三・十四話 冒険者グレン、古城と蜘蛛と……
――昔、友人と公園の砂場で砂漠ごっこをした事がある。
「――ったく、おっせぇな。シャキッとしろよ」
それこそ昔過ぎてほぼ覚えてもいないが、砂ばっかりの所をひたすら歩き続けると言う設定の砂場遊び。
「――そう言うな、キララ。冒険者では無いグレンくんはこんなに歩く事に慣れていないのだろう」
今にして思えばそれの何が楽しかったのか覚えていないが、そんな感じの遊びをしていた事は薄っすらと覚えている。
「――おいおい、グレン。目的地の古城まであと少しなのにそんなんで戦えんのか?」
そんな遠いとおい記憶がどうして今このタイミングで出て来たのかって?
「――ふむ、主人よ、大丈夫か?」
――そんな楽しそうじゃない設定遊びに近い事を、まさしくただ今やっているからだ。
「だ、だい、大丈夫、だ……」
オレは水筒の水を口に含み、疲労困憊の体に潤いを送る。
馬車から降りてから大体二時間、オレたちは目的地であるメモリア・イスレッド古城に向けてずっと歩き続けている。
竜のリアンや、魔物のボルトは分かるが、二時間も歩き続けて顔色ひとつ変えないキルベストたちから非難を受けるのが解せない……。
「お、オレだって、騎士として……そ、そこそこ体力作りは、前世よりしてきた……は、筈なんだけどな……」
「主人、ワシがおぶって運んでやろうか?」
リアンの、正直ありがたい申し出をオレは首を横に振って断る。
こいつの前でそれをするのは何となく嫌だった。
「おっ! グレンしっかりしろよ、目的地にもうすぐ着くぞ」
キルベストの視線の先を追うと、何も無かった先の光景にボヤァ〜と何かが見えてきた気がする、けど……キルベストは一体、何メートル先の話をしているんだろう。
まだオレの視界には輪郭が見えるか見えないかしか映っていないが、隣でリアンが「おお、あれか。随分ボロボロだな」と言っているので、多分あれが目的の古城――メモリア・イスレッド古城で間違いないのだろう。
「はぁ、はぁ……ふぅ……。し、しかし、昔ここに城下町でもあったのか? 古城に近づいていくにつれて、民家だったっぽい物がちらほら増えてきたけど」
「だろうなぁ。今じゃあ見る影もねぇが、な」
オレたちの周りに広がっているのは、もはやただの瓦礫の山でしかない元民家の跡地。
この土地が栄えていたのが遥か昔である事を物語っている、ってヤツだろう。
「それはそうとよぉ……ちっ!」
キルベストが急に舌打ちと共に槍を横薙ぎに振るう。
――ズバッ!
するとタイミングを合わせた様に、突如瓦礫の影からオレたちに向けて飛び出してきた「大きな蜘蛛」にキルベストの槍が見事当たり、大きな蜘蛛を真っ二つに斬り裂いた。
「何も言わずに急に槍を振るうなよキルベスト。それで……また『紫針蜘蛛』か?」
「ふむ、その様だな主人よ。これで一〇体目くらいか?」
「ったく、ウザってぇ……なぁガジェンダー! 依頼書にこんなんが出てくるとか書いてたか?」
「いや、そんな事書いていなかったし、こんなに頻繁に現れるなら依頼書の説明にあってもいい筈だ」
毒々しい紫色の体色をした直径二メートル近くはある巨大な肉食蜘蛛型の魔物、紫針蜘蛛の亡骸をガジェンダーさんが訝しげな顔で観察する。
馬車を降りてからここに至るまで、どういう訳かオレたちはこの紫針蜘蛛に何度も襲われた。
特別、魔法を使って攻撃してくるわけではないし、力もそんなに強いわけでもないので苦戦はしていないが、なんせ頻繁に襲ってくるので面倒だ。
「あの古城に近づいた途端に湧き始めやがったな。一体何なんだコイツら? ……ひょっとして、依頼書にあった正体不明の生き物ってコイツらの事かぁ?」
紫針蜘蛛の亡骸を足で突きながら言うキララの言葉に、ガジェンダーさんは首を横に振るう。
「紫針蜘蛛はそんなに珍しい魔物ではない。それに忘れたのか? 前の鉱山探索の依頼の時にもコイツらと戦っただろう?」
……えっ、そうなの? この魔物もあの鉱山にいたの?
