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三・九話 いや、謝れよ……

「き、キル兄って……やっぱりキキの知り合いか?」

「気安く――テメェがキキなんて呼ぶんじゃねぇ!」


 一瞬動きが止まっていたが、どうしてかオレが「キキ」と呼んだのが気に食わなかったらしく、再び赤短髪の男がその手に持っている槍の矛先を振りかぶりオレに迫ってきた。


「だから、どういう事なんだよ! 訳を――っ!?」


 矛先の刃がオレの服の袖をギリギリ掠めたが何とか飛び避けると、オレが先程居た場所に槍が()り込み、木床が粉砕して破片が飛び散った。


「危なかった……!」

「絶対……テメェを殺してやる!」


 槍を引き抜いた赤短髪の男がオレに向き直るとゆっくり迫ってくる。


 ホラー映画かよ……。


「り、リアン……ヘルプ! ヘルプー!」

「ふ、ふむ? へ、へる……? どういう意味だ?」


 ――何で変な仕草や言葉は知ってて「ヘルプ」は伝わないんだよ……。


 オレ一人じゃ本当にマズい状況だと思って救援を求めたが、リアンはまるで鈍感系主人公のように頭にハテナを浮かべてこっちを見ていた。

 ……気のせいかリアンの頭のアホ毛がハテナの形になっている様に見えてきた。


「助けてって意味だよ! っと言うか、見てないで本当に助け――」

「死ねぇぇぇええっ!」


 視線を前に戻した時には、赤短髪の男の槍が直ぐそこまで迫っていた。

 回避した時のしゃがんだ姿勢のままだったオレは直ぐに動けず、この攻撃は避けられない……!


 くそっ、()られる……!?



 ――ズドォォォン!!


「…………へっ?」


 目前まで迫っていた筈のオレの命を取ろうとしていた槍と、その奥から見えていた赤短髪の男が、急に建物内に響いた衝撃音と共にオレの視界から突如と消えた……。


「あ……はっ……? え、えーっと……?」


 突然の出来事にほぼ思考停止したオレは、何とかゆっくりと視線を動かし辺りを確認する。


 そして視界をさっきまで赤短髪の男が立っていた所に持って行くと、なんとそこにはうつ伏せになって寝転がっている赤短髪の男の姿があった。

 赤短髪の男はその状態からピクリとも動かずに寝ている様で、気のせいか顔が接触している床の部分が粉砕していて、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()様に見える……。


 ……っと言うか、死んでる……?


「えっ、ええーー!?」


 ようやく働きだした脳が状況を理解しだしていく中、オレの口から自然とそんな言葉にならない叫び声が漏れていく。


「――お怪我はございませんか?」

「ひぇっ?!」


 そんな状況の中、そう落ち着いた声色と一緒にオレの目前に手が差し出された。


「あ、あの……」

「失礼いたしました。皆様のお話に割って入るのは無粋とは思ったのですが、あまりにこの建物が荒れて行きそうだったので……差し出がましいと思いつつ仲裁させていただきました」


 目の前の手を辿っていくと、ここのギルド本部の制服を身に纏う――そう例えるなら、昔の漫画とかによく出ていた「ザ・筋肉キャラ」並に腕や脚、腹筋なんかが太く固そうな見た目をしつつ、逆にその顔は定年退職した優しいおじさんの様な温厚そうな顔立ちをさせた、そんな男性がそこにいた。


 ……っというか、仲裁って物理的にですか……?


 筋肉質ギルト職員さんと床に倒れている赤短髪の男を交互に見ていると、赤短髪の男の体が僅かだがピクっと動いたのが見えた。

 とりあえずお亡くなりになったわけではなかった様だ。


「さてと、っと……どうぞ」


 その赤短髪の男を軽々しく片手で肩に担ぎ上げた筋肉質ギルド職員さんはそのままオレにも手を差し伸ばしてきたので、戸惑いつつもオレがその手に掴まるとグイッと力強く引き上げて起こしてくれる。


「ど、どうも……」

「いえいえ。それよりも私共のギルドに所属する冒険者が本当にご迷惑をお掛けしました。直ぐに何か気持ちが落ち着く様なお飲み物をご用致しますので、先程のお席でどうぞお寛ぎ下さいませ」

「は、はい……」


 優しい微笑みでそう告げると、筋肉質ギルド職員さんは赤短髪の男を肩に抱えたままギルドの奥へと歩いていく。


「――ああ、そうでした。キララさん、ガジェンダーさん、それに彼のご家族であるキィキーナさん。少しお話がございますので、一緒に着いてきてくれますか……?」


 ――ゾクッ。


 立ち止まった筋肉質ギルド職員さんがキキたちのいる方向に振り向いた瞬間、変わらずの笑顔の筈なのにオレの背筋に冷や汗が出てきた。

 この感覚が間違っていなかったことを証明するかの様に、あの強気だったキララさんやガジェンダーさんの顔が一気に青ざめていき、キキやレクアも同じ反応をし、ミヤなんか叱られた子供の様に涙を流して震えている。


