三・八話 赤き斬撃の誤解
今年最後の投稿になります。
楽しんでいただけると幸いです。
「はぐっ! ふむふむ……あぐっ!」
貧民街の見回り任務が終わってから、早くも一週間以上が経った。
「あぁぐっ! はふっ! はふっ!」
あの後やったのは、確か防壁周りの巡回だった。
防壁の周囲に居着いた危険性のある魔物の討伐だったり、近くに潜伏した盗賊などがいないかを見て回った。
一度、まるで大きな剣で斬られたのかと思う様な深い斬り込み後が着いた木を見つけた時は一瞬ビックリしたっけ。
誰かが森の中で大剣でも振り回したのか、もしくはクマ型の魔物が暴れたのかな?
「んぐっ。ふむぅ、相変わらずあの店の焼き鳥は外の焼き加減が最高だ。カリカリがたまらん!」
それから、ガスラート王国の所属騎士による合同の訓練があった。
時折そういった騎士達の合同練習があり、今回オレは初めての参加だった。
マユバさんたち王国騎士団が指揮のもと、筋トレ、木剣の打ち込み、チームによる集団での動き方などとても勉強になる事を教わった。
ただ……詳しくは敢えて伏せておくが、次に合同訓練に参加する時はマユバさんが欠席で参加しない時にしようと、そう心からオレは思った。
あぁ思い出したら節々の痛みが……。
「ふむ。さて、もう一本食べるか」
その合間にあった休日なんかは、ルウナと一緒にお出かけとかしたな。
ここ最近ドゥラルークの領地街に新しく出来た飲食店で、リンゴ風味の見た目イチゴの果物にラント蜜を掛けて食べれるお店に行った。
前世だったら学生とかが写真を撮って盛り上がりそうなシンプルだけどオシャレな見た目だった。
フルーツを口に入れた瞬間のルウナの幸せそうな表情がまだ忘れられない。
「また近い内に、今度はサリカ姉さんを連れて三人で食べに行こう」
「おう、その時はワシも行くぞ」
「……それだけ焼き鳥を食べておいて、よく食べ物の話に入ってこれるな」
オレがこの一〇日間の事を振り返っている隙に、オレがその間働いて稼いだ給料で買ってあげた焼き鳥三〇本がもう残り一つになっていた。
屋敷から中央都市の王都に向かうまでの僅かな時間でそれだけ食べれるとは……。
「ふぁむ、ふぁむ。それで主人よ、待ち合わせの場所は決まっているのか?」
「ああ、届いた手紙に書いてあっただろ? 冒険者ギルド本部で待ち合わせって」
王都の街中を歩きながら最後の一本を丁寧に味わいながら噛み締めているリアンの質問に、オレは一〇日前に届いたキキからの手紙を読み返して答える。
そう、今日がキキから送られてきた手紙にあった約束の日。……まぁ、一方的にではあるけれど。
「しかし、本当にどういう事なんだ? オレに『冒険者資格を取らないか』なんて聞いてくるなんて」
オレは既に騎士資格の証を持っているから、そもそも冒険者資格を取れるかどうかも分からない。
「今更考えてもしょうがないだろう主人。ほれ、もうすぐそこにギルド本部が見えているんだ。直接本人にあって聞くしかないだろう」
「……それもそうだな。と言うか、いつの間にか最後の一本も食べ終えているし」
「ふむ、久しぶりにあの街の焼き鳥が食べれて美味しかったぞ。ご馳走様でした」
「どういたしまして。っと、着いたついた」
辿り着いた建物を見上げる。
以前と変わらない、四階建ての見た目古めな教会を一望する。
……やっぱり少し緊張するな。
中に入ったら荒くれ冒険者に絡まれたり、ちょっとセクシーな制服を着た巨乳の受付嬢が居たりするのかな……?
「なんてな……よし、行くかリアン」
「ふむ」
リアンを連れてギルド本部の入り口前へと行くと、オレは少しばかり震える手でそのドアを開けた……!
ドアを開けると、そこには様々な格好をした冒険者で賑わって――いなかった。
この時間はもともと人が少ないのか、この広い部屋に四〜五人程の革鎧と言った質素な装備を身につけた冒険者が備え付けの席に座っていたり、何やら貼り紙がされた壁に立っているだけだった。
「えーっと……これが、冒険者ギルド……?」
前世でのイメージと少し違う。
まず、入って最初に視界に入ったのは、正面の奥にある受付らしき設備。
遠目だけど横幅一〇メートルくらいはある半円型で、その中に受付らしき人が数人待機している。
付け加えて言っておくが、受付嬢の服は谷間が開いているセクシーなものでは無く至って健全な制服だし、男性職員もいる。
……別に期待してた訳でも無いし……残念がってなんか、いないですよ……?
