二・十一話 束の間のひと時
前回の続きでロザネラとのやり取りです。
進展が少なめですがお楽しみ下さい。
――チュンチュンと、窓越しに遠くから鳥の鳴く声が聞こえてくる。
「――あぁ……朝かぁ……」
如何にも爽やかな目覚めを迎えたオレはベッドからはみ出るギリギリの位置から起き上がり、隣でいびきをかいて寝ている奴を起こさないようにしてベッドから出る。
まぁ、気を使わなくても起きなさそうだけど。
「まったく……夜も遅かったから寝れたけど、想像以上にいびきがうるさいんだよ、オウクの奴」
同じベッドで暑苦しい夜を共にし、尚も大きないびきをかきながら熟睡しているオウクに向けて、オレはあくびをしつつ愚痴を漏らす。
「はぁ……でも、オウクの泊まっている部屋に寝かせてくれたのは、素直に感謝しているけどね」
昨晩のあの後、無事に誤解を解いてオウクとリアンにロザネラの事を話し、オレたちが滞在する間だけ匿う事になったので協力してもらえないかお願いすると、使い魔のリアンはともかく実は人の良いオウクも協力してくれる事になった。
……ちなみにロザネラには部屋に戻るなり再度謝ったが、ロザネラは気にしていないと言い、許してくれた。
「流石に美人と同じ部屋で寝る訳にはいかないからな。護衛を兼ねてリアンにはロザネラと一緒に居てもらっているけど、大丈夫か?」
リアンたちを心配に思い、寝巻きのままオウクの部屋を出て元オレの部屋に向かう。
「変なフラグを立てないよう、しっかりノックをしてっと……」
部屋の前に来るなりお約束を守らない様にノックをしてドア越しに声を掛けてみたが、中から返事が返ってこない。
まだ寝ているのか?
「うーん……昨日、事情は聞いたし悪い奴では無いと思うけど、リアンにおかしな事をしていないだろうな……? ――ちょっとだけ、部屋を覗いてみるか。いっ、いや! 別にやましい気持ちは欠片も無いから!?」
我ながらまだ寝ぼけているせいか、誰に対する言い訳を述べたオレの独り言が宿舎の廊下に消えていく。
「――疲れてるのかな、馬鹿みたい。はあ……失礼っと」
静かに開けたドアから顔だけを覗かせる。
窓から差し込む日差しに照らされて、ベッドの上に二つの人影があるのが見えた。
「う、んん……お父、さん……」
「ふむむぅ。おかわりだ、あるじぃ……」
ムニャムニャとよだれを垂らしたリアンを抱きかかえる様にして、ロザネラは子供みたいに安らか寝顔をさせて気持ちよさそうに眠っている。
「……いらない心配だったみたいだな。まだ朝も早いし、もう少し寝かせておくか。頑張れ、リアン」
小声でオレは抱き枕代わりになっているリアンに応援を送りながら静かにドアを閉めて、オウクの部屋へ着替えに戻る。
「――買い物?」
「ああ。しばらくはこの部屋にいる訳だし、着替えとか最低限必要な必需品があるだろうと思って」
空になった朝食の器を机に置きながらロザネラにそんな提案をする。
するとロザネラが、持っていたスープの入った器を置いて少し考え始めた。
ちなみに宿舎には食堂は備わっており、豪華な物は出ないが注文をすれば騎士は無料で出してもらえる。
リアンの食事代に備えてと思い予め多めにお金は持って来ていたので、今朝はロザネラの分も有料で朝食をお願いしたが、食堂の担当さんが首を傾げてロザネラを不思議そうに見ていた。
まぁ、マユバさんみたいな女騎士ならともかく、騎士宿舎に似つかわしく無い女性がいたら気になりますよね……。
『あの、失礼ですがそちらの方は』
『あっ、ああ、実は――』
『あらあら、昨日の。昨夜はしっかり眠れたかい?』
今朝の食堂でのやりとりで、宿舎の人なら事情を話しても問題はないだろうと思い説明しようとしたら、そこに昨日の受付をしていたおばちゃんが話を割って参加してきた。
『えっ? ええ、はい』
オレは笑顔でそう答えると、おばちゃんがオレとロザネラを交互に見てニヤニヤとした表情を浮かべて「そうかいそうかい、イイ夜だったみたいだねぇ」と言い、食堂の担当さんに昨夜ロザネラが寝泊まりした事を代わりに説明してくれた。
一部コソコソと小声で何かを話していたみたいだったけれど……。
その後は朝食を用意してくれたが、食堂の担当さんも若干ニヤニヤさせていた。
昨日のオウクみたいに絶対何か誤解されたよな。
「――レン。グレン、どうかした?」
「うん? あ、いや、なんでもない、なんでもない」
