くて戦闘技術を持っているというだけで、ボスのスペックとしては微妙なところだった。
とはいえ、色々学ぶ事の多かった戦闘ではある。これまで部屋から出ないゴブリンばかり相手にしていたから、戦闘中でも第三者への警戒は必要だと認識出来たのは大きい。
すでにでかいほうは霧となって消え、後は悶絶を続ける掟破りのゴブリンへトドメを刺すだけだ。
言葉が通じるなら辞世の句でも読ませてやるところだが、ギャーギャー喚くだけなので潔く脳天を割る。……まったく、とんでもない奴だった。邪魔するんじゃねーよ。
[ フィールドボス ゴブリン十六魔将第六席 掟破りのイザー撃破! < スモールルーム >入手! ]
[ スモールルーム アンコモン ベース/ルーム ]
「やっぱり十六魔将じゃねーか」
という事は、こいつは元々ここに配置されていたってわけでもないのか? 狙ってボス戦に割り込んで来たのだとすれば、確かに掟破りだ。そんな奴聞いた事もないわ。
報酬は新分類のカードだ。ひょっとしたら、あの拠点に部屋を追加出来たりするのかもしれない。だとしたら、かなり有用だろう。早く戻って確かめたいとさえ思う。
[ 第二層ボス でかいゴブリン撃破! < 簡易転送ゲート >入手! ]
[ 簡易転送ゲート アンコモン ベース/ライフ ]
「おっ?」
続けて流れるでかいほうのゴブリンの撃破ボーナスは、今最も望んでいるものだった。名前がでかいゴブリンだったという事が気にならなくなるくらいの衝撃である。
詳細は分からないが、ベースカードである以上、使い捨てって事はないだろう。中継地点に直接飛べるなら、探索がかなりやりやすくなる。
確かに、タイミング的にはここしかないという場所だ。最初から探索するには道中が長過ぎると感じる場所に狙って配置してあったという事だろう。
ただし、落とし穴に落ちてそのまま第三層の攻略に入った場合はスルーされると。狙って落ちる事も出来るから、微妙な心理トラップになってるな。
ついでに、イザーが出てきたドアの先も覗き込んでみるが、中は本当に狭い倉庫のような場所に繋がっていた。家具も何もない。
特筆すべき点は、ドアに石壁迷彩の覗き穴があった事くらいだろうか。奴はこれを覗きつつ、タイミングを見計らって飛び出したのだ。
「よしよし、なんか調子良くなってきたな」
イザーの隠し部屋には何もなかったが、上々の収穫といえる。実はドロップアイテムもなかったが泣いたりしない。
根本的な問題はどうしようもないが、目の前の問題は少しずつ改善し始めたような気がするな。
俺は拠点に転送されているであろう報酬カードに期待して階段を降り、そのまま中継地点の帰還陣へと乗った。
『おかえりー』
拠点に戻ったら幼女二号がいた。
……何こいつ、毎日来る気なの?
順調に十六魔将が減っている。(*´∀`*)
これもガチャ太郎が本気出し始めたからだな。
※プロップの実績ボーナス変更に伴い、若干内容を修正。(19/09/24)