三・六話 世紀末は一時の夢
「――では、焚き火の後始末だけは注意して下さい」
これで本日何度目かの注意を投げてオレたちはその場を発った。
「日が傾き出して焚き火をする奴らが増えたな主人」
「この街の建物は全部ボロボロだから隙間風が吹いたり、保温が効かないから夜は冷えるんだよ。ただ焚き火が引火して火事が起きた事が何度かあるから、建物の近くで火を起こしている人には注意を促しておかないといけないんだ」
「ふむ。火に用心、焚き火一箇所火事の元、だな」
「……リアン、実はお前の出身オレの故郷だったりするか?」
「ふむ? 何を言っているのだ、主人よ?」
何でそんな、オレが子供の頃よく夏の夜中に近所から聞こえてきた歌と似たセリフが自然と出てきたのか謎だが……まぁ、きっと偶然だと思っておこう。
そもそも前の世界に竜がいるわけ無いけど。
「しかし、朝の反抗してきた二人組の男たち以外、直接手を上げてくる奴はいなかったな」
「角牛骸骨を召喚した子供たちを攫おうとしてたあの男たちか。うーん、居ない事は無いんじゃないか? オレたちがたまたまそういう奴らに遭遇してないだけだろ」
現にあの後から今に至るまで、貧民街の街中で救援用の笛が何度飛び交ったことか。
「世が世だから仕方ないけど、やっぱり事件を起こす人も少なくは無いな……」
もちろん細々と懸命に生活している人たちもいる。
だけど、ああいう暴力沙汰を起こす人もいるから、オレたち騎士や兵士が見回らないといけない。
「はぁ……今回の見回り任務は丸一日だからな。疲れるなぁ……」
「ふむ? 今日は屋敷に戻らないのか? ワシはそろそろ腹が減ってきたぞ」
「ちゃんと移動しながら食べられる携帯食を持参しているから、これでも食べておけ」
オレはそう言って小腹を空かせたリアンに干し肉とパンを渡す。
何やらぶつぶつと文句を言っていた様な気がしたが、干し肉を一かじりするとその後は黙々と干し肉をチビチビとかじっていく。
こら、肉だけじゃなくてパンもしっかり食べなさい。
「はむはむ……結構サラミに似ているんだよな、この味。ちょっと歯ごたえ強めで塩分も増しましだけど。実用性重視なんだろう」
自分用の干し肉をナイフで薄く一口分切り取って噛み締めながら、パンを千切って口に放り込む。
食パンと似た食感で味は全くしないけど、しょっぱ目な干し肉にはちょうど良い口直しになる。
最後に乾いてきた口の中に水筒の水を流しながら、オレは視線を辺りに泳がせる。
半袖半ズボンの服装で焚き火にあたり凍えた体を温める男性……。
建物の影で蓙のような物に包まって寝そべっている女性……。
空いた窓から見える、母親にしがみついて眠るボロボロの服を着た子供……。
「……現実味の無い光景だ」
喉と一緒に、少し乾いた心を潤すために再度水筒の水を飲む。
――ピィィィイッ!
突如暗くなった街中に甲高い音が響く。
「ふむ? 救援の笛か?」
「ああ! 近くで鳴っているみたいだ。助っ人に行くぞ、リアン」
「ふむ、分かった!」
方向は左前方の外との防壁の方だ。
オレとリアンはボロ家の合間を縫う様に通り、笛の鳴った元へと向かう。
「ぐっ……! こんな事をして無事に済むと思っているのか!」
「うるせぇ、オレたちはもうこんな生活我慢の限界なんだよっ!」
「そうだそうだ! 欲しいものは力ずくで手に入れてやるぜ!」
「止すんだ! そんな事をしても――」
「あぁ? 何命令してんだテメェ!」
裏道を抜けて真っ直ぐ現場に駆けて着いたオレたちの目の前では、そんなやり取りが繰り広げられていた。
兵士が一人、何かしら問題を起こしたのだろう三人組の男たちと睨み合っている。
しかしあの三人組の服装……ここは世紀末の世界だったっけ?
