一・九話 いつもお前と共に
この異世界では武器を携帯する事や、悪用目的に使用することを禁じられている。無論、それは前世の世界でも同じ事なのだが。
しかし、資格さえあれば、誰でも日常的に武器の所持を許されているのだ。
「主人よ、本当に騎士の資格にするのか?」
「ああ、そのつもりだ」
ベッドに座ったままリアンが聞いてくるので体を前に向けてそう答える。見ると、リアンが少し不満そうな顔をしているが、何故だろう?
資格には「騎士」と「冒険者」の二種類があり、国王や貴族に仕える兵士になる者が騎士の資格、冒険者になりたい者が冒険者の資格を取る。「騎士」は王城で、「冒険者」はギルドで試験を受けられるらしい。
レクアたちも冒険者資格を得るのにギルドで試験を受けたのだろう。
「騎士の試験とは、具体的に何をするのだ?」
「確か、面接官との面接をして、剣術の模擬戦を試験官として認められれば良いらしい」
「ふむ、ここ最近主人が難しそうな本を読んでいたのは、それか」
難しい本って……前世の教本より全然難しく書いて無いぞ。面接に関してはほとんど姉さんに教わっていたし、剣術は小さい頃から父さんに鍛え上げられてきたから問題はない。
「しかし、騎士の資格を狙うのは何故だ? どうせ取るなら冒険者にすればいいのに」
「どうしてだ?」
「無論、冒険者なら多くの魔物と戦えるからな」
「好戦的だな。でも、悪いけど騎士にするよ。お父様からも言われているからな」
父さんが若い頃、家を継ぐまでは騎士として働いていたらしく、オレにも同じ経験をして欲しいそうだ。まあ、騎士と冒険者って、前の世界で言う「公務員」と「フリーター」に近い物だから親としても安定した職について欲しいんだろう。
「オレとしても、危険に飛び込む冒険者より騎士の方が好ましいところだ」
「そんな事を言っても、この間といい今日といい、主人は何かとトラブルに巻き込まれているのだ。今更、危険がどうこう言っても変わりないだろう」
「偶然だよ偶然。とにかく、コレは変えられない」
オレがキッパリ言い切ると「頑固な主人だ」とリアンが両手を上げて首を横に振る。竜の世間にもそんな仕草が有るんだな。
「いよいよ明日……。この日の為に十分に練習もしてきたし、あとはそれを発揮するだけだ」
オレは机に置いていた光百合を窓際に持っていく。夜の光と合わさって綺麗に見えるな、ここに飾っておくか。
「ふむ、主人よ。自信満々に言っているつもりだろうが、少しばかり不安そうだな」
……何で分かったんだ?
ドヤ顔が腹が立つが、確かに心配事が無いと言えば嘘だな。
「まあな、試験自体に不安は無いが……その後の事が少しな」
実は騎士になるよう父さんに言われた時に「騎士の資格を得た後、私が考案しているお前が仕える先を知らせる」とも言い渡さている。
つまり、明日の試験で騎士の資格を得ると、オレはこの屋敷を出る事になる。
恐らく王城とか何処かの貴族の家に勤めに行くことになるだろう。遠い場所に出勤するだけなら未だしも、もしも勤め先で暮らす事を義務付けされている所だったとしたら……。
そうなれば……ルウナと会う事も、難しくなってくるだろう。
「オレが居なくても、ルウナが寂しがらないか、それだけが心配でな」
昔からいつも一緒にいたから、オレがいなくなるとルウナ寂しくて泣いてしまうんじゃないかと、最近はその事が心配で仕方がない。
「まったく、相変わらず主人の頭の中はそれしか無いのか?」
「失礼だな、妹を心配するのは当たり前だろ」
呆れ顔のリアンに指摘していると突然、ドアをノックする音が聞こえた。
こんな遅い時間に誰だ?
ドアを開けると、そこには寝間着姿のルウナがいた。
「どうかしたか、ルウナ?」
「あの、少しお兄様とお話がしたくて。ダメ、ですか……?」
ルウナが不安そうな顔で聞いてくる。ダメな訳ないに決まってるだろ。
「もちろん良いよ。とりあえず中に入れ、廊下は寒いだろ」
ルウナは「はい」と答えて部屋に入って来る。ルウナを椅子に座らせてオレはリアンと同じベッドに座ったのだが、ルウナは椅子から立ち上がりオレの隣に座ってきた。
「お兄様、夕食を終えた後すぐにお部屋に戻られましたけど、何かされていたのですか?」
「うん? まあ、ちょっとな……」
笑みを浮かべてはいるが、無理にしているようで何処か浮かない顔だ。
「どうした、ルウナ。話ってそんな事じゃ無いだろ?」
「……お兄様は」
沈んだ声で言葉を続ける。
「明日、試験に合格して騎士になられたら……家を出て行かれるのですか?」
オレを見上げて聞いてくるルウナの目を見ると、目元に泣いた跡があるのに気付いた。
そうか、ルウナも知っていたのか。
「それは、まだ分からない」
「もう少し、先にしてもよろしいんじゃないですか……?」
「オレが居なくなるのが、嫌か?」
少し意地悪な質問をしたかな?
