第九話「かんてい」
初期職業が上級職って産廃だよね。(*´∀`*)
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[ 中継地点の帰還陣を初起動しました! 以降、転送機能を持つ施設などの転送先指定が可能となります ]
中継地点の帰還陣を使い、拠点へと戻って来た直後、そんなメッセージが表示された。
ベースカードなどにそういう転送用の施設があって、あの場所をはじめとする中継地点から攻略開始できるようになるという事なのだろう。
帰還は一瞬であっても、一層だけでこれだけの広さを持つダンジョンを攻略するには何かしらの移動補助が必要なのは確かだ。でなければ、一度の攻略に数日……これから更に広大になると考えるなら数週間、ダンジョンで過ごす事になりかねない。そうなれば攻略層を伸ばす事はかなり難しい状況になってしまう。これは先を攻略していくモチベーションにも繋がる重大な問題だ。しかし、専用の施設が必要だとしても階層ごとの中継地点へ転送が可能というならば、そんな問題は一発でクリアだ。できれば早めにそのベースカードを入手していきたいところである。
まあ、俺はそんなカードを持っていないから今は意味がないし、結局はガチャ頼みの運次第なのだが。
「さて」
肩透かしにもほどがあった第一層攻略だが、結果だけ見れば攻略そのものは上手くいったといっていいだろう。被害は俺の精神ダメージだけだ。
得たものも多い。チケットは十連に足りていないのでスルーするとしても、確認すべきものはある。一層を攻略した事よりも、どちらかといえばあの睾丸破壊ゴブリンとの死闘で得た結果というべきだが。
まず、モンスター名鑑機能。これは実績リスト同様、ウインドウの一部に文字が表示されていた。それを触ると別画面へと切り替わり、俺がこれまでに戦ったモンスターの一覧とその能力が見られる仕組みらしい。
全体でどれくらいのモンスターが登録されるのかは分からない。順に追加される仕組みなのか、閲覧可能なモンスターだけが表示される仕組みなのか、現在表示されているのは< ゴブリン >と< 居眠りゴブリン >< ゴブリン十六魔将第一席 睾丸破壊のディディー >の三体のみだ。チュートリアルで戦ったゴブリンもどきは、この名鑑の範囲外という事なのだろう。約一体だけやたら威圧感のあるラインナップである。
< 居眠りゴブリン >というモンスターに覚えはないのだが、おそらく俺が撲殺しまくったゴブリンの中に紛れていたのだろう。奇襲で仕留めてしまった中に寝ていた奴がいたとしても気づけない。
リストにある名前をタッチすれば、モンスターの詳細情報が表示される。
個別に確認できる情報としては、名前、レアリティ、戦闘能力評価、知能・性格、スキル、弱点、耐性、ドロップアイテム、討伐数と簡単な解説だ。
内容が?になっているものもあるが、これは登録されるのに必要な条件などがあるんだろう。スキルだったら、それを使うところを見るとか。ドロップアイテムなら、実際にそれを手に入れるとか。
< ゴブリン >
レアリティ:コモン~アンコモン
戦闘評価:力:G/敏捷:G/器用:-/体力:G/魔力:-/抵抗:G
知能・性格:馬鹿
スキル:?
弱点:だいたいなんでも効く
耐性:なし
ドロップ:各マテリアル、装備、ゴブリンチケット
レアドロップ:ユニットカード、ノーマルチケット、?
解説:迷宮内の魔素の塵から発生するモンスター。弱いが数は多く、再発生までの期間も短い。武器の練習台や準備運動に最適。
ゴキブリ並みとも言われる繁殖能力を持つが、このダンジョンは雌体が不在のために生殖による増加はしない。プレイヤーを多く殺せばご褒美としてメスゴブリンが発生するという嘘を信じ、健気に戦っている。
基本的に別種である人間に対して性欲は持たないが、稀に異種姦趣味のホモがいるため注意。
< 居眠りゴブリン >
レアリティ:アンコモン
戦闘評価:力:-/敏捷:-/器用:-/体力:G/魔力:-/抵抗:G
知能・性格:無能
スキル:?
弱点:だいたいなんでも効く
耐性:なし
ドロップ:各マテリアル、装備、ゴブリンチケット
レアドロップ:ユニットカード、ノーマルチケット、?
