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三・十二話 冒険者グレン、出発序盤

「…………はぁ」


 雲一つ無いまさに晴天の下、昼から夕方にそろそろ変わろうかという時間帯に差し掛かり、街中の出店や食べ物屋からほのかに香る調理の下準備を始めたいい匂いを浴びながら馬車に揺られるオレ。

 青空と人の行き来が落ち着いてきた街道から馬車の方に視線を移すと、臨時とは言えオレの冒険者パーティーのメンバーが各々の動きをしていた。


「携帯食に、ロープ、後は……」


 オレの斜め正面の席、三人の中で最も真面目な顎髭おじ様ガジェンダーさんは、冒険に持っていく荷物を馬車の上に広げて確認をしている。


「かぁー、馬車での移動なんか初めてだぜ。こりゃあ楽でいいな」


 そのガジェンダーさんの隣でオレの正面の席、背もたれにもたれ掛かり、欠伸をしながら屋台や街並みをボーッと見ていく、エロくないビキニアーマーの怖い女性キララさん。


「あぁー、クッソ(かゆ)っ」


 そしてオレの隣で、馬車に乗ってからと言うものずっと胸元の位置を掻きながらぶつぶつ呟いている、赤短髪のヤバい男キルベスト。


 なんとも統一感の無いパーティーだ……。

 特にキルベストは、胸元から背中へとほぼ身体中を(せわ)しなく掻き続けている。


「さっきからどうしたんだよ、キルベスト」

「んぁ? 何でもねぇよ。ただ体のあちこちがずっと痒いだけだ」

「ふむ? そんなに痒いならワシが掻いてやろうか?」


 オレとキルベストの間に座っていたリアンが何気ない会話に入ってくる。

 ただ「掻こうか?」と言い、上げた手を変化させて爪を鋭く伸ばしたのは冗談なのか、悪意が無いだけなのか……。


「い、いや、良い……! あんがとな!」

「ふむ、そうか?」

「あぁ〜……リアン? 手助けしようとするのはとても良い事なんだが、その優しさ(鋭い爪)は多分脅しに近いぞ」


 苦笑いを浮かべて必死にお断りするキルベストの目の前からリアンの手を下げさせつつ、「はぁ〜痒っ」と(なお)も漏らすキルベストの方に目を向ける。


「……なんだ、頭から垂らしてるその『白い』のが服の中に入ってるじゃないか。それが原因じゃないのか?」

「はぁ? あ、あ〜、だから今朝からずっと痒かったのか」


 キルベストの赤い頭髪から、キルベストから見て斜め右前の頭から真っ白なリボンの様な物が垂れている。

 会った時から視界に入っていて、てっきり首(えり)に繋がっているのかと思っていたが、どうやら服の中に入っていただけだったらしい。


 キルベストがその白いのを首後ろまで伸ばした手に掛けて払い出すと、後ろにも同じような物が二束あったらしく、それも一緒に勢いよく飛び出る。


 ファサァァ――っと、合計三束の白いリボン――いや、()()()()が風に煽られて現れた。


 キルベストの赤短髪の中から生える、色のバランスが不釣り合いな三束。

 平均的な女性の長髪よりも長そうに見えるその真っ白な長髪を出すと、痒みが治まったのかキルベストが安堵した表情を浮かべる。


「しらが……白髪(はくはつ)なのか? その三束だけ……」

「あぁ〜、まぁな」


 見える限り、恐らく右頭部の前後から一束ずつ、そして左後頭部から一束となっている。

 綺麗なくらい真っ白な白髪だが、普通こんな風に三方向からできる物だろうか?