「あぁ〜……そだっけか?」
明らかに覚えてなさそうな態度で苦笑いをするキララさんに、ガジェンダーさんがため息を一つ吐きながら続ける。
「なのに正体不明とされているのはおかしいだろう」
「っということは、この蜘蛛たち以外にもあの古城のは何かが居るという事か」
「そーゆーこったな、グレン」
槍に付いた返り血を拭いながら同意してくるキルベストは放って置き、これまでの道中と同じ様にボルトが紫針蜘蛛の亡骸を回収したところで再び歩み始める。
「おいおい、無視すんじゃねぇーよ」
「うるさい。とっとと行くぞ、キルベスト」
その後もオレたちは道すがら襲ってくる紫針蜘蛛を退治しつつ前へと進んでいった。
体感約一時間ほど経ったところでオレたちは遂に依頼書にあった目的地、「メモリア・イスレッド古城」の入り口前へと辿り着いた。
接近して古城の外観がようやく分かったが、大きさとしては王都の王城より一回りくらい小さい。
恐らく昔は立派な城だったのだろうが、城の壁はヒビだらけで今では見た目が酷くボロボロになっており、所々は既に崩れている。
「漫画だったら、攻城兵器一発で跡形も無くなりそうなくらい朽ち果ててるな……」
「ふむ? まんが? 何だそれは、主人」
「あ〜、そういえばこの世界、絵本とかはあっても前世みたいなちゃんとした漫画本はなかったっけ……。まぁ、気にするなリアン」
コテンとリアンが不思議そうに首を傾げる様は、少女姿だけあって可愛らしいものだ。
――しかしルウナには流石に敵わないがな。
ルウナが同じ仕草をしたらそれはもう、百人に聞いたら百人が「可愛いを通り越して美しい」と評価するだろう。
絶対、間違いなく……。
「……何かは分からないが、またルウナの事を考えている事は分かるぞ、主人よ」
……何故バレたの?
「おいエロガキ、何ボサっとしてんだぁ?」
「キララさん……だからその呼び方はやめて下さいよ。ちゃんと名前で――」
「ごちゃごちゃとうるっせぇ」
オレの反論も聞かずに罵倒と一緒に、キララさんご自慢の巨大鉈がオレの頭の上を通過する。
「あぶなっ!? 振り返り様に武器をこっちに振らないでくださいよ! はぁ……斬られるかと思った」
「気合い入れてやったんだろうが? 感謝しろよ」
そんな気合いの入れ方、全然有り難くないし……。
「うっしゃ、それじゃあ中に入るぞ! 道中これだけあのバカデケェ蜘蛛達に襲われたんだ、城の中にも居ると思っていいからな。全員武器を構えとけよ」
槍と大盾をそれぞれ構えた状態で、キルベストとガジェンダーさんが正面門の左右の扉前へと着き、門を開く準備を整える。
それに答える様にオレたちも武器を構え、いつでも戦えるようにする。
「いくぞ……」
そう言いキルベストが静かに門を開き、隙間からまず中の様子を伺う。
「とりあえず門の正面にはいねぇみたいだな」
確認を終えて門を開き切るとオレたちは古城の中に入っていく。もちろん急な不意打ちがあるかもしれないし、警戒はしたまま。
明かりがほとんど無いからよくは見えないが、やはり小さいとはいえお城だけあって、正面玄関も中々の広さがある。
門から入る外の光で少し内装が見え、そこには絵画や飾りの甲冑があった。
「こう暗いと動きづらい……リアン、〈散花火〉でこの辺りを照らせてくれないか?」
「ふむ」
頷いたリアンが体全体を捻らせて口から当たっても暑くも痛くも無い、無数の火の粉を玄関全体に撒き散らす。
「うおっ?! このやろぉ、こんな所で火を吹きやがって危ねぇだろ!」
「いや待てキララ、この火の粉は触れても暑くも何とも無いぞ」
