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一・四話 暇な貴族の遠出

 (リアン)を使い魔にしてから早数日がたった。

 今オレは、暇つぶしに居間で本を読んでいる。テレビやスマホが無いこの異世界で唯一娯楽といえば本くらいしかない。ああ、毎週見ていたドラマが懐かしい……。

 今読んでいるのは昔の英雄譚を基にした小説。


「ふむぅ……。主人よ、この話はおかしい。『聖剣の一振りで数多の邪竜を屠った』とあるが、人間の剣で竜が安易に倒されるはずがないぞ」


 ソファに腰掛けるオレの横で、寝転がりながら同じように本を読んでいたリアンから、そんな疑問が飛んできた。


「リアン、これはただの作り話。都合のいい様に書かれているだけだ」

「そういうものなのか」


 理解したのかしてないのかわからないが、リアンはまた、つまらなさそうに本を読みだす。

 街に出かけて以来、リアンは少女姿でいることが多くなり庭では無く屋敷内で一緒に暮らす様になった。寝るときはオレのベッドで一緒に寝ている。一応言っておくが子供姿の(ドラゴン)に欲情したりはしない。

 ルウナにも散々説明はしているが、リアンと一緒に寝ているところを見るとヤキモチをやいてか不機嫌になられる。……そこもやっぱり可愛いところではあるが。


「……主人よ」

「何だ?」

「暇だ。なにか無いのか?」


 無気力な顔で退屈そうにしながら二本のアホ毛でオレを突いてくる――いや、ただ当たっているだけか。こう見ると本当にただの子供だ。竜姿の時の威厳や迫力は何処へやったのか。

 リアンと戯れていると居間の扉が開き父さんが入ってきた。


「どうかしましたか、お父様?」

「ああ、すまないが『グリスノーズ』まで頼みがあるのだが」

「グリスノーズにですか?」


 グリスノーズとは、ガスラート王国が所有する鉱山の麓に作られた街の事で、主に、採掘と取れた鉱石の製錬を生業としている。オレたちが普段使っているティラ硬貨の原石もこの鉱山から採掘されている。

 頼みごととは、その街の代表の人に渡して欲しい書類と物資の補給らしい。


「いつもの運送屋には頼まないのですか?」

「それが、他の仕事を依頼して今は全員出払っているらしい。屋敷で御者が出来る人間も少なく、私も今から王都に向かわねばならん。頼めるか?」

「わかりました。そういう事でしたらお任せください、お父様」


 たしかに馬車の操縦は教えられているし、時間を持て余していたところだから丁度いいだろう。

 グリスノーズには一度父さんに連れられて行ったことがある。オレは父さんから書類を受け取り、厩舎に向かい馬車の用意を始めた。




「主人よ、グリスノーズまでは馬車で向かうのか? ワシが飛んでいっても良いのだぞ?」

「揺れに弱い荷物もあるし、そこまで遠い所じゃないから馬車の方がいいんだよ」


「そっちの方が早いと思うのだがな」と呟きながら馬たちの方へ去って行った。提案は嬉しいが、それより積み込みを手伝って欲しかったな。


 積み込みも終わり、最後に荷物全体に布をかけて馬車の用意が出来た。出かける前にルウナの顔を一目見ようと思ったのだが、部屋には居なく、屋敷内を探したが見つからなかったのでこのまま出発することにした。