 そのまま落ち着きを取り戻したキルベストは欠伸を一つ吐くと、両手を後頭部で組み眠る体勢に入る。

 貴族の馬車と違い、激しく揺れてお尻が痛くなってくるこの馬車の中でよく眠ろうと出来るものだ。


 馬車が街道を進んでいくと、何度か菓子パンを買ったりとお世話になったパン屋「桜花」のすぐ近くまで来ていた。


「う〜ん、パンのいい匂いがここまで来るな」

「ふむ、また今度食べたいものだ」


 やはりそこそこ人気なお店なだけあって、窓から見える店内の様子は満員とまではいかないが繁盛している様子。

 するとパン屋のドアが開き、買い物を終えたお客が出てくる。


 昔テレビのコマーシャルで見た様な、縦長の紙袋にはち切れんばかりのパンが詰まっていて、紙袋で顔が隠れている。


「テレビ再現バッチリな買い物だな……」

「何見てんだ、グレン?」

「寝てたんじゃなかったのか? 美味しそうなパンだなって見てただけだ」


 通り過ぎた後も何気なく目で追っていたそのお客が、いつの間にか紙袋からパンを一つ落としていた。

 別に全然ほっといても良かったが、折角目に入ったついでに一言声を掛けて教えようかどうか悩む。


 しかし結果的にそんな事はすぐに必要なくなった。


「――うん? なんだ、()()が拾ったか。……小人!?」


 そのお客が突如足を止めると、紙袋で見えなかったがお客の肩に乗っていた小人が()()()降りると、落ちたパンを両手で持ち上げて元あった紙袋に戻していく。

 へぇ、ちょっと距離があってよくは見えないけど()()()()()()()なんて、ヴァイオレットさんのところのリィーちゃんに似てるな……。


「同種の魔物か……な……あれ? よく見たらあのお客……」


 紙袋にパンを直し終えた小人が、()()のお客の肩に戻る。


「――すみません、ちょっと馬車を止めて下さい」

「どしたどした、あいよー」


 馬車がしっかり止まった後オレは馬車に乗ったまま、ゆっくり遠のいていくお客に声を掛ける。


「ヴァイオレットさん、リィーちゃん」

「あぁ? ヴァイオレット?」


 ――違う。お前に声を掛けたんじゃない、キルベスト。

 隣の奴の反応はさておき……ギリギリ聞こえるかどうか分からなかったが、そのお客の足が止まってゆっくり振り向いてきたので何とか聞こえたらしい。


「――え? あらっ! グレンくんじゃない」


 どうやら正解だった様で、ヴァイオレットさんが紙袋の横から少しだけ顔を覗かせる。


「こんな所で奇遇ねぇ」


 ヴァイオレットさんが今度はパンをこぼさない様に慎重にこちらに近づいてくる。


「すごく買いましたね……」

「ふふっ、今日はいつもより安かったから欲張っちゃっ――たわっ!?」


 しかし喋りながら歩いていたのが良くなかったのか、足をもつれさせて今度は紙袋ごとパンを落としそうになる。


「ギシャー」

「あ、あら……」


 そこを間一髪のところでボルトが額で紙袋をキャッチする。そしてボルトはそのまま慎重に中身をこぼさない様ヴァイオレットさんに紙袋を返した。


「おかげで落とさずに済んだわ。ありがとうね、『ボルトちゃん』」


 ヴァイオレットのなでなでをもらって気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「うん? ヴァイオレットさん、ボルトの事知ってるんですか?」