解説:ゴブリンの中から稀に発生する特異個体。寝る事にすべてを賭け、何をされても起きない。
立ったまま寝る事、目を開けたまま寝る事、ダメージを受けながら寝る事、致命傷を受けて永眠する事が得意。
何しても起きないのでサンドバッグにちょうどいい。
< ゴブリン十六魔将第一席 睾丸破壊のディディー >
レアリティ:コモン(ユニーク)
戦闘評価:力:G+/敏捷:G+/器用:G-/体力:G-/魔力:-/抵抗:G
知能・性格:求道者
スキル:?
弱点:だいたいなんでも効く
耐性:なし
ドロップ:各マテリアル、装備、ゴブリンチケット
レアドロップ:ユニットカード、ノーマルチケット、?
固有ドロップ:ナッツ・クラッシャー
解説:ゴブリンたちから存在を認知されていない、ゴブリン十六魔将の一体。
特に理由はないが睾丸を破壊する事に情熱を燃やし、それのみを生きがいとする恐怖の権化。
そこに山があるから登る登山家同様、彼もまたそこに睾丸があるから破壊する、という理解不能な信念を持った存在と言えよう。
そんなに睾丸を破壊したければ自分のを潰せよと言われ、特に迷う事もなく潰したという逸話を持つ。その時周囲にいた他の十六魔将はドン引きである。
「…………」
解説を読んだ俺も思わず内股になるくらいドン引きである。睾丸破壊のディディーは一体俺をどれだけ戦慄させるつもりなのか。何故、こんな奴が最初のフィールドボスとして俺の前に現れたのか。
いや、二度と会いたくないのは間違いないので、出会い頭に殺せたのはむしろラッキーと考えておこう。……ユニークな個体なら復活はしないよな? ……しないよね? ユニット化させるための救済処置とかいらないから俺の前に二度と現れるんじゃないぞ。
しかし、ゴブリン十六魔将というからには他の奴も同格と考えるのが普通で、これから先、ディディーと同格の恐ろしさを持った十五体のゴブリンが待ち受けている可能性もある。全員二つ名っぽいのが睾丸破壊の~だったら笑うしかないが、さすがにそこまで雑な設定とは思えない。第一席だから実は奴が魔将筆頭だったのかもしれないが、遭遇したのが第一層である以上、少なくとも総合的な能力は上と考えるべきだろう。
他の奴らは強いだけで俺の金玉を収縮させるような類の猛者ではないと信じたいが、ディディーが逆にドン引きするような奴が混ざっている危険性は残されているのだ。十六体すべて殺さない限り安心できない。
徘徊するっぽいフィールドボスである以上、こちらから近づかないという選択肢を取りにくいというもまた難儀な話だ。
ゴブリンそのものの解説もひどい。何故わざわざ異種姦趣味のホモがいる事を解説してしまうのか。これからは常は背後に気をつけて行動しろという戒めなのか。
そして、奴らがメスを手にいれるという目的のために戦っていたという事実もひどい。何がひどいって、嘘と明言されてしまっているのがひどい。その嘘がウチの神様がついたものなのかは分からないが、少し謝りたくなってしまうほどだ。それはそれとして出会ったら撲殺するのは代わりないけども、冥福を祈るくらいの事はしてやってもいい気がした。哀れ過ぎる。
その他判明した情報としては、通常のレアリティの他にユニークなものも存在するという事、各マテリアルカードや装備はどのモンスターからもドロップしそうだという事、ユニットカードがドロップアイテムとして設定されているという事、実はノーマルチケットも落とすらしいという事、ユニークモンスターのみかもしれないが固有ドロップが存在するという事など。
特に共通設定らしきドロップ関連の情報は予想はできてもありがたい。こうしてはっきりと情報が提示されればある程度は狙って狩りをする事ができるだろう。
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次は中継地点到達ボーナスとして手に入れた< かんてい >である。
"かんてい"というからにはカードか何かを鑑定してくれる施設だと思うのだが、何故かひらがなで"かんてい"な上にカードイラストは聖職者っぽい男のものである。
普通ならこの聖職者っぽい男が鑑定をしてくれると考えるが……これはベースカードだ。水飲み場やガチャマシン、俺のトイレ……もとい屋内用簡易農園と同じ扱いである。……マネキンって事だろうか。それならそれでマネキンが鑑定する意味は分からないのだが。
ベースカードである以上マテリアライズする必要はないから、無駄なジョークグッズであれば外せばいいだけだし、今回のボーナスで枠も増えているのだから実際に試してみればいいとセットしてみる。
「…………」
