二・二十三話 他人の空似?
――この間まで身に付けていた重い鎧を外してから早くも五日が過ぎ……オレは今、ある意味その鎧よりもお硬い正装を今度は身に纏っている。
本日の主役を立てる様に目立ち過ぎず、かつ地味になり過ぎずに装飾された、上着の裾が長いダークグレーの正装服をオレが着込み、家族もそれぞれの正装姿で「王城の広間」に一緒に来ていた。
ちなみに今回リアンは自宅待機だ。時と場所だけに今回は流石にお留守番してもらっている。出かける時に顔を剥れさせていたから、帰ったらご機嫌取りしないと。
「新品のスーツみたいにちょっと固いから苦手なんだよ、この服……」
「くすくすっ! 騎士服姿の時も素敵ですが、そのお姿もとっても素敵でお似合いですよ、お兄様」
「そうか? でもルウナこそ、ここに居るどの女性にも負けないくらい綺麗だぞ」
「そっ、そんなぁ……!」
ルウナの綺麗な金髪を生かす薄黄色のドレスに身を包んだ超可愛いオレの妹が頬を紅くさせて、嬉しいのか恥ずかしいのか少し俯きモジモジし始める。
「いっ、いくら兄妹でも褒めすぎですよ、お兄様……!」
決して褒められても調子に乗らず、謙遜する心優しい自慢の妹だが、お世辞では無くオレは本当にそう思っている。
ガスラート王国王都のお城の中にある、とても広いダンスホールの様なこの広間に集められた貴族やその関係者のどの女性よりも美しく可愛らしい。
いや、マジで。
「ほらグレン、ルウナ、兄妹でイチャイチャしている場合じゃないわよ。そろそろ陛下方がご入場されるわ」
サリカ姉さんの知らせに広間の奥へと視線を移す。
扉が開くと同時に周りの方々が拍手で出迎え、オレたちも同じ様に拍手をしつつ皆の視線の先を追ってみる。
「おお、国王陛下が来られたぞ」
「お変わりない御姿で安心だ」
「陛下のお隣に居られる王妃様の本日のお召し物、とても素晴らしいドレスですわね」
「ええ。きめ細かく装飾されたドレスが何とも言えませんわ」
「あらっ? 陛下達お二人の後に続かれているあのお方って……」
「随分立派にご成長された様じゃのぉ」
ザワザワと周りの小声が拍手の音に掻き消され途切れとぎれに耳に入ってくる。って言うか、私語してて怒られないか?
「――っと、あの御方が国王様と王妃様か……!」
人垣の合間からようやく見えたこの国のトップの人たち。
少し薄い金髪で、シワが威厳を感じさせる厳しそうなあの男性が王様の様だ。
名前は「ディバイン・レオン・ガスラート」――と言うらしい。
うぅ……必死に思い出そうとしたが、結局名前が出て来なかったため隣に居る姉さんから注意と一緒に教えられた……。
その隣で王様の腕を取って並んで歩いている女性が王妃様らしい。
雪の様な白い肌と、白髪のロングヘアをしている。……と言うか、床まで届きそうな位の長さだ。
そこそこ体格の良い王様とは逆に、王妃様は全体的に細身だな。ちゃんとご飯とか食べてるのか心配になるくらい細いけど大丈夫か?
王妃の名前は「ロマクク・レオン・ガスラート」。同じく姉さんに怒られながら教えてもらいました……。
「グレン……貴方、陛下の御名前くらいしっかり覚えておきなさいよ」
「い、いや、知らなかった訳では……ちょっとド忘れをですね……」
お説教モードの姉さんの視線から目を逸らす。
いっ、いや、違うんですよ姉さん!
まず直接会った事もなく今回初めて拝見したし、それに記憶の引き出しが中々開かなくてですね……。
「あっ! お兄様、お姉様、あの方が『ミトスレヤ王女殿下』じゃないかしら!」
ルウナに腕を引かれ視線を戻して王様たちの後尾を見てみる。
そこには、桜の花びらが舞ったのかと一瞬見間違えてしまうくらいの鮮やかなピンク色が靡いていた。
「あの少女が王女様か。綺麗だな」
「――っ!?」
「うん? どうかしたか、ルウナ」
「い、いえ……」
腰まで届きそうな「綺麗なピンク色」のロングヘアを静かに靡かせて王様たちの後に続くその少女こそ、今回のパーティーの主役である「ミトスレヤ・レオン・ガスラート」王女殿下らしい。
華やかで綺麗なピンク髪で、お人形の様な可愛らしい容姿をしている。
王様とも王妃様ともあまり似てないけど……もしかして、隠し子とか別の女性の子とか……?
