一・十七話 私の自慢
目を覚ますと、見知らぬ部屋の屋根が見え、オレはベットの上で横になっていた。
「ここは……」
「目覚めたか」
声がした方向を向くとそこに、騎士試験の面接をしてもらったマユバさんがいた。
「マユバさ……痛っ!」
「無理に起き上がらなくていい。怪我はまだ治り切っていないのだからな」
自分の体を見てみると至る所に包帯や治療の痕が有るのに気づき、マユバさんの言う通りまだあちこちに痛みがある。
「マユバさんが居るということは、ここはお城の中ですか?」
「そうだ、重症だったお前をここに運び治療したのだ。お前は一二日間も眠りっぱなしだったんだぞ」
「なっ、一二もっ――いててっ」
「だから動くなと言ってるだろう」
マユバさんに宥められていると、その背後からこっそりと目玉を覗かせるマユバさんの使い魔の微悪魔の目と目が合ってしまった。
優しい性格なのかニコッとさせているが、やっぱり少し不気味だと思ってしまう……。
「――あれ?」
そういえば、リアンは何処だ?
使い魔で思い出し、リアンがここに居ない事に気付いたオレはマユバさんに聞いてみた。
「今は中庭で休んでいるよ。あの娘はお前の使い魔だったんだな。目の前で少女から竜に代わった時は正直驚いた。それと、お前にもな」
「えっ……えーと……」
「お前、ドゥラルーク侯爵のご子息……貴族の子供なんだってな。身分が判明した時は流石に驚いたぞ」
「あははっ……先に言っておけば良かったですね」
「まあいい。私は試験を受けにきた奴を身分で特別扱いしたりしないからな。お前の使い魔、あいつもひどい怪我を負っていたから、手当はしてある」
「ありがとうございます、マユバさん」
竜の姿に戻れたって事はリアンを妨害してた何かは無くなったって事か。戦いが終わった後に戻れたという事は、やっぱり妨害をしてたのは黒岩大人形だったのかな?
ひとまずリアンの無事も聞けて一安心したオレは、最後の記憶を思い出していく。
「確か……黒岩大人形にやられそうになったところで急に目の前で……」
――そうだ。粉々になった石の山上に現れたあの人影、あの人が黒岩大人形を倒してくれたんだ。
あれは……確か。
「そう、ギリギリのところでお前を助けたのはうちの騎士長様のタルティシナだ」
「――えっ!? タルティシナさんって、あのっ」
驚きのあまりまた起き上がろうとして体に痛みが走り、マユバさんに叱られながら再び横に戻った。
タルティシナ騎士長とは、現在ガスラート王国で最も強いと言われている有名な女性の騎士。その実力によって、現在は王国騎士の騎士長を任せられているらしい。
そして何より、オレの憧れの人でもある。
そのタルティシナさんが助けてくれたのか……。
「そう、でしたか」
「……現場の状況はタルナから報告を聞いたが、起きて早々に悪いが、詳しい話を聞かせてもらえるか?」
申し訳なさそうに聞いてくるマユバさんに頷いて、黒岩大人形との経緯やオレの知っている限りの事を伝える。
ちなみに「タルナ」とは、マユバさんたち親しい人が呼ぶタルティシナさんの愛称らしい。オレも初耳だ。
「そうだったか……。しかし、お前も中々凄いことを仕出かすな」
「えっ? 何がですか?」
ただがむしゃらに戦って負けた話しかしていないけど……。
「岩人形の核が吹き飛ぶ程の魔力を注ぎ込めるなんて話、私は一度も聞いたことがない」
「えっ!? そっ、そう……ですか……」
「ああ。あの巨体を動かす程の魔力の器である核が、少なくとも普通の人の魔力量を注がれたところで、変わりはしないと思うがな」
どうしよう……何も考えずにありのままに話したのは間違いだったかも。
あれは『無限魔力』の力をふんだんに使って成功させた荒技。普通の人の魔力量だと不可能な事だったのかもしれない。
とりあえずここは押し通しておこう。
「えーと……あっ! お、オレ、小さい頃から他人より魔力の量が多いんですよ! だからギリギリ上手く出来たんだと思います。魔力切れギリギリでしたからね!」
咄嗟に考えた話だが、なんとかマユバさんを誤魔化せて「そういう事もあるのか」と納得してくれた。
危ないところだった……。
さて、そろそろこっちも聞いてみよう。
「マユバさん、 黒岩大人形は一体どうやって王都に侵入してきたんですか」
「ああ、お前には話してもいいだろう」
マユバさんの話によると、実は王都で暴れた黒岩大人形は、なんと三体だったらしく、兵士たちを他の二体の所に送っていたためにオレたちのところに助けが来れなかったとの事。
「先に他の二体を討伐していたから、タルナの到着も遅れた訳だ」
そこまで話してくれたマユバさんだが、まだどうやって侵入したのかは聞いていない。
「尚更、三体もどうやって王都に?」
「……実は、その当日に隣国との境付近まで魔物を討伐に向かっていた騎士隊が帰ってきていたのだ」
マユバさんが椅子に腰掛けながら、物々しく話し出したがその話と何か関係があるのかな?