今朝の事を思い返して固まっていたみたいだ。顔もいつの間にか苦笑いを浮かべていたみたいで、ロザネラが少し不審そうな表情をしていた。
「で、どうする?」
「うーん……正直に言うと必要な物はあるけれど、私の姿はもちろん、私が着ていたローブもあいつらに見られているからね……。軽はずみには外に出ない方がいいはずよ」
「そうか、そうだよな……」
残念そうな表情で答えるロザネラ。
何か変装道具でもあればいいんだけど……。
「――そうだ。リアン、白いローブとかカツラって作れるか?」
「ふむ?」
困った時の猫型ロボットならぬ、大盛りにしてもらった筈の朝食を綺麗に平らげたオレの隣の竜少女のリアンさんにお願いしてみる。
しかし、直ぐにリアンが難し顔で眉間に皺を寄せる。
「ローブは問題ないが……主人よ、『かつら』とは何だ?」
あれ、リアンはカツラを見た事が無かったっけ?
オレはリアンにカツラを説明し、ルウナみたいな金髪カツラを出せないか頼んでみる。
するとリアンは頭の左右で人差し指をくるくる回しながらしばらく考え込み始めた。
イメージが出来たのか、次に腕を前に出すとその手の上がほんのに光だし、次第に形作られていく。
今はオレたち以外に人がいないから良かったけど、食堂の真ん中で少女が魔法を使うこの光景を見たら注目の的になっていただろう。
「ふむ、こんな物でいいのか?」
光が治ったリアンの手の上に、注文通りのルウナ似金髪カツラに白いローブが現れた。
単色だと味気ないとリアンが思ったのか赤と緑の模様入りだ。相変わらず気遣いの出来る子だこと。
「頼んでおいて何だが、便利な魔法だとは思っていたけど物まで作れるとはな。リアン一人で商業とか出来るんじゃないか?」
「それはワシに鱗も何も無い、素っ裸になれと言っているのと同じだぞ」
「ああ、そういえば前にも言っていたな。服は鱗一枚から作っているって、悪いわるい。ほらロザネラ、このローブ羽織って金髪のカツラ被ったら大丈夫じゃないか?」
リアンの魔法に驚愕してフリーズしているロザネラを起こしてローブとカツラを渡す。
「え、ええ……そうね。多分一目では気づかれないと思うわ」
「よし、なら支度して買い揃えに行こう」
「ふむ、食べ歩きだっ!」
「違うぞ、リアン」
二人が食べ終えたのを確認して、空になった食器を手にオレたちは早速出かける準備をしに部屋へと帰る。
宿舎を出てから数時間経った現在、ローブとカツラを被ったロザネラと一緒にリアンとオレは日常雑貨が売られている市場通りを歩いている。
念のため、オレは装備なしの騎士服姿で来ている。闇金融をしている人間が、自分から騎士の元に向かう事はしないだろう。
「……うん、必要な物は買えたわ。でも本当に良かったのかしら? こんな事にまで貴方にお金を出してもらっても」
「『乗り掛かった船』って奴だ。それに買い物に誘ったのはオレだしな」
「……貴方って、本当にお人好しね」
「昨日言っただろ、ただの失礼な同情だって。良い人なものかよ」
「あら? 良い人なんて一言も言っていないわ。ただの失礼な皮肉よ」
クスクス笑いながらロザネラがそう告げる。
昨日の今日だし、まだそこまで心を許してはいないと思うが、少しでも彼女の気分転換になっていればそれでいいだろう。
「あ、ここ装飾品売り場ね。これ髪飾りかしら、綺麗な白い花模様で素敵ね」
「欲しいなら、それも買っていくか」
色々なアクセサリーが表に出されているお店の前で足を止めたロザネラがそう言葉を漏らしたのでそう提案をしたが、ロザネラは首を横に振った。
「無一文の居候が、そこまで我儘をしないわよ」
「別に飾り物の一つや二つ、問題ないぞ」
「ううん。それに、本当に見ていただけだから欲しいわけじゃないわ。ほら、行きましょ」
そう言い切りロザネラは装飾品屋を後にする。
「恋愛ドラマとかだと、ここでこっそり買ってあげてプレゼントしてあげるのが定番なのだろうが……」
まあ、いいか。
不必要な出費は今のところやめておいた方が良いし。
しかしこうして誰かと買い物に来ると、ルウナの事を思い出す。
「……はぁ、ルウナ、今頃何しているかな」
「主人よ、まだここに来てから四日しか経っていないぞ」
「しょうがないだろ。ルウナが寂しがっていないか心配なんだよ」
「ふむ、寂しがっているのは主人の方だと思うがな」
呆れまじりにリアンがそう言ってくるが、失礼だな。可愛い妹に会いたいと思う事をいけない事みたいに!
