第十一話「帰る場所」
ふー、まさか保険を活用する事になるとは。(*´∀`*)
(※https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/543481/blogkey/2401816/)
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『なんでよっ!? あーけーろーっ!!』
閉じたドアから音はしない。罵声や激しいノックの音は聞こえるが、例のマイクを通した独特なものだ。どうやら、このドアは音を完全に遮断するものらしい。
俺が無言でドアを閉めたのには当然わけがある。いくら弄りやすいとはいえ、別にヤツを無視するつもりはない。
しかし、この部屋にはプライベートでシークレットなブツがいくつか存在しているため、これらを隠す必要があるのだ。具体的にはおっぱいマウスパッド。トランクス一枚の格好で何言ってるんだと言われそうだが、どうしようもないものならともかく隠せるものは隠しておくのが心遣いというものだろう。
というわけで、簡易屋内農園にマウスパッドを放り込み、再度幼女の相手をする事にする。ついでに、かんていを入り口横に配置しておいてからドアを開く。
『何よ、せっかく様子見に来てあげたのに随分な仕打ちじゃない』
「すまんな。俺にもプライベートというものがあるのだ」
『全裸でプライベートもクソも……って、最低限は履いてるわね。パンツ手に入ったんだ』
どうやら、まだ俺が全裸だという認識だったらしい。まあ、この短期間じゃ手に入れていない可能性も十分に有り得るからな。これもマテリアライズしなければ帽子扱いだったし。
『まったく、見られて困るものがあるなら前もって隠しておきなさいよ』
いきなり来ておいて準備してろというのは横暴である。こういうヤツほど人の部屋に来てベッドの下を漁ったりするのだ。ベッドどころか寝具がないけどな。
「アポなしで突撃してくる人には言われたくないんですが」
『それはそれ……って、うわっ!? 誰よ、あんたっ!』
案の定、入り口に置いた全身ボディペイントのビショップに反応した。我ながら狡い手だが、これで話の主導権も取りやすくなるだろう。
「彼はかんていさんだ」
『あ、そういうユニットか何か……って、マネキンじゃないっ!! なんでこんなところに飾ってんのよっ!!』
「なんとなくドア閉めちゃったから、フォローが必要だと思ったんだよ!」
『なんでそこでキレるのよっ!? 普通にしなさいよ!』
「お久しぶりです」
『いや、急に素に戻んないで』
そんな事を言われても。
「で、一体どういう風の吹き回しで? ある程度進捗はあったが、元の世界に戻れる算段は今のところないぞ。ぶっちゃけ運の要素が大き過ぎる」
『それを忘れてないかの確認もあるけど、暇だったからね』
マジで遊びに来たのかよ。
「神様の交友事情は知らないが、友達とかいないの? そもそも、遊んだりするわけ?」
自慢じゃないが、営業始めて以降は明確に誰かと遊ぶって事はなくなったぞ。偶に会っても飲み一択だし。せいぜい、二次会でカラオケ行くかどうかってところだ。
『分かってないわねー。私たちの場合、同年代とされる期間が長過ぎて話が合わないのよ。たとえば、テレカの神と会って何話せっていうのよ。実は同年代扱いよ』
「そんな遺物の話をされても……」
一時期は特典などで多かったらしいテレフォンカードも、使い道がなくなって久しい。というか、俺も使った記憶がない。金券ショップでは見かけるが、それくらいだ。
『人間みたいに同年代がうじゃうじゃいるわけじゃないのよ。同じクラスどころか同じ学校とかそういう括りだってないし』
「うじゃうじゃって」
神様のような超越存在からしてみれば、人間などそんなイメージなのかもしれないが。
なんか、流行が発生する度に生まれたりしてるんだろうか。タピオカとかティラミスとかナタデココとか食べるラー油とか。一過性のブームだと信仰もクソもないような気がする。
「ならその多い人間に相手してもらえば……って、あー、人間に干渉しちゃいけない決まりがあるとか?」
『好き勝手に干渉していいなら、私は今頃実況動画界のアイドルね!』
やはりそういう縛りはあるのか。以前、暇だったら神を名乗る幼女のゲーム実況でもすれば人気になりそうだと思ったが、それは不可能だったという事だ。
つまり、この幼女は実況動画の神候補ではあっても配信は出来ないって事だ。
『大体、あんたとこうして会うのだって、ガチャ子の許可が必要なのよ。他の子のところなんて情報すらないわ』
「ようするに寂しいと?」
『うん』
否定や強がり、憎まれ口が返ってくるかと思ったが、返って来たのは意外にも素直な肯定だった。反応に困る。
