一・十二話 とある騎士の出来事の話 ※(別)
主人公、グレン以外の別視点です。
今回は長文の為、ご了承下さい。
ガスラート王国を出発して早一日が過ぎ、私は今日も目的地に向けて仲間たちと進軍している。
「隊長、この先もうすぐに渓谷が見えてきます。このまま行けば夜までには目標地点にたどり着けるはずです」
先行させて偵察に行かせた部下が帰ってくると、部隊の先頭を走っている私にそう報告してくる。
今回、私たちに任せられた任務は隣国の「ホルカシタス王国」と自国の境にある渓谷に出没した魔物の討伐。
本来、魔物討伐はギルドを通して冒険者の方々に任せる案件なのだけど、今回の魔物のあまりの強さに私たち王国騎士団が引き受ける事になったの。
「わかりました、偵察ご苦労様です。次の休憩時に皆に装備の再点検を行わせて下さい。それと、念のために体調確認も」
「了解しました」
指示を受けた部下が馬の速度を落として下がって行く。後続の部隊の各班長に先ほど伝えた指示を伝達しているみたい。
体調確認をさせたのは、長時間の乗馬は体に負担がかかるため戦闘前には必ずさせている。
ちなみに私は幼少の頃から慣れているから問題はない。
「大丈夫? 貴方も疲れてない?」
私がそう問いかけたのは、私が騎乗している白馬に向けて。
「ずっと走らせてごめんなさい、レシオン」
「心配には及ばないさ、タルナ」
心配する私に優しい口調で答えてくれた白馬――彼の名前はレシオン。私の使い魔の一角馬なの。
綺麗な白い毛並みと額から伸びる一角が相変わらず美しい。
「タルナと一緒なら、これくらい平気だ」
「ありがとう」
私をタルナと愛称で呼んで優しく気遣ってくれるレシオンの言葉が嬉しくて、私は彼の首筋を撫でてあげる。
レシオンは私が三歳の頃に召喚した使い魔であり、子供の頃からの大切な私の家族。これからもレシオンには私の側にずっといてほしいと思う。
そんな事を考えているのが分かったのか、レシオンは嬉しそうに高らかに鳴いた。
夕暮れ時、渓谷まで数メートルの地点で最後の休息を取る事にした。
この間に各班長を呼んだ私は、今回の作戦内容の確認をする。
「日も暮れてきましたので討伐は夜に決行します。魔物を発見次第、当初の予定通り私が先陣を切りますので各班は魔物を取り囲み援護をお願いします」
部下たちは了解すると各々の班に戻り、装備の確認と束の間の休息を取り始める。
さて、私も剣の手入れをしたら少し眠ろうかな。
髪留めを解くと長い髪がサラリと真っ直ぐに垂れ下がる。少し邪魔だから肩に流して、焚き火の近くに座っているレシオンに寄り添って私は目を瞑る。
「……なあ、隊長、やっぱりすごい美人だな」
「ああ。綺麗な銀髪と白い肌なんだけど、あの顔立ちは『綺麗』より『可愛い』寄りなんだよな」
「あれで一八って、見えな――痛てっ!」
「無駄話をしてないで、装備の確認が終えたらお前たちも休め!」
何か話し声と叩く音がしたけど……まあ、いいかな……。
おやすみなさい。
渓谷の入り口である巨大な双璧の間、広さ一五メートル程の幅を私たちは進んで行く。
月の光が真っ暗な世界を照らしている中、深い広い渓谷ではその光さえほぼ無く、松明がないと何も見えないでいる。
ゴツゴツとした空間をしばらく進んでいるけど、何も見当たらない。
魔物は一体何処にいるのだろう?
すると、ガラガラガラっと石が砕けるような音が静かなこの空間に響き渡る。
この音は――!
