二・八話 グリスノゥザ領、探索開始
今回は長文になっております。
――何もない暗闇の空間の中、オレは臨戦態勢を取る独りの少女と対面していた。
『いくわよ。覚悟はいい、グレン?』
『ま、待て……リービル』
必死に静止を願うが聞き入れられず、丸腰の少女は生きいきとこちらに向かってくる。
『構えなさい、グレン! ちゃんとヤル気あるの!?』
『武器も何も持って無いのに構えられるか! それ以前にどうしてこんな事になっているんだ――って、人の話を聞けよ!?』
『くらえぇ!』
走ってきた勢いのまま少女が高い位置からの飛び蹴りを放ち、オレの首元に向かってくる。
それにどこか既視感を覚えながら、ガードする為に両手を顔付近に持っていく。
――しかし次の瞬間、何故かいつの間にか蹴りは上段では無く中段に有り、もう防御するにも間に合わずなす術なく少女の全力キックが諸に腹部を襲ってきた。
『うそ――ぐおっほぉ』
その強烈なキックの衝撃に、オレの体は真後ろへと吹き飛んでいく……。
「――ぐ、イタっ!? ……つぅ?」
突然襲った背中と後頭部の痛みに目を覚まし、気がつくとオレはベッドから落ちていた。
「いてて……夢? 寝ぼけて落ちたのか。……でも頭と背中だけじゃなくて本当にお腹も痛いのは何故だ?」
夢で受けた様に腹部には痛みがある。
正夢じゃあるまいし、まさか本当にこんな遠くまでリービルが来て唐突にキックしてくる訳も無いし……。
「――ん? ……あー、なんだ。こいつが原因か」
起き上がってベッドの上を見てみるとすぐにその原因が判明した。
「ふむぅ……むにゃむにゅ……」
そこには昨日、一緒のベッドで寝たリアンが気持ち良さそうな寝顔を浮かべて拳を突き出していた。
何の不思議現象でも無かったな。腹部の痛みはリアンに殴られたせいだったらしい。
「屋敷のベッドより小さくていつもより密着していたから、寝返りを打ったリアンのパンチをお腹に受けてしまったわけか」
しかも、まあまあいいパンチだったし……。
任務初日の仕事前に仲間からダメージを負うとは……。
『おはようございます、グレン様。そろそろ朝食の準備が出来るらしいのですが』
ノックと一緒にオレを起こしに来てくれたスライドの声が聞こえたので、返事を返して先に行っててもらう様伝える。
「――ほら、起きろリアン、支度して朝ご飯に行くぞ」
「ふむぅ……焼き鳥の大盛りぃ、一〇人前でぇ……」
「そんなの朝からあるかっ!」
グリスノゥザ伯爵領に到着した翌日、早朝から痛む体を我慢して朝の支度を済ましたオレたち増援組は、宿舎前に馬を用意して待機している。
何でも、オレたちの担当する鉱山の案内役としてグリスノゥザ領の兵士が一人加わるらしく、今はその人を待っているところだ。
「なんだ嬢ちゃん、そんな装備持ってたのか?」
大剣を背負うオウクがオレと同じ鎧姿のリアンに声を掛ける。
「ふむ、魔法で服を鎧の形に作り変えたのだ。まあ、ワシにとっては鎧など無くても問題ない――と言うか、動き辛いだけなのだがな」
「あぁ? じゃあ何で着てんだ?」
「オレが鎧装備を身につける様に言ったんだよ」
オレは二人の話に割って入り理由を伝える。
と言うのも、事前に鉱山の出入り口には見張り番を配置しているって聞いていたため、魔物が出るっていわれてる山に入るのに私服姿のリアンが入るのは色々と疑問を持たれて呼び止められて説明しないといけなくなるだろうと思い、リアンにこの格好をさせたのだ。
「オレたちと同じ格好なら不思議に思われないだろ?」
「へえ、この間の焚き火の時みたいな火を吹く以外にもそんな魔法を使えるのか」