「ええ。()()()()()()()()()だからね。ボルトちゃんがいるって事はきっと彼も――」

()()()……? おぉ、()()()じゃねぇか!」

「まぁまぁ、やっぱりキルちゃんじゃない!」


 馬車を止めてからも寝る体勢だったキルベストがヴァイオレットさんに気づくなり馬車から顔を出して話し掛ける。


 ヴァイオレットさんの反応からしても二人は顔見知りらしい。

 魔草薬(ポーション)を作れるヴァイオレットと冒険者のキルベストなら全然当たり前の話か。


「おっ、ヴァイオレットさんじゃねぇか」

「キララちゃん! 久しぶりねぇ」

「ご無沙汰してます」

「ガジェンダーさんも変わりなさそうで良かったわ」


 オレたちの隣から姿を見せた二人にヴァイオレットさんが元気に答える。


「結構久しぶりじゃない。最近は中々姿を見せなかったから心配してたわ」

「最近は遠征依頼ばっかり受けて外に出る事が多かったからな」

「またそうやって……。キルちゃん達が強いのは分かり切っているけど、遠征依頼は危険な内容な物が多いんだから、あまり無理し過ぎちゃあダメよ?」

「要らねぇお世話だよ、レイト」


 二人が会話を始めてからしばらく話し込んでしまった。

 しかし、時々キルベストが言っている「レイト」って、ヴァイオレットさんの事を言ってるんだよな? ヴァイオレットさんのあだ名とか?


「――それで? どうしてキルちゃんとグレンくんが一緒に? ……はっ! 分かったわ、あれからキルちゃんのパーティーに入ったのね?」

「いやいや、いやいやいやっ! それは無いですっ!」


 ヴァイオレットさんのとても酷い誤認をオレは全力で否定する。

 こんな男のパーティーに正式加入なんて絶対ごめんだ。


「実は――」


 オレは本日、何度目の何人目かの説明をする。




「――キルちゃん、いつの間にそこまでおバカになったの?」

「レイトまで言うか……?」

「そりゃあそうでしょう。百歩譲って、妹に酷い事をした『かもしれない』グレンくんを殺そうとしたのは分かったけど」


 出来ればそこも分かってほしくは無いんだけど……。


「今度はそのグレンくんと一緒に冒険者の依頼を受けるって……」

「うるせぇな、一緒に命をかけて冒険すりゃあお互いの事なんてすぐに分かるっ()ってるだろうが」

「とんでもない理屈ねぇ。グレンくんも大変なのに捕まったわね」


 キルベストの言葉に呆れた表情を浮かべて、ため息混じりにオレに同情してくれるヴァイオレットさん。

 いや、本当にそうですよ。


 ヴァイオレットさんが落とさない様に地面に置いていたパン詰め紙袋に手を入れると、コッペパン風のパンを一つ取り出す。


「はい、これ食べて少しは元気出しなさいな」

「良いんですか? じゃあ……ありがとうございます」


 オレに差し出されたそのパンを有難く受け取る。


 ふと何か視線を感じて隣を見てみると、リアンが「ワシの分は……?」と目で訴えてきていた。


「ほら、リアンが先に食べててくれよ」

「おお、そうか? そういう事なら」


 オレからパンを受け取ると、小さく一つちぎりそれを食べる。

 すごく行儀の良い食べ方だ……。


「あら、可愛らしいお嬢さんね。グレンくんのもう一人の妹さんかしら?」


 ヴァイオレットさんが中腰でリアンを見て聞いてくる。

 そうか、そういえば前はリアンを留守番させてルウナと二人きりで出掛けていたっけ。


「あ、いえ、こいつはリアン。オレの使い魔の(ドラゴン)です」

「モグモグッ……ふむ、よろしくな」

「使い魔? (ドラゴン)? ……そういう遊びなの?」

「いや、本当に魔物なんです。完璧に人間に変身してるだけです」

「ふぅん、そうなの?」

「ふむ。ほら」


 リアンが着ているワンピースの裾から小さいバージョンの尻尾を生やして、ヴァイオレットさんに見せる。


「やだ、本当ね。へぇ、魔物って人間の姿にもなれる子がいるのね! 私初めてみたわ」


 興味深そうにリアンを眺めるヴァイオレットさん。ひとまず信じてもらえた様で安心した。


「レイト、オレにはくれねぇのか?」

「キルちゃんは、グレンくんに迷惑を掛けた罰で無しよ」

「ちぇっ。冷てぇな、レイトは」


 キルベストは両手を頭で組んで足元の小石を小さく蹴るという、分かりやすい拗ね方をしだした。

 でも、顔が若干笑ってるので本気では無いのは丸分かりだ。


「その代わり、仕事(冒険)に行くという事でこれをあげるわよ」


 そう言ってヴァイオレットが肩から下げていたカバンから取り出したのは、四つの半透明の液体入り小瓶。


「おっ!? マジか、魔草薬(ポーション)くれんのか!」

「ええ。ついこの間、大量に傷用魔草薬(ポーション)の注文が入って張り切って作ってたら余っちゃって。お店で普通に売ってもよかったけど、ちょうど人数分あるみたいだからプレゼントよ」

