三・十一話 冒険者グレン、出発
「えーと、古城に巣食う魔物の討伐……。詳細が――現在は誰も住んでいない古くからある廃墟と化した古城、メモリア・イスレッド城に正体不明の生き物が巣食っているとの報告。恐らく魔物と思われるその対象を追い払う、もしくは討伐を目的とする――ねぇ……」
オレは赤短髪の男が突き付ける依頼書の内容を読み上げる。
相手が魔物かどうかも定かでは無いらしい……。
これ、無責任じゃないかい……?
「メモリア・イスレッド城……ここが目的の古城だよな? 場所はここからそこそこ離れているみたいだけど、そもそもこの古城って何処にあるんだ?」
「何だ、そんな事も知らねぇのか?」
初めて聞く地名に疑問を投げ掛けると、ため息混じりに「しょうがねぇな」とキララさんが赤短髪の男から依頼書をぶん取り、オレの顔面スレスレまで更に近づけてきた。
「ほら、ちゃんと書いてあるだろ? 地図に書いてある文字を読んでみろ」
いや、こんなに近づけたら逆に読めるわけないだろ。
キララさんから依頼書を貰い、まだちゃんと見ていなかった地図の方を見てみる。
「……へぇ、隣国のホルカシタス王国との間にあるこの『ラナバイヤ荒野』って所にあるんだ。今まで気にした事なかったから知らなかったけど、こういう名前の荒野だったんだな」
「ったく、これくらい知っとけよ」
「キララ、お前もさっきまで知らなかったのに何を偉そうに言ってるんだ?」
「ちょっ、バカ野郎! 余計な事言ってんじゃねぇよリーダー!」
「はぁ……それで、どうかな? この依頼を受けるって事で良いかな、グレンくん」
キララさんたちのやり取りを他所に、この依頼を受けるかどうかをガジェンダーさんが聞いてくる。
魔物退治か……。
地図によると目的地はここから大体馬車を走らせて丸一日程で着く距離。サリカ姉さんから五日ほど日をもらっているから、往復二日、魔物討伐に三日もあれば多分大丈夫だろう。
討伐する魔物(かどうかは分からない生き物)の詳細は記載されていないが、プロの冒険者が初心者を考慮して選んだんだ。
そこまで難易度も高くは無いだろう。
……多分。
チラッとリアンの方に顔を向けて念の為に確認する。
「ふむ、安心しろ主人。どんな奴が相手でもワシがちゃんと付いている」
自信満々にそう答えてくれるリアン。
気のせいか、リアンの頭のアホ毛もぴょこぴょこと元気に跳ねているように見える。
「そうか、ありがとな、リアン。分かりました。この依頼を受けましょう」
「っしゃあ! なら早速出発だ!」
赤短髪の男が意気揚々と自身の掌と拳を打ち付け気合を入れると、そのまま出口へと向かっていく。
「はぁ?」
「まったく……」
「い、いや、ちょっと待ってくれ!」
キララさんとガジェンダーさんのため息が飛ぶ中、オレは重大な事を忘れているっぽい赤短髪の男が外へ出る前に呼び止める。
「あぁ? 何だよ、急いで出発しねぇと目的地に着くのも遅れるぞ」
「その前にやる事があるんだよ……!」
赤短髪の男が「やる事?」と聞いてきて顔を顰める。
やっぱり忘れているな。
「まだオレ、冒険者資格を取ってないから依頼を受けれないんだよ!」
「――などをお気をつけ下さい。以上でご説明を終えさせていただきます。ではこちら、グレン様の冒険者資格証になります。おめでとうございます!」
「あ、あははっ……ありがとう、ございます……」
あの後、すぐさま受付に向かい手続きをしてみると、呆気なく冒険者資格証の銅メダルを貰えてしまった。
数枚の手続き書類を書き、注意事項や冒険者の心得を数分聞いた後、こうして見事資格証を受け取ることが出来た。
初めに聞いていた通り本来は実技試験もあり、その試験が実は一番難関らしいのだが、騎士資格を得ていたおかげであっさりと合格することが出来た。
ちなみに今となっては余談だが、実技試験の担当官は、あの筋肉質ギルド職員さんなんだとか。
……騎士資格を先に取っていて良かった。
「全然実感が湧かないけど……これでオレも冒険者か」
「どうした主人、気のせいか少し嬉しそうに見えるぞ?」
「えっ?! そ、そんな事ないよ?」
実は鋭いリアンに、オレが内心少々喜んでいた事を見破られていたらしい。
そりゃあ、前世ではメジャー人気の職業の冒険者になれたんだ。少し浮かれてもしょうがないだろう。
