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二・十五話 柄にもなく

 ――本来は静けさが支配しているであろうこの最大規模の鉱山内の広大な坑道の中。

 しかし今はオレたち探索組のせいで、足音や鎧が擦れる金属音が小さく響き渡っている。


「松明の光が届かない物陰などに気をつけろ。それにこの通路は天井も高い、頭上からの奇襲にも警戒する様に」


 誰よりも先陣を切って皆に注意を促すケスヤ隊長。

 今の進軍の順番は、先頭を歩くケスヤ隊長が率いる部隊。その後ろに冒険者組のガジェンダーさんと、さっきオレに突っかかってきた女冒険者。

 次にフィダーユ隊長が率いる女性だらけの騎士部隊で、最後尾をオレたちナルシスゥトン隊が続いている形だ。


「ふむ、魔物の匂いは薄っすらとだがするのに、まったく姿を現さんな……」

「そりゃあこの鉱山は領地一の大規模ってんだぁ、魔物たちだってこの鉱山(迷路)をうろチョロとしてんじゃねぇのか? 嬢ちゃん」


 オレの隣で退屈そうに呟いたリアンに、前を歩いていたオウクがわざわざ歩みを遅らせて近づきそう話に入ってくる。


「その可能性もあるッススけど、これだけ発生場所が広大ならその分魔物の発生量も多いんじゃないッススか?」


 そこへ更に話に割って入って来たのは、後ろから近寄ってきたアキドだった。


「山ん中の広さと魔物の量なんて関係ねぇだろ」

「そうッススかね……? ならいいんッススけど」

「ったく、アキドは出来る奴なのに変なとこで心配症だなぁ相変わらず」

「オウクさんは逆に少しは慎重になって欲しいものッスス」

「おっ、言うじゃねぇか?」


 今日も二人は仲良しみたいだな。

 初探索後に行った「蛇の生剥ぎ」なんて言う不気味な店名の居酒屋で飲んで以降、気のせいかオウクとアキドの仲が良いんだよね。意外と二人のフィーリングが合っていたのだろう。


「ほらほら二人とも、今回は他の皆さんもいるんだから注意を受ける前に列に戻っておけよ」


 オレの注意に二人は軽く謝って元と位置に戻っていく。

 こんなつまらない事で、うちの隊長はともかく割とそんなに距離が離れていないフィダーユ隊長に聞かれでもしたら……雰囲気から結構厳しそうだし、(たま)ったものではない。


「――ん? うっ!?」


 そんな事を考えながら視線を前に向けた瞬間、前方の部隊の先頭を歩くフィダーユ隊長と目があった気がした。と言うよりもフィダーユ隊長がオレたち後方の方を振り返って見ていた。

 しかし直ぐに前を向き直したのだけど……後で(シメ)られたりしないよな……。


「ふむ? どうかしたのか、主人よ。そんなに汗をかく程洞窟内は暑くないと思うが?」

「は、はは……気にしないでくれリアン、これは冷や汗というやつなだけだから」


 額の汗を手で軽く払いつつ、リアンに変に心配させない様に気をつける。


 しばらくして前方の進軍が止まった。前で何か動きがあったらしい。


「前方から疾射尾猫(ダプッシュタイガ)の群れが接近! 数は一六体、戦闘態勢に入れっ!」


 ケスヤ隊長の号令にみんなが雄叫びに近い返答をすると各々が武器を構え始め、オレも自分の剣を抜剣する。


「来るぞ。疾射尾猫(ダプッシュタイガ)に包囲されない様、左右に展開! 後方隊は後ろに回られた際の警戒を」


 ケスヤ隊長の指示の後、前方のケスヤ隊が大きく横に広がっていく。

 同時に、硬い物が金属と激しく打つかる音が聞こえてくる。その音を皮切りにみんなの勇猛な応戦が響き渡ってくる。


 激しく魔物と戦う騎士たちの中でオレの目に止まったのは、一メートル半近くもあるロングソードを構え、馬よりも早く駆けて特攻してくる疾射尾猫(ダプッシュタイガ)をしっかりと見て交わすケスヤ隊長の姿。


 避けられて直ぐに旋回して再び両足の爪を構えて飛び掛かる疾射尾猫(ダプッシュタイガ)の攻撃を、ロングソードで見事に防いだケスヤ隊長が、疾射尾猫のがらがらに空いた無防備の腹を蹴る。