「助かります。魔草薬(ポーション)はいくつあっても困らない」

「ありがとうな、ヴァイオレットさん!」

「ガジェンダーさんもキララちゃんも喜んでくれてよかったわ」


 お礼を言う二人に母性溢れる(男性のはずなんだが……)笑顔を向けるヴァイオレットさん。


「ありがとうございます。すみません、オレの分まで頂いてしまって」

「良いのよ。あれから詳しくレクアちゃん達から聞いたわ。相当危なそうな場面だったらしいじゃない」

「えっ? ……あぁ、〈凶強(スカルグ)〉を使った甲兜犀(ビートス・ライノ)の話ですか。大分前の話ですよ」

「可愛い()()を助けてもらったお礼よ。あ、はい、リアンちゃんにもお礼にもう一つパンをあげるわよ」

「ふむ! ありがとうな!」


 うん? レクアたちが後輩?

 という事は、ヴァイオレットさんも冒険者なのかな?

 いや、今は花売り兼魔草薬(ポーション)売り屋のはずだから「元」冒険者とかか?


 少し気になって聞いてみたかったが、ヴァイオレットさんが下ろしていた紙袋を拾い上げ「そろそろ行かなくちゃ」と、ヴァイオレットさんの耳を引っ張って「早く帰ろ〜!」とでも言ってるかの様なリィーちゃんに()()てられ、背を向ける。