その次は左右の空間で、窓から刺す日差しで照らされた横長テーブルが左右それぞれ幾つも並べられている。
そこに数人が座って休んでいるみたいだ。休憩スペースとかか?
そして広間の奥の壁、受付を挟んだ左右の壁には沢山の紙が貼られている。
依頼書ってあれかな?
上を見上げると、二階建てをぶち抜いた様に天井が高かった。
左右の壁沿いには遥か上の二階に続いているっぽい階段がある。
「何と言うか……想像してた感じと少し違ったかな」
「主人、キキたちはまだ来ていない様だ」
「みたいだな」
広間にいる人たちの中にキキたちの姿はなかった。
流石に時計が無い時代だから、集合時間は決めていない。
「仕方ない。来るまで座って待っていよう」
「ふむ、そうするか」
オレたちは空いている備え付けの席に座ってキキたちが来るのを待つ。
リアンは静かに日向ぼっこをしているが、オレは特にやる事も無く暇を持て余していた。
「あの、如何されましたか?」
突然声を掛けられたオレが振り返ると、そこに金髪寄りの茶髪を後ろで団子に纏めている可愛い系の女性が立っていた。
「よろしければ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お盆で持ってきたコップ二つを優しい笑顔で目の前に置いてくれた。
制服姿だからギルド本部の職員さんだろう。
「本日はどの様なご予定で?」
「えっと、この冒険者ギルドに所属している筈の冒険者キキ――じゃなかった、えーと確か本名は……そうそう、キィキーナとここで待ち合わせをしていまして」
「ああ、キキさんですか!」
オレが名前を上げると、女性職員さんが手をパンと叩き納得した仕草をする。
「あれ? キキと仲が良いんですか?」
「いえ、ただあの元気で明るい笑顔で話してこられるので、職員の間でも彼女達を知っている者は少なくは無いんですよ」
「ははっ、キキたちらしいですね」
「キキさん達ならただいま依頼遂行中ですが、そんなに時間の掛かる内容ではない筈ですので、しばらくすれば戻って来られると思います」
「そうですか、では少し待たせてもらいます」
「はい。ごゆっくりしていって下さい」
そう言って女性職員さんは一礼して持ち場に戻って行った。前世の公務員さんたちを思い出すね。
さてと、キキたち早く戻って来ないかなぁ……。
女性職員さんが出してくれたコップに入った水を一口飲み、オレは気長に待つ事した。
「――いっ、――おい! おい、起きろってんだろ……!」
「――うーん、寝てたか……?」
誰かに掛けられた声に意識が持ってくる。
どうやら待っている内に、いつの間にか机に突っ伏して眠っていたようだ。昨日も任務でそれなりに疲れが溜まっていたのかも。
ふと隣を見ると、同じ様にリアンも寝ていた。子供みたいな気持ち良さそうな寝顔をしている。
さて、と。一体誰が起こしてくれたんだ?