典型的なツンデレ口調の癖にキャラクターの掴み難いヤツだ。
『だから、頑張って私に使徒を紹介するのよっ!! 最悪、話し相手になりさえすれば、資質は問わないわ!』
だが、幼女二号は特に気にする事もなくガラパゴスリクイグアナの背中に座り、続ける。それは、玄関の立ち話で終わらせないぞという構えなのか。
デパートの屋上でアトラクションに乗る幼児そのものにしか見えない。
「資質は問わないって……知り合いにはいないが、幼女萌えとか言ってるヤツでも?」
『問題ないわね! こっちで調教するわっ!』
「日常的にエネマグラとか使ってるヤツでも?」
『むしろ実況動画的には美味しいわね! 頑張って実況させるから』
この情報を知らずに友人の後輩を巻き込んでいたら、全世界に向けてメスイキの場面を公開されていた可能性もあったのか。恐ろしい。紹介するにしても、厳選しないとマズい事になる。一部では神扱いされるかもしれんが、信仰もクソもないな。
『大丈夫よ、逮捕はされないから!』
そういう問題ではない。普通の人間なら、自分の恥ずかしい部分を世界に向けて公開したくはないのだ。逮捕されるとか、社会的に抹殺されるとか、そういうデメリットを除いても避けるものだろう。
だがまあ、別に俺も絶対に紹介したくないというわけではない。もののついでで済むような話であれば、知人・友人の一人くらい巻き込んでも構わないとさえ思っている。何故なら、おそらくこれは相手にとって必ずしもマイナスだけを強要するものではないと思っているからだ。
「じゃあ、未来の使徒候補に向けて、アピールポイントをどうぞ。勧誘のネタにするから」
『あ、ちゃんと勧誘してくれるつもりはあるみたいね。……そーね。とりあえず、衣食住に困らせるような事はしないわ!』
どうしよう、そのアピールだけで俺が揺らぎかけている。最低限の福利厚生はしっかりしていると。
『ネタとして変なモノ食べたり、コスプレしたり、よく分からないところに行く事はあるかもしれないけど、そこら辺は企画次第ね』
「面白ければなんでもいいと?」
『ぶっちゃけ、面白い映像に体張れるならトーク力だって必須じゃないわ。意味もなく、ヤクザの事務所に殴り込んで制圧してみるとか。芸能人の不倫現場に突撃リポートするとか』
「ハードル高過ぎませんかね」
社会的な権力や拘束力を無視するなら不可能ではないだろう。蘇生できるのだとしたら、ドスやチャカで応戦されてもゾンビアタックも可能だし。
ただ、それを現代の一般的な日本人にやらせるのは無理があるだろ。無関係なヤクザさんだってびっくりだ。
『まー、どうせ私が候補なウチは何もできないんだけどね。しばらくは訓練しつつ遊び相手になってくれそうならいいわ』
「その間に鍛え上げると」
『実際、実況するなら晒されたり炎上したりしても気にしない程度にはメンタルの強化は必要だけど、そこら辺はなんとかする。だから、元がコミュ障でもPTSD持ちでも問題ないわ』
「ぶっちゃけ誰でもいいって事か」
『根本的に合わないってタイプはいるから、誰でもってわけにはいかないけど、正直こっちが求めるものは少ないと言っていいかも。少なくともガチャ太郎みたいな事をやれって強制はしないし』
「俺を引き合いに出さないで欲しいんですが」
『ぶっちゃけキツイでしょ?』
「はい」
こんなハードな事を強要されている身になって頂きたい。
しかし、俺のような生活を強要されないとなると、意外といそうな気がしないでもない。ハードルは低そうだ。後は……待遇面か。
「俺の場合、死ぬ直前で助けられたって恩もあるわけだが、勧誘となるとどうしてもメリットは必要だよな。給料……って言ったら変だけど、そういう見返り的なものってあるのか?」
『考えてないわ』
「おい」
いくら衣食住しっかりしてても、タダ働きでいいって現代人は中々いないぞ。
『いやだって、担当する権能が違えば体制だって変わるし。人間でいうところの金銭みたいな指標もないし。ガチャ太郎だって、何か提示されてるわけじゃないでしょ?』
「そういえばそうだな」
ガチャ引いてモノを得てはいるが、それを給料と考えるのはちょっと違う気がするし、神様もそんな事は言わないだろう。言えばインゴットくらいくれそうな気もするが、欲しいわけでもない。極端な話、今後金銭が必要になってくるかどうかも怪しいのだ。たとえば、基本給三十万と言ったって、それを使えない環境なら詐欺みたいなもんである。
文明の崩壊した荒野で札束を貰ってもケツを拭く紙にしかならないのだ。モヒカンさんだってそう言ってる。
「じゃあ、公開した動画の視聴数や評価によってポイント化して、それによって何かと交換する形とか?」
『ああ、それ良いわね』
「企画的なモノがしたいなら、お題を用意して、それを達成したらご褒美的なボーナスがとか?」
