二・五話 釣り。そして初任務
「……いや〜、急いで釣竿を取りに戻ったけど、まだ日が高くてよかったなぁ」
「…………ふんっ」
リービルとの模擬戦からそれなりに時間が経ち、あの後一度戻ったオレは、リアンを屋敷に残し釣竿を二人分持ってルウナと一緒にバルドント侯爵領にある大きな川に釣りに来ている。
「……あ、今向こうで魚が跳ねたんじゃないか! なんて……」
「……ふんっ」
ぜっ……前世の街中の川と違って清らかな水が目の前を流れている。
水辺から吹いてくる涼しい風と、遠くから聞こえてくる木々の擦れる音が心地いい……と、思う……。
「え、えーと……。まだ、怒ってます……?」
「ふんっ!」
「うっ……!? で、ですよね……」
……だけど今は、そんな気分じゃない。何故と問う人もいないくらい理由は分かりやすいと思う。
屋敷に戻ってからというもの、愛する妹の機嫌を損ねてしまったんだからな……。
「あ、あのな、怪我した理由を誤魔化したのはな、ルウナに心配を掛けないようにと思って……!」
「だからって、嘘をつくなんて酷いです! それに、大好きなお兄様が模擬戦をして怪我をされたら、心配するのは当然じゃないですか」
何とか誤魔化したリービルとの戦闘がバレてからというもの、ルウナは頬を膨らませてそっぽを向きながら、さっきからこの調子だ。
まあ、これはこれで可愛いんだけど。
屋敷に戻ったルウナが釣りのしやすい服に着替えてる間、釣竿などの用意をしていたオレに、先に戻っていたサリカ姉さんが話しかけてきた。
模擬戦の事は伏せて、その後の話をしばらくしていたはずだけど、姉さんは頬の傷を一目見ただけで何か察したのか、急に服をめくられて戦いで痣だらけになった体を見られたんだよな。
「はぁ……まさか話もしてないのに、姉さんにバレるとは思いもしなかった。流石は姉さん、恐るべし観察眼と推理力だよ」
しかも、姉さんに気づかれた直後に部屋から出てきたルウナにも見られ、必死の表情で迫ってきたルウナに負けて素直に真実を伝えた結果、今に至る。
「――そうだな。隠すのは良くないよな。ルウナ、悪かった。許してくれ!」
心配を掛けないようにとは言え、嘘をついた事には変わらない。
オレは頭を下げて、ルウナに謝罪する。
このまま嫌われてしまったら、オレの人生終わりだからな。
「……本当に、反省されましたか?」
「ああ、もう騙すような事はしない。許してくれないか……?」
「――ふふっ、頭を上げてください。私はもう怒っていませんから」
そっと優しい手で頭を撫でる感触に顔を上げると、さっきの不貞腐れ顔から一転し、母性が出ている様な優しい笑みを浮かべたルウナがオレを優しく撫でている。
「……撫でる事はあっても、撫でられるのはちょっと恥ずかしいな。ましてや外で……誰かに見られたら赤面ものだ」
「いいじゃないですか。いつも私にしてくださる事を、たまにはさせて下さい。それに私は、誰に見られても恥ずかしくないですよ? むしろ、私たちの仲睦まじい姿を見せつけましょう」
母性から今度は子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべるルウナ。
外じゃなかったら思いっきり抱き締めて、よしよしと撫でてあげたい。
しかし……。ルウナはこう言っているが、視界の端に入った川を渡る小舟の上で、鹿の角を生やした獣人のおじさんがこっちを温かい目で見ている。
くっ……これは罰なのか……?
