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三・五話 富豪がいれば、貧民もいる

「う……うぁ……あ――あぶぁっ!?」

「おおっ?! な、何だ……! どうした!?」


 ハヤテが持って来てくれた手紙とオレがにらめっこしている所に突然の短い悲鳴が響き、驚きで心臓をバクバクと急ピッチで働かせながらオレはその悲鳴の出所に近寄る。


 オレが起きた時にはベッドの上にいたはずのリアンが、そのベッドのすぐ横の床で綺麗に大の字になっていた。


「なんだ、ビックリした……寝ぼけてベッドから落ちたのか。大丈夫か、リアン?」

「ふむぅ? おぉ、あるじぃ……痛くは無いが、衝撃が顔面を中心に走って驚いた……」

「こっちも驚いたよ。怪我が無いならいいけどさ。あと、下がめくり上がっているからちゃんと直せよ」


 オレの指摘にリアンが目を擦りながら顔を下げる。

 ワンピースの様な寝巻きのスカートがめくれて、リアンの下着が露わになっている。

 ただそこは(ドラゴン)と人の羞恥感の違いか、特に恥じらう様子も無く普通に直した。


「……ん? どうした主人? ワシの下着が気になったのか?」

「いいや。大体、身内の女性の下着なんて寝相が悪い時のルウナで見慣れてるからもう何とも思わないよ」


 そもそも、前の世界の女性用下着に比べると、この時代の下着類って割と質素だからな。

 そう思うと前世の時代って結構派手だったんだな。


 ちなみに誰に言い訳するわけでも無いが、これもリオンさんの作品作りの際に「資料」として! 資料として、ネットとかで見ただけであって、決してオレの趣味嗜好(しゅみしこう)ではない!


