三・二話 カーニバルデートは大盛り上がり
「――ぽ、魔草薬……!? これが……!」
「そうよ。この瓶の中に入っている薬が魔草薬って言うの」
すごい、本物だ……。これが、本物のポーション!
異世界物の定番アイテムだけど、実物を見たのは初めてだ。いや、存在自体を知ったのもついこの間でもあるんだけど。
オレはちょっと興奮気味に、目の前の異世界アイテムをまじまじと見る。
「ヴァイオレットさん、魔草薬って一体何なのでしょうか?」
「そうねぇ。魔草薬って言うのはね、簡単に言えば即効性の飲み薬って感じかしら」
「即効性……ですか?」
「ええ。例えば、風邪をひいた時に薬を飲んでも完治するのは早くて一日、二日後じゃない。でも魔草薬なら飲んで半日もしない内に完全回復するのよ」
「そんなに凄いお薬なんですか!?」
驚くルウナに「個人差はあるけどね」と、お医者さんお決まりのセリフを付け加えるヴァイオレットさん。
「病だけでは無いんですよ」
「こう、ズバァーっと大怪我した時に飲んでも、みるみる内に血が止まって傷が塞がっていくんだよー!」
「へぇ、それは本当にすごい効き目だ」
レクアの言葉に被せて大振りなジェスチャー付きのキキの説明に相槌を打つ。
まさにオレの知ってるポーションそのものだ。これはちょっとテンションが上がるな。
「まさに万能薬ですね」
「う〜ん……ちょっと違うかなぁ」
「えっ?」
オレの言葉にヴァイオレットさんが唸り気味に否定する。
「これ一本で全てが治るって訳じゃあないのよ」
「えーーっ!?」
「何で貴女まで驚いているのよ、キキ」
「だって、今までずっとそう思ってたんだもん!」
オレが驚く暇をくれ、キキ、レクア。
まぁこの二人は置いておいて。
「そ、そうなんですか?」
「そりゃそうよ。そんな凄い『なんでも薬』なら、薬の種類なんてこれ一つで済んじゃうじゃない」
「あー……それは、確かにそうだ」
「それに魔草薬って言っても、普通の薬とそこまでの違いは無いのよ」
「どういう事です?」
コテンと首を傾げるルウナ。
おい見たか周りにいるみんな。うちの妹、マジ可愛いだろ。
「そうだ、丁度もう一本調合しようと思っていたから見ていく?」
「えっ?」
「リィー、魔草薬作るからおねがーい!」
屋台奥へと声を掛けたヴァイオレットさんの元にしばらくして、ふわりふわりと何かが飛んでやってきた。
……虫?
――っ! いや!?
「――妖精?!」
「きゃー! 可愛いぃ!」
近くまで飛んできたその「妖精」がヴァイオレットさんの肩にちょこんと座ると、ニコリと小動物の様な愛くるしい微笑みをオレたちに向けてくる。
「お二人は華妖精を見るのは初めてかしら?」
「っと言うより初めて聞きました……」
目の前の妖精……もとい華妖精と言うらしい魔物を興味深そうに見てから答えるルウナにオレも同意する。
ピンク色の肌をした小人に、二枚一対の羽根が両側から生えた「ザ・ファンタジーの妖精」って感じの見た目をしている。
衣類は身に付けていないが子供(特にルウナとか)が見ても健全な、所謂そういった部位は無い体だ。
