一・十六話 誰でもない(後編)
前話の続きとなっています。
まだの方は「前編」「中編」から読んでいただけるとより楽しめると思います。
「――っ!?」
左から迫ってくる巨大な拳を屈んで避ける。真上を通過する質量の危険さは身をもって知っているため、全力で回避する。
オレはタイミングを見計らい上体を起こしたが、視線を上げると続け様に振り下ろしが迫ってきていた。
「うおっ――危なかった」
硬直していたオレを間一髪、リアンが首元を掴み引き寄せてくれた事で避けられた。
「油断するな、主人」
「わるい、助かった。あいつの攻撃、あれから早さを保ったままだな」
穴から這い上がって来てから黒岩大人形は、攻撃のスピードをあの奇妙に早い状態を保ちつつ、ずっと攻撃を仕掛けてくる。
核を狙った事で怒らせたか。
「こっちに攻撃させる隙も与えないつもりか」
先程からオレたちは「防戦一方」の言葉を体現させられている状態が続いている。いや、この場合は守りというより回避か。
ギリギリ反応して黒岩大人形の攻撃を避けているが、大半はさっきのようにリアンに助けられている。
手負いの身とはいえ、情けない話だ。
考え事をしている間に放たれていた正拳突きをオレとリアンは左右に避ける。
するとリアンは片足を高く上げると、横を通り過ぎる拳に目掛けて振り落とし、その巨石の腕をかかと落としで地面に沈める。
「っと、これならどうだ」
陥没した地面に拳が埋まり黒岩大人形の体制が低くなったところで、オレは切り上げるように剣で核を斬りつける。
一筋の切り目を付けれたが黒岩大人形に変わりはなく、埋まった腕を引き抜くと即座にオレに向かって打ち込んでくる。
避けるには間に合わないと判断して、剣を前で両手で構えて防御する。
「ぐっうぅ――」
金属が砕ける音と同時に持っていた剣が真っ二つに折れた。
続けて二度目となる、全身に駆け巡ってくる衝撃。
だが、剣を斜めに構えていたおかげで間近に迫った巨石は剣に衝突すると軌道を僅かにズラし、衝撃でオレ自身も反対側へと吹き飛ばされる形でその場から逃れた。
「よく躱したな、主人。やるではないか」
「痛つつ……咄嗟に思いついて助かった、けど」
黒岩大人形からある程度離れてリアンと態勢を整えながら手元の折れた剣を見る。
「くっそ、キレイに折ってくれたものだよ。手持ちの武器が無いとなると……いや、そもそもダメージが入っていたかどうか、怪しいか」
「ふむ、核を破壊しても動き続けるとは、全くもって気味が悪い石クズだ」
リアンが悪態を吐く間に接近して来た黒岩大人形が、両腕を広げて体を捻りだす。
「――マズいっ!? リアン、上へ逃げろ」
嫌な予感がしたオレの指示を聞くや否や、オレを脇に抱えたリアンは即座にジャンプする。同時に黒岩大人形が捻った体を勢いよく回し、城門前で兵士さんたちにやった回転攻撃をする。振り回る腕が近くにあった石柱を粉々に砕き飛ばし、その破壊力を物語る。
オレたちが降下するまでに回転が止まると、オレたちを見失ってキョロキョロと探しだした。
そのまま黒岩大人形の頭部に着地したリアンは顔面にパンチやキックを放ち、オレは核のある場所に着地し、ダメ元で核を折れた剣で何度も突き立てる。
……しかし、結果は同じだ。
「ダメか」
リアンの打撃も効いている様子も無く、その間にオレたちに向けて巨腕を振り上げられたのを確認し、リアンに抱きかかえられて巨腕を足場に飛び、再び距離をとって地面に降り立つ。
リアンの脚力でだいぶ距離を置けたけど、核を狙っても全く意味がないことを痛感したオレは、正直途方に暮れ始めた。
「ふむ。どうやら、気が付けば広場を一周していたようだな」
オレを下ろしながらそう言うリアンの言葉に自分の今いる場所を見てみると、確かに最初に広場に着いて戦った場所まで移動していた。
