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三・十七話 冒険者グレン、蜘蛛の罠

「…………はぁ」

「さっきからうるせぇな。ため息ばっか()いてっと幸せが逃げるぜ?」

「そんな言葉よく知ってますね……。って言うか! 誰のせいですか、誰の!」


 オレは剣ごと()()()()()()身動きが取れない右腕とは反対の腕で、キララさんにゲンコツを向ける。人ひとり分離れているから届く訳がないが……。


「んだぁエロガキ、ケンカ売ってんのか!? 買ってやるよ、掛かってこいよ!」

「売りたくても届かないんですよ! 出前不可なんです!」


 オレは古いテレビアニメみたいにそう怒りながら腕をブンブン振り回す。

 ……実際に殴り合いになったらまず勝てる気が微塵(みじん)も起きないけど。


「だあぁぁ〜! クッソ! この体中に纏わりついてる蜘蛛の糸、何とかならねぇのか!?」

「そう言ってジタバタ暴れて自分から糸に絡まりに行っている内は、どうにもならないと思いますよ……」


 図星を突かれたからか、はたまたただ単にカチンときたのか、マシンガンの様にキララさんから怒鳴り声が降り注ぐ。


 とはいえ、本当に身動きが取れない。


「リアンが居れば火をひと吹きで糸を焼き切れたかもだけど。……いや、その時はオレたちまで丸焦げかもな」


 とりあえず今この場での唯一の救いは、糸で動けなくなる前にこの場にいる蜘蛛たちを全滅していて、今のところ襲ってくる敵が居なくて助かっている事だ。


「ぐっ、何とか……こっちの動ける手で剣をっ……! ふぬぉぉ〜!?」


 隣でキララさんが女性らしからぬ唸り声を上げながら、足元に落ちてある巨大鉈へと手を伸ばしている――つもりなのだろうけど、ガチガチに拘束されていて一センチも伸びていない。


「はぁ……もう大分経つな。リアン――あとついでにキルベスト、たちは大丈夫か?」


 窓代わりの壁穴から、もうすぐ夜だと告げるオレンジ色の夕日が差している。

 この古城に入ってからもう半日経つのか。


「――ふぐぐっ……はぁはぁ、ダメだ、あとちっとで掴めんのに!」

「いや、ですからどう考えても届くわけ――」



 カサ……。



 カサカサ……。



「っ…………?!」


 聞き覚えのある小さな物音。

 それが聞こえた瞬間、オレとキララさんは一瞬で黙り、この場に嫌な緊張が走る。


「……エロガキ」

「分かってます……。いつか来るとは予想してましたけど、遂に来ましたよ。()()()()()が……!」


 窓から差す夕日が切れると同時にその窓穴から、上下の階段から、この通路の奥から、一〇や二〇を超える大小の紫針蜘蛛(スパイラダー)の大群がこっちに向かってくる。


「来やがったぞ……! わざわざ身動きが取れない相手に大所帯(おおじょたい)で!?」

「ご丁寧に墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーも数体助っ人に混ざっているし、オレたち凄く歓迎されてますよ……」