部屋の隅に長身な男が出現した。やたらリアルな作りではあるが、動かない。触ってみればやはりマネキンか何かで、少なくとも生物ではないらしい。
そして何故だか分からないが、俺が聖職者の服だと思っていたのはハイクオリティなボディペイントだった。局部は巧妙に隠されているが、何を思ってボディペイントなのか。非常に間抜けな格好である。
……今更だが、まさかこいつ某古典RPGのビショップなのか? 服がないのも装備を剥ぎ取られたからで、名前がひらがな四文字なのも入力制限的な……。世代がまったく違うため、リアルタイムで体験したわけではないが、いわゆるダンジョンRPGの黎明期にそういうゲームがあった……というか、シリーズ自体は今も続いている。そのジョークグッズという事か。
「何を考えてこんなジョークグッズを……」
正直、思いついたから作ってみました的な印象しか受けない。
いやまあ、鑑定してくれるのならこちらとしてはなんでもいいのだが……いや、あんまり良くないな。これがオブジェとして飾られていると、ガラパゴスリクイグアナ以上に威圧感がある。いつ動き出してもおかしくはないリアルさも加わって、不気味な事この上ない。ボディペイントはされているものの、男の全裸だし。
……鑑定する時以外は外すか。マテリアライズしてしまったイグアナと違い、こちらはセットしなければカード状態で置いておけるし。
「って、肝心の鑑定はどうやればいいんだ?」
まさか、"かんてい"という名のオブジェであって、鑑定機能はないとかそういうオチじゃあるまいな。層クリアでもらえるボーナスなのに、そんな無駄カードはないだろう……ともいえないのがここの仕様のわけだが。
最悪の場合、なんの機能もないかもしれないという事だけは念頭に置いて、全身ボディペイントのかんていをチェックしてみる。聖職者の癖に妙に引き締まった肉体を嫌々撫で回すように確認してみるが、目当てのものは意外と分かり易いところにあった。……口である。肛門の比喩でも尿道口でもなく、顔についている口だ。
一見すると普通の口なのだが、唇を引っ張って開ける事ができ、その奥にはカードを挿入するスロットがあったのだ。
「使用の度にリアルな触感の唇を開けさせるのか」
面倒かつ嫌な仕様である。というか、ボディペイントにしても触感にしても、男でなければもう少しマシなのに。女だとしても不気味ではあるが、気分的にはもう少しマシだろう。
というわけで、お試しという事でなくなっても問題なさそうで名前だけでは用途の分かり辛い< ゴブリンの秘薬 >を投入してみる事にした。これなら、実はここに挿入する事でカードが破棄されますという場合でも大した問題はない。……実のところ、一番鑑定したいのはこいつ自身なんだが、こいつを投入するにはもう一枚かんていを用意しなければいけないジレンマが生まれてしまっている。
しかし、カードを投入しても反応がない。……まさか本当に破棄用の機能じゃあるまいなと、かんていの全身を再度チェックしてみると、非常に目に付きやすい胸部にメッセージ用のボードが出現しているではないか。
[ コモンカード< ゴブリンの秘薬 >の鑑定中...残り時間:00:59:50 ]
「……え、そんなにかかるの?」
投入してパッと鑑定される事を想像していただけに、出足を挫かれた気分だった。
しかも、わざわざコモンカードと書いてあるという事は、別のレアリティなら鑑定に必要な時間が違うという事も有り得る。クソ面倒な仕様だ。幸い俺は拠点から出ている時間が多いので、その間に鑑定させておくという事はできるが、それにしてもである。キャンセルもできそうにない。
ちなみにこの状態でセットしたカードを外したらどうなるのかと思いウインドウを開いてみたのだが、ガチャマシンと同様のロックマークが付けられていて外せなかった。なんらかの処理が行われている場合は外せない仕様なのだろう。
多分だが、この仕様は他のベースカードも同じと思われる。基本的に自在にセットが可能とはいえ、いざという時に枠がないという事態は避けたいところだ。
一時間というのはただ待つには長く、ダンジョンを探索しに行くには短い時間だ。仕方ないので、その他の検証をして待つ事にした。
必然的に拠点出口の通路で検証可能なものに限られるから大して時間はかからないだろうが、時間が余った場合はおっぱい揉んでいればいいだろう。
検証するのは、主に意味がなさそうだという事で後回しにしていたアイテム群だ。
< ゴブリンの棍棒 >< ゴブリンの腰巻き >< ゴブリンキック >、さきほど手にいれた< ナッツ・クラッシャー >などである。< ゴブリンの思い出 >も意味不明ではあるが、ノーマル/アイテムで検証のしようもないから"かんてい"行きだろう。