物珍しそうに目を上下に動かしリアンを見ているオウクだが、少女をマジマジと見つめている光景は、傍から見れば危ないロリコンでしかない。
朝早いとはいえ人目はあるからな……。
「ほらオウク、騎士のオレたちが通報される前にそろそろリアンから少し離れておけ」
「なんだよ急に、何の話だぁ?」
「グレン様、ナルシスゥトン隊長から集合が掛かっています」
物理的に二人の間に入って、リアンからオウクを押し離すオレたちにスライドから報告を受ける。
ナルシスゥトン隊長たちの元に、オレたちより軽装な兵士の格好をした見知らぬ人物がいた。きっとあの人が案内役の人だろう。
近づくオレに向き直り、兜を脇に抱えて敬礼してくる青年。肌黒だが黒人よりは薄い肌をしていて、前世のテレビに出てたエセ黒人の様な外見をしている。
「この度、ナルシスゥトン隊に加わります、アキドと申しますッスス。よろしくお願いいたしますッスス!」
……独特な語尾だねぇ……。
見た目だけでなく中身も個性が強そうな奴だ。
「これから一緒に戦う仲間なんだ。オレに対してそんなにかしこまらなくて良いよ。グレンだ、こちらこそよろしく」
「了解ッスス。よろしくッスス。そちらの美しい女性は?」
「ふむ? ワシか?」
「ああ、こいつはリアンだ。魔法でこう見えてるが、オレの使い魔だ」
「マジッススっか!? へえ、何処からどう見ても人間にしか見えないッススけど、すごいッススね……」
君の語尾の方がある意味凄いと思うけどって、口にするのはやめておこう。
人が良いのか、反応的に多分信じてくれたのだろうけど……それはそうと、確かにリアンの見た目が美少女なのは分かるが君もジロジロと見ない。ロリコン疑惑持たれるぞ。
「皆、準備も整ったね。これより僕達ナルシスゥトン隊は伯爵様に命じられた鉱山に向かう。アキド、先導を頼む」
「はっ! かしこまりましたッスス。それでは皆さん私について来てくださいッスス」
アキドの先導のもとオレたちは街を出て、数ある鉱山の中の担当山に向かって馬を数時間走らせ始めた。
「ふぅ……アキド、ここが今回僕達が調査する鉱山かな?」
「そうですッスス、ナルシスゥトン隊長」
「なんだ、周りのに比べたら随分小せぇ山だな」
目的地に辿り着いたオレたちが今回調査する鉱山は、オウクの言う通りここに来る途中に見た他の鉱山よりも小さめで、アキドによるとこの山が所有する鉱山の中で最も小型の鉱山らしい。
「確かに他のに比べたら小さいかもしれないけど……全然でかいだろ、この山も。これは探索も大変そうだぞオウク」
「そうか?」
「ああ。それに初日は小規模からやらせてもらって、山の探索に慣れた方がいいだろう」
「まあ、それもそうだな」
オレの意見に納得して改めてやる気を出したオウクから視線を移し、鉱山内部に続く入り口の見張りをしている兵士の人に挨拶と状況確認をしているコッペンとスライドをチラッと確認する。
見張りの兵士もだが、道中すれ違った冒険者らしき人たちも、重傷では無いにしろ中々の手傷を負っていたっけ。
「魔物が大量に出現しているという話は、本当のようね……」
自分の使い魔懐紫狼のロキを撫であやしながら、レーズンが神妙な表情でそう口にする。
鉱山入り口から見える坑道内は前世界の様な照明は無く、坑道の奥は何も見えない真っ暗闇になっていた。
「あの中を松明の光だけで入るなんて、前世の都会っ子育ちのオレには縁のない話だな……。どうだリアン、魔物の匂いとかするか?」
「ふむ、風に乗って漂ってくるぞ。流石に数までは分からないがな……五体六体などではない事は確かだ」
フラグでも立ちそうな幸先が不安になる言い回しだが、「まっ、ワシの敵になりそうなヤツは一体もいないから安心しろ」と余裕綽々に付け加えてくれたので、最悪の事態は無いと思っていていいかな。