「あっ? 何言ってんだガジェンダー、そんな訳――マジだ……スゲェ! 暑くねぇ! 何でだ!?」
「へぇ、リアンは便利な魔法が使えんだな」
「なに、それ程でもあるよ。なっ、主人」
キルベストたちの好評に鼻高々な様子のリアン。
でも確かにリアンのお陰で一気に照明でも点けたように辺りが明るくなり、よく見えだした。
玄関には正面に一つ、左右に一つずつの通路がある。
二階に当たる位置には壁沿い通路があるが、この玄関からは登れないらしく階段らしき物も無い。他の部屋から二階に上がれるところがあるのだろう。
しばらく全員で辺りを見回してみたが、これといった怪しい人や魔物は見当たらない。
「特に……何も出てこないけど……?」
「そこそこ広そうな城だからな。依頼目標の奴は城の奥にでも居るのかもしれない」
「ふむ、近くに魔力を持つ者の気配も無い。相手が魔物だったらガジェンダーの言う通りかもしれないな」
ガジェンダーさんとリアンが冷静にそう言うと、少し間を置いて「はぁ、しゃあねぇか」とため息混じりにキルベストが口を開く。
「分かれて散策するか」
「そうだな、リーダー。その方が手っ取り早いし」
「正面は最後にするとして、左右に通路が分かれているみたいだし、二手に別れよう」
「ふむ」
おぉ、流石ベテラン冒険者なだけあって、判断も決定も早い。
――そしてその輪の中に普通に入っているリアンの溶け込み様も相変わらずだ。
「んじゃ、俺とボルト、それにガジェンダーで右の通路を見てくるわ」
キルベストの側にボルトとガジェンダーさんが集まり右通路側に行く。
――ん? ちょっと待て、じゃあ……。
「え〜っ、マジかぁ、アタシはこのエロガキとかよぉ」
「だから違うって……。それにそんな露骨に不満そうな顔をしないで下さいよ……」
「ふむ、左の通路はワシと主人にキララだな。分かった」
キルベストが「何も居なかったら、ここに一度集まってから全員で正面を見てみるか」と告げて出発し出す。
「おいリーダー! エロガキの冒険を見たいっ言ったのはリーダーだろ? ならアタシと変われよ」
「悪りぃ。もう決まったし、代わりに見ててくれぇ〜」
振り返りもせずにそう言い残して去っていったキルベストの後ろ姿にキララさんが、ひたすら文句と罵倒を連呼していく。
その罵倒の中にちょいちょいオレも含まれているのだが、もうこれくらいは気にしないでおこう。
じゃないとオレのメンタルが持たない……。
「……チッ!」
――ガァン!!
「うぉ!?」
突然の甲高い衝撃音に思わず驚いた。
どうやらキララさんが巨大鉈を床に思い切り叩きつけた音だったらしい。
「しゃあねぇ……アタシらも行くぞ。おいエロガキ、さっきみたいにボサっとして足なんか引っ張ったら――殺すからなぁ?」
――貴女は新手のヤンキーかヤクザさんですか?
「ちゃんと分かってますよ……」
「安心しろ主人、何が出てきても主人とキララはワシが助ける!」
「おっ、言うじゃねぇかリアン。エロガキと違って頼もしいねぇ」
「頼もしく無くてすみませんね……。ありがとうな、リアン。出来ればキララさんからも助けてくれたら嬉しいんだけど」
不良やヤクザや魔物よりも、この人が隣にいる事が一番怖いんですがね……。
「おら、とっとと行くぞ、エロガキ」
「……もうそれでいいですよ。はい、今行きます」
「ふむ――ふむぅ?」
先頭に立って先にキララさんが通路に入って行く。
オレも後を追って行きリアンも続いて来ていたが、急に通路に入る前にその場で足を止めた。
「どうかしたか、リアン?」
「いや、何かが『カサカサ』と動いたような気がしたが、魔力の気配が無かった。きっとただの野生動物だったのだろう。行こう、主人よ」
