二・二十一話 おかえり、さようなら
「ただい――」
「おっそいじゃない!」
辺りがドップリと暗くなり、深夜営業も兼ねていないお店が閉まり始めてくる時間帯に宿舎に無事に着いたオレは、本来オレの部屋、現在ロザネラの部屋になっている部屋のドアノブを回してドアを開くと、威圧で吹き飛ぶんじゃないかと思うくらいのロザネラのお叱りが飛んできた。
「な、何だ!?」
「帰ってくるのが遅過ぎるわよグレン!」
「いや、えっと……スライドとかから探索は無事に終わった話は聞いてなかったかな?」
「ええ、それはちゃんとスライドさんがわざわざ部屋まで来て下さって説明してくれたわ」
腕組みをして「そうでは無くて!」とロザネラが続ける。
「無事に街に戻って来れたなら、真っ直ぐ宿舎まで戻って来なさいよ!」
「いや、悪いわるい。リアンがお腹を空かせたみたいで先に夕食に行ってて……」
何か、心配性の奥さんに言い訳する夫の気分だな。
まぁ、結婚した事が無いからリオンさんの主人さんから昔聞いた体験談だけど。
はははっ……っと笑って誤魔化すオレを見てロザネラがため息を一つ吐くと、その勢いが徐々に鎮まっていく。
とりあえず、この場を何とか流せたか……。
「ふむ、揉め事は終わったか?」
「あっ、リアンちゃん! おかえりなさい。お疲れ様だったらしいわね」
「ふむ、ただいまロザネラ。ふあぁ……ワシはもう疲れたから寝るとするぞ」
「ふふっ、そうね。今日はもう休んだほうがいいわね。グレンも」
「ああ、そうだな。オレももう疲れ切ったよ」
今回の探索で、岩人形の落とし穴に落とされるわ。
何とか合流出来たと思ったら速攻で乱闘パーティーに参加することになるわ。
体のあちこちがボロボロな上に、今までの疲れも一気に押し寄せてきた気がするよ。
いつもの様にリアンをロザネラの部屋で寝かしつけ、オレはそのままスライドの部屋にお邪魔しに行こうとドアへと向かう。
「――あ、そういえば、まだ言っていなかったわね」
唐突に声を掛けてきたロザネラに向き直る。
ま、まだ何かあるのか……? と思ったが、今度は怒りでは無く優しい微笑みを向けていた。
「おかえりなさい、グレン。生きて帰ってきてくれて安心したわ」
「……おう。ただいま、ロザネラ。じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
翌朝、オレが泊まらせてもらったスライドの部屋にノックする音が鳴る。
仕事後の休日は遅くまでゆっくり寝かせて欲しいんだけどなぁ……。
部屋主のスライドが出ると、受付のおばちゃんがオレ宛に荷物があると持って来てくれたらしい。
「ふぁ〜ぁ……。オレ宛に荷物ぅ……?」
「はい、差出人はサリカお嬢様からです」
「サリカ姉さんが…………あ、ああ、あれか!」
寝起きで回らない頭をゆっくりと動かして思い当たる節を手繰り寄せる。
荷物とは、大体三〇センチ弱の木箱で、蓋を開けてみると一つの丸められた書類と中身入りの小袋、それと手紙が入っていた。
「えぇっと何々、『前略、頼まれた物はちゃんと用意したわよ。仕事の合間にこんな物が必要になるなんて、何かトラブルにでも巻き込まれたか、自分から首を突っ込んだのかしら? 詳しくは無事に帰った時に聞かせてね。お仕事頑張って』か。ロザネラの件を説明するのが面倒そうだな」
相変わらず頼りになる姉さんだよ。
あ、追伸がある……「ルウナ宛にも何か一言書いておきなさいよ。私の隣で泣きそうになりながら怒っているわよ。帰ってきたら覚悟しておきなさい」……あ。
「し、しまった……!? ルウナにもメッセージを送るのを忘れていた! あぁ……オレは兄として失格だっ……!」
「ぐ、グレン様! 落ち着いて、落ち着いて下さい!」