こうして手に入れた資格証を手に、待たせてしまった赤短髪の男たちの元へ向かうと、ガジェンダーさんやキララさんはともかく、赤短髪の男が頬杖しながらコクリコクリと寝かけていた。
「待たせたな。無事に冒険者になったよ」
「――フゴッ。う、うん? 終わったか……? うーん! ったく、待ち過ぎて寝ちまったなぁ」
大きく伸びをし、そのまま軽い柔軟体操をしだす赤短髪の男。
「……よしっ! じゃあこの依頼を受けようぜ!」
体を解し終えた赤短髪の男が早速の受付に向かい、依頼を受けに行く。
「いや、まだ受付済ませてなかったのかよ……。なのにさっきギルドを飛び出そうとしてたのか、アイツ?」
「あー、その、あれだ……時々せっかちなんだが、普段はしっかりしてんだぜ。うちのリーダー」
呆れたように言ったオレの言葉に、頭を掻きながら自分たちのリーダーの挽回をするキララさん。
グリスノゥザ伯爵領の鉱山探索の時はただ乱暴な人だと思っていたが、こう見ると仲間思いの良い奴なのかもな。
――ただね、キララさん。仲間の挽回をするなら、目を逸らさずにこっちを見ないと説得力がないぞ。
なんて脳内ツッコミはこれくらいにして、先程のギルド職員さんの説明を思い出す。
依頼を受ける時は、受けたい依頼書を冒険者資格証と一緒に受付に持っていくとの事。ギルド職員さんの口頭から改めて依頼内容、書かれている地図の説明を受けて、最後にもう一度依頼を受けるかどうかを確認される。
なお、前の世界の漫画あるあるであるランク付けとかは無く、どんな難易度の依頼も自由に選ぶ事が出来るらしい。
「つまり初心者が超危険な依頼を受ける事もできるって訳だ。怖いこわい――っと、受注が出来たようだ」
受付に行っていた赤短髪の男がこちらに戻ってくる。
「受付は終わったか?」
「おう! よっしゃ、じゃあ行こうぜ!」
「あっ、ちょっとその前に」
「だぁあ! 今度は何だよ!?」
今度こそはと進み出そうとした赤短髪の男をオレは再び呼び止める。
何度も止められて流石にイライラしてきたようだが、最後にこれは聞いておかないとな。
「まだお互いちゃんと名乗っていなかっただろ。これから命がけの冒険になるかもしれないんだ、名前くらい名乗り合っておこうぜ」
まぁ、オレが貴族だって知ってる時点で、キキからオレの事はほとんど聞いているとは思うけどね。
そう提案してオレが握手する手を差し出すと、不機嫌な表情だった赤短髪の男もニヤリと笑みを浮かべて、この手を握り返してきた。
「オレの名前はグレン。いやいやだけど……改めてよろしく」
「俺はキルベストだ。せいぜい死なないように着いて来な!」
「おう――って、痛たたっ!? ば、バカ、離せ! 強く握りすぎだっ!?」
「はははっ! 気合を入れてやってんだろ!」
オレやっぱりコイツは嫌いだ……。
兎にも角にもこうしてオレは、キララさん、ガジェンダーさん、そして赤短髪の男改め――キルベストと一緒に、目的地へと向かう為に冒険者ギルドを後にする。
――あっ、ここまで散々迷惑を掛けられたのでキルベストには敬称を付けてやるつもりは無い。
……絶対に付けてなんかやるもんか。
「――うん? 何か近づいて来てる……?」
冒険者ギルドを出ると、目の前の人通りが少ない道から何か茶色い何かが急速に近づいてくる。
「馬か……? いやでも少し違うような――うおっ!?」
目を細めながら近づいてくるそれを見ていると、急にリアンがオレの腕を自分の方へ引き、もう目の前まで来ていた茶色い何かとオレの間に入ってきた。
「ギシャー!」
「ふむ? 何だこいつは?」
茶色い何かはリアンの目前で急停止し、威嚇の唸り声を上げる。
その茶色いのは、見た目は完全に前世のテレビや映画で見たことがある「恐竜」だった。
この魔物は確か、全身を茶色い毛で覆い、人間大ほどの大きさをしつつ二足歩行をし、その発達した後脚の脚力で素早く移動して前足の爪と口の鋭い牙で攻撃する事ができるという、まさしく恐竜に似た生き物。
「確か名前は――地駆蜥蜴だったか」
「ふむ? 主人よ、こいつも蜥蜴の仲間なのか?」
「みたいだな。さて、どうしたものか」
オレを庇うように前に立つリアンにひたすら威嚇している地駆蜥蜴だが、攻撃してくる気配は無い。
本能で竜が強い事が分かるのかもしれないが、ずっと睨めっこが続いている。
そもそも地駆蜥蜴は種族的に凶暴で、まして街中に急に現れる魔物じゃないぞ。
誰かの使い魔が脱走してきたのかな?
