一・十九話 二人の誓い
ちょっとしたお祝いパーティーをしたその日の深夜、自分の部屋に戻ったオレはあれからしばらくベッドで休んでいた。
「そろそろ、父さんたちは寝静まった頃かな」
オレの部屋に来るよう約束した可愛い妹が来るまでこうして待っている。
今回は誰にも邪魔をされないようにと、こんな遅い時間帯にしたのだ。そろそろ来る頃かな?
その間オレは、ふとある事を思い出す。
「王城から魔法が、かぁ……」
それは王城で、オレがまだ療養中だった時にリアンから直接聞いた話。
その日のルウナのお見舞いが終わり、部屋にオレとリアンの二人だけになった時、リアンが唐突に話しかけてきた。
『ふむ、主人よ、誰もいない間に聞いてもらう話がある』
『なんだよ、どうしたんだリアン』
神妙な顔をしてベッドにいるオレに真剣な口調で語り出す。
『先日のあの石クズとの戦いの時、変身や火炎の魔法を使おうとしたワシを妨害した者についてだが……』
『それは、あの黒岩大人形の仕業だったんじゃないのか?』
実際、あの魔物を倒したらリアンも竜の姿に戻れたわけだし。
『いや、実はあの妨害魔法は、この城から行っていたようなのだ』
『……はあぁ?!』
リアンが答えたまさかの答えに思わず大声が出てしまい、慌てて口を閉じた。
しかし近くにいた巡回の兵士さんに聞こえたらしく、わざわざ心配して駆けつけて来てくれた。
申し訳なくオレは謝罪し、兵士さんには仕事に戻って行ってもらった。
『ふぅ……さっきの話、本当なのか?』
『間違いない。竜の目は、意図的に隠されなければ魔力の流れも見る事ができる。確かにワシに向けて魔法を放った者は、この城の天辺の塔にいた』
さらっとすごい事を言ったような気もするが……それよりもオレは、とても信じられない事実を聞いたのではないか?
念のためリアンに問い掛けの目差しを送ってみたが、リアンは訂正する事なく静かに頷く……。
「リアンにはこの事を誰にも話さずに黙っている様に伝えたけど、王城の建物内にいる人となると……」
――やっぱり、王族関係者が犯人とかか?
「――いや、王族じゃなくお城の使用人かもしれないし……それこそ、たまたまその近くを飛んでいた魔物という可能性も……。大体、何で妨害魔法なんか……」
真意について思いつく限りの様々な可能性を思い浮かべて、自分なりに考えていた、が……。
「――ああー! もう、考えるのは止そう。一人の男子が抱える話には、スケールが大き過ぎて荷が重い。こういうのは専門の王国騎士とか、異世界主人公が解決する話だ……」
そう半ば投げやりな理由を付けて割り切ったオレは、そのまま思考を止める。
タイミングが重なり、静かに扉をノックするのが聞こえた。
「きたきた、待ってたぞ。……って、寝巻きで来たのか?」
「はっ、はいぃ……!」
扉を開けると、ちゃんと伝えた通りにルウナが来たが、何故かわざわざ寝巻きに着替えてきたみたいだ。
「まあ、別にいいか。ほら、とりあえず中に入っておいで。廊下じゃ寒いだろ?」
「は、はいっ。失礼します……」
いつになく緊張した素振りでルウナが部屋に入ってくるが、どうしたんだろう?
そう疑問に思いながらルウナを室内に入れて扉を閉める。
明かりを消していた暗い部屋の中は窓から入る外の光に薄く照らされており、ぼんやりとルウナの姿も照らし出している。
「ああっあの、あの! わっ、私、こういうのは……初めてで……!」
「うん? そういえばそうだったな。実はオレもまだした事はないから、お互い初めてだな」
モジモジとさせているルウナにそう答える。
すごいな、まだこれから何をするか説明していないのに、どうやらわかったみたいだ。兄妹による強い絆のなせる技だったりして。
しかし、随分と落ち着きがないな。初めての事だし、緊張しているのかもな。
「ははっはい!? なので……出来ればその、優しく、お願い……します……」
そう言ってオレの正面に立つと、ルウナは目を閉じ少し背伸びをして、唇を尖らせる。
「ん〜〜っ!」
「――えっ? えーと……」
ギュッと目を瞑らせて体を少しプルプル震わせている。
……どう見ても、この顔はキス顔、だよな?
