一・三話 授けたもの
三話は少々長文になっています。
ベットで眠っていたオレを窓から差す日差しが起こす。
召喚の儀の後、緊張によるものか、気疲れもあってオレはその日の夜、吸い寄せられるようにベッドに倒れて眠りについた。日差しが目元を照らして眩しい。
まだ寝ていたかったが仕方ない、起きるか。
オレはベットから出ようとしたが、左腕がなにやら柔らかいものに拘束されていて動けない。
視界を移動すると、左腕を拘束していた物の正体がすぐにわかった。
「ルウナ、夜中にオレの布団に潜り込んだのか」
オレの腕を抱えるように、ルウナが横で可愛い寝顔をしてよく眠っている。
左腕を包んでいたのはルウナの胸だったようだ。感触はとてもいいが、オレの腕は抱き枕じゃないぞ?
ルウナを起こさない様にゆっくり腕を抜いて、静かにベッドから出たオレは窓辺に行き窓を開ける。朝の清い風を受けながら外を覗き込む。
「よっ。おはよう」
「ふむ、なんだ、主人か」
二階の部屋から下の庭を見下ろすと、昨日、オレが召喚した竜が巨体を丸めて眠っていた。
オレが挨拶をすると首だけ伸ばして答えてくれた。
「ぶっきら棒な挨拶だな。よく眠れたか?」
「ワシの事より、主人は体はもう良いのか?」
「どういう事?」
「魔力の事だ。〈召喚〉は召喚した使い魔によって、消費する魔力量が変わる。ワシを召喚したのだ、魔力が底をついてもおかしくはない」
わざわざオレの心配をしてくれて嬉しいが、『無限魔力』のお陰でオレは魔力切れを起こさないんだよな。代わりに気疲れはしたが。
「ぐっすりと寝ったから、もう平気だ」
オレの返答に「そうか」と素っ気なく答え、再び丸まってしまった。人付き合いが苦手なのかな?
オレはベットに戻り、まだ眠っているルウナを摩りながら起こす。
「ルウナ、起きろ。もう朝だぞっ」
「ふぁ〜〜ん? ……にぃさま、おはようございましゅ……」
眠たそうに目をこすりながら起きてきた。昔の呼び方になっているのは、まだ寝ぼけているからだろう。
幼女だった頃から一三年経ち、ルウナは一五歳になった。
ゆるふわロングにした綺麗な金髪と、まだ幼さが残っているが、立派に成長した姿は誰もが見ても納得する美少女へと育った。
今でもルウナは昔のようにオレを慕ってくれていてすごく嬉しいが、母さんに似て、胸部まで立派に育ったその体で昔のように抱きついてくるのは少しは自重してほしい。
「おはようルウナ。どうしてオレの部屋で寝てたんだ?」
「ん、昨日、お兄様が召喚でひどくお疲れの様子でしたから、心配でお部屋を覗いたのぉ……」
「そして部屋に入って、いつの間にか一緒に眠ってたのか」
「うん」
「そうか。心配してくれてありがとうな、ルウナ」
ルウナの頭を撫でてやると、「えへへ〜」と青い瞳でオレを見つめながら嬉しそうに笑ってくれる。
ああ、愛おしい……。
もう少しこの笑顔を見ていたいけど、そろそろ時間も時間だ。
「ルウナ、そろそろ肩の紐を直そうな」
「えっ……?」
きょとんとした顔でルウナは自分の服装を確認すると、寝巻きのワンピースの紐がずれて落ちているのにようやく気がついたようだ。
恥ずかしそうに赤面して紐を直すと、 自分の部屋へ着替えにいった。
朝食に行くためにオレも着替えをする。
「あらグレン、おはよう。疲れはもう取れた?」
「おはよう姉さん。うん、すっかり元気になったよ」
着替えを終えて部屋を出ると、ちょうど部屋の前をサリカ姉さんが通った。
二〇歳になったサリカ姉さんは、一言でいうとまさに大人の女性。黒髪は腰まで伸びたストレートヘアーにし、身長はオレが少し抜かされてる。
昔から頭の良かった姉さんは現在、父さんの事務の仕事を手伝っている。ただ、姉さんに頼り切りなのは父としてどうだろうかとは思う。
ちなみに、その美しさから、時折お偉い方の男の人からお見合いを申し込まれているが、全て断っているらしい。
