お兄ちゃん
俺は目を疑った。
先程まで入り口付近にいた男が気付いたら頭上にいるのだ。
「死ねえええ」
俺は今の状況を理解出来ずにいて体の反応が遅れてしまっていた。
ダメだ、やられる……。
そう思った瞬間、何かに引っ張られる感覚がしたかと思うと目の前にマリーがいた。
「いきなり何をしているのだマルク」
「マルクじゃない、お兄ちゃんと呼びなさい」
マルクが振りかざした拳はマリーが受け止めてくれたようで俺はなんとか助かった。
「怪我はないか? ユウト」
「おかげさまでな、ありがとな」
「貴様ぁ! 誰の許可を得てマリーに心配してもらってるんだあああ!」
なんなんだこの理不尽さは……。
「良い加減にしろマルク。毎度毎度私が誰かと接するたびに取り乱しおって」
「俺はお前のことを思って行動しているんだぞ?あとお兄ちゃんと呼びなさい」
「断る! あと私のことを思っているのであれば静かにしてくれないか?」
「なぜわかってくれないんだ、マリーよ」
マルクはその場でしゃがみこんでしまった。
「はぁ、ちょっとあんたら朝食の時間くらい静かに出来ないのかい? あと仕事遅れるよ」
ヴェロニカさんがそう口にすると周りの人達はハッとし、慌ただしくなった。
「ちょっ、マルク! お前のせいで遅れそうじゃないか」
「やべえよ、まじでやべえ」
周りの人達がドタドタと大急ぎで朝食を済ませ部屋を出て行く中マルクは未だにしゃがみ込んでいた。
「なあマルク、そこまで落ち込まなくてもいいではないか。えっと……私も少し言い過ぎたみたいだな……」
「こんな俺を心配してくれるのかい? なんていい子なんだマリーよ。あとお兄ちゃんと呼んで」
「ユウト、私も急がなきゃならないからあとは頼んだぞ」
マリーはマルクを無視して急いで部屋を出て行った。
そしてこの場に残っているのは俺とヴェロニカさん、そしてマルクだけになった。
「あんたいつまでそうしてるんだい。あんたも仕事だろう?」
「いや、今日は非番だ問題ないよ」
「そうかい。ほら、あんたも朝食食べな」
「ああ、いただくよ」
マルクは立ち上がると席に着き朝食を食べ始めた。
「ちょっとそこの君」
突然マルクが話しかけてきた為、俺は恐怖で固まった。
「先程は悪かったねちょっと取り乱したみたいだ」
いや、取り乱すってレベルじゃなかっただろ、危うく殺されかけたんだぞ。
などとは口が裂けても言えなかった。
「いえ、大丈夫です」
「そうかい、君は懐が広いんだね」
いや、ただの小心者です。
「どうもマリーの事になると我を失ってしまうんだ。 わかるかい? この気持ちを!」
ここで否定すると面倒ごとになりそうなのでとりあえず話を合わせる事にした。
「まあ、俺も昔弟と妹がいたんで気持ちは分からなくもないです」
「そうかい、分かってくれるかい。 ところでいたというのは……」
「数年前事故で……」
そう、俺には昔年齢が八つ離れた弟と妹の双子の兄弟がいた。
俺がまだ高校に入ったばかりの頃二人を乗せた自動車が事故を起こしてしまいそのまま二人は帰ってくることはなかった。
あれから十年近く立つのか……まさか俺も交通事故で死ぬなんてな。
我ながら不幸な兄弟だな……。
ふとマルクの方を見るとマルクは大量の涙を流していた。
「そうだったのか、辛かっただろう。 何も言わなくてもわかるぞ同じ兄として」
どうやら同じ兄という共通点から同情してくれたらしい。
「君は弟と妹の分までちゃんと生きるんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
久しぶりだなその台詞、あの頃はよく言われてたっけ。
ただ俺一度死んでるんだよな……なんだか申し訳ないな。
「なにか困ったことがあったら言ってくれ。力になろう、なんたってこの町の自警団だからな」
「はい、助かります」
「ただしくれぐれもマリーと二人きりなんてことはないようにな。もしそうなったら分かるな?」
最後の台詞は力強い意志を感じた。
「はい、分かってます……」
「よろしい、では俺はこれからの休日をエンジョイするよ。じゃあな」
そう言ってマルクは部屋から出ていった。
「ふぅー」
俺は疲れから思い切り息を吐いた。
「あんたも災難だったねえ」
「いえ、べつにそんなんじゃ」
「かまやぁしないよ。ただあいつも極度のシスコンさえなんとかなれば良いやつなんだがねぇ」
「はは、そうですね」
「さてと、色々ごたついたが仕事はこれからだよ」
げっ、そうだったすっかり忘れてた……。
「次はそうだねぇ、お使いでも頼もうか」
「わかりました」
朝食の片づけ後、俺はヴェロニカさんからお使いの品が書かれたメモを渡されこれから町に出かけることになった。
もっともメモが読めないのでヴェロニカさんからメモの内容を読み上げてもらいそれを日本語でメモする羽目になった。