一・六話 祝勝会に乾杯を
「あの……」
いつの間にか馬車から降りていた緑ポニテの子が、様子を伺う様に声をかけてきた。
ルウナが泣き止むまでのつもりが、泣き止んだ後もずっと撫でていたらしい。無意識ってこわいね。
「ほら、ルウナ、そろそろ離れろ」
オレはうっとり顔でくっついているルウナを剥がして立ち上がる。緑ポニテの子がオレに何か言おうとしたが、途端に後ろを振り返り、他の二人がまだ馬車に乗っているのを見る。
「何してるの! 二人も早く来なさい!」
緑ポニテのお叱りに二人は「は、はい!?」と声を揃えて馬車から降りると、慌てて緑ポニテの元に来た。
「その……魔物から危ないところを救っていただき、ありがとうございました!」
感謝の言葉と共に深々と三人は頭を下げた。
……正直、こう感謝されると心苦しい。結果的に助けたが、最初は三人を見捨てようとした手前、どう言えばいいものか。
ああ、やめて。そんな目で「あなたは命の恩人です」なんて言わないでぇ……。
「あ、頭を上げてくれ。礼なら、『君たちを助けて』とお願いした、妹に言ってくれ」
「そ、そんな、私はなにも!」
「もちろん、妹さまも、ありがとうございます」
「あっ、やっ、やめてください!」
顔を真っ赤にして手をあたふたと動かすルウナに、思わず笑ってしまった。なにこの可愛い生き物。
その反応を見て、三人も笑みを浮かべている。場が和んだところで、オレは三人に話を聞いてみた。
「君たち、冒険者だよね。一体何があったんだ?」
「あ、はい、その通りです。あの、私たちいつも三人パーティーで行動していて、今回、魔物の討伐を受けてきたんですが……」
帽子を被ったピンク髪の少女曰く、温厚な魔物である甲兜犀五匹の討伐依頼を受け深緑の森にやってきて、四匹まで討伐したまでは良かったのだが、残り一匹を追い詰めた時、急に巨大化して凶暴になり襲われたらしい。
「あまりにも強力で、私たちはもう討伐を諦めて無我夢中で逃げてました」
「そして逃げた先で、君たちをオレたちが見つけたってわけか」
最後の一匹が〈凶強〉を使える魔物だったとは、この子達も不運なものだ。
「なので、本当に助かりました。ありがとうございました」
ピンク髪の子が改めて礼を言ってくるので「別にいいよ」と返すと、ニコッと微笑む。可愛いらしい表情だな。
それにしてもこの子……何処かで見たような気もするんだが、気のせいかな?
……うん? 何か視線を感じる。
ふと視線を横にずらすと、ルウナがこっちを見て少し膨れっ面になっていた。
もちろん、お前の方が何十倍も可愛いよ。
「ねえー! ちょっと良い!!」
大声のした方向に顔を向けると、赤毛短髪の子がいつのまにかこの場から移動して、倒した甲兜犀の所にいた。
「さっき倒した四匹と一緒に、このデッカいのも街のギルドに持っていきたいんだけど、にいちゃんの使い魔に運んでもらえないかなー?」
「あのバカ……」
緑ポニテが溜息を吐きながら「少し失礼します」と言って、赤毛の子の元へ怒って向かっていく。距離はそんなに離れていないので、会話は聞こえてくる。
「あなた何バカなこと言ってるの!」
「ええー、だってこんなに大きいんだよ。もしかしたら、報酬弾んでくれるかもしれないじゃん」
「そうじゃなくて、助けて頂いた人に荷運びをお願いするなんて何考えてるの」
「だって私たち徒歩で来てるじゃない? あんな大きいの、荷車とか無しで運べないし、あのにいちゃんの使い魔、すごく大きいから余裕で運べるよ」
その発言に緑ポニテの子は頭を抱えている。堂々と笑顔で言う赤毛の子は、どうやらいつもそういうキャラらしく、悪気無しで言っているようだ。
隣にいるピンク髪の子はおどおどと慌てている。可愛らしい仕草だ。
まあ、オレたちも帰るところだったし、運んであげてもいいか。
「良いよ、べつに」
「えっ!?」
「ほんとっ! 良いの!」
「ああ、持ち運べるかリアン?」