 断じて違うのだ……断じて……。


「主人よ、急に天を(あお)いだまま固まってどうした?」

「……いや、少し自分自身を見つめ直していたところで……」

「ふむ? まぁそれはそうと、またあの小娘共からの手紙なのか?」

「ああ。前はレクアからだったけど、今回はキキかららしい」


 オレは手紙をリアンに渡して未だ窓に残っているハヤテの頭を撫でる。

 オレの撫で方が悪いのか、それともただボーっとしているのか、特に反応はなくノーリアクションだ。


「ハヤテは相変わらず毛並みが良くて触り心地が良いな。レクアに毎日お手入れでもしてもらっているのか?」


 ……返事が無い。ただの剥製(はくせい)の様だ。


 そのままハヤテを撫でていると、急に首を左右にブルブルッ! と振ったかと思うとピョンと外側へと方向転換し、そのまま飛んで行ってしまった。


 あらら、レクアの言う通りマイペースな奴みたいだな。


「ふむふむ、なるほど……主人よ、つまりどういう事だ?」

「さぁな。何でオレに冒険者に――つまり冒険者資格を取るように勧めてきたのか、さっぱりだ」

「手紙には『一〇日後に冒険者ギルドに集合ねっ! よろしく!』とあるが?」

「う〜ん……とりあえず、それまでは保留でいいだろう。ほら、今日は任務があるんだから支度するぞ」

「おお、そう言えばそうだった」


 キキからの手紙を机の引き出しに入れ、制服である騎士服に着替えたオレはリアンと一緒に食事部屋へ向かう事にした。




「あっ、お兄様! おはようございます」

「おはよう、ルウナ。今日はいつもより来るのが早くないか?」


 いつもより早い時間帯なのでまだ誰もいないと思い食事部屋へと入ると、席には既にルウナが座っていて食事が出来るのを待っていたようだ。


「はい。何だが今日は早くに目覚めてしまって」


 えへへっ――っと、朝から可愛らしい笑顔を向けてくれる。

 あぁ、その笑顔に元気を貰えるよ。


「お兄様は確か、本日はお仕事でしたか?」

「ああ。今日は街じゃなくて、()()()を見回る任務なんだ」

「そうですか……。リアンが一緒ですから大丈夫だと思いますが、お気をつけて下さい」

「ありがとうなルウナ、心配してくれて」


 オレを気に掛けてくれたルウナの頭を優しく撫でてやる。

 相変わらずサラサラして触り心地のいい髪質だ。

 ルウナも撫でられて気持ちいいのか嬉しそうにしている。さっきのハヤテより感情豊かな反応で分かりやすくて助かるよ。


「ふむ? 街中なのに危ない事が起きるのか?」


 朝食の準備中、ずっと机にうなだれていたリアンがさっきの会話に興味を持ったのかそう聞いてくる。


「ん? あっ、そうか。リアンを連れて貧民街に行った事は無かったか?」

「ふむ。その『ひんみんがい』……? とは何だ?」

「あ〜、実際に見た方が早いだろ。現場に着いたら説明するよ」


 リアンは「そうか?」と、特に追求してくる事なく納得したようだ。

 ルウナは全く知らないという事は無いだろうけど、あまりルウナの前で話したい内容でも無いからな……。




 あの後、家族揃って朝食を終えたオレは、鎧など装備を置いている部屋へと来ていた。


「主人、今回もワシは鎧姿でいた方がいいか?」

「いや、領地内だしそのままで良いだろう」


 オレは自分の装備を整えながらリアンにそう返す。

 まぁまぁ重量がある鉄鎧を、お手玉を扱うかの様に軽々と投げてはキャッチしているリアン。

 その怪力に今更驚きはしないが、壊したら大変なのでちゃんと元あった所に直しておくように伝える。


「よし、準備は整った。行くか、リアン」

「ふむ」


 鎧の上から最後に剣を装備し、オレとリアンは屋敷を出た。


 先に外で待っていたルウナが玄関前でお見送りしてくれる中、オレたちはひとまず街へと向かう。




 いつも来ている街の入り口で今回一緒に貧民街を見回る(パトロール)先輩の兵士たちと合流し、貧民街へ移動した。


 今回の任務にはスライドは参加していないようで、先輩兵士たちには前もってオレの身分を気にしないように父さんから言われているらしい。

 街中の巡回任務の経験もまだ少ないので、オレとしては全然威張るつもりも無いし、むしろ先輩兵士たちを頼らせてもらえて助かる。


「主人、ここが『ひんみんがい』か?」

「ああ。相変わらず同じ領内とは思えない雰囲気だ……」


 そこは普段行っている――中央都市の王都程では無いが明るく豊かなドゥラルーク領の街とは打って変わり、全体的に荒れ果てている風貌の街だ。


「貧民街って言うのは、他国から逃げてガスラート王国のドゥラルーク領に来た人や、職を失って生活が苦しくなった人が集まって暮らしている街だ」


 この貧民街に暮らしている人たちからは徴収(ちょうしゅう)など無理はさせてはいないが……()()()()()()()


 すると、前方にある壁がボロボロになっている家から人影が出てきた。


「おっ? なんだ小さい少女か……んっ!?」


 リアンの言うとおり家から出て来たのは一〇歳前後の少女だった。

 ……だけど着ている服はつぎはぎだらけで、手足や体はやせ細っていて、何日もちゃんとした食事を取っていない事が一目でわかる。


 ――まるで漫画のワンシーンでも見ている様だ。


「主人……」

「……()()()()ものなんだ。行くぞ、リアン」

「……ふむ。分かった」


 裕福で平和な前世の世界では無いんだ。

 そういうもの(貧富の差)なんて、当たり前の世界。


 この間の奴隷商(獣人の子)の時と同じで、同情なんてしてたら切りがない。


 歩み始めた先輩兵士たちについて行き、オレとリアンはその少女の目の前を通って先に進んでいく。

 すれ違う瞬間、少女のその(うつろ)な目と目が合った気がした。


 ――ごめんな。




 貧民街はその性質上、お世辞にも治安が良いとは言えない。

 その為こうして定期的に騎士や兵士が見回っている。


「まっ、その理由も治安改善とかそんなのじゃなく、領内に反乱分子を生み出さない為なんだけど」

「ふむぅ、現実的な話だな」


 先輩兵士たちと分かれて見回る事になったオレとリアンは、建物の裏通りだったり入り組んだ所を任せられた。

 見回りを始めて約一時間くらい経ったが今のところ問題はない。


 この現場を見て「問題無し」と思わないといけないとは……。


「――こうかな? やぁー!」

「違うよ! もっと――」


 ――うん?

 何処からか話し声が……子供か?