「それではこれより徒歩で中を探索し、魔物討伐をしつつ原因の調査をする。行くぞっ!」
ファサァっと振り返り様に長い金髪を靡かせるナルシスト――ゴホンっ。ナルシスゥトン隊長の号令に全員が答え、無駄にきらびやかなマントを翻すナルシスゥトン隊長と共にオレたちは見張り兵士に見送られながらいよいよ鉱山内部へと進軍を始めた。
「この辺りは足場が少し悪いので注意して下さいッスス」
松明で先を照らしながら先導してくれるアキドに続き、オレたちはデコボコした通路を渡っている。
坑道の幅は大人二人が余裕で横並び出来るほどあり、高さはだいたい三メートル弱ってところか。
大振りは出来ないけど、魔物が出ても剣を振るうには問題ないだろう。
「おいおい……。山ん中入ってからそこそこ歩いてるけどよぉ、何もいないじゃねぇかよ」
最初のやる気は何処へやら、松明を片手にぼやくオウク。
確かに、大量発生と聞いていたからてっきり道中魔物で溢れかえっているのかと思っていたが、現状はまだ一度も遭遇していない。
「全く、能天気な人には参るね。油断なんてしていたら危険な目に合うかもしれないっていうのに。まあ? 優秀な僕は常に周りを警戒しているから何が起きても問題なんて無いけどね」
「はい。流石でございます、ナルシスゥトン様」
部下に自分の分の松明を持たせながら髪の毛をクルクル指で回して遊んでいる奴の、何が流石なのやら……。
「どっちが能天気なんだか……」
「まあまあ、オウク……。ところスライド、さっきの見張り兵から聞いた話だと、まだ三名の騎士と兵士が戻って来ていないんだったよな?」
先頭のアキド、コッペン、ナルシスゥトン隊長とは反対に、オレたちの後尾にいるスライドに問い掛ける。
「はい、グレン様。話によると昨日から探索に出た部隊の内、隊長の騎士一名と部下の兵士二名が未だに帰還していないとの事です」
「そうか。まだ生きているといいんだけどな」
「今のところはロキが反応を示していないから、魔物もその方達も近くには居ないと思うわ」
中央を歩くオレとオウクともう一人、レーズンが報告する。
そのロキは元気に尻尾を上げて楽しそうな顔をしている……。ここが危険な場所だと分かっているのかな?
「しかし鉱山っていう割には、鉱石なんて一つも見かけねぇな?」
「それは当然ですッススよ、オウクさん。通路で見つかる鉱石なんて真っ先に採取しているのですから」
「なんだ。ゴロゴロ落ちてたら、一つくらい僕が貰っていこうと思っていたんだけどね」
「まあ、幾ら鉱山とは言ってもそう簡単に発見するのは難しいものですッスス。もっと先に進めば採掘途中の鉱石を見られるかも知れないですッスス」
「それは楽しみだね。僕みたいに美しい人間に似合う宝石があれば良いけど」
そんな小話も交わされつつ、かれこれ数時間は歩いている。
ひんやりした土と石の匂いにも慣れてきたところで、ふとオレはある物を発見した。
「――これは……。ナルシスゥトン隊長、これを!」
「どうかしたか?」
「側面の壁に大きな爪痕の様なものが」
皆の注目を集めながらオレは見つけたある壁を指差す。
熊の手くらいの大きさの爪痕があり、しかもその痕は岩に深くあったので普通の動物では無いと思う。
「何の魔物かな……?」
「爪痕の形から熊類の魔物かと思われますが、そうなるともう一つ気になるのが……」
ナルシスゥトン隊長の問い掛けに答えるコッペンだが、その横にあった爪痕とは別の「丸い痕」に視線を移す。
爪痕よりも更に深く窪んだ穴の中を覗くと、中心に何か液体が垂れていた。
これはなんだろう?