「ふむ、これぐらい問題ない」
そばにいた本人に確認すると即答で了承した。
「だってさ。ひとまず門前まで運ぶから、そこからは門番の兵士に運ぶのを手伝ってもらうといい」
流石に、ギルドがある王都に巨竜姿のリアンを入れるのは騒ぎになるかもしれないからな。そこからは自分たちで運んでもらおう。門の近くまで行ったら荷車くらいあるだろう。
「うん、サンキューにいちゃん!」
「本当に、何から何まですみません」
しっかり者そうな緑ポニテが再度、頭を下げて礼を言ってくる。
なんか、親と子に見えてきたかも。
一緒に帰る事にしたオレたちは、馬車に乗って森の中を進んでいる。徒歩で来た彼女たちは、最初、歩いて行こうとしていたが、甲兜犀も運ばないといけないし、距離もあるので一緒に乗せている。
「すみません、私たちまで乗せて頂いて」
「良いよいいよ、ついでに乗っていけば」
緑ポニテの子――名前はレクア。レクアには御者台でオレの横に座ってもらい、他の二人は討伐した四匹の甲兜犀と一緒に荷台で休んでもらっている。若干、異臭がするが我慢しよう。
ルウナはもちろんオレの隣に座ってもらっているが、さっきからオレの腕に抱きついてきて運転がやりづらい。
「あー、どうかしたか? ルウナ」
「別に何でもないわお兄様。ただこうしていたいだけ」
「そ、そうか。リアン、平気か? 重くないか?」
馬車の後方を振り向き、竜姿で巨大甲兜犀を脇に抱えながら後をついてくるリアンに安否を尋ねると「軽いものだ」と余裕そうに答えたので大丈夫そうだ。
帰り道は、来た道より少し内側の道を通っている。時間も遅く、辺りも暗くなり始めたのでショートカットを選んだ。そばに頼もしい護衛がいるし、魔物も近づかないだろう。
出口付近に近づいた頃に、ふとオレは視線をさらに内側の森に向けた。
「うん? あれは……」
「どうかなさいましたか、お兄様?」
「……いや、何でもないよ」
「んんっ?」
珍しいものを発見した。
今度ルウナに、良いサプライズが出来そうだ。
無事に森を抜けて防壁の門にたどり着いたオレたちは、門番の兵隊さんに頼み、大型の荷車を用意してもらった。
リアンに甲兜犀を門前に置かせて、人姿にさせ馬車に乗せる。レクアたちに別れの挨拶をしようと思った時に、レクアから声をかけられた。
「あっ、すみません」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、助けて頂いたお礼がしたいので、もしよろしければ今晩、夕食を奢らせてもらえませんか?」
まさかの食事の誘いだった。「妹さまも是非に」とルウナも誘われた。
まあ、父さんたちに一声かければ良いだろう。ルウナも行きたそうな顔をしているし。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ。一旦家に戻ってから向かわせてもらうよ」
「わかりました。では王都に着いたら『憩いの園』という居酒屋に来てください。私たちも依頼の報酬を受け取ってから向かいますから」
「わかった。じゃあ、あとで」
食事の約束をしたオレは、三人に軽く挨拶だけして屋敷に向けて馬車を走らせた。
屋敷に帰ったオレは両親に仕事の完了を知らせ、その後、レクアたちとの経緯を掻い摘んで話し、許しをもらった。
オレとルウナはラフな服装に着替え、馬を一頭借り、ルウナとリアンを乗せて王都に向け走らせた。
中央都市の王都の周りは、巨大防壁の壁程では無いが五メートル弱くらいの石壁で囲われており、入口の門は各領地に二つの計八つある。オレたちはその門を通り、王都へ入った。
王都の広さはドゥラルーク侯爵領よりも面積が大きく、王都に住んでいる人口も倍近く多く賑わっている。建物は民家からお店まで多数あり、裏路地に入れば娼館などの風俗店なんかがあるらしい。
も、もちろん、オレは行ったことはないぞ!
