二・二十二話 愛しき騎士への華
今回は長文となっております。
「……あいつらの姿が見えない内に、何処かに逃げないと」
ローブを深く被りなるべく人影の無い裏通りへと向かうロザネラの跡を、オレとリアンはコッソリとついて行く。
今更だけど、これ間違ってオレたちが通報されたりしないよね……。
時刻は深夜。裏通りには酔っ払いが一人二人くらいしかおらず、ロザネラは慎重に当たりを警戒して進んでいるようだ。
「……中々『あいつら』現れないな。もしかしてロザネラの事を諦めたのか?」
「……いや、風に乗って匂いがするぞ。嗅いだ覚えがある『奴ら』の匂いが……」
「そうか、わざわざロザネラを独りにした甲斐があったな。だったら、来るとしたらこの人気の無い通りで襲ってくるだろう」
――来たっ!
ロザネラの背後に、脇道から出てきた二つの人影が近づき、その両腕を拘束する。
「あっ、貴方達は!? はっ、離しなさいっ! 私に触れるんじゃないわよ!」
抵抗するロザネラを拘束するのは、痩せ細った男とぽっちゃり体型の男。
ロザネラをずっと狙い探していた「闇金融」の者たちだ。
「はん! 随分と探したんだぜ、ロザネラさんよ〜」
「もう逃しはしないぜ。ね、ダイブン兄貴!」
――そろそろいいか。
「おい、お前たち。その人を離してくれるかな?」
物陰から出たオレは、ロザネラと男たちに聞こえるように声を掛けて近づいていく。
「ぐ、グレン……?! なんで……」
恐らく想像もしていなかったオレの登場にロザネラは目を見開き、顔全体で驚きを表している。
こいつらを油断させてお引き出す為にロザネラを囮にしたなんて本人に言ったら大激怒するだろうから、説明は後でいいよな。……相当怒られるだろうな。
「げっ!? 兵士がこんな所を巡回しているとか聞いてないぞ……!」
「ど、どうしますダイブン兄貴!」
「あ、慌てるな……。こっちにはちゃんとした借用書がある、これは正式な取り立てなんだ。堂々としてろっ」
「はいよ、ダイブン兄貴」
鎧無しの騎士服姿のオレを見て話し合いだす二人。兵士じゃなくて騎士なんだがな。
コソコソ話がダダ漏れなのは状況が状況だからこの際ツッコまないが、マヌケな二人だ。
「さっ、彼女を離してもらえますか?」
「は、はっ! あんたがこの女とどういう関係か知らねぇが、こっちは仕事で来てんだよ」
「そうだそうだ! 借りた金を返して貰うだけだ! 離して欲しいなら、お前が借金三八〇〇ティラを払ってもらおうか!」
やっぱりそれを盾にしてきたか。
ロザネラは悔しそうな表情をしているが、想定通りの展開にオレは準備していた小袋を二人の前に差し出す。
「――ほら、これでいいだろ?」
「あぁ? この袋が何だって……ひゃっ、一〇〇ティラ硬貨がめっちゃ詰まってる!?」
「四〇〇〇ティラ弱はあると思うから確認してくれ」
男たちだけでは無くロザネラまでも酷く驚いている。
この大金は今日の報酬で貰ったオレの分と、スライドの分が入っている。
巨大鉱山の探索前夜にスライドに相談に乗ってもらった時の提案が、報奨金とオレの私金を合わせるのはどうか、というのだった。
二人合わせて二〇〇〇、そしてこの間姉さんに送ってもらったオレが置いて行った貯金の全額約二〇〇〇で何とか足りた。
「スライドには後で改めて礼を言わないといけないな……」
オレの小声など耳に入れずにお金を数える男たち。そして数えるとしばらく二人は見つめ合うとオレに向き直る。
随分と嫌な笑みを浮かべて……。
「確かにこれで借金は返済だ。だが――」
小太り男にダイブンと呼ばれる兄貴分の男がそういうと、周りの脇道からぞろぞろと如何にも怪しそうな男たち一一人が、姿を表した。
「悪いなぁ。もう既にこの女には『借金のカタに来て貰う』事になってるんだよ!」
ダイブンが懐に隠していたナイフを取り出すと、それを合図にでもしていたのか周りの者たちも一斉に武器を取り出す。
「おいおい……こんなに潜んでいるなんて聞いてないぞリアン?!」
後で説教してやる……!