「――ふむ、主人よっ」
オレが液体に触れようとした寸前、呼び掛けるリアンの方に振り向くと坑道の奥を見ており、その目線の先を追ってみた。
「……っ!? ナルシスゥトン隊長、魔物を発見! 激闘土竜が三体います!」
坑道の奥には待ち構えていたかの様に立ち並ぶ三体の激闘土竜がおり、魔物を認識したオレたちは一斉に武器を構えた。
ナルシスゥトン隊長は剣と小盾を手に、槍を構えるコッペンとレーズンの後ろに下がり、オレとスライド、アキドが剣を抜剣する。
だがオウクは……。
「チッ! 天井が狭いから大剣を思うように振り回せねぇ」
思った通り、横の距離も決して戦うのに広々としているわけでもなく、窮屈そうにしている。
「なるべく振らずに突き攻撃に専念した方がいいかもな。ナルシスゥトン隊長、オウクとオレが前に出ます」
「ひぇ?! あ、ああ……そうだね。スライドは後方を警戒していろ。アキドは前衛の後ろで補佐に」
「はい」
「了解ッスス」
一瞬ビクッと体を震わせたナルシスゥトン隊長の命令に答え、それぞれ立ち位置を移動し臨戦態勢をとる。
向こうも戦闘態勢に入り、自慢の爪を構えて威嚇しながらジリジリと近づいてくる。
しかしここで、敵を前にして突然リアンがキョロキョロと見渡しだした。
「……ふむ?」
「どうかしたかリアン。匂いを嗅ぎ出して、何か気になるのか?」
「主人よ――『別の、魔物』の匂いがする……」
ズシャアァァ。
何の魔物かリアンに問いかける前に、肉を叩き引き裂く、不快な音が坑道内に響き伝わってきた。
目の前にいる激闘土竜の方を見ると、三体の内真ん中の激闘土竜の頭部に「丸い」穴が開いている。
「うっ!? 何だ、何が起きた?」
「おい、激闘土竜の後ろに何かいるぞ……」
突然の光景に思わず口を押さえたオレに、オウクがその背後にいるものを発見しそれを伝えてくる。
激闘土竜の背後に佇んでいたその魔物は、その大きな爪のついた手を振りかぶって片方の激闘土竜の頭部を上から押し潰す。
最後に残った激闘土竜もそれを敵と見做したらしく、鋭い両爪で果敢に飛びかかる。
しかしそれを鞭のような物で腕ごと弾き飛ばし、激闘土竜の首元にきらりを光った牙を立て、噛みちぎってしまった。
激闘土竜を全滅させたその魔物は息を荒げ、次の標的をこちらに移しゆっくりと接近してきた。
すると松明の明かりの範囲に入り、血飛沫に濡れたその顔を露わにする。
「あれは、毒尾熊だ。黒と茶色の斑模様をした熊の様な見た目をしているが、力は熊以上ある」
「ふんっ、怪力だろうが何だろうが、熊もどきなんて剣で斬りつければ楽勝だろ」
「油断するなよ……。一番厄介なのが猛毒の毒針の着いたあの長い尻尾だ」
ここはコッペンたちの槍を投げて遠くから攻撃するか……危険だけど一気に懐に入って尻尾の射程より内側に入るか……。
などと対策を考えていると、目の前の毒尾熊の奥から、新たに「近づいてくる」影を発見した。
一体……いや、二体――更に奥から現れてくる。
「おいおい、何体出てくるんだよ……」
「リアン、数分かるか……?」
「ふむ、真っ暗だが魔力で見える。四――いや、全部で五体いるぞ」
向こうの動きが止まったのを感じると、手に持っていた松明を毒尾熊に目掛けて投げつけてその姿を露わにさせる。
五体の毒尾熊が、気性を荒げてこちらを威嚇してくる。
「一度に五体もの熊相手かよ、どうすんだグレン」
「ワシが一吹で焼き尽くそうか?」
「いや、ダメだリアン。こんな狭い道であの数相手分の火を吹いたら、オレたちまで燃えてしまう」
リアンが早まる前に静止させながら、オレには一つの疑問があった……。
確か、毒尾熊は基本単独か番いでしか行動を共にしないと本で読んだ。
どうして五体も一緒に集団行動をとっているんだ……?