ピンク色の髪の上から鮮やかな色に淡く光るロングヘアーをしていて、顔は愛らしい少女の様な表情をしていて常に笑顔を浮かべている。
こんな魔物、見た事も無ければ聞いた事も無い。
「この子はリィー。華妖精って言う魔物で、私の使い魔なの」
「んん……華妖精……?」
「まぁ知らなくても無理はないわね。私もそれなりに調べてみたけれど、全然よく分からなくて。唯一種族名だけは何とか判明したのよ。多分華妖精って、書物にも載っていない珍しい魔物なんだと思うわ」
「お兄様でも分からないんですか?」
「ああ、そこそこ魔物については知ってるつもりだったんだけど、華妖精なんて初めてだ――うん?」
ルウナに続いてまじまじとヴァイオレットさんの使い魔リィーちゃんを見ていると、ヴァイオレットさんの肩からふわりと飛んでオレの額をチョンと突き、体をくの字の前のめりにしてまた微笑んできた。
――何このあざとい小動物。
「ふふっ。可愛いでしょ? でも連れて帰ろうなんて思っちゃダメよ、リィーは私の大切なパートナーなんだから!」
「ははは、思ってないですよ」
「お兄様、浮気はダメですよ! お兄様にはリアンがいるんですから。そんな浮気性な男性にはならないで下さいね」
「……使い魔に、浮気とか当てはまるのか?」
何の話だったか脱線したな。
えーと、確か魔草薬の話だった筈。
「それで、魔草薬とこのリィーちゃんがどうかしたんですか?」
オレが本題に戻すと「あ、そうだったわ。つい話が逸れたわね」と、拳を頭にコツンと当ててうっかりポーズを取る。
もちろん可愛い訳では無いけど、何故だろう。この人がやると妙に様になっている気がする。
「魔草薬はね、人だけでは作れないお薬なの。傷薬の魔草薬を作ろうと思ったら……」
オレたちの位置からは見える屋台奥でヴァイオレットさんは説明をしながら、何やら小道具を用意し始める。
時代劇ドラマで薬剤師が使うローラー型のすり鉢に、恐らく専用の薬草だと思う何種類かの草花を入れてすり潰していく。
ゴリッゴリッゴリッ、っと。
……地味な絵だと思ったら、怒られるかな?
ただ手際や作業スピードは早く、あっという間に薬草はサラサラの粉末へと変わり、ヴァイオレットさんはそれをビーカー状のガラス容器に移すと、その中に水を入れて混ぜていく。
ヴァイオレットさんの説明によると先程入れたのは水ではなく、下準備を済ませた薬水だとか。
「こんな感じかしら。リィー、いつもみたいに最後の仕上げ、お願い」
かき混ぜ終えたヴァイオレットさんがリィーちゃんにそう告げると、コクリとリィーちゃんは頷きビーカーの縁に両手を添えた。
すると中の混ぜ合わさった薬水がほんのりと発光しだし、数十秒ほどすると光は収まり、リィーちゃんもその場を離れて定位置っぽくヴァイオレットさんの肩に戻る。
「はい、これで魔草薬の完成よ。あとは小瓶に分けていくだけ」
「へぇ……魔草薬って魔物の魔法を使った薬なんですね。ちなみにどんな魔法何ですか?」
「さぁ?」
「さぁ、って……リィーちゃんは教えてくれないんですか?」
「リィーは言葉は発さないからね。何を聞いても分からないのよ」
それは主人と使い魔としてコミニュケーションは取れているのか……?