まず棍棒について。性能というよりは、普段使っている蛮族棒とどう違うのかの確認だ。交互にセットして、拠点出口付近で素振りをしてみた。
装備して振るってみた感じでは違いは分からない。形状や攻撃力的なものにも大きな差はないと思われる。肝心の精神的な作用については、意識していれば分からない事もないという程度だった。体感的には戦闘状態に入ると顕著になるので、普段はこんなもんだろう。ほぼ確定した事実ではあるが、蛮族棒にはそういった精神高揚効果があるとはっきりした。
見た目に関してはこの際無視するとして、現代人的なチキンである俺はしばらく蛮族の精神補正に頼りたいところなのだが……そろそろ気になるのが、この武器の耐久度だ。数字的なものなのか物理的なものなのかは分からないが、武器が壊れたらカードごとなくなるものである事は以前確認しているから、これもいずれ壊れる物と考えるべきだ。
ここまでさんざんゴブリンの頭蓋骨を叩き続けてる蛮族棒はあちこちに傷が増えている。反動はHPである程度は吸収されているだろうし、そもそも棍棒という無骨な武器である以上簡単に壊れたりはしないだろうが、代わりの武器は用意しておくべきだ。探索中に壊れた時の事を考えるなら、予備武器をフリーゾーンに常時置いておくくらいの事はしておきたい。
続けて、その予備武器の候補となりそうな忌まわしき< ナッツ・クラッシャー >の検証も行ってみるが、これについては分かる事はあまりなかった。
これで殴られたら痛そうとか、そういう月並みな感想は出てくるが、性能として蛮族棒とどれくらいの差があるのかも分からない。金属製かつ棘がある以上、普通に考えるならこちらのほうが上等な武器なのだろうが、装備したら金玉を潰したくなる呪いでもかけられていたら嫌だ。ディディーさんのようにまず自分のを潰してしまいかねない。ただ、予備武器としては最有力候補だろう。睾丸特攻の能力が付いているくらいなら許容範囲だ。あえて狙う気はないが。
これら武器の検証に併せ、< ゴブリンの腰巻き >もセットしていたのだが、これについては微妙と言わざるを得ない。
ゴブリンが装備していた時から思っていた事なのだが、正直肝心な部分を隠し切れていないのだ。ただ腰に布を巻いているだけなのだから当たり前ではあるが、銭湯でハンドタオルを巻いてる状態に近い。
普通に歩いているだけでもチラリズムを発動してしまうし、走ったり、ましてや戦闘などしようものなら丸見えだ。
セクシー過ぎて、もしディディーと再戦する場合でも、防具的な効果は皆無だろう。そりゃないよりはいいだろうが、イクイップの枠を一つ使う意味はないと考えるべきだ。もし、俺の生活が映像で中継されているのだとすればモザイクの面積が減らす事はできるだろうが、そんな事に気を使うつもりはないし。
つまり、よほどの事がなければこいつはマテリアライズして雑巾化する宿命だろう。今後もカードが増える可能性がある事を考えれば更にだ。フリーゾーンを入れておいて、血や汚れなどを拭う手ぬぐいとして使えない事もないだろうが……印象的に使いたくないな、やはり雑巾行きだ。
そして、< ゴブリンキック >については、やはり< パワースラッシュ >同様発動できなかった。
ゴブリンのキックなのだから人間には使えないという事なのか、あるいは別の前提条件があったりするのかもしれないが、現時点での戦力化は不可能という事だ。ちなみに、棍棒や腰巻きをセットした状態でも不発である。格好だけで俺はゴブリンですと誤魔化されてはくれないらしい。
優先度は低いが、これも鑑定待ちだな。使えたところで、ただのキックが戦力になるかと言われたら疑問だが、前提条件の傾向やモンスター用のスキルがある的な確認はできる。
装備類の検証が終わったところでまだまだ時間は余っていたので、レーションの残りを嫌々片付けつつ、カウントが減るのを眺める。
パンツ一枚の男と全身ボディペイントの男から向かい合っているような構図ではあるが、そこに性的な意図は一切存在しない。マネキンのかんていはどこを見ているわけでもないし、俺は数字を見ているだけだ。
そうして鑑定時間が終了し、電子レンジのようなチーンという音とともにカードが排出された。出てきたのは入り口と同じ口だ。もしもケツから出てきたら今後の使用を考えなければいけないところだったが、そこまで悪趣味でもないらしい。
< ゴブリンの秘薬 >
レアリティ:コモン
強化値:-
分類:ノーマル/アイテム/医薬品
効果:服用する事でHPがわずかに回復。若干の傷を治療。ゴブリンが使用する場合は効果がUp!