まぁ、それは置いといて、近いうちにルウナ宛に手紙でも書くか。ガスラート王国行きに荷物を送ってくれる所ってあったっけ?
「ルウナって? グレンの彼女さんかしら?」
蚊帳の外になったロザネラが振り返って後ろ歩きしながら訪ねてくる。そういえば兄妹がいると言っていなかったっけ?
「彼女? ああ、ルウナはオレの――」
そこまで言いかけた時、視界の端に見知った人たちが正面側からこちらに来るのが見えた。
『ちくしょう……結局、あの後逃げられちまった!』
『あの女何処に行ってしまったんでしょうね、ダイブン兄貴』
昨夜の闇金融の二人組だった。しかし広い通りの、お互いがそれぞれ道の端を歩いていたので距離が離れている。その上ロザネラはカツラを被って後ろを向いているし、向こうはオレたちに気づいていない様子。このまま通り過ぎるだろう。
……ん?
「何だ、あの男……」
二人のすぐ後ろにピタリとくっついて歩く、一人の男性がいた。
背格好はしっかりしていて、特別怪しい格好をしている訳でも、武器を持っている訳でもないが……その男は口角を三日月の様に上げていて、いやに気味の悪い笑みを浮かべている。
「グレン、どうかした?」
「しっ。静かに……」
振り向いていてあいつらに気づいていないロザネラに人差し指を立てて静かにする様に伝える。
「――よし今だっ」
「ちょ、きゃっ!」
位置として二人組とすれ違う瞬間に、後ろ向きだったロザネラの体を回して正面を向かせる。
ロザネラの悲鳴が聞こえたのか二人がこっちを振り向いてきたが、ロザネラと二人の間にオレが立ち彼女の肩に手を回して恋人っぽくして早足で先に進む。
「……ふむ、どの者から隠れたのかは分からないが、大分進んだしそろそろ良いのではないか?」
リアンのその言葉にゆっくりと後方を確認する。
「みたいだな……はぁ、上手くできて良かった。ありがとうな、リアン。それと、急に動かして悪い、ロザネラ。大丈夫だったか?」
「ええ。急に回されるわ、肩に手を置かれるわで驚いたけれど、大丈夫よ。……金貸し屋がいたの?」
「ああ、もう通り過ぎたし大丈夫だとは思うけど、念のためにもう戻るか。必要な物はもう無いんだよな」
「ええ、もう戻りましょう」
「えー、ワシはもう少し食べ歩きたいのだが……」
「戻った後でオレと二人でまた来たら良いだろ。ほら、行くぞ」
渋るリアンの背中を押してオレたちは宿舎に足を運ぶ。
それにしても、あの二人にくっついていたあの男の不敵な笑み……あの顔が、嫌な感じがして脳裏に過ぎる。
ロザネラの件と無関係である事を祈ろう。そして出来れば二度と会いたくは無い。
宿舎に戻った後に再びリアンと街に繰り出し、何とか節約したり説得して出費を抑える事の出来たその日の夜。
「――という事があったのですが……」
ここはナルシスゥトン隊長が泊まる部屋。
そこには部隊のみんなが集合し、先程ナルシスゥトン隊長が伯爵邸で命じられた次の任務についての報告会を終えたところ。
その後にオレはロザネラの件についてみんなに話をした。
「ただ匿うだけのつもりです。みなさんにも迷惑はかけません。ロザネラをオレの部屋に匿う事を許可して頂けないでしょうか?」
一応オレは部隊の一員、みんなをロザネラの件に巻き込ませる気は無いが、万が一の可能性を考えて報告と許可を求める事にした。
「うぅん、正直な話、変な面倒ごとは持ち込まないで欲しいんだけどね」
「いいじゃねぇかよ、隊長さん。ただグレンが女を部屋に連れ込むってだけの話だぜぇ?」
連れ込むって……うっ?!