「主人、あの家の後ろから聞こえてくるぞ」

「何をしているんだ?」


 リアンが教えてくれたボロ家の裏手に回ってこっそり見てみると、家裏のちょっとした広場に先程の少女と同い年くらいの男の子と女の子が遊んでいた。


「なんだ、遊んでいただけか」

「しかし主人よ、あの二人は何をしているんだ?」


 おもちゃも無く走り回るでも無く、ただ男の子と女の子が手を地面に向けてひたすら「やぁー!」とか「とりゃー!」と叫んでいる。


 もしかして……。


 オレは建物の影から出て怖がらせない様にしゃがんで姿勢を低くする。


「やぁ、こんにちは」

「へっ? あっ兵士さんだ!」

「ホントだ、兵士さんだね!」


 男の子につられて女の子もオレに気づいてくれた。


 正確には兵士じゃなくて騎士なんだけどね……。


「どうかしたの、兵士さん?」

「うん、何してるのかなと思って君たちを見てたんだけど、もしかして〈召喚(コール・ライト)〉をしようとしてたのかな?」

「こ、こおる……?」

「あ〜、まだ魔法名は知らないか……。えっと、使い魔――自分だけの魔物を呼ぶ魔法の事だよ」


 オレの回答に男の子と女の子は一度お互いを見合うと、すぐにオレの方に向き直り「うん!」と元気に頷いた。


 ……魔法を教えるくらいなら、手助けとかにならないだろう。


「じゃあ、お兄ちゃんがそのお手伝いをしてあげるよ」

「えっ! ほんとにっ!」

「ああ。……っと、その前に。リア――あれ? まだ隠れてたのか? リアン、こっちに来てくれ」

「ふむ?」


 家の影からようやく出てきたリアンを近くに呼ぶ。

 その際ぼそっと「ふわぁ、きれいなお姉ちゃん……!」と男の子が言っているのが聞こえた。


「なによ……」

「痛っ! なにするんだよ!?」


 女の子が不満そうな顔で男の子の肩をポカンと一発殴ると、男の子が不思議そうに女の子に文句を言っている。


 おやおや、ラブコメ展開なのかな?


「む? 何だ主人、顔をニヤニヤさせて?」

「いやぁ? オレの使い魔は罪作りだなっと思ってな」


 さて、話が逸れる前に二人のケンカを止めて確認をしないと。


「リアン、二人の内魔力が多そうなのって分かるか?」

「ふむ、見てみよう」


 リアンはそう言うと、しばらく二人をじっと見つめる。


「……ふむ、女の方は少なそうだが、男の方は高そうだ」

「了解。じゃあ君、魔力は感じられるかな?」

「うん。何となくだけど」


 ほう、この歳でもう魔力が感じられるのは早い方だ。


「なら良し。君の利き腕はどっちかな。右? 左?」

「左だよ」

「左利きか。なら、その魔力を出来るだけ左手の(てのひら)に集めてみて」


 男の子の掌を握って「ここだよ」っと教えてやる。


「ふっ……ふ〜〜んっ!」

「がんばれっ! がんばれっ!」


 女の子が応援する中、男の子は少しずつ着実に魔力を集めていく。


「良い調子だ。次にその集めた魔力で、掌に魔法陣……絵を描く様に想像してみて」


 オレは自分の掌に魔力を集めて〈召喚(コール・ライト)〉の魔法陣を浮かばせて、男の子に見せる。


「う〜……難しいよ……」

「頑張ってがんばって! ほら、ちょっとだけど絵が浮かんできた!」

「えっ……あ、ホントだ!」


 その後も頑張って魔力を集めつつ魔法陣を描いていく男の子。

 オレも指で男の子の掌に魔法陣の形をなぞって想像しやすくしてあげていく。


「うん。形にもなってきたし、魔力も十分だろう。最後にその集めた魔力を絵の形に、地面に向けて流し出す(放出)んだ!」

「うーーん……やぁっ!」


 地面に男の子の魔力で作られた魔法陣が映し出される。

 魔力量の問題だと思うがオレよりも小さい魔法陣だ。


「よし! 最後に『〈召喚(コール・ライト)〉』って、声に出して言うんだ!」

「っうん! ……〈こーる・らいと〉ーー!!」


 その瞬間、浮かんでいた魔法陣が光り輝き、魔法陣の上に使い魔が現れ出した。


 おぉ、これはまた珍しい奴が出てきたものだ。


「はぁ、はぁ……疲れたよぉ……」


 まだ子供で魔力も体力も使い果たして疲れたのか、男の子は地面に座り込んでしまった。

 すると、その男の子に女の子が勢いよく飛びついた。


「うわっ! なに?!」

「すごいよ、すごいよ! 使い魔を呼べたんだよ! ほら!」


 女の子が指を刺す方向に男の子が目を向ける。


「うん? わああぁぁ!? おっ、おおっ、お化けー!?」


 自分が呼んだ使い魔に驚いた男の子が、抱きついてきた女の子に逆に抱きつき返して怯えだした。


「はははっ、お化けじゃないよ。こいつもちゃんとした魔物だ」


 オレはそう言って、男の子が呼び出した使い魔に近づいていく。


 その魔物は全身真っ白で骨張った――というより()()()()()姿をしている。

 骨のみなので分かりづらいけど、牛に似た体格でサイズはその一回り大きい。

 そしてその頭、両肩には前に飛び出た鋭い角がある。


「こいつは角牛骸骨(ホーンバイソ・ボーン)っていう魔物で、見た目は中々厳ついけど大人しい魔物らしいよ」


 そう説明して角牛骸骨(ホーンバイソ・ボーン)の額を撫でてやると、目の位置にある淡く光っている灯りが垂れ下がり、何処から鳴らしているのか「ボォォ」という鳴き声を漏らす。