 ケスヤ隊長の蹴りを受けた疾射尾猫は勢いよく飛び退き、一度距離を取ろうとしたのか背を向けた。


 しかしその隙を逃さなかったケスヤ隊長が疾射尾猫の胴体をその長い剣で貫く。

 深く突き刺さった状態で勢いよくロングソードを振り抜くと、疾射尾猫の胴体に大きな横一線が走り、短い悲鳴の後に地面を転げ落ちる。


「あんなに長い剣、重量もそこそこあって普通は扱いづらいだろうに、前の合同探索の時と同じ様に苦もないように振り回している」


 疾射尾猫を討伐した事を確認すると、直ぐに体制を整えたケスヤ隊長はそのまま危険そうな部下の援護に移っている。


「主人も鍛えればあれくらい出来るだろう?」

「いや、ちょっと自信は無いかな……」

「お喋りしている場合じゃないだろう。緊張を解かないように、僕のようにね」

「申し訳ございません、ナルシスゥトン隊長」


 オレたちの先頭にいたはずのナルシスゥトン隊長が、いつの間にかオレの居るところまで後退し、ご自慢の金髪長髪をいつもの様にクルクルといじりながらそう注意してくる。

 こっそりここまで逃げて来たのかコッペンもレーズンもまだ前線の警戒に集中している。


「二体壁を伝って後ろに行ったぞ! 迎撃態勢!」


 響いてきた警告に視線を上げて見てみると、まるで忍者テレビの(ごと)く左右の壁を二体の疾射尾猫がシュタタタッと走り抜け、オレたちの後ろに降り立つ。


「おっ、おああっ!?」

「おっ! わざわざ俺たちの相手をしに来てくれたみてぇだなぁ!」


 例によって驚きビビる我らが隊長。その前にオウクが出てきて自慢の大剣を構えて肩を鳴らす。


「言っている場合か。グレン様、ここは私にお任せを」

「分かった、スライド。ナルシスゥトン隊長はオレの後ろに」

「よっよし! ここはお前達に任せよう……!」

「なぜ毎回この人間はこんなにも怯えているのだ――イダッ」


 オレを守る様にスライドがオウクと並び疾射尾猫と対面して距離を測っている。

 その間にリアンの鋭いツッコミをオレのチョップで制止する。当の本人は尚もビビり続けていて聞こえていなかったみたいだけど。


 疾射尾猫(ダプッシュタイガ)が威嚇の唸り声を鳴らす。

 そして痺れを切らした疾射尾猫がその牙と爪を立てて駆け出す。


「っしゃイクぞぉ!」

「ふっ!」


 二人がタイミングを見計らい二体の疾射尾猫に目掛けて剣を振るう。


 スライドが狙った疾射尾猫は器用に体を拗らせて回避され、反撃にと瞬く間に向きを変えて襲撃(しゅうげき)を仕掛けてきた。


「くっ――させるかっ!」


 間一髪に反応したスライドは小盾で疾射尾猫の鋭い牙を防ぎ力の押し合いを始める。


「おおぉっ……りゃっ!」


 力強い声のする方に視線を移すと、オウクの方は見事にヒットさせていた。


「刃の部分じゃなく面の方を最初から向けていたから範囲が広くて逃さなかったのか」

「ふむ、オウクの奴、意外と頭を使う戦い方をするものだな」


 顔面からオウクのフルスイングを受けた疾射尾猫は、そのまま大剣の動きに逆らえずオウクに振り回される。


「おぉら、しゃがめスライドぉ!」

「なにっ……!?」


 咄嗟(とっさ)に動けたスライドは体を仰け反らせ襲ってきている疾射尾猫が上になる様に誘導する。

 そこへオウクが連れてきた疾射尾猫が衝突し、そのまま二体(まと)めて坑道の壁へと吹き飛ばした。


 壁に強打した二体の疾射尾猫はビクビクとさせて動きが鈍くなっている。


「おっしゃ、やっぱり広い場所だと大剣(こいつ)を振り回せていいなぁ!」

「今度こそこれで……どうだっ!」


 疾射尾猫(ダプッシュタイガ)に急接近したスライドは剣を器用に二体の首元にあてがって剣を引き、二体の首を深々と斬り裂き疾射尾猫(ダプッシュタイガ)を倒す。


「あぁー!? てめぇ、俺の分もやりやがったなぁ!」

「何を言っているのだオウク? それよりも、さっきは危うく私が大剣に巻き込まれるところだったぞ!」

「ま、まぁまぉ、落ち着けよオウク、スライドも。別に競争をしている訳でもないんだから良いじゃないか。大事なのは襲ってくる魔物を倒す事だろ?」


 変に残念がるオウクを宥めつつ周りの戦況を確認する。


 後方の二体は今先程討伐された。

 正面を見ると、少し前に全滅していたらしい。聞こえてくるケスヤ隊長の号令によると負傷者も無しとのこと。


「出始めとしては順調かな……うん?」


 剣を鞘に収めた時、オウクたちが討伐した疾射尾猫の体で気になる物が見え、オレは近づいて()()を首元から外して手に持つ。


「……っ! これは……」


 それは、初めて鉱山探検をした時に一体の魔物の首に巻かれていた――糸だった。


「……多分同じ糸、だよな。どうしてこの魔物にも同じ様な物が巻かれていたんだ……?」


 ――正直、前発見した糸は偶々(たまたま)だと、無理矢理納得したが……やっぱり、何か関係が……?

