二・十七話 昨日の敵は、今のヒーロー
新年一発目の投稿です。
今年もよろしくお願いいたします。
人と魔物の雄叫びと、各々の得物が激しく打ち合う音がこの広大な洞窟内に響き渡る。
四足竜バージョンのリアンに乗って土壁を破壊したオレたちが目にしたのは、今まで探索した鉱山の広場よりも一番広大なこの空間で、オレの仲間たちと大量の魔物との大戦争が繰り広げられていた。
オレたちが出たのは丁度、仲間たちと魔物の中間地点の様だ。
「オレの居ない間に凄い事になって……。リアン、オレたちも加勢するぞ」
「ふむ、魔物が沢山いるな。ようやく大暴れ出来そうだ――来るぞっ!」
壁が壊れる物音に気付いた魔物が、オレたちの方に向かって来ていた。
しかしオレの出る幕は無いみたいで、接近してきた三体の腕猿を、尻尾の一振りで二体をシュパァンと吹き飛ばし、残る一体を前足で踏み倒し動きを封じる。
――瞬殺とはこの事だな、腕猿に同情するよ。
「……うん?」
吹き飛んだ腕猿を遠見した後、リアンの足元で「プキャー! プキャー!」と押し伏せられたままバタバタと足掻く腕猿に視線を落とすと、その首元にある物の変化が目に入った。
「どうかしたか?」
「……消えた、『あの糸』が」
リアンの問いかけに先程の光景を鮮明に思い出す。
オレが視線を落とした一瞬、この腕猿の首にも確かにあの「白い糸」が巻かれているのを目にした筈が、次の瞬間、まるで氷が溶ける様にその糸が消えるのをこの目で見た。
「ふむ……主人よ」
「ああ、確定だな。他の鉱山にもいた凶暴な魔物は、あの糸が原因だろう」
リアンと顔を見合わせてそう確信を得る。
魔物が何処から湧いて現れているのかはまだ不明だけど、魔物が暴れている原因は間違いなくあの糸だ。
「そしてどうやら、その元凶も判明したらしい」
足元の腕猿を力強く踏み込んで止めを刺すリアン。
その凛々しく鋭い眼光が、目の前の戦場を超えた彼方を見つめている。
「オォネト……マリィィ」
暗闇の奥で、はしゃぐ子供の様に岩場の高所で動いている魔物の影。
その影からは、広場の魔物たちへと見え隠れして伸びている物――例の糸が、幾本も繋がっては切り離し、広場にある洞窟へと糸を伸ばす。
「ああやって、洞窟の先にいる魔物たちを操っているみたいだな」
「ふむ、つまりあの魔物を仕留めれば、この事件は解決というわけだ」
「だと思う、けど……糸を使って操る魔法を扱う魔物なんて、いたかな?」
シルエット的に人間の子供みたいな姿をしている。
我ながら偏った魔物知識を思い起こす。小岩人形……いや、草葉奏者か?