「全員停止! 物音を立てないでそこの岩場に移動」
静止させた部隊を岩陰に隠れさせた私は少し顔を覗かせて、物音の方向を凝視する。
松明で照らすと気づかれるかもしれないので、次第に視界が暗闇に慣れてくるのを待つ。
すると、物音の正体である魔物の姿が段々と見えてきた。真っ黒な岩で出来た、高さ五メートル程の巨体を持つ魔物。
「いた、黒岩大人形。……んっ? 三体、いる?」
今回の討伐対象の黒岩大人形を見つけたが、報告では一体のはずだった。
不味い、黒岩大人形はとても強力な魔物、いくらこの部隊でも厳しい。
……仕方がない。
私は覗かせていた頭を戻して部隊のみんなに指示をする。
「討伐対象を確認、これより討伐を開始します。ただ、一体では無く三体発見しました。作戦を変更して、一体を皆で引きつけて下さい。その間に残り二体を私が仕留めます」
そう指示すると、部隊のみんながざわめき出す。
「隊長、お一人で二体など無謀過ぎます!」
「問題ありません、これが一番最適な策です。皆は一体を引き止める事に尽力して下さい」
私はそう言いながら、前左右に垂れる髪を後ろで束る。後ろ髪のポニーテールより少し高めの位置で結び、二本目のポニーを作る。
これが私のいつもの本気スタイル。こうすると気合が入るの。
私の準備が終わったと同時にレシオンは一気に岩陰から飛び出し黒岩大人形へと駆け出す。
疾走するレシオンに掴まりながら私は目標の正確な位置を把握する。距離は約一二メートル、黒岩大人形は前後の位置で並び先頭の一体だけ距離が離れている。
コイツはみんなに任せて後ろを狙おう。
持っていた松明を三体の中心に投げて灯らせて、私は腰に携える剣を抜いて始めに中心にいる黒岩大人形に狙いをつける。
「レシオン、真ん中と後方のをやるよ」
「わかった」
レシオンはさらに速度を上げると、右壁面に接近しそのまま斜めに登りだす。黒岩大人形と同じ高さまで登ると、レシオンは勢いよく飛び出して、中心の黒岩大人形を蹴り飛ばした。
衝撃で倒れる黒岩大人形に巻き込まれて、後方にいた奴も下敷きになって倒れる。
「流石だね、レシオン」
「ありがとう。だが、岩人形に打撃はほぼ無意味だ。核を破壊しないといけない」
「わかってる」
岩人形などの魔物は、正確には生物では無い。
だからその体を動かす原動力の魔力の塊――核を破壊しないといけない。
「レシオン、あいつらに近づいて。核を見つける」
「わかった、タルナ」
レシオンは着地点からすぐさま動き出し黒岩大人形に駆け寄る。
起き上がった黒岩大人形二体は巨木より太い腕を振り回して攻撃をしてくる。
上からの振り下げは軽い足取りで横に避け、横薙ぎはジャンプして避けながら周りを隅々まで探る。
一瞬視界に映ったが、残る一体は作戦通り部隊のみんなが引きつけているようだ。ちゃんと距離を置いて戦っているのであっちは任せても大丈夫そう。そう認識した私は核探しを続行する。
それからほぼ時間は掛からずに核を見つけた。
「顔の位置と左肩の付け根にあった」
それぞれ核を覆うように岩で包まれた状態だった。
「なら、後は簡単だ。二手で行こう」
「うん、わかった」
私が了解して降りるとレシオンは再び駆け出して行く。
顔核の黒岩大人形がレシオンを標的にしたみたいだけど、攻撃に移る前に早々と急接近していく。
「遅い!」
そのまま足の間を抜けて後ろに過ぎると壁を伝い高く飛び上がり、黒岩大人形の頭上を越えて目の前に落ちる最中に、顔の核に向け四足を使った連続蹴りを叩き込んだ。
ガガガガガンッと鈍い音を鳴らし、レシオンが着地すると顔核の黒岩大人形はゆっくりと倒れて動かなくなった。
流石レシオン、強力な蹴りを打ち込むあの脚力はすごい力ね。
さてと、私も早く片付けないと。
視線を背後に回すと、さっきの合間に近づいて来ていた黒岩大人形が今にも巨椀を振り下ろそうと構えていた。
私は素早く振り返り、剣で右腕を突き刺す。
もちろん、岩で出来ている体に剣が効かないのは分かっている。
狙ったのは岩と岩との間の関節、肘部分。
そこに剣を突き刺すと稼動のための隙間を失い、黒岩大人形は振り上げた腕を降ろせなくなった。
それを確認した私はすぐに足、腕と飛び移り、体を伝い核のある左側に移動する。
黒岩大人形も私を振り落とそうとしたり、残った腕で攻撃してくるが、中途半端に上がったままの右腕の重さにバランスを崩しそうになり、思うように動けないでいるよう。
私は振り落とされないようにしながら、予備の剣を抜き身にして核に近づく。
黒岩大人形も悪足掻きで私目掛けて左腕で殴り掛かってきた。それを握り締めた剣で弾き返す。少し腕が痺れたけど問題はない。
「核を隠してたつもりだろうけど。これで、おしまい」
左肩に着いた私は、岩に覆われた脈を打つ様に時々弱い光が灯る赤い核目掛け、剣を突き刺す。
ピキッと割れる音と共に一瞬だけ強く赤く光った核だったけど、徐々に光が消えて黒岩大人形の体は地面に打ち伏せて動かなくなった。
「これで二体目の討伐完了。ふぅ……剣が少し曲がったかな……。残りは――」
剣を抜いて額に流れる汗を拭いながら振り返り、部隊のみんなの方に視線を向ける。
だけど、そこは今にも危険な状態だった。
残った黒岩大人形の周りには突き上げるように伸びる無数の鋭い岩の槍があり、岩や砂を舞い上げている。そして微かに見えたのは地面に倒れ腕や頭から血を流している仲間たちの姿。
――不味い! みんなが!
