二・七話 グリスノゥザ領、到着
「はむはむ……。これはこれで――ゴクンッ。ハグッ! はむはむ……歯応えがあって――ゴクンッ。ふむぅ、悪くは無いものだ。主人ももう一塊食うか?」
「い、いや、オレはいい……。一口分食べるだけで顎が疲れ切った……」
リアンが差し出してきた魔物の肉を押し返し、未だに疲労の残る顎に手を添えながらオレは馬を操縦する。
「だから言っただろ? 激闘土竜の肉なんて硬いだけだって」
「だな……。味は悪くなかったんだけど、あの硬さは想定外だ」
ため息混じりのオウクの発言に、今更ながら実感したオレは同意する。激闘土竜との戦闘後オウクの調理のもと、大雑把に切り分けて串刺しにし中まで火を通した激闘土竜の肉を、最後に携帯用の塩で味付けをしてナルシスゥトン隊長以外のメンバーで一口ずつ頂いた。
味は正直美味しく、前世で食べたスペアリブの塩味バージョンって感じで悪くなかったな。
だが、肉全体が筋張っていて噛み切れなく、丁寧な下準備をしなければ正直食べられた物では無かった。
それはみんなも同じだったらしく残った肉は全部リアンに譲り、少し時間を費やしてしまったが、オレたちは再び進行を始めて現在に至る。
「ウォン、ウォン」
ナルシスゥトン隊長の後方にピタリと着いているコッペンとレーズン。
そしてレーズンの乗っている馬を必死に追いかけている、ご主人曰く狼の魔物ロキ。
「癒される絵だよ。機嫌良さそうな声出してご主人さまにぴったり並走しているな、ロキの奴。――どう見ても犬なんだけどな……」
「はむはむ……ゴックン。ふむ、主人よ、まだ目的地には着かないのか? 辺り一面、山、山。もう飽きてきたぞ」
「何言ってんだ……お嬢ちゃんのせいで道草食ったんだろ、まったくよぉ。んで、伯爵様ん家までどれくらいなんだ、グレン?」
伯爵様ん家って、友達感覚かよ……。
まあ、いいか。長い時間を掛けてようやく最後の一切れを飲み込んだリアンとオウクの質問に答えるために、荷物から地図を取り出す。
「えーと、出発して大分経つから、今は恐らく中間くらいだな。……このまま進めばギリギリ日が沈んだくらいに辿り着くだろう」
「ですがグレン様。先程のように道中で魔物に出会すかもしれません。なるべく急いだ方がよろしいのではないでしょうか?」
並走しているオウクと反対方向で同じく並走するスライドからの意見に、「そうだな」と地図を直しながら答える。
「また何時魔物とぶつかるかも分からない。領内でも危険度は変わりないし、暗くなるまでには着きたいところだな。ナルシスゥトン隊長に少しペースを上げてもらうように言ってみるよ」
スライドにそう伝え、馬を少し加速させて先頭を走るナルシスゥトン隊長たちに追いつき先程の話を提案してみる。
しかしナルシスゥトン隊長は、話を聞いた後に半笑いで肩を竦める。
「何かと思えば、心配性だな。貴族の僕としては、慌ただしく馬を走らせたくは無いんだけどね。優雅じゃないし」
「しかし、ナルシスゥトン様。確かに日が落ちてから魔物の群れと遭遇するのは危険かと思われます」
「それに、あまり到着が遅れてしまいますと、伯爵様への印象にも関わってしまうかもしれません」
オレのフォローなのか分からないが、ナルシスゥトン隊長の直属部下の二人も説得に回ってくれるみたいだ。
「――やれやれ、分かったよ。ただし、優秀な僕の愛馬の速さについて来れなくて置いてけぼりになっても、待ってあげないからそのつもりでついて来るように」
すかし顔なうえに大袈裟に髪をバサっとなびかせて、ナルシスト隊――じゃない、ナルシスゥトン隊長が渋々と承諾する。
なんだろう……残り半ばの道中だけど、オレ、平常心保てるかな。
そうして自制心を改めたオレの気苦労は意外と無駄に終わり、口先だけでは無く本当に速いナルシスゥトン隊長の馬を先頭に、オレたちは出来る限り馬を走らせて先を急いだ。
少し驚いたのが、全力疾走の馬の集団に顔色を変えずに並走したロキ。可愛いだけじゃ無かったらしい。
――分かってはいた。
分かっていたが、あえて言いたい……。
「はあ、はぁ……。都市までの道のり、長過ぎるっ……!」
結局山々の間に日が見え隠れするくらい沈んでいる時間帯になってしまったが、馬を走らせた甲斐もあり、予想よりまだ日がある内に着き、オレたちは鉱山都市グリスノゥザ伯爵領の都市に足を踏み入れた。