頭を抱えて自分の不甲斐なさに嘆く中、スライドの宥めてくる声がオレの耳に届いてきたのは昼直前になる頃だった。
それから、街に戻ってから三日後の日、今回の騒動の元凶を止めた者たちとしてオレたち全員はグリスノゥザ伯爵に呼ばれて謁見室へと来ていた。
「皆の者、今回の騒動の原因を突き止め、それを阻止した活躍、良くぞやってくれた」
グリスノゥザ伯爵の言葉に皆が深く頭を下げる。
「その後の別部隊の再度探索によって判明した事だが、今まで探索した全ての鉱山の地下に諸君が確認した地下水路が繋がっていることが判明した」
グリスノゥザ伯爵の近衛騎士ゴドフリーさんが手に持った報告書を読み上げる。
何でも、落盤の様に塞がれて行き止まりになっていた坑道の先が地下通路へと続いていたらしい。
「それによって、各鉱山から魔物が現れた理由が地下通路を介して報告のあった魔物に使役されたものよる仕業だと判明した」
やはり全て、あのピノッキオ魔物の仕業だったか。
「見事元凶を食い止めた報酬とし、ケスヤ隊長、フィダーユ隊長、ナルシスゥトン隊長に勲章を与えるのじゃ」
「ありがたき幸せでございます」
代表してケスヤ隊長が返事をし、ケスヤ隊長から順番に前に呼ばれて、ゴドフリーから受け取った勲章をグリスノゥザ伯爵が付けていく。
次にフィダーユ隊長が前に出て同じような工程をしていく。その間、順番待ちしているナルシスゥトン隊長の方をチラッと見てみると「やった……!」と小声で喜びを押し殺していた。
勲章ねぇ……前世の世界観持ちのオレとしては何が良いのやら。
そんなのより、ルウナのお疲れ様の一言の方が何倍も価値がある気がするけどなぁ。
無事にナルシスゥトン隊長まで勲章が授与されると、伯爵様が続けて口を開く。
――そう、勲章よりも、オレはこれを期待していたのだ。
「そして今回探索に参加した者達に特別報酬とし、一〇〇〇ティラを与える。後で宿舎まで運ばせるのじゃ。また今回の探索に協力してくれた冒険者の者たちにも同額の報酬を冒険者ギルドを通して用意させよう」
あっ、そういえば、あの後ガジェンダーさんたちとは合わなかったな。結局、あの女冒険者の名前も分からず終いだし。まぁ……乱暴であまり好きにはなれなかったけど、あの女冒険者には一応助けられたし、お礼くらいは言いたかったな。
それに後々合流するって言っていたガジェンダーさんたちの仲間の一人とも会えなかったな。
……もう会う事もないだろうからいいか。
「これにて閉会とする。皆、本当に良い働きであったのじゃ。今後の皆の働きを期待する」
皆で伯爵様に敬礼で答え、こうして無事に報告と授与の場が終わった。
さてと、部屋に戻ったら準備していかないと……。
「――その者は少し残れ」
「えっ、私……でございますか?」
順々にみんな退室していく中、特に失礼も働かずオレは退室しようとしたが、伯爵様に何故か呼び止められてしまった。
何だ……叱責を受ける身に覚えなんて無いぞ……!
そしてオレ以外のみんなが謁見室を出て行ってしまった後少しの沈黙の時間があったが、しばらくして伯爵様がゆっくりと口を開く。
「お主は、ドゥラルーク侯爵の子息じゃな?」
「っ……!」
えっ……何故知られているんだ!?
今までそんな貴族が集まる様な公の場に出た事もないし、オレは初対面だと思っていたんだけど……。
一応、父さんからは身分は忘れろとは言われているし、ここは隠した方がいいか?
「いえ、私は……」
「隠さなくても知っておる。大分前にはなるが、一度儂が王都に赴いた際、ドゥラルーク領にも赴いた事があったなぁ。その時に、少女と手を繋いで街を歩いていた幼かった其方を見たことがあるのじゃ」
えぇ……小さい頃たまにルウナと遊びに行っていた事はあるけど、その時の事か?