「はい、リィー。いつもありがとうね」
そう言ってヴァイオレットがクッキーを取り出すと、リィーちゃんはニコニコと嬉しそうに受け取りその小さな口でクッキーを齧り食べ始めた。
「しかし、あまり広く出回っていないって事は、色んな魔物が簡単に使える様な魔法では無いって事ですかね?」
「そうだね、私もヴァイオレットさんのお店以外で見た事ないよ」
そう隣で難しそうな顔で考察するレクアと、クッキーを食べるリィーちゃんを愛でつつ答えるミヤ。
「――っと、はい。これサービスであげるわ。持って行きなさい、キキちゃん達」
「やったー! ヴァイオレット姉さんありがとー!」
出来立ての魔草薬を受け取って嬉しそうにはしゃぐキキの足元で、同じく嬉しそうにバタバタと動く火鱗蜥蜴のサマラ。
気づかなかった……。いつの間にキキの足元まで来てたんだか。
「それでは私達はそろそろ失礼します。早く依頼の場所に行かないといけないので」
「ああ、頑張れ、レクア」
「皆さんお気をつけて」
「ありがとうございます、ルウナさん。ほら、キキちゃんも行くよ!」
「ちょっと待ってミヤ。魔草薬が割れたらヤだから、プルゥちゃんの中に収納しといて」
「うん、分かった。プルゥちゃん、お願い」
ミヤの合図に反応し、ミヤの小さなマントの中からぷるんと出てきたプルゥが魔草薬を三本共飲み込んだ。
「準備完了! じゃ、行ってくるよにいちゃん。またねー!」
「おう」
「お怪我の無いように」
大振りに手を振ってレクアとミヤの後を追って裏通りに去っていくキキの後ろ姿を、ルウナと一緒に見送る。
「さてと、お見送りも終わったところで。確かあなた達、今デート中なんでしょ?」
「でっ――!? えっえへへ! そ、そうなです……!」
ヴァイオレットさんの確認に、ルウナは赤く染めた頬に手を添えて照れ臭そうに答えた。
「……反応が一々可愛い妹さんね」
「全くその通りです。自慢の妹です」
ヴァイオレットさんと意見が合ったところでようやく話が戻る。
「折角のデートなら、この少し先に行ったところの広場で今、大道芸をしているらしいわ。今朝に旅の大道芸人の一団が王都に来たって街で騒いでいたから、多分まだいるんじゃないかしら」
「へぇ、それは気になりますね」
「お兄様、私も見てみたいです。行ってみましょう!」
「そうだな、行ってみるか。ありがとうございます、ヴァイオレットさん」
「また来させていただきます」
「ええ、兄妹仲良く楽しんできてね」
出店の屋台から手を振るヴァイオレットさんとリィーちゃんに答えて、オレたちは大道芸がやっているという広場に向かう。
広場に出て最初に目に入ったのは、歓喜に溢れた幾つもの人混みだった。
裏通りから徐々に広場に近づくに連れて聞こえて来てはいたが、やはり現地に来ると中々に賑やかだ。滅多に王都に遊びに来ることも無かったから、こんな光景もあまり見たことがない。
人混みの合間からちらほらと芸人たちの様子が見え、また広場には不似合いのカラフルな大きいテントも建てられている。
「わぁー! 凄い盛り上がりですね!」
「そうだな、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。ルウナ、何処から見にいく?」
「そうですね……あそこから見に行きましょう!」
ルウナに手を引かれて人混みの一角を掻き分けていく。
――うん? 腕を挟まれるこの感触……ルウナ、また成長したか!? この子、恐ろしい成長速度だわ!
……ゴホンッ。
それはさておき……。
ルウナが怪我をしない様にオレが人混みを力づくで開いてルウナを通していく。
万が一どさくさに紛れてルウナにセクハラする様な人がいたらいけないしな、多少強引でも許されるだろう。
その先ではピエロ――の代わりなのか、ちょっと不気味なお面を付けた人が幾つもの輪っかを使ってジャグリングをして注目を浴びていた。
その側で恐らくお面さんの使い魔の甲兜犀が、その角を使って輪っかを拾い投げて、更にジャグリングの輪っかの数を増やしていく。
ほぅ、お手伝いをさせているのか。
甲兜犀は温厚な魔物だから、こういう助手役には打って付けなんだろう。
次に移動して見に来たのは、水がたっぷり注がれた水樽五個が入った馬車を、派手派手な装飾を身に付けた大柄な男性が自力で動かすところ。