いやいや、何か勘違いしてないか、ルウナ。
「可愛らしい顔をさせているが、今から出かけるぞ」
「え……へぇっ?! あっ! そ、そうですよね! うぅ、私たら何を勘違いして……」
あたふたと今までにないくらいに顔を真っ赤にさせながら、ルウナは目を回している。
本当に何か誤解していたようだが、オレはそんなルウナの手を引いて窓辺に移動する。何と誤解していたのかは、優しさでこっちからは聞かないでおこう。
「えっ、お兄様、どうして窓際へ? お外へ出かけるのでしたら扉からでは……」
「正面玄関から出て行ったら誰かに見つかるかもしれないし、それにだなぁ」
オレが窓を開けたタイミングで、外で待機させていた竜姿のリアンが下からニョキッと出てきてこちらを覗き込んできた。
「今からリアンに乗って出かけるから、窓からの方が早いんだよ」
「ふむ、準備は出来たか主人?」
「ああ、待たせて悪かったよ。すぐにそっちに行くから」
リアンに小声で伝えて、オレは椅子に掛けていたマントを羽織り、父さんに譲り受けた剣を腰に携える。
折角の剣だから装備していかないとだし、マントは夜風が寒そうだから防寒とカッコつけ目的で羽織って行く。
準備を終えたオレは、窓から身を乗り出して静かにリアンの背に飛び乗ると、ルウナに向けて手を伸ばす。
「ほら、ルウナもおいで」
呼んでみるが、高さもあってか少し戸惑っているみたいだ。
「大丈夫。オレの手に掴まれ」
「うぅ……。は、はいっ」
意を決した表情で、窓から非力にジャンプしたルウナの手をしっかりと掴まえて引き寄せる。
その際オレの胸に顔が埋まったが、すぐに顔を上げたのでリアンの首元に掴まるように言う。ただ、息苦しかったのか顔を少し赤くさせていた気がする。
「じゃあリアン、出発してくれ。近くで飛ぶと家族が気付くかもしれないから少し進んだ先で頼む」
「やれやれ、注文の多い主人だ。わかった、振り落とされないようにしろよ」
そう言うと、リアンはなるべく静かに前進しだした。
小刻みに揺れる巨体に乗ってからしばらくして、隣のルウナが寒そうに震えているのに気がついた。
「寒いか?」
「いっいいえ……大丈夫です」
「無理はするなルウナ。その格好だと冷えるだろ? これを着るといい」
オレは前もって準備していたコートをルウナの肩に掛ける。生地が薄そうな寝巻きだったからな。
「ありがとうございます。お兄様」
「夜風は冷たいから、風邪をひかないように気をつけるんだぞ」
「はい」
しばらく歩き、ある程度まで屋敷と距離が取れたところで、リアンがその巨大で立派な翼を左右に広げて羽ばたかせる。
「――ひゃっ?! おっ、お兄様!?」
「もうすぐ飛ぶから、落ちないようにしっかり掴まるんだ」
驚かせてしまったルウナにそう声をかけながら、オレはルウナを後ろから覆うように移動しリアンの体に掴まり直す。
ルウナの握力だともしかしたら浮上した時に落ちてしまうかもと心配に思い、オレが後ろから支えてやる事にした。
地面から少しずつ浮き始め、最後に一番大きな羽ばたきをすると瞬く間に天高く上昇する。
重い空気抵抗の中、案の定ルウナが手を離しそうになったのでオレの手をルウナに重ねて掴み直す。
なんとなく、急上昇で冷える中、握りしめているルウナの手は暖かかった。
上昇も止まり水平飛行に移った際に、まだ目を瞑っているルウナに上を見上げるように言う。すると……。
「――うっ? ……っわあぁぁぁ! 夜空がすごく近くて、星がとても綺麗です!」
目を開けて嬉しそうに感激の言葉を漏らす。
ビルが無く街灯が少ないこの世界では、夜の星がくっきりと見えてとても綺麗だ。
「――前の世界じゃあ中々見れない光景だ」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、独り言だよ」
「では行くぞ。しっかり掴まっているんだぞ」
事前にリアンに伝えていたドゥラルーク領の街の方角に向きを変えると、リアンは翼を動かし発進しだす。
「お兄様、これから何処へ行かれるのです?」
満天の星に目を輝かせながら、ルウナがオレを見上げて尋ねてくる。
着いた時に驚かせたいから、まだ黙っていよう。そう思い、オレは少し意地悪っぽい顔をして答えた。
「着いてからのお楽しみ、だ」
空中散歩も終わりを迎えて、リアンはゆっくりと降下していく。
「お兄様、目的の場所はここですか?」