「耳を赤くして、お兄様、可愛いです」
「っっ……。ん? あっ、引いてる! ルウナ、魚が掛かってる!」
「――へっ!? ほ、本当です! つ、強いぃ……」
ルウナの持つ釣竿の先で、ピンと張られた釣り糸が勢いよく左右を行き来している。
竿を握るルウナは慌てて立ち上がり懸命に釣竿を引いているが、このままじゃ逆にルウナが川に引っ張られそうだ。
「これは、中々の大物かもしれないな」
「ひ、引っ張られますー!」
「落ち着け、落ち着け。まず竿は腕だけじゃ上げられないから、足でも挟んで。そうしたら安定する……はず」
前世でも釣りの経験なんてほぼ皆無だけど、寝る前に流れていたテレビ番組でそんな事を言っていた気がする。
オレも手を貸しながら、ルウナはオレの言う通りに竿の先端を太ももで挟む。
「こ、こうですか――ひゃん!?」
すると突然、掛かった魚が一際激しく暴れだし竿が大きくしなり始める。同時にルウナが、あまり聞かないような高い声をあげた。
「ど、どうした!?」
「そ、その……竿が――ひゃあぁん! さ、竿が……足の間で、激――しくぅぅん!」
「よし、分かった!? とりあえず今はあまり喋らない方がいい!」
頬を赤く染めたルウナが荒くなっていく息遣いでそう言い、後ろから支えるオレを潤んだ瞳で上目遣いで見つめてくる。
何で釣りイベントで急に、こんなお色気展開になっているんだ……。
「んっ! あ、いっ! んっ――ふあぁぁ!」
「ぐぐっ……踏ん張れ、ルウナ! そして出来れば口も閉じておけ!」
魚が暴れる度に、すぐ側から聞こえてくる甘い声。なんて声出しているんだ。
オレの要望に答えようと、ルウナは自身の口を手で塞ぎ声を殺そうとしだす。
「ん……。っ、んっ! んんーーっ!」
――効果は逆効果だったみたいだが。
コレ、側から聞いたら屋外でイケない事してるようにしか聞こえないだろ、絶対……。
妹の声が段々と「女の声」に変わっていきそうだ……。お兄さんはそんな反応をするような子に育てた覚えはありません!
「くそっ、全然上がらない……。強情にも程があるだろ」
「お――お兄、さまぁ……。も、もう……らめぇ、ですぅ……私」
もう色々な意味で限界そうな顔でささやくルウナに「あと少しだ」と元気付ける。
しっかり竿を握り、タイミングを合わせて今度こそルウナと力を合わせて一気に決める。
「せーの、で一緒に上げるぞ」
「は、はい……っ」
「いくぞ――せえぇぇのっ!」
力いっぱい引いた末にようやく引っ張り上げる事が出来た。
水しぶきを飛ばして空中を舞う釣り糸の先端には、予想通りの大きい魚が掛かっていた。
「ふぅ……、ふぅ……。やっ、やりましたね、お兄様」
「ああ。これはすごい大物だぞ。でかい魚が――」
魚らしい細長いフォルムに黒っぽい色、尾ビレと背ビレをビタビタさせている。
そして魚らしい、顔には四本の長髭が生えて、顔の面積より長い牙をチラつかせ――んっ?
長い、牙……牙ぁ?!
「――魚じゃない! 魔物だっ!」
そう認識している間に、魚魔物が左右のヒレを高速で羽ばたかせると空中で体制を立て直し、なんとオレたちに向けて飛んでくる。
それに気づいたオレは反射的にルウナを後ろに庇い、抜いた剣を魚魔物に突き出す。
すると、向かって来ていた魚魔物は、避ける事無く真っ直ぐ剣に飛んでいき、そのまま自分から突き刺さりにいき動かなくなった。
……呆気ない結末だ。
「はあ、賢くない魔物で助かった。咄嗟に剣を構えたけど、正直驚いた」
魚魔物が勢いよく飛び込んで来た衝撃で、剣を握っていた手が少しジンジンする。
少しの間を置いてオレの後ろから顔を出したルウナが、剣の先に突き刺さった魚魔物をそっと覗く。
「……魚じゃ、なかったのですか?」
「みたいだな。多分、魔物だと思うけど、種類が分からないな。帰ったら姉さんにでも聞くか」
「お、お兄様。この魚は……た、食べれるのでしょうか……?」
ルウナの目を見てみると、キラキラと興味津々な目をさせている。
……そういえば、魔物って食べれるのか……?