「冒険者か騎士の資格を持たない者は、街中で武器を出すのはもちろん、携帯する事も禁止されている筈だけど……?」
「そんな決まりを守る奴らに見えるか、兄さんよぉ」
ですよね……。
さて、これは少し想定外だ。この人数を相手にするのは流石に無理だ。
オレが額に嫌な汗を流して腰の剣に手を持って行こうとすると、ダイブンが声を荒げる。
「動くなよ? 動いたらこの女がどうなるか、分かるだろ? チャプノブ!」
「はいよ、ダイブン兄貴!」
ダイブンの合図に小太り男、チャプノブは手に持っていたナイフをロザネラの首元に当てる。
「随分、在り来りな卑怯な手を使うじゃないかよ……」
「はっ、何とでも言え!」
「っ――グレン! 私に構わず逃げて!」
「いやいや、ここまでカッコつけて逃げるのは難しいよ……! 最後くらいは、カッコつけないとな」
「グレン……」
不安そうに涙を流すロザネラにそう言って元気付ける。
「はっ、いつまでイキっていられるかな?」
オレが動けない事をいい事に、周りの男たちが徐々に距離を詰めてくる。
マズい、待機させているリアンを呼ぶか?
いや、ロザネラが人質にある今はリアンを呼んでもダメだ……。
「どうしたものかっ……」
――スンッ。
「……は? え――ぎっ、ギャァアア!!」
突然、オレの目の前を何かが通り過ぎると、チャプノブがその手に持っていたナイフを落として悲鳴を上げた。
その手の甲には、小さな投剣の様な物が刺さっていた。
「な、何だ……!?」
「――そこまでだっ!」
すると、通りにその声が響き渡った。
小さな地響きの様な音が聞こえ、次の瞬間馬に跨った四人の人たちが現れるとオレと闇金融たちの間に駆け寄り、その距離を離していく。
月光が徐々に下馬していくその人たちを照らし出すと、オレのよく知る人たちの姿が現れた。
「ナルシスゥトン隊長!? どうして……」
「仲間の危機を救うのも、隊長の務めだからね」
「流石です、ナルシスゥトン様!」
見慣れた動きでそのロング金髪を靡かせるナルシスゥトン隊長と、その手に一本の投剣を持ったままナルシスゥトン隊長に付き添うレーズン。
「まったく、水臭ぇ事してんじゃねぇぞ、グレン」
「お怪我が無くて良かったです」
「オウク……スライドまで……!」
コツンとオレの胸に拳を当てて「無茶しやがって、バカやろぅが」と笑うオウクの手を、いつもの調子でオレから払い除けるスライド。
「グレン様がお望みなら、微力ですが私は、どこまでも力をお貸しいたします」
「スライド……ありがとうな」
「っ!? そ、そんな、勿体なき言葉です!」
嬉しそうに礼を言うスライドだが、礼が言いたいのは本当にオレの方だ……。
「――さて、一先ず資格が無いのに武器を所持している者達を取り押さえるよ!」
ナルシスゥトン隊長の号令に答えると、みんなが男たちを取り押さえに向かう。
二人掛かりで襲ってきた男たちに、オウクの容赦の無い大剣の面打ちが迎え撃ち、男たちの顔面に当たると吹き飛んでいく。
レーズンやスライドに短剣で斬り掛かっていく男たちだったが、レーズンの槍が距離を保ったまま男の首を打撃して気絶させたり、迫る短剣をスライドは剣先で素早く絡め飛ばして敵の戦意を削ぐ。
鍔迫り合いをしていたナルシスゥトン隊長が押し負けそうになったところをレーズンの使い魔、ロキが敵の男の足に噛み付きナルシスゥトン隊長を助ける。
「みんな――よし、オレも!」
そしてオレもみんなと一緒に奴らを鎮圧する為に抜剣する。
――その時。