「じゃあまたね、みんな無事に帰ってきてねー! 今度みんなでお食事にでも行きましょ〜!」


 そう言ってヴァイオレットさんはオレたちと反対方向へ帰っていく中、一瞬だけリィーちゃんもこちらに振り向き手を振ってくれた。

 それに答える訳ではないけど、オレも軽く手を振ってその後ろ姿を見送る。


「じゃっ! 改めて行くかっ!」


 キルベストの合図で馬車が進行を再開した。


「ほら、主人の分だ」

「ああ、さっきのパン、オレの分もちゃんと残しておいてくれたのか。ありがとうな、リアン」


 新しくもらった方のパンを頬張りながらリアンが半分残してくれていたコッペパン風パンを一齧(ひとかじ)りして、流れていく街並みを眺めながら美味しくいただく。




 馬車はドゥラルーク領地側の防壁を通過し、現在は深緑の森の中を通って行っている。


 ラナバイヤ荒野はちょうどこの深緑の森と、鉱山街グリスノーズの経路に交差する道のりの先にある……らしい。オレも地図を見て初めて知った。


「ふむぅ? 主人よ、魔物の気配や魔力が以前ここを通った時に比べて少ないぞ?」

「森の中心から離れたこの迂回路の方が魔物がいないから危険が少ないんだ。多少遠回りだけど、急ぐ理由もないからな」

「普段こんな物騒な所は遠らねぇんだ。文句があるなら馬車から降りて、あんたらだけで行ってくれよ」


 オレとリアンの会話を聞いた御者のおっちゃんがそう文句を言ってきた。


「いえ、全然問題ないです! このまま安全運転でお願いします」


 オレの返答に今度はこっちには聞こえない大きさで何やらぶつくさ言い出した。


 ガジェンダーさんは静かに外の景色を眺め、キララさんとキルベストは二人とも目を閉じて眠っている。

 緊張感の無い人たちだ……。



「――付いてきてるな」


 ところが急に、そう言うや否やキルベストが目を開けると、御者のおっちゃんの方へ体を向け出した。


「おい、おっちゃん、馬車をできるだけ飛ばせ」

「どうした、キルベスト?」

「あん? なんだよ急に、どした?」

「――魔物が追ってきてるんだよ」


 オレと御者のおっちゃんの疑問に、キルベストに続いて目を覚ましたキララさんがそう答えた。


「……別にそれらしき姿は見えないけど、なんで分かるんですか?」


 辺り一面木々が並び視界もそこまで良い訳じゃないのにこう言ってくる理由を聞いてみる。


 すると二人揃って「感だ」と一言で終わらせた。


 ……やっぱりこの人たちバカなのか?


「おっ! 主人よ、ワシも魔物の反応を感じたぞ。この感じと魔力の気配は、以前ワシと主人が街中で冒険者達が仕留め損なって襲ってきた、二つ頭の馬だ」

「うそぉ……本当に魔物が来てるのか!?」


 頭が二つの馬って事は、双牙馬オルガ・ホースか。


 するとまだ姿は見えないが、近くの木々からバキバキバキッ! と急速に何かが近づいてきている音がしだした。

 ――魔物(リアン)より先に感づくって……熟練冒険者が凄いのか、この二人が人間をやめているのか、もうよく分からない……。


「ひぃー! もう少しで一旦森を抜けられる! その後はあんたらが何とかしてくれよ!」


 そう絶叫して馬車を爆走させる御者のおっちゃん。


 ……あれ?