「言ってる場合かよ! クッソ、武器もまだ取れてねぇってのに……!? おいエロガキ、テメェもぼさっとしてねぇでとっとと武器取りやがれ!」

「取ってはいるんですけどね、腕を完全に固定されて動かせないんですよ……!」


 もちろん何とか動かせないかとさっきからずっと腕に力を込めているが、全くビクともしない。


 キララさんも手だけでなく足で床の巨大鉈に届かないかとバタバタさせているが、その両足とも明後日の方に糸で拘束されて惜しくも何ともない。


 その間も徐々に蜘蛛たちが接近してきている。


「っ……リーダー達は何やってんだよっ!」

「反対方向に別れたんですから期待は難しいと思いますよ……」

「何でテメェはそんな落ち着いてんだよ!?」

「いえ……」


 別に落ち着いている訳でも、余裕がある訳でもない。



 ――ただ。



「ただ……オレがピンチの時はリアンがいつも助けてくれたから。だから……」

「そんな都合のいい事が起きるかよ……」

「分かってます。でも――」


 リアンならきっと来てくれる……何の確証も無いのにそう思うのは、リアンがオレの使い魔(あいぼう)だからかな……。


 もうそこまで迫ってきた蜘蛛たち。


 キララさんは最後まで拘束から脱出しようとしている中、オレはただ目を閉じて神頼み……いや、リアン頼みをする。



 ――――リアンっ。



 ダダンッ! ズザザンッ! ドトッ、ドッ……。


 キララさんの声とも蜘蛛たちの足音とも違う、突然聞こえてきたその物音に目を開けて音がした方へオレは目を向けた。


 沢山の蜘蛛たちで通路の奥が見えないが、奥で蜘蛛が悲鳴の様な鳴き声を上げて、宙を舞うホコリの様に天井や壁に吹き飛んでいく。


「あれって……」

「やっぱり、信じてたぞリアン!」


 しかし……助けてもらっておいてなんだが、投げ飛ばされていく蜘蛛たちが血飛沫(ちしぶき)をあげていたり、バラバラになった蜘蛛が宙で花火みたいになっていたりと、中々のグロテスク光景を広げるのは何とかならないものか……。