どうやってそんな風にしたのか、継ぎ接ぎだらけの革ジャン(風のただの布服)にモヒカン(の様に見えるが、よく見るとただ左右がハゲているだけだった)スタイルと、昔何処かの漫画で見たような――俗に言う「ヒャッハーな人」みたいな見た目をしている。
それも三人とも同じように……。
「あいつら、何処かの世界から召喚でもされたのか?」
「何を言っている、主人? 早く手助けに行くぞ」
「そうだったな。急ごう」
三人組の男たちの内一人の手には鉈に似た刃物があり、その刃には血が付いていた。
よく見ると兵士が片腕を抑えておりそこから出血している。
兵士に手を出したか。ならあの男たち、最悪死刑かな……。
オレは腰の剣に手を回し兵士と男たちの間に入った。
「そこまでだ。大人しくしろ」
「ちっ、援軍か。こうなったら……!」
先頭に立つ男が顎をクイッ、クイッと突き出して仲間に合図を送ると、男たちはオレたちを囲むように移動する。
「ここはオレが引き受けます。貴方はここから離れていて下さい」
「……何を言いますか。グレン様お独りにしてそんな……」
身分を気にしない様に言われている筈だが、この状況に流石に領主の子の身の安全を心配してくれている様だ。
だけどこっちとしては怪我人に無理はさせられない。
それに……。
「ご心配無く。伊達にお父様に鍛えられてませんから……!」
背中合わせの兵士とオレを三人が完全に囲み終えると、先程先頭だった男が「やれぇっ!」と合図を送り一斉に仕掛けてきた。
「離れて!」
男たちの大振りの動きの隙をつき、オレは兵士を押し出して囲いの外に逃す。
男たちの武器が降りてくる前にオレは抜剣し、リーダー格の男の武器を防ぐ。
「馬鹿が! 俺以外の攻撃を防がなくていいのかよ!」
威勢よくそう言うリーダー格の男だが、当然そんな必要は無い。
「ぐへっ!?」
「なっ?! 離しやがれガキが!」
リーダー格の男の攻撃を防ぎつつ、悲鳴と罵倒がする方に目をやる。
「ふむ、主人に言われていた通り『こっそり近づいて捕まえて』おいたぞ」
「よくやった、リアン。作戦通りだ」
そこには鼻周りを赤くして鼻血を流しながら完全に伸びた男を片手に、胸元を掴まれて足が届かない様に持ち上げられた男を持ったリアンがいた。
「遠くから複数人いるのが見えたから途中で分かれて近づいたのは正解だったな」
「そんな事をしなくてもワシなら制圧出来たが……」
「なるべく迅速に解決した方がいいだろう。文句を言わない」
文句を言いつつ伸びた男を少し離れた所に移動した兵士に向けて投げ飛ばし、最後にもう一人の男のお腹にパンチを一発入れて気絶させて同じ様に兵士にパスするリアン。
「テメェ……! よくを仲間を!」
そう言うと、仲間がやられた事に苛立ったリーダー格の男が無茶苦茶な動きで刃物を振り下ろしてきた。
この男、無駄に力だけはそこそこあって少し厄介だが防げないことは無い。
オレは受け流すように受け太刀しながら機会を探る。
「――脇がガラ空きだ」
オレに攻撃する事だけに夢中になっていた男に向けてリアンが横蹴りを食らわせる。
直撃した男はそのまま吹き飛び、地面を数回転がると外に置かれていた樽に激突し樽を粉砕させた。
「怪我は無いか、主人よ?」
「助かったよリアン。反撃の隙を探っていたけど中々見つからなくてな。さて、リアンの蹴りを受けたわけだしこれで終わり――ん?」
樽の瓦礫に沈んだ男を回収しようと思いオレが剣を収めようとした瞬間、瓦礫に埋もれた男がゆっくりと起き上がった。
「がはっ……ぐっ!? ぜぇ……ぜぇ……ち、くしょう、が……!」
満身創痍な感じだが男は立ち上がり、半歩づつオレたちに向かってくる。
「嘘だろ……! リアンの攻撃を受けたのに……」
咄嗟にリアンの方を向くと、リアンはポリポリと頭を掻いていた。
「ふ、ふむぅ……さっきの男の腹を殴った時ボキバキボキっと音がして多分骨を折ってしまったから今度は手加減をしてみたのだが、どうやら手加減し過ぎたみたいだ……」
「何やってんだよリアン……」
どうやら実は意外と普段は紳士的なリアンの優しい気遣いが仇になったらしい。
っと言うかバキバキって……。先程リアンに腹パンチされた男が心配になってきた気がする。
