二・十八話 木工仕掛けのマリオネット
「あ――えっと……」
「あぁ? なんだ、感謝くらい言えねぇのかよ、エロガキ」
立て続けの出来事に束の間オレが放心していると、女冒険者が舌打ちをしながら、鋭い眼光がオレを睨んでくる。
「エロガキ、エロガキって……でも、助かりました。ありがとうございます」
「おぉ。礼なんていらねぇよ」
……感謝くらい言えって言ったのは貴女だろうが!?
声を荒げてそうツッコミ掛けたが、心の内に何とか止める。
「それより、どうしてここへ? ケスヤ隊と一緒に中央の調査に向かわれた筈では?」
「あぁ、ちゃんと調査したぜ。けど散々歩かされた挙句、結局行き止まりで何もなかったんだよ」
ガシガシと頭を掻き毟り、ため息一つ突いて「魔物の一匹も出やしねぇしよ」と不満全開に伝えてくる。
「それでオレたちの助っ人に来て下さったんですか。ところで、他の皆さんは?」
「あぁ〜、走って来たからなぁ。置いてきた」
「は、はは。そ、そうですか……」
ケスヤ隊長の単独行動の禁止命令を思いっきり破ってるし。
もう指摘する気も無くなってきた……。とりあえず苦笑いでもしとけ。
「――それより、これはどういう状況だぁ?」
「えっ、あっ、はい! えっと――」
「いや、聞かなくても分かるわ」
「えぇー……」
そっちから聞いといて、ことごとく自由な人らしい。
「要は、ここの魔物を全部ぶっ殺せばいぃんだろ?」
広場を軽く見渡した女冒険者が一点を見つめると、ニヤリと笑みを浮かべて肩に担いだ巨大鉈を杖を突くように下ろす。
何気にその視線の先を追いかけてみる。
あ、リアンがいるな。あいつらしく、危なそうな仲間を魔物から守りながら魔物を倒して行っているよ。
――――うん?
「えっと……まさか?」
「いいねぇ、竜か! 強そうな奴がいるじゃねぇか。殺り甲斐があるぜ!」
「やっぱり!? 違うちがう、あの竜は敵じゃないってば!」
この人もリアンを敵と間違えたらしい。
さっきの様にならないよう、この女冒険者にコンコンと説明した。
ついでにと、先程の話の独断行動などのツッコミもすると、黙って重いゲンコツを一発頭に落とされた。理不尽だ……。
「ちっ、折角、竜とヤレると思ったのに」
「オレの使い魔なんですから、絶対手を出さないで下さいよ!」
「わーってるよ。しゃねぇ、ならアタシも周りの魔物をぶっ殺すとする――」
「おっ……おい!」
女冒険者の声に被せてきた男性の声が、女冒険者の背後に位置する坑道からしてくる。
その声が少しづつ近づいてくると、暗闇から現れたのは、もみあげと顎髭が繋がっている特徴的な男冒険者、ガジェンダーさんが重たそうに大きな大盾を背負って駆け寄ってくる。
「お――おま、え……! 先走るな、よ……!?」
「悪りぃわりぃ、こっちから戦ってる音が聞こえて来てついなぁ」
ゴホゴホと咳き込んで息を切らしながら、女冒険者を説教するガジェンダーさんの後ろから続いて、半分に分かれたケスヤ隊の兵士たちも合流する。
「君は、確かナルシスゥトン隊の者だよな。現状を説明してくれないか」
「はい!」
「アタシは先にイってるぞ!」
ケスヤ隊の兵士たちとガジェンダーさんに説明するのを待てなかった女冒険者が、ガジェンダーさんの静止も聞かずに魔物たちとの激戦の輪の中へとウキウキしながら乱入していった。
「……あいつの事はもう放っておいてくれ」
そう言って、オレの説明の再開を求めてきたガジェンダーさんの瞳に疲労の色があったような気がした……。
何というか……お疲れ様です。
現状を把握したケスヤ隊の兵士たちとガジェンダーさんたち(女冒険者にはガジェンダーさんが伝えると言っていた)も戦闘に加勢していく。
未だに魔物は尽きずに広場に繋がる幾つもの坑道から出てきて――いや、元凶候補の魔物に操られて集まって来ているが、着実に数が減ってきている気がする。