「そういえば、キルベストのボルトがいつの間にか近くにいないが……まさか置いてきたか!?」

「んなわけねぇだろ。アイツの足の速さを舐めんなよ」


 オレの問いにキルベストが「今魔物がすぐにこっち来ない様に足止めしてんだよ」と答える。


 確かに時折獣の悲鳴の様な音が聞こえる。

 ここからじゃあ見えないけど頑張ってくれている様だ。


 すると一気に視界が開け、森の中から馬車が抜けた。

 目的地よりまだ手前の草原に出た様だ。


 森から少し距離を置いたところで馬車が止まり、オレたちは全員降りて臨戦態勢を取る。


「しゃー、ずっと座りっぱなしだったからなぁ。腕が鳴るわ!」

「依頼前の準備運動にしてやるぜ」

「お前ら、あまり悪ノリし過ぎるなよ」

「ふむ、馬肉も中々美味そうだからな。ワシの炎でよく焼いてやる!」

「リアン、前も似た様なことを言ったと思うけど、頼むから森の近くで火は吹かないでくれよ」


 大鉈を高々に掲げるキララさん、槍を手に準備運動をしだすキルベスト、余裕そうにドッシリ構えるリアンたちの反応に、ガジェンダーさんとオレは不安を感じる。

 オレたちが出てきた所からボルトが現れてすぐにキルベストの側に行くと、続けて勢いよく飛び出してきたのは、予想通りの双牙馬(オルガ・ホース)が三体。


「三体か。リアンとボルトを入れて全員で、一体に二人体勢で――」

「その必要はねぇよ」

「――はぁ?」


 オレの提案を断って、みんなより前に出ていくキルベスト。


「ちょうどいい機会だ。グレン、てめぇに俺がどれくらい強いか見せてやるよ」


 手に持っている両端に刃が付いた槍を、円を描く様に振り回して一歩、一歩とゆっくり三体の双牙馬(オルガ・ホース)に近づいていく。


「えっ……ちょっと……! 二人とも止めなくていいんですか?!」

「ん〜……まぁ、リーダーなら余裕か」

「おいおいキララ、せめて武器だけは出しておけよ。無いとは思うが、いざという時に動ける様にしておけ」

「へいへい、ガジェンダーは相変わらず真面目だな。あれくらい全然問題無いと思うけどなぁ」


 そんなやり取りをして、武器は出したまま参加はしない様子のキララさんとガジェンダーさん。

 ボルトの方も見てみたが、キルベストに待っているように言われたからか、ボルトも向かおうとしない。


 おいおいおい、使い魔のボルトも連れずに一人でやる気かよ……。


「さぁ、最初はどいつから……」


 近づいてくるキルベストに威嚇の為の「ボウ! ボウゥッ!」と唸り声を、三体中真ん中の双牙馬(オルガ・ホース)があげる。


「はっ! ならまずは――テメェだっ!」


 振り回していた槍を止めると片手で肩の位置で構えたと思うと、一瞬で槍を真ん中の双牙馬(オルガ・ホース)目掛け槍投げをした。



 ドチュッ――ガスンッッ!


 槍は双牙馬(オルガ・ホース)の片側の頭を貫き、後ろの木へ刺さった。


 そうオレが認識している間にキルベストは前へ走り出し、一瞬で片側の頭を潰されて痛みと驚きで動揺している双牙馬(オルガ・ホース)の足元を滑り通り、反対側へと回る。


「あいつ、動きが早――っ! キルベスト、もう一体がすぐ側まで来てるぞ!」


 キルベストの側面から迫る二体目の双牙馬(オルガ・ホース)に気付いたオレは、そう警告しながら急いで助けに向かおうと踏み出した。


「っ!? リアン、どうして止めるんだ!」


 だけどリアンがオレの腕を掴んで歩みを止めた。


「主人よ、多分必要ないぞ」

「えっ……?」


 リアンに止められたオレは視線を再びキルベストの方に戻す。

 オレの警告が聞こえたかどうか分からないが、キルベストに近づいて噛みつこうとする二体目の双牙馬(オルガ・ホース)に向けて、何とキルベストはその双牙馬(オルガ・ホース)の両頭に速やかに生身のパンチを入れていく。


「オラッオラッオラッ! どしたっ、かかって来いよ!」


 何度も殴られ続け脳震盪(のうしんとう)でも起こしたのか、双牙馬(オルガ・ホース)がフラフラと体勢を崩しだした。


 その隙にキルベストが木に刺さった槍の柄を掴む。

 そこを残ったもう一体の双牙馬(オルガ・ホース)が迫っていくが、それをしっかり目で捉えていたキルベストが木から槍を抜く勢いに乗せて、双牙馬(オルガ・ホース)の両首を木から抜けた刃先が斬り飛ばした。


「っしゃ、まず一体目!」


 そしてそのまま、フラついた状態から体勢を整え直した双牙馬(オルガ・ホース)の前足二つを槍で斬り飛ばし、体勢が前のめりになった双牙馬(オルガ・ホース)を、キルベストが振り抜いた勢いのまま足を斬った方とは逆の槍の刃で目の部分を攻撃して視界を奪う。


「ボオォォウ!?」


 悲鳴を上げる双牙馬(オルガ・ホース)を、回し戻ってきた槍の刃先で左頭、右頭の順に切り裂いた。


「二体目っ!」


 ドシンッ――ドシンッ……。


 続け様に倒した三体目、二体目の死骸が今同時に倒れる。

 そして最後に、初手で片側の頭を潰した一体目の双牙馬(オルガ・ホース)へキルベストは向き直る。


 キルベストは槍を頭上まで掲げて回しながら近づき、息も絶え絶えの双牙馬(オルガ・ホース)の残った頭を、回した勢いをそのままに槍で縦に斬り、止めを刺した。


「よし、まぁ、依頼初日の最初のバトルならこんなもんだろ」


 オレはただ呆然となった。

 隣を見ると、ガジェンダーさんもキララさんも納得した表情で武器を収める。


「どうだったよ、グレン。俺の強さが分かったか?」


 キルベストは槍に付いた血を振り回して払い取り、自慢げにオレを見てきた。



 瞬殺しやがったよ、このバカ……。


 この男はバカだけど、バカ強い冒険者(バカ)なんだと、オレは呆然とさせられながら理解した。

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