『いいわね。密室でシュールストレミングを何個開けられるかとか』
「俺はやりたくないが、そうだな」
世の実況動画でも、ちゃんと水の中で開けたりするのが基本だから、その手の手段が取れない密室でのチャレンジは興味を引くだろう。クレーマー対策に、開けた缶詰を食べてから次の缶詰を開けるルールも必要そうだ。
こんな適当に思いつくようなモノで頷いてるあたり、本当に何も考えていなかったんだろうな。自分が神になったり、使徒ができたら相談する的な。
……微妙に不安になる条件ではある。
「じゃあ、問題抱えてるヤツに、その問題なんとかしてやるからって交渉するのは?」
『モノによるけど、どんな?』
「借金抱えてたりとか、病気持ちだったりとか?」
俺みたいに死にかけのヤツでもいいが、そんな状況で後悔のない自己判断出来るかは怪しい。勧誘という形にするのなら、あくまで自分の意思で使徒になると決断してもらいたい。でないと俺が騙した気分になってしまう。
『どっちも問題ないわね。私は気にしないわ』
「いや、気にしないとかではなく」
俺だって、同僚が借金持ちだったりしても、仕事に支障さえなければ気にはしない。今確認したいのは、そういった問題を解決するという餌を用意できるかどうかだ。
なくても交渉は出来るが、利点は多いほうが楽なのも確かなのだ。
『でも、解決方法は色々よね? 借金取りから逃げたいだけなら、この拠点みたいなアクセス不可能なところに住めばいいわけだし、普通に借金返すって手もあるし、借金先の会社を潰したり、債務自体をなかった事にしたりとか』
「それもそうだ。……出来るのは出来ると?」
『無理じゃないけど……うーん、解決方法によっては難しいところね。あまり高度な話だと私の権能だけじゃどうにも出来ないから、やっぱり対価が必要になるし、そうなるとそれなりのリターンも要求されるかもしれないし。やっぱり内容次第、応相談って感じになるわね』
「基本的に望んだ解決に近づける努力はすると」
『そうね。無制限ってわけじゃないだけよ』
まあ、この反応なら、ある程度ならどうにでもなりそうだ。ウチの神様だって、トイレットペーパーの代金に金のインゴットを用意したのは常識が足りてないだけの事であって、手間をかける気なら金銭を用意する事も可能だろう。それに伴う諸々の処理で出来ない事があるかもしれないと言っているだけの事だ。ただ返済するだけでなく、金を借りたという事実をなかった事にしたいとか、そういう無茶が通せるかどうかという話である。
『たとえばだけど、あんたの怪我を治したのだって、ガチャ子の権能だけじゃないはずなのよ。だけど、それをしてもいいと思わせる材料があったって事なんでしょうね。あの子の権能って基本ガチャなわけだし』
「俺を使徒にする事で将来的なペイが見込めると?」
『多分ね。どんな基準で使徒を選んでるかとかは分からないから憶測だけど、そう間違ってもいないはず』
……なるほど。
いや、勧誘に俺の境遇云々は直接関係ないが。あんな感じでも、一応俺に何かを期待してたりするんだろうか。
「ん、まあ大体分かった。戻るまでに勧誘相手は考えておく」
『頼むわねー』
「ただ、ウチの神様が色々調べてるらしいから、問題なければって条件付きだがな」
『問題ない、問題ない。あの子は必要ないから調べてなかっただろうけど、前例あるもの』
そうなのか。じゃあ、ほとんどハードルはなさそうだな。
せいぜい、俺が相手に説明する際に神の使徒やら何やら言って変な不信感を持たれるのが大変なくらいだ。それだって、営業やってれば慣れっこである。新規ルートの開拓なんてそんなもんだ。
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「というわけで、俺はそろそろ寝たいんだが」
『別に私は気にしないわ』
「いや、俺が気にするんだ」
幼女二号はイグアナに跨ったまま動くつもりはないようだった。そろそろ帰って欲しいんだけど。
『使徒なんだから、一年くらい寝なくても大丈夫でしょ』
「いや、一日二日ならともかく、一年は体感的に無理」
明らかに燃費の良くなっている感じはあるが、それでも限界は感じる。それとも、使徒として成長を続けたらそういう体になるのだろうか。それはそれで怖いんだけど。
そんな事を言っていると、幼女二号は呆れたようにため息をついた。
『というかね、少しは察しなさいよ。私が本当に催促や遊び目的だけでこんなところに来ると思うの?』
「違うのか?」
自分で寂しいって認めてたような。
普通ならそんなはずはないと疑うところだが、この幼女なら普通にありそうである。
『半分くらいはそうだけどね』
「よく分からんが、半分は違う目的があると?」
『情報、足りてないんじゃない?』
おっ?
