二・十三話 集結、出立
「――よっと。準備完了」
この宿舎で迎える、恐らく残り少ない朝。
オレはいつも通り安全の為の重たい鉄製鎧を身に付け終わる。当然の事ながら相変わらずズッシリと重量感のある鎧だよ。……重てぇ。
「グレン様、準備は整いましたか?」
「ああ、大丈夫だスライド。ちゃんと荷物も持っ――あ、っと、危ないあぶない。忘れるところだった」
スライドの確認に答えながら部屋を軽く見渡すと、早速机の上に忘れかけた物を発見する。
オレは机上にある、昨夜スライドから貰った紙に書いた手紙を手に持ち、それを懐に入れる。
「それでは参りましょうか、グレン様」
「その前にオレはリアンを迎えに行くから、スライドは先に行って待っていてくれ」
スライドは了承すると先に部屋を出て行く。
後に続く様にオレも部屋を出て、リアンとロザネラがいる部屋へと足を運ぶ。とは言っても、そんなに離れた場所という訳ではないから直ぐに到着する。
いきなり扉を開けて「着替え中にこんにちは」なんて事はせず、普通にマナーとしてノックする。
数回のノックの後に「グレンだけど、入るぞ」と声を掛けると、部屋の中からドタバタと物音がし「す、少し待っててもらえるかしら……?!」と慌しい口調で返しが来た。
焦らせる必要も無いのでゆっくりと待ち、しばらくしてロザネラが扉を開けてくれたので室内に入る。
本当に着替え中だったとは……実はロザネラは何処かのヒロインなんじゃないか?
「ジロジロと人の顔を見て、どうかした? 顔に何か付いていたかしら?」
先程の慌ただしさも何処へやら、いつもの落ち着いた雰囲気のロザネラだ。……顔がまだほんのりと紅くなっているのは黙っていてやろう。
「いや、何でもない」
「主人よ、そろそろ行くのか?」
「ああ。リアンも用意してくれ」
「……またか、別にこのままでも良いのではないか?」
「子供姿で危ない所に入れてもらえるわけ無いだろ」
「ふむぅ、毎回まいかい面倒だなぁ……」
そう文句を言いながらリアンは体を光らせ、いつもの大人(騎士風の服装)姿に変わっていく。
「これで良いか?」
「ああ。よし、行くか」
「グレン、気をつけなさいよ」
準備が整ったリアンを連れたオレにロザネラは微笑んで見送る。
昨晩みたいな雰囲気は無くいつも通りの素振りを見せる。まあ、その方がオレも変に意識せずに安心して行けるから良いか。
「おう、ありがとうな」
「行ってくるぞ、ロザネラ」
「ええ、リアンちゃんもグレンを守ってあげてね」
「ふむっ、もちろんだ! 大船に乗ったつもりでいて良いぞ、主人よ」
「よくそんな言葉を知っていたな。そうだな、頼りになる使い魔がいてオレも安心だよ」
わしゃわしゃとリアンの頭を撫でて、小さく手を振るロザネラに見送られつつオレたちは部屋を出る。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ええ。行ってらっしゃい……」
宿舎を出ると、既に揃っていたみんながオレを待っていた。
「遅いじゃないか。まったく、これから向かう所は今まで以上に危険な場所かもしれないんだから、しっかりして欲しいものだよ」
「申し訳ございません、ナルシスゥトン隊長」
やれやれと、わかりやすく両手と頭を振る我らがナルシスト隊長に謝罪をして、既にスライドが用意してくれていた馬に跨る。
「グレン様、例の手紙の方は?」
「宿舎の受付の方に渡してきた。近いうちにドゥラルーク領行きの馬車が仕事で宿舎に来る予定との事で、一緒に乗せてくれるってさ」
「そうでしたか」
「お手紙を出すッススか? どなた宛にです、グレンさん?」
オレに続いてリアンが後ろに乗ったタイミングにアキドが近づいて聞いてくる。
「うーん……ちょっとな」
あまり他人には言えない事なので、当たり障りが無いように話を逸らす。
「シャキッとしろよおめぇら、これから戦いに行くんだからな」
そう聞こえてくる方を見ると、変わらずの巨体が視界に入ってきた。
「……戦いに行くんじゃなくて、あくまで探索に行くんだろオウク。でも、今回は今までで一番大規模な鉱山だからな、何が待ち受けているか分からないぞ」
「何弱気な事言ってるんだぁ? 騎士なら騎士らしくしろ」
騎士らしくってなんだよ……。
「弱気なんかになってないよ。今回の探索で今度こそ原因を突き止めようぜ」
「その意気だ。ほら、そろそろみたいだぜ」
そう言うとオウクが視線でナルシスゥトン隊長の方に誘導してくる。
「それでは今から出立する。皆、準備はいいね」
コッペン、レーズンを左右に控えさせたナルシスゥトン隊長がみんなにそう声を掛ける。
各々の準備を確認し、ナルシスゥトン隊長の号令で馬を走らせる。そしてオレたちは、ここから半日程した場所にある大型の鉱山へと出発した。
「うわぁ、でっかい……。富士山の何倍もあるんじゃないか? 富士山を生で見た事は無いけど……」
眩しい位の朝日も沈み始めた頃、目的地の鉱山のすぐ近くまで辿り着いたオレは、見上げながら自然と開いていた口からそんな言葉を漏らす。
オウクから「フジサンって何処の山のことだぁ?」と質問が飛んで来たが、説明が面倒くさくなりそうなので聞かなかった事にしよう。