 しかし結局答えが出ず、小休憩も終わり、進軍が再開された。


「やっぱり無関係って事は無いのかな……」

「どうかしたのか、主人よ?」

「えっ? ……いや、何でもないさ」


 しばらく考えてもみたが、やはり分かるはずもなく、とりあえず頭の隅っこに置いておく事にした。


「ふむ、そうか。ところで、あのフィダーユとか言う女の部隊、中々強そうだった。見ていたか、主人?」

「いや、どんな風だったんだ?」


 リアンの説明を解釈すると、盾を構えた者が攻撃を防ぎ、そこへ直ぐに槍を持った奴が牽制(けんせい)、その隙に剣なり使い魔なりでとどめを刺すと言う……正直言って王道の戦い方だ。


「普通の戦い方じゃないか。そんなに気になるほどの事か?」

「ふむ、確かにそうだ。しかしこの流れを何の揺らぎもなくスムーズに行っていたように見えた。普段の団結力が強い証だろう」


 ……うーん、リアン()が凄い集団戦のプロフェッショナルの人の様な事を言ってきた。


「リアンって魔物、だよな?」

「ふむ? 何を今更な事を確認しているのだ、主人よ」

「ですよね……」


 ……まぁいいか。脱線したが、それよりフィダーユ隊長の部隊、リアンの話だと相当連携プレイに優れているらしい。

 女性のみの騎士団故の戦闘方ってことかな。


 フィダーユ隊長の雰囲気からして訓練が厳しそうだけど……。




 進軍再開から大体一時間半未満くらいか。

 通路の広さが気持ち狭くなってきたあたりで三つに別れた坑道が現れた。

 直線の道と右の曲がり道、そして左は上り坂の道となっていた。

 どうしてわざわざ左だけ上りにしたのか……中腹近くて上の鉱石を取り始めたのかな?


 隊長たちでしばらく話し合っているとケスヤ隊長が開口する。


「よし、私が率いる部隊半分は左の通路を。残りのケスヤ隊は冒険者ガジェンダー殿達に着いて行き、正面の通路を引き続き探索。フィダーユ隊とナルシスゥトン隊は右の通路を探索する」


 部隊分けが決まると早々に各自が準備をし、先にガジェンダーさんとケスヤ隊が正面の道を目指し出発。

 それに続き、ケスヤ隊長たちに見送られながらオレたちナルシスゥトン隊とフィダーユ隊が右の坑道を進んでいく。




「ふむっ……?」


 進軍してまだ三〇分も経たずに、リアンが何かに反応した。


「リアン、どうかしたか?」

「ウゥッ! ウォン、ウォン!」

「ロキ? どうかしたの?」

「どうかしたのか、レーズン?」

「分かりません、ナルシスゥトン様。ロキが何かに反応したみたいなのですが……」

「ブキャキャ?」


 レーズンの使い魔、懐紫狼(ドルイワウルフ)のロキも何かに気づいたみたいだけど、フィダーユ隊長の腕猿(ワンモス・モンキ)ダイスケは明らかにハテナマークが浮かんでいる顔をしている……ように見える。


「ふむ、犬っころは直感で察したか。匂いはしないが魔物の――魔力の流れが見えた」

「何っ!? ナルシスゥトン隊長、フィダーユ隊長、魔物が近くにいる模様です!」

「なに……?」

「えっ……!? か、数は!」


 先頭を進んでいたフィダーユ隊長の歩みが止まりナルシスゥトン隊長の問い掛けがきた。


「ふむ、どうやら三体だけのようだ」

「場所は何処だ、リアン」


 松明の光が届く範囲には姿は無く、ここにいる全員で周囲を警戒している中リアンに場所を確認する。


「この奥、暗闇の中に――ッ?!」


 説明の途中で言葉を切った瞬間、リアンはオレの腕を取り口を開いた。


「攻撃がくるぞっ! 飛べっ!」


 叫ぶと同時にリアンはオレを掴んだまま飛び上がり、みんなもその言葉を理解するや否や一斉にその場を飛び退く。


 ――ズドドドドッ!!