「え、何か情報提供してくれるって事か? その手の情報って神様に止められてるんじゃ」
『その手の情報って何よ』
「ダンジョンとかガチャとか」
『止められてるわね。言えないようにロックかけられてるから、結構厳重に』
じゃあ、駄目じゃないか。
『……もうちょっと勘がいいと思ってたんだけどね。棍棒振り回し過ぎて頭原始人に戻っちゃったんじゃないの?』
失敬だな。勝手に買い被られて、勝手に呆れられてる。
ここに来て好戦的になったりワイルドになったのは間違いないが、勢い任せな性格が更に勢い任せになったくらいで……とても現代人とは思えない思考してるぞ、おい。
五日前までの俺はこんなんではなかったはずだ。あまりに非文明生活に溶け込み過ぎて脳が劣化してしまったというのか。
これはいけない、幼女二号の言葉は癪に障るが、頭を働かせないと。とはいえ、今必要なのはダンジョンやカードの情報であって、それ以外となると……ダンジョン以外?
「……今、俺は日本でどういう扱いになってる?」
『正解。そういう事は一切制限かかってないわ』
ダンジョンの攻略で情報制限が掛けられているのは明らかだ。実際に回答をもらえない事はあったし、情報Lvなんてものまで設定されている。
しかし、それはあくまでダンジョン攻略やガチャに関わる事、あとは俺のクラスに関してだ。それ以外の事について止められた覚えはない。
例の質問フォームで回答が得られるかどうかは怪しいところだが、目の前に回答者がいるのなら話は別だ。
『まず、その質問に対しての答えは行方不明ね。事故が大き過ぎて正確な被害状況も分かってないような有様よ。当然路線自体が運休中。色んな方面に波及して責任問題になってる』
「マジか……」
そんな状況になってるのか。
『現場の復旧もまだ終わってない。身元の確認が取れた人も多いけど、死体が確認出来ていない被害者は行方不明扱い。事情聴取やカメラの映像で絞れるから、しばらくしたら犠牲者リスト入りするんじゃない?』
「…………え?」
甘く見ていたのかもしれない。せいぜいが脱輪か何かで、車体が横転した際に大怪我を負ったとかそういう類だろうと。
初日に見せられたニュースでは大事故と言っていたが、現場の映像が映し出されていたわけではない。大体、その規模だって大事故もいいところなのだ。しかし、五日経って被害者の確認すら出来ていないとなると、想定の数倍では利かないかもしれない。
これは日本で過去に例がないほどの大事故だ。それがラッシュ時でないとはいえ、首都で起きた……ヤバいってレベルではない。とはいえ、俺がどうこうするものではないのだが。俺にとっての問題はそういう部分ではなく……。
「……それ、俺が戻ったら逆にヤバいんじゃないか?」
『でしょうね。奇跡の生還! 未曾有の列車事故から無傷で生き残った男って感じで一躍時の人よ、きっと』
そんな事になれば職場への復帰だって不可能だ。下手をすれば、なんで生き残ったと追求されかねない。被害者なのに、まるで加害者のように攻めたてられる様が目に浮かぶ。……なんでお前だけ、と。
しかも、帰還までの間、何をやっていたかの説明だって出来ない。仮に口止めされないとしても、誰がこんな体験を信じるというのか。
戻ったところで、俺に居場所はあるのか? しかし、生きている事を家族に伝えずにいる事は……。
『オススメは、事態が収拾つかない内にこっそり戻って、安否だけ伝えてここに戻ってくるってプランね。……ガチャ子はこういうの気が回らないけど、あんたは気にするでしょ?』
「……あ、ああ」
安否を伝えるのは俺の自己満足でしかないかもしれない。だけど、感情の面では納得できない。
二号の言う通り、ウチの神様はある程度汲み取ってはくれても本質的に理解しないのではないかという気もする。
ここまで大事だと、俺の存在を誤魔化すのは不可能に近い。職場に復帰など出来るはずはないし、後輩の実家へ説明に行く事も憚られる。それどころか、存在が明るみになれば家族だって巻き込まれるだろう。現時点で取材が殺到している可能性もあるが、俺が出ていったらそれどころではない。
『戸籍を偽造したり顔を変えるなりすれば生きていくのは不可能じゃないだろうけど、あんたはそんなの望んでないでしょ?』
