二・十四話 今日の冒険者その二 ※(別)
主人公、グレン以外の別視点です。
暗めの話となっています、苦手な方はお控え下さい。
『あれから数ヶ月……。』以降の文は本章のネタバレを少々含んでいます、気になる方は読み飛ばして下さいませ。
いつもと同じ様な熱い空気が漂う街中を通り、私は目的の建物へと仲間達と一緒に向かっている。
「ハア、ハア――ねぇー、ドブ掃除の道具が重いよ……。ヘスティ半分持って……」
「何言ってるのよ……! 私だって同じ荷物を持ってるんだから。あとネネネ、私をヘスティなんて略して呼ばないでっ! 私には『へクスティア』ってお母さんが付けてくれた名前がちゃんとあるんだから」
私の後ろでブツブツと文句を言う仲間の少女、ネネネ。普段は活発な彼女でも、今日引き受けた依頼の肉体労働には、流石に疲れ切ったみたい。
「冒険者ギルドはあと少しで着くんだから、キッカを見習って頑張ってよ」
私達の最後尾を歩くもう一人の仲間の男の子、キッカに視線を向けると汗を拭いながらニカッと微笑む。
「しっかし今日の依頼は中々大変だったよな。北側の水路のドブなんか、ガシッとこびり付いた汚れを落とすのに骨が折れたよな」
「そうよね。幾ら安全な仕事でも、こんな依頼もう懲り懲り。ヘスティ、明日はもっと楽なのを引き受けようよ」
「冒険者の仕事に楽な依頼なんてある訳ないじゃない。ほら、それより早くギルドに行くわよ」
いつも見たいな会話をして前に向き直ると、前の方から人が近づいてくる。
――あっ。
「いや、だからルウナは……」
「照れなくても良いのよ、グレン」
「人の話を聞けよロザネラ」
思わず歩みを止めた私の横を、二人組の男女が会話に夢中になって通り過ぎていく。
自然と私はその後ろ姿を目で追っていく。
あの人……。
「――だから今度の仕事は、それを……イタッ! も〜、ヘスティ急に立ち止まって痛いじゃん!?」
「……へ?」
「どしたんだ急に後ろを振り返って、顔が何か赤いようだけど?」
「そ、そう……?」
私の顔を覗き込んでくるネネネとキッカ。
「…………ははん。そういう事ですか、へクスティアさん?」
「な、何がそういう事なのよネネネ……」
私の顔と遠ざかって行くさっきすれ違った二人を交互に見ていたネネネが、腹が立つくらいニヤニヤした笑みを浮かべ始めた。
「え? どういう事だ、ネネネ」
「まったくー、キッカくんはまだまだ子供だねぇ。ヘスティはさっきの男の人に一目惚れしちゃったって事よ〜」
「なっ!? ななな、何言ってるのよネネネっ!」
どうして、分かったのよ……!
「そうなん?!」
「ち、ちがっ……!」
「別に隠さなくても良いんだよヘスティ。女の子が恋するなんて素敵な事じゃん!」
「だ……だから!? ――うぅ?!」
ネネネが言葉にする度に顔が熱くなっていく感じがする……!
こんな気持ちは、初めてだ……。
「ん〜〜、でも一目惚れする程かっこいいかなぁ? パッとしない普通って感じだし、私から見たら中の中か下って感じ――」
「そんな事ないもん! 整った顔立ちで身長も高いし、スラっとした体型なんか素敵よっ! ――あっ」
あの人の悪口を言うネネネの肩を掴んで揺さぶっている内に、自分が何を口にしたのか思い出す。
「……ベタ惚れじゃん。あーあ、一目見ただけでそこまで惚れるものかね」
「うぅー……。しょうがないでしょ、好きになっちゃったんだもん……」
「おぉ〜! 初々しい乙女みたいな事を言うねぇ〜?」
「……でもさっきのお兄さん女性と歩いてたけど、彼女とかじゃね?」
「ちょっ、ばっ、キッカ……?!」
――へ?
突然体から力が抜けていく。
手に持っていた荷物がとても重く、ドサドサと手から零れ落ちていく。
かの……じょ……?