 御者台に座るオレの横にリアンが乗る。馬車に乗るのが初めてなのか、生き生きとした顔をしている。


「それじゃあグレン、道中気をつけるのよ」

「うん、ありがとう姉さん。ルウナにはすぐ戻るって伝えておいて」

「……ええ、そうね。ちゃんと言っておくわ」


 何がおかしいのか、姉さんはクスクスと笑いながら頷いた。


「ん? それじゃあ行ってきます」


 オレは姉さんに見送られながら二頭引きの馬車を発進させた。

 グリスノーズまでは馬を全力で走らせても約三時間ほど掛かる距離がある。気長に行くとしよう。


 屋敷を出て数分ほど経った時に、リアンがキョロキョロと荷台の方を見渡し始めた。


「ふむぅ……なあ、主人よ」

「どうしたリアン?」

「荷台の方から、ルウナの匂いがするぞ」

「なに、ルウナが?!」


 荷台の方を見てみるが、大きな布に包まれた荷物しか見えない。まさか……。

 馬はしばらく真っ直ぐ走っているし問題はないだろう。手綱をリアンに渡し、オレは荷台へ移動して荷物に被せていた布をめくった。


 そこには、荷物の樽の間に綺麗に挟まって横になっていたルウナがいた。


「はあ……ルウナ。付いて来ちゃったのか」

「むぅ〜〜! だってだって、お兄様、絶対私をおいて行くと思って。私も連れて行って欲しいです」


 サリカ姉さん、絶対気付いてただろう。あの笑みは絶対こうなるってわかった上でのものだ。帰ったら問い詰めてやる。

 さて、どうしたものやら。道中、危険な魔物も出てくるだろうし、一旦引き返すかな。


「いやです! お願いですお兄様、私も連れて行ってください」

「いや、でもなぁ……」

「……どうしても、ダメなの? ルウナ、お兄様と離れたくない……」


 帰るように言う前に、うるうるとさせた涙目の上目遣い(伝家の宝刀)でおねだりされてしまった。ズルい……これを出されてはもう何も言えるわけないだろう。


「……わかった。良いよ、ルウナも一緒に行こう」

「やった! お兄様大好きです!」

「お、おい、主人! 馬たちがバラバラに走り出したぞ。早く代われ」

「すぐに行く。ほら、荷台は揺れるからこっちにおいで」


 抱きついてくるルウナの肩をポンポンと叩き、御者台に座らせることにした。位置はオレとリアンの間に座らせる。リアンから手綱を受け取るときに「妹に甘いのう」と聞こえてきた。昔、姉さんにも同じことを言われた気がする。




 領内の街を通り過ぎたオレたちは、巨大な防壁の前に来ていた。

 防壁は四つの領地を囲うように円状に作られており、出入り口の門は各領地街の近くと、その他に数カ所設置されている。


 門の側には四人ほどの門番の兵士が待機していて、防壁の上にも数人の兵士がいる。ちなみに、この兵士達はドゥラルーク侯爵領所属の兵士で、街の巡回や屋敷の護衛などの仕事振り分けの内、防壁の門番に所属していて出かける時以外は滅多(めった)に見かけない。


「おや、グレン様ではないですか。これから何処へ?」

「お父様の依頼で、グリスノーズまで物資の配達に向かうところです」


 一人の兵士の門番さんが、検問のために近づいてきた。

 この門番さんは領地の街に住んでいる住人で、それなりの顔見知りの関係だが、仕事柄、流石に「様」は付けられるがそこはしょうがない。


「そうでしたか、それはお疲れ様です。すみませんが、一応荷物の確認をさせていただきます」


 オレは「もちろん、どうぞ」と言い門番さんに荷物を見せる。確認を終えた門番さんは「道中、お気をつけて」と告げて門を開けてくれた。

 馬車が門を通り抜けると、ルウナが門番さんに手を振って「行ってきます!」と言い、門番さんも笑顔で手を振っている。相変わらず人柄のいい人だ。




 門を抜けてから数分、馬車で走っている道先に森が見えてきた。


「お兄様、この先が確か()()()()でしたよね?」

「ああ、そうだ。今回は迂回して行くぞ」


 多少、遠回りにはなるけど急ぐ用事でも無いからな。


「ふむ? シンリョクの森とは何だルウナ」

「深緑の森っていうのはね、他の森より魔力が豊富にあって、それによって植物が魔力を多く含んで濃い緑色をしているの。だから深緑の森って言うのよ」


 流石、ルウナはよく覚えている。

 深緑の森には普通の生き物の他に、その魔力を含んだ植物を目当てに魔物も生息している。危険な魔物もいるが、それは森の中心部に生息しているので、森の外周を走れば滅多に出くわす事はない。


「あら? お兄様、森の奥に人影があります」


 森に入ってすぐに、ルウナが指差した茂みの方向に三人の少女たちがいた。

 赤毛短髪の活発そうな子に、緑髪のポニーテールの真面目そうな子と、帽子をかぶりピンクの髪を顔の左右だけ出した初々しい子の三人組だ。

 軽装備だが武器も持っている。おそらく()()()の子たちだろう。

 見た感じ全員一五歳くらい。三人はこっちに気づく事はなく使い魔を連れて森の中へ消えていた。


「あんなまだ幼い女の子たちも冒険者やっているんだな。薬草採取かな」

「お兄様、私、冒険者の方を見たのは初めてです! かっこいいですね」

「ルウナ、身を乗り出すと危ないからちゃんと座りなさい」


 走行中は危ないと注意をすると、ルウナは反省してしっかり座り直した。


 そう、この世界にもちゃんと冒険者というファンタジー職業が存在する。中央の王都に冒険者の本部である()()()があり、そこで様々な冒険者宛に依頼があるそうだ。オレも実際ギルドに行ったことはないので、本物の冒険者がどんなのかは知らなかった。