「ふむっ、くるぞ!」
オレが考えている間に、毒尾熊たちは五体一斉に鋭く危険な尻尾をこちらに向けて突き伸ばし刺突を仕掛ける。
「この距離まで伸びるのかっ……!」
「俺に任せろっ!」
オウクが天井ギリギリで大剣を振り上げ、それに気付いたオレたち前衛とその近くにいた人たちは咄嗟にしゃがみ込む。
オウクの唸り声と共に頭上を通った大剣が、そこまで迫っていた尻尾を勢いよく切り裂き吹き飛ばしていく。
「うっしゃぁあ!」
オウクの奴、以前の騎士試験の時よりも反応速度が上がっているみたいだ。
――ビュンッ!
「はっ!? 一本切り損ねたのが後ろに!」
一体だけ時間差で仕掛けていたらしく、大剣を振り切ったオウクの隙をついて尻尾がオレたちの目の前を通り過ぎ、後ろのナルシスゥトン隊長に向かって行った。
「ここは我々が!」
「ナルシスゥトン様をお守りします!」
だがコッペンたち二人の掛け声と一緒に、ナルシスゥトン隊長の目前で尻尾は二本の槍に貫かれて動きが止まる。
「グルルッッ! ウォン、ウォン!」
後に続いて尻尾に飛びついたロキが、可愛くも勇ましく噛み付いた。
毒尾熊も噛み付いたロキを引き剥がそうと尻尾を暴れさせ、ロキは振り落とされないように耐えている。
まずい……!
「レーズン、ロキを尻尾から離れさせろ! 噛み傷から尻尾の毒が漏れるかもしれない!」
「わ、わかった……!」
「後は私に任せるッスス」
ロキが退避すると、アキドは剣を振るい尻尾の切り落とした。
「よ、よよよっよくやった、三人とも……」
冷や汗を流しつつも傷を負っていないナルシスゥトン隊長を確認し、起き上がったオレたち前衛は再度武器を構える。
何はともあれ、一番厄介だった尻尾を切り落とせたのはチャンスだ。
今度はこっちが一斉に毒尾熊に向けて走り込む。
「先に前に出てる二体を倒すぞ! オウクは右、オレは左だ!」
「おおよっ!」
剣を下段に構えて接近したオレに目掛け、毒尾熊は雄叫びを上げながら怪力の腕を振りかぶってくる。
すぐに横に避けて回避し、重い風切り音を肌で感じながらその腕を剣で下から上へ斬り上げる。
「ぐぐっ! 重いパンチだ……なっ!」
斬りあげる剣にのし掛かかる、振り下ろされる怪力の重みに耐え、両腕の力で押し上げてその腕を斬り飛ばした。
悲鳴を上げる毒尾熊に畳み掛け、柄頭に手を添えながらその凶悪な双眸の中心――眉間に目掛けて剣を突き刺す。
「グオオォァァ!?」
硬い骨を貫いた感触に手応えを感じ、毒尾熊が悲痛の声を上げて動かなくなった。
「よし――うおっ! お、重い……!」
ただ倒せたのはよかったが、毒尾熊の亡骸がオレの上に覆い被さり動けなくなってしまった。
「こっちだ! オオゥラァァ!?」
そんな大声と共に、不意を突こうとオレの後ろにいた毒尾熊を、いつの間にか隣の毒尾熊を倒していたオウクの大剣が突き飛ばす。
その間に被さっていた毒尾熊の亡骸をようやく退かせたオレはオウクと共に後退し、体制を整え直す。
「悪い、助かった」
「気を緩めるなよ」
大剣が刺さった毒尾熊はそのまま絶命したようだが、オレのせいで武器を手放したオウク。
大剣はまだ残っている二体の側にあり、回収するのは難しそうだ。
「……しょうがねぇ」
舌打ちをしながらオウクはそのまま拳を構えだす。
「武器なしで熊を相手にするのは不味いだろ。残り二体、オレとリアンが相手する……」
「あぁ? 問題ねぇよ……」
オレは後退するようにオウクに促すが下がらず、険しい表情を浮かべて前ににじり寄る。