遠くを見れば幾つもの山に囲まれている平地の中心にある都市。しかしガスラート王国の王都程では無いが、一角のグリスノーズより建物やお店は豊富で賑わっている。
「あぁ〜、腰が痛てぇ……」
「鐙に重心をかけて腰を浮かせないからだ、オウク。激しく上下する馬にずっと座ったままだったらそうなるだろう」
オウクの嘆きを呆れた様な口調でスライドが指摘する。
まあ、オウクのあの巨体なら座りっぱなしも無理はないと思うけどな……。と言うより、その巨体を乗せてここまで走ってきたオウクの馬は凄いとしか言えない。
「――今にも倒れそうな顔をしているけど……」
「グレン様? 如何なされましたか?」
「いや、何でもない」
「ふむ、主人よ! 何処からか嗅いだことの無い匂いが……」
オレの後ろでクンクンと鼻を動かしているリアンに誘われて、ついオレも匂いを嗅ぐ仕草をしてしまった。
確かに路地から流れてくる風に乗って、今まで嗅いだ事が無い肉の焼ける匂いが漂っている。
「本当だ。美味しそうな匂いだな」
「主人よ、少し寄り道して行かないか?」
「オレも気になるけど、ダメだな。ほら」
オレの回答に不満顔を浮かべるリアンに、前方を指差す。
「何をしているんだい? 隊長の僕にしっかりついて来ないとダメじゃないか。早く伯爵様のもとへ行くよ」
後方のオレたちを気にもせずに、淡々とコッペンたちを引き連れて進むナルシスゥトン隊長といつの間にか距離が空いている。
少しはオレたちの事を気にして欲しいものだ。
集団行動で嫌われるタイプだぞ……。
「と言う事だ。買い食いは後でな、リアン」
「ふむぅ……仕方ない」
「たっくよう、自分達だけで先に行くなってんだ」
「文句を言うな。隊長の指示には従うものだ」
オレもオウクと同じ意見だったが、スライドの方が正しいな。オウクも舌打ち一つして黙って納得したらしい。
「これ以上隊長たちと離れても面倒だ。人混みにぶつからない様に急ぐぞ、オウク、スライド」
ナルシスゥトン隊長たちと合流した後、人々が行き交う大通りを進みながら、前方の小高い丘に見える大理石作りの伯爵様の領主邸を目指す。
中々急な坂道を上り、領主邸に辿り着いたオレたちは警備兵に事情を説明して中を案内してもらい、伯爵様のいる部屋に連れられて伯爵様と謁見する事になった。
「お前たちが王国からの増員の者達か」
椅子に腰掛けてオレたちが持ってきた書類に目を通しながら、自身の長い白髭を撫でている。温厚そうな表情した肌白い高齢のこのお爺さんが伯爵様らしい。
もっと若いと今まで思っていて、正直トトム爺さんよりも老けており、見た目は七〜八〇歳以上に見える。
「はい。私がこの部隊を率いる、ウールウ男爵が子息、ナルシスゥトン・ウールウと申します。この度は伯爵様と拝謁でき、嬉しく思います」
「うむ。儂がグリスノゥザ領の領主、チルト・ザック・グリスノゥザじゃ。詳しい話は私の近衛騎士の者に聞くとよい」
伯爵様――改め、グリスノゥザ伯爵の合図で側に控えていた騎士が一歩前に出てきて姿を表すと、今回の任務の詳細を語り出した。
「実は最近、この近辺の鉱山から数多の魔物の発見報告がきている。以前から鉱山内で魔物が現れる事はあったが、ここ最近は異常なまでの数の魔物が出現しているのだ」
異常な数の魔物……。
何だろう……よくある、ダンジョンとか異界から魔物が大量発生したとかか?
でもこの世界でダンジョンとか異界の存在なんて聞いたことも無いからな……。
「その鎮静化の為の討伐に我々が呼ばれたと言う事でございましょうか?」
ナルシスゥトン隊長の質問に近衛騎士の男性が首を横に振るい、「討伐もだが――」と話を続ける。
「この異常な大量発生、何か原因があるかもしれん。我々グリスノゥザ領の騎士兵士が手分けしてその原因の調査をしているが、未だに原因は判明しておらず、人手も足りていない。お前達にも魔物が都市に降りて来ない様に討伐しつつ、原因を探ってもらいたい」
速い話が鉱山探検……かな。
任務だから何でもする覚悟で来たけど……それって騎士の仕事なのか?
冒険者ギルドとかに依頼するものじゃないのかな?
「なぁ、それって冒険者ギルドとかに依頼することじゃないのか? わざわざ他の領地の兵を寄越す必要があったのかよ?」
「なっ?!」
ちょっとオウクさん!? 貴族相手にその口調はダメなんじゃないか!
ほら、近衛騎士の男性がムッとした表情してるし!