「まっ、まさかな……。――いや、この世界なら無くは、無いのかぁ……?」
王様たち三人が広間の前の席に着くと先程までの拍手が止み、静けさが戻ってくる。
そしてしばらくの間の後、王様がその席から一歩前へ出た。
「今宵は我が娘、ミトスレヤの一五の誕生祭に集まってくれた事、感謝する。今宵は日頃中々面識がない貴族同士の交流の場も兼ねるがよい」
王様の挨拶に再び拍手が上がり、続いて王様の代わりに王女様が前へと出てきた。
「皆様、本日は私の誕生祭にお越しくださいまして、誠にありがとうございます――」
まだ幼そうに見える王女様だがやはり生まれが生まれだけあり、丁寧でしっかりとした長文をお話ししていく。
だけど正直、長過ぎる気がするが……。
少し眠気が込み上げてくるが、ここで欠伸の一つでもすればどうなる事やら……想像したくもないよ。
しかしこの声、何処かで聞いたことがある様な……。
そこでふと強い視線を感じて確認すると、ルウナが頬をプクッと少し膨らませていた。
「先程からミトスレヤ殿下の方に熱い視線を送っていましたけど、お兄様は殿下の様な女性がお好きなんですか?」
「何だ? ヤキモチでも焼いたのか、ルウナ?」
「べっ……別にそんな事は……」
全く、目の前の王女様よりお前の方が好きに決まっているだろ。
周りが王女様に釘付けになっている間にこっそりとルウナの頭を撫でてご機嫌を取っておく。それに気づいた姉さんに肘打ちを受けてしまったけど。
数時間経った頃にようやく挨拶も終わり、ちょっとしたダンスタイムが始まった。
演奏隊が奏でる音楽に合わせた踊りを周りが踊っていき、広間も段々と盛り上がってきている。
料理を取りつつ飲み物を飲みながらルウナと姉さんとで広間の様子を見ていると、見知った人がオレたちに近づいてくる。
「ようグレ――い、いや!? グレン殿、五日ぶりですね……!」
「ナルシスゥトン隊長、お久しぶりです。あっ、もう隊長呼びはおかしいですね。そんなに慌てて訂正されなくてもよろしいですよ。それに父上には身分を隠し通している事になっているのですから、まぁ『何でここに一般の騎士が?』っという表情を浮かべておいて下さい」
地方にいる領主の貴族と談話している父さんに聞こえない様に小声でそう伝える。
ルウナと姉さんがナルシスゥトンと挨拶を交わし終えた後、ちょっとした雑談を交わす。
話によるとあれからコッペンの回復も順調らしい。
「王都でもそこそこ有名な魔草薬のお陰だ」
「そうなんですか、ぽ――えっ?」
うん? ちょっと待て……今何と言った?!
今ポーションって……。
「――えっ、へっ……?」
前世で聞き慣れた(っと言うより手伝い慣れた)単語にオレが頭を回転させていると、目の前でナルシスゥトンがルウナに向けて体勢を下げて手を伸ばし出した。
「ルウナ嬢、もしよろしければ私と一曲踊ってくださいますか?」
「えっ? えぇっと……」
悩んでいる様子のルウナだが、まぁナルシスゥトンなら安心かな。
少なくとも、周りでルウナとサリカ姉さんの美しく立派な姿に「鼻の下を伸ばしている」何処ぞの貴族の奴らに任せるよりは何倍もマシだ。
――ナルシスゥトンの態度が変化したら即効で止めに入るけどな。
「行っておいで、ルウナ」
「はい。ダンスのお誘い、よろこんでお受け致します」
ルウナがナルシスゥトンの手を取ると、二人は広間の中央の踊っている人たちに混ざって行き踊り始めた。
「……う〜ん、どうしよう」
――何か、ルウナがナルシスゥトンの手を取った瞬間、ちょっとモヤっとしてしまった。
行っておいでって自分で言っておいて直ぐだけど、もう心配になってきた……。
「グレン、過保護も程々にしなさい。目がとても鋭くなっていて、目が合っていく人達全員顔を逸らしていっているわよ」
「えっ!? そ、そんな顔してたかな……?」
「ルウナは私が見ておくから、グレンも何方かと踊ってきたら? 独りポツンといたら変な噂でも流されるわよ」
「うっ……はい」
ルウナの事を姉さんに任せてオレは少し広間をブラブラと歩いていく。
しかし……。
「誰かと踊れって言われても、既にほとんどの人が踊り相手居る中でどうしろと……」
部屋に置かれた幾つものテーブルにはパーティー料理が置かれているので、行儀が悪くない程度に摘んで歩いていると、遠くの人混みの奥で一人の女性の姿が目に入った。
大人っぽい黒いドレスを着た姉さんとは違い、白と黒の装飾がされたドレスを身に包む銀髪の女性だ。
「あの人は……あの人も確か何処かで見た事あるような……?」
「やっほ、グレン! こんな所で突っ立ってどうかしたの?」
「痛っ!? 誰……何だ、リービルか。お前も来てたんだな」
腕を組んで考え込んでいたオレの肩をバシッと叩いて現れたのは、これまたオレの顔見知りであり昔からの付き合いがある獣人の女性、リービルだった。
「当然でしょ。私達の親が侯爵位の貴族なんだから」
「まぁ、それもそうだな」
叩かれた肩を摩りながらリービルの方を向く。