「――そこの兵士さん……俺と遊ぼ……?」
悪寒……とでも言うのか。
背筋に寒気が走るとはこの事かと思うくらい、本能が拒否する程の気味の悪い声が背後から聞こえ、この二ヶ月間で自然と鍛えられた反射神経により、目前まで迫っていた「鋭利な物」を弾くことが出来た。
「お前は――くっそ、出来れば関係のない人であって欲しかったよ……」
オレが対峙する目前の男性、しっかりした背格好で一見変哲もない一般男性に思えるが、その顔に着いている口角を三日月の様に上げた気味の悪い笑みが特徴的だ。
そしてその手に逆手に持った長さ三〇センチ程のナイフを両手に、オレを獲物を見る様な目で見てくる。
「あっ、アポロンさん!? アポロンさんやっちゃって下せい!」
「アポロン兄貴がいればお前らなんかみんなギタギタだい!」
既に捉えられてオウクにボコボコにされたダイブンとチャプノブ……だったか? が目前の男に向けて声を上げる。
この男、前に一度だけ見たことがあったな。
「中々やるね、おにーさん!」
「お前なんかに褒められても嬉しく無いっての……」
「もっと遊ぼ? もっと武器で、殺し会おうよ!」
言うと同時に急接近してきた男、アポロンが下段から両ナイフをオレに目掛けて振り上げてきた。
オレは剣先と柄頭の両端を使って、アポロンの両ナイフを途中で上から抑え、動きを止める。
「へー、早いね?」
「っ、褒められてる気がしないな……」
だがこの男、見た目よりも力が強く、抑えている手がプルプルと震えてくる。
「なら、これなら!」
アポロンが大きく一歩後ろに引く。
すると懸命に抑えていたオレが前に体制を崩すと、すかさずアポロンは一本のナイフをオレの顔目掛けて投げ飛ばし、ナイフはオレの頬を擦り後ろに通り過ぎた。
「外したか……けど、まだまだこれからだよ!」
距離を離したかと思うとまたもやアポロンが接近し、もう一本のナイフで小刻みに刺突してくる。
「っ! くっそ……!」
それをオレは後ろに後退しつつ剣で一突き一突きを弾き、防いでいく。
「ほら、ほら、ほらっ!」
「くっ……うっ――っあ……!?」
中々手強い……五回に一度は防ぎきれずに、浅くだがナイフが突き刺さる。致命的では無いけど、このままだとやられる。
一瞬でも隙があれば……。
ここで敵の男、アポロンが急に攻撃の手を止めると、タッタッタっと距離を開けた。
「くぅ〜!? すごい、なら――これでどうだっ!」
――シュダッ!
勢いよく踏み込むと、今度は素早くも細かく右へ左へジグザグに移動しつつ近づき、アポロンはその手のナイフを順手に持ち替えて迫ってくる。
ここだ……!
それを何とか目で追い、ナイフがオレに目掛けて伸びてくるタイミングを狙う。
「死ねぇーーー!」
「死ぬかぁーーっ!」
ナイフが目前にくる少し前にしゃがみ込み交わす。同時に握っていた剣に力を込め、頭上を通るナイフ目掛けて薙ぎ払い、ナイフの刃を斬り飛ばす。
「なにぃ!?」
「――ふっ!」
そしてオレは剣に魔力を一気に流し込み魔力剣を作ると、剣を振り抜いた勢いに乗って一回転し、アポロンの右こめかみ辺りを魔力剣で叩き殴る。
「グベッ!? っ……!」
「まだか……一度で倒れろ――よっ!」
まだ倒れず意識があるアポロンに追撃を掛けようと、武器を失い宙を突くこの男の腕に捕まり、オレはアポロンの左首に全力で蹴りを入れる。
「な――ダッ!?」
「もう一丁っ!」
更に蹴った足を軸に、腕に捕まった手に力を込めて体を持ち上げて、今度は下に向けて男の首元を再度蹴り落とす。
ドシィィッ!!