回避しているうちにぐるっと広場を一周していたみたいだが、今はそんな事どうでもいい。
どうする。他に何か手はないか……。
「――っそうだ。リアン! その姿でも〈装甲弾〉は纏えるか?」
オレの持ち得る中で最強の術にして、人間が唯一使える二つの魔法の一つ、〈装甲弾〉があったことを思い出した。
この魔法なら、黒岩大人形も倒せるはずだ。
「ふむ、やってみなければ分からないが、今は試すしかない」
オレはニヤリと「そうだな」と答えると、リアンに向けて手をかざす。
竜人姿でも発動するのかわからないけど、今はやれる事は全て試してやる。
「いくぞ」
「ふむ」
「……はあっ!」
前回と同じように、リアンにオレの魔力を注ぎ込む。『無限魔力』が活躍する数少ない場面に、オレは体から溢れ出る魔力を惜しみなく流し込む。
ぐいぐいと魔力が流れていき、それを感じてリアンもビクッと体を震わせる。
「いけるっ」
順調に魔力を流していき、リアンの体を魔力が包み始めていく。
「――っ?!」
――しかし、リアンを覆う魔力は一向にあの紅い鎧へと変わらない。
「うっ、あっ……あ、主人ぃ……」
その後も魔力を送り続けていると、次第にリアンは呼吸を荒くし、肩を揺らして吐息を漏らし出した。
そしてゆっくりと頬を赤くした顔でオレの方を見る。
「だ、大丈夫か、リアン」
「はっ……あんっ! ま、魔力を流すのを……んっ、と、止めぇぇ……!?」
「わ、わかった……!」
ビクンビクンと体を震わせ途切れとぎれにそう告げられたオレは、変化なしと思い魔力注入を止める。
リアンはストンと地面に座り込み肩で息をしだす。リアンに声を掛けてみたが、上げたその表情は赤く、乱れる呼吸を整えながら、こちらをトロンとした上目遣いで見つめる。
「……出し過ぎた。バカ」
――恥辱を受けた少女のような雰囲気だが……正直、「何をやっているんだコイツ?」という言葉しか出てこない。
漫画やゲームにお約束の、吐息をこぼし頬を赤く染めた少女の上目遣い。
しかし、何だろうな。
竜人姿だからなのか、リアンだからなのかわからないが、全然何も思わない。
……いやいや! 今はそれどころじゃないだろう。
「まさか……リアンの魔法を妨害している何かが、〈装甲弾〉まで妨害しているのか?」
だとしたらもう、オレたちにあんなゾンビみたいなゴーレムを倒す手段なんて……。
着々とまた距離を縮めて来る黒岩大人形を見て、オレは絶望に浸り掛けた。
その時、リアンがボソッと艶っぽい声で呟くのが聞こえた。
「全く、ずっと魔力を流しおって……。魔力が溢れて、体が爆発するかと思ったぞ……」
――うん? 魔力の送り過ぎで……爆発……。
――そうかっ! それなら、いけるか。
リアンのその言葉がヒントとなり、オレは一つの策を思いついた。
そのためには……。
「リアン…… 少しの間『ヘイトを稼いでもらって』いいか?」
オレは目的地の方角を向きながら、懐かしい単語を口にする。
「な、なんだ? 『へいとをかせぐ』、とは?」
「敵の注意を引きつけるって事だよ」
一言そう残し、リアンにあとを託したオレは広場の入り口に向けて走り出す。
背後から「なっ何!?」とリアンの驚いた声が聞こえた後、遅れて応戦している衝突音を微かに拾った。
すまない……少しの間だけ頑張ってくれ。
「はあ、はあ。確か、この先に……」
街道に戻ったオレは蓄積した痛みに耐えながらそのまま走り、ある物を探しに進んで行く。
「はぁ、はぁ……あっ! あった、ここだ」
足を止めたオレの視線の先にある光景、そこには何十本もの丸太が道いっぱいに広がっていた。
