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三・十六話 冒険者グレン、安堵の先の不安

「――リアンッ! リアンッ!」


 重圧なドアの前で必死にオレは相棒の名前を叫ぶが、返ってくるのは反対側からドアをこじ開けようとする引っ掻き音と無数の足音。


「っ……クソがぁ!」


 オレは()瀬無(せな)い悔しさと怒りを拳に乗せてドアを強く殴りつける。

 しかしそれで気持ちは晴れず、ドンッというと音と共に重い痛みがただ帰ってきただけだった。


「痛っ……」

「……気が済んだかエロガキ?」

「っ!? お前っ!」


 オレは治らない怒りのままコイツ(キララさん)の胸元の布を掴む。


「どうしてリアンを残してドアを……!」

「ガキがぁ、頭に血上ったままケンカなんか売ってんじゃねえよ!」


 だけど胸元を掴んだ腕をコイツ(キララさん)に掴まれると、そのまま一本背負いの様な技で地面に投げ飛ばされ背中から倒れる。

 体の中の空気が強制的に押し出される苦しさと、強打した背中からくる激痛にオレは言葉無く悶える。


「ったく、ちっとは落ち着いたか?」

「――はぁ、はぁ……っはい……すみませんでした」

「ホントだよ全く、手間掛けさせやがって」


 ……カッコ悪い。

 イラついて、人に当たって、挙句(あげく)当たった人にあっという間に押さえつけられた。


 何してんだか……。


「――――っはぁ……落ち着けオレ」


 リアンは強い……。

 よくよく考えれば、墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの集団くらい、リアンが本気(竜の力)を出せば余裕の筈。


 いや――むしろ、近くでオレを守る必要が無い分圧勝するかも……?


 そんな自虐ネタが思い浮かぶくらいには落ち着きを取り戻してきた。

 それと同時に背中の痛みが今になって改めて実感してきた。


「痛ててっ……オレから襲ってて言うのもおかしいですけど、少しは手加減できませんでしたか……?」

「ぜーたく言うんじゃねーよ。それだけで済んで感謝しろ」


 寝転がっているオレを見下ろしながらそう言うと、壁にもたれつつ床に座っていくキララさん。


「別に仲間を見捨てるつもりなんて毛頭ねぇよ。少し落ち着いて体勢を整えたら、絶対助けに行くぞ」


 まだ乱れる呼吸を整えながらキララさんが水筒の水を飲む。

 キララさんの言う通りだ。焦ってあの大群に挑んでも無茶だろう。


 オレも上体を起こして()()の確認をする。


「痛つつっ! 急な事が続いて痛みに気づかなかったけど、骨にヒビでも入ったかな……?」


 墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーに体当たりされた胸辺りに、今になってそこそこの鈍痛が襲ってくる。

 襲われてすぐに走ったり、キララさんに投げ飛ばされたりして意識が逸れてたからか。


「なんだ? 動けなくなったのか?」

「っ……い、いえ、我慢出来る程度ですから」

「――あ、そういえばヴァイオレットさんから魔草薬(ポーション)貰ってたじゃねぇか」

「あっ! そういえば、そうでしたね」


 キララさんの言葉でオレも思い出し、鞄からヴァイオレットさんから貰った魔草薬(ポーション)の小瓶を取り出す。


 我慢をしようと思えば胸の痛みも我慢出来るが、治るならそれに越した事は無い。


「……オレ初めて使うんですけど、これ全部一気に飲んだ方がいいんですか?」

「傷薬の魔草薬(ポーション)なら、傷が治るか痛みが引くまで飲んだ方がいい」

「じゃあ、チビチビと飲んでみるか」


 中々ケチ臭い飲み方だけど少しずつ口に入れて飲んでいく。


 大体小瓶の半分弱の量が残ったところで、胸の痛みが治ってきた。

 凄いな、魔草薬(ポーション)って。前世の漫画やアニメ通りの即効回復効果だ。


 ……ただ正直、リアルでこの回復速度は気味が悪い気もするが。


 とにもかくにも……。


「――よし、痛みが完全に引きました。これなら問題なく動けます、行きましょう!」

「よぉし、いくぞ!」


 オレとキララさんは装備を今一度確認し、入ってきたドアの前に立つ。

 ……その前にキララさんからゲンコツを一発貰った事は……まぁ迷惑を掛けたオレの自業自得だと思って(こら)えておこう。


 ――魔草薬(ポーション)、もう一口飲んでおくか。




「ドアの前には……居なさそうですね」


 オレはドアに耳を当てて外の様子を確認した。

 墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの――と言うより、外から物音が聞こえない。


「じゃ、開けんぞ」


 ドアの前からオレが退()くとキララさんが勢いよくドアを開ける。

 正面の廊下には、鋭い爪をした足が何十、何百も通った事を示すくらい傷だらけの跡がある。


 そして当然と言えば当然だが、リアンの姿(遺体)もそこには無かった……。


「――はぁ、そうだよな。……良かった。リアンがあれくらいでやられる訳が無いよな」

「おいエロガキ、安心するのは早ぇだろ。さっさと見つけて、リーダー達とも合流しねぇと」

「はい、そうですね」


 そうだ。落ち着いて考えれば強い(竜の)リアンの心配するよりも、キルベストたちがあの墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの群と出会したらマズい。