「だけど、草葉奏者は音を奏でる事だけが好きな魔物だし……第一、そんな魔法を使うなんて聞いたことが……」
「ゆっくり考えている暇はないぞ、主人」
リアンの視線の先を直ぐに追いつつ、その意味を直感で察したオレは腰に下げた剣を勢い任せに抜き放ち、目前に迫っていた赤い物体へと向ける。
シュバッとあまり無い手応えを感じたが、目の前に飛び掛かって来ていた火鱗蜥蜴の両目を偶然にも斬り潰せたようで、そのまま地面に落下して悲鳴をあげる。
畳み掛ける様にオレは悶えている火鱗蜥蜴を上から踏み抑えて動きを止める。
火鱗蜥蜴が首を曲げて顔をこちらに向ける。その口から火が見え隠れしていて、今にも打ち出そうとしていた。
「させるかっ!」
口を開く寸前でその顔を蹴飛ばす。
短い悲鳴をあげる火鱗蜥蜴に剣をねじ込む様に突き刺して、火鱗蜥蜴の息の根を止める。
「はぁ、はぁ! か、考えるのは後だな……。リアン、ひとまず目の前の敵を全て討伐するぞ」
「おう!」
待ってましたと言わんばかりに、生きいきと答えるリアンと共にオレたちに立ち向かってくる魔物たちを斬り裂き、吹き飛ばし、魔物の大群の合間を潜り抜けてみんなのもとへと参戦していく。
――カッコつけて飛び出すんじゃなかった。
意気揚々と魔物の大群の中に飛び込んだのは良いものの、双牙馬の噛みつきが腕を掠ったり、食水植に捕まって気を失う寸前まで首を絞められたりと、出陣して早々でもうボロボロだ……。
「――ぅああっ! はぁ、はぁ」
二尾蜥蜴の首を切り落としたオレは、荒れる呼吸のまま視線を泳がせていると、一番近くにスライドとフィダーユ隊長を見つけて二人へと駆け寄る。
「……っ! お、お前は」
「グレン様ぁ!? ご無事でしたかっ!」
「……す、スライド! 心配をかけたな。……フィダーユ隊長、ただいま戻りました!」
息切れ状態のオレに気付いた二人は驚いた表情をした後各々の反応をした。
スライドは戦闘中なのに今にも泣き出しそうに瞳を潤ませる。変に過保護なスライドの事だ、とても心配させてしまっただろうな。
フィダーユ隊長が小声で「生きていたのか……」と言っていた様に聞こえたのは気のせいだろう。悪意は無いと思いたいけど……。
「はっ! 危ない!」
フィダーユ隊長の背後で鋭い爪牙を構える激闘土竜を目で捉え、オレは咄嗟にフィダーユ隊長を抱き寄せ、振り被った爪から助ける。
抱き寄せた手と入れ違いに、剣を握る手を突き出して激闘土竜の心臓の位置を突き刺して倒す。
「手荒な事をして申し訳ございません、お怪我は無いですか? フィダーユ隊長」
「あ、ああ……すまない。手間を取らせた」
抱えた状態で確認するオレの問いに、冷や汗を流しながらフィダーユ隊長がそう答える。
大丈夫なら早く離れて欲しいんだけどな……。抱き寄せたのはオレだけど、無言の圧力が……。
そんな事を考えたのが伝わったのか、オレから離れたフィダーユ隊長が自分の部下を呼び集めていき、部隊の指揮を取り離れていく。
「グレン様、フィダーユ隊長をお助けする御姿、騎士らしくご立派でした!」
「そりゃどうも」
過大評価も度が過ぎてるよ……ただ助けただけだろう。
「スライド、一体何がどうなってこの状況になっているんだ?」
「はい、グレン様があの穴に落ちてしまわれた後、急いで救出しようと動いたのですが、その後すぐに先の通路から現れた魔物の襲撃に合い、止む無く……」
その後別れ道まで停滞しつつ迎撃し、無事に殲滅できたらしい。
しかし、戦闘の後戻ってオレを救出しようと試みてくれたらしいが、穴の深さがあり過ぎて断念し、探索を再開したとの事。
「……えっ? オレ見捨てられたの……?」
「申し訳ございません! 私は最後までグレン様を救出していただく様申し出たのですが……!!」
深々と頭を下げて謝罪するスライド。そのまま土下座までしそうな勢いだ。
「あー、うん、分かったからスライドがそこまで責任を感じるなよ」
普通にショックな事実でかなりヘコんだが、まあスライドの事だ。
救出を諦めると決定された時、相当狼狽えて抗議した姿が目に浮かぶ。
「それにオレにはリアンがいるんだ。現にリアンのおかげで何とかなったんだ。……だからもう泣くな、スライド」
目の前で泣きじゃくるスライドに優しくそう声を掛ける。
まさか戦場のど真ん中で大の大人を慰めるなんて、考えてもみなかったな……。「ぐ、ぐゔぇんだばぁ!」と鼻水まで流す姿に、流石に微笑みが自然と引き攣ってきそうだよ。
「ぐすん、それで……数日探索を進め、この広場に辿り付いたのですが、ご覧の通り広場一杯に魔物が待ち構えておりまして、今に至ります」
「何とまぁ、何のフラグも無しにこのラストステージに着いたわけか……リオンさんならこの設定に文句言いそうだな」
もう業界の人並みにこだわる人だったからな、あの人。
最後はボソッと呟いたオレの言葉に、疑問そうな顔を浮かべるスライドだが、スルーしておこう。
「ケスヤ隊とガジェンダーさんたちは別行動のままなんだな」
「はい、合流する為に使いを出そうとしたのですが、その前に戦闘に入ってしまい――」
――ボゴオッ!