解説:ゴブリンが夜なべをして作った、回復効果を持つ丸薬。他種族が飲んでも問題ない成分だが、効果は半減する。
回復薬をゴブリン用に特化したものであり、人間があえて使うようなものではない。どちらにしても気休め。
錬金術の材料としても使用可能だが、詳細はより上位の鑑定が必要。
「まあ、そうだろうな」
戻ってきたカードは内容が書き換えられていた。フォーマットそのものが別物に変わっている。
分類はノーマル/アイテムの下に更に小分類が追加され、解説テキストが追加。はっきりと服用時の効果も記述されている。
分からないのは強化値の部分だ。これは強化不可という意味なのか、強化されていないという意味なのかが読み取れない。そもそも強化ってなんだって話であるが、そういうシステムがあるって事なんだろう。アイテムならともかく装備の強化システムならあってもおかしくないとは思っていたから、驚くような話ではない。
< ゴブリンの秘薬 >自体のアイテム的評価としては、気休め程度にフリーゾーンに置いておいてもいいかもしれないという程度だ。とりあえず、俺が飲んでも問題なさそうなのははっきりした。回復手段に乏しい現状なら、検討には値するだろう。
これ自体に期待していたわけではなく、とりあえずのお試しだったので、思っていたよりはいい結果といえる。
問題は次の鑑定対象だ。候補は鑑定時間の変わりそうな別レアリティ、かつ強化値の詳細が分かりそうなもの……有用であれば尚良い。
「……ナッツ・クラッシャーかな」
装備品であれば強化システムのど真ん中だろう。ついでにレアリティもレアだ。変な効果があるかも確認できるから、予備武器として使うための確認作業にもなり、鑑定の検証としても有用といえる。
というわけで、< ナッツ・クラッシャー >を取り出し、かんていの口を開かせて投入……しようとしたのだが。
「あれ?」
投入口が閉じていた。……まさか、使い捨てって事じゃないよな。ただのオブジェとしてなら、こんなもんいらないぞ。
もしやと思い、さきほどまで鑑定に必要な時間をカウントしていた胸部分を見てみれば……。
[ 再鑑定までクールタイム...残り時間:00:58:42 ]
「マジか……」
鑑定の度にクールタイムが必要なのかよ。すげえ面倒臭い。
思わず天を仰ぎ見る。神様への抗議の意味合いもあるが、目に映るのは石の天井だけだ。おお神よ、何故私にこんな不便な試練を与えるのですか。仕様ですね、はい。
これが共通で一時間ならまだいいが、鑑定時間と同じクールタイムが必要というのなら更に面倒だ。もし、鑑定に十二時間かかるようなカードがあれば、それだけで一日が終了してしまう。
一応、ものは試しという事でかんていをベースゾーンから外し、再度セットしてみるが、どうやらクールタイムはセットした状態でないと減らない仕様らしい。つまり、こいつを使うには常にセットしておく必要があるという事になる。……こいつが居座るのか。
「ま、まあ、鑑定するごとに使い捨てよりはいいかな、うん」
最悪ではないと自分を慰める。俺は心に棚を作るのが得意なのだ。蛮族棒も闘争心を装備していない今なら平常心を保てない事もない。
……それはそれとしても、不便過ぎるわ。
改めて今の拠点を見渡してみる。
・場違いなガチャマシン
・大量のトイレットペーパー
・でかいガラパゴスリクイグアナのフィギュア
・全身ボディペイントの青年男性のマネキン
・おっぱい
・パンツ一枚の加賀智弥太郎
……カオスに過ぎた。
トイレは屋内農園だし、布団もテーブルも椅子も、ましてや家電の一つもない。なのに、変なオブジェはたくさん。屋内農園に突っ込んでいない食事のゴミこそあるものの、誰が見てもここが生活空間だとは思わないだろう。せいぜいが倉庫である。
「そろそろ、文明人らしい生活したいな」
餓死する危険はほとんどなくなったものの、もう少しまともな生活空間が欲しかった。
-3-
やるべき事をやったら、次はダンジョン探索である。そう、第二層である。
期待してはいけないのがここの基本ではあるが、新たな層となるとやはり何かしら新しい発見を期待したくなるのが正直なところだ。最低でも第一層と違ってモンスターが過疎化しているという事はないはずだし、元々の目的であるルーチンワークの効率崩壊の対策にはなるはずだ。