「痛っ……こっ、こうなったらは……羽波飛蝗ぁぁ!」
男が声を荒げて叫ぶと、近くのボロ家の屋根から何かが跳んで来て男の側に現れた。
それは前側が濃い緑で後側が薄い茶色の体色をした、バッタだった。
ただそれはオレの知っているバッタに少し似ているが、色以外に犬と同じくらいの大きさで、羽根は常に横に広げて震わせており、そしてその大きな目の上位置に前後に突き出た角が両側に生えている。
「へぇ、珍しい魔物を使い魔にしているようだ」
「魔物か。ならあいつはワシが相手を――」
リアンがオレの前に出る途中、羽波飛蝗がバババババッ! っと高速で羽を羽ばたかせ、その瞬間見えない攻撃がオレとリアンを襲ってきた。
ドンッ! と言う衝撃が全身を襲い、気がつくとオレたちはそのまま後ろの建物まで勢いよく吹き飛ばされた。
「ぐおっ!? な、何だ……急に正面から殴られた様な衝撃が全身に……!」
「た、多分……羽波飛蝗の〈音撃〉だ! 羽ばたきで突風と音の弾を撃つ魔法のはず……うっ!? ゲホッゲホッ……」
痛みだけで無く、〈音撃〉の音の振動で脳や内臓まで揺さぶられ、眩暈と一緒に思わず嘔吐する。
気持ち悪い……。
「大丈夫か、主人」
「はぁ、はぁ……あぁ、何とか……」
リアンに支えられ立ち上がると、吹き飛ばされて入った建物から出る。
「はぁ……はぁ……。ちっ、しぶとい、奴ら、だ……!」
羽波飛蝗が臨戦態勢で身構えており、リーダー格の男もボロボロの状態ながらも立ち上がり、武器を手にしていた。
「くっ……リアン、使い魔の方は任せるぞ」
「ふむ、任せておけ!」
オレがリアンから離れるとリアンが小竜姿へと変わった。
「いくぞ、おらぁ!」
リーダー格の男の掛け声に羽波飛蝗が飛び上がり、それを追ってリアンも飛び空中戦を始めた。
そしてオレは武器を掲げて向かってくる男に、魔力剣を構えて迎え撃つ。
「――はっ!」
受太刀した剣にあえて力を入れず、そのまま剣が受け下がると同時に男の背後へと回り込み、その頭部へと力一杯魔力剣で殴りつける。
「なっ!? うし――がっ!?」
男は地面に倒れ伏せると同じタイミングで空からこの男の羽波飛蝗が落ちてきた。
「早かったなリアン」
「虫退治くらい直ぐに終わらせて当然だ」
「はは、そうですか」
さて、ようやく終わったし早く拘束しない――ウソだろう……?
「ちっ、くしょ……まだ、だ……」
「……まだやる気かよ。いい加減に――」
オレはまだ意識がある男を捕まえる為に近づいていく。
――すると、羽波飛蝗の体が赤黒く光っている事に気づいた。
「な、何を……」
だんだんその光の強さが増していき、羽波飛蝗の姿を直視し辛くなっていく。
「まだ、終わらねぇ……最後の手だ……!」
その光が次の瞬間、一際強く光った。
「羽波飛蝗――〈凶強〉を使えぇぇ!!」
男の声と光が放った瞬間――羽波飛蝗の体が急速に肥大していき、全長五メートルもの大きさへと変貌した。
「なっ……!?」
「主人!」
オレが呆気に取られている隙に、巨大化した羽波飛蝗がその長デカくなった前足をオレに向けて振り下ろしてきた。
しかしそれを元の大きさの竜姿になったリアンが翼で防いでオレを守ってくれた。
「す、すまないリアン、助かった……!」
リアンの翼の向こうで羽波飛蝗が暴れている音が聞こえてくる。
「街中でまさか〈凶強〉を使ってくるとは思わなかったが、強化されたとはいえ羽波飛蝗くらいならリアンの力で……」
「……っ!? 主人!」
「ど、どうした?」
すると突然リアンの翼の向こう側から聞こえていた攻撃音が止んだ。
不思議に思ったオレはリアンにその翼を退かしてもらい向こう側を見てみる。
「なっ……?!」
そこには更にオレの想定外の事が起きていた。
「ぜぇ……ぜぇ……はっ……! これで、おしまいだ……!」
そこには〈凶強〉の魔法で巨大化し――鎧を纏った羽波飛蝗の姿があった。
「〈凶強〉の状態で〈装甲弾〉まで使ったのか……!」
体色の緑と茶色が逆になった同じ色の鎧を纏っていて、角の部分には渦巻き状の鋭い鎧が追加されている。
パワーアップの魔法の重ね掛けなんて思いつきもしなかったが、まさかこんな風になるなんてな。
すると鎧を纏った羽波飛蝗がリアンに向けて羽ばたき突進してきた。
――ドッォォォン!