 普通に考えれば、いくらキルベストが強くてもあの群は人間が相手出来るものじゃないだろ。


 オレたちは急いでリアンと墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの群が向かったであろう通路の先へ向かう。


 ――ザ。


「――っ! 上だ!?」

「えっ?!」


 先に廊下に出たオレの後ろでそう叫ぶキララさん。

 オレが透かさず振り向きながら剣に手を回す――よりも早くキララさんがオレを蹴り飛ばす。


 何か、さっき似たようなダメージを受けた気がするけど……。


 ゴロゴロと転がった末にまたも部屋の反対側の壁に当たって止まる。


「痛っとぁ……腹に目掛けてマジ蹴りを入れやがって……」


 そう唸りながらキララさんの方を向くと、恐らくオレを襲おうとした墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーを、キララさんの巨大(なた)がど真ん中を貫いていた。


「っ、はぁ。まあ、助けて貰ってありがと――」

「気を抜くな! まだもう一体来るぞ」


 そのキララさんの言葉と目線に、オレは急ぎ通路先に顔を向けると、そこにはこちらに向けて走ってくる紫針蜘蛛(スパイラダー)がいた。


紫針蜘蛛(スパイラダー)か、墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの群でもなければ今更……」


 オレに目掛けて走り跳んできた紫針蜘蛛(スパイラダー)


 倒れた姿勢から片膝立ち状態になり、オレは腰の剣を抜剣する。


 紫針蜘蛛(スパイラダー)はオレの頭部でも狙ってから、その鋭い牙を剥き出す。だけど一メートルくらいの距離になったところでオレは構えを解いて、前転の動きで前へ行き紫針蜘蛛(スパイラダー)の狙いからズレる。


「後ろからの攻撃を卑怯とか――言うなよっ!」


 紫針蜘蛛(スパイラダー)の背後に回ってから急いで剣を構えて振り下ろす。


 しっかりと体勢を整えていない状態だったから満足な剣技になっていないと思ったが、これで充分だったようだ。



 ザシャッ!


 紫針蜘蛛(スパイラダー)の胴体を浅くも大きく斬りつける。


 ドダッ! ババッ!


 着地すること無く紫針蜘蛛(スパイラダー)が地面に落ちる。


 しかしあの攻撃だけではもちろん倒せず、地面でジタバタと暴れ始めた。


「フンッ!」


 オレは畳み掛ける様に紫針蜘蛛(スパイラダー)の真上から剣を下ろして貫き刺し止めを刺す。


「はんっ。あれくらい一発で仕留めろよ、エロガキ」

「はぁ、はぁ……オレはキララさんたちとは違って、ノーマルな人間なんですよ、っと」


 完全に動きが止まった紫針蜘蛛(スパイラダー)の亡骸から剣を抜き、同じく巨大鉈から墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの死骸を振り抜き飛ばしたキララさんと向き直る。


「待ち伏せしていたのか、ただ群から逸れたのか……とにかくこの先に進むのも気ぃ抜くんじゃねぇぞ」

「もちろんですよ。早く行きましょう」


 オレとキララさんはまた次の不意打ちを警戒して周りを確認しつつ、急いで通路の先へ進む。



 待ってろリアン、直ぐに迎えに行くからな。




「……そんで通路の先が階段だから登ってきてみりゃあぁ……」

「これは……進みたく無くなりますね……」


 階段を登った先は、蜘蛛の糸で作られた真っ白な空間が広がっていた。

 それもあちこちに紫針蜘蛛(スパイラダー)や、墨鋭太蜘蛛デスタータ・スパイラダーの赤ちゃんが(うごめ)いていた……。


「こんなの、なぁ……」

「キララさん、何する気ですか……? ダメですよ!?」

「こんなの……どうやって先に行けってんだあぁぁ!!」


 イライラをそのまま口に出して、周りにいる魔物を呼び寄せてしまったキララさんの隣で、オレは静かにため息を吐く。



 リアン、助けに行きたいが……その前にオレを助けてくれ……。

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