実際に見てみない事にははっきりしないが、第二層のモンスター数やドロップの効率が第一層と変わらなくても、最低限の生活はできるだろう。リスポーンの切り替え時期を調整した上で、一層と二層を定期的に切り替えていくだけでも不可能ではないとは思う。神様の目的が見えない状態でそんな向上心も危機感もない生活をするつもりはないが、第二層での狩りを安定させる事が生き抜く上での基準になる事は間違いないだろう。
中継地点への転送が行えない現状ではあるが、階段までの道のりはすでに頭に入っている。遠い事には遠いが、準備運動のようなものと割り切れば散歩のようなものだ。
道中のゴブリンもまったく問題なく処理できるし、注意すべきはフィールドボスの出現くらいだろう。ディディーのせいで警戒を解く事ができないものの、本来ダンジョン探索は油断するものではないので良しとする。……どんな恐怖の権化が出てくるのか分からないから、奇襲だけは受けないようにしないと。
問題はやはり出現するモンスターの数だろうか。気の所為かもしれないが、前回よりも更に減っている気がする。まるで、廃村へと向かう限界集落の最後を見ているようだ。減らしているのは都会への人口流出ではなく、俺なわけだけども。
体感的に一時間半ほど歩き、特に問題もないまま第二層への階段へと辿り着く。長い階段を抜け、前回帰還した中継地点へとやって来てようやくスタートラインだ。
準備運動にいいかと虚勢を張ったが、やっぱり長いな。できればダンジョン切り替え時期までにはここへの転送手段を確保しておきたい。前回は気づかなかったが、この中継地点に入っても第一層へ戻るための上り階段は消えていないから、ここに直接来れるなら両方の層に向かう事ができそうなのだ。これは回数をこなす上でバカにできない違いになる。
また、階段が壁に変わるのは第二層に降りてからというのは、実際に降りてみて確認できた。
「……あんまり変わってない、よな?」
訪れた第二層は、第一層と大した違いはないように感じられた。同じような石造りの迷宮で、直線と直角の曲がり角のみで構成されている単純な構造だ。視界に関してもそのまま薄暗い程度で、灯りがなくても問題はない。
少し歩き回ってはっきりした違いは二つ。
一つ目は、どうもトラップがあるらしいという事。発動のトリガーとなるスイッチの類が見分けられないのだが、壁に何かの穴があったり切れ込みのようなものがあったりするのだ。床に仕掛けられたスイッチなどを踏んでしまわないように注意する必要があるだろう。
そしてもう一つはモンスターだ。見かけたのはまたしてもゴブリンなのだが、一つの部屋に三体いるのを確認できた。相変わらず部屋から出てこないっぽいが、第二層以降は対複数の戦闘になると考えたほうがいいだろう。
「さて、行くか」
一応、事前準備として屈伸をしつつ、タイミングを見計らう。第一層を基準に考えるならゴブリンが多少強化されたところで大した問題はないものの、それでも初の対複数の戦闘である以上、上手く奇襲をかけたい。ここで尻込まない程度には俺も戦闘に慣れてきている。
曲がり角から隙を窺い、こちらに視線を向けていないを確認して……突撃!
「っらぁっ!!」
入り口近くで間抜けにも背後を見せた一体目の脳天を強襲。そのまま叩き割る。感覚的には仕留めたはずだが、確認はあとだ。すぐに残りの二体の位置を確認。
一瞬の間を置き、俺が次の行動に移る段になっても残りの二体は戦闘体勢に入れていない。
ここで、想定外の事態にわずかな躊躇が入る。死角に隠れていて確認できなかったらしい四体目がいた。……面倒な。
三対一は避けたいと、最も近くにいた二体目に向けて蛮族棒を振るう。致命傷を与えたかどうかの判断は難しいが、とりあえず即時の復帰は難しいだろうダメージは通った。
ここでとうとうゴブリンの戦闘態勢が整ってしまった。二体が俺に対して攻撃を開始する。
残り一体であればそのまま押し切るつもりだったが、同時に二体は勘弁願いたいので距離をとるために後ろへと飛び退いた。数を見誤るというミスもあったが、あとはどちらかが動き出したタイミングに合わせてカウンター気味に……。
「うおっ!?」
突然、後ろからの衝撃。慌てて確認すれば、そこには頭から大量の血を噴き出しつつも棍棒を振るうゴブリンの姿。……一体目か。仕留め切れていなかったのか。
「チッ!!」
止まるな。動き続けろ。