「ワシに任せろ、主人」
後ろの声に振り向くと、リアンがオレとオウク押しのけて前に出て来た。
「おいおい嬢ちゃん、勝手な事をするなよ」
「ふむ、武器も持たずにカッコつけるな。ワシにも遊ばせろ」
笑みを浮かべてそう言うと、リアンは何時ぞや見せた「小竜姿」に姿を変える。
前に出ようするオウクだが、リアンの翼に阻まれて前に出れず、諦めてため息を吐きつつこの場をリアンに譲る事にしたようだ。
「リアン、さっきも言ったが炎は危険だ!」
「分かっている」
突如目の前に現れた竜に威嚇する毒尾熊を睨みつけると、リアンは翼を羽ばたかせ低空飛行で瞬く間に接近。
目の前に仁王立つリアンに唖然としている毒尾熊二体を、拳を上げて頭上から叩き落とす。
土煙を上げて沈んだ毒尾熊の内、一体はビクビク震えながらそのまま倒れたが、もう一体の方はゆっくりとだが立ち上がった。
リアンの攻撃に耐えるなんてタフな奴もいるな。
先程の攻撃で毒尾熊の両腕があらぬ方向に曲がったが、それでも威嚇を続け逃げない。
「ふむ、ならこれでどうだ?」
ニヤリと口角を上げたリアンが拳を構えるとその手が赤く灯り、次の瞬間赤い光が炎へと変わり、リアンの拳を包み込む。
あれは確か火魔法の〈熔炎装〉。
大規模の炎が圧縮された明るい炎は、金属を直ぐに溶かす事ができる程の温度があるらしい。
「グオオォォォァアア!」
「ふむっっ!」
最後に、残った牙で噛み付こうとする毒尾熊を、リアンは〈熔炎装〉を纏った拳で殴りつけ、毒尾熊を坑道奥まで吹き飛ばす。
「グ――――!!」
瞬く間に高熱の炎に包まれた毒尾熊は、最後の悲鳴をあげることも無く、転がりながら薄暗い坑道の先を照らして亡くなった。
「あれくらいの火なら文句は無いだろ、主人」
目の前で少女姿になりつつ、ドヤ顔のリアンが戻ってくる。
「……すごいな、リアン。あんな魔法も使えたんだな。ああ、あの高熱なら毒尾熊の亡骸も直ぐに燃え尽きるだろう」
「やるじゃねぇかお前の使い魔。凄えな嬢ちゃん、カッケェ魔法見せてもらったぜ」
「ふ、ふむ! あれくらい簡単だ」
「ははっ……おっと、最後の一体も倒さないと」
大剣を回収し終えたオウクにも褒められて更に鼻高になっているリアンを置いておき、まだ息のある先程リアンが沈めた毒尾熊に近づいたオレは逆手に剣を構えてとどめを刺した。
ふぅ、森の中じゃなくて山の中で熊さんに出会うとは……。
――うん?
「毒尾熊の首の後ろに何か――これは……糸? たこ糸みたいな糸が首に巻かれてる……」
気になりオウクが倒した隣の毒尾熊や、オレが最初に倒した毒尾熊の方も見てみると、同様に同じような糸が首に巻かれていた。
蜘蛛の魔物でもいるのかな?
「グレン様! お見事な剣捌きでした! グレン様? 如何なさいましたか?」
剣を納めて近づいてきたスライドが、考え込んでいるオレに問い掛けてくる。
……何となくこの糸が気にはなったけど、特に何かあるわけでも無いし問題ないか。
「いや、なんでもないよ」
「そうですか?」
「皆、ご苦労だった。アキドの話だとこの先に少し開けた場所があるらしいから、そこで小休憩とする」
さっきの焦り様が嘘のように落ち着いたナルシスゥトン隊長の号令で、燃え尽きた毒尾熊を超えた先にあった広場に移動したオレたちは休息を取ることにした。
束の間の休息だが、オレは無邪気な顔をしたロキに癒されながら英気を養い、疲れた体を癒していく。