これはオレが黒岩大人形から逃げる際に足止めとして、木材屋の前に大量に束ねられていた丸太を使った跡だ。何本か黒岩大人形に踏み潰されて粉々になっている物もある。
だけど、探していたのは目の前の丸太では無く別のものだ。
オレは無人の木材屋の中へと入っていき、目当ての物がないか探す。
「きっと、大量に木材を扱うなら……おっ! これだ。やっぱりあったか、ロープ」
輪っか状にして壁に掛けられていたロープを発見し、壁から外して手にする。
広げてみると長さは四メートル程。思ってたより短かったが、同じようなロープが三つもあった。
「よし、これなら足りる。すぐに戻らないと」
ロープを肩に担いで店を出たオレは、再び街道を走りだし、リアンが持ち堪えている戦場へと向かっていく。
ゼェゼェと荒い息で広場に着いたオレの目に映ったのは、繰り広げられている激闘――ではなかった。
「リアンっ!?」
そこには、黒岩大人形の止む事のない打撃の雨を、ひたすら頭上で防御して耐えているリアン姿があった。
「ぐっ、うっ……ある、じかっ! おそっ、いぞっ」
オレが戻ったことを認識すると、激しい猛攻の間からタイミングを見計らって、リアンは素早く転がるように抜け出すとこっちに向かってくる。
オレも合流しに向かうが、途中で力尽きたようにリアンが倒れてしまい、オレは急いでリアンを抱きかかえて安否を確認する。
流石にさっきの猛攻はダメージの限界か……。
「しっかりしろ、リアン」
「へ、平気だ……これくらい」
全身を覆っていた鱗も剥がれ落ち、至る所から出血していてとても平気には見えない。しかし、リアンはそう言いながらゆっくりと腕の中から起きて立ち上がった。
ふらふらとするリアンを支えながら時間を稼いでくれたことに礼を告げる。
「ふ、ふむ……。主人よ、用事は済んだの、か……?」
「ああ、お前のお陰で見つけてこれたよ」
来る途中に結んできて一本の長いロープにした物を見せながら、言葉を続ける。
「ボロボロになって時間稼ぎをしてもらったところ悪いが、もう一踏ん張りお願い出来るか?」
「ふっ、当然だ……。あの石クズを倒すまで、まだまだワシも戦うぞ」
血が滴り息が絶え絶えでも、リアンは頑張って笑い、闘志を示す。
負けず嫌いな奴だ。たくっ、本当にカッコいい竜だよ。
オレは考えた作戦をリアンに耳打ちして伝える。
作戦を理解したリアンに伸ばしたロープの端を握らせ、反対の端をオレが離さないようにしっかりと握りしめて行動に移る。
「オレが先行する。リアンは伝えた通り、受け取ったら全力でロープを引いてくれ」
「ふむ、無謀な策を考えおったな。わかった、任せろ」
黒岩大人形との距離が一〇メートルを切ったところでオレは一気に加速していく。
真っ直ぐに黒岩大人形に向かって行き、折れた剣を核に目掛けて投げる。カンッと命中はしたが傷が付くこともなく、虚しく地面に落ちると黒岩大人形に踏み潰されて今度は跡形もなく壊れた。
だが、これで成功だ。
最初から傷を付けることが目的では無い。
今までの攻防で気づいたが、どうやら黒岩大人形は倒せはしないが核を傷付けられることに敏感らしく、傷つけた相手に標的が移るみたいだ。
現にさっきので黒岩大人形はオレをロックオンした。
素早く振り抜かれた拳が迫ってきたが、オレは戻ってくる途中で一緒に持ってきた木製の小盾を構えて拳を受ける。
当たると同時に前転の要領で回転して受け流し、腕に乗り上げたオレは止まらずにそのまま走り出す。
腕を伝って肩から頭部へ行き、握り締めるロープで顔を一周、二周と巻きつけたオレは黒岩大人形の追撃を掻い潜りながら地面に降りる。
「主人よ!」
声の先に、走り近づいて来るリアンの姿があり、リアンは巻きつけたロープを軸に黒岩大人形の周りを駆け出し、両手を胴体と一緒に巻きつけて上半身の動きを封じる。