再度飛び退きつつ、脳天の割れたゴブリンに追い打ちの一撃を当てる。さすがに戦線離脱だろうが、油断はせずに全体を確認。
好機と見たのか、残り二体が同時に襲いかかってくる。対複数を考えるなら、防御は悪手。だから、二体共巻き込めるような位置で蛮族棒を全力スイング。
「ギッ!?」
たかだか棍棒のリーチで二体まとめて仕留められるとは思っていない。一体に打撃を与え、二体目に向けて吹き飛ばすための一撃だ。
こいつらの体重が人間並であれば不可能だが、幼児並の体重しかないゴブリンであれば巻き込んで攻撃を止めるくらいの事はできる。実際、どちらも仕留める事はできなかったが、一体はほぼ致命傷、もう一体も攻撃を中断させる事ができた。
この二体以外の残党はもういない。仕留め損なっていた一体目も、すでに消えたようだ。あとは、確実に残りを仕留めていくのみ。
「はぁ……はぁ……」
終わってみれば、想定以上に大きく消耗していたのに気付く。ここしばらくの戦闘では息すら切らしていなかったのに。
内容だけみればディディーよりも余程苦戦したといって間違いないだろう。ウインドウを開いて確認すれば、あの不意打ちでHPが10も減少していた。
舐めていたつもりはなかったが、結構ハードだ。俺の戦闘経験の少なさが露呈した戦いといえるだろう。
……だが、戦える。どうしようもないとは思わないし、むしろ戦力的にはまだこちらに分がありそうだ。複数体を相手にするのは確かに骨は折れるが、ゴブリンの強さ自体は第一層と大差なく、連携らしい連携もしてこなった。せいぜいが同時に襲いかかってくるくらいのものである。感覚的には五体くらいなら問題なく対処できそうだ。四体なら次はノーダメージも狙えるだろう。
「……ゴブリンならな」
これが違うモンスターや混成部隊だとかなり厳しいのは目に見えている。しばらくはモンスター種や数の傾向を確認しつつ、対策を立てていくべきだろう。
とはいえ、一度に四体ものドロップはおいしい。多少苦戦しようが、時間効率的には第一層と比較にならない。今回の戦闘でも運良くすべてのゴブリンがカードをドロップ……。
「あれ?」
床を見たら、何故かカードが五枚あった。一体一枚と考えるなら数が合わない。実は五体いて、いつの間にか倒してた? ……いやいや、ないだろう。不意打ちしてきた奴も脳天割れてたし、戦闘中も確認はしていた。
なら、二枚ドロップした奴がいるって事になるのか? それならかなり美味しいんだが。
拾ってみると、< ゴブリンの胴体 >、< ゴブリンの眼球 >、< ゴブリンチケット >、< ゴブリンの右足 >……ドロップ内容は変わらないのか。
そして、五枚目を拾って確認すると……。
「まずっ!?」
カード名は< ルームトラップ >。
明らかに油断していた。トラップなら、どこかのスイッチが起動トリガーになるという既成概念があった。四体で五枚のドロップカードなど怪しい事この上ないのに。
次の瞬間、部屋の床がすべて崩れるのを見た。
落とし穴かっ!?
-4-
[ 第三層到達達成! 実績ボーナスを獲得しました! ガチャマシンにピックアップニュース機能が追加! ]
気がつくと、目の前にそんなメッセージが表示されていた。
「あつつ……」
マジかよ。いきなりそんな悪質な罠仕掛けてくるのか。ドロップアイテムがトラップとか聞いた事ないんだが。……ゲームを基準にしてはいけないんだろうが、さすがに不意打ちだった。
周りを見渡せば、大量の瓦礫。上を見れば、天井が遥か上まで抜けているのが視認できた。第二層の天井は見えるが、これを昇っていくのは厳しいだろう。
「良く、あんなところから落ちて死ななかったな……HPか?」
ウインドウを確認してみれば、やはりHPがクッションになってくれたらしい事が分かった。残量が10を切っている。さきほどの戦闘で、もう一撃でも喰らっていたら危ないレベルのダメージだ。……危ない。
全身に痛みはあるが、目立った外傷はない。捻挫も打撲もないようだ。HP様々だな。
とりあえず、わずかでも回復量が上がる事を期待して座り込んだ。一応、大きな瓦礫に身を隠しつつだ。ここが第二層までと同じなら、モンスターが部屋から出てこない可能性は十分にある。楽観的に考えるのはまずいが、この状態でうろつくのも危険過ぎるのだから、それに期待する。