「ん……? これは……」
待ち合わせの店を探していると、街道の近くに「冒険者ギルド本部」と名前を掲げている建物があるのを発見した。
「こっ――これが本物『冒険者ギルド』か……! まあ、夜で全然よく見えないけど……」
「お兄様? この建物がどうかしましたか?」
「い、いや。……今度王都に来る機会があったらまた来てみるか。えーと、オレたちが探しているお店はっと――」
辺りを見渡していると、ギルド本部のそのすぐ横に探していた店があった。意外とすぐに見つかった。
馬は店の馬小屋に料金三ティラで預けられるらしい。馬小屋前にいる見張り役の男性にティラ硬貨を渡し馬を預けると、オレたちは店の中へ入っていく。
店内の様子は、奥のカウンター席と、一〇〇人は余裕の大広間に机と椅子が点在している。また、テラス席もあり、そこでも食べられるようだ。クラシックな雰囲気で落ち着きがある。
「にいちゃん! こっち、こっち!」
屋根下のテラス席にいる赤毛の子に呼ばれた。横長テーブルの六席に既に三人が並んで座っている。
オレは対面の真ん中の席に座り、左右にルウナとリアンを座らせた。目の前にはもういくつか料理が運ばれていた。
「もしかして、待たせたかな?」
「いえいえ。私たちも今来たところです」
「とりあえず、てきとーに注文しといたけど、飲み物はエールで良かった?」
「ああ。ルウナ、無理はするなよ」
「いえ、大丈夫ですお兄様」
「ワシは何でも良いぞ」
こっちの世界は一五歳から飲酒して良いのだが、成人年齢は二〇歳と、ヘンに前世とは法が違う。
ルウナは今年、一五になり、お酒は飲めるがあまり飲んだことはないはず。悪酔いしないと良いが……。
全員がグラスを持つと、赤毛の子が乾杯の音頭をとる。
「それじゃあ! 討伐成功の祝勝と、にいちゃん達との出会いに、カンパーイ!」
皆で「乾杯!」とグラスをカチンと当てて食事を始める。
居酒屋定番のおつまみや焼き魚、焼肉にサラダ等あり、ルウナの取り皿に適当に盛り付けてやる。
「ふむ! 少し味が違うが、塩味の焼き鳥も美味いなっ!」
リアンは目の前に用意されていた焼き鳥の盛り合わせを両手で一本ずつ持ち、嬉しそうにばくばくと口に頬張っていく。この店の焼き鳥はタレでは無く塩焼きらしいが、文句なく食べている。
確か帰りの森の中で、リアンが焼き鳥好きの話をしたような気はするが、それにしても注文のし過ぎてはないか? 三〇本近くあるぞ。
「聞いてた通り、リアンちゃんは本当に焼き鳥が好きなんだね!」
「ふむ!」
赤毛の子が面白そうにリアンを見つめている。……そういえば、まだこの子の名前を聞いていなかったな。
「たしか、まだ全員の名前を聞いていなかったな」
「そういえば、まだでしたね」
レクアは手に持ったフォークを置きながら答える。
「では改めて私から、私の名前はレクアです。冒険者を始めてまだ数ヶ月の見習いで、武器はクロスボウを使っています」
クロスボウ? この世界ではまだ見たことないな。
「よければ見てみますか?」
「良いのか?」
「はい。どうぞ」
レクアは足元に置いてあったクロスボウを渡して見せてくれた。
木製の本体に鉄製の弓、引き金は鉄製の棒と言えばわかるだろうか? 前世でいう、ネットで見る昔版の形だ。
リオンさんの手伝いでキャラ作成の資料として調べたことがあったな。
「弓とはまた違う武器だな。うーん! はぁ……弦を引くのも一苦労だな」