 地鳴りと聞き間違えそうな轟音と共にさっきまでオレたちが立っていた場所から激しく突き破ってきたのは、岩の塊――いや、()()()だった。


「魔法っ!? くっ!」


 空中に放り出されている中、オレは持っていた松明を出来る限りに正面へと投げる。


 松明の光の境界線、その僅かな光がこの攻撃魔法の使用者を照らし出した。

 暗い坑道の中でギリギリ見える輪郭は、まるで人型の様だ。


「全員、戦闘態勢!」

「せっ、戦闘態勢っ……!」


 フィダーユ隊長とナルシスゥトン隊長の号令に全員が武器を構える。


 ザッ、ザッと魔物がこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 次第に奥からシルエットが更に現れ、全部で三体の影が確認できた。


「見えん……っ!」


 フィダーユ隊長が更に松明を投げ、今度はもう少し奥へと届き、その姿を明確にする。


「グレン、ありゃあ……」

「ああ、岩人形(ゴーレム)だ……!」


 通路の奥から姿を表したのは、スイカ程の大きさの灰茶色の石が大柄な大人のような形に組み合わさった動く人形……岩人形(ゴーレム)


 さっきの攻撃魔法は多分〈岩槍(ウォール・ゾグ)〉だろう。

 まったく、これでゴーレム系の魔物に合うのは何回目だよ……。


「ふむ……主人は石クズの魔物に好かれやすいのか?」

「そんなのオレが知りたいよ……!」


 光の下に三体の岩人形(ゴーレム)が完全に出てくると、それぞれの石腕をオレたちの方へと伸ばしてきた。


 ダンッ! ダンッ! ダンッ!


 岩人形が伸ばした石腕が鈍い音と共にその大きな石を飛ばしてきた。


「守備隊、防御!」


 フィダーユ隊長の号令に盾を所持しているフィダーユ隊が前へ回り、岩人形の岩の弾を防いでいく。

 ゴンッゴンッと鈍い音が木霊(こだま)の様に繰り返される中、オレたちは反撃のタイミングを見計らう。


「〈石飛乱(ウォール・ダム)〉か。生身の人間には相性が悪い攻撃だな……」

「元々魔法攻撃で人間にとって相性の良い攻撃なんて無いと思うッススけど……」


 ――今はそんなド正論のツッコミはいらないんだよアキドくん。


「ここは私がやる」


 そう言うとフィダーユ隊長はタイミングを見切ったのか、守備隊に少しの隙間を作らせるとそのロングツインテールを(なび)かせて走り出した。


 岩人形(ゴーレム)三体の合計六つの〈石飛乱(ウォール・ダム)〉の中を柔軟に体を逸らして避けていく。

 弾を見極める洞察力とそれに反応する運動神経が高いみたいだ……。


「――っ!」


 転がり込む様に岩人形たちの背後に回ったフィダーユ隊長。両手を地に着けて動きを停止すると、フィダーユ隊長の背後から太長い獣の腕――使い魔の腕猿(ワンモス・モンキ)のダイスケの腕が伸び出てくる。


「ダイスケ、こっちも〈岩槍(ウォール・ゾグ)〉」

「ブキャッ!」


 ご主人様(フィダーユ隊長)の指示に答えたダイスケは地面の土を両の手で一握りする。

 握られた手の中が小さく発光すると、握られていた土が三〇センチほどの長さの岩の槍へと姿を変えた。

 両手にそれぞれ構えるとその(たくま)しい腕で投擲していく。


 ダイスケの〈岩槍〉が命中した岩人形の箇所が削り落とされている。

 未だフィダーユ隊長の方に向き直し切れていない岩人形。その間にダイスケが投擲したすぐに再び土を岩の槍へと変えて投げていき、攻撃を浴びせ続ける。


 まさか〈岩槍(ウォール・ゾグ)〉にあんな使い方があったなんて……オレたちに誤射(ごしゃ)しない的確な投擲だ。

 ただ、ダイスケの投擲威力が強過ぎるのか、フィダーユ隊長が地面で体制を固定し続けている。反動が強いのか少しづつ体が下がって行っているようにここから見える。


 岩人形たちがフィダーユ隊長に向き直した頃には三体とも削に削れてボロボロの状態になっていた。

 その内の一体がそのまま力尽きる様に崩れていったが、まだ残りの二体は動いている。岩人形(ゴーレム)の核がまだ無事なのだろう。


 そこにフィダーユ隊の女性一人が自分の使い魔の食水植(マカリナ・アイービ)に合図を出し、岩人形の一体に向けてその(つる)を伸ばし、動きを封じる。


「ロキ! 〈装甲弾(クロス・バレット)〉!」

「ウォン!!」


 そして残った一体を紫色の鎧を身に纏ったレーズンのロキが突撃し、胴体の中心を貫いた。

 見事に核を砕いたのか、その岩人形も崩れ倒れていった。


「よし、残りは一体だっ」


 ……あれ?