オレはゆっくり視線を動かして見てみる事にした。
「――えっ!?」
「あ? ……あ! この間助けてやった視姦してくるガキ!」
「してないってば!?」
そこには巨大な鉈を担いだ、際どく無いビキニアーマーを装備した女冒険者――グリスノゥザ伯爵領の探索の時に合同探索をしたあの女冒険者が居た。
「どうかしたか、キララ?」
一瞬驚きにより固まっていると、更に見知った顔が現れた。
「えっ、ガジェンダーさんも!?」
「おおっ、確か以前のグリスノゥザでの探索の時にいた奴らだよな」
背中に背丈程ある大盾を背負った、もみあげと顎髭が繋がっているのが特徴的な男性冒険者のガジェンダーさんが軽く挨拶をしてくれると、オレと同じくフリーズしていた女冒険者――さっきキララって呼ばれていた彼女の肩を揺さぶって正気に戻す。
「――はっ! て、てめぇ、グリスノゥザの兵士じゃあなかったのか? 何でここにいんだよ?」
「オレはドゥラルーク侯爵に仕えている騎士なんだ。今回はちょっと待ち合わせて冒険者ギルドに来てるけど……」
「待ち合わせだぁあ?」
「それよりオレも驚きですよ! てっきり二人ともグリスノゥザの冒険者ギルドに所属してるのかと……」
二人の話によると、あの探索任務の時はたまたまグリスノゥザ伯爵領に行く予定があったらしく、たまたま巻き込まれただけだったらしい。
そうこうしているとギルドのドアが開き、一気に賑やかな声が聞こえてきた。
「キキ、レクア、ミヤ! こっちだこっち!」
「あっ、兄ちゃん! ごめんごめん待たせちゃって! すぐそっちにいくから!」
入ってきた三人組がオレに気づくと、依頼達成の報告をしに行くのかレクアは受付に向かい、残り二人はこっちの席まできてくれた。
「グレンさん、お久しぶりです」
「そうだな。とは言ってもそこまで久しぶりでもないか。プルゥも元気そうだな」
ミヤに抱えられたプルゥにそう言うが、相変わらずノーリアクションだ。
主人であるミヤに許可をもらい、そっとプルゥに手を添えて撫でてみる。
「おぉ、相変わらずヒンヤリとしてて触り心地がいいな、プルゥは」
「褒められて良かったね、プルゥちゃん!」
「変わらずにミヤはプルゥに甘いんだな……」
プルゥを撫でつつキキの方を見てみると、リアンを後ろから抱きしめてせんべいっぽいお菓子をあげて餌付けしていた。
「リアンちゃん元気だったー?」
「ふ、ふむ……。キキよ、お菓子をくれるのは嬉しいが、頬ずりが激しくて口に持っていけないぞ」
「気にしない気にしなーい」
少し困り顔のリアンの足共に、自分の主人と同じようにスリスリしている火鱗蜥蜴のサマラ。
リアン、大変だろうけど、キレるなよ。
「グレンさん、今回は内のバカキキのせいでご足労をお掛けして……」
「気にするなよレクア。元々他に用事があった訳でも無いから」
報告が終わると急いで駆け寄ってきたレクアが、息を整えながらそう謝ってきた。
三人のリーダー的立ち位置からか、レクアがオレに向けて頭を下げ、その上にさっきまで天井の柱に止まっていたハヤテがレクアの後頭部に乗る。重くないのか?
そんな一芸を披露するレクアにそれをやめさせて、オレは早速本命に話を聞く。
「それでキキ、急に『冒険者やらないか』なんて聞いてきて、どう言う事なんだ?」
「え? あ、あ〜〜っと……うん。じっ、実はね――」
気まずそうにも決心した表情をさせてキキがそこまで口にした途端、突然広間のドアがガアァァンッ! っと乱暴に開いた。
な、なんだ……? 荒くれ冒険者の登場か……?
全員の視線が広間のドアに集まる中、乱暴にドアを開けた者の姿が現れた。
オレと同じくらいの身長をした男で、短髪の赤髪をしている。
その手には両柄に片刃の刃物が着いたちょっと特殊な長武器が握られている。
その赤短髪の男が広間をしばらくキョロキョロと見回すと、オレの隣にいるキキを見て笑顔を浮かべる。
うん? キキの知り合い、かな?
だが直ぐにその笑顔が消えて、キキからオレとへ視線が移った。
その瞬間――とてつもない鋭い視線が向けられた気がした。
「テメェか……」
そう呟いたかと思った瞬く間に、距離を詰めてこられその手に握られた槍でオレに襲い掛かってきた。
「ちょっ?!」
突きの構えのままオレ目掛けて飛んできたので、急いでオレはそれを避ける。
側にいたキキとミヤは、リアンが咄嗟に二人を抱えて回避していたらしく怪我は無かった。
「な、何をするんだ!?」
「うるせぇ! 覚悟しやがれ!」
叫ぶや否や再度槍を構えた赤短髪の男が今度は槍先で斬りかかってきた。
オレは急ぎ抜剣すると、凄まじい速さで襲ってくる斬撃を必死に防いでいく。
一撃いちげきが重く、それなのにとても早い。防ぐのに手一杯だ。
「ちょ――ちょっ、と! ま、待て、待てって!」
「テメェのせいで、テメェのせいで!」
「オレが何したって、言うんだよっ!?」
段々と赤短髪の男の攻撃スピードが上がってきている気がする……!
このままじゃ……マズい……!
そんなオレの助けを求める心の声が伝わったのか、キキの「ある言葉」により赤短髪の男の攻撃は急に止んだ。
「もー! 何やってんの! そんな事やめてよ、キル兄!」
今年も最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
来年もどうか引き続き、よろしくお願いいたします。