「――ガハッ」
敵の男、アポロンが顔から地面に強打し、やっと動かなくなった。
「はぁ、はぁ! 倒、した……」
以前リービルに食らった蹴り技をパクらせてもらったのだ。
首にダメージを受けた後に地面に叩きつけられるのは相当なダメージだからな。なんとなくやり方を覚えていてよかった。
辺りを見渡すとナルシスゥトン隊長たちも終わったところで、武器を持っていた闇金融の仲間を捕縛していた。
オレが倒したこの男アポロンも完全にのびてしまっていて、残るは終始ロザネラを追いかけていたあの二人。
二人ともプルプルと地面に座り込んでオレたちに怯えていた。
「さて、次はお前たちも――」
「ま、待て……!?」
兄貴分のダイブンが縋り付く弟を払い退けて立ち上がると、プルプルと震えながらボロボロの顔で笑みを浮かべる。
「お、おおお、俺達は――そ、そう! 俺達は伯爵様と親しい間柄なんだ! 俺達に手を出すと言うことは伯爵様に喧嘩を売ると言うことだぞ!」
「――――はぁあ」
何を言い出すかと思ったら……。
「そんなの信じると……」
「いや、待つんだグレン」
「ナルシスゥトン隊長……?」
「正直ありえないとは思うけど、万が一という事も……」
「そ、そうだぞ! 俺を怒らせて伯爵様にチクったら、お前達なんか終わりだ……!」
ほぼ無いに等しい可能性に戸惑うナルシスゥトン隊長。
いや、ナルシスゥトン隊長だけではなく他のみんなも同じような反応だ。
本来なら確認をするまでも無いのだが、ここにいる全員この領地に詳しく無い余所者なので、念のために事実確認をしないといけないのだろうけど、正直もう疲れ切ってそんな事をする気も起きないし、面倒だ。
「お、おい! き、聞いてるのか! やめてほしかったらオレたちを見逃せ!」
うるさいなぁ……。
――仕方ない。保険を使うか。
「……そうでしたか。これは数々のご無礼を失礼しました」
わざとらしい態度で棒読みでそう言うオレに、フンッと鼻を鳴らすダイブン。
「わ、分かったならその娘を――」
「いえ、念のためにあなた達との関係を直接伯爵様に確認いたします」
「なっ!? そ、そんなこと出来る訳がないだろ? 一塊の騎士の分際で!」
「……これは失礼しました。ご挨拶がまだでしたね」
オレは懐から姐さんに送ってもらった書類と取り出すと、その書面を二人に見えるように広げる。
「そんな紙が何――っ?! そ、そんなバカな……」
「だ、ダイブン兄貴? 一体どうして……はあぁ!?」
ほう、流石は一応は闇金融の経営者、文字は読める様だ。
反応からして、オレの身分がわかったらしい。
「オレ――私は、ガスラート王国の侯爵が一人、ドット・ルナ・ドゥラルークが息子、グレン・ルナ・ドゥラルークでございます」
オレの自己紹介に驚愕したのは、男たちだけではなく、ナルシスゥトン隊長たちも同じく驚いていた。
まぁ、ずっと隠していたからな。
「ま、ままま! まさか、あのこ、侯爵様のご家族……!?」
「あぁ? なんだ、その『こうしゃく』って」
「馬鹿者が!? 侯爵様と言ったら、ガスラード王国の国王陛下、公爵様の次にお偉い方だ!」
説明はいいけど鼻息が荒いよ、ナルシスゥトン隊長。
「この度私はドゥラルーク侯爵の名代として、グリスノゥザ伯爵に少しばかりご用が有り来ているのでございます。侯爵の息子である私の話なら、伯爵様もこの度の件について取り繕ってくれるでしょう。しかし……」
もちろん嘘だけどね。
しかし効果はあったらしく、オレの一睨みに男二人が身じろぐ。
「万が一、お前らが言ったことが嘘なら、伯爵の名を汚し、侯爵の名代であるオレに虚言を吐いた事……覚悟をしろよ?」