「なっ?」

「……ぼ、僕も、触ってみても良い……?」

「良いも何も、こいつは君の使い魔だろ」


 オレがそう言って角牛骸骨(ホーンバイソ・ボーン)にしゃがむ様に促して低くさせると、男の子と女の子が少しづつ近づいてきて恐るおそる角牛骸骨の額を撫でていく。


 オレの時以上に気持ち良さそうな声を漏らす角牛骸骨に、ようやく恐怖心が消えたのか二人が一気に構い出した。


「主人、こんな事してて良かったのか? 今は任務中なんだろう?」

「今更だな……終わった後に言うか? ちょっとくらいはいいだろう。それに……」


 この使い魔なら多分……。


「君たち、お父さんかお母さんにこの使い魔の事話しておいで」

「えっ?」

「どうして?」

「上手くいけば、お父さんたちに仕事が貰えて、ご飯とかが貰える様になるかもしれないよ?」


 二人が満面の笑みで「ホント!?」と聞いてくるので頷く。


 こういう大人しい四足歩行の使い魔は、農作業とかに手伝わせるのに向いている。

 ドゥラルーク領にある農業家に話がつければ無事に仕事がもらえて、貧民街からも出られる筈だ。


「うん! お父さんとお母さんに話してくるね!」

「兵士さん、ありがとー!」

「だから兵士じゃ無いんだって……」


 角牛骸骨(ホーンバイソ・ボーン)を連れて自分たちの親の元へ向かっていく二人を見届ける。


 さてと、早速お仕事だ……。


「それで、ずっと覗き見をしてた貴方たちは何しているんですか?」


 何処に言うでもなく周りに聞こえるようにそう言うと、物陰から二人の男性が出てきた。


「別に? 何かしてる訳じゃないさ。ただちょっと、なぁ……?」


 ボロボロの服装からしてこの二人も貧民街の住民なのは間違いない。

 そして二人の手にはそれぞれ壊れたガラス細工だったり、釘バッド状になった廃材が握られている。


「おうさ。いい感じに、金になりそうな匂いがするガキ共を見かけてね。ちょっと俺達に着いてきてもらおうと思っただけさ」

「はあ、なるほど」


 要はさっきの子たちを(さら)おうとしていると。


「それをオレ(騎士)に見られ聞かれた訳だけど、逃げるか大人しく捕まる気は無いかな?」


 男たちが額に汗を流しつつ「ひひっ……あると思うか?」と聞いてきたので、「無さそうだよね……」とついついぼやいてオレは剣を抜く。


 廃材を持った男が勢いよく向かってきた。

 高らかに上げた廃材をノロマな動きで振り下ろしてきたので、剣で一弾(ひとはじ)きして横に避ける。


 ど素人の動きならこんなものか。


「オラ油断してんじゃねぇ!」


 ダンダンダンと足音を鳴らして背後から近づいてきたガラス細工を持った男。

 チラ見で位置を確認した後オレはその場でしゃがむ。


「死ねぇぇ!?」

「――ふむっ!」


 ドシャァンッ!


 突進して来ていたガラス細工を持った男に向けて、オレの正面にいた小竜姿になったリアンが男の頭を鷲掴みするとそのまま地面に押し倒した。


「ありがとう、助かった。えっと……当然殺して、無い……よね……?」


 リアンに押さえつけられた男が、地面に半埋まりしたまま全く動かなくなってしまった。


「ふむ? ()った方がよかったか?」

「いや、騎士兵士への暴行で逮捕しないといけないから殺すなよ」

「ふむ、分かった。残りもワシがやるか?」


 そういえばもう一人いた事を忘れていた。

 しかし振り返ってみると、小竜姿のリアンを見て固まってしまったらしい廃材を持った男。


「……いや、戦意喪失したみたいだ」


 男の手から廃材を取り上げて、持って来ていた縄で男二人を縛り上げる。


 半ば強引に引きずるように二人を連れてしばらく歩いていると、先輩兵士の一人を見つけて事情を報告、男二人の連行を任せた。


「うーん、久しぶりに体を動かしたなぁ」


 少女姿でスッキリした顔で伸びをするリアン。


「ほらほら、まだ任務の真っ最中なんだから気を抜くなよリアン」

「分かっている、わかっている」


 一息ついたオレとリアンは、再び貧民街の見回り(パトロール)へと戻る。


 ……あそこまでしたんだし、あの男の子と女の子、無事に幸せになれるといいけどなぁ。

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