 あの子たちも依頼を受けて深緑の森へ来たのだろう。


 その後、迂回路の森の中、小鳥の(さえず)りを聞き安らかな気分になったり、時たまに「ギョエー、ギョエー」と怪鳥の鳴き声に寒気を感じながら、オレたちを乗せた馬車は鉱山街に向け走り続ける。




 迂回したことにより予定より一時間程遅れて、オレたちはグリスノーズに着いた。


「ふむ、主人よ、ここか?」

「ああ、そうだ。ようやく着いたな」

「ここが鉱山街グリスノーズなのですね!」


 緑が少なく、山々に囲まれているここは街全体が少し茶色イメージの街並みで、ドゥラルーク侯爵領の街より小さな街だ。道なりに出店が出ているが、出回っている食料の殆どは王国からの輸送の物が点在している。

 しかし、鉱山の街だけあって宝石などは充実していた。王都で見る宝石より物価は安く、珍しい装身具(アクセサリー)なども多々売られている。


「お兄様すごいですね。綺麗な宝石がいっぱいありますよ」

「興味があるのは分かるが、先に仕事を終わらせてからな」

「はい、お兄様」


 オレたちはこの街の代表人がいる建物に向け馬車を進める。


「はい、確かに受け取りを確認しました。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

「いえいえ、これも仕事ですから」


 代表のおじいさんに書類と持ってきた物資を届けてた。

 顔に皺のあるスキンヘッドの優しそうなこのおじいさんがこの街の代表らしい。グリスノーズは王国の所有地ではあるが、領地とは認められておらず、このおじいさんも領主になれず、街人代表という貴族では無い立ち位置だとか。町内会の会長みたいなものかな?


「あのお嬢さんは妹さまでいらっしゃいますか? とても美しいですね」

「ええ、自慢の妹ですよ。それでは私はこれで失礼させてもらいます」

「ああ、宜しければお食事などどうですか? もちろん妹さまもご一緒に」

「折角ですか、一緒に街を見て回る約束をしましたので、また次の機会に」


 代表のおじいさんに見送られながらオレは再び馬車を走らせた。

 貴族の子となるとよくある事だが、相変わらず年上の人に頭を下げられるのはやはり慣れない。




 無事仕事を終えたので、約束どおりしばらく観光することにした。ルウナは食べ物の他に、アクセサリーやイヤリングなどを興味深そうに見ている。

 リアンは飲食店を見て周りながら、さっき渡したお小遣いで買い食いしている。そんな食いしん坊なキャラだったかお前?


「ルウナ、これ食べてみるか」


 オレは出店で売っていたお菓子を買い、ルウナに勧めてみた。


「何ですかコレは?」

「グリスノーズ名物『グングリ』っていう焼き菓子だ」


 オレは茶色いゴツゴツした物体を渡すと、ルウナはそれを口に運ぶ。


「グッ、グッ〜〜ン! はあ、ダメです、全然噛めませんお兄様」

「やっぱりルウナも噛めないか」


 このグングリとは日本のげんこつせんべいに似たお菓子のこと。実際、もち米は使われておらず、本物のげんこつせんべいより何倍も硬いのでオレでも食べれない。


 笑ったことを怒ったのか、「もう〜!」と言って腕をブンブン振り回してきたが、その可愛い仕草とからかいすぎた反省もあるのでオレは素直にやられた。

 戻ってきたリアンに試しに渡してみたら難なく食べれていたので、残りをリアンにあげた。美味しそうに食べているのは良いが、噛み砕く音が明らかに食べ物とは思えない音を鳴らしている。大丈夫か?


 このグングリを作った職人は何を目的にこんな硬さを目指したのだろうか?

※後々出番が多々ありそうだったので、門番の部分を追加しました。


変更点:グリスノーズまで掛かる時間を一時間から三時間に変更。

時間に関する表現の除去、変更をしました。


門の壁を国の広さである「国境」にするのは小さ過ぎましたので、「国境壁」では無く「巨大防壁」へ変更しました。

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