 今オレ、フラグっぽい事を言ってしまった気がするけど……流石に残りは拘束された岩人形(ゴーレム)が一体。

 どんでん返しはないよな。


 その証拠に剣を抜いたフィダーユ隊長が岩人形の核を見つけて剣を構える。


「これで終わりだな」

「……ふむ! 主人っ」

「どうした、リアン?」

「あの岩人形(ゴーレム)の手元、魔力が集中しているぞ」

「――何だって!」


 リアンが指差す岩人形の垂れ下がった腕先に視線を向けると、地面に魔法陣が小さく現れていた。

 マズイ、何かする気だ。

 近くにいるフィダーユ隊長は気づいていない……。


「あんなに近いと逃げ切れない……! リアン、フィダーユ隊長を!」

「分かっているっ!」


 オレが言うよりも早く、小さく翼を出していたリアンが瞬く間にフィダーユ隊長の(もと)へと飛んで行った。

 じゃあ、オレはっと……。


「みんな、岩人形(ゴーレム)が何かする気だ! 急いで距離を取るぞっ!」


 周りに警告して後ろへ下がるように言う。

 ナルシスゥトン隊長たちはすぐに動いてくれたが、フィダーユ隊の女性たちは中々動かない。

 岩人形の側にいるフィダーユ隊長が気にでもなるのか……。


「急いで下がるんだ! フィダーユ隊長にはリアン様が向かっている、急げ!」


 オレと共に警告を促すスライド。

 ふとリアンたちの方に目を向けたが、既にフィダーユ隊長を抱えたリアンが充分に距離を置いて離れた位置にいた。

 片手には岩人形(ゴーレム)を拘束していた食水植(マカリナ・アイービ)もしっかりと回収している。


 流石だな、リアン……ドヤ顔が変に気になるけど。



 ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴゴゴンッッ!



「――つっ?!」


 しかし同時に岩人形の魔法が発動したらしい……!

 地面を崩壊させて穴を開ける魔法〈地穴(ボグラ)〉だ。


 岩人形を中心に幾本も亀裂(きれつ)を走らせると大きく崩れていき落とし穴が生まれる。


「こんなところで使いやがって……!?」


 尚も亀裂が伸びてどんどん穴が広がっていく。

 ナルシスゥトン隊はもちろん、フィダーユ隊も隊長が大丈夫と納得したのかここから離れていく。


「スライド、オレたちも行くぞ!」

「はっ! 急ぎましょうグレンさ――」


 続いてオレも避難しようと歩き出す寸前、直ぐ横のスライドの体制が大きく傾き、気づけば直ぐそこまで広がっていた穴に落ちそうになっていた。


「っ――スライド!」


 穴に落ちかけるスライドの手を取ったオレは全力で引っ張る。


 ――メキメキッ。


 瞬間オレの足元にも大きな亀裂が走り、バランスが大きく崩れた。


「っ……!?」

「グレン様!」


 崩れるバランスの中でスライドを引っ張り上げた為に、今度はオレが穴の中へと身を投げる。


「グレン様あああっ!?」


 スライドが腕を伸ばそうとしてくるのが見えたが、亀裂により壁まで崩れて、その救いの手を阻んでくる。


 重力に逆らう(すべ)も無くオレと岩人形(ゴーレム)はその底が見えない穴へと落ちていく。


「ぐっ――がっ……!」


 穴へ落ちていくオレに追い討ちの様に落石が上から降り注ぎ強く打ち付けられ、痛みによって体が動かせない。


「ぐっ――――」


 くそっ……落ち……。


「あるじいぃぃーー!!」


 意識が闇に落ちていく中、オレに向けて手を伸ばしてくるリアンの姿が……。


「……っ!」


 落石に打ち付けられながらオレは手を伸ばし、リアンの手をしっかりと掴み引き寄せる。


 オレよりも小さなその体がオレを力強く包み込んでいく感覚の中、オレとリアンは闇の中へと、落下し(消え)ていく。

改変:グレンくんの性格上のもと、落下シーン辺りを大きく変えさせていただきました。

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