 だがそれに怯む気配も無く、階段や窓穴から迫ってきていた蜘蛛たちも通路奥のリアンに方向転換して向かっていく。

 蜘蛛が蜘蛛の上によじ登って前へ前へ進んでいき、もはやオレたち側から見たら壁が出来上がっていく。


 その光景から約一時間くらい変わらなかったが、尚もリアンの攻撃音は止まなかった。


 そして――ドォンッ! っと衝撃と共に蜘蛛の壁が勢いよく粉々に吹き飛び、今度こそこの場の蜘蛛たちは一体も居なくなった。



「はぁ〜、助かった。ありがとうな、リア――」

「よぉ、生きてっかキララ、グレン?」


 蜘蛛たちの残骸を蹴飛ばしながらその姿を見せたのは、ダークレッド髪の少女リアン――では無く、ムカつく顔をして槍を携えたキルベスト、だった……。


「――って、お前かよ?!」

「あぁ? 助けてもらっといて何か文句あんのかぁ?」

「おせぇよ、リーダー。まぁそんなピンチでも無かったけどな」

「よく言うぜ、キララ。そんな冷や汗だらけにさせといて」


 オレたちを拘束している糸を切りながら会話を交わすキルベストとキララさん。

 ……まあ、助けられたのは確かだし、感謝は……一応している。


「はあ、言わないといけないか……」


 嫌々ながら礼を言おうとキルベストに顔を向ける。


 ――ビックリするくらい、凄いドヤ顔をしていた。


「あっ、やっぱりお前にお礼を言うのだけは絶対ヤダ」

「グレン、テメェそれが命の恩人に面と向かって言うことかぁ!?」

「だったら礼を言いたくなるような表情してろよ!」


 オレとキルベストの言い合いはそのまま続き、キララさんはもとから期待していなかったがそれを止める相手もおらず、一〜二〇分経ってからようやく探索を再開した。


 キルベストに三発程殴られて、オレのは見事に()わされて少し泣きそうになりながら……。




「はあぁ!? あんな短時間でもう反対側ほぼ調べ尽くしたのか?」

「当たり前だろ。冒険者ってのは、ジンソク(迅速)さって言うのも大事なんだよ」


 ……微妙に言えていない気がする。


 今オレたちは拘束されていた階の通路の先、キルベストがやって来た道を逆向きに進んでいる。


「それでリーダー、ガジェンダーとボルトはどうしたんだ?」

「そもそも、探索が完了したなら一階のあの広場に集合する筈じゃなかったか?」

「ああ、集合場所に行く前にこの階だけでも先に見ちまおうと思ってガジェンダー達と見回ってたんだが、あの蜘蛛の大群の移動を見かけて急いで追いかけてきたんだ」

「それでガジェンダーさんとボルトと逸れたと……。ガジェンダーさんはともかく、大事な相棒のボルトを置いて来てどうするんだよ」


 呆れたオレのツッコミに、キルベストからの裏拳が飛んできたが今度はギリギリ避けることに成功し、頬を掠めるくらいで済んだ。


「チッ……。ボルトもガジェンダーも強ぇんだ。俺が側に居なくても何の問題もねぇよ」

「かっこいい事言う前に舌打ちしやがったな。はぁ、それでガジェンダーさんたちと別れたのはこの先なのか?」

「ああ、多分な」

「当てにならない案内だ……」

「おっ、あそこに居んのはガジェンダーにボルトじゃねぇか。おーい!」


 キララさんが通路の先に見える人影に手を振る。

 だから視力が良すぎないか、この人たち。


 ようやくオレでも確認できるくらい近づいて無事に合流する事が出来た。


「ギシャー!」

「痛てて、ボルト、甘噛みがちと強ぇって」

「置いて行かれて怒ってるんじゃないか?」

「キル、俺もボルトも置いて先に行くなよ。一人で突っ走って何かあったらどうするんだ?」

「悪りぃな、ガジェンダー。思わず体が動いちまってよ」

「まったく……」


 保護者の様にキルベストに説教するガジェンダーさん。

 これで無事にボルトやガジェンダーさんとも合流出来た。


 あとは……。


「キルベスト、ガジェンダーさん、リアンを見ていないですか?」

「あ? 見てねぇよ」

「逸れたのか?」

「はい……途中で墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの群に追われて、逃げているうちに別れたんです」

「ん〜、俺達の方には来てねぇから、こっち側のこの上の階か、外にでも出ちまったんじゃねぇか?」


 そう言ってキルベストが親指で上と外を指す。


「シャー」

「うん? 何だボルト。元気づけてくれているのか? 分かってるよ、リアンは一人でも大丈夫だって」


 オレの頬を舌で舐めてくるボルト。主人と違ってなんて優しい子なんだろう。


「ここで立ち止まってても仕方ねぇ。残った上の階に行くぞ。そのうちリアンも見つかるだろ」


 キルベストの号令でオレたちは上の階を目指した。




「――ぃしょっと! これで全部か?」

「だな、地図だとここで終わりだ」


 野球の素振りでもしているかの(ごと)く、軽いスイングで最後の墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーを斬り飛ばすキルベスト。

 そしてガジェンダーさんがキルベストの質問に地図を広げて答える。


 ちなみにこの地図はキルベストたちが探索した所に資料室があり、そこから拝借(はいしゃく)してきたらしい。


「ここにもリアンは居なかったか。外まで出て墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーを倒しているのか?」