お、オウクの語弊に反応して、女性であるレーズンのオレを見る目が冷たくなった様な気がする。目が怖いですよ、レーズンさん……。
「その言い方だとグレン様が他の方達に誤解されてしまうではないか! しかしナルシスゥトン隊長、どうか許可を」
唸るナルシスゥトン隊長に、オウクとスライドがオレの補助をしてくれる。
どうして事情を知っていたオウクとは別に、スライドもオレの味方をしてくれるのか。実は今朝のオウクの部屋に着替えに向かう途中でスライドと出くわし、元オレの部屋にいるロザネラを見られ、仕方なくスライドには事前に事情を説明して協力してもらえないかお願いしていたのだ。
二つ返事で了承を即答されたが……まぁ、予想はしていたけどな。
コッペン、レーズン、アキドはナルシスゥトン隊長の指示に従うらしく賛でも否でもないらしい。
「はぁ〜、仕方ないね。任務に支障をきたさないのなら、今回は大目に見てあげるよ。寛大な僕に感謝しなよ」
自身の器のデカさを自画自賛しだすナルシスゥトン隊長にオレは感謝を告げる。
――ただ、泊まる部屋を増やしてもらう事は出来なかった為、これからはオウクとスライドの部屋をお世話になる事になったので、素直に喜びづらいけど。
翌日、前回とは別の鉱山の調査を命じられたオレたちナルシスゥトン隊は、その日の朝早くに出発することになった。
「よし、準備は完了っと」
「気をつけなさいよ、グレン。リアンちゃんも」
「ふむ、ワシがいるのだから心配など必要ない」
「ははっ、そうだな。けど、オレもリアンに頼り過ぎないようにしないと」
深緑の森でルウナに誓ったからな。
オレの力だけでもルウナを守れる様に強くなるって。
「じゃあ行ってくる。……ロザネラ、昨日も言ったけど、金貸し屋に見つからない様にあまり部屋から出ないようにな。それと、今回もだが今後もオレたちは命を失う可能性がある任務が続く。だからオレたちが戻らなくなったら、また一人で頑張れよ」
残していくお金は貰ってくれていいからなと、最後に茶化す様な仕草でそう付け加えると、さっきまで心配そうにしていたロザネラが一瞬固まった後にクスクスと笑い出した。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。猫糞なんてせずに残った品はちゃんとご家族に届けてあげるわ」
「死ぬ事は肯定するんだな……。まぁいいや、行ってきます」
「行ってくるぞ」
「ええ、行ってらっしゃい」
まさかこんな所で「行ってらっしゃい」と言ってもらえるとはな。
見送ってくれるロザネラを背にして閉まっていくドアの隙間から手を振って、オレたちはナルシスゥトン隊長たちが待っている宿舎前に向かっていく。
ナルシスゥトン隊長も言っていたが、我ながら余計な面倒ごとを背負い込んでしまったのかもしれないけれど、オレたちがする事は実際のところ変わらない。
ロザネラには悪いが、ロザネラの問題はロザネラに解決してもらうつもりだ。
全ての問題を独りで可決出来るほど、オレは主人公になったつもりも、なるつもりも無い。
グリスノゥザ領の伯爵さまに命じられた、この問題を解決するのがオレの仕事だからな。