「レシオン!」
「乗れっ!」
私の呼びかけとほぼ同じく、瞬時に戻ったレシオンに素早く跨り走らせる。
こっちに気づいた黒岩大人形が両手を地面に打ち付けると、そこから幾つもの岩の槍が作り出されてこっちに伸びてくる。まさか〈岩槍〉が使える個体だったなんて、油断した。
レシオンが〈岩槍〉を紙一重で避けて行くが、岩の槍はさらに増え続け、道を塞いで行く。
このままじゃ近づけない、〈装甲弾〉で一気に仕留めよう。
私が一気に魔力をレシオンに注ぎ始めると、レシオンの体に全身を覆う黒い装甲が現れ出した。
全体的に丸み掛かっており、レシオンの白い毛並みとは対照的な黒い馬鎧には、暗い谷の中松明の小さな光でもわかる美しい光沢がある。疾走の弊害にならない様に関節部分には鎧が着いていない。
そして、一角馬の象徴である三〇センチある角を、まるで刀剣の様な鋭い外装が包み込んでいる。これがレシオンの〈装甲弾〉の姿。
装着が完了した事を確認した私は、最後の引き金として魔力をさらに流し込んで口にする――。
「いくよ!」
「ああっ!」
「――〈装甲弾〉っ!!」
瞬間、〈装甲弾〉が発動すると、まるで神速の速さで黒岩大人形に接近する。
その速度と鎧の硬さによる激突で目の前に現れる〈岩槍〉を砕き進み、 黒岩大人形の胴体を貫き巨大な穴を開ける。
次の瞬間には貫通して反対側に飛び出していた。勢いが強過ぎて離れた位置で停止した私たちは乱れた呼吸を整えながら黒岩大人形を確認する。
直径一メートル以上の風穴が開いた黒岩大人形は動く気配を出さず、そのまま前のめりに大きな音を立てて倒れる。
鎧が消失したレシオンに跨ったままぐるりと一周して様子を見てみたが、どうやら核も一緒に破壊出来ていたらしく完全に停止したみたい。
ようやくこれで、任務は完了。
みんなも怪我をしていたが、全員生きていて良かった。
みんなが歓喜の声を上げて私を期待の目で見上げていたので、それに答えるように私も声を張ってみんなに告げる。
「皆、これで魔物討伐の任務は見事完遂です! これより休息後、王国に帰還します!」
それを聞いたみんなは、はっきりと強く返事を返した。
渓谷を出た時にはもう朝日が顔を覗かせ、渓谷入り口と私たちを照らして出迎えてくれた。
ようやく国に帰れるのだけど、ここからがまた一苦労ある。
それは何かと言うと……。
「戦闘の後で大変だと思うけど、無理はしないで下さい。順番に変わって荷車を押して行きます」
遅れて入り口から出てきた、黒岩大人形の亡骸を積んだ大型の荷車三台を引いた部下たちにそう告げる。
今回の任務には討伐ともう一つ命じられていた事があり、討伐した魔物の亡骸を持ち帰ることも言われていた。
何の意味があるのか知らされていないが仕事である以上はやるしか無いけど、岩人形の体は岩の塊、みんな必死の血相で荷車を馬に引かせ後ろから押し進めている。
その後、野宿を挟みながら二日間かけて来た道を戻り、三日後に私たちはガスラート王国に帰還した。
「ご苦労様でした。後処理は任せて、皆は今日はもう帰宅して休んでください」
中央都市の王都にある王城の裏口、そこに荷車を運ばせた私はみんなを帰らせる事にした。
魔物の亡骸を乗せた荷車を公共の真ん中で走らせる訳にもいかなかったので、国境の門から城までは人通りの少ない道を選んできた。
頑張ってくれたレシオンを城内の庭で休ませて、私は城内の書類室に向かって廊下を歩いている。
荷車に関しては書類室に向かう際に出くわした兵隊さんに伝えて後始末をお願いした。
「失礼します」
資料本や書類が棚に並べられた書類室に入室する。部屋には誰も居ないみたい。
まあ、いいわ。早速、今回の任務の報告書を作らなきゃ。
それからしばらくの間、私は提出しないといけない報告書を書いていたのだけど……。
「はあー、疲れた……。報告書を作るのって大変」
私は座った状態で伸びをして体をほぐす。