「おっ! 後で迎えに行こうと思って家で待たせてたが、待ち切れなくって来たのか、ボルト?」
オレに続いて冒険者ギルドから出てきたキルベストがこの状況を見るや否や、地駆蜥蜴の元へ笑顔を浮かべて寄って行き、顔の額や顎の下を撫でて可愛がり始めた。
すると地駆蜥蜴も気持ちよさそうな声を漏らしだす。甘え上手な子のようだ。
「その子はキルベストの使い魔なのか?」
「ああ、ボルトっていうだ。かっこいいだろ?」
そのかっこいいパートナーさん、撫でられつつもこっちを警戒した目で見てくるんだが……。
するとキルベストがなにやらコソコソとボルトに話しかけた後、ボルトの態度が急に変わり、オレたちにも甘えた態度を見せるようになった。
「意外と甘えん坊な奴なんだ」
「へぇ、オレはグレンだ。よろしく、ボルト」
「ワシはリアン。よろしく頼むぞ」
「ギシャー」
オレとリアンの挨拶に丁寧に返してくれたようだ。主人より人が出来ている。
初対面の人に急に切り掛かってきた君のご主人様にも見習ってほしいものだよ。
「あ、そうだ、さっきはありがとうな、リアン。オレを庇って前に出てくれたんだろ」
「ふむ、これくらいなんて事もない」
「そうかそうか。ところで、どうやってメモリア・イスレッド古城まで向かうんだ? 馬車か何か移動手段でも持ってるのか?」
「あぁ? そんなもんねぇよ。歩いて行くに決まってるだろ」
――うん? 今、何と言った?
残りのキララさんとガジェンダーさんもギルドを出てからしばらく歩き続けていたキルベストパーティーに付いて行っていたが、どうやって向かうのかを気になったオレの問い掛けに、予想していなかった答えが帰ってきた。
「え、はっ、はあぁ!?」
「あったりまえだろ。金が勿体ねぇし、俺達はいつも現地まで歩いて向かってんだよ」
「いやいや、この距離を徒歩って、目的地に着く前に体力が空になるぞ」
「何だガキ、これくらいの距離も歩けねぇのか?」
「最初はキツイかもしれないが、慣れればそれほどでも無いぞ、グレンくん」
「キララさんにガジェンダーさんまで……」
オレが貧弱なのか、この人たちが体力馬鹿なのか……。
「仕方ない、えーと……」
オレは徐に持ってきていた財布の中身を確認する。
……うん、そこそこはある、かな?
