三・十五話 少女が笑うその日まで ※(別)
主人公、グレン以外の別視点です。
序盤はひらがなのみ描写で読みにくいかと思いますが、ご了承ください。
――くらい。
きのうも、そのまえも、そしてきょうも。
いつもいつも、りょうてをよくわからないものでつかまれて、うごけなくされて。
このくらいところで、たくさんのこの、こわいいきものたちにみられている。
もう、いやだよ……。
「た……け、て……」
――おかあさん。
――ううん。おかあさんは、もう……。
――――たすけてくれるおかあさんは、もう……。
――――ずっと、このまま、しぬ……。
「――あの子を、助けて下さい……!」
――なに? ないてるこえ?
よく、みえないよ……。
あれは……あたたかい、たいようみたいな、きれいないろ……。
「い、いえ……あの奴隷が欲しいのですが……」
あれ? たいようのところから、さっきとちがうこえが……。
……でもこのこえ、いままできいたこえで、いちばんちょっと、あんしんする……。
「なる、ほど……」
……でもさっきから、こえがちょっとずつちいさくなっていく。
まわりにいるこわいいきものたちは、いつもよりこわいめでみてくる。
「くっ……」
――いや。
「――なら」
――いかないで。
「グレンさんが買わないなら、私が買いたいのですが、良いですか?」
――あれ? こんどは、おつきさま?
「代金はこれでお願いします――」
このこえ……すごくおちつく、まるで……おかあさんみたい。
「動ける……? さぁ、行きましょう」
まぶしい……。
おつきさまが、くらいところから、そとにだしてくれた。
そとのひかり……。
よるなのに、こんなにあかるかったんだ……。
あれ? あるこうとしたけど、あしにちからがはいらないよ……。
それにかぜがさむい――あれ? さむくない。
からだになにかのっかった。
それにいつのまにか、さっきおつきさまのそばにいたいきものが、すぐそこにいてからだをつかんでくる。
このいきもの、へんなの。
こわいいきものとおなじかっこうなのに、においがちがうよ?
そのあと、すごくおおきな、き? いわ? にのせられて、またちがうところにいくみたい。
けどこのなか、とてもきもちよくて、いつのまにか、ねむっていたみたい。
「今はゆっくり、眠りなさい」
さいごに、そんなこえがきこえた、きがする……。
「こ、こ……どこ……」
おきたら、すごくひろいところで、のはらのくさより、ねごこちがいいところでねてたみたい。
それに、こわいいきものたちにつかまったときに、からだにかぶされたうすいものが、きれいなものにかわってて、さわりごこちがいい。
「――目が覚めた?」
こんこんって、きのかべからおとがしたら、そこからきのうの、おつきさまがきた。
「あ……」
「無理に話さなくてもいいわ。着ていた服はボロボロで汚れていたから、寝ている間に着替えさせてもらったわ」
おつきさまがこっちにくると、そのてをこっちにのばしてきた。
――たたかれる!
「ひっ!?」
「あっ! ……ごめんなさい。今まで怖い思いをしてきたんでしょうね」
「あ――」
おつきさまはのばしたてで、このふるえるからだをだきしめてくれた。
「もう大丈夫たから。心配ないからね」
やさしいこえ……あたたかい。
「あ、う……ぁあああ! うぁあああ!」
このこえをきいていたら、どうしてかなみだがでてきた。
つよいあめのひみたいな、たくさんのなみだが、わたしのめからでてきた。
「貴女は、ちゃんと生きてるよ」
「――うん、しっかり食べられる様になってきたわね」
「う、ん」
おつきさまが、わたしがたべてなくなったたべものをみて、うれしそうだ。
「あの日から七日経ったけど、大分元気は戻って来たみたいね」
「その様ですね、お嬢様」
たべものをのせてあったものを、あのときのへんなにおいのいきものがとってもっていく。
「あ、あり、か、が? うぅ……」
こわいいきものたちのはなしで、ちょっとおぼえたこのいきものたちのことばだけど、むずかしいよ……。
「ん? ふふっ、『ありがとう』って言いたいの? お礼なんていらないわ」