「さっきグレンの部屋からルウナが顔を赤くして出てきたけど、貴方、妹に手を出したんじゃないでしょうね?」
「冗談でもやめてくれよ。大事な妹に不埒な事なんてしません」
「くすくすっ。そうね、妹大好きなグレンがルウナにそんなことする訳ないわね」
姉さんは笑いながら訂正したが、ちょっと馬鹿にしてる気もする。妹が大切なのは兄として当然なのだから、なにも可笑しい事はないはず。
「それにしても、昨日は驚いたわ。竜を召喚するなんて稀な事なのよ」
「そうなの?」
「ええ、仲良くしなさいね。さあ、食事に行きましょう」
それから姉さんと一緒に食事部屋に向った。他のみんなは既に揃っていて、ルウナもいつもの清純系の綺麗な服に着替えて席にいたが、寝室でのことをまだ気にしているのか顔が少し赤くなっている。そこまで気にすることないのに。
「それじゃ、いただきます」
オレは食事を早めに終えて、庭で寝ているあいつのところに向かった。
まだ丸まったままだったが、母さんが趣味で手入れをしている花壇を観覧している。
「花が好きなのか?」
「退屈凌ぎだ。その手に持っているのは何だ?」
「朝飯を持ってきた。生肉でも大丈夫か?」
「問題ない」
オレはバケツいっぱいに入れてきた生肉を大皿に移し替えて竜に渡すと、竜は黙々と食べだす。
行儀よく一つ一つを口に運んでいく姿は正直意外だった。もっとガツガツとした食べ方だと思っていたのだが。
「なぁ、この後、一緒に街に出かけないか?」
「主人が行くなら着いていくまでだ。ワシは構わん」
「そうか。じゃあご飯が終わったら遊びに行こう」
綺麗に皿を平らげるのを見届けたオレは、竜と共にドゥラルーク領内にある街に出かける事にした。
街までは三〇分ほどの距離にあり、竜と並んで歩いていく。巨大だから歩幅も大きいが、オレの速度に合わせて進んでくれている。意外と紳士的だ。
「主人よ、あの街か?」
「ああそうだ。さて……どうしようかな?」
街の付近に着いたところで、オレは一つの問題にぶつかってしまった。
「このまま街に入ったら……不味いよなぁ」
そう、竜のこの巨体で入ったら街の人たちを驚かせてしまう。現に、ここまでの道中で何人かの人とすれ違ったが、明らかに全員怯えていたのがわかった。何とかならないものか。
「それならば問題ない」
そう言うと、竜の体が光りだし、形が変わりだした。
大きな体が徐々に収縮し人間サイズまで小さくなると光が治る。
「……ふむ、こんな感じか、主人?」
そこには元の姿では無く、完全な人の姿となった竜が現れた。
「ん? どうした、何か言え、主人よ」
「……お、女の子!?」
そこには、小柄な女の子がいた。
ダークレッド色の髪で上に二本のアホ毛が伸び、角を思わせている。身長はルウナより頭一つほど低く、童顔の所為で完全に少女にしか見えない。
「女の子だったの?」
「なんだ、気づいていなかったのか? ワシは雌だ。あの姿だと不味そうな顔をしておったから、魔法で人間の姿に変身してやったのだ」
どうやら女性だったらしい。『紳士的』と言ったのは撤回しないといけないな。
「すごいな、変身魔法が使えるのか。その服は?」
「コレの事か? ワシの鱗を一枚、変換させて作ったのだ」
少々ドヤ顔で話してくる。人の表情だとわかりやすい。どこからどう見ても人間にしか見えないし、これで大丈夫だろう。
うんうん、やっぱり竜が変身といえば、ドラゴン娘だよな。
「よし、じゃあ行くか」
「ふむ」
少女を連れて街に入ると、いつもの平穏な賑やかな光景が見える。
この街は特別発展しているわけではないが、街の人たちはみんな優しい人ばかりの居心地のいいところでオレはよく出かけている。
「そこそこ広いところだな」
「ああ、出店も色々あるから、何か食べたいものとかあるか?」
「ふむ……ん? おおっ! ではあれが良い!」