リアンは突進してきた羽波飛蝗を正面から受け止め、少し苦しそうにその場で堪える。
その衝撃波が周りに響き渡り、酷く劣化したボロ家なんて半壊してしまうほどだった。
「ぐぐっ……! やはり〈装甲弾〉で力が増加しただけはある……。真っ向勝負だと少しキツイな……」
リアンがそう漏らしながら羽波飛蝗と押しては押し返されを繰り広げている。
たまに目の上部にある角でリアンに攻撃を仕掛けてくるが、ギリギリ首を逸らしそれを避ける。
流石のリアンも〈装甲弾〉を纏った相手では苦戦するようだ……。
――なら、こっちもパワーアップすれば良い。
激闘しているリアンに向けてオレは手をかざす。
「リアン! 久しぶりにやってみるか!」
「主人、何を――ふむ、そう言うことか。やれ、主人!」
「ああ……!」
オレは〈召喚〉の繋がりを伝いリアンに魔力をこれでもかと注ぎ込む。
急速に送った魔力が瞬時に形をなし、久しぶり現れた紅の鎧がリアンを覆う。
「力が溢れてくるこの感覚……懐かしいなっ!」
尚も迫ってくる羽波飛蝗を片手で抑えながら紅の籠手を纏った拳を構え、羽波飛蝗に力強いパンチを一発食らわした。
ガッゴォォォン!
吹き飛んで倒れる羽波飛蝗に、リアンは両腕に纏った鋭利な鎧を使って羽波飛蝗の角にむけて鋭い一撃を入れる。
バキィィン!
紅の一閃が鎧ごと角を切断した。
羽波飛蝗は悲鳴を上げながら空中へと逃げて行く。
「とどめだリアン!」
「ふむ!」
リアンも羽波飛蝗を追う様に、巨大で紅を纏った両翼を羽ばたかせて空中へ飛び立った。
羽波飛蝗が最後の攻撃と言わんばかりにリアンに向けて突進してきた。
リーダー格の男が〈装甲弾〉を使ったのかとも思ったが、男は地面で寝そべり完全に意識を失っているようだ。
「なら、本物の突進を教えてやれ。リアン!」
オレはリアンに更に魔力を送り、青色を経て紅色の魔力でリアンを包む。
「リアン! ――〈装甲弾〉だ!」
次の瞬間オレの視界から消え高速でリアンが移動し、羽波飛蝗の中心部に大穴を開けて撃ち落とした。
「よしっ!」
力尽きた羽波飛蝗から鎧が消え、元の大きさに縮みながら地面に落ちた。
「こんな奴の使い魔になったばかりに……」
羽波飛蝗は既に死んでいる。
人が使役する使い魔を殺すのは初めてで、野生の凶暴な魔物を殺すのと少し違う感覚がした。
オレは羽波飛蝗に向けて手を合わせ謝罪を込めた祈りを送る。
「……さて、これでようやく完了だな」
最後の問題も解決したオレは剣を納めて、鎧が消えていきゆっくり降下してくるリアンを待つ。
「ほら、さっさと歩け」
「ちっ……」
目を覚ました男たちを捕獲した兵士がオレたちの目の前で三人を連れていこうとする。
その時……。
「待って! ちょっとだけ待っておくれ!?」
声のする方を見るとボロ家から一人のお婆さんが出てきて、リーダー格の男の元へ息を切らしながら近寄る。
「……本当、バカな子だねぇ……」
「うっせぇババァ……」
「ちゃんと自分がやった事を償ってきなさい」
お婆さんがリーダー格の男の頭をそっと撫でて「それまで……」と言葉を続ける。
「それまで……。おまえの帰りをずっと待ってるよ」
微笑みながらそう伝えるお婆さんにずっとそっぽを向けたまま、リーダー格の男は歩み出した。
リーダー格の男は一度もお婆さんの方を向かなかったが、オレの横を通り過ぎる際その目から涙が流れていた。
連行に同行するもう一人の兵士がリーダー格の男の背中をそっと摩り「まだやり直せる。もう一度頑張れ」と声を掛け、男も「……すまなかったぁ」と涙声に言い去って行く。
……オレは何を見せられているんだ……?
何か良い場面っぽいけど、ドラマのワンシーンか何かか?
「はぁー。巡回終了までまだもう少しだな」
「ふむ! もうひと頑張りだな、主人よ」
「そうだな……よしっ、いくぞ」
そうしてオレは夜明け間近の夜の中、貧民街の見回りを続けて行った。