俺が戻りたかったのは、元の生活ありきの話だ。完全に一からやり直す……それもそんな違法な手段で得た生活を送りたいとは思えない。
それしかないのなら話は別だが、ここの生活だって将来性に期待出来ないわけじゃない。それに、命を救ってもらった恩もある。
「一応聞くが、事故自体をなかった事にするとかは」
『良く知らなきゃそういう考えに行き着くわよね』
まあ、神様を名乗ってるのだから、そういう奇跡を起こせないかと考えるのは普通だろう。
『……可能か不可能かなら多分可能よ。私やガチャ子には不可能だけど、それを可能にする存在はいると思う。ただし、まず間違いなく通らない』
「それは権限とか能力の問題ではなく?」
『理由はいくつかあるけど、一番大きな理由としては……そもそもの話、これは神々が手を出す範疇の話ではないと判断されるはず。結局のところ人間の世界で起きた事故に過ぎない』
「そう……か」
『これが人間の力に依らない超常の力で引き起こされたものである場合なら介入の余地はあるわよ。あるいは日本がなくなるとかそういうレベルの問題でも』
立場上関係ないし、口出すような存在でもないと。冷静でない今、それを飲み込むのは難しいが、無茶言っているのは自覚している。
これは未曾有の大事故ではあるが、所詮は事故だ。死傷者だって、どんなに多くとも万は超えないだろう。被害の規模からしても、災害のほうが遥かに大きい。公共の交通機関で発生したという部分が事を大きくしているが、そんな事は神には関係ないだろう。これをどうにかするなら、手を出すべきだった事故や災害など山のようにあるのだ。それが発生したままである以上、これだけ手を出すとも思えない。
それに多分だが、事故は起きたけど全員生き返りましたというほうがまだスマートな気がする。もちろん、そんな無茶が通るはずもないだろう。
『ついでに言うと、万が一あんたやガチャ子にそれをどうにか出来る力があったとしても全力で止められるでしょうね。下っ端の私でも問答無用で実力行使するくらいには』
「良く分からんが、それによる副次的な問題が発生する?」
『そう。一度起きた事をなかった事にするなんて、どれだけの影響があるか分からない。絶対に歪みが出来る。世界が歪んだ結果、人類滅亡なんて事も有り得る。そんな危険は犯させるわけにはいかない』
あの事故に関わる全ての繋がりを変更するというのなら、そりゃ無茶な話だ。どれだけの事象が繋がり、絡み合っているのか想像もつかない。
『万が一、そこをクリアしてもまだ問題がある。……これ、どうも日本だけの問題じゃないっぽいのよね』
「大規模でも車両事故だろ? 日本以外がどう絡んでくるんだ? まさか、海外の重鎮が乗り合わせたとか」
新幹線とかならともかく、普通は車で移動するんじゃないだろうか。お忍びにしても、違和感があるってレベルじゃない。漫画ならそういう展開もありそうだが。
……漫画みたいな日常に足踏み込んでる俺が言うのもアレだな。
『ニュースで流れてる分くらいしか情報がないからはっきりしないけど、どうもコレ複数の国で同時に発生してるのよ」
「……テロって事か?」
『声明は出てないけど、そうじゃないかって言われてる。列車事故だけでも二桁、関連性は分からないけど、航空機や船の事故も発生してるみたい。人為的って考えるのが普通よね』
話がデカすぎる。そんな大規模な問題が起きているのか。
そんな中で日本だけどうにかしましたーっていっても、世界から総ツッコミされそうだ。……いや、これが繋がりってヤツなのか。
「あれ? 問題が世界規模……日本じゃないと何か問題あるのか?」
『私たちって日本の神なわけで、外国には手を出せないのよ』
え、そんな地域限定な存在なの。
「ひょっとして、宗教圏の問題って意味で?」
ウチのシマに手を出すな的な。
『正直に言うと、そもそも日本以外で存在できないから、良く分からない。海外がどうなってるのかもさっぱりだし、知る術もない。日本の外ではキリストがブイブイいわせてたり、ゼウスが不倫してたり、オーディンが巨人と戦ってたりするのかもしれないし、逆に何もいないって事も有り得るのよ。はっきりしているのは、日本には私たちがいて、その範囲内では権能を行使できるってだけ』
「内弁慶?」