おつきさまがそうわらう。
「あ、ぅ……」
「……そうね。少しは体力も戻ったみたいだし、このままじゃあ意思疎通も儘ならないから、明日から少しずつ『人間の言葉』の練習でもしましょうか」
「れ、しゅ……?」
「ええ。セバス」
「はい、お嬢様」
「この子に言葉を教えるのをお願いできる?」
「もちろんでございます。どうぞお任せ下さいませ」
へんなにおいのいきものが、おつきさまにあたまをさげてる。
「頑張ってね」
おつきさまがわらってわたしをみてくる。
「がば、る……」
つぎの日、私はあたまがいたくなった。
「あ、あ、ありかとう……」
「いいえ違います。『ありがとう』もしくは『ありがとうございます』です。意味は感謝の気持ちです」
「あ、ありがとう、ごさいましゅ……」
「いいえ、ですから――」
「あ、あり……あうぅ……!」
目がまわるよぅ……。
その次の日、ちょっとは言葉をおぼえれてきた。
「それでは次は、『御用でしょうか、お嬢様。ご主人様』」
「ご、御用でしょう、か、おっ、お嬢様。こ、こしゅいん様。あっ――」
「大丈夫ですよ。大分よく言える様になって来ましたよ」
「は、はい。ありがとうございます、せ、せ、せばす様!」
その次の次の日、お月様――ううん、お嬢様に、私の頑張りを見てもらう事になった……あっ、なりました。
「……っ! お嬢様、おはようございますっ!」
「ええ、おはよう」
お嬢様が嬉しそうに笑った。
「お嬢様、私助けてもらって……あっ! ま、まちが……!?」
「大丈夫。ゆっくりでいいから」
焦っている私に、お嬢様が優しく声を掛けてくれる。
「……すー、はー。……お嬢様、私を助けていただき、ありがとうございましたっ!」
言えた……やっとこの人に、お礼をちゃんと言えたよ……。
「お礼なら、私と一緒にいたあの女の子に言ってあげて」
お嬢様は「あの子もきっとお礼はいらないって言うでしょうけどね」とおかしそうに笑う。
「それで……貴女についてなのだけど、何があったのか聞いていいかしら? どうして貴女があそこで奴隷として売られていたのか」
「っ……」
どうして……あそこに居たのか……。
何が……あったのか……。
――――お母さんが、どうなったのか……。
「わっ、私は……お母さん、が……」
目から涙が出て、声が詰まる。
せっかく教えてもらって覚えたのに、上手に言葉が話せない……。
あの日を思い出すと、涙が……止まらない、よ……。
「――ごめんなさい。無理に話さなくていいの。ゆっくり、休んでからでいい。体も、心も、ゆっくり休ませていきましょう」
「う、うぅ……っ!」
私を抱き締めてくれるお嬢様の体温が、とても温かい。
まるで……お母さんみたいな、温かさだ。
「……ねえ、もし帰る場所があるなら、そこまで送り届けてあげる。でも――」
私を優しく抱きしめてくれたまま、お嬢様がそう言ってくる。
「でももし、何処にも行く宛が無いなら、私の家でメイドとして居ない?」
メイド……主人、お嬢様のお世話をする人の事だったはず。
「――やります。私をここに、どうか置いて下さい……」
私はお嬢様に頭を下げる。
コレが人に敬意を表したり、お願いする時にする仕草。
「ええ。これからよろしくね」
私の頭を撫でた後、お嬢様は「そういえば、貴女の名前は?」と聞いてきた。
「名前は……ありません。お母さんが、付けてくれる前に……その……」
「……ううん。分かった。なら貴女の名前を考えなくちゃね」
お嬢様が「貴女の名前、しばらく考えるわ。素敵な名前にしないとだからね」と言ってくれた次の日、今日からメイドのお仕事を始める。
メイド服? というのに着替えて、支度をする。
私の白い尻尾が邪魔にならない様に、お尻の部分に穴を開けてくれていて、暗い所にいた時の服より全然窮屈じゃない。
「頑張ろう」
元々この家にいる他のメイドさん達にやり方を教えてもらって、早くお嬢様のお役に立たないと。
……ところが。
――ガシャン!
「も、申し訳ございません……!」
「大丈夫よ、怪我はしていない?」
お嬢様の食べ物……じゃなかった、お食事のお皿を割ったり。
――バッシャー!