よくそんな昔の事を覚えているものだ……。
「それにグリスノーズの管理人からの話で把握しておるよ」
「……そうでございましたか。父の言いつけとはいえ、改めてご挨拶が遅れました。ドット・ルナ・ドゥラルークが息子、グレンでございます」
確か階級としては侯爵の方が上の筈だが、オレはその息子に過ぎないからな。
今更だけど貴族流の丁寧なやり方で挨拶をする。それに対して伯爵様は、楽にする様に言ってきてくれた。
「相変わらずドゥラルーク侯爵も厳しいのぉ。自分の息子に魔物と戦わせるとは」
「いえ、父の元に就く事になった今の私は一塊の騎士。国の為に剣を取るのは当たり前でございます」
「これはこれは、立派に成長したようだのぉ」
まるで孫にあったおじいちゃんの様な態度だ。
それに流されて口調が崩れない様に気を付けないと。
「以前グリスノーズに物資を運んでくれた礼もある。どうじゃ、先の報酬一〇〇〇ティラ以外に、何か望む物はあるか?」
自分の長い白髭を撫でて提案してくるグリスノゥザ伯爵。
ここで物をねだるのは失礼だし、特に欲しい物も無いな。
「いえ――――いや。それでは……お言葉に甘えて、伯爵様にお一つお願いがございます」
「ほう、何じゃ?」
断ろうと思ったが、その瞬間に頭に浮かんでしまったある物を、オレは一か八かでグリスノゥザ伯爵に懇願してしまった……。
伯爵邸から戻ったオレはいつもの様に、宿舎の食堂でロザネラとリアンと一緒に夕食を頂いていた。
「今日は食堂には私達だけなのかしら?」
そこそこ広い宿舎の食堂にオレたち三人だけなのが不思議に思ったロザネラからそんな疑問が飛んできた。
「ああ。任務が無事に終わったという事で、今晩はちょっとした祝勝会があってな。みんなそれに出掛けているんだろう」
「そうなの」
まあ、いつもの如くスライドはオレの側に付き添おうとしたので、ほぼ無理矢理に祝勝会に参加する様に言いつけて行かせたけどな。
「ふぁむふぁむ、広々としていて良いではないか」
「ふふっ、それもそうね、リアンちゃん」
食堂の料理とは別に、オレがお土産に買ってきた鶏肉料理をガツガツと食べるリアンと、それを愛おしそうに見つめるロザネラ。
何だか、「母と娘」って感じの光景だ。
「グレンはその祝勝会に行かなくても良かったの?」
「ああ、今日はロザネラとリアンと三人で食事をしたいなって思ってよ」
「あらっ? もしかして、とうとう私の事を……」
「残念ながら恋心は抱いて無いですよっと。大勢が居る中で気遣ったり、苦手な人がいる所で食事するより、こうして気楽に過ごすのが落ち着くんだよ」
角切り肉を食べた後に、豆スープを口に運びながら本心でそう言うと「そう」とクスクスとロザネラが笑う。
「それに多分、今夜が三人で食べれる最後の日だからな」
「えっ? それって……」
「あー……部屋に戻ってからまた話すよ。今は夕食を楽しもう」
「えっ、ええ……」
そう食事を再開したロザネラだったが、若干さっきより元気が無くなったように見えた。オレが何の話をしようとしているのか、薄々分かったのかもしれないな。
「――っ! そう……明日には戻ってしまうのね」
ロザネラの部屋に持って来てから数分後、一瞬とても驚愕した表情を浮かべたロザネラだったが、直ぐにいつもの落ち着いた表情に変わる。
しかしその声はいつもよりも低く、表情も心なしか暗くなっていた。
「ああ、もう任務も終わって、怪我も動けない程では無いからな。重傷のコッペンはもうしばらくこの街で安静にさせるらしいけど、オレたちは明日の朝、この街を発つよ」
「そう……」
そうロザネラは少し俯いたが、すぐに顔を上げる。
「なら、私は今晩にでもここを出て行くわ」
「……ふむ」
「そうか……悪い、最後まで力になれなくて」
「何言ってるのよ。二人にはすっごく助けられたわ」
そう言いロザネラは立ち上がると、リアンの方へと歩み寄る。
「リアンちゃん、この二ヶ月間私を守ってくれて、ありがとうね。一緒に寝泊まり出来て楽しかったわ。貴女はとても優しい竜よ。これからも元気でね」
「ふむ、ロザネラも達者にするんだぞ」
「ええ」
言い終わると、ロザネラはリアンの頬にそっとキスをする。別れの挨拶か。
「グレン、貴方が助けてくれたあの日の夜の事、忘れないわ」
「……そうだな。オレも忘れたくても忘れられないよ。何だってオレのファーストキスが無理矢理奪われた日なんだからな!」
「……クスクスッ! そうね、悪かったわ。ごめんなさい、グレン」
おちゃらけた様に言ったオレの言葉に、ロザネラが大きく笑う。
その笑いも徐々に収まっていくと、ロザネラはオレと初めて会った時に羽織っていたローブを羽織り、部屋のドアを開けて最後にこちらに少し顔を向けた。
「……じゃあね。ありがとう……さようなら」
バタンッ……。
ドア越しに聞こえていたロザネラの足音も遠のき聞こえなくなった。
静まり返った部屋の中、しばらくしてからオレとリアンは顔を見合わせる。
「――じゃ、行きますか、リアン」
「ふむ、忘れ物はするなよ、主人」
さて、敵を誘き出すならまず味方から作戦も成功したところで、オレたちは必要な物を整えて部屋を出て、ロザネラの後を追う。
これで本当に全てが片付くといいけどな。
もう一話、この後に遅れて投稿されます。