やっぱり無限に湧くゲームキャラでは無いんだ。少しづつだが、形勢が逆転してきているぞ。
「――っ! ぐああっ!?」
戦闘中にオレが少し油断した隙を突かれ、懐紫狼が回転しながら強烈な体当たりを繰り出していた。
「っ、ブッ! クッソ……」
何度目かの地面を転げた後、口内を切って出できた少量の血を吐き出して起き上がる。
顔を上げた時には既に懐紫狼が追撃に飛び出してきており、大きく開いた口から幾つもの鋭い牙を向けてくる。
その口内に向けてオレは左手に持った剣を突き放ち、懐紫狼の眉間の中心から剣先が飛び出ると、剣の根元まで深々と突き刺さる。
「痛って……!?」
しかし同時に、懐紫狼の上下の牙がオレの左腕の手首から肘の間の箇所、少し肘寄りの位置に噛み付いている。
「つぅ……! 相打ちか!」
腕に走る激痛に苛立ち、ブランと垂れ下がった懐紫狼の亡骸を乱暴に取り外す。
思ったよりも深く刺さっていたらしく、小さな血の川が作られてきたので応急処置として傷口を縛る。
自分でやったので大分雑な縛りだけど、しないよりはマシだろう……。
辺りを見渡すとほとんどの魔物を倒し終えてきた様だ。坑道からの魔物の追加もそろそろ打ち止めらしい。
次に視線を前上に移し、元凶候補の魔物がまだいる事を確認する。
オレは痛みに耐えて岩場の上にいる魔物の元へ向かおうとする。
「よし、あの魔物を――」
「いやだぁ! た、助けてくれぇぇ!!」
オレが一歩踏み出す直前、広場に響いたのは戦闘音でも魔物の声でもなく、人間の……仲間の声だった。
振り返ったオレの視界に入ってきたのは、仲間の筈の一人の兵士が、仲間に向けて助けを求めながら剣を振り下ろしている光景。
何が起きたのか分からないが、ひとまず急ぎ何人かの仲間が取り押さえた。
「一体どうし……っ?!」
しかし続け様に右の方向から……。
「ど、どうしてっ! 体が勝手に……!?」
「おい! 何をやっている!」
「ち、違います!? そんなつもりじゃ……」
更に左の方向……。
「早く武器を捨てろ!」
「それが、指一本動かす事が出来ません?!」
「やめて! どうして私達を攻撃するの!?」
「逃げろ! 俺から離れろぉぉっ!」
各場所から同じような声が上がり、仲間の兵士たちが何故か同じ仲間たちに武器を振るう。
「な、何が起きて――まさか!」
顔を再度岩場の上にいる元凶候補の魔物へと移す。
――そこには何本も糸を魔物ではなく、オレの仲間の兵士たちへと向けて飛ばしていた。
糸を腕足に繋がれた兵士は、まるで操り人形の様に拙い動きで攻撃させられていた。
そして操っている魔物はケラケラと笑い出し、おもちゃで遊ぶ子供のようにはしゃいでいる。
「クソッ、人間も操れるのか……」
「うわわっ、避けて!」
操られた女兵士がオレに近づいて来て剣を振るってくる。
オレはすんでで躱して女兵士を背後に、剣を持つ手首を押さえ、体重を後ろに乗せて地面に押さえ伏せる。
「キャッ!」
「痛っ! 左腕の傷に響くな……」
「す、すまない……!」
「いや。それより少し痛いかもだけど、我慢してくれ……」
それと緊急なんだから、セクハラとか言うなよ……。
暴れる女兵士の体を抑えながら視線を移す。
他にも操られている兵士たちを捕縛するスライドやアキドの姿があった。
フィダーユ隊の女兵士も、自分の使い魔の食水植を使って拘束していってる。
「くっ、申し訳ございません……!」
「痛ってぇって! 乱暴にすんなよなぁ!」
「文句を言うな。簡単に操られたお前達が悪い」
その奥でレーズンとあの女冒険者を片手ずつで一人で抑えるフィダーユ隊長。流石だ、痺れて憧れるよ。
「――なんて言ってる場合じゃない」
早くあの元凶候補の魔物を倒したいが、操られていない兵士たちは、操られた仲間を抑えたり拘束するので手一杯だ。
「どうする……!」
「ふむっ! ワシがあの魔物を仕留める!」
操られた兵士の拘束に協力していたリアンが勇ましく跳躍した。