そう言って本当に何でもなさそうに通路に入って行くリアン。
「……まぁ、リアンがそう言うならいいか」
オレには魔力探知や危険察知みたいな能力は無いし、竜の目を持つリアンを信じましょうかね。
「おいコラァ……早速遅れてんじゃねぇか?」
「いや、理不尽でしょう!?」
鬼の笑顔を浮かべるキララさんを抑えて散策を始めるのに、約一〇分経った後になってしまった。
「……しかしなんと言うか、古いだけあって何処もかしこも埃っぽいな」
オレたちが進んでいる通路に優雅に敷かれている絨毯も長い年月で湿気や汚れが溜まって小汚く、その上を歩こうものなら埃が舞って咳き込みが止まらないは、目が痛いはで参ってしまう。
「たまにある部屋も覗いて見てっけど、何も置いてねぇ空き部屋ばっかで何も居やしねぇ」
巨大鉈を肩に担ぎながらそう漏らすキララさん。
ちなみにこの通路は吹き抜けの窓がそこら中にあり、外の光が入って〈散花火〉を使わなくても充分辺りが明るい。夜になったら真っ暗だろうけど。
「道中にはあんなに出会した紫針蜘蛛もいませんし、依頼書にあった生き物って一体なんでしょう?」
「そんなもんアタシが知るかよ」
つっけんどんな反応のキララさんだが、「けど……」と目の前の通路を真っ直ぐ見つめ言葉を続ける。
「こんだけビッシリと蜘蛛の糸が張ってあるんだ。絶対ナニか居るな……!」
「ですよねぇ……」
オレも否が応でも視界に入る目の前の通路の景色を見る。
通路の先、そして今まで通ってきた通路には縦も横も関係なく縦横無尽に蜘蛛の糸が張り巡らされており、最早この通路全体が「蜘蛛の巣」と化している。
「ったく、ネバネバしててくっついたら中々取れねぇし、糸の隙間を通って行くのも一苦労だぞ」
「ですね、ここまで来るのにも大分時間が掛かってしまいました」
ちょっとした脱出迷路でもやっているかの様だ。
……それも、何処から魔物が襲ってくるか分からない命を賭けた迷路を。
「リアン、この蜘蛛の巣の何処かから魔物の気配はするか?」
「んー、いや、端からずっと見てきたが一体の気配も無い」
「そうか……」
しかし、これだけの蜘蛛の巣が張られているんだ。
まさか普通の蜘蛛がこんな事できるとは思えない。この量の分の蜘蛛系の魔物が必ずいるだろう。
「――これが反対側の通路にもあったら、最低でもこの城にいるのは一〇体や二〇体って数では無いだろう」
そんな事を話していると、また部屋の前に来た。
「あれ? キララさん、何処に行くんですか?」
「どーーせ! そこも何も無い空き部屋だろ。とっとと通路の先まで行って、リーダーたちに合流するぞ」
気持ちは分からんでも無いけど……。
さっさと先に行くキララさんに思わず苦笑いを浮かべつつ、仕方ないのでこの部屋はオレ一人だけで確認する。
「この部屋もどうせ何も無いんだろうけ――」
「……っ! 主人、その部屋には居るぞ!」
「――は? うぐっ?! かっ……!」
オレがドアノブを回して少しドアを開けた瞬間、リアンの叫びよりも一歩早く、「何者か」がドアが壊れる程の勢いでオレに激突してきた。
「ぐはっ!? 痛っ……くっ、蜘蛛……! こ、こい、つは――ぐあぁぁあ?!」
オレに体当たりしてきた巨大蜘蛛の魔物はそのままオレを反対側の壁へと押し付け、尚も力任せにオレを壁に押し潰してくる。
咄嗟に両腕でガードしたが、こんな物何の役にも立たない。
「うっ、ぐぉっ……はっ!?」
突撃を絶えず続ける蜘蛛魔物が、地面に踏ん張っていた複数本ある足の一本を掲げて、その鋭い鉤爪状の足先でオレの頭へ狙いを定める。
まずい……!