最後にオレが持っていたロープの端をリアンに手渡し、黒岩大人形の動きを止めていてもらう。
「しっかり、オレだけを見てろよ」
手につけていた小盾を外して再び核に投げつけ、狙いがリアンに移りかけたのを阻止しオレだけに集中させる。
暴れる黒岩大人形を、必死にリアンがロープで縛り付けて拘束する。
「さあ、これならどうだ」
ジャンプして岩の体にしがみ付き、岩登りで核の元へよじ登っていく。
縛り付けていてもグラグラと暴れて安定はしないが、無事に核の目の前にたどり着いたオレは、核の上に手を乗せて魔力を流し込む。
やり方は光百合の時と同じで、核に向けて魔力を放出すると自然と取り込まれて入っていく。
リアンが〈装甲弾〉失敗の時に言った一言がヒントになった。
魔力を過剰注入すれば、魔力を溢れさせて内側から暴発させられるかもしれない。
――もちろん、確証も何もない。デタラメなアイデアだが、今はこれしか思いつかなかった。
「遠慮なく、たっぷりと喰らえばいいさ!」
オレは大出力で魔力を流していき、それが全て核に入っていく。
――ファァァア。
すると、薄暗い赤だった核が脈動の様なものを打ち、核に光が点り始めた。
脈動は次第に早く、激しくなり、眩しい程に核が赤く光り輝く。
「くっ! 主人、そろそろ押さえておくのも限界だ」
拘束しているリアンも、そろそろタイムリミットらしい。
オレは最後にもう片方の手を添えて、魔力を全力放出していく。一分一秒でもより多く注ぎ込み、魔力を溢れさせる。
核は赤を通り越し、とても眩い白い光で辺りを照らす。
次の瞬間、手の中の核が一気に弾け――爆発した。
「――っ!?」
オレは爆発による勢いで空中に投げ出され、一瞬止まった思考を無理やりに動かし黒岩大人形に視線を向ける。
あの黒い巨体の、上半身の左側半分が煙を上げて吹き飛んでいた。
これでようやく、終わっ――うんっ?
空中で体ごと視線が空中を見上げた時に、ある物が視界の端に映った。
――あれは、なんだ。
「――げろっ! 主人! 逃げろぉっ!」
「えっ――」
何もない空中に意識を向けていたオレの耳にリアンの絶叫が届くと同じく――上からオレの体を硬い何かが、強く叩きつけて地面に沈める。
「――がっはっ?!」
口から考えられない程の血が飛び散る。
もう、痛みとすら捉えられない激痛が全身に巡る。
な……に、が……。
今に消えてしまいそうな意識の中、最後の気力で目を動かすと、半身を欠落した黒岩大人形が残った片手を振り下げていた。
本当にゾンビかよ……。
腕を退かした黒岩大人形はオレを見下しながら、ゆっくり、ゆっくりと更に近づいてくる。
「主人! しっかりしろ!」
急いで駆け寄りオレを抱えるリアンだが、もう指一本動かす力が出ない。
呼吸をするのも難しい。
もう勝てる気もしない……。
――それでも、オレは。
「ゴフッ! はぁ、はぁ……倒すんだ。倒して……かえ、らなきゃぁ……」
帰るって約束したんだ。
そうだよな――ルウナ。
「――〈装甲弾《|クロス・バレット》〉」
涼しくも凛としたそんな綺麗な声が聞こえた瞬間、漆黒の一閃が目の前を一瞬走ると、黒岩大人形が大きな破壊音を上げて粉々に砕け飛んだ。
「なっ、なに……一体何が起こった?」
「――あ」
「よく、頑張りましたね」
掠れる視線の先で砕けた石の山上に、綺麗な毛色をした白馬と、それに跨り風で二本のポニーテールをなびかせる人影が降り立った……。
「あな、たは――」
口にした言葉を言い切る前に、オレの意識はそこで途切れた。
長らく続けた黒岩大人形との戦いに付き合ってくださり、ありがとうございます。
次話もよろしくお願いします。
※核の爆発後にある伏線を入れ忘れていたことに気づきましたので、追加させていただきました。