リアンは両爪を伸ばし、より鋭利な爪に変えて構えると一気に元凶候補の魔物に接近する。
「オォォネット!」
しかしリアンの接近に反応したのか、魔物が両手をぐんっと引く。
その時、魔物の背後の岩壁に大きな亀裂が急に走ると、突如壁が吹き飛んで巨大な物体が飛び出した。
「グラリャア! グラリャア!」
奇怪な呻き声を鳴らすその巨体。
トラックより大きな体をして前方に歯だらけの大口がある全体的に筋張ったミミズの魔物――食虫筋長害が出てくると、そのままリアンに体当たりして諸共に吹き飛んでいく。
「リアン!?」
「グッソ! デカい体で伸し掛かりおって……!」
衝撃の光景に、咄嗟にリアンの名前を呼ぶオレの返答の代わりに、悪態と一緒に食虫筋長害の肉片が辺りに飛び散る。
食虫筋長害に埋もれて見えないがとりあえず無事のようだ。
だけどまさしく巨大ミミズ、太さに合わせて長さも相応にあり、いくらリアンでも覆い被さって襲ってくる食虫筋長害から抜け出すのにしばらく時間が掛かるだろう。
「おぉ! 生きてっかぁグレン!」
遠くで一際大きな騒動が起き始めた中、オレの元にヒビだらけになった鎧を纏うオウクが近づいてくる。
同時に視界の端にナルシスゥトン隊長の姿も見えた。
「今手を貸すぜ」
「いや、ここはいい。それよりオウク、ナルシスゥトン隊長とあの魔物を!」
「魔物だぁ?」
オレは元凶候補の魔物の位置を教え、オウクに討伐をお願いする。
さっきからの戦いに続いて、懐紫狼にやられた腕の傷の痛みで、正直オレはもう戦える気がしない……。
「よっしゃあ、任せなぁ! いくぜ隊長!」
「えっええぇぇ!? ぼ、僕が!」
頼り甲斐がある強気で了承したオウクだが、ナルシスゥトン隊長は嫌がっているのが分かりやすく顔と態度に出ている。
「ナルシスゥトン隊長! 早くしなければ更に仲間たちが傷ついていきます!」
「で、でもだな……そっ、そうだ! コッペンを急いで探して――」
――まったく、面倒くさいナルシストだ。
「今ここにいる者たちを救えるのは隊長だけなんです! 恐ろしい魔物から領民を救えるのは、誇り高き貴族である隊長だけなんです! ナルシスゥトン・ウールウ隊長っ!」
「はっ……!」
重度のナルシストを動かすには持ち上げるが一番だろと思い、適当に思い付いた言葉でその気に促す。
その効果は有ったらしく、ナルシスゥトン隊長の表情が変わっていく。
「そ、そうだ……! 僕しか……僕しか、みんなを救えないっ!」
うん、普段は面倒くさいけど、こういう時に誘導しやすくて助かるよ。
隣でオウクが呆れ顔をしているが、今更だろ。
「よし、誰か弓を持っている者!」
「おいおい隊長さんよぉ、そんな奴ここに居るわきゃ――」
「はっ! ここに!」
ナルシスゥトン隊長の呼びかけに、弓矢を所持しているケスヤ隊の一人が駆け寄ってきた。弓矢を射る為か、他のケスヤ隊の兵士より鎧の関節部分などが少なめで、動き易そうな装備をしている。
「……鉱山探索に来てて何で弓矢なんか持ってきてんだぁコイツ?」
「しっ。聞こえるぞ」
小声で話すオレとオウクを置いて、ナルシスゥトン隊長の「岩場の魔物を狙え」と言う命令を聞いたケスヤ隊の兵士が狙いを定め矢を射る。
真っ直ぐに飛んでいった矢が元凶候補の魔物に迫っていく。
しかし魔物は、それを余裕綽々とヒラリと回避する。
「申し訳ございません……!」
「グゥゥ……! 僕のアイディアでもダメか……」
続けて矢を射るが、魔物は踊る様に躱していきながらオレたちを嘲笑ってくる。
「オォーネット、オォーネッ――マリ?」
――再び迫る矢を避けられたかと思った次の瞬間、バランスを崩したのかバタバタと腕を動かしながら体をヨロヨロ揺らすと、魔物は叫び声をあげて岩場から落下して行きビタンッと豪快に顔から地面に落ちた。
ま、マヌケな魔物だなぁ……。
しばらくして魔物がゆっくりと体を起こし、その顔をこちらに向ける。
――えっ?!