「慣れれば……んっ! スムーズに引けるようなりますよ」
そう言って弦を軽々と引いて見せてくれた。華奢な体に見えて力強い。「そして……」とレクアは言葉を続け、腕をくの字に横に伸ばす。
すると暗い外から一羽の梟が飛んできてレクアの腕に掴まる。普通の梟より一回り大きく、白とエメラルド色の綺麗な色合いだ。
隣でルウナも「とても、綺麗な色」と見惚れている。
「この子が私の使い魔、風遠梟のハヤテです。ハヤテは風魔法が得意で、魔法で矢の速度を上げたり出来ます」
紹介が終わるや否や、ハヤテは飛んで屋根の骨組みの所に行ってしまい、ルウナが残念そうな顔をしている。
「あうぅ……」
「ちょっと、マイペースな子なんです」
「残念です……撫でてみたかったのに」
レクアが困り顔で話し終わると「んじゃ次は私ね」と、赤毛の子がレクアにもたれかかりながら自己紹介を始める。
「私はキィキーナ。元気が取り柄の女の子! 気楽にキキって呼んでよ。んで、私のパートナーはその子!」
「えっ? うわっ!」
キキが指差した机の下を覗くと、ワニ程のサイズのデカイ赤トカゲが足元にいた。
「あははっ! そんなに驚かなくてもいいのに。この子が火鱗蜥蜴のサマラちゃん! 火を噴くのが得意なの。この子の援護と私の盾と短剣の近接攻撃は最強なんだよ!」
ご主人に呼ばれて足元から顔を覗かせたサラマを、キキは笑みを浮かべながらその頭を両手で抱きしめてそう豪語する。
敵と一緒に燃えたりしないか? というツッコミは無しだろうな。ご主人に抱きつかれてサラマも喜んでいるみたいだ。ところでリアン、横で「……美味そう」とか言わない。
「きみは?」
「あっ、はい、私はミヤと申します。武器は短剣を持っているのですが、あまり使いこなせてない新米です」
「へえ、ミヤの使い魔は? 今日はいないのかな?」
「実は私、まだいないんです。どうも〈召喚〉が上手くいかなくて」
「そうなんだ」
どうやらミヤにはまだ使い魔がいないらしい。使い魔無しでも冒険者になれるものなんだな。
しかし、ミヤの顔立ちは幼く、昔のルウナを見ているみたいだ。懐かしい。
おっと、ミヤを見過ぎていたようでルウナが拗ねてしまったようだ。
「拗ねるな拗ねるな」
「別に、拗ねてなど……」
「ほら、イチゴ食べるだろ?」
何故か、もう注文してあるデザートのイチゴを、ルウナにあーんして食べさせてやると、笑顔に戻り、機嫌が直ったようだ。
「それじゃあ、次はオレたちの番だな。オレはグレン。こっちは妹のルウナ」
オレが紹介するとルウナはぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「ルウナです。みなさま、どうかよろしくお願い致します」
「ええ、こちらこそ」
「よろしくね、ルウナちゃん!」
「お二人はご兄妹だったんですね。とても仲睦まじいので、恋人同士かと思っていました」
ミヤのその言葉に、ルウナは頬を染めて照れている。喜んでいるのかな?
「そして、こっちがオレの使い魔のリアン。知っての通り竜で、焼き鳥大好きの大食らいなヤツだ」
オレの紹介に、焼き鳥を咥えたまま「ほもひふ」とリアンは答え、それにキキは大笑いでウケている。リアンの事が気に入ったのかもしれない。
これでお互いの紹介が済んだな。さあ、食事の再開だ。
大人の夜はこれからだぞ。
もしかすると今回、所々の文章や話の繋げ方がおかしな部分があるかもしれません。
何かあればご感想よろしくお願い致します。