「その討伐対象が、黒岩大人形三体。国王の命でその三体の亡骸を持ち帰ったのだが、騒ぎが起きた時、亡骸は全て消えていた」
「……それって、つまり」
「お前が戦った魔物はタルナが粉々にしてしまって確認不能だが、他の二体を倒したタルナの話によると、『あれは確かに、私が討伐した黒岩大人形だった』と本人が言っていた」
――オレが戦った黒岩大人形も既に核が破壊されていた。多分、タルティシナさんが倒した奴なんだろう。
「魔物の死骸が、動いていた……という事ですか」
「ああ、どうして動き出したのか未だに分からずだ。現状は口外は禁止されているが、目の当たりにしたお前には話しても問題ないだろう」
確かに岩人形のゾンビなんて聞いた事もない今、下手な事をみんなに伝えて不安にさせない方が良いのかもしれない。
「お兄――様?」
入り口から聞き覚えのある声がして顔を向けると、そこにはルウナが目を見開いて驚いた表情を浮かべていた。
その表情もすぐに変わり、目尻に大粒の涙を溜めて手で口元を押さえながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
マユバさんに頼んで手を借りながらオレは上体を起こす。
そのままマユバさんは気を遣って隣を空けてくれると、ようやくここまで来たルウナを隣に誘導する。
「無事で良かったよ、ルウナ」
「うぅ……お兄ぃ様ぁ……」
腕を伸ばしてきて抱き着いてくるかと思ったが、途中で伸ばした腕を戻した。オレの怪我を気遣って躊躇しているらしい。気にする事ないのに。
そんなルウナに「おいで」と手を差し出すと、ルウナはゆっくりとその手を掴み、オレの胸元に抱き着いてくる。
「いっつもお前を泣かせてばかりで、悪い兄でごめんな」
「そん、そんな事ないです……。お兄様は、ちゃんと約束を守ってくださいました。お兄様は、ルウナの自慢の、素敵なお兄様です……!」
そう言い、オレを慕ってくれるルウナの背中をさすりながら、オレはルウナが泣き止むまで「ありがとうな」と抱き締める。
「――ゴホンッ。雰囲気のいいところ悪いが、そろそろ良いかな?」
マユバさんの咳払いにビックリしたルウナが慌てて顔を上げて離れると、赤面しながらマユバさんに謝罪するが、ルウナの反応にマユバさんは笑って済ませる。
……もう少し、あのままでも良かったのだが。
「お前が眠っている間、この子は毎日遅くまで見舞いに来ていたのだ。いい妹さんをもってて羨ましい事だな」
マユバさんの発言に、照れながらもじもじするルウナだったが「妹と知るまでは奥さんかと思ったがな」と追い討ちをかけられて、ルウナは更に顔を真っ赤にしてあたふたとしだす。
相変わらずルウナは可愛い反応をするなぁ。
そんなルウナを見ながら、マユバさんがある事を聞いてきた。
「この子が、お前が言っていた『大切な人』か?」
何かを察したのか、試験の時に言ったオレの守りたい人が分かったようだ。
「……はい!」
オレの力強い返答に満足したのか「なるほどな」とマユバさんが口にしたところで、ようやくルウナが落ち着きを取り戻したらしい。
「さて、無事に聞きたい話も聞けた。私は仕事場に戻らせてもらう。後は兄妹、水入らずで過ごすといい」
マユバさんはそう言ってルウナに一礼していくと部屋を出て行ってしまった。
今度、ちゃんとしたお礼の品を持って行かないとな。
「傷が治るまでは、まだしばらく動けそうにありませんね」
「そうだな。家に帰れるのはまだ当分先になりそうだ。あっ、そうだルウナ、今度焼き鳥を何本か買ってきてくれないか」
「もちろん構いませんが……ああ、リアンにですね」
「ああ、そうだ」
今回は全力が出せなかったにもかかわらず、リアンには攻守共にすっかり助けられたからな、お礼をしっかりしないと。
「わかりました。……それで、その、お兄様。試験の方は……」
笑顔で了承してくれたが、一呼吸おくとさっきまでの空気と少し変わって、ルウナは騎士試験のことについて聞いてきた。
理由はわかっている。
「どう、なったんだろうな。あんな事があった後だ、今回は中止になったか、もしかしたら集合場所に戻れなかったから落選、かもな」
そんな風に茶化して答えると、ルウナの顔が気持ち明るくなった気がした。
もちろん受からなかったら残念だが、その分またルウナとしばらく一緒に過ごせる。
そう、騎士になったら――オレは……。
「――そうだった、そうだった。忘れていた」
「マユバさん! どうかしましたか?」
突如、慌ただしい足音と一緒にマユバさんが入り口の所に戻ってくると、オレに向かって何かを投げた。
「これは……」
「騎士の資格証だ」
オレはキャッチした、握り拳と五〇〇円玉の中間サイズの銀のメダルを見上げながら、マユバさんの言葉に耳を疑った。
両面には、盾とその後ろで突き刺さっている剣が彫られている。
「なんで、オレが……」
「当たり前だろう。黒岩大人形と戦い、市民の被害を最小限にした者を、騎士に認めない馬鹿はいない。それに、お前は試験を合格していたのだ。胸を張って持っておけ」
そう告げて、マユバさんは今度こそ部屋から出ていった。
「――ルウナ。合格、だってさ……」
静まり返った部屋の中、オレは銀色のメダルを持って口にする。
ルウナはスカートの裾をギュッと握りしめてしばらく無言のままでいたが、震えている体が、その心情を語っていた。
「――お」
声ともならない声を出し、ルウナは俯けていた顔を上げる。
「おめでとう……ございます……」
必死に笑顔を向けて称賛するルウナ。
だが、その目から流れる涙には、悲しみの思いが込められている事が、オレにはすぐにわかった。
――だって。
「ありがとう、ルウナ」
オレの頬にも……同じ感情の涙が流れているから。
「おめで、とうございます、お兄様……。おめでとう、ござ……」
ひたすらに同じ言葉を続けて泣きじゃくるルウナを抱き寄せて、オレは優しく頭を撫でてやる。
騎士を目指すオレの長い長い試験が今こうして、オレたち兄妹の楽しかった日々と共に、幕を閉じた。
グレンくん達が悲しんでいる理由がわからない方は九話をご覧下さい。
※グレンくんの激戦話に触れないのももったいないので追加しました。