一・五話 兄だから
不貞腐れたルウナに機嫌を直してもらおうと、出店で小石サイズのサファイアのイヤリングを購入した。
鉱山街だけあって、宝石の物価が前世より断然格安で財布に優しい。
「ほら」
「お兄様、こちらは?」
「ルウナが欲しそうにしていたからな、プレゼントだ」
プレゼントを渡すとさっきまで膨れていた頬が一気にしぼみ、キラキラと目を輝かせている。
本当は剥き出しで渡すより、包装とかできればもっと見栄えも良かっただろうけど、お店でそういうのはしていなかったので今回は諦める。
「とても綺麗なイヤリングで素敵です! ありがとうございますお兄様!」
気に入ってくれたのか、イヤリングをつけて満面の笑みで「似合いますか?」と聞いてきたので、「すごく似合ってる。綺麗だよ」とオレは素直に褒めた。ルウナは嬉しそうに照れて、顔を少し赤くしながら最上級の笑顔で喜んでいる。
その笑顔、写真に残したい。
そのあと、リアンを連れて三人で出店回りをして帰る事にした。回っている最中に焼き鳥屋を発見した時、リアンがすごい食いつきでお小遣い全てを使って爆買いしようとしたので、何とか焼き鳥数本で我慢させたのは一苦労だった。
少し日が傾き始めた頃、グリスノーズを出たオレたちは馬車で元来た道を走っている。
「ふむ、えらくご機嫌だな」
「だって、お兄様が、私にプレゼントを下さったもの! 私の宝物にするの」
「耳に付ける石を貰ってそんなに嬉しいものかの?」
すっかり上機嫌になったルウナは、プレゼントの話をリアンに自慢気に話している。リアンは興味が無さそうにしているが、もう少しルウナの話し相手になっていてもらおう。
オレはというと、馬車を走らせるのに集中している。深緑の森近くに着いた頃から、なにやら森の方向から騒がしい音が聞こえ始めたからだ。
もしかしたら魔物が森の外側に出てきているのかもしれない。
「ふむ……?」
リアンも異変に気付いたのか森の方を凝視しだし、ルウナの話を聞いていないようだ。ルウナもオレたちの反応からなにか察してか訪ねてくる。
「……森の様子がおかしいですね。何か起きたんでしょうか?」
「オレにもわからないけど、用心はしていた方がいいかもな」
森まで一〇メートル程の距離に迫ったとき、地響きのような揺れを感じたオレは咄嗟に馬車を止める。
「なんでしょう!? 地震でしょうか」
「いや、地震ではないぞ! 主人よ、魔物の匂いがする。近づいてきているぞ」
「悪い予感が的中したか、一旦街まで避難するぞ!」
地響きがどんどん強くなっていくのを感じて、オレはグリスノーズに戻るために馬車を逆走させて走らせる。
竜のリアンならどんな魔物でも倒せそうだが、今はルウナもいるし安全を優先させよう。
深緑の森の逆方向に向け走り出した直後、森から飛び出してくる影が見えた。
来た時に見かけた、女の子冒険者の三人だった。彼女たちは使い魔を連れて、必死の形相で何かに追われるかのように走っている。
何かって……決まってるよな。
すると彼女たちが出てきた所から、木々をなぎ払って巨大な魔物が現れた。
サイに似た体で足は六本あり、胴体に黒い輪っかが三つ巻かれている。
竜よりは小さいが、全長三メートル近くある。
そして最も異様なのが、そいつの額から伸びるカブトムシのような角。体長の半分以上の長さがあり、角が全体的に前方に対して直角になっている。細く斜めに飛び出た角は刃物のような鋭利で、倒された木々を見ると折れたのでは無く切り倒されている。
「あれは、何だ!」
「おそらく甲兜犀という魔物の筈だが、あんな巨大な奴はワシは知らん」
リアンの話では、甲兜犀は普通、大型犬くらいの大きさで温厚な性格らしい。
やはり狙いは彼女たちらしく、甲兜犀は三人を見つけると一目散に駆け出した。その目は血走っていて、とても温厚そうに見えないのだが。