『自分のテリトリーでだけ力を発揮できるわけだから間違ってはいないけど、なんか格好悪いわね』
といっても、格好いい内弁慶を表す言葉など思いつかないしな。
『という事は、使徒らしい俺もその影響受けたりとか?』
「受けるでしょうね。といっても、使徒なら移動は出来るんじゃない? 力は使えないと思うけど」
『海外旅行は出来ると』
「いや、あんたの場合はそれどころじゃないと思うんだけど。死人のパスポート使うつもり?」
ただの軽口だ。行方不明を貫くつもりなら戸籍は使えなくなるだろうし、パスポートだって使えない。この顔で出歩くのだって厳しい。それこそ、さっき言われたようにサっと行って事情説明だけして帰ってくるくらいしか……。
「あれ……となると、俺が知り合い勧誘するのは厳しくないか?」
『あっ……』
こいつ、考えてなかったな。
-3-
『変身よ! ガチャマンに変身するのよ! そうすればバレないわ』
「無茶を言うな」
なんだその科学忍者の出来損ないみたいな名前は。ガチャの中にはそんなものもありそうだが、ヒーローの格好で町中を歩けるはずもないだろうが。
「現実的に考えるなら変装だな。それだって、あまり長い時間は使えないだろうが」
カツラでも髪染めでも、なんなら靴墨でもいい。帰還手段を得るまでに、その手の変装手段が手に入るなら良し、手に入らずとも髭伸びた状態で坊主にするだけでも誤魔化せるはずだ。やりたくはないが、一応許容範囲内ではある。
『全裸で棍棒持ってたら、誰もガチャ太郎って気付かないかも。髭も伸びてきてるし』
「誰も俺だとは思わんだろうが、事故関係なく捕まるな」
数人だったら警官とも戦えるだろうが、大人数に囲まれたらアウトだ。いや、アウトセーフの問題ではなく俺がしたくない。
全然関係ないが、そろそろ髭剃りたい。元々濃いほうじゃないが、さすがに気になってきた。
「答えられるか微妙なラインだと思うが、たとえばどんな帰還手段があるのかって答えられるのか? それによってとれる対策も変わってくるだろ」
『どんな?』
「あー、いきなり全裸で放り出されるとか、場所を選べるのかとか」
『それは知らない。言えないとかじゃなく知らない。ただ、複数種類の帰還方法が用意されてると思う。多分』
知らないんじゃどうしようもないな。
『そういえば、ガチャ子から渡しておいてって言われたの忘れてたわ……はい、これ』
「カード? また何かのボーナスか?」
『いや、それは元々あんたのもの』
受け取ってみれば、それは俺の財布だった。ボロボロな俺の財布らしきイラストが描かれたカードだ。
『スーツとかカバンはどうしようもない感じだったけど、それはまだ使い道あるだろうからって。中身も無事なはず』
「なんでわざわざカードに?」
『フリーゾーンに突っ込んでおけば忘れる事はないだろうって話じゃない? なんならマテリアライズしてもいいと思うけど。それがあれば、最悪買い物は出来るでしょ?』
「……まさか、元の世界でもこのウインドウやスキルは使えるのか?」
『そりゃ使えるわよ。あー、さっきも言ったけど日本限定だけどね』
「スキルも?」
『ダンジョン専用とか拠点専用みたいなものじゃなければ使えるんじゃない? 私もガチャ子もどんなカードがあるのか知らないから、一概には言えないけど』
「え?」
『ん?』
なんだ。とてつもなく違和感のある事を言われたんだが。
「それは、どういう意味だ?」
『それ?』
「……どんなカードがあるか知らないのか? ウチの神様も?」
『知らないわね』
「誰が追加してるか怪しいと思っていたんだが、そもそも管理もリスト化もされていない?」
『管理は不可能ね。だって勝手に増えるし』
「ガチャの中身が?」
『そうよ。別に誰かが手作業で追加してるわけでもないし。ひょっとして誰かが内容決めてるって思ってた?』
要領の悪い、ブツ切れの応対だが、全貌があやふやな以上しょうがない。しかし、これは随分と想像と掛け離れている……のか?
「ああ。とはいえ、神様だけで担当してるとは考え難いから、別の誰かがいるんだと」
『あのシステムに関わってるのはガチャ子だけよ。中身は基本自動作成なはず』
「んなアホな」
じゃあ、あの悪趣味なピックアップも、妙に一部だけ詳しいテキストも自動で作られたものだと?