そこへ小岩人形が横の岩場を砕いてオレたちへと向かってきた。
「話してる途中だってのっ!
驚く暇もくれない小岩人形にオレは剣を使い、丸出しになっている核を柄頭で叩き割る。
当たり所が良かったのか一発で核を破壊する事ができ、小岩人形がボロボロと崩れ倒れる。
悠長に話し込む事も出来やしない。
反対側から迫っていた、目つきや足先が鋭い体長一メートル程の緑色の蜂の魔物、酸蜂を撃退したスライドへとオレは近づく。
「スライド、あの岩場の先見えるか?」
オレは指差して、さっき見つけた事件の元凶候補の魔物の方を向かせる。
「はい、私も気になってはいました。魔物でしょうか?」
「多分な。恐らくだが、あの魔物がこの事件に深く関わっているぞ」
スライドにオレが落ちた後の経緯と考えを掻い摘んで説明する。
「なるほど、周りの魔物達に注視していて糸を伸ばしていた事には気づきませんでした。グレン様のお考えが恐らく正解でしょう」
「ああ、あの魔物を仕留めれば多分他の魔物も襲って来なくなるんじゃないか」
「はい。しかし……」
スライドが辺りを見渡す。
少しづつだが、みんなが必死に魔物たちを確実に減らしている。
だけど、元凶候補の魔物が糸を至る所にある坑道に伸ばす度に、また少しづつ魔物が増えてくる。
「くっ……切りが無いな」
「――はっ!? グレン様、危ない!」
スライドの警告の少し後に、背後にあった疾射尾猫の亡骸が踏み潰される不快な圧縮音に急いで振り向く。
そこには全長三メートルのトラック並みの大きさをした打鼠が、オレたちを見下げて睨んでいた。
「っ……〈凶強〉でも使って巨大化したか」
考察の時間も与えずに、打鼠はその巨大な前足を力任せに振り下ろしてくる。
スライドは的確な反応してジャンプして避けた様だが、判断が遅れたオレはギリギリ回避できたものの、その衝撃波と飛来してくる石つぶてに襲われて地面に転がる。
「いててっ……! 今日のオレ、カッコ悪いな」
そんな呟きを、目前まで迫って来ている巨大打鼠を余裕な表情で見上げながら口にする。
「ふん。〈凶強〉には知性低下みたいなデメリットはない」
牙を剥き出してオレに迫る打鼠。
「……だけど、大抵使った魔物はその力に慢心してヤラレやすくなるらしいぞ――」
――その背後から、鋭い双爪で打鼠を十字に引き裂く、通常版の竜姿のリアンが姿を見せる。
「――打鼠みたいにな」
悲鳴を上げる事も無く即死した打鼠がそのまま地に倒れる。
「ふむ、魔法で体が大きくなっただけの鼠が。大人しく隅にでも居ろ」
「カッコつけるなら、もう少し早く助けに来て欲しかったんだけどな……」
「これでも素早く駆けつけたつもりだぞ」
リアンが差し出した大きい指に掴まったオレは、感謝を伝えながら起き上がる。
「離れろっ!」
近くから怒鳴る様に聞こえてきたその声に振り返る。
よく見ると、オレたちを囲むように複数人の兵士たちがこちらに武器を構えている。
「気をつけろ! 突然、巨大な魔物が現れたぞ!」
「おい、そこの君! 早くそこから離れるんだ、危険だ」
――いや、この人たちはリアンを危険視しているのか。
そういえば元の姿のリアンについて何も説明していなかったか、早く誤解を解かないと。
「待ってくれ! 驚かせたのは悪かった。変身系の魔法で元の姿に変わっただけだ。こいつはオレの使い魔なんだ!」
しかし周りに反響する騒音のせいでオレの声はかき消され、周りの兵士たちに聞こえていないらしく、未だにリアンに武器を構えている。