「おい、グレン、何立ち尽くしてんだ? とっとと行くぞ」
「ちょっとだけ待ってろ。まったく、最近お金がよく減っていっている気がするな……」
オレは街道を見渡しながら「ある物」が停まっていないか探してみる。
するとラッキーな事に「それ」がちょうど停まっていたので、急いで駆け寄る。
街道の道端に停まっていた辻馬車の元へ着いたオレは、御者代で休憩している御者に声を掛ける。
「あっ、すみません!」
「――んっ? あいあい?」
「オレたち、隣国のホルカシタスとの間にあるラナバイヤ荒野に向かいたいんですけど、乗せてってもらえないですか?」
「ええ……? いやぁ、悪いけどこの馬車、王都と四方の領地内しか行かないんだ」
全然申し訳なさそうじゃなく、面倒臭そうに頭をぽりぽり掻きながら御者のおじさんがそう答える。
もちろん辻馬車が都市内しか行かない事は知っている。だけど以前姉さんがポロッと言っていた事を思い出し、オレはめげずに交渉を続ける。
――手に取り出した物をこそっと見せながら。
「そこを何とかなりませんか、ね……?」
あまり人目に見えないよう数枚のティラ硬貨と、もう一方の片手に財布を持って声を掛ける。
通常料金より多めに出せば御者によっては行きたい所へ乗せてってくれる事もある、と姉さんからの助言を思い出し相手の様子を見てみたが、どうやら当たりを引いたらしい。
「――う〜ん、隣国近くとなるとそこそこ値は張るぞ……ちなみにラナバイヤ荒野のどの辺りに行きたいんだい?」
「メモリア・イスレッド古城って言う所なんですが」
御者のおじさんが首を傾けて地図を広げたので依頼書にあった地図の場所を伝える。
「この辺りかぁ……直接その場所までは行けないが、この辺りまでなら行った事が数回あるから連れて行ってやる事はできるぞ」
御者のおじさんが指差す所は目的地からそこまで離れていない位置だ。
「おいグレン、何呑気にお喋りなんかして――」
「ちょっと待ってろって」
オレと馬車の近くまできたキルベストを黙らせて今一度考える。
「そこからなら、多分半日もせずに歩いていけるか……。――いくらですか?」
「……ここまでとなると、二〇〇……いや、三〇〇ティラは貰うぞ」
「三〇〇……!?」
「おいおい、おっさんちょっとボリ過ぎじゃねぇか? ガキも、幾ら何でもそんな大金払えるわけ――」
「三日後の迎えも込みでなら、三〇〇ティラ支払います」
「はぁ!?」
「グレンくん!?」
「おいおい、片道一日掛かるところをもう一度来いってか? そういう事なら倍の六〇〇は貰わないと」
六〇〇ティラか……。ギリ足りないけど家に取りに戻れば払える。けど、ちょっとぼったくられ過ぎな気がする。
やった事はないけど、少し値下げ交渉してみるか。
「降りた後と迎えの時は人が乗っていないんですから、その分の移動は楽じゃないですか。四〇〇くらいが妥当じゃないですか?」
「いやいや、その迎え分仕事が出来ないんだ。せめて五五〇だな」
刻んできたな。多分だけどこのおじさん、その次の値くらいを狙っているのかもしれない。
「じゃあ間を取って、五〇〇でどうですか?」
「いいや、五五六ティラ。これ以上は変えられないなぁ」
――違ったみたいだ。
何だったら何気にさっきより気持ち値上げしてるし。
「……まぁ、その値段なら何とか払えます。行きに三〇〇ティラお支払いしますので、帰りに残り二五六ティラ払うって事で良いですか?」
「よっしゃ、まいど〜!」
お客の前で堂々と「よっしゃ」って言うなよ……。
オレが財布から一〇〇ティラ硬貨を三枚取り出して周りに見えない様にこっそり御者のおじさんに手渡す。
オレはため息を吐きながらキルベストたちの方を向くと、さっき料金の額に驚愕していたガジェンダーさんとキララさんが、声は発さずに驚いていた表情をしていた。
二人はオレが貴族だって知らないから、オレがこの金額を払えたのが驚きなのだろう。
「ふんっ、馬車を用意した礼なんて言わないぞ」
「はいはい、礼なんかいらないから早く乗ろうぜ」
オレ、リアンに続いて二人が乗り込み、最後にキルベストが乗ると、料金を受け取ってやる気満々になった御者のおじさんが勢いよく馬車を発進させた。
ボルトは馬車には乗らず、並走して着いてくる。
かわいそうにも思ったが、主人によると走るのが好きらしいのでこのまま行く事になった。
馬車は防壁に向けて進み、メモリア・イスレッド古城(の近く)目指して走っていく。
さあ、初めての冒険者の仕事、無理し過ぎずに頑張るか。
※辻馬車の裏事情設定は作者の設定です。
実際にそういうシステムが有ったのかは定かではありませんので、ご注意下さい。