「よそ見してんじゃねぇぞ、クソ蜘蛛がぁ!」
「主人に手出しさせるか!」
しかし間一髪のところで、左側からキララさんが蜘蛛の片側の足全てと尻尾を、右側からリアンが蜘蛛の頭を上から殴り潰した。
押さえ付けてくる力が弱まりオレは解放されたが、突然襲われた衝撃と痛みに情けなくもその場に膝から崩れ座る。
「ゲホッ、ゲホッ……はぁ、オーバーキルってやつだろ、コレは……」
正面のボロボロになった蜘蛛を見てそう声にならない声で呟く。
「大丈夫か、主人。すまない、もう少し早く気づければ良かったが……」
「いや、助かったよ。ありがとうな、リアン」
「何だコイツ? 小ぃせぇ紫針蜘蛛の色違いか?」
リアンに礼を言っている最中、死んだ蜘蛛魔物を見てキララさんが疑問を投げ掛ける。
「いや、紫針蜘蛛とは違う黒い体色に、何より紫針蜘蛛よりひとまわり小さいサイズ、鉤爪……。きっとコイツは紫針蜘蛛の進化体の、墨鋭太蜘蛛です……」
サイズが小さくなった分、筋力などが発展して強力になった姿と言われている――だったかな?
あまり詳細までは覚えていない。今度から外出するときは魔物の本でも持ってきた方がいいか?
――ガサガサ。
「うん? 今何か音がした様な」
「ですたーたぁ? 変な名前。おまけにただでさえ気持ち悪りぃ見た目してんのに黒い蜘蛛って……」
――ガサガサガサガサ
「やっぱりさっきから変な音が聞こえる……」
「……主人、来るぞ」
――ガサガサザクザクザク!
「どうしたリアン? 来るって一体何が――って!?」
段々と近づいてくる音の中、リアンが見ている視線の先を見てみると、さっき墨鋭太蜘蛛が出てきた部屋が黒一色に染まって「蠢いて」いた……。
「うげえっ!?」
「墨鋭太蜘蛛!? しかもこんなに沢山!」
その部屋一杯に敷き詰める様に墨鋭太蜘蛛の大群がいた。
「あんな数、こんな狭くて蜘蛛の糸だらけの通路で一度に相手してられっか。一旦逃げるぞエロガキ!」
「ちょ、早っ! 言うより先に行かないでくださいよ! 行くぞリアン!」
「ふむ!」
――ドガンッゴゴォン!
ガサガサガサッ!!
オレたちは通路の先へと全速力で走って出すと、背後で何かが壊れる音と共に恐らく墨鋭太蜘蛛が向かってきている沢山の足音がした。
「詰め込みすぎて、部屋の壁でも壊れたか……!」
「くそがぁ! 何でコッチを追って来るんだぁ!?」
「さあ、キララさんが『黒蜘蛛が気持ち悪い』って言ったから、怒ってるんじゃないですか?」
「んな訳ねぇだろ! つーか事実だろぉが!」
そんな会話をしつつ、我ながら器用に蜘蛛の糸の隙間をくぐり抜けながら、背後に迫って来ている沢山の黒い脅威から必死に逃げて行く。
「主人よ、何処に逃げる。あの蜘蛛共は何処までも追って来るぞ」
「分かってる! キララさん、どうします!?」
「……あそこだぁ!」
キララさんが指差す先には、これまであった通路の途中にある部屋より大きく頑丈そうなドアがある。
「あん中で一旦やり過ごすぞ!」
「分かりました……!」
「ふむ!」
先に走っていたキララさんが先にドアの前に着くと少し重たそうにドアを開ける。
「よし、オレたちも後に続いて――」
ドンッ――。
急に背後から何かが打つかる音がした。
しかしそれはオレの体からでは無く……。
振り返ると一体の墨鋭太蜘蛛が、「オレの後ろに続いていた」リアンに突撃していた。
そのままリアンは体当たりの勢いのままオレより通路の先へと吹き飛ばされて行く。
「――リアン!」
通路に張られた沢山の蜘蛛の糸と絡まりながら、リアンが通路の先へとドタバタを転がり飛んでいく。
「ぐっ……! 糸で身動きが……」
「待ってろリアン、今すぐ行く!」
「来るな主人! ワシなら大丈夫だ、早くその部屋に入れっ!」
「そんな事できるか……!」
リアンの元へ向かおうとしたが、急に首元を掴まれると後ろの部屋の方へと強い力で引っ張られる。
「クッソ! 早く入りやがれエロガキっ!」
「キララさん!? はっ、離して! リアンが!」
しかしオレの願いは叶えられず、そのまま部屋の奥へと引き攣り込まれ、部屋のドアはキララさんが慌てて閉めていく。
外にいるリアンを残したまま……。
「リアンっ……!?」