書いても書いても終わらない。戦闘よりも、こっちの方が大変なのかもしれないといつも思う。
「それに、お腹が空いた……」
任務の間、ちゃんとした食事を食べていなかったから、早く昼食を食べに行きたい。
そう嘆いていると、いつのまにか部屋に入って来ていた王城騎士の一人、ちょび髭おじさんのマスタングさんが声を掛けてくる。
「なんだ、戻って来ていたのか?」
「マスタングさん、はい。つい先ほど」
飲み物を片手に近寄ってきたマスタングさん。この人は昔、私の直属の上司だった時があり、その頃から頼りにしている人だ。
「疲れた顔をしているな、タルナ。今回の任務、そんなに大変だったか?」
マスタングさんがいつも通りに愛敬で呼びながら、顔を覗き込ませてそう問いかけて来たけど、正直、そうではない。
「任務と言うより、この書類作成の方が疲れます……」
ため息混じりの私の素直な返答にマスタングさんは可笑しそうに笑う。
それから任務の間の何気ない話などをしばらくしていたが、近くの椅子を手繰り寄せて座り一息つくと、マスタングさんが真剣な表情になって一つある事を聞いて来た。
「……なあ、タルナ。今回の任務についてなんだが……」
マスタングさんの質問の意図がわかった私は、マスタングさんが言い切る前に質問に答える。
「はい。いつも通り、討伐した魔物の亡骸を回収するよう言われてました」
「そうか」
マスタングさんは腕を組み深く息を吐く。
そう、魔物の亡骸の回収は、今回が初めてではない。
ここ最近……と言うより、確か三年くらい前から討伐に向かうと、必ず回収して来るように王様から騎士たち全員に言われている。
「タルナ、ここだけの話なんだが、国王陛下は近頃冒険者ギルドで回収された魔物の死骸も買い取ってこの城に運んでいるらしいんだ」
「ギルドにも、ですか?」
おかしい……。
冒険者ギルドが魔物を回収するのは、魔物の素材を使って冒険者や街の人の仕事の役に立つ道具を作成したりするため。
だけど、王様が魔物の亡骸を持っていたって何の役にも立たないはず。
一体何に使う為に集めているのだろう。
「……悪い、変な話をしたな。どんな命令でも、俺たちはそれに従うのが仕事だ。タルナも変に勘ぐるなよ」
「……はい、そうですね。……マスタングさん?」
マスタングさんはそう言いながら出口に向かっていく。
「今日も試験のお仕事ですか?」
「ああ、そろそろマユバの面接も終わる頃だから準備をしないとな」
そう言って手を振りながら、マスタングさんは部屋を出て行った。
さて、休憩もこれくらいにしてまた報告書を書かないと。
……嫌だなぁ。
お昼頃にようやく書類が書き終わり、提出した。
四日ぶりのまともな食事の上、頭を使いすぎて疲れた事もあり、書類を提出後、真っ先に私は食堂に向かいご飯を食べに来た。
「おいしいぃ……」
私は今、お腹が満たされていく感覚に浸っている。仕事終わりの食事は良いものね。
そういえばさっき、道中で会った試験終わりのマユバさんが「今回は中々、青臭いけど熱い奴が一人いた!」と笑いながら話していたっけ。
どんな人なのだろう?
スープを口に運びながらそんな事を考えていたが、突然、食堂の入り口が勢いよく開かれて一人の兵士が入ってきた。
彼は食堂を見渡していると私と目が合い、急ぎ足で駆け寄ってくる。
どうやら伝令に来たらしい。
「タルティシナ騎士長様! 急報です! 王城前に――」
「何ですって……!?」
兵士の伝令を聞いた私は食器を投げ捨て、急いでレシオンを呼んで装備を取りに向かう。
一体、何が起こっていると言うの……。
騎士、タルティシナ視点のお話、いかがだったでしょうか。
実はこっそりと、八話に名前だけ登場していましたが、気づかれましたか?
前書きにも書いた通り、今回は一話完結にさせる為にかなりの長文になってしまい、すみませんでした。
グランくん視点をお待ちの皆様には申し訳ございませんが、また一月程お待ちくださいませ。