プロローグ
「ようこそ氷室悠人さん。死後の世界へ」
身に覚えのない場所で、身に覚えのない女性にそんな事を告げられた。
周りは真っ暗で何もない、何かあったとしても見えることのできないほどの真っ暗な場所だった。
そんな真っ暗な場所なのに目の前の女性の姿は不自然なほどはっきりと見えていた。
その女性はとても美しかった。
肩まである綺麗なクリーム色の髪、パッチリとした瞳、アイドル以上の完璧な躰、女神という表現がぴったりな女性だった。
目の前の女性の美しさに見惚れて固まっていると向こうからまた話しかけてきた。
「気持ちはお察しします。死んだという事実が受け止められないのですね」
死?そのワードで俺は女性から言われた死後の世界という言葉を思い出し、ここにくる前の記憶を思い出す。
♦︎♦︎♦︎
今日も仕事で上司に怒鳴られ、精神的ダメージを受けたまま仕事帰りにコンビニに寄っていた。
いつもの夕飯、コンビニ弁当だ。
俺は料理ができないわけではないが最近は仕事の疲れからほぼ毎日コンビニの弁当で済ましている。
ゲームや読書などいろんな趣味も持っていたが最近はそれも面倒になりスマホで動画を見るかテレビでバラエティ番組をつけっぱなしにしながらぼーっとして過ごしている。
今年で25にもなるのにつまらない人生だ。
何もない繰り返しの日々に不満を持ちながら会計を終え、コンビニを出ようとした。
その時ふと入り口付近に置いてある求人案内の紙に目がいった。
転職か、その選択もあるかな。
などと思いつつもそんな勇気俺にはないとため息をつきその場を離れようとした。
次の瞬間コンビニの外からこちらに猛スピードで突っ込んでくる自動車がみえた。
♦︎♦︎♦︎
・・・・・・俺の記憶はここまでしかない。
「俺って車にはねられて死んじゃったんですね...」
「はい、おっしゃる通りあなたはコンビニに突っ込んできた自動車にはねられて亡くなってしまいました」
目の前の女性は悲しそうな表情でそう言った。
「じゃあ俺はこれから天国に?それとも地獄?」
「いえ、あなたはどちらにも行きません」
・・・・・・え?
「確かに本来ならあなたは天国に行くことになっていますが、誠に勝手ながらあなたの生きていた世界とは別の、いわゆる異世界へと転生してもらうことになります」
「い、異世界?」
「そうです、あなた方の世界でいうファンタジーみたいなところです。もちろん魔法とかも使えますよ。どうですか?興味ありませんか?」
これはあれか、俺が中学時代に憧れた異世界転生というやつか。
「えっと、異世界に行ったとして俺って何かしないといけないんですか?」
「はい、実はその世界では突如魔王が現れ危機的状況になっているのです。そこであなたに魔王を倒してもらって世界を救って欲しいのです」
なるほど実にベタな展開だ。
俺は自分が死んだということを忘れ、その異世界とやらに興味が湧いてきた。
「でも、俺ってそんな力持ってないですよ?ひょっとして何かチート級な武器や能力をもらえたりできるんですか?」
「いえそんなことはありません」
・・・・・・は?
目の前の女性はすごく可愛い笑顔で意外な言葉を言い放った。
「いや、俺って一般人だし普通に魔王と戦っても勝てないですよ?これじゃあたんなる無駄死にじゃあないですか?」
「そうですね、ですからあなたには向こうの世界で修業して強くなってもらいます」
「あーなるほど、向こうの世界で女神様がいろんな手助けしてくれるんですね。そっちパターンでしたか」
「あれ?わたしが女神ってよくわかりましたね。そうです私は女神なのです」
この状況なら普通に分かると思うんだが。
「手助けならしませんよ?私には別の世界から私の世界へ死んだ者を転生させるという役目があるのですから」
いやいやいやいや待て待て待て、それはおかしいだろ。
「これから知らない世界で俺一人放り出されるってんですか?これ無理ゲーですよね?」
「ですがあなたは一度人生を終わらせた身、それをやり直すことができるというんですよ?それだけで充分だと思うのですが・・・・・・」
女神はキョトンとした顔で首を傾げた。
まじか、この女神まじで言っての?
「ではあまり時間がないので転生の準備に取り掛かります」
女神はそういうと両手を前に広げた。
すると俺の立っている場所を中心に俺を囲むように魔法陣が浮かび上がった。
「ちょっと待ってください。まだ質問が終わってないです」
「大丈夫です。なるようになります」
「何を根拠にそんな・・・・・・やっぱ転生結構です。天国で充分です」
「すみませんがもう転生の準備は完了しました。それにあなたには行き先を決める権限はありません」
なんだよそれ、なんの説明もなく魔王に支配された世界へ放り出されるのか?
魔法陣から光が放たれ俺の躰を光が包み込む、そして俺はこの空間から跡形もなく消え去った。