一・十一話 剣の振り方
騎士試験の続きです。
十話と一緒にお楽しみ下さい。
中庭に先に来ていたみんなは次の試験の準備をしていた。視線を向けると、先ほどのカップルの彼氏さんが気に食わなさそうな顔をしてこちらを見ているが、もう気にしないでいよう。
「ふぅ、間に合ったな」
「主人よ、ワシは隅で待っているぞ」
「ああ、わかった。周りの人の邪魔にならない様にしろよ」
「ふむむっ! さっきのあの女といい……ワシを邪魔者扱いするな、ふんっ!」
「ごめんごめん、悪かったって。……怒らせてしまったかな」
ぷんぷんと怒りながら去って行くリアンの頭から煙が出たように見えた。最近からかい過ぎているかな。今度焼き鳥でも買ってやろう。
広間の中央には模擬戦の試験官らしき兵士さんが革鎧を着用して立っている。ラインは細いが中々がたいがしっかりしているちょび髭の中年男性だ。
「これから模擬戦の試験を取り仕切るマスタングだ。君たちに今から剣を配る。使用するのは真剣だが、もちろん手加減はするので安心したまえ。それに鎧を着ていれば大怪我をする心配もない」
真剣を使うとは初耳だ。みんなも少なからず驚いている様子だ。
おっと、来るとき渡されてた革鎧を着なくては。
オレは意外に重い革鎧をなんとか身に付けながら動きの確認をする。ずっしりとして重いが何とか動けそうだ。
「では、名前を呼ばれた者から始めていく!」
開始の合図と共に、遂に模擬戦試験が始まった。
初めに呼ばれたのは肩幅が一メートル近くもある大柄の体格の男性だ。本当は人じゃなくてオークじゃないのか?
服が少しボロく、所々に泥や土が着いていることから恐らくは農家の人だったのだろう。悲鳴を上げてそうなキツキツのあの革鎧は意味があるのかな?
試験官のマスタングさんから剣を受け取った男性が指定された位置に着く。
「準備はいいかな?」
「ああ、いつでも良いぜ」
面接時にも思ったがやはり野太い声だな。
そしてマスタングさんの掛け声で試合が始まった。
男性は開始と同時に剣を振り上げて接近すると力任せに振り下ろす。しかし男性の動きは遅く、マスタングさんは余裕そうにその剣を躱すと後ろに引く。
余裕で避けられたことに腹が立ったのか、男性は再度同じ攻撃をするがそれも避けられ、そんな攻防がしばらく続く。
まあ、動きが遅いだけじゃなく、あれじゃ避けられるのも当然だな。
「素人でもわかるって。あんな単純な攻撃じゃ幾らやってもダメだろ」
見ているこっちがやきもきしてくる。
息が荒くなり始めた男性はさらに動きが鈍くなってきた。
マスタングさんの剣の払いを受けると、男性の剣は手から離れて待機中の人たちの所まで飛んできてみんなが慌てふためいている。
驚く気持ちはわかるが、側から見るとその様子に少し笑ってしまった。
「力はある様だが、動きが単純過ぎる。もっと機敏に動けるように努力したまえ。次っ!」
男性が悔しそうに退場すると次の人が向っていき次々と試験が進められていった。
先ほどの男性よりも鈍い動きをする者もいれば、マスタングさんを良いところまで攻める剣術の上手い人が現れる。
あのカップル、彼女さんは良い動きをしていたが、彼氏さんは秒殺だった。彼女の目の前なのに……可哀想とは思わないけど。
そして最後にオレの名前が呼ばれた。
「次の者、グレン・ルナ・ドゥラルーク!」
「はいっ!」
みんなと同じように前に出てマスタングさんから剣を受け取る。
「ドゥラルークと言うことは、君はドット殿のご子息かな?」
「はい、そうです。お父様とはお知り合いですか?」
「いや、昔少し縁があってな。そうか、だが、侯爵様のご子息だとしても手加減はしないぞ」
「はい、もちろんです。よろしくお願いします」
マスタングさんに手渡された剣を抜刀して両手でしっかりと握り締める。マスタングさんとの距離は大体、五メートルほど空いている。
「それでは始めだ。何処からでも来なさい」
「では、お言葉に甘え……てっ!」
オレは一気に両足で踏み込み、距離を縮めて剣を上に振りかざして切り込む。
父さんに教えてもらった剣の使い方の基本中の基本、剣の重さで振るうのでは無く、腕から叩きつけるように剣を振るう。マスタングさんが剣でそれを防ぐとオレの剣を弾く。
そして一歩後退するとオレの様子を伺ってくる。
