一・二十話 今日の冒険者その一 ※(別)
主人公、グレン以外の別視点です。
「二人とも、まだかな?」
私は今、冒険者ギルドでキキとミヤが来るのを待っている。
今日は早めに集合して依頼を受けようって言ったのはキキなのに、しょうがない子なんだから。
ギルド内にある椅子に腰掛けていると、二階の窓から私の使い魔、白と綺麗な緑色が特徴の風遠梟のハヤテが飛んできてそのまま私の腕に掴まる。
「お帰り、ハヤテ。お散歩はもういいの?」
問い掛けてみるが、相変わらずマイペースな子で、何の反応もなしで毛繕いをし始める。
「――ごめんなさい! 遅くなっちゃった」
余った手でハヤテの毛繕いを手伝っていると、ギルドの入り口から勢いよくピンク髪の上から帽子を被った女の子が駆け込んで入ってきた。
肩で息をして、よほど急いで走って来たのかしら。
私はその女の子に近づいて持っていたハンカチを手渡す。
「ミヤが遅れるなんて珍しいわね」
「う、うん……少しお家の用事で時間が掛かっちゃって」
ミヤは受け取ったハンカチで汗を拭いながら息を整え直している。
この純粋で明るい笑顔……本当にミヤって、愛らしい女の子って感じね。この子と比べると、自分の女子力の低さに少し落ち込んでしまうわ。
それはそうと顔を赤くさせて、そんな暑いなら帽子を取ればいいのに。でもミヤはどうしてか、いつも 頑なに帽子を取ろうとはしないのよね。
「……あれ? キキちゃんはまだ来ていないの?」
「そうなの。朝早くにって言った本人が来ないなんて、どういうことかしら」
ため息を吐く私に苦笑いをしながら、ミヤは「おはようハヤテ」とハヤテの頭を撫でる。
しかし、撫でられている当人のハヤテは全く気にもせず、私の腕から肩へチョンチョンと移動した。
体が少し大きくて邪魔だけど、今はだいぶ慣れてきたわね。
――すると、入り口の扉が開くなり、一人の赤髪の女の子と大きな赤い蜥蜴が入って来た。
「やっほー! みんなおはよー!」
元気いっぱいな挨拶で周りの冒険者たちに声をかけるのは、私のパーティーメンバーの一人、キキこと、キィキーナ。
自分から誘っておいて、遅れて来てあんな笑顔が出来るなんて何を考えているの?
「あっ! レクアとミヤ、おはよー!」
「もう、おはようじゃないでしょう! 遅かったじゃない、何かあったの?」
「それが聞いてよ! 昨日、キル兄に朝起こしてねってお願いしたのに、自分だけ起きて先にギルドに行ってたんだよ、酷くない!?」
彼女の使い魔、火鱗蜥蜴のサマラと戯れ合いながら口を尖らせて理由を説明してくるけど……。
「キキがしっかりと自分で起きれば良かった事でしょ。お兄さんに頼ってないで、自分で起きれるようになりなさい」
私がビシッとお説教をすると「はーい」と、分かったのか分かってないのか返事をした。まったく……まあ、お説教はこのくらいでいいかな?
遅くなってしまったけど、そろそろ行かないと本当に時間がなくなってしまうものね。
「さっ、みんな揃った事だし早速、依頼を受けに行きましょう」
「そうだね、レクアちゃん」
「今日はどういう依頼が出てるかなー。ねっサマラちゃん」
パーティーメンバーが集合した私たちは仕事を探しに建物の奥の受付へと向かって行く。
ギルド本部から移動した私たちは今、ウィンクーバル侯爵領の眼前にある深緑の森に来ている。
この森は前に私たちが行ったドゥラルーク侯爵領の深緑の森とは隣接して繋がっているものの、ここの地形は山のように上りになっていて、来るだけでも一苦労するのよね。
「ふぅ……薬草取りも結構大変だね」
その森の中で、しゃがんだ体制で片手に鎌を持ちながら、ミヤが目的の薬草を小袋に詰めていく。
「そう? 地味だけど楽しいじゃん!」
笑顔で「もっと取るぞー」と言い、中々のペースで薬草と一緒に関係無い雑草を狩っていくキキ。
今回、私たちが受けたのは薬の材料になる薬草採取の依頼だ。
最初はキキの要望で魔物の討伐仕事を探してみたのだけれど、生憎と私たちが出来そうな討伐依頼は全て受付が終わっていて、代わりに受けたのがこの仕事なのよね。
「キキも最初は不満そうだったけど、今は大丈夫そうね。それにこれも立派な冒険者の仕事、気を引き締めない――とっ!」
鎌で薬草の根本部分を切りながら、そう自分に気合を入れる。
どんな依頼でも精一杯、頑張らないと!