竜は目を輝かせ選んだのは焼き鳥だった。出店からタレが焼けたいい匂いがここまで漂ってくる。
「おっグレンくん、焼きたてのを食ってくか?」
「はい、焼き鳥三本ください」
「あいよっ! 六ティラだ」
オレは店主のおっちゃんにお金を渡し、焼き鳥を受け取る。ティラとはこの世界で流通している青い硬貨のこと。大きさは日本の一〇〇円硬貨と同じ大きさだ。ちなみに一〇〇ティラ以上だと青緑色の硬貨がある。
買った焼き鳥を竜にやると美味しそうに食べだす。
「ふむ! 香ばしいタレの匂いにカリふわで、とても旨い!」
「気に入ってなにより。この店の焼き鳥はオレもよく食べるんだ」
元の世界とは食文化も違うこの世界だが、この街の焼き鳥は前世の時と同じ味でとても懐かしく感じる。
竜が気に入ったようなので、もう二本焼き鳥を追加で買ってやり、街を巡回する事にした。
「そういえば先ほど、店の者が主人を『くん』付けで呼んでいたが、貴族の子がそのように呼ばれて良いのか?」
「そんな人間の社会ルール、よく知ってるな。ああ、本来は子供も様付けなんだろうけど、オレはあれで良いんだ」
竜が二本の焼き鳥を頬張りながら聞いてくる。喉を詰まらせるぞ。
最初の頃は侯爵の子という事でもちろん様付けをよくされていたが、妙に落ち着かず、親しい感じに呼んでもらうようにさり気なく誘導した。今では街の人からは、くんやちゃん付けで呼んでくれるようになっている。
この方が落ち着くよね。
散策の途中、優しそうな顔立ちのお爺さんとお婆さんが呼び止めてくる。
「あらグレンちゃん。遊びに来たのかい?」
「おや、今日は可愛らしい子を連れてるねぇ」
二人はこの街で菓子の商売を営むトトム御夫妻。もうすぐ八〇になるお爺さんと一〇歳年下のお婆さんの二人でお店を経営している。ちなみに子供は自立しているらしい。
「こんにちはトトムさん。こいつは昨日、オレが召喚した使い魔で、今日はこいつと一緒に遊びにきました」
オレは二人に竜を紹介する。
「ほほう。めんこいお嬢さんを召喚したんじゃのう」
「可愛らしい女の子だこと。ルウナちゃんもお姉さんになったんやねぇ」
「いや、本当に使い魔なんですって」
オレは両手を広げて巨大アピールをしたがどうも信じきってない顔をされた。まあこんなに完璧に変身してると分からないよな。
「それよりグレンちゃん、ちょっと頼まれてくれんかの? 菓子を焼こうと火打ち石で薪に火をつけようとしたんじゃが、今日は上手くつかんでの。ちょっと代わりにつけてくれんかの?」
「もちろん良いですよ」
店内の調理場に入ると、爺さんの使い魔小岩人形が商品を陳列させていた。小岩人形とは、拳サイズの石が積み重なった小学生程の大きさのゴーレムで、上から石器人が着てそうなイメージの服を被っている。
早速、薪の焼べられたかまどに向かい、預かった火打石で火をつけようとしたが、竜がオレの前に出てかまどの方を向いている。
「これに火をつければ良いのだな?」
「そうだけど、どうする気だ?」
こちらを見てニヤリと笑うと、竜は尾を生やし床に固定する。口元に鱗のような模様が浮き出ると、口の中が光りだした。
かまどに向け口を大きく開けると、小さな火球を口からはき出し、瞬く間にかまど内が炎上した。
「大分火の威力を弱めたが、これで良いか?」
「お、おお……ありがとうの。お陰で助かった。本当に人では無かったのじゃな。驚きすぎて寿命が縮んだわい」
はははっ……と冗談を言ってはいるが、相応の動揺はしているらしい。お婆さんも腰掛けに座ったまま驚いていた。
「この体で撃つと後ろに倒れてしまうから、尾で支えなければならないのが面倒だな」
「他に手伝うことはあるか?」と竜がトトム爺さんに確認をするが、他には無いとお礼を言われ、褒美の水飴を受け取っていた。竜が受け取るとオレたちは店を後にすることにした。飴を夢中で食べている姿はまさに子供らしい。こいつ、一体何歳なんだ?