「そう……だよね。あんなに素敵な人だもの、彼女くらい……」
「まったく、キッカはデリカシーが無いんだから……初めて恋した女の子はとても繊細なんだから!」
「わ、悪かったよヘスティ! 大丈夫、きっと直ぐに別の奴を好きになれるって!」
「それがデリカシー無いって言ってんじゃん!」
あぁ、まだ熱い日差しの下に居るはずなのに、だんだんと肌寒くなっていく気がする。
終わった……私の初恋は、始まる前に終わったよぉ……。
その後の事は意識が上の空となっていてよく覚えてはいないけど、うる覚えの記憶ではあの後ギルドに到着した後、依頼達成の手続きを済ませて借りた清掃道具を返し、貸し出し代を差し引いた分の成功報酬という名の端金を受け取った私達はそのまま今日は解散した、はず。
そして今になってやっと頭が回り始めた私は、街の表通りから遠く離れた裏通りの更に荒れた家々の間を抜けて、廃墟にも近い私の家へと帰宅する。
「ただい――」
「おっせぇぞ! 終わったんならチャッチャと戻ってこいよテメェ!?」
扉を開けると「おかえり」の代わりの空き瓶が飛んで来た。
パリィィンッと横で壁に激突した空き瓶が粉々に砕けて足元に散らばっていく。
「ご、ごめんなさい、お父さん……」
「ちゃんと金を稼いで来たんだろうなぁ……?」
「うん、少しだけだけど今日の分のお金」
この家の数少ない部屋に置かれた椅子に項垂れながら、私が取り出した財布袋をお父さんは強引に奪い取ると「けっ、少ねぇな」と悪態をつく。
「ごめんね、お父さん。明日はもっといい仕事受けてくるから……」
私は着替えながら新しい酒瓶を手に取るお父さんを背にして、いつもの様に暴力を振るわれない様にそう宥める。
「……なぁ、冒険者なんか辞めて娼婦になれよ」
「えっ……?」
「おめぇは面だけは死んだ母親に似て結構美人なんだ……。そっちの方が沢山稼げるだろ? なぁ?」
「い、いや……! それだけは! 明日はちゃんともっと稼いでくるから、だから!?」
「うるせぇ! 触んなっ!」
足にしがみついて懇願する私を、お父さんは躊躇も無く蹴り飛ばす。
「グッ! 痛ぅ……」
「嫌ならもっともっと稼いでこい! 役立たずがっ」
その言葉を最後に今日のお父さんの鬱憤晴らしも終わったらしく、再び独り荒々しくお酒を飲み始める。
昔はお父さんもこの領地に仕える立派な騎士だったらしいけど、大怪我の後遺症でそれも昔の話。
毎日お酒に逃げるだけの日々を送っている。
隙間だらけの物置部屋にいつもの様に避難した私は、ただただ静かに目を閉じる。
「こんな私に素敵な恋なんて、出来るわけ無いよね……」
翌日お父さんが起きない様に朝早く家を出た私は、まだ人も少ない冒険者ギルドで依頼書が貼られた壁をマジマジと見つめる。
「おっはー、相変わらずヘスティは早いね」
「ネネネ、おはよう。今、今日の仕事を選んでいたの」
笑顔でギルドに現れたネネネが私を見つけるなりこっちに近づいてくる。
まだ私は昨日の疲れが残っているけど、見る限りネネネは大丈夫そうだ。私の場合、あの家で疲れが癒える事は無いか……。
「良い仕事ありそ?」
「ううん、目ぼしいのは無さそう」
「ふ〜ん……だったらさ」
昨日よりももっと報酬の良い依頼は無いかと壁と睨めっこしている私に、ネネネがふと何かを提案してくる。
「『鉱山探索』なんて、どう?」
鉱山探索……?
「そんな依頼あったっけ?」
「ううん、こっちの依頼一覧じゃなくて受付の方に貼られている紙に書いてあったよ。大勢受注可能ってなってたから、私達も今から受けられると思う!」
ネネネの指差す受付所のすぐ側を見ると、確かにそんな内容が書かれた紙があった。
「何々、『鉱山に大量の魔物が出没する様になった原因の究明が依頼目標。注意、多種多様な魔物が出没する可能性がある』か……」
「ねっ! 危険そうだけど、その分の報酬も良いみたい。他のギルドからも冒険者が来てるみたいだし、やってみない?」
……難易度が高そうだけど、確かに報酬額が高い。
今日も少ないお金を持って帰ると、今度こそお父さんに娼館で働かされるかもしれない……。
「どっちみち失敗すれば私の人生は終わる……。なら、可能性のある方に賭けてみよう。よし、私達も鉱山探索やろう!」
「よし、決まりだねっ! だったら善は急げ、私まだ来ないキッカを迎えに行ってくる!」
仕事が決まると早々に、ギルドを飛び出していくネネネの活発さに私は思わず笑い出す。
やっぱり仲間と一緒にいる時が、私にとって一番の幸せだ。
「ネネネとキッカは、私が守ってみせる!」
この時確かに私は、私自身にそう誓った。
誓った……筈だった。
「はっ……! はっ……!?」
「キッカ、もっと早く走ってっ!」
「もう……無理……限界だ……!」
探索を始めてほんの僅かの間。
まだ探索らしい事もしていない私達は、出口に向けてひたすら走り続けた。
「あっ――あぐっ?!」
「キッカ!」
後ろから聞こえた短い悲鳴に振り返ると、キッカが通路の真ん中で倒れていた。
「急いで立って! 早くしないと魔物達が!」
「分かってる――え?」
起き上がったキッカの表情が苦痛から一転し、青ざめていく。
「どうし――ひっ!?」
「うそ――」
ヨロヨロとその場でふらつきだしたキッカがその背中を私達に向ける。「無数の酸蜂の針に刺された」その背中を。
「あっ、あつ、い!? 熱い痛いいたいイタイ! 溶ける!?」
キッカの胴体に酸蜂の酸が注入され、その体が徐々に私達の目の前で形を変えていく。
「いやだ、助けて……助け……ネネ……ヘス、へす――」
キッカの言葉を私達は最後まで聞かなかった。
その後ろから新たに魔物がこっちに向かってきていたから。
私達は走った。キッカを置いて走った。
「はっ、はっ……!」
少ししか進んでいないはずなのに長く感じられた通路。
だけどやっと目の前に出口の証である光が見えてきた。
――でも確か……この近くに大きな穴があった筈……!
