捨てる女神あれば拾う女騎士あり
気がつくと俺は森の中にいた。
あたりを見回しても樹木以外何もないところだった。
「なんだここは、いったいこれからどうすればいいんだ」
この場にとどまっても何も解決しないしとりあえず移動することにした。
―――どれくらい歩いただろうか、一向に周りの景色が変わることはなかった。
「やばい、このままじゃ野垂れ死んでしまう……」
俺は疲れ切ってその場に腰を下ろした。
喉も渇いたし、まじでやばい。
そう思っていると近くの茂みがガサガサと動き出した。
なんだいったい……もしかして野生のイノシシかクマか?
俺は恐怖のあまりガサガサと音を立てる場所から目線をそらすことができず身動きができなかった。
そこから現れたのは一頭のイノシシのような生き物だった。
大きさはたいして大きくなく全長50センチ程度くらいのものだった。妙なことに額あたりには毛が全くなかったが牙もなく安全そうだった。
「なんだ思ったより小さいじゃないか、びっくりして損した」
おそらく子供かなんかだろう、親が来る前にこの場から離れるとするか。
俺は立ち上がるとすぐにその場から離れようとした。
その時、俺のすぐ横でいきなり突風が吹きそれと同時に凄まじい衝撃音が響いた。
おそるおそる衝撃音のした方向を見るとさっきのイノシシが大木に頭から激突しその衝撃で大木が倒れかけているところだった。
そのまま大木はズドンっという大きな音を立てて倒れた。
なんだこの生き物は、俺次はイノシシにひかれて死ぬのか?
イノシシは辺りをキョロキョロと見回している。視力はあまり良くないらしい。おそらく俺を見失ってるんだろう。
逃げるなら今しかない。
そう思うと俺は全力でその場から離れた。
「何をしている、動くな!」
俺がダッシュした瞬間どこからか女性の声が聞こえてきた。
いや、この場から離れないとあのイノシシに殺させるだろうが。
俺は先程聞こえた声を無視して出来るだけイノシシから離れようと足を止めなかった。
だがイノシシは俺に気付いたのか後ろからバキバキッと枝を折るような音が俺の方に近づいてきた。
ほんの一瞬だった、どこからか声が聞こえイノシシが突進してくると感じたのは、そしてその後俺の躰に何かがぶつかる衝撃を受けたのは……。
「いててて」
どうやら俺は無事だったらしい、てっきりイノシシに突進されたと思ったのだが……。
よく見ると倒れてる俺の上に誰かが覆いかぶさっていた。
まだ若い女の子だった。ショートの青い髪をツインテールのように結んでおり、瞳の色も髪の毛と同じような青い瞳をしていた。真っ黒な鎧を身に纏っており腰には剣が差されていた。
「おい貴様、なぜ動いた」
「えっと、いやその……」
顔が近い。
目の前に可愛い女の子の顔があるという状況、俺は緊張しすぎてうまく返答できなかった。
「ボアロックと遭遇した場合の対処法を知らないのか?」
「え?ボアロック?もしかしてさっきのイノシシのことですか?」
まずこの状態は心臓に悪い、とりあえず上に乗ってる女の子をどかそうとした。
「まだ動くな!」
女の子は俺を押し倒しさっきより密着してきた。
やばい、色々やばい。
俺の体に色んな感触が伝わってくる、鎧の硬い感触から女の子の柔らかい感触まで……。
「よし、奴が背を向けた今だ」
女の子はそういうと体を起こしありえないスピードで先程のイノシシに斬りかかった。
彼女は返り血を浴びることもなく綺麗にイノシシの胴体を真っ二つにした。
「す、すげぇー」
俺はあまりの凄さに思わず声を漏らしてしまった。
すると彼女がこちらを睨みつけ剣についたイノシシの血を振り払いながら近づいてきた。
「貴様、ボアロックを知らないみたいだがよそ者か?」
「ええ、まあ」
「見た目もおかしな格好をしているし第一こんなところで武器や防具も装備せずにいるとは何事だ」
言われてみれば確かに俺はスーツ姿だった。
死んだ時と同じ服装だ。
異世界の人からしたらこのスーツ姿はおかしいのだろう。
「これはなんというか仕事着?みたいな服でして」
「そうか、変わった仕事着もあるのだな。で、なぜ装備もろくにしていない。死にたいのか?」
「それはですね、いきなり森に飛ばされたというか気が付いたらここにいて……」
「意味のわからんやつだな」
「すみません、俺にも何がなんだか……」
彼女は呆れているに違いない。俺が向こうの立場だったとしても呆れるに決まっている。
ふぅっと彼女はため息をついた。
「よくわからんが何か事情があるのだろう。無理に説明しなくてもよい」
なんだこの子は、呆れるどころか俺に気を使ってくれている。
「なんにせよ装備もなしでこんなところにいるのは危険だ。近くに私の住む町がある、そこまで送って行ってやろう」
気を使うどころか俺のことを心配してくれている、なんていい子なんだ。
「ぜひお願いします。それと言い忘れていましたがさっきはイノシシから助けてくれてありがとうございました」
「別に構わんさ、それが私の仕事だからな。ちなみにさっきのはボアロックといって近くで動く生き物を見ると本能で突進してくる危ないやつだ。スピードも早いしやつの頭は非常に硬い、装備なしだと即死だぞ?」
「危ないやつだとは身をもって体験しました」
まじでこの子が来てくれなきゃ死んでいた。
助けが来なかった時のことを想像するだけでもゾッとした。
「ああそれとその喋り方はやめてくれないか?もっと楽に話してくれていいぞ。貴様の方が年齢は上みたいだからな」
「そうですか?じゃなかった、そうか?ならそうするよ。ちなみに君は幾つなんだ?」
「19だが?」
俺より6つも下かよ、なんか俺よりちゃんとしてそうで落ち込むな……。
「ではさっそく町に向かうとしよう」
彼女はそういうとガシッと俺を脇に抱えた。
「ちょっと、これどういう状況?」
「町に行くと言ったろう?こっちの方が早い」
瞬間、俺たちは森の上にいた。
「何これ何したの?」
「ジャンプしただけだ、そう騒ぐな」
この世界だとこれが普通なの?なにそれ異世界怖い。
その後森を飛び越え無事着地し、そのまま一直線にすごいスピードで駆け出した。
数分後、無事町にたどり着いたが俺の精神はボロボロだった……。