一・七話 主人公? いいえ、イケメンです
サブタイトルはグレンくんの事ではありません。
みんなと食べ始めてから小一時間程たった。
この世界のお酒は、前世のよりもアルコール度数が低いのか子供でも飲みやすく、若干の甘みもある。
これはこれで美味いが、少し物足りない感がある。仕事終わりの一杯には、やはりほろ酔いになるくらいがいいな。
「あははっ! にいちゃん、もっと飲んで飲んで。今日は私たちの奢りなんだからさ!」
「あ、ああ、もちろん飲んでるよ。ていうか、大丈夫か……?」
「キキちゃん、少し飲みすぎじゃあ……」
キキはエールが好きなのか早いペースでグイグイと飲んではおかわりをして、現在は六杯目を手に持っている。このお酒でよくそこまで酔えるものだ。
「まったく、いつも飲み過ぎるんだから」
キキからコップを取り上げたレクアは、店員さんに水を注文する。キキは「ちぇ〜」と言いながら運ばれた水を飲んで、少しは大人しくなった。
「いつもこんな感じなのか?」
「そうですね、もうキキちゃんの介抱は慣れっこですね」
こくりこくりと、眠りそうなキキをレクアが起こすやりとりを見ながら、ミヤは笑顔でそう答えた。
「本当に仲が良いんだな、三人は」
「はい。私が冒険者になった日に、二人が声をかけてくれたんです。当時、私には知り合いがいなくて心細かったんですが、レクアちゃんとキキちゃんが私をパーティーに入れてくれて仲良くしてくれました。今では大切な友達――いえ、仲間です」
「そうか、良い奴らに出会えて良かったな。まあ、ちょっと個性が強いかもだけど」
子供っぽく明るい性格のキキに真面目な保護者気質のレクア。一見、正反対に見えて、二人の相性は実に良さそうだ。
オレたちの話し声に二人はキョトンとした顔で振り向く。その二人を見たミヤは笑って、「そうかもですね」と嬉しそうにそう言った。
「ところで、結局あの大きな甲兜犀を含めて、依頼の報酬ってどうなったんだ?」
「それがですね、元々の依頼の報酬自体には変わりは無かったのですが、巨体甲兜犀の素材が高値で買い取っていただけて、報酬と合計で二五〇ティラになりました」
半分にしても一〇〇ティラ以上か、確かにあの硬い甲羅は武器とか鎧に使えそうだからな。リアンの鱗を破壊した巨大な角なんかは、中々いい大剣とかになるんじゃないか?
「ギルドの人たちも、あの巨体な甲兜犀には驚いていたようでした」
「あんな大物を、新人の私たちが持ってきたって事も驚きの要因だと思いますが」
硬貨の入った袋を手に取った二人は随分とご満悦の様子。どうやらレクアたちは今回が初成功で、それまでは失敗続きだったらしい。
初めての給料は誰でも嬉しいものだよな。オレも働いて初給料をもらった時はテンションが上がったものだ。
だけど、今回の食費を引いてさらに三等分となると、一人分の報酬がだいぶ減るんじゃないか?
少し出してやっても良いんだが、やはりこういう時は、相手の気持ちを汲んで出さない方がいいだろう。
だからせめて、隣で大量に料理を頬張っているリアンが、これ以上おかわりしないように見張っておかなければ……。
キキに勧められるままに食べ物のおかわりを(量は控えて)しながら食べていると、いつの間にか店内が随分と賑やかになっていた。
見渡せば、防具を纏い武器を下げている幾つかの男女の団体で店内がいっぱいになっている。
「随分と人が増えたな。ほとんど団体客みたいだけど」
「本当ですね、お兄様。レクアさん、今日は何かお祝い事でも?」
「いえ、今くらいだと、いつもこんな感じに冒険者たちが来て食事をしていくんです」
レクアが言うには、この人たち全員が三人と同じ冒険者らしい。
若い筋肉質な人もいれば、髭を生やしたお爺さんもいる。中には、踊り子なのではないかと思うような、とても戦う格好には見えない装備をした美女がいる。色んな人がいるな。
隣が冒険者ギルドという事もあって、この「憩いの園」は冒険者たちの行きつけの場所になっているそうだ。
「ここは毎日が宴の様に盛り上がるよ」
キキの言うとおり、みんながみんな、お酒を大量注文しては何度も乾杯をして賑わい、本当にお祭り騒ぎになっている。
「私たちも負けられないよ! まだまだ飲もっ!」
「はあ、目を離した隙にまた飲んでる……。お酒を飲むのに何を張り合っているの?」
「良いじゃん、レクアの分も頼むからさ。にいちゃんたちもおかわりするでしょ?」
「あ、ああ、頼むよ」
キキは「ほいほーい」を陽気に返し注文をすると、瞬く間に運んできた。
本当に持ってくるのが速いな。
「はいよっ! エール五つにアップルジュース一つね」
ん? アップルジュース?