不味い、このままだとこの人たち、リアンに斬り掛かってくるよな。
……まぁ、リアンがやられるなんて微塵も思わないが、返り討ちでこの人たちが死ぬぞ。
「構を解けっ!」
周りの兵士たちの奥から、騒音にも負けない一言が聞こえてくると、一斉にそちらにみんなの視線が動いた。
「あれは仲間だ。無駄な事をしてないで、他の魔物の対処に向かえ」
みんなの視線の先から姿を表したのは、先程部隊に指示を出しに向かったフィダーユ隊長だった。
ヘルメットで顔が分からなかったが、どうやら取り囲んでいた兵士たちはフィダーユ隊長の部下の一部だったらしい。
フィダーユ隊長の指示を聞いた兵士たちは包囲をやめると、急いで次の魔物の討伐へと向かっていく。
「……ふん」
一瞬目を合わせると「お前も早く働け」と言わんばかりの顔で一睨みして、また去っていった。
「……何だろう。助けてくれたのに喜べないこの感じは」
「ふむ? 何故だ、素直に感謝すればいいだろう」
「いや、なんて言うか……目が怖いんだよ、あの人」
「幼児のような事を言うな主人。さて、ワシも次に行ってくる」
最もなお説教を言い残してリアンはオレに背中を向けて行く。
「それもそうだな。後でお礼を言わないと。っと」
転んだ拍子に落としていた剣を拾い上げ、オレもみんなの後に続いて魔物との戦いに戻る。
戦闘に参加してもう二時間は経った気もするが、時間なんて今はどうでもいい事だ。
「クソ、倒しても倒しても切りが無い……!?」
「フィダーユ隊長! 隊員が二名重傷を」
「三名で護衛しつつ応急処置を急げ!」
「ぎゃあああ! こっちに来るなぁ?!」
「ナルシスゥトン様、私の後ろに……!」
「ええいっ、いい加減にするッスス!」
「オラオラァ! かかって来いやぁ! 大剣の錆にしてやらぁ!」
「危ないぞオウク、私も一緒に斬るつもりか! ナルシスゥトン様とレーズンの援護に早く向かわねば!」
広場に木霊して至る方向から仲間たちの疲労し、悪戦苦闘している声が聞こえてくる。
かく言うオレも……。
「はぁ……はぁ……。て、手足が動かなくなってきた、かも……」
鎧はもちろん、体にも傷が増えてきた。
体力も僅かになり、今は岩陰に身を潜めている。
「こ、これはちょっと……不味いかも、な」
荒れる息を必死に整え、表へ出るタイミングを見計らう。
リアンは前線で尚も戦ってくれているが、それでも中々、元凶候補の魔物の元には近づけないでいるらしい。
「何とか、あの魔物に近づかないと、切りが無い……!」
すると、すぐ側にある魔物の死骸の山が僅かに動いた様に見えた。
次の瞬間、積み重なった死骸が一気に宙に舞うと、その下から毒尾熊が現れた。
「ッ! ――な?!」
急いでオレは剣を構えようとしたが、岩と岩の間の隙間に剣が挟まり、振り抜けない。
その間にも毒尾熊がその豪腕を振り上げて、爪を構える。
――やられる!
「ウオォラァァ!」
すぐ近くで聞こえた唸り声と同時に、目の前の毒尾熊の胴体に斜めに斬れ筋が走り、ズルズルとその巨体の上半分が崩れ落ちた。
「な、えっ?」
「ったくよぉ。結局右の道が当たりだったのかよ。正面の坑道に行った意味ねぇじゃねぇか」
遅れて倒れた下半身のその後ろから、そう乱暴な口調で手に持つ巨大鉈を振り回して肩に担ぐ、アマゾネス風ビキニアーマーを着こなす赤毛の女冒険が、悠々と笑みを浮かべて現れた。
「よぉエロガキ、生きてっかぁ?」
進展が少ない回でしたが、次回はもう少し進展するかと思います。