「ふむ、きっと〈凶強〉を覚えたあの個体が、その能力であの姿になったのだろう」
オレが知る限り〈凶強〉は、闘争心と身体能力を向上させる魔法だと学んだが、体まで巨大化するとは聞いてない。
追われてる彼女たちの内、弓矢のようなものを持っている者がおりそれを甲兜犀に目掛けて撃っているようだが、走っているせいか的外れの方向に飛ばしている。
「あれじゃダメだ。すぐに追いつかれる」
甲兜犀はもう、彼女たちの直ぐそこまで迫っている。
ある程度離れた位置にいるオレたちの馬車には気づいていないみたいだ。このまま距離を置いて走れば大丈夫だろう。
あの子たちには悪いが、助けに行ってルウナに危害があってはいけない。
そう思っていた時に、誰かに肩を掴まれ振り返ると、ルウナがオレの肩を掴んでいた。ルウナは震える手でオレを掴み、逃げている彼女たちを見ている。
「お兄様……あの方たちを、助けてあげれませんか?」
「ルウナ……」
……まったく、見てるだけで怖いくせに、他人の心配をするなんて。
本当に優しい子だな。
「わかった、助けよう」
「お兄様……! はい!」
可愛い妹の望みなら、叶えてあげないといけないな。
「リアン、あの三人をここまで運べるか?」
「ふむ、容易いものだ」
リアンは馬車から勢いよく飛び出すと竜の姿に変身し、翼を羽ばたかせ彼女たちの元へ飛んで行く。
「うおっ! 危ないな……」
急いで行くのはいいが、危うくその風圧で馬車が横転するところだった。まったく、少しは加減を考えて欲しい。
彼女たちは突然近づいて来た竜にパニックになっているようだが、リアンは飛行しながら彼女たちと使い魔を鷲掴みに捕まえ、馬車に引き返してくる。そのまま荷台へ放り込まれた彼女たちは今の状況がわからないのか、倒れた姿勢で放心状態となっている。
「固まってるところ悪いけど、誰か馬車を操縦できる?」
いち早く正気に戻った緑ポニテの子が手を挙げる。彼女を御者台に座らせ「頼む」と手綱を託すと「は、はい!」と答え、馬たちを操る。中々に上手だ。ここは任せていいだろう。
残りの二人には、御者台にしっかり掴まっておくように伝えて、オレは荷台へ移る。
「お兄様、どちらへ!?」
「甲兜犀がこっちに近づいてきているからな、オレとリアンでやっつけてくるよ」
彼女たちを追ってか、今度はこの馬車を狙っているようだ。このまま放っておくと次は馬車が危ない。
「そんな! 危ないです、もしも何かあったら!」
「だから、行くんだよ。危険な目から妹を守るのが兄の仕事だからな」
泣きそうなルウナに、頭を撫でてそう告げる。
「……必ず、戻ってきて下さい」
「ああ、もちろんだ」
納得してくれたのか「ご武運を」と祈るルウナに「いってきます」といい、オレは並行に飛行していたリアンの手に飛び移り、肩に移動する。
さて、やりますか!
旋回したリアンに甲兜犀の前を一度横切ってもらい、狙いをこちらに向けさせる。狙い通り、オレたちに意識が映ったのを確認すると、馬車から距離を離すために移動する。
「だいぶ馬車から離せたけど、どうしよう」
「ワシの炎で焼き尽くすか?」
「森の近くで放火なんかしたら即、大炎上だよ」
そんな事になったら森の中の魔物たちまで出てきて二次被害――いや、地獄絵図の出来上がりだ。
「ひとまず、甲兜犀の動きを止めれないか試そう」
リアンに地面に降りてもらい、正面から来る甲兜犀を受け止めてもらう。真っ正面だと角が危ないのでギリ斜めに避けて顔と頭を掴んだ。
リアンが顔面を殴ったり、引っ掻いて攻撃してみるが、傷は浅く、効いてる様子はない。それどころか、〈凶強〉で向上した突進に押され負けている。
何か他の策はないか考えていると、甲兜犀は頭を大きく仰け反り、オレに目掛け角を振り下ろしてきた。
咄嗟で避けることも出来なかったが、鼻先に触れる寸前でリアンが腕を交差してガードしてくれた。腕の鱗で守られてはいるが、ベキベキと何かが割れる音が聞こえ、リアンに角を斜めに逸らさせる。角攻撃から逃れると一旦空中に避難させる。