「うっ! うわぁぁあ!!」
「ま、待ってくださいダイブン兄貴!」
オレの暴露のせいで仲間たちの警戒が薄くなった瞬間に、二人は一本の脇道へと逃げていく。
「おいおいぃ、逃げんじゃぁねぇよ!」
「グレン様、急いで追いかけましょう!」
「……いや、良いよ」
焦るみんなとは裏腹に冷静にオレは脇道を眺める。
「さて、そろそろ――」
遭遇するかなっと、そう思った瞬間、「グオォォオオッ!」と脇道から聞きなれた獣の鳴き声が聞こえた。
そして次に「ぎゃあぁぁ?!」っと、さっき逃げた二人の悲鳴が聞こえ、仲間たちは警戒して武器を構えだす。心配ないんだけどな。
しばらくすると、脇道の奥から気絶した男二人を引きずったリアンが現れた。
「待ち伏せ役、ありがとうな、リアン」
「ずぅーーっと、待ったぞ……つまらない事をさせて……あー! こっちの方が楽しそうだったではないか。ワシもこっちがよかった……」
そう文句を漏らすリアンの頭を撫でて機嫌を直して貰う。
「あと、リアン。悪いけどこの書類、一吹きして燃やしてくれないか?」
「ふむ? 別にいいが……」
オレがパッと宙に投げたこの偽書類に向けて、リアンは拳大ほどの小さな火を吐くと、一瞬にして灰と化した。
あの書類は、オレが「父さんの名代だ」と言う嘘を証明する為にサリカ姉さんに作ってもらった偽の書類。
そんな物を作ってもらったなんて知られたら大問題だからな、早々に跡形も無く消すのが一番だよ。
結局、街中での武器所持に暴力、そして何よりグリスノゥザ伯爵の名を使った事により、闇金融のこいつらを正当な理由のもと連行する事になり、オレが払った大金も一旦帰ってきた。
多分もう払わなくて良い様になると思う。
次はこっち、かな……。
戦闘の最中放り出されたロザネラは地面に座り込んでいたみたいで、スライドに支えられてゆっくりと立ち上がる。
「えっと、怪我は無かったか、ロザネラ?」
「……グレン、ちゃんと説明してくれるのよね?」
「うっ、は、はい……もちろんです」
腕組みをして完全にご立腹モードのロザネラに、今回のオレの考え、そして作戦を伝えた。
「グレン……貴方って人は……!」
「ひっ! ――えっ?」
ロザネラのビンタが飛んでくる。
そう思って待ち構えていたが、飛んできたのは平手では無くハグだった。
「……良いわ。許してあげる。私のためにやってくれたんだものね」
ロザネラは静かにその瞳から涙を流し、オレの胸に顔をくっつけてくる。
「ありがとう……グレンッ……!」
「っ……ああ」
仲間に見守られながらオレは、街中の道のど真ん中で、ロザネラが泣き止むまで優しくその頭を撫でて落ち着けた。
後日報告された事だが、闇金融たちは案の定伯爵様とは無関係、そして武器所持に伯爵様の名を語った事により厳重処分が確定されたらしい。
中には処刑を言い渡される予定の者もいると聞いたが、まぁ自業自得だろ。
これでロザネラも晴れて自由になった。
それを伝えられたロザネラがまたしても泣きながら喜んだのは言うまでも無いな。
そして翌朝、本当に本当のお別れの時が来た……。
グリスノゥザ領の街の出入り口、そこにオレたちは集まり出立の準備をしていた。
「みなさん、今回はお世話になりましたッスス! どうぞお元気で」
「おぉう、また会ったら一緒に飲もうぜ」
「ナルシスゥトン殿、道中気をつけてな。また会おう」
「はい、ケスヤ殿もご健勝で!」
「リアンちゃん……だったか。またおいで、あの屋台の料理をご馳走しよう」
「本当か! ふむ、必ず来よう!」
今まで一緒に戦ってきたアキドを始め、お世話になったケスヤ隊長やフィダーユ隊長たちが見送りに来てくれている。