赤いドレスで肩が出ているタイプのちょっとセクシーなドレスだ。
「何? 私の顔に何かついてるの?」
「いや。何でもない」
服装はセクシーなのだが、着ているのがリービルなだけあって特に変な気分にもならずに済んだ。
「リーリクは一緒じゃないのか?」
「ああ、あの子ならあそこよ」
リービルの指さす方向に、リーリクが女性と踊っている姿があった。
「へぇ、リーリクも案外隅に置けないな」
「我が弟ながらかっこいいからね。……あ、そういえばグレン、確かこの間までグリスノゥザ領に行っていたのよね」
「ああ、色々とトラブルに巻き込まれたりして大変だったよ」
「そんなどうでもいい話より――」
「どうでもいいって……」
「実はついこの間、そのグリスノゥザ領に向かう際に通る深緑の森に珍しい生き物を発見したんだって」
「何だ、その珍しい生き物って?」
「それが何でも、白い毛並みをした巨大……」
「――あの」
「うん? はい――っ?!」
「あっ!?」
リービルと少々雑談をしている最中に背後から声を掛けられ、オレとリービルが振り返ると、そこにまさかの人がいた。
「会談中に申し訳ございません。お邪魔でしたでしょうか?」
オレたちの反応に首を傾げてピンク髪を揺らしながら訪ねてきた女性、ミトスレヤ王女が直ぐ側に来ていた。
「い、いえ! ――ゴホン。ミトスレヤ殿下、本日はお誕生日、おめでとうございます」
「あっ! ……お、おめでとうございます、殿下」
リービルはスカートの丈を摘み、オレと一緒にお辞儀をする。
「ありがとうございます。えっと、失礼ですがお二人は……」
「申し遅れました。私はドゥラルーク侯爵が息子、グレンと申します」
「私はバルドント侯爵が娘、リービルと申します」
オレたちの自己紹介に「まぁ! 侯爵様方のご家族だったのですね!」と好意的なリアクションを取る。
「王族の者として、この国の為に私も頑張りますので、お二人も国を支える未来の侯爵貴族として、今後も励み精進して下さい」
「有難きお言葉、光栄でございます」
「……殿下……?」
リービルの返答の間、気のせいか王女様がチラチラとオレを見てきている気がしたが、気のせいかな。
「あ、申し訳ございません。それでは私は他の方々にも挨拶に向かわなければいけないので、これで失礼いたします」
ペコリと頭を下げた後、王女様は人混みの中へと消えていってしまった。あの中に入って行かないといけないなんて、王女様も大変だ。
しかし改めて思ったけど、あの声もあの顔も何処かで会った事がある気がするんだけどなぁ。
「ダメだ、思い出せない」
「急に殿下が目の前に来てビックリしたわね……」
「えっ? あっ、ああ、確かにな。驚いて寿命が縮ん――」
ふと視界の隅に動く物が入り見てみると、踊っているルウナとナルシスゥトンが直ぐ近くまで接近していた。
「あれ? あの一緒に踊っている子ってルウナちゃんだよね、グレン。グレン? ――はあ〜、自分の妹を見つめたまま私の話を全然聞いてない……相変わらず過保護ねぇ」
「……えっ!? わ、悪かったなぁ……」
「うーん、よし! 気晴らしに私と一緒に踊らない、グレン?」
「り、リービルとか……?」
急なリービルからのダンスの申し込みだが……気分転換にはいいか。
姉さんからも誰かと踊って来いって言われてるし。
「――分かった。一緒に踊るか」
「よし、私の動きにしっかりついて来なさいよ!」
「お手柔らかに頼むよ」
普通は男女逆なのだが、リービルが差し出してきた手を取り、オレたちもダンスに参加していく。
「り、リービル! ちょっとステップが早くないか!?」
「何言ってるの! もっともっと激しくいくわよ!」
「た――助けて……?!」
部屋の中央で「そこそこ」のスピードで回りながら踊っていると、たまにルウナたちとすれ違いルウナと目が合う。
多分楽しんではいるかな。
少なくとも嫌そうな顔はしていないから大丈夫か。
広間に響く音楽も終盤にかかり段々と激しくなっていく。
他のペアも音楽に合わせて行き、リービルに振り回されつつもオレも最後のポーズを取りダンスが終了する。
そうしてパーティーも終盤を迎えて、王女様の誕生祭は無事に閉会となった。
王女様の誕生祭が終わって屋敷に持ったオレは、屋敷に備え付けている湯船に浸かって、本日の気疲れを癒す。
「ふぅ……お風呂に入れるのは、貴族に生まれた特権の一つだよな」
湯船でのんびりとしていると、この部屋の扉をノックする音がして声だけ返事する。すると……。
ガチャ――。
「……お兄様、本日は私もご一緒してよろしいですか?」
扉が開くと、浴室にタオル一枚のみの姿のルウナが入ってきた。
「ル、ルウナ……! え、えぇと……順番が待てなかったのならもうオレ、上がろうか?」
「いっ、いいえ! そ、その、久しぶりにお兄様と一緒に入りたくなりまして……」
えぇ……。
そりゃあ昔は一緒に入っていたし、妹に欲情するつもりは無いけど……オレもルウナもそれなりの年齢になったのに、良いのかな?