「ミヤはお酒じゃなくてジュースで良いのか?」
「はい。実は私、まだお酒が飲めないんです。二人はもう一五なんですが、私は一つ年下なので」
聞けば、最初に飲んでいたのもお酒では無くジュースだったらしい。
「そうなんだ。来年?」
「いえ、三か月後に誕生日を迎えます」
「そうか。なら三人で一緒に飲むのが楽しみだろうな」
「はい!」
オレが何気無い話をミヤとしていると、急に腕を引かれて柔らかい感触が包み込んでくる。
「もぉ〜う……おにぃさま、ルウナのことも構ってくださいよぉ〜!」
「おいおい、急にどうしたルウナ。酔ったのか?」
いつぞやの朝の時の様に、ルウナがオレの腕に抱き付いてきていた。
気のせいか顔が赤いぞ?
「別に酔ってなんかいません! ……うふふっ、おにぃさま大好きですぅ!」
うん、完全に酔ってるな。そんなお前も可愛いぞ?
……なんて思ってる場合じゃないな。さっきまでは平気そうだったのに、急に呂律まで回らなくなっている。エールくらいなら、普段は酔わないのにおかしいな?
オレはルウナに配られたお酒を一口頂いた。あ、原因はこれだ。
中身はウイスキーのような、エールよりも強いお酒になっている。多分、店員さんが間違えたんだろう。
「おにぃさま! おにぃさま!」
「はいはい、ルウナはいい子、いい子」
酔って甘えてくるルウナを、頭を撫でてあやしてやる。しばらく甘やかしていると、次第にうとうとしだしたルウナは、そのまま机の上で寝てしまった。甘えたり寝たりと忙しい妹だよ。
このまましばらく寝かせるか。
オレは羽織っていた上着を脱いでルウナにかけてやった。
「グレンさんは本当に、ルウナさんが大切なんですね」
レクアの問いかけにオレは頷いて答えた。ルウナはオレの、可愛い妹だからな。
「なんだぁ兄ちゃん、女の子に囲まれて随分と楽しそうじゃねぇの」
唐突にオレたちの机に、怖顔の大柄な男性がお酒を片手に近づいてきた。
うわぁ、ベタな荒くれ者っぽいのが来たよ……。この人も冒険者か?
「おっ? なんだ、レクアちゃんたちじゃねぇか。聞いたぜ、初の依頼達成をしたんだってな」
「はい……」
怖顔男はレクアたちに気づくなり、ニヤニヤと笑みを浮かべて話しかけている。なんだ、面識はあるのか?
でも三人のあの嫌そうな顔、この人が苦手なのだろう。
「良かったじゃねぇか。なら、今日は俺たちと一緒に祝おうぜ! なんだったら奢ってやってもいいしよ!」
「い、いえ、今日はこの方達と食事をしているので、ご遠慮します」
その一言で再びターゲットがオレに帰ってきた。
なんかガン飛ばしてくるけど、なんだ嫉妬か? もしかしてロリコン?