あ、あれって……。
「び、ピノッキオ……?」
降りて来た元凶候補の魔物は、小さい頃に読んだ事がある童話の様な、全身木で作られた子供の姿をしていた。
しかし童話の様に人間の見た目では無く、雑に子供の形に掘られた不気味な見た目をしており、口の形に掘られた穴から気味の悪い笑い声が出ている。
「キャラララ! オネット、オネット」
ピノッキオ魔物はカタカタカタと笑った様な動きをした後に、関節のない足で走り出して広場を駆け回り出す。
「よ、よし! 狙い通りだ!」
ピノッキオ魔物の見た目に一瞬ビビっていたナルシスゥトン隊長だったが、カミカミ口調でそう言い急いでピノッキオ魔物を追いかけ、オウクと弓兵士さんも後に続く。
「な、何だこの魔物は!」
「見た事のない魔物です……」
「クソッ、足が速過ぎます!? 捉えられません!」
「キャララララ、キャラララ! オネットー。オネットー」
しかしピノッキオ魔物は想像以上に逃げ足が早く、追い掛けるナルシスゥトン隊長たちはともかく、ピノッキオ魔物が回り行く先にいる兵士たちも反応が遅れて、構えた武器がピノッキオ魔物の残影を斬っていく。
「クッソ、逃げてばかりって事は、多分あのピノッキオ魔物に戦闘能力が無いか低いって事なんだろうけど……。あー、もう! 暴れるなよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……! 体が言うことを聞かなくて!」
「それは分かってるけど……」
ピノッキオ魔物が逃げながらも仲間たちを操っていて、オレが抑えている間もずっと操られて暴れる女兵士につい八つ当たりをしてしまった。
そろそろ抑えておくのも限界だ……。
操られた仲間を抑えるのに人手が足りず、ずっとナルシスゥトン隊長たちが追いかけているが、ピノッキオ魔物はオレたちをおちょくる様に広場を走り回っている。
右往左往と、完全に舐められているな……。
関節もないのにどうしてあんなに早く走れるんだ?
「そのくせ、さっき飛び降りた時は受け身をせずに落ちて来て――っ?!」
ピノッキオ魔物とナルシスゥトン隊長たちの動向を見ていると、オレはある事を思いついた。
オレがリアンの方に顔を向けると、既にズタズタに仕留められた食虫筋長害からようやく顔を抜け出したリアンが、上半身まで出て来ていた。
「リアーーンっ!?」
「ふ、ふむ……?」
オレの声に顔を向けるリアン。
――その近くを、ピノッキオ魔物が素早い動きで通りかかった。
「地面を叩けぇぇぇ!」
聞くや否やリアンが頭上高く上げた拳を地面に叩きつけて、小さなクレーターを作る程の衝撃波と地揺れを起こす。
その揺れに煽られたピノッキオ魔物は、大きく体制を崩して倒れた。
ぱっと思いついたアイディアが上手くいったよ!?
走るのが早くても、関節がないからバランスを取るのが弱いのか……!
自画自賛も後にして、今度は地揺れに耐えているナルシスゥトン隊長たちに声を掛ける。
「オウク、飛ばせ! 隊長! 飛んで下さいっ!」
「はぁ?! 飛ぶ? な、何が――」
「なるほど、そういう事かよぉ!」
困惑しているナルシスゥトン隊長とは別に、オレの言いたい事が伝わったオウクが揺れる地面の中、ナルシスゥトン隊長を両手で抱える。
「え、ちょ――」
「行くぜぇ、隊長ぉぉ!」
そして困惑しているナルシスゥトン隊長の「お、おい、オウク、何をする?!」の問い掛けを無視して、オウクは盛大に振りかぶると、ピノッキオ魔物目掛けて――ナルシスゥトン隊長をフルスイングで投げ飛ばす。
「あぁぁあぁあーー?!」
「――マリィィ?」
剣を握り締めたナルシスゥトン隊長が、まるで〈装甲弾〉の様に真っ直ぐピノッキオ魔物へと飛んでいく。
「ぎゃあああ!」
「オッ――!?」
ガツンンッ!
――そしてナルシスゥトン隊長の剣が、ピノッキオ魔物の心臓位置を綺麗に貫いた。