ルウナが不思議そうな顔で問いてくる。
「ああ、そうだ。深緑の森に来たのも久しぶりだな」
オレたちが降り立ったのは、以前父さんの用事でグリスノーズに向かった際に通った「深緑の森」の中。だけど、今いる所は前に通った道より少し森の内側だ。
「あら? こんな場所にお花がいっぱいありますね。百合の花でしょうか?」
ルウナの言うとおり、この辺りは足元いっぱいに花が咲いていて、木々が少し開けた空間になっている。
「お兄様、ここへ来たのはもしかしてこの沢山の百合の花を見せてくださる為ですか?」
「確かにそうだが、少し違うかな」
よく分からないって顔をして首を傾げる。
――やはりルウナもすぐには分からないみたいだ。
「すぐに分かるさ。見ていろ」
オレは足元に咲いている百合の花畑の中心でしゃがみ、両手をついて魔力を地面に注いでいく。
――すると。
「えっ!? お花が――」
手前の百合の花が青く灯りだし、次第に周り全ての花も青く光りだした。
「お……お兄様、これって……」
「ああ、そうだ。ここにある花全部、光百合だ。前に森を通った時に見かけたんだ」
暗い森の中で青い光で照らされた幻想的な光景に、ルウナは口元を押さえて驚きを隠そうとしている。
でもその目はさっきの星を見ていた時よりもキラキラと輝かせていて隠せていない。
オレがこの場所に気づいたのもレクアたちと帰還途中で見かけたのが切っ掛けだ。
これを一斉に光らせられたらルウナもきっと喜ぶかと思い、わざわざ光百合の鉢植えを買って勉強したんだが、この反応を見れれば、その甲斐もあったというものだ。
「さて、魔力充填もこれくらいでいいか」
魔力供給を終えてルウナの元に向かおうと足を進める――その時、周りの木々に変化が起きる。
「な、なんだ?! 周りの木も急に光だした」
「わぁ! 鮮やかなピンク色ですね。まるで桜みたいです」
光百合の花畑を囲う周りの木々の葉がピンク色に光だし、ルウナの言うとおりまるで桜のようだ。
「これは、光夢桜……だったか?」
「ふむ、何だそれは?」
オレの呟きに、花が潰れないよう畑の外側で待機していたリアンが長い首だけを伸ばして聞いてくる。
「いや、オレも名前くらいで詳しくは……」
「光夢桜は、桜の木とは別種ですが、魔力に反応して普段緑色の葉がピンク色に灯り、名前の通りまるで桜のように見える植物なんです」
「詳しいなルウナ」
「はい! 私も書物でしか知りませんでしたが、光夢桜は希少な植物の様でして、あまり見られるものでは無いらしいです。私も一度、実物を見てみたいと思っていました」
嬉々とした表情でそう語るルウナは本当に嬉しいそうにしている。
しかし偶然とは言え、光百合と光夢桜のコラボはすごい。
まるでこの世の光景ではないような幻想的光景が目の前に広がっていて、正直オレも感動している。しかし……。
ルウナは感動して気づいていないから助かったが、これだけの植物に魔力を行き渡らせる程に魔力を注いでいたとは……自分のチート能力を自覚しよう。
「本当に素敵ですね、お兄様」
まるでイルミネーションのような風景に見惚れているルウナ。
オレは止めた足を運んで進めてルウナの所に行く。
「お兄様、どうかされましたか?」
「ルウナ、聞いてくれるか?」
不思議そうに尋ねるルウナに、オレはずっと秘めていた気持ちを伝える。
「……ずっと考えていた。オレは、王都でお前を助けるために魔物と戦った。だけど、負けてしまった。お前を守り抜けなかったんだ」
「そっ、そんな事はありません! お兄様はあの魔物から私を救っていただいたではありませんか」
「だけど、結局は負けた。もしタルティシナさんが魔物を倒してくれなかったら、またお前が襲われていたかもしれない」
入院している間ずっと頭の片隅で考えていた……いや、頭によぎってしまう。
もしも黒岩大人形が倒されずにいたら、もしかしたら、またルウナたちを襲っていたかもしれない。
そう思うと、あの時ルウナを守ると誓ったばかりなのに負けてしまった自分の無力さが悔しくなった。
「そんな事……」
「――ルウナ、オレは」
ルウナの前で立ち止まったオレは少し大袈裟にマントを払って翻し、剣を抜いて握ったまま地に突き付け片膝を折る。
「オレは騎士になった。オレは騎士としてこの地を守る、騎士として民を守る、騎士としてお父様たち家族を守る。そして――」