「こいつとねぇ、ふ〜ん。うん? おっ! なんだ兄ちゃん、この三人だけじゃなくこんなスゲェー美少女まで独り占めかぁ?」
怖顔男の視線が、眠っているルウナに向けられる。顔を伏せていてもルウナが美人だと気付いたらしい。
怖顔男がすごい下品な顔つきになっていく。
こいつ、まさか……。
「美少女五人もいるんだから、一人くらい俺にくれよ」
こいつの手が、眠っているルウナの肩を掴もうと伸びてくる――直前、オレがその手を掴んで阻止する。
「あぁ?」
「……すまないが、他所を当たってくれないか? この子、今眠っているから」
「別に起こしたって良いじゃねぇか。心配しなくても、この子を悪いようにはしねぇよ」
コイツがさらに不適で気味の悪い笑みを浮かべて、そうほざく。
それを聞いたオレの腕にさらに力が入り、コイツの手を締め付ける。
っざけるな――。
「この子に、触れるな……!」
殺意の込もった目で睨みそう言うと、コイツが一瞬ビクッとしたのが手に伝わる。こんな奴に、汚い手でルウナに触れさせない。
「な、何しやがる、このガキィ!」
コイツは掴まれていない方の手でオレに殴りかかろうとした。咄嗟に身構えたが、その拳を横から伸びた手が防ぎ、コイツを反対側の席へと押し飛ばした。
「ワシの主人に、何をするつもりだ?」
オレを守ってくれたのはリアンだった。
「ありがとうリアン。助かった」
「ふむ、別に礼などいいぞ。それにしても……当のルウナはまだ寝ているのか?」
机に伏せたまま動かず、ルウナは眠っているようだ。逆に眠ってくれている方が良い。ルウナに怖い思いはさせたく無いからな。
「くっそっ、ナメた真似しやがって!」
起き上がった怖顔男は、見て分かるように完全に激怒して、腰に下げた剣に手を伸ばした。
どうやら本気でやるらしい。トラブルは避けたかったが、ルウナに手を出す奴を許す気はない。
オレはルウナの前に立って構える。
「ワシがやる。こんな者、すぐに外に放り投げてやる」
そう言い、リアンは戦闘態勢を取りオレの前に立つ。
怖顔男が剣を抜いて構えた――その時、オレとコイツの間に一人の男性が「待った」と止めに入った。
「剣を収めろ。相手は一般人だぞ」
怖顔男にそう告げたのは、二〇代成り立ての若い男の人で、軽装の鎧を着ている。濃い青色のマントを羽織り、腰には直剣を携える。長身で、鎧の合間に見える体は鍛え上げられており、そして――イケメン。
落ち着いた表情をした、すっごいイケメンだ。
「なんで邪魔するんだよリーダー! 俺はコイツに屈辱を受けたんだ、ただじゃおかねぇ!」
「経緯は見ていた。酔って絡んでいったお前が悪い。その剣も早くしまえ」
リーダーと呼ばれた男性の指示に、怖顔男は渋々と従い剣をしまい、元の席に戻っていた。
「すまない。仲間が迷惑をかけた、怪我はないか?」
「あ、いや、大丈夫だ。こっちこそ突き飛ばしたりして悪かった」
……正直、ルウナに手を出そうとしたあの男を許す気なんてサラサラないが、社交辞令でこっちも謝っておく。
「騒がせたお詫びに、ここに居るみんなに酒を奢らせてくれ」
謝罪を終えると、男性は店員さんに客全員に一杯ずつ酒を注文をした。みんなからの歓声を受けながら、男性は仲間たちの元に戻っていく。
怖顔男とはパーティー仲間のようで、リーダーの男性は席に着くと怖顔男の頭にげんこつを落としていた。
しかし、オレでも分かるくらい、あの男性はイケメンだったな。何処かのゲームの主人公なんじゃないか?
そんな事を思いながらオレも席に戻り、騒がせてしまった事をレクアたちに謝る。
「ごめん、場の空気悪くして。それにさっきの人、知り合いだったんだろ?」
「い、いえいえ、全然気にしなくても大丈夫ですよ!」
「そーそー。だいたいあのおっさん、事あるごとに私たちに話しかけてきてうるさかったんだよねー」
「それになんか、目が怖かったですよね、あの人」
「そうか、そういう事なら。リアンも、さっきは助かった。ありがとうな」
「ふむ、気にするな。当たり前のことだ」
リアンの頭をポンポンと撫でながらオレは感謝を伝えた。
その後、オレたちは再び飲み直し、三〇分程して店を出て解散することにした。
「お会計は既に済んでおります」
「……えっ!?」
店員さんに聞くと、あのイケメンさんがお詫びにと代わりに払ってくれていたらしい。やる事もイケメンだった……。
ミヤたちはこの後、二次会に行くらしく誘われたが、ルウナが風邪を引くといけないし、オレたちはここで帰ると断った。
結局、ルウナは眠ったきり起きなかったので、オレがおんぶして帰ることにした。飲酒運転ならぬ、飲酒乗馬は危険そうなので、帰りは人気の無い所からリアンに乗せてもらうことする。もちろん、乗ってきた馬も一緒に連れて。
別れ際、レクアが最後に「今日は本当に、ありがとうございました」と、酔いで赤くなった顔で言われた時は少しドキッとしてしまった。
酔っている時の女性の魅力に、大人も子供も無いと思う……かも。
怖顔男のあつかいが雑なのはモブだからです。イケメンリーダーも同様の理由で出番が少なくなっています。
恐らくまた何処かで出てくるかも?