それはそうと、流石は領地一の大規模の名を持つ鉱山。
高さだけでは無くその横幅の規模もバランスよく広い。とりあえず最初に探索した小規模の鉱山の二倍以上ある事は目測でも分かる。
「おや、既に他の部隊は揃っているみたいだ。僕達が最後みたいだね」
ナルシスゥトン隊長の視線の先で、鉱山に開いた入り口の前で何人もの人と魔物が集結している。
兵士らしい武装した人とそうで無い人がいる。
同行するのは初めてだけど、多分この領地の冒険者の人達か。
その集団の側まで来たオレたちは馬から降り、この場の中央にいるそれぞれのリーダーと思われる三人のもとに行く。
「お疲れ様です。この度、合同探索に参加するナルシスゥトン隊の隊長、ナルシスゥトンです」
先頭に立って敬礼するナルシスゥトン隊長に続いてオレたちも敬礼する。
「やあ、前回の合同探索以来だな」
三人の内、先にオレたちに気付きナルシスゥトン隊長と握手を交わすのは、片目に傷を負った隻眼が特徴的の金髪の若き騎士、ケスヤ隊長。
確か五回目の合同探索で一緒になった部隊の隊長さんで、人当たりのいい人物だったな。
あの時もオレが魔物に背後から襲われて危ないところを助けてもらったっけ。
「今回もよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。そちらの方々は?」
「ああ、彼らは――」
ナルシスゥトン隊長の質問にケスヤ隊長が一歩引くと同時にその隣にいた、黒い長髪をツインテールにした見た目ルウナよりも若く見える女性騎士がナルシスゥトン隊長に握手を求める。
「フィダーユだ。よろしく」
真顔で短くそう挨拶をしてくるフィダーユさん。
うーん……見た目は可愛いけど、雰囲気がピリピリというかトゲトゲというか……。性格がキツそうな人みたい。
「あ、ああ、よろしく……」
「すまない、ナルシスゥトン殿。彼女、フィダーユ殿は愛想がなくてな。これでも隊を預かる俺たちと同じ隊長なんだ」
「ケスヤ殿、余計な事は言わなくてよろしいかと思いますが」
間を取り持つケスヤ隊長に鋭い目線を送るフィダーユ隊長。近寄り難い雰囲気を出していて、オレは少し苦手かもしれない……。
「――ブキャキャ?」
「えっ? 何の声――!?」
近くから野太い猿のような鳴き声がしたと思うと、フィダーユ隊長の背後から突然、太く毛深い腕が伸び出てきた。
それに気づいて驚いているオレたちだったが、すぐにその正体は全貌を見せた。
「ブキャキャーブキ!」
「ダイスケ、暴れてはいけない」
フィダーユに「ダイスケ」と呼ばれたのは、茶黒い体毛をした赤ん坊と同じくらいの身長をした小猿。
しかしその小柄な体とは裏腹に、その両腕は大の大人顔負けに異様に発達した力強い剛腕をしていた。
「ふ、フィダーユ隊長……。その魔物――腕猿は隊長の使い魔でございましょうか?」
オレの質問に腕猿を頭に乗せたフィダーユ隊長が無言で頷く。腕猿と言えば気性が荒いはずの魔物なのだが、フィダーユ隊長に懐いているのか非常に大人しくしている。
「フィダーユ殿の使い魔のダイスケは、彼女が側にいる時はとても大人しいんだ。ちなみに、フィダーユ殿もダイスケ相手には性格が緩くなるみたいなん――」
「ケスヤ殿……」
「――すまない、すまない。そう睨まないでくれよ。それでこちらの方は今回冒険者ギルドから来た――」
「冒険者のガジェンダーだ、よろしく」
ケスヤ隊長やフィダーユ隊長に続き、背中に盾を背負った筋肉質な中年男性――ガジェンダーさんが同じく握手を求めてくる。同じ盾使いのリービルの盾よりも大きく分厚い大盾を使うみたいで、もみあげと顎髭が繋がっているのが何となく渋さを出している。
「あ、う……あ、ああ、よろしく……」
あ、うちの隊長さん、握手する際に少し躊躇したな。
この人の事だからな、冒険者に対して不衛生とか野蛮とか偏見でも持ってそうで、一瞬不快そうな顔をしたのをオレは見逃さなかった。
「俺たちは三人でパーティーを組んでいるんだが……生憎リーダーがまだ少し遅れているんだ。それで代わりに俺が話し合いに参加しているんだ」
「話し合いとは、これからの作戦についてですかケスヤ殿?」
「そうだ、ナルシスゥトン殿も今から参加してくれ」
「もちろんです」
そうして四人が作戦会議を始めたのでオレたちは他の隊と同じように待機する。
ケスヤ隊長の隊は二〇人程の大人数。全員が勇ましい雰囲気を醸し出していて、ゆるい感じのオレたちとは真逆だ。
フィダーユ隊長の隊も同じくらいの大人数だが、全員が女性で固められた女性集団だ。……男性が嫌いなのかな、あの隊長さんは。
そして一人、鉈を大きくしたような長剣を肩に担いで佇んでいるボサボサの鮮やか赤髪の女性。
格好からしてガジェンダーさんと同じパーティーの冒険者なんだろうけど……。
「実在したんだな、ビキニアーマーって……」
恐らく一部のファンには堪らないだろう本物の水着型の鎧を、その女冒険者は勇ましく着こなしていた。
ただ露出はそんなに無く、谷間部分や腰回りには鎧と一体になった布が付いており、そこそこ際どく無い姿となっている。――リアル、アマゾネス……?