「い、いやぁ……ちょいと用事があってだな……」

「――あ、あー、次の依頼に使う道具か何かを買い忘れてた気が……」

「あたしは、あ……き、キル兄をとっ、止めようと――」


 三人が三人、視線を泳がしまくったまま何とかこの場を逃げようと理由を考えている様だ。


「――よろしい、ですね……?」


 しかし、少し間を置いた筋肉質ギルド職員さんがもう一度短く聞き返すと、三人は「は、はい……」と深い影を顔に落として筋肉質ギルド職員さんの後に着いていく。


「……はぁぁ、た、助かったぁ〜。一体何だったんだよ、アイツは……」


 ギルド内に静けさが戻ってくると同時に、赤短髪の男に襲われてからずっと張っていた気が体から抜けていき、職員さんには申し訳ないけどその場で力が抜けて寝転がる。


「ふむ、大丈夫か主人?」

「……リアン。心配してくれるのは嬉しいけど、どうせなら助けに入って来て欲しかったんだが……?」

「そうか? キキの知り合いだったらしいから、主人達はただ戯れ合っているのかと思ってな」


 あんな刃物を振り回す戯れ合いがあってたまるかよ……。


「まあ、流石にさっきの男の最後の一振りは危険だと思って止めに向かおうと思ったがな。ワシが向かう前にあの職員が男の頭上から拳を下ろしていた」


 そう言って(あご)に手を添えながら「ただの職員にしては中々の速さだったなぁ……」と筋肉質ギルド職員さんに感心しているリアン。


「あ、あの……大丈夫、ですか……?」


 リアンの後に付いて来てそうオレに声を掛けてくれたレクアと、その後ろをゆっくりとついてくるミヤ。


「ああ、とりあえず怪我は負わずに済んだみたいだな――っと」


 レクアにそう答えつつ、オレは体に力が入らない為リアンに手を借りてゆっくり起き上がる。


「心配してくれてありがとうな、レクア、ミヤ」


 二人の方を向くとホッとした様な表情を浮かべるレクアとその隣で徐々に泣き止んでいくミヤの姿があった。


 さっきの筋肉質ギルド職員さんはそんなに怒らせると怖いのかよ……。

 まぁ確かにオレも筋肉質ギルド職員さんの気配というかオーラ的な物を感じただけでも結構怖かったけど……。


「とりあえず、リアン」

「ふむ?」

「我ながらまだ体に力が入らなくてですね……。さっきの窓際の席まで移動するのに肩を貸してくれないか?」




「こちらをどうぞ」

「あ、ありがとうございます。何かすみません……」


 オレたちがギルド本部に入ってきた時に水を持ってきてくれた女性職員さんが、オレとリアン、それにレクアやミヤの分の飲み物とちょっとしたプチケーキを出してくれた。


「いいえ。むしろ先程の職員が言った通り、この度はギルドに所属している冒険者が大変なご迷惑をお掛けして、なんと謝罪すればよいか」


 深々と頭を下げる女性職員さんにオレは頭を上げるように言う。


「そんな、全然大丈夫――とは言えないですが……ギルドの皆さんの所為(せい)では無いんですから。気にしないで下さい」


 あまり大事になると、もしかしたら(ドゥラルーク)(侯爵家の人間)どうこうと大袈裟な事になるかもしれないし、この辺りで本当に止めておかないと。


 説得の末どうにか頭を上げてもらった女性職員さんが持ち場に戻っていくのを確認し、オレは出してもらった飲み物を口に入れる。


「はあ、果物のサッパリした爽快感(そうかいかん)に甘過ぎない味で美味しい」


 オレが飲んでいる横で同じように出されたプチケーキを食べるリアンとレクアたち。


「これ、パンと同じ食感なのにすごく柔らかい! それに生地がとっても甘くて美味しい!」

「二人はケーキを食べるのは初めてなのか?」

「はい! こんなの初めて食べました! ねっ、ミヤ」

「えっ?! う、うん……! わっ私も初めてだよ!」


 目をまん丸にして感動しながら食べているレクア。

 だけど話を振られたミヤは何処かあたふたしながらレクアに応える。……さてはミヤはケーキを食べるのは初めてじゃないけど、レクアの感動ぶりに言いづらくなったか?


「ふむ……味は悪く無いが、ワシはもっとガッツリした味と食感のある物の方が……」

折角(せっかく)出してもらった物に文句を言うものじゃありません」


 だけど何だかんだ職員さんたちには聞こえない小声で言ってくるところは、実は気遣い上手なリアンらしい。


 しかしケーキなんてそんなに珍しい物か?