一息貯め、改めてルウナの目を見つめ直す。
「お前の事も、今度こそオレが守る。今回の時のような誰かでは無く、今度こそ、オレがルウナを守り抜いてみせる」
――これはルウナとの誓い。
自分との誓いだけでは無く、ルウナを命に変えて守ると心に決める二人の誓い。
「オレに守らせてくれるか……?」
「――はいっ!」
風で流れて来たピンクの葉に照らされながら、ルウナは当たり前のことを言うような流れで、だけどとても嬉しそうな声ではっきりと頷いてくれる。
「私のことを、ずっと守ってください。私のカッコいい、騎士様」
「ああ……必ず」
――今度こそ守ろう。
オレの手で……オレを信じてくれる、お前を。
その後、気分を変えて再び景色を楽しんでいたオレたちに、ちょっとしたサプライズがやって来た。
「お兄様、この聞こえてくる音は何でしょう?」
「何だろうな。でも、なんだかとても気持ちの良い音色で、気分が安らぐな」
突然、この辺りで聞こえてきた演奏のような音の正体が気になったオレは周りを見渡してみる。
「――あっ!? お兄様いました!」
「本当だな。木の上に……何かいるな」
一本の光桜の枝に、枯れ葉を集めて作られたようなロープっぽい物で体を覆った、子供ぐらいの大きさの生き物を見つけた。
枯れ葉の寄せ集めお面を被ったそいつが草笛を使って演奏していたようだ。
「へえ、草葉奏者とは珍しいな」
「主人よ、あの魔物は何だ?」
「ああ、自然の森の中で音を鳴らす事を好む無害な魔物だよ」
ちなみに草葉奏者を使い魔にした人はその演奏の良さから、演奏家か吟遊詩人として働く人が多いらしい。また、青白い長い耳から「エルフ」の類だという噂もあるらしい。
そんな噂があるって事は、もしかしたらこの世界にはエルフが実在しているのかもしれない。まだ見たことは無いが、もし実在するのなら一度は生エルフを見てみたい。
そんな名高い演奏家が奏でる音色を聴いていると、不意にルウナが前に回り込んで薄い寝巻きの裾を摘み上げて小さくお辞儀をする。
「騎士様、この素敵な演奏で、一曲私と踊っていただけませんでしょうか」
上品なダンスの誘いを受けた。
どうやらルウナは周りの光景と演奏で、ロマンチックな気分になったみたいだ。
貴族の嗜みとしておかしくない程度には踊れるが、ダンスを踊るにしては少し演奏がゆったり過ぎるのだが、まあ仕方がない。
ここは、どんな音楽や演奏にでも使える万能ダンスを踊るとしよう。
「よろこんで、お嬢様」
ルウナの手を取り演奏に合わせてゆっくりとした足運びでダンスをする。
自分だけのペースでは無く、ルウナの目を見て相手の息に合わせてステップを踏む。
くるりと回ったり、しなやかに仰け反るルウナをオレが支えながら、美しい踊りを披露していく。
「楽しいか、ルウナ」
「はい、とても!」
笑顔を浮かべるルウナに「そうか」っとあっさりとだが、オレも満喫しながら踊りを続ける。
「――いって?!」
「えっおにい――きゃ!」
すると、先ほどまでは大丈夫だった片足の痛みが急に走り、思わずルウナを押し倒す形で倒れ込んでしまった。
やはり、まだ怪我を負っているのにダンスは良くなかったのかもしれない。
「いたたたっ……ごめん、怪我はないかルウ……ナ」
「は、はい大丈夫です、お兄……さ、ま」
起き上がろうと視線を上げたら、思いの外ルウナと顔の距離が近く、ちょっと動けばキスしてしまう程の近さだ。
「何をしているのだ主人、ルウナも」
――しかし幸いにも変なハプニングも起きず、そう言ってデカい手でオレをクレーンゲームのようにリアンが両脇から摘んで空中に持ち上げる。
「ん? どうかしたか?」
「いや、何というか……」
助けてくれるのは嬉しいけどさ、この宙ぶらりんのダラしない格好……。
さっきまでのロマンチックが台無しだよ……。
「――くっ、あははははっ!」
苦笑いを浮かべていたオレが視線を落とすと、珍しくルウナが大きな声で笑い出した。
「あはっあははっ、ごっ、ごめんなさいお兄様……! あまりにそのお姿が、おかしくて……」
笑って出た涙を手で拭って、笑いを抑えようとしている。
そんなルウナを見たオレとリアンがお互いを見合わせると、自然とオレたちも笑みが溢れる。
なんてことのない事でこんなふうに笑っていられる幸せ。
オレはこの幸せを、必ず守っていこう。
※修正・「光桜」を「光夢桜」に変更しました。