「ああぁ? さっきっから、何ジロジロ見てんだぁ、エロガキが」
まずい……余計な事を考えている内に目線が合い、鋭い剣幕で絡んできた。
あれ? 騎士資格試験の時も似た様な事があったような気が……。ちょっとデジャヴを感じる気がするのは気のせいだろうか?
「なんだぁ? それとも喧嘩売ってんのかぁ!?」
「いっ、いえ! ちょっ、まっ――」
「なんだぁネェちゃん、俺の仲間に喧嘩売ろうってのかぁ?」
「あぁ? 何だテメェ……?」
そこへ間に入って庇ってくれたオウク。
咄嗟に助けに来てくれるなんて、やだ、何この男前……。
「関係ねぇ奴はスッこんでろ……!」
「ヤンのか、このアマぁ!」
なんてふざけてる場合じゃなかった……。
「オウク、喧嘩はよせ!? 今から一緒に仕事する仲間なんだから!」
「視姦してたテメェが言うんじゃねぇよ!」
「してないですって……!」
「し、シカ……? 難しい言葉使って俺を無視してんじゃねぇぞ!?」
「お? 喧嘩ならワシが変わろうか、主人よ」
「お前が今加わったら話がややこしくなりそうだから今は下がっててくれ……!」
これ以上話が脱線すると収拾がつかなくなる。
「アタシを無視するなんて、いい度胸してんじゃねぇか!」
「がっ、グッ――?!」
オレがリアンを制止している間に女冒険者に胸ぐらを掴まれると、凄い力で体を持ち上げられる。
な、なんて馬鹿力だよ……。
「テメェ、いい加減に――」
――パンパンっ!
オウクがオレを持ち上げている女冒険者に手を伸ばした瞬間、その場に力強いそんな音が響き聞こえてくる。
音のした方向にはケスヤ隊長が両手を打ち付けて辺りを見渡していた。
「そこまでっ! みんなのスキンシップも済んだみたいなので、これより探索について先程決まった事を伝えるっ!」
言い終えたケスヤ隊長の目線がオレたちの方を見ていると認識すると、女冒険者は乱暴にオレを降ろして舌打ちをしつつ距離を空ける。
「ゲホッゲホッ……。あー、苦しかった……」
「平気かぁ、グレン?」
「あ、ああ……何とか。助けてくれてありがとうな、オウク」
それにしても……オレは女性に誤解されやすい顔でもしているのかな。……ちょっと泣きそう。
「今から私、ケスヤ隊とガジェンダー殿のパーティーが先行し、その後にナルシスゥトン隊とフィダーユ隊が後に続く。中は迷路のように枝分かれしているらしいので、道中ケスヤ隊は半々に分かれて合計五組で探索する」
通りのいい声でケスヤ隊長はそこまで言い、次にフィダーユ隊長が口を開く。
「左右だけでは無く、上はもちろん地下にも深く通路が伸びているらしい。決して単独行動はしない様に」
フィダーユ隊長は凛と張ったその透き通った声で注意を促す。
「ではケスヤ隊が先陣をきる。行くぞっ!」
そう言ったケスヤ隊長は隊を分け、鉱山内部へと入って行く。
冒険者パーティーのガジェンダーさんのところは「どうせリーダーは後から遅れて来るから」と、女冒険者はオレに舌打ちを打って二人だけで後に続いて行った。……早速単独行動ではないだろうか。
「よし、ではナルシスゥトン隊とフィダーユ隊も行くよ。出発っ」
ナルシスゥトン隊長の掛け声と共に、遂にオレたちも鉱山の坑道内へと進行していく。
入り口を通った時、いつもの山の内部特有の肌寒さとは別に、この鉱山は今までと雰囲気が少し違う様に感じる……。
本当にこの山に魔物の大量発生の原因があるのだろうか。
「心配するな、主人よ。ワシがついているだろう」
隣からオレを安心させるためにリアンがそう自信溢れた声を掛けてくる。
「もちろんだ。みんなで生きて帰ろう、リアン」
「ふむ、当たり前だ」
そうしてオレたちは、外の光の届かない暗い通路の奥へ奥へと進み探索を始める。