フィダーユ隊長が今まで見た事がない笑みを浮かべているのは、完全にリアンが落としたからだろうな。リアンからオレに視線が移動した際にいつもの鋭い目に戻ったのがその証拠だし。
さて、こっちの方もちゃんとお別れをしないと。
「今度こそ……本当にお別れなのね」
「ああ」
仲間たちが最後の挨拶をしている中、オレはここまで見送りに来てくれたロザネラと静かに別れの挨拶をしている。
「――あ、そうだった。ロザネラ、ほら」
ふとオレはある事を思い出し、ズボンのポケットから一枚の「住所が書かれた」紙を取り出す。
「何? これって、何処かの住所……? ここに何かあるのかしら?」
「ああ。グリスノゥザ伯爵にお願いして一件の空き家と、そこでの商売の権利を貰ったんだ」
「えっ、それって――」
オレは静かに頷いてから、ロザネラの質問に答える。
「その場所で、ロザネラのお父さんとの夢だった花屋をすれば良いよ」
「――――っ!!」
オレの言葉に、今までで一番の大粒の涙を流すロザネラ。
もちろんここまで来て「後は知らない」とはしないつもりだ。
確かドゥラルーク領の街にも花屋があった筈だから、今度そこに相談して色々な花の輸入先等を聞いてロザネラのお店にもそう言った物を輸入できる様にしようと思っている。
その後の事は本当にロザネラ次第だけど。
「――――グスッ……貴方って人は、どこまでお人好しなら気が済むのよ……」
「だから何度も――」
「ここまでしてくれて『ただの同情』なんて、誰が信じるのよ」
「いやぁ、本当にそれ以外の他意が無いつもりなんだけどな……」
「ふむ、主人は案外、情が熱い人間なのかもな」
「――おわっ?! なっ、何だ、戻って来てたのかリアン! ……ビックリしたぁ。そうか?」
ラブコメなら、この辺でキスの一つでもしそうな雰囲気だが、そんな事はしないし望んではいない。
「……それじゃあ、もう行くよ」
先頭のみんなが乗馬しだし、ゆっくりと出発し始めた。
オレもみんなと同じ様に馬に乗り、リアンに手を伸ばしてオレの後ろに引っ張り上げた。
「貴方みたいな素敵な人に思って貰えるなんて、ルウナさんって人は本当に幸せな彼女さんね」
「だから……今まで何度も訂正しようとしたけど、違うぞ、ロザネラ」
「えっ?」
馬が出入り口へと向きを変え、オレはその手綱をしっかりと握りしめる。
「ルウナは、オレの妹だっ!」
そして一気に合図を送り、先に向かった仲間に追い付くために馬を走り出させる。
「じゃあなー、ロザネラッ!」
「元気でいるんだぞー」
オレは顔だけ後ろに向け、リアンはロザネラに大きく手を振る。
「――グレーンッ! リアンちゃーん! ありがとぉーーっ!! また、きっと会いましょう!」
ロザネラのはち切れんばかりの大きな声に見送られ、オレたちはグリスノゥザ伯爵領を発った。
王国に着いて仲間と別れだオレは、ただひたすらドゥラルーク領の街の中を馬に走らせる。
そして……。
ようやく帰って来れたか。
うん? 屋敷の前で誰かが立っている……。
金髪の女性――ああ。
全く、一体何時間ああやって外で待っていたんだか……。
そうだな、会って最初に何て言おうかな……?
久しぶり……?
この間の手紙に一言も書かなくてごめん……?
いや――やっぱり最初は、あの一言だな。
馬を降りたオレにその女性は全速力で駆け寄り、何の躊躇も無くオレの元へと飛び込んできた。
オレはそれを、懐かしい感覚と一緒に優しく抱き止めた……。
「――ただいま、ルウナ」
「――おかえりなさいませ、お兄様!」
グリスノゥザ伯爵領編、これにて締めとなります。