 確かに前世より出回ってる感じはしないけど、この間だってルウナとパンケーキを食べたし……。


「――あっ」

「どうかしたか、主人よ?」

「い、いや、何でも……」


 そういえば、あの時食べたパンケーキの値段って確か、前世の金銭感覚から前世のケーキの倍以上した様な気が……。


「確かに懐に余裕が無かったら、安易には食べれないかもな……」


 オレはレクアとミヤには聞こえない様、ボソッと呟く。


 プチケーキを平らげて約二〜三時間くらい経った頃、ようやくギルドの奥からキキを先頭にキララさんとガジェンダーさんが疲れ切った面持ちで現れ、最後に赤短髪の男が出てきた。


「っ……」


 先程の事もあり、オレは気を引き締め直し赤短髪の男と三人の元へリアンたちと一緒に向かう。


「リアン、今度襲われた時は頼むぞ……」

「分かったわかった、任せておけ」


 ……向かう前に助けを()うのは決して悪いことでは無い筈だ。

 かっこ悪いと思うなら思ってくれ。マジでさっきは危なかったんだ……。


「あっ……! テメェ――」

「ゴホンッ!」

「――いっ?!」


 赤短髪の男がオレを見るや否や、またしても殺意溢れる顔を浮かべたが、遠くからした咳払いに反応して急に苦痛な表情を浮かべて、額に大量の汗をかきだす。


 音がした方向をチラッと見ると、さっきの筋肉質ギルド職員さんが咳払いポーズをしており、その隣で女性職員さんがこちらに顔を覗かせて微笑んで会釈(えしゃく)をしてきた。


 ストッパー役を買って出てくれた筋肉質ギルド職員さんと女性職員さんにペコリと会釈を返し、赤短髪の男に向き直る。


「くぅ……」

「キル兄、いい加減にしなよ。ほら、グレンの兄ちゃんにちゃんと謝って!」

「うぅ〜……!」


 キキに腕を引っ張られながらそう叱られた赤短髪の男が唸りながらじわじわと近寄ってくる。


「ほら、キル兄!」

「っ――俺は絶っ対に謝らねえ!」


 プイッと外方(そっぽ)を向きながらそう言う赤短髪の男。


「ガキかテメェは!」


 そんな赤短髪の男の後頭部を殴りつけるキララさん。


「……っ痛てぇ!? リーダーに向かって何すんだよ、キララ!」

「自分達のリーダーが子供(がき)みてぇなマネしてるからだろ!」

「うっ……だ、だってぇ」

「だってもクソもねぇだろ。ったく」


 ……まるで親と子だな。


「さっきも説明したじゃん。グレンの兄ちゃんには前に危ない所を助けてもらった、ただの友達だって」

「だけどお前、あんなに『カッコよくて、可愛くて、気に入っちゃったんだ!』ってはしゃいでいたじゃないか……!」

「だから! それはグレンの兄ちゃんじゃなくて、兄ちゃんの使い魔のリアンちゃんの事だってば」

「……本当か? ホントの本当に……?」

「何いつまでも疑ってんだよ。いつも聞き飽きるくらい自慢してる()()()の言う事が信用できねぇのかよお前は……」


 キキとキララさんによる赤短髪の男のお説教は尚も続く。


 実の妹ってさっきサラッと言ってたけど、キル兄、キル兄って言ってたし、やっぱりキキと赤短髪の男は兄妹だったのか……。

 確かに言われれば所々似ている様な気がするな。特に赤髪な所とか。


 ようやく赤短髪の男の誤解が解けたのか、男はオレの方を向き直る。


「……テメェがキキに手を出してない事は分かった」

「誤解が解けたなら何よりだ」


 ……それより斬り掛かってきた事をまず謝れよ。


 内心そう思っていると「――だが!」と勢いよくオレに真っ直ぐ指差して言葉を続ける。


「テメェがキキや、キキの友達のレクアちゃんやミヤちゃんに『これから』手を出さないとは限らねぇ!」


 なっ、失敬な……!

 人を変態ロリコンみたいに!


「おいおい、またテメェは――」

「おいキル、そろそろ本気で――」


 赤短髪の男を止めようと、キララさんとガジェンダーさんが動き出すがそれを手で静止させた赤短髪の男。


「テメェがまだ信用出来ねぇ――だから!」


 そして再びオレに指を刺す。


「な、なんだよ……?」


 戸惑いつつ投げ掛けたオレの疑問に、ニヤリを口角を上げて、赤短髪の男が勢いよく告げる。



「だから! テメェが信用できる奴か、一緒に依頼の冒険に出て確かめさせてもらうぜっ!」


 意気揚々とそう宣言する赤短髪の男。


 静まり返った空間で、恐らくこの男以外の全員がこう思っただろう。



 ……何言ってんだ、コイツ……?

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