神様なんて非常識な存在に俺の普通が当てはまるわけもないが、それにしたって無茶だろう。
「じゃ、じゃあ、コレはどこから出てきた存在なんだよ。テキストの設定はあくまで設定だって話なのか?」
ガチャマシンに来週からのピックアップを表示して見せてみる。< 奴隷少女イーリス >の画面だ。こんな悪趣味なモノが自動で作られたとでもいうのか。
『なにコレ、めっちゃ悪趣味ねー。あんた奴隷をペットにしたいの?』
「いや、そんな趣味はないが」
スルーするのはどうかと思うが、当てたいとも思わない絶妙な悪辣さだ。これが設定であるのなら、むしろそのほうがいい。
「テキストもそうだが、自動作成っていうなら、カードの中身はどこからきてるんだ」
『あー、ごめん。それはロックかかってるわ。セキュリティクリアランスがうんたらかんたらーって』
「…………」
つまり、ガチャの中身が自動作成である事は知られて問題はなく、カードの中身がどういう経緯で作られているのかは秘密と。基準が分からんが、とにかくあのガチャマシンの中には謎しか詰まってないという事になる。
『多分、あんたが気にしてるのは、こういう悪辣なモノがガチャ子の趣味で入れられたかどうかって事でしょ?』
「ああ、というか別に悪趣味な担当がいると思ってた」
『傾向や条件付けはしてても、基本は全部自動ね。さすがにあの子の判断でこんなの入れないでしょ。古代ローマ出身じゃなく現代日本出身よ、私たち』
「……そうか」
仕えるべき上司が倫理観の破綻した存在でない事は喜ぶべき事だ。その点は良かったと考えよう。
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棍棒を振る。
なんとも言い難い胸の内を誤魔化すように、振り払うように。
『ま、そういうわけだから。今日のところはとりあえず帰るわ』
幼女二号はそう言って、来た時とまるで異なるテンションで帰っていった。
『あ、使徒候補の件はあんたも勧誘方法考えておきなさいよね。別に知り合いじゃなくてもいいんだから』
ウチの神様も二号も、見た目は幼女でも真面目に話していれば神性を感じる部分はあるのだが、どちらもどこか変なところが抜けている。それは超常の存在とはいえ全知全能の神ではないが故の個性なのだろうか。
まあ、勧誘自体はどうとでもなるだろう。実のところ、そんなに苦労するとは思っていない。
「ふんっ!」
どうやって棍棒を振るのが効率がいいのか。どうやって体を動かすのが効率がいいのか。戦闘中はそれだけに集中できる。
探索中もそうだ。どうも、俺は必要な時に必要な分だけ思考のリソースを割くのが得意らしい。それはつまり、考えたくない事がある場合でも何かをやっていれば何割かはそちらに意識を割けるという事だ。
それを自覚してかどうかは微妙なところだが、幼女二号が帰った後、俺はそのままダンジョンへと突入した。そういう部分とは別に、とにかく体を動かしたかったのかもしれない。
道中のゴブリンを薙ぎ払うように撲殺し、第二層へ。
何度か戦闘して分かったが、一つの部屋に詰め込まれているモンスターの数が四体というのはかなり低確率な部類らしい。道中のどの部屋でも、二体か三体で、四体のケースはほとんどなかった。
そういえば、昔から俺はそういう目を引く事の多い人間であったように思える。何をしても最初は悪い目を引く事が多い。二回目以降は普通でも、最初だけは運が悪いのだ。実は凶のおみくじだって引いた事がある。それがこのダンジョンで更に顕著になっているような気がしないでもない。
「罠ドロップも落とし穴もモンスターが四匹入った部屋も遭遇しないなんて……」
つまり、初手で四匹のゴブリンに当たったのも、罠ドロップも連続落とし穴も、睾丸破壊のディディーや悪質のプロップと遭遇したのも、モンスターハウスも俺の運が悪いせいだというのか。馬鹿な。
しかし、実際こうして二階を探索してても、そんな悪質な事にはなっていない。普通に探索する分にはただモンスターが増えただけ、罠が追加されただけで、難易度の違いは真っ当なものだ。
難易度の違いに納得は出来ても、俺の運には納得できなかった。……まさか、電車事故すら俺の運のせいだと言うまいな。くそ。
目を凝らしてモンスターのいなくなった部屋を観察する。
こうして見ると、トラップのスイッチらしきものは分かり易い。偽装はされていても、ちゃんと見れば判別出来るものでしかない。注意していれば引っかかる事はないだろう。
問題は戦闘中にそれを見分けられるかだが、そこら辺は慣れていくしかなさそうだ。熟練すれば、逆に罠を使った戦いが出来るかもしれない。