「申し訳、ございません……!」
「平気よ、それより折角の服は濡れていない?」
お掃除用の水をお嬢様のお部屋に溢したり。
――バサァッ。
「うっ、うぅっ……ごめんなさいぃ……!」
「泣かないで、こんなの全然たいした事じゃないから。それよりちょうど美味しいお菓子があるの。一口食べない?」
お嬢様の大切なお仕事の書類を散らかしたり。
お仕事の初日は、お嬢様に迷惑を掛けてばかりで、その日の夜、私は初めて「悔し涙」を流して眠った。
「――大丈夫だから、ね」
眠る前にそんなお嬢様の声がした様な気がする。
今日は私がお嬢様の所に来て一四日目の日。
お嬢様達は二週間経ったと言っていた。
今日のお仕事は昨日と別のことをするらしい。
「お買い物、ですか?」
「はい。そろそろ食材を買い足すタイミングでいつもは下っ端の者に行かせてるんだけど、お嬢様から体験させてみてと言われていてね。お願いしてもいいかな?」
いつも広い厨房で美味しいご飯を作ってくれるコックさんが、そう言ってカゴと字が書かれた紙を渡してきた。
そのコックさんの隣にはセバス様もいる。
「お嬢様が? 分かりました。行ってきます」
「よろしく頼むね」
「まだ街に出た事は無かったですし、私が領内の街と王都を案内しながら買い出しの手伝いを致しましょう」
「はい、よろしくお願いします。セバス様」
仕事を任された私はセバス様と一緒にこの家を出て、この「エテルカ領」の街と、王都に買い出しに向かう事になった。
領内の街はとても賑やかで、人も沢山いる。
最初は怖かったけど、ここにはあの「怖い人間」は一人もいなかった。
「大分人間に慣れてきた様ですね」
「えっ? は、はい。ここには、あの時私を捕まえた奴隷商人みたいな人がいないです」
「そうですね。ここはお嬢様達のお陰でどの街より安全で、豊かな所でしょう」
「はい」
セバス様はいつもお嬢様の話をする時、自分の事のように嬉しそうにする。
セバス様はお嬢様の事が本当に大切なんだろう。
「……しかしそんなお嬢様でも貴女を笑顔にするのは、まだ難しい様ですね」
「っ……! 申し訳、ございません」
お嬢様もセバス様も家の人も、私に優しくしてくれる。
だけどどうしても、あの日の事が頭から離れない……。
あの日から、私は笑えなくなった……。
「いいのですよ。無理をして笑っても、お嬢様はお喜びしません。隠したり我慢しなくていいのです。辛い時は辛いと、助けて欲しい時は助けてと、嬉しい時は……嬉しいと。そう言えばいいのです」
「はい……ありがとうございます。セバス様」
「はい」
そんな風に明るく答えてくれるセバス様。
そのセバス様と領内の買い出しを終えて、次に王都での買い物にやって来た。
領内の街も色々と沢山の物があったけど、王都も負けずに物の種類も、人も沢山いる。
「えっと、これと、それと……はい。このお店で買う物はこれで最後です」
「はい、確かに。さて、あとは何処のお店でしたか――おや? あの女性の方は……」
「ん? セバス様、如何しましたか?」
「やはり。覚えておられますか? あの店の前に居られる女性を」
セバス様が教えて下さった方向を見てみる。
するとそこには……。
「あっ!」
私は自然にその場所へ歩き出していた。
その店の前に並べられている物を見ていた、太陽みたいに綺麗な髪のこの女性のすぐ側まで行くと、この女性も私に気づいて振り向いてくれた。
「あっ……あの、その……」
どうお声掛けしたらいいのか迷っていると、目の前の女性の両目から大粒の涙が流れてきた。
――ガバァッ!
そしていつの間にかその女性が、私に勢いをつけて抱きついてくる。
「あっ、あっ、あのっ……!」
「……ぐすっ……良かったぁ、元気になられたのですねっ……!」
顔は見えないけど、この女性が泣いているのが分かる。
どうしてこんなに泣いているのだろう……?