「はっ、はっ――……はっ、はっ!?」
だっ、ダメだ……。喉が枯れ果てて、声が……。
そう思っている間に、目前に来た時に見た大穴が。
「はっ、はっ――くっあっ!」
ネネネがこの大穴の事を覚えてくれている事を願って私はそれを飛び越える。
来た時は壁伝いに通ったけどこうして見るとやはり大きい……。
余裕で人ひとり入ってしまう幅と深さだ。
「はっ……はっ……ね、ねね――」
何とか声を絞り出して彼女の名前を呼ぶ。
「――え?」
だけど、振り返った背後に彼女の姿は無い。
「ね、ネネネ……?」
「ヘスティーー!?」
嫌な予感がした私は声のした方向に近寄り、ネネネを見下ろす。
「ネネネ!?」
「いやっ!? ヘスティ、助けて!」
大穴に落ちたネネネが穴の底で何かに襲われていた。
「やっ、やだっ! ヘスティ! ヘスティ、助けてっ!?」
ネネネの体を徐々に覆い被さっていく水の塊の様な魔物――後にそれが水粘流擬生と言う魔物だと知ったけど、そんな事はどうでもいい。
「助けて! ヘス――」
次の瞬間、その魔物はネネネの顔に飛びつくと瞬く間に顔全体を覆っていく。
水で出来たその魔物が顔に纏わりつかれたネネネは、まるで水で溺れている様にもがき苦しみだした。
「ゴボボッ――?!」
「ネネネっ! 今助けに――ッ!?」
気持ちを奮い立たせ動き出そうとした体が、目前の光景の奥のものが目に入った途端、徐々に気力が消失した私の体は小刻みに震えながら停止した。
「ガポッ――――」
「ごめん……ごめんなさい……」
死にたくないと、必死に助けを求めるネネネの姿を……私はただ見ているしかなかった。
ロープや投擲武器も持っていない私に、出来ることは無かった。
――大穴に降りて助けようものなら……他にもいた水粘流擬生の大群の中に死にに行くようなものだった。
涙と汗で霞む視界の中、他の水粘流擬生達に囲まれ全身を覆われていくネネネの姿を、私は最後まで見続ける事は出来なかった。
――私は逃げた。
――実の親よりも大切に思っていた仲間を見捨てて。
――守ると誓った仲間達の最後の姿からも。
あれから数ヶ月……。
私はお父さんの紹介で娼館で働いている。
強引に働かされた訳ではなく、自分から娼婦になった。
仲間を見捨てた私に冒険者なんて続けられる訳は無く、自分への戒めとして……。
最早私とは関係のない話だけど、最後に受けた鉱山探索の依頼、その原因がつい最近発覚されて解決したらしい。
なんでも、一体の魔物による仕業だったらしく、その魔物を王国から派遣された騎士達によって討伐されたと「お客様」から聞いた。
「ヘクスティアちゃん、お客様がお待ちだよ!」
「……はい」
だけどそんな事は本当にどうでもいい。
私はただこの仕事を続けていく。
それだけしか無く、それだけが私に出来る罪滅ぼしなのだから。
今日も名前も知らないお客様が、己の欲望を晴らす為だけにこの場所に来る。
私は夢も希望も捨てて、ただ毎日この言葉を口にする。
「――いらっしゃいませ。本日も私を、どうぞ可愛がってくださいませ」
今回はグリスノゥザ伯爵領の冒険者へクスティア視点の話でした。
遅れて続きの話が投稿されます。