「ごめん、助かった。大丈夫か?」
「問題ない、鱗が二〜三枚砕けただけだ」
そう言うが、ガードしていた腕の部分から血が出ている。さっきのは鱗の割れる音だったのか。
傷は浅そうなので本当に大丈夫だろうが、すまないことをした。
「どうする主人、近接戦は効果はイマイチなうえ、炎が禁止だと、どう戦う?」
確かにその通りだ。いっそ、一か八か森に引火しない事に賭けて炎を使うか? いや、危険はなるべく避けたい。
その時、オレは一つある事を思い出した。
「〈装甲弾〉をやってみるか」
まだ一度も試した事も無いが、他にアイデアは思いつかない。リアンは「いいだろう、やるぞ」と言って頷く。
オレは魔力を〈召喚〉で出来たリアンとの魔力の繋がり――ケーブル状の筒のような物を伝い、リアンに魔力を流していく。
送った魔力で頭から尾、翼までリアンの全身を包み込む。すると、覆い被さった魔力は次第と形を成していくと、紅色の鎧が現れた。
リアンの赤い皮膚より濃く、人間の騎士が着るような鎧を竜の体格に合わせて、手や双角の部位などが鋭い作りになっている。
「これが〈装甲弾〉という魔法の能力か?」
関節部分を除き紅色の鎧を身に包んだリアンは、額までの高さの兜から目を覗かせて自分の姿をまじまじと見ている。
リアンのその姿に、オレは思わず「カッコいい……」と漏らしてしまった。鎧を纏った竜がこれ程まで良いとは思わなかった。
「この装甲ならいけるっ! 行くぞ、主人よ!」
「ああ!」
リアンは再び甲兜犀に向けて降下する。鎧に包まれた爪で甲兜犀の顔横を突くと、先ほどまで擦り傷程度だったのが深く切り裂き、ダメージを与えられた。反撃にと甲兜犀が再び角を振り下ろしてきたのを片手で受け止める。余裕そうに受け止めたリアンは、甲兜犀の突進にもビクとも動かない。
「ふむ! この鎧の硬さは攻撃にも使えるな。それに身体強化も付属しているようだ」
角を受け止めたまま、もう片方の腕で甲兜犀の目を貫く。痛みに悶えているがまだだ。リアンは両手で角を掴み、甲兜犀を空中へと放り投げる。
そろそろ決め時だな。
オレはさらに魔力を送ると、鎧姿のリアンが青い光に包まれる。青い光が次第と鎧と同じ紅色に変わっていくとリアンが「力を感じる」といい、両翼を広げて構えをとる。
「いくぞ!」
そう言うとリアンは一気に甲兜犀に目掛けて上昇飛行する。
なんて速さなんだ。オレは必至にリアンにしがみ付き、魔力を送り続ける。
「ググっ! くっ……〈装甲弾〉!」
そう唱えると、リアンは弾丸の如き速さで加速し――甲兜犀を貫く。
腹に大穴が開いた甲兜犀は重い音を上げ、地面に落下した。どうやら倒せたようだ。
そう、〈装甲弾〉とは、使い魔を鎧で強化させ、弾丸のような速さで撃ち放つ魔法なのだ。
魔力の流通を止めると紅色の鎧は薄れるように消える。リアンに降り立ってもらい下ろしてもらうと、足がふらふらで立っているのもやっとの状態になっている。今になって恐怖が足に来たようだ。今更過ぎるな。
「――様ー! お兄様ー!!」
遠くからルウナの声が聞こえ振り返ると馬車がこちらに向かってきている。
馬車が止まりルウナが降りて走ってくると、勢いよくオレに飛びついてくる。
ふらふらの足で踏ん張ることは出来ず二人で地面に倒れ込んでしまった。
「ルウナ……」
「お兄様、お兄様、ご無事で本当に……良かったです」
泣き崩れながら、ルウナは強くオレに抱きついてくる。
ああ、オレは生きて帰ってこれたんだな、お前の元に。
「お前も無事で良かった。ありがとう、ルウナ」
オレは生きている安心感と嬉しさを噛み締めながら、ルウナが泣き止むまで優しく頭を撫でてやった。
戦闘描写が不慣れなので、イマイチ臨場感が出てないかもしれません……。