「お久しぶりにございます、ルウナ様。どうぞ、こちらのハンカチをお使い下さいませ」
「えっ……? ――あっ、しっ失礼しました! はしたない所を……。確かお祭りの日タルティシナ様のお側におられた執事の方でしたね!」
「覚えていて頂き痛み入ります。私はセバスチャンと申します。どうぞセバスとお呼びくださいませ」
「セバス様ですね。ありがとうございます、ではお言葉に甘えさせて頂きます」
セバス様からハンカチを受け取って涙を拭くこの女性の方、ルウナ様。
「あっ、あの……!」
「あ、私の事を覚えておられますか? タルティシナ様が貴女を助けられた日に――」
「――覚えています」
うっすらとだけど、あの暗闇に一筋の光みたいな綺麗な色をしていたこの人、ルウナ様の事は覚えていた。
「あの時は意識がハッキリとしていませんでしたが、その色……そのお声は覚えています」
「本当ですか! とても嬉しいです!」
――うん、この人はやっぱり太陽みたいに綺麗で、そして、お日様みたいに明るい声をしている。
「ほう……そうですか。このお方が……」
セバス様が小さくそう呟いた声が耳に入ってきて、私も今気づいた……。
私が少し、ほんの少しだけ、微笑んでいた事を……。
それからセバス様が少し休憩をという事で、ルウナ様とお話しする時間を頂きました。
あの日から今までの私の話と、ルウナ様のお話を交わした。
そしてあの時居たもう一人、ルウナ様のお兄様のお話を、私達はお日様が少し傾くくらい話し続けた。
「それでは、またお会いしましょうね」
「はい、ルウナ様」
「ご自宅までお送りしなくて大丈夫でございますか? どなたかお迎えの方が来られるまででも……」
「いえ、実は今日は、少し前から遠出をされているお兄様へのプレゼントをご用意しようかと思って、一人で来てしまいました」
えへへっ、と恥ずかしそうにそう笑うルウナ様。
「では尚の事お一人で戻られるのは……」
「ご心配ありがとうございます、セバス様。ですがここに来た時に乗せてもらいましたトトムご夫妻がそろそろ来られますので、ご心配には及びません」
そう言うルウナ様をお見送りして、私達はルウナ様とここでお別れする事にした。
お姿が見えなくなるまでこちらに手を振って下さるルウナ様と別れて、私とセバス様は買い物を続け――。
「っ?! こ、この臭い、は……!?」
――風に乗って、何処かからか臭いがした……。
あの日……あの日々……嫌でも嗅ぎ続けた、あの「怖い人間」達と同じ……。
「大丈夫ですか?」
セバス様が私の肩にそっと手を添えてくる。
どうやら私の体が酷く震えていた様だ。
「は、はい……あっ、あの……」
「本日はもうお屋敷に戻りましょう。無理をしてはいけませんよ」
「……はい。申し訳、ございません」
セバス様に体を支えて頂きながら、私達は家に戻った。
お嬢様がとても心配して声を掛けてくれた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
――でも、これ以上お嬢様に迷惑を掛けたくない。
その夜、私は誰にも見られない様に、家を出た。
「臭いが近い……きっと領内の街まで来たんだ……」
あの「怖い人間」達が、この街にいる。
もしかしたら、また私を捕まえに来たのかもしれない。
怖い……。
また、あの暗い所に閉じ込められるかもしれない……。
――――だけど。
「この家を出ないと……。お嬢様達を危ない目に合わせたくない……。ご迷惑を掛けたくない……!」
それ以上に、お嬢様を巻き込みたくない。
「お嬢様、本当に、ありがとうございました……」
誰かに聞かれる訳でもない言葉を、今もお部屋でゆっくり眠られているお嬢様に向けて静かに告げる。
そして私は、この家を出た。
ごめんなさい……お嬢様……。
「はっ! はっ!」
街の外れを進んで、直ぐに気づいた。
――やっぱり、来ている。
「逃げないと……逃げないと……!」
私はがむしゃらに走った。
捕まりたくない。何としても。
「――ようやく見つけましたよ?」
「ひっ!?」
声がした。
突然後ろから、私の記憶の中に残っているあの声が……。
「さぁ、私達の元へ帰って来てもらいますよ」
振り返るとそこには、長いマントを着けた気持ちの悪いお面がいた。
――やだ。
「いっ、嫌だ! もう貴方達のところに行かない!」
「おぉ! 人間の言葉を覚えたのですか! これはこれは……」
目の前の奴が大きく驚きながら拍手をしてくる。
「――これは、更に高い値段で売れるでしょうねぇ!」
「っ!?」
この声、嫌だ……聞きたくない……!
またコイツから逃げようと振り返ると、目の前の道の先に見た事のない生き物がいて、その生き物を見ていたらいつの間にか意識が薄れてきた……。
――そうだ……あの時と、同じ……。
や、だ……。
「――て」
嫌だ、よぉ……。
「た――て」
お母さん……。
「た――けて」
お母……さん……。
『――辛い時は辛いと、助けて欲しい時は助けてと、嬉しい時は……嬉しいと。そう言えばいいのです』
「たす、けて――」
おじょ、うさ、ま……。
今回は三章の三&四話に出てきました、タルティシナに買われた獣人奴隷の女の子視点のお話でした。
今話の序盤は、彼女は人間の言葉が分からなかったという理由でああいう描写とさせて頂きました。
彼女のその後の展開も後々描く予定ですので、楽しみにお待ち下さいませ。