服を握りしめながら、ルウナはオレの質問に「そんなの……決まっているじゃないですか」と震えた声で答える。
「嫌です……。私は、お兄様と離れてしまうなんて絶対に嫌です!」
見上げてくるルウナの目に涙が溜まっている。こんなに必死に自分の気持ちを言ってくるルウナを見るのは久しぶりかもしれない。
「……ルウナは今でも兄離れが出来ないんだな」
「お兄様と離れるなんて、考えたこともありません……! 私は、ずっとずっと、一緒に居たいです……」
「そうか……。でもな、ルウナ」
ぷるぷると震えて涙を堪えるルウナを、優しく抱き寄せる。
こうして抱いていると、成長してもまだまだ幼い子供に感じて昔と変わらない。
「おにい、さま……?」
「そんな心配をする必要はない。何処にいても、離れ離れになっても、またすぐに会える」
我ながらクサいセリフだな。だけど、たまには良いよな……。
「ルウナが寂しい思いをしたら、必ず会いに行くから。だから、心配するな」
「うぅ……。お兄様……おにぃさま……!」
胸の中で静かに泣き続けるルウナを、オレはギュッと強く抱き締める。
……兄離れ出来てないと言ったが、兄妹離れが出来ていないのは、オレの方かもしれないな。
気付けばオレの頬にも涙が流れていた。
「……約束ですよ、お兄様。いつでも、側にいてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
「なら、もう私は泣きません。明日の試験、頑張ってください! 私、応援していますから」
「ありがとうな、ルウナ。オレもその期待に応えてみせるよ」
「はい!」
涙を拭い、いつもの笑顔で元気に振る舞う。オレもルウナと話をして気分が晴れたようだ。
やっぱり泣いてる顔より、笑っている方がお前らしいよ。
「それでは、夜も遅いですしもう寝ましょう」
「そうだな。……うん?」
そう言うとルウナはそのままオレのベッドに潜り込み横になる。
どうやら完全にルウナは甘えたい気分になっているようで、とても良い顔をしている。
「ワシももう寝るぞ主人よ」
いつの間にかリアンもベッドに入り込むとすぐに眠ってしまった。っと言うか、さっきまでリアンの存在を忘れて完璧に二人の世界に入ってた事に今気付いた。反省します。
それにしても、二人してベッドの両端を占拠するとは。
「おいおい、二人が両端で寝たらオレは何処に入れば良いんだ?」
「ふふっ、なら真ん中に来てください、お兄様」
ルウナが嬉しそうに誘ってくる。三人で寝るにはベッドが小さいが、まあ良いか。
ベッドに入るとルウナが腕に抱き付いて来るが、今日は良いだろう。ルウナにおやすみと告げて目を閉じる。
……しかし、やはりルウナも成長しているようだ。何処がとは言うまい。まあ、妹だから気にしないでいよう。
オレたちは小さいベッドに密着するようにしながら眠りについた。
「おやすみなさい、お兄様。大好きです」
翌日、支度を終えたオレは玄関に向かうと、既にみんなが集まって待っていてくれた。
父さんと母さんが温かい目で声援を掛ける。父さんも母さんも心配性だな。両親のその優しい気持ちに、応えられる様にしなくては。
「準備はもう済んだ? グレン」
「ああ、大丈夫だよ」
姉さんがいつもの笑顔でオレに声をかけてきた。
「いいこと、グレン? 結果に囚われないで、あなたはあなたの全力で挑みなさい」
「そうだね、姉さんに教えてもらったことを最大限に活かしてみせるよ」
「ええ、その意気で頑張って来なさい」
姉さんに言われると何故か安心する。「姉の力」と言うやつかな。
「お兄様」
声の方向に振り向くと、そこには昨日の暗い顔が一切無い、可憐な微笑みをするルウナがいた。
「どうか、頑張ってきてくださいね」
「ありがとう、ルウナ。よしっ、行くぞリアン」
「ふむ」
「行ってらっしゃいませ、お兄様!」
「ああ、行ってきます!」
オレはルウナに見送られながら、王都に向かった。
「ここが王城か?」
「ああ、やっぱり遠くから見るより近くで見た方がより大きいな」
城の前に着いたオレたちは、屋敷よりも巨大な王城を見上げる。
資料としてネットで見た事はあるが実物を見るのは初めてだ。やはり実際に見るとスケールが違うな。
「お待たせしました。試験場に案内するので付いて来てください」
城の門番さんに話を通して来てもらった案内人に付いて行き城の内に入れてもらう。
一階に有る試験場に向かう道中に思ったが、広さも然る事ながら、一階だけで部屋の数も幾つもあって案内が無かったら迷子になりそうな所だ。
歩くこと数分、遂に試験場の部屋の前に着いた。
いよいよ試験が始まる。
泣くほど離れ離れになるのが嫌なグレンたち兄妹ですが、どうか優しく見守ってやって下さい。