「……でも、ずっと同じ体制だと、流石に疲れてくるわね。少し休憩にしましょうか」
「そうだねレクアちゃん、私も腰が痛くなってきちゃった」
「あれ? キキったら何処に――」
「レクア! ミヤ!」
唐突にキキが大きい声で私たちの名前を読んできた。
何かあったのかしら。
「急に大声出してどう――魔物っ?!」
キキのいる方向に振り向くと、キキと威嚇の声をあげるサマラの先に一体の魔物がいることに気が付いた。
キキは既に短剣と盾を構えていて、私も急いでクロスボウを手に取って臨戦体制をとる。
「魔物、なの……?」
短剣を逆手に構えながらミヤが聞いてきた。
「ええ、たしか毒尾熊という魔物のはずよ。熊と変わらない大きさと力と、あの毒針のついた鋭く長い尻尾が危険なの。気をつけて」
説明しながら私が狙い構えていると、毒尾熊が私たちを標的として発見したのか、熊と同じような重い雄叫びをあげる。
「私が行くから、レクアは援護をお願い! 行くよ、サマラちゃん!」
「ちょっと! 先走らないで」
「危険だよキキちゃん!」
私たちの静止も聞かずに、キキはサマラと一緒に駆け出していった。
毒尾熊が近づいて来るキキに向けてその鋭い尻尾を伸ばす。
「危なっ――」
キキはそれを盾で防いだけど、ジリジリと押し負けて苦しそうな表情を浮かべている。
「ぐぬぬっ!」
「キキちゃん待ってて、今私が――やあぁ!」
急いで駆け寄ったミヤが、尻尾の中間位置に短剣を突き刺す。浅そうだけど攻撃が効いたのか、毒尾熊が尻尾を引いていく。
――今ねっ!
「ハヤテ、〈追助風〉を矢にっ!」
木に止まっていたハヤテが隣に来ると私は矢を射った。
その矢に向けてハヤテが魔法〈追助風〉を発動して翼で風を送る。
風を受けた矢が通常のスピードより加速して、毒尾熊の毒針の先端を捕らえると、そのまま後ろの木に突き刺さり尻尾を繋ぎ止める。
何が起きたのか分からずに、毒尾熊は尻尾を動かせなくなった事にパニック状態になって暴れ始めた。
「今よ、キキ!」
「よっしゃーー!」
キキが短剣を構えて走っていく。
毒尾熊も近づいて来るキキに反応してその豪腕で反撃に出てきたが、私は素早くクロスボウに矢を装填して毒尾熊の眼球に目掛けて再度射つ。
矢が突き刺さり悲鳴をあげながら、明後日の方向に空振りをする毒尾熊の横をキキが通り過ぎて後ろに回り込むと、斜めから背中を斬りつける。
二回ほど攻撃をしたキキに、暴れて木から矢が抜けて自由になった尻尾が迫ってくる。いち早くそれに気付いたキキは後方にジャンプして回避した。
「止めだよサマラちゃん! 〈小球火熱〉撃っちゃって!」
キキの指示にサマラが口を開けると、火が口の中に集まり小さな火球になる。毒尾熊に向けて放った火球が顔に着弾すると火に包まれていく。
燃え盛る炎の奥で苦しいそうに吠え暴れ、毒尾熊はズシンッと砂埃を上げながら倒れて動かなくなった。
「……はあ、倒せたみたいね」
「やったー! こんな大きな魔物を倒したの初めてじゃない!?」
戦闘の後とは思えない程にキキはジャンプしながら、大袈裟に喜んでいる。
「うん、すごく怖かったけど、私たち倒せたんだね」
そう言い、ミヤは安堵のため息を吐きながら座り込んだけど、少しして暗い顔を浮かべる。
「でも……私にも使い魔がいたら、もっと二人の助けになれたのになぁ……」
「気にする事ないわ、いつかミヤも使い魔を召喚できるわよ。それに、今だって充分助けてもらってるもの」
「……うん。ありがとう、レクアちゃん」
「ねえねえ、私はー?」
ミヤの頭を撫でて励ましてあげているとキキが「私も褒めてよー!」とサマラと一緒に戻ってきた。
それにしてもミヤったら、使い魔を召喚出来ない事を気にしてるみたいね。
確かに戦力が上がる事に越したことはないけれど、今のところ、この状態でも大丈夫だと思う。
グレンさん達と出会う前までは魔物と戦う事に三人とも怯えていたけど、あの巨大な甲兜犀に遭遇して以来、あれから魔物討伐も少しずつ成功するようになってきた。
あの時の怖さに比べたら全然マシだからね。
「ねえ、レクア、この魔物も持って帰って素材として売れないかな?」
「そうね、多分買い取ってもらえると思うけど。でも、その前にまずは受けた依頼を達成するのが先よ。ほら、あと少しだから続きをしましょ」
「ええー! 私もうクタクタだよ……」
「あはは……頑張ろう、キキちゃん」
その後、私たちは日の入り前までに残りの分の薬草を採取し終えて、毒尾熊の死骸をギルドに持って帰ることにした。
薬草採取が目的だったから荷車を持ってきていない今回は、サマラと私たち三人でズルズルと引きずりながら運ぶことになったのだけどね。
ギルドに戻った私たちは、結果から言えば毒尾熊の素材分もお金が貰えて儲けられたのだけど……この時はそんなに浮かれる事はできなかった。
王都の中央――お城近くの建物が破壊されていて、ギルドで話を聞いてみると、私たちが朝から深緑の森に行っている間に王都で黒い岩人形が三体も暴れていた事がわかった。
幸い、私たちが戻った頃には、あの有名な王国騎士のタルティシナ騎士長様が全て討伐してくれたみたいだけど、どうして街中に魔物が現れたのかしら……?
今回は黒岩大人形戦時の、冒険者レクア視点のお話でした。