「ふむ? 何だ、なんの騒ぎだ?」
「なんだろう? 行ってみるか」
店を出ると向かいの出店で人集りが出来ていた。オレたちは、近くの人に話を聞くと、なにやら揉め事を起こした人たちがいるそうだ。
この街で揉め事とは珍しい。どうやら仕事で来ていた他所の土地の人が血の気が多く、少々の諍いで始まったらしい。
領主の息子としては止めないわけにはいかないな。
オレは人集りの中心へと入っていき、二人の男性のうち、原因と思われる体の大きな男性に声をかける。
「まぁまぁ、落ち着いてください。暴力はよく無いですよ」
「あ? なんだてめぇ、ガキはすっこんでろっ」
声をかけた途端に胸ぐらを掴んできた。絵に描いたようなチンピラ感ある男だ。
どうしたものかと考えていると、竜がオレと男の間に入ってきた。男が掴んでいる手を竜が握ると、ミシミシという音が聞こえ、男は胸ぐらから手を離し苦しみだす。
「いっ、いてて! なにすんだテメェ!」
掴まれてない方の手で殴りにかかる男を、竜は背負い投げのようにして男を投げ飛ばす。
「主人に危害を加えるのは許さんぞ。大丈夫だったか、主人?」
「ああ、大丈夫だよ。すごい力だな、男を投げ飛ばすなんて」
竜曰く、先ほどのように筋肉を強化することも出来るらしい。万能だな。
男は腰を抑えながらもまだやろうとしてきたが、そこからは権力の力を使う事にした。オレがドゥラルーク侯爵の息子で、先ほどの出来事を問題にすると脅したら、そそくさとその場を離れて去っていった。
絡まれていた人がオレにお礼を言ってきたが、今回はオレではなく竜の活躍のおかげだ。
「オレでは無く、こいつに言ってやってください」
バトンタッチされてお礼を言われると、竜は照れ臭そうにしながらも、満更でもない顔をしている。嬉しいんだな。
さて、そろそろ屋敷に戻るとしよう。
夕方、少女姿の竜と歩いて帰る道中、オレは今更な事を思い出した。
「……そういえば、お前ってなんて名前なんだ?」
「ふむ、ワシの名か?」
そう、竜の名前を聞き忘れていた事を。
「名など初めから無い。主人が好きなように付けて良いぞ」
素っ気なく返された。オレが一から付けていいらしいが、さて困った。
前世でリオンさんの作品のキャラ名付けの時、いつもボツだったんだよな。
しょうがない……誰かの名前を拝借しよう。
「リオン、いや、え〜と。……リアン、なんてどうだ?」
オレの中で竜といえばリオンさんの名前しか出てこなかったので、一文字違いだが、似たような名前を名付けてみた。
「リアン? ……ふむ、悪くない名だ」
「そうか、なら良かった」
無事気に入ってくれたのか、二本のアホ毛がピクピクと動いた様な気がした。
「じゃあ、これからよろしくな。リアン」
「ああ」
オレたちは夕日に照らされながら屋敷へと向かっていった。
ルウナの可愛さが上手く書けてれば良いなっと思います。
※一部削除しました。
※リアンの身長の比例対象をグレンからルウナに変更しました。