また、やはり第二層には通路の罠はないらしい。罠が配置されているのはあくまで部屋のみのようだ。次の層から通路に罠が仕掛けられている事が分かっているのだから楽観はできないが、この層である程度慣れておく必要があるだろう。慎重かつ素早く判別できるようにしないといけない。
そんな感じで探索を続け、気がつけばフリーゾーンが埋まっていた。ほとんどがゴブリンの一部だが、第一層で効率が下がって以降、久々の埋まり具合だ。
余ったカードは近くでフヨフヨ浮いているフライングバインダーに投入する。
実際使ってみて分かったが、こいつはある程度の判断能力があるのか、普段は手が届くような距離を保ち、戦闘が始まると自動的に高度と距離をとって安全確保を行う。敵や俺の攻撃が当たる範囲には近づかないので、あえて守る必要がないのは助かる。普通にサポートユニットとして常用出来るだろう。
そんなフライングバインダーのスロット分もやがて埋まる。しかし、帰還陣はまだ見つからない。
カードが集まるペースが段違いなので一概には言えないが、これは俺の運が悪いのか。それともそういうものなのか。
仕方ないので、チケットが出る度に肥やしと化しているゴブリンの部位と入れ替えつつ探索を進める。
探索に必要な思考、戦闘に必要に思考を脳に負担させ、神経を研ぎ澄ます。
戦っている間は余計な事を考えなくて済むから助かる。拠点でじっとしていたら、いらん事ばかり考えてしまいそうだ。
『ガチャ子はあんたに言うかどうか悩んでたみたいだけどね。私は必要だと思った。だから許可だけもらってここに来たってわけよ』
自分の帰る場所がない。場所は無事であっても、それは俺の生きていく場所ではなくなっている。
そんな事を聞けばモチベーションが下がると考えるのはおかしな話ではない。実際、俺は動揺している。
しかし、それを隠して帰還すればもっと面倒な事になるのは明白だ。俺も何故言わなかったんだと思うだろう。だから、どちらの言い分も分かる。そもそも何も悪い事はしていないのだから、責めるのだってお門違いだ。
事故の規模や、それで俺が帰還したらどうなるのかなんてすぐに分かる事だ。それでもその事実を突きつけられなかったのは、ようするに神様に気を使われていたのだろう。
いっそ、事故で死んでいれば良かったか? そんなはずはない。生かしてもらった恩に加えて気を使わせて、俺は突きつけられた境遇に理不尽だと嘆く。……情けないな。情けない大人だ。
いや、ダンジョンやガチャは理不尽だし、もうちょっとどうにかならないのかという考えは変わらないが。本当にどうにかならんものか。やっぱりゴブリンしか出てないぞ、このダンジョン。
『あの子があんたに何をさせようとしているかは分からないけど、それが楽なモノであるはずがない』
俺は恵まれているのだ。それは間違いない。どれだけ難題を投げつけられるのだとしても、客観的に見ればその代償はささいなものだ。
理不尽極まる環境ではあるが、俺を鍛え上げる試練だと思えばまだ納得は出来る。何も知らず、何も出来ず、ただ理不尽なテロに巻き込まれて死ぬよりは遥かにマシだ。
『だから強くなりなさい、加賀智弥太郎。この先、どんな困難が待っていようと切り抜けられるように。自分の納得できる居場所を作るために』
「ああああああっ!!」
吠える。ひたすらに、がむしゃらに無骨な棍棒を振り回す。
技術も何もない、ただの力任せの戦いは俺自身を投影したものだ。華麗さなど欠片もない、技術を持つ者なら呆れ返るような姿だろう。何もない、何も積み上げていないのだから当然だ。
だから、ここから積み上げるのだ。その先には、きっと俺の新しい居場所があるだろう。
何かの理不尽を突きつけられた時に、自分の無力さを嘆かないよう、後悔しないよう、鍛え上げるのが俺のすべき事だ。
[ フィールドボス ゴブリン十六魔将第五席 悪質なプロップ撃破! スキル/アクションゾーン+1! ]
「あれ?」
無心で戦っていたから気付かなかったが、どうやらリベンジ完了してしまったらしい。他のゴブリンと見分け付かないから分からなかった。
……あいつ、第二層も範囲内なのか。
「……全然リベンジした気がしない」
なんという不完全燃焼だ。後味まで最悪とはさすがと言わざるを得ない。
……このモヤモヤは、俺が抱えた苛立ちと合わせて他の十六魔将で晴らすとしよう。メンバーが不祥事をしたらグループ全員で謝罪会見をするように、ディディーやプロップのしでかした事の代償は他のヤツらに払ってもらう。
ああ、半分くらい八つ当たりだ。
十六魔将もあと十四体ですね。(*´∀`*)
※盛大なミスによりプロップの実績ボーナスを変更(19/09/24)