「ダメ、でしょうか……?」
……うん、ルウナが望むなら別に問題ないか。
「あ、ああ。分かった、いいよ」
突然の出来事だが、まぁ兄妹だし良いか。
家用の風呂と銭湯の風呂の間くらいの大きさの広目の湯船だが、何故か入ってきたルウナはオレの側によって来る。
突然どうかしたのかな?
「ルウナ、どうかしたのか?」
「お兄様……」
湯船に浸かってから俯き気味にそう切り出す。
「無茶はあまり、しないで下さい」
「……どういう事だ?」
「今日、一緒に踊ったナルシスゥトン様からグリスノゥザ領に任務に向かったお兄様の活躍を聞かせていただきました」
……ダンスしながら別の男の話をしていたのか?
「たくさん危ない目に合いそうになったことも聞きました」
「一応、仕事だからな」
誤魔化す様に笑いながらそう答えると、ルウナがコテンとオレの方に頭を乗せる。
その顔からは心底安心し、同時にオレの事を心配している様に見えた。
「私を置いて、遠い所に行かないで下さいね」
「ルウナ……」
オレが無茶をして死ぬんじゃないか心配したんだな。
「――大丈夫だ。お前に好きな人が出来てお嫁に行かない限り、オレとお前はずっと一緒だ。何処へも行かないし、死なないから安心しろ」
「…………はい、お兄様」
体から余計な力が抜けて改めてオレに身を任せてきたルウナの顔は、一転した安らかな表情を浮かべていた。
嘘つきにならない様に、これからも頑張って強くならないとな。
王女様の誕生祭があった翌日の昼間、突然レクアの使い魔、風遠梟のハヤテから手紙を受け取った。
レクア、キキ、ミヤの三人からの飲みに誘われたオレとリアンは、その日の夜に以前来た事がある「憩いの園」に訪れ三人と一緒に飲む事になった。
「突然の誘いで驚いたけど、ミヤが丁度、昨日誕生日を迎えたから、初めてのお酒を飲むのに招待してくれたのは嬉しいんだが……」
「何と言うか、すみません……」
「あ、あははは……」
「うぅ〜ん! レクアちゃぁん、キキちゃん〜!」
オレは現状を再確認する様に目の前の三人に向き直るが、レクアもキキも、顔を赤くして二人の手を掴んで離さないミヤに困惑した様子を浮かべていた。
「ふむ、エール三杯飲んでこれとは……」
「こんな弱いお酒でよくそこまで酔えるよ……」
「……ですね」
「私はこんな感じのミヤも嫌いじゃないけどね」
レクアとキキに交互に頬擦りして分かりやすく甘えるミヤ。
「ふふぅ〜んっ! 私頑張るからね。みんなみんな、私が頑張って幸せにするからねぇ……」
……それは二人へのプロポーズですか、ミヤさん。
二人の事がとても大好きな様子でそんな寝言を口にするミヤを、全員で苦笑いしつつも温かい目で見守るこんな日常。
この間まで死に物狂いで戦っていたんだ。
打って変わってこんな穏やかな日常を過ごすのも、まぁ悪くはないかな。
この作品の新しい名前が決まりました!
その名も【魔法が二つだけの異世界にシスコン転生】
次回の投稿報告時に詳細と一緒に活動報告にも上げる予定です。
このタイトルで、次回からもお付き合いよろしくお願いします!