「あんな重たそうな物をっ!? 凄いですよ、お兄様!」
「そうだな。うん? ――あっ」
「どうかしましたか、お兄様?」
「い、いや。何でもないよ……」
ルウナや周りの人たちが盛り上がる中、オレは見てしまった。
大柄男性が引く馬車の中、水樽の隙間で魔法を発動させている夢想未犀という、前世の世界の動物バクっぽい見た目の魔物が居るのを。
確かあの魔物は重力系の魔法が使えた筈。という事は多分、馬車の重さを……。
「タネ明かしは、良くないよな……」
そんな調子でオレたちは数ある大道芸を何箇所か見て周り、楽しんでいく。
「ありがとうございました!」
「どうもー」
今オレは広場の周りに設置された小テントの出店で、ルウナとオレの分の飲み物を買ったところだ。
ちなみにオレが今買いに行った出店は大道芸一団の仲間らしく、飲食担当らしい。
映画館でポップコーンでも買った気分だ。
「ほら、ルウナ」
「ありがとうございます、お兄様」
広場の中央の石段に座って待つルウナの元に行き飲み物を渡す。
先程落ち着いて辺りを見て気づいたけど、この広場はオレとリアンが黒岩大人形と死闘を繰り広げた「あの広場」だったみたいだ。
よく見てみると、あの時の戦いで壊れた筈の石柱がもう何本か立て直されている。
「どうかしましたか、お兄様? お疲れになられましたか?」
「いいや、何気にあれから月日は経ったんだなっと思って……」
「あれから……?」
ほんのりと果実の甘味があるこのドリンクを飲みながら、ふとあの出来事を思い出す。
あの時は完全にやられたけど、今度こそルウナに危害を加える相手を倒せる様にもっと強くならないとな。
広場中央の下段ステージで草葉奏者と一緒に、小型のハープを奏でる演奏者の音楽を聞きながら、オレとルウナはのんびりと休憩する。
「お兄様、最後にあの大きなテントに入って見ませんか?」
「そうだな。日も傾き始めてきた事だし、最後に行ってみるか、ルウナ」
「はい!」
本日のデートの最後に、この広場で一番大きなテントの中を見に行くことになった。
「一体何をやっているんだろうな?」
「楽しみですね!」
――うん?
大型テントへと向かう中、ふと目の前を歩く人影が目に入った。
白いワンピース風の洋服を着た女性っぽいが、一番に目に入るのがその銀色の髪だ。
綺麗な銀色をしたロングヘアーをストレートにして、その頭部には麦わら帽子が被さっている。
夏ドラマのヒロインか、リオンさん作の同人ホラーでデザインした八尺様みたいなコーデだ……。
あぁ……あの時は普段作っているジャンルと違うと、発案者の筈のリオンさんが駄々をコネて、いつもより締め切りが押して生きた心地がしなかった覚えがある……。
「むぅ……! 今はルウナとデート中なんですよ! 他の女性に見惚れないで下さい、お兄様!」
「べっ、別に見惚れてた訳じゃないよ……!」
オレが少し前方の女性を見ていただけでプクッと頬を膨らませた膨れっ面で詰め寄ってくるルウナを宥めて、見当違いな勘違いを解く。
まぁ、もう少しその可愛い顔を見ていても良かった気がするが……。
すると急に、ブワッと強い風が吹き、目の前の女性の帽子が一直線にオレの顔面に飛んできて直撃した。
「わっ、ブッ!? いててっ……」
「もう、バチが当たったんですよ」
「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
オレが掴んだ帽子越しに目の前の女性が謝罪してきた。
あれ? この声、何処かで……?
いや、気のせいだろう。
「あぁ、大丈夫ですよ。気にしないでくだ――さ、い……?」
面を向けていた帽子を平行にして女性に手渡した瞬間、オレの思考が一瞬止まった……気がする。
「ん? どうかしましたか?」
こっ……。
「お兄様……?」
このっ……。
「た、たたたっ――」
この人はっ……!?
「たっ――タルティシナ王国騎士長?!」
このガスラート王国最強と謳われる有名な女性。
そしてオレの憧れの人物でもあるその人が、目の前で不思議そうに小首を傾げる。
「はい、そうですが……?」
※ちなみに八尺様とはリアルホラー作品物ですので、気になる方は【自己責任】でお調べをお願いします……。