「う〜ん……ゲッソさんに聞いてみるか。料理人だし、食べれるならなんとかしてくれるだろ」
「そうですね。はあー、飛んで来た時はびっくりしました」
「そうだな、オレも流石に驚いたよ。さて……普通の魚は釣れなかったけど、日も沈みかけてきたな。帰るか、ルウナ?」
「はい。帰ってお母様たちに私たちの釣果を見てもらいましょう」
魔物を釣果に入れていいのかは分からないが、ルウナが満足そうならいいか。
釣った魚用のバッグに、剣から抜いた魚魔物をはみ出しながらも入れて馬に乗せる。
「ほら、ルウナ、先に乗りなさい」
「はい。――あ、そうだ、お兄様」
騎乗するのに手を貸そうと差し出したオレの手を握ると、ルウナが嬉しそうな表情でこちらを見上げる。
「私を庇って助けてくれて、ありがとうございます。やっぱりお兄様は、とってもかっこいい、私の大好きなお兄様ですよ」
そう言って馬に跨がるルウナを見上げるオレの今の顔は、恐らく相当にやけていると思う。
結果、釣り上げた魚魔物が意外と美味しい事がわかり、ゲッソさん特製の焼き魚になり家族みんなで頂いた日から数日経ったある日。
「派遣任務……ですか?」
「そうだ。この間のバルドント侯爵との会議で、ある鉱山の話が出たのだ」
仕事の呼び出しで父さんの仕事部屋に集まったオレと、先輩騎士のスライドさんに、椅子に腰掛ける父さんから実質初の騎士の任務を命じられる。
「鉱山と申しますと、グリスノーズでありますか?」
「いや、少し違うな。正確には国王から管理を託された、バルドント領所有の領地、『グリスノゥザ伯爵領』だ。グリスノーズは、グリスノゥザ領の一角の街にすぎん」
オレの問い掛け、まさかの事実と一緒に父さんが答えてくれた。
マジかよ。グリスノーズが領地の一角の街だったなんて、初めて知った……。
通りで、何時ぞやのスキンヘッドのおじいさんが街を管理してる代表なのに「領主」ではなかった訳だ。
しかし、幾ら何でも……。
「どうかされましたか、グレン様?」
「い、いや、何でもないよスライドさん。ただ、あまりに無知だった自分が恥ずかしくて……」
今度、もう少し姉さんに勉強を見てもらおうかな……。
ちなみに後日姉さん確認した事なのだが、何故グリスノゥザ領は伯爵――父さんたち侯爵より一つ位が下なのかと言うと、国の中心地の重要な領地は基本侯爵、国内に点在する領地は総じて伯爵位なのが当たり前らしい。
元々の領地と爵位ってそう言うものだったか気になるが、前世でも爵位について最後まで理解出来ず、その辺の設定はリオンさんに丸投げしていたから全然分からない。
下手に説明を求めると、三時間は捕まってずっと熱く語り続けてたからなぁ……。
「そのグリスノゥザ伯爵領でも最も広大な鉱山の内部で、近頃異変があったと報告があったらしい。グリスノゥザの鉱山は、王国の金銭的大切な財産だ。そこで探索、及び増援部隊を送ることになった」
「それが私たち二人、という事ですか? 恐れながら、私たち二人だけというのは……」
オレも思った疑問をスライドさんが投げ掛けると、「もちろん、二人のみというわけではない」と立ち上がった父さんが後ろに手を組みそう答えた。
普段、家族に見せる姿と違って、侯爵としての圧を感じそうな雰囲気が滲み出ている気がする。
「今回、バルドント侯爵領とウィンクーバル侯爵領からも数名の騎士が送られる。お前たちはその者たちと部隊を組み、異変の調査をする為にグリスノゥザ伯爵領へと向かうのだ」
へぇ、他領の騎士と組んで任務を受ける事もあるのか。
父さんの指示に返事をしようと思った時、「ただ……」と話の続きがあったらしくそれを聞く。
「今回の遠征任務、ウィンクーバル領からの騎士の中に男爵位の家の子息がいるらしい。今回の部隊の指揮を取る隊長はその者が取る」
「なっ! ドゥラルーク侯爵様、お待ちを!?」
急にスライドさんが食い入るように慌てた様子を見せる。どうしたんだ?
「何故下級の男爵子息がっ?! 隊長は、侯爵様のご子息であられるグレン様が取るべきです!」
「――えっ!?」
聞いてないぞ……!
部隊の指揮なんか取った事も無いし、そんな自身なんか無いのだが……。
「いや、グレンは騎士になってまだ日も浅い。経験を積ませる為にも私は贔屓などせぬ。今回の任務中、グレンは身分を明かさずいるんだ。それに男爵子息はお前達よりも経験を積んでいるらしい。隊長を務めるのは当然だろう」
「しかし……!」
「スライドさん。侯爵様の命令だ、オレたちはそれに従わないと」
晴れない表情で「……はい」と答えて、反論した事を謝罪するスライドさんを、オレは安堵の心境で見守る。
――隊長にされなくてよかったぁ……。
今回の任務の正式書類だと思われる束られた書類を父さんから受け取り、スライドさんと共に敬礼する。
遂に仕事らしい仕事が来た。
騎士として頑張らないとなっ。
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