「もっ、申し訳ございません伯爵様! この者、平民の田舎者にございまして礼儀作法が些か至らず……」
「うむ、よかろう。答えてやれ」
顔色を変えず場の雰囲気を宥めるグリスノゥザ伯爵。心の広い方で良かったと、心の中で胸を撫で下ろす。貴族相手にあんな態度とって、即処刑にされてもおかしく無かったはずだ。
とりあえず、後でオウクにお説教だな。
「……はっ。当然この探索は、グリスノゥザ領の冒険者にも協力させている。しかし、それでも人で足りないうえ、魔物討伐による死傷も増えるばかりなのだ。これはグリスノゥザ――延いては王国の財的問題でもある、騎士団も尽力であたらねばならぬ事態だ」
「かしこまりました。我々も早急の事態解決に向けて尽力いたします」
ナルシスゥトン隊長の敬礼に合わせてオレたちも敬礼する。
王国の問題かぁ……初任務にしては荷が重い気がするけど、やるしかないか。
これにて謁見も終わり、今日はもう日が傾くということで明日から任務開始するとの事だ。
「お待たせ、リアン」
「ふむ? 遅いぞ主人」
領主邸を出て厩舎で待たせていたリアンとロキに合流する。お腹が空いていたのか、その手に乾草が握られており、口に運ぶ寸前だったみたいだ。
「おいおい、そんなの食べようとするなよ。後少しでご飯だから我慢しろ」
「なっ!? ちっ、違う! 変な臭いがするから嗅いでみただけだ!」
「イテっ?! わかっ――分かったから、殴るなよ……!」
真っ赤にした形相で詰め寄って来たリアンが、オレをポカポカと叩いてくる。
ロキを抱えたレーズンたちが微笑ましそうにこっち見てくるけど、結構痛いんだよ、これ……。
「宿舎までは君が案内してくれるんだね?」
「はい、皆さんをお連れいたします」
騎士隊用宿舎までの案内をこの兵士さんがしてくれるらしい。
オレは何とかリアンの猛攻を止めて、各々騎乗していく。
「騎士隊用の宿舎はここから下りた都市にあります」
「なんだ、領主邸とは離れた場所にあるんだな」
「男爵家の僕が一般騎士と同じ部屋だなんて、信じられない話だね」
「ナルシスゥトン様、ここは堪えてください」
「ウォンウォン!」
「ロキ、ご飯はもう少し後でね」
「行きましょう、グレン様」
「ああ」
そんな雑談を交えながらみんなで出発し、丘を下り宿舎に向けて馬を走らせる。オウクへのお説教は宿舎で落ち着いた頃合いでするとナルシスゥトン隊長が言っていたっけ。
……オレもそのお説教に参加しよう。
来た時に嗅いだ肉と同じ匂いはしなかったが、道中で案内人の兵士おすすめの外食屋で食事を済ませたオレたちは、そのまま宿舎へ辿り着いた。三階建て横長の厩舎設備の宿で、一人一部屋を割り振られる事になった。
しかし……。
「ふむ……汚いな」
「こら、リアン、そんな事言うものじゃない。トイレは共同で食堂付きか……」
「大丈夫ですか、グレン様……? この様な宿舎で寝泊りなど」
「スライドもそういう事は言わない。オレなら平気さ。――前世ではもっとボロアパートに出張で泊まったこともあるしな……」
振り返った古き思い出を消し去り、数々の苦言に眉間をピクピクさせた管理人さんの説明を受けた後オレたちは早々とその場を離れ、それぞれの部屋に分かれた。
ナルシスゥトン隊長が最後まで不満そうな顔をしていたけど、泊まっている間に慣れてくれるだろう。
中々年季が入った建物であり、セメントの様な外壁をしていたが、中の部屋は木製の質素な作りとなっていた。
「少しカビ臭いような気もするけど、まあ問題ないか」
オレは重たい鎧を外し、固まった肩をほぐしながら軽くのびをする。
――はぁ……。
ルウナ、今頃どうしているかな……。
少しドラマチックに、開けた窓から見える夜空を見ながらルウナの事を考えていると、あくびをして眠たそうにしたリアンがベッドに入りながらオレを見てきた。
「なんだ主人よ、ルウナの事がもう心配なのか?」
「……何で考えている事が分かったんだよ。心読みの魔法でも使えるのか?」
「分かりやすく顔に出ていたぞ」
ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべながらそう答える。表情で分かるとは流石はオレの使い魔だな。
そんなに顔に出ていたか……。
「帰りたければ、ワシの背に乗って飛んで帰るか? これくらいの距離なら半日も掛かりはしないだろう」
そうか……リアンに乗せてもらえば往復しても時間的に任務に支障が出ないかもな。
んー、でも……。
「すごく惹かれる提案だけど、やめておくよ。しっかり任務を終えて、胸を張ってルウナに会った方がかっこいいだろ?」
しょっちゅう帰っていたらかっこ悪いしな。
ルウナにとって、カッコいい騎士様でいないと。
「カッコつけおって……ふむ。まあ、決めるのは主人だ。ワシは主人のしたい事に力を貸す、それだけだ。ふわぁ……ワシはもう寝るぞ」
「ああ、オレも明日に備えて寝るか。――よし、明日から頑張るぞ!」
そして早くルウナの元に帰らないとな。
そう気合を込めるオレに、被った布団をどかして「あ、今日嗅いだあの肉を探すのを忘れるなよ」と、いつものリアンらしい要望をし、今度こそ眠りにつく。
……まっ、時間のある時に街ブラするか。
今回は内容の進展が余りありませんでしたが、次回からのグレンくん活躍の前座だと思って頂ければと思います。
修正しました。
名前+爵位では無く、家名+爵位が正しかったですね。
削除:スタンピードを「ビート」と間違い、また意味を誤解していましたので削除させて頂きました。