「仕方ねぇな。じゃあ後で外も探すとするか、エロガキ」

「そうですね。リアンの事だから今頃、小腹を空かせて古城の周りをウロウロしているかも」


 そう言ってみたが、やはりどうしても気になる。

 早くリアンと合流しないと……。


「――痛っ! えっ!?」


 キララさんが後ろから急に肩パンチをしてきた。


「ふん。つまらねぇ話してんじゃねぇよ」


 いつも通りの強い口調だが、その表情はいつもの意地悪な感じじゃない真剣な顔。


 キララさんなりに気を遣ってくれたのかな。


「……ありがとうございます」

「あぁ? 殴られてお礼とか、気持ち悪っ」

「おい、二人で(じゃ)れ合ってねぇで、まだ見てないこの部屋に入るぞ」


 キルベストがそう言って最後に残った探索していない部屋へ入っていき、オレとキララさんも後に続く。


 ここは小部屋っぽく、机や本棚がある程度でほとんど何も無い。


「特に何もなさそうですね。結局依頼にあったのって、あの蜘蛛たちの事だったのかな?」

「かもしれないな。ここまで見て回って、他に何も居なかったんだ」

「はぁあ、やっと終わったか。ならさっさとリアンを探して帰ろーぜ」


 オレたちがそう話している間、ふと見てみるとキルベストが机の上にあったらしい本を手に取って読んでいた。


「何かあったのか、キルベスト?」


 オレの問い掛けも無視し、キルベストはただ真剣な顔で本を読んでいる。

 横から少し覗き込んでみたが、大分汚い字で書かれていてよく読めない。


 しばらくして読み終わったキルベストが本を閉じる。


「珍しく熱心に読んでたじゃねぇか、リーダー。何か面白い事でも書いてあったのか?」

「あっ? あー、いいや。特に何もねぇ。誰かが書いてた日記だったわ」

「なんだ、つまんねぇの」

「これで終わりなら早く出てリアンを探したんだけど」

「分かったわかった、行くぞ」


 本を机の上に戻してキルベストがこの部屋のドアに手をかけた瞬間、ボルトが唸りだし、外に向けて威嚇しだした。


「どうした、ボルト!?」

「ギシャー!」

「……まだ蜘蛛共が残ってたか。お前ら、出たら直ぐに武器を構えろ」


 言うや否やキルベストがドアをバァンと開け直ぐに廊下に飛び出した。


「あ? 何だ一体だけか」


 オレたちも続いて廊下に出ると、一体の紫針蜘蛛(スパイラダー)が待ち構えており、オレたちに気づくなり直ぐ側の部屋へと逃げていく。


「はっ! 逃すかよ!」

「待てって、リーダー! アタシにやらせろ!」

「二人とも早まるな!」

「ギシャー!」


 キルベストにキララさん、それにガジェンダーさんやボルトまで紫針蜘蛛(スパイラダー)が逃げた部屋へと走っていく。


「えっ、ちょっと待って下さいよ!」


 オレも急ぎ後に続いてその部屋へ入っていく。

 どうせ既にキルベストかキララさんにやられているだろうが、オレまで逸れてはいけないしな。


 そう思い部屋に飛び込んでいくと、そんなに広く無い部屋の真ん中で三人とボルトが固まっており、勢いよく入ってしまったオレはみんなに突っ込んでしまい、全員が倒れてしまった。


「痛たっ……もう、こんな所で固まってどうしたんですか……」

「っ、バカガキが! 周りをよく見やがれ!」


 キララさんの罵声に頭だけ起こして部屋を見てみると、狭い部屋でオレたちを囲うように墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーたちが並んでいた。


「なっ!」


 そう認識した瞬間、墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーたちが一斉に部屋の床に牙と爪を突き刺す。


 ガガガッ!


 ――ドコンッ!!!


 円を描くように墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーたちが床に穴を開けると、その沢山の小さな穴が亀裂で繋がっていき、オレたちの乗っている床が切り離されてずれ下がった。


「チッ……!?」

「クッソっが!」

「しまった、罠だったのか……!」

「やばい……!?」

「ギシャーーー!!」


 次の瞬間、オレたちは落ちていく床と一緒に重力に従って落下していく。


「――っ!? ここも!?」


 そのまま下の階の部屋に落ちるのかと思ったら、この下の部屋にも蜘蛛たちが居て同じように床に穴を開けていた。


 その下の部屋も、さらにその下も、何故か同じ様に穴を開けておりオレたちをずっと下へ落としていく。


 気づけば一階の部屋よりも下に落とされており、真っ暗な空間の中、尚もオレたちは落下していく。


「どっ、何処まで落ちて……ぐがっ――!?」


 途中頭に何かが打つかり、その衝撃でオレは落ちていく感覚の中で気を失った。



 ――次にオレが目を覚ました時に、強敵(バケモノ)が待ち構えているとも知らず。

今年最後の投稿になります。

来年もどうぞよろしくお願いします。

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