オレは間を空けることなく続け様に前に出ては剣を振るう。
キィンと甲高い鉄の打つかる音が響く。
上から下へ、横切りと一回一回に力を込めて振るわれたオレの剣は重くのしかかるだろう。マスタングさんの眉間にシワが寄る。
一方的な攻撃を繰り返していたが、しばらくしてマスタングさんがオレの剣を左に弾くと、次にマスタングさんからの攻撃が来た。
「くっ、そっ!」
急いで防御するがやはり実戦経験の差か、マスタングさんの剣は一手一手が重く攻撃に移る速さも早く、ギリギリで防御が間に合っているくらいだ。実際、何度か革鎧に掠れている。
「やるな君っ! 昨日今日の腕では無さそうだっ」
「幼少の頃からっ、お父様にっ、仕込まれました……からっ!」
隙を見つけてはオレも攻撃するがそれもすぐに防がれる。
「っ……なるほど、なら、これならどうだっ!」
マスタングさんが柄を更に強く握り直すと上から剣を振り下ろしてきたので、オレは剣を頭上に構え防ぐ。
単純な切り落としの筈なのだが、その一撃は今までの中で一番強く重い。危うく頭部に当たるところだったが、なんとか持ち堪えて防いだ。
「くっ、つっ……!」
両手の震えが止まらない。支えている剣がとても重い――だが、それがチャンスでもある。
オレは剣先に添えていた腕をわざと下げ、柄を持つ手を上げて剣を斜めに傾ける。するとマスタングさんの剣は流れるように滑っていき、地面にドスッと深く突き刺さる。
「なにっ?!」
動けない隙にオレはそのまま一回転してマスタングさんの背後に回ると、剣を背中に突きつけて当てる。初めて受け流しをしてみたが、何とか成功したようだ。
だが、まだ油断はできない。オレは荒い息を整えながらマスタングさんの次の様子を伺う。
するとマスタングさんは剣を手放すと両手を上げる。
「参った参った、俺の負けだ」
オレが突き付けていた剣を下ろすとマスタングさんはオレの方へ振り向く。その顔は、悔しそうにも嬉々とした表情をしていた。
「いやぁ、最後は結構本気を出したんだが、まさか背後を取られるとは思わなかった。君は良い腕をしている」
勝った……? オレ、勝ったのか……!
「あっ、ありがとうございますっ!」
オレは勝利の喜びに手を上にかざしガッツポーズをする。その様子を見てマスタングさんも隣で笑っていた。
対人戦で父さん以外とは初めてだったが、本当に勝てたようだ。
「また機会があれば、手合わせを願うよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
マスタングさんが差し伸べてきた手を握り握手をする。
模擬戦試験が終了したオレたちは借りていた装備を返すとマスタングさんの前に整列する。
「試験はこれで全て終了だ、君たちご苦労だったな。今から昼食休憩に入る、試験の結果発表は全員が再集合してからだ。それまでは城外に出て休んでもらっても良いからな」
試験に使った剣を両手にマスタングさんがそう告げる。
休憩は助かる。正直、もうヘトヘトだったんだ。
「息抜きし過ぎて、あまり遅くならないようにな。では、解散!」
最後にそう言い残しマスタングさんは建物の中に行ってしまった。
みんな城外に出る門の方に向かって行く。オーク似の男性だけ中庭に残って持参した木剣を手に稽古をするようだ。よほど模擬戦の結果が悔しかったのだろう。
「主人よ、試験は終わったのか?」
歩み寄って来たリアンが退屈そうに欠伸をしている。ちゃんと大人しくしていたようだ。
「ああ、合格発表は後かららしいけどな」
「まだあるのか? ワシはもう腹が減ったぞ」
きゅるると可愛らしい音がお腹から聞こえて来た。時刻もちょうどお昼時だし、ご飯にするか。
「城外に出て良いらしいから、オレたちもお昼にしよう。焼き鳥買ってやるよ」
「なにっ! 本当かっ!? なら早く行くぞ!」
「待てって、慌てるなよ。こっちは模擬戦でクタクタなんだから」
子供のように目を輝かせるリアンに手を引かれ、オレたちも城を出て王都の市場に出かける事にした。
試験結果は……如何に!?
※次回の十二話を読まれる際は活動報告の「今後のお知らせ」か、あらすじの追加文を見てからお読みください。
変更点:時間に関する表現を除去、変更しました。