もしも第三層の仕様として、モンスターが自由に徘徊するなら詰みに近い。それはそれとしてフィールドボスが出てきても詰みだが、とにかく現状でモンスターとエンカウントするのはほぼ死を意味する。ましてやここは未知の第三層だ。どんなモンスターがいて、どんな攻撃手段を持っているかも分からない。第一層から第二層の変化を考えるなら、危険極まる状況である。
状況を考えるなら、万全とはいわずとも、とりあえず戦闘をこなせるくらいにHPを自然回復させておくべきだろう。こういう時、< ゴブリンの秘薬 >があれば多少マシだったかなと思いつつも、どうせ< マテリアライズ >をセットしていないのだから同じ事と諦めた。
幸い、HPがある程度回復するまでモンスターが現れる事はなかった。とりあえず、二層なら問題なく戦闘をこなせるだろうという状況だ。
というわけで、第三層の探索を開始する。目標は帰還だ。第二層の探索もほとんどしてない状態で第三層を攻略できると考えるほど自惚れてはいない。
帰還陣か、上の層への階段なら問題なく帰れる。ボスがいないという前提なら、下への階段でもいいだろう。
問題は道順はおろか自分の位置も一切不明な事。モンスターのいる部屋を一つも通らずに帰還出来る気がしないという事。そしてなにより……。
「……まずいよな、これ」
通路に、如何にもトラップですといわんばかりの目印が見られた。第二層では部屋で確認できただけだったが、ここでは通路にもトラップがあるらしい。
そのすべてが起動するものではないだろう。おそらくほとんどはダミーで、見かけだけのトラップである可能性は高い。何故そう思うのかといえば、第二層でもそうだったし、何より全部起動するなら俺などあっさり死ぬだろうからだ。ただ、それは本物を見分けにくくする迷彩でもあるといえるのだ。
如何にも危ないですよと言わんばかりの通路を避けつつ探索を行うが、行ける範囲ではどの通路も強行突破するには不安になる数のトラップが確認できてしまった。
となると、スイッチなどに気をつけつつ、あるいはダミーである事を期待して進むしかないわけだ。これが第三層のデフォなら、なんらかの罠対策は必須だ。普通に死ぬ。
「……こんな見え見えの造りでも、本物かもしれないって疑う必要があるのはな」
目の前には床全体が発光している通路があった。これを完全に避けるなら、浮くか、走り幅跳びの世界記録を超えるか、壁を伝っていくしかない。壁を伝うにしてもそこにトリガーがない保証もない。
想像以上に第三層はハードだ。これに加えて未知のモンスターがいるとなると、明らかに戦力不足である。
何か分からないかと、床に這いつくばるように発光部分を観察するが、やはり何も分からない。となれば、まだ避けられそうなスペースのある別の通路を……。
と、立ち上がろうとした瞬間だった。
――Action Skill《 悪質タックル 》――
不意に後ろから強烈な衝撃を受け、宙を舞った。
「んなぁっ!?」
完全なる意識外からの攻撃。吹き飛ばされた俺はそのまま発光する通路部分へと転がされた。
顔を上げれば、そこにはまたしてもゴブリンが勝ち誇った顔でこちらを見下ろしている。おそらくはフィールドボス。ゴブリン十六魔将だろう。……おのれ。またしても俺の前に立ちはだかるというのか。いいだろう、相手になってやる。
しかし、反撃に移るために立ち上がろうとした瞬間、ピシリと乾いた音が鳴るのが聞こえてしまった。
「くそっ!!」
また落とし穴かよっ!!
慌ててゴブリンのいるほうへと駆け出すが、間に合わない。踏み込むべき足場がすべて崩れ落ちていく。
落ちる瞬間、ふてぶてしく笑みを浮かべるゴブリンが嘲笑の視線を俺へ向けていた。
[ 第四層到達達成! 実績ボーナスを獲得しました! ユニットカード< フライングバインダー >を獲得! ]
[ フライングバインダー アンコモン ユニット/マシン ]
一度目と違い、二度目の落下は意識を保ったままでいられた。ただし、それが幸いであったかどうかは分からない。
多大な衝撃と共に着地した俺が見たものは……無数のゴブリンの群れ。数えるのも馬鹿らしくなるほどの密度で、落下してきた俺を待ち受けていた。
[ 探索実績達成! モンスターハウスだっ! ユニットゾーン+1! ]
俺は、為す術もなくゴブリンの波に飲み込まれた。
「……おのれ」
一気に四層まで踏破したぞ。(*´∀`*)