不人気職の精霊術士だけどパリピだらけのパーティから追い出されたい
ダンジョン、魔物、冒険者たち。そして俺は精霊術士として、冒険者パーティ『マンデーハングオーバーズ』の火力を担っている。
迫りくるドラゴン、盾を構える剣士、矢を番える弓兵、回復魔法をかける僧侶。激戦の果に、ようやくドラゴンの足元がぐらつく。その瞬間をめがけて、俺は特大の精霊術を放つ。
「古の大地を司る炎の神よ、我が前に顕現せよ……インフェルノ・ボルケイノッ!」
湧き上がる業火に、消し炭となるドラゴン。勝利を確信したんじゃない、勝利が確定した瞬間だ。皆思わずため息をつき、今生きてる事を噛みしめる。
「かーらーの!? はいかーらーの!」
からの。からのって、何だ。そう思っていた時期はあった。ありましたよ、ええ。でもね知ってるんですよ俺、このあと何が起きるのかって。
「飲んで! 飲んで飲んで飲んで! 飲んで!」
宗教上の理由で飲めない巨乳女僧侶が木製のジョッキなみなみに酒をつぎ、エルフだからというわけのわからない理由で酒が飲めないツンデレ弓兵がスルーし、リーダーであり返事がだいたいウェイとかいう剣士がそれを受け取り。
「フゥアファ!」
わけのわからないダンスを踊りながら、俺にジョッキをそっと差し出す。
「イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!」
手を叩くバカども、振り回されるサイリウム。目の前にあるのは酒。度数96度のほぼアルコール、用途はギリギリ飲用ほぼ消毒用火をつけたらもちろん燃えるぜ。
どうする、なんて言葉はもう出てこない。どうもこうも無いのだ、不人気職である俺が冒険者として生計を立てるにはこのパーティにしがみつくしか無いのだ。
というわけで。
「……精霊術士、いきまああああああああああああああす!」
飲む、飲み干す流し込む。喉が焼ける、目が血走るのを自覚する。乾杯。杯を乾かすと書いて乾杯。俺は文字通りその言葉を実行した。
「イェーーーーーーイ!」
大喜びするバカども。何が楽しいかのわかったもんじゃないかというかこれはあれだ声が脳に響いて揺さぶられて燃えるぜ俺の魂じゃなくて胃袋。
「オエエエエエエエエエエエエエエエッ」
全部吐いた。無理無理無理無理人間の飲み物じゃない。もうやめようこのパーティ、こんなの肝臓が攻略されちゃう。
「あの、剣士さん俺そろそろこのパーティ」
「……ピーポーイェエエアアアア!」
何がピープルだ馬鹿野郎などと言うまでもなく、先程の光景が繰り返される。女僧侶、ツンデレエルフ、ウェイ剣士、俺。
「カンパイパパイ! パーッパリラフッフー! カンパイパパイ! パーッパリラフッフー!」
「イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!」
これで最後。本当に心に誓う。いやもう本当に最後だから、最後がいいから。
「……二杯目いきまあああああああああああああああああす!」
とりあえず、飲もう。それしか生きる道はないから。
「というわけで、今のパーティを抜けたいんですお姉さん」
物資が尽きた俺達は途中で引き返して近くの街へ戻っていた。隙を見て俺は冒険者の集まる酒場に逃げ込んでカウンターに立つお姉さんに転職相談をしていた。いや、仕事自体は変わらないから転職相談とは違うのだろうか。まぁいいや、それよりこのミルク美味しいね。
「うーん、まぁ確かに君らのパーティって持ち物の半分がアルコールだもんね」
「違います8割です」
俺達のパーティははっきり行って効率が悪い。酒が切れたら戻るし空き瓶もかなりの量だし。
「えっと……でもほら、濃いめのお酒持って行って割れば?」
「ところがみんな原液で飲むから……ってそうじゃない!」
もちろん一般的な発想は受け付けない。それが俺達マンデーハングオーバーズだ、いやどうでもいいかそれは。
「いやもう本当、限界なんスよお姉さん……どこかに精霊術士欲しがってるパーティないっすかね」
「うーんマイナー劣化魔法使いって評価だからね厳しいんじゃない?」
厳しい心が胸に刺さる。そう、精霊術士ができることはだいたい魔法使いができる。東方のマニアックな職業が認知されているだけ、まだありがたいのかもしれない。
「あ、でもあそこのパーティが魔法系の職業募集してたかも」
「えっ、本当!?」
お姉さんが指差す先には、屈強な男三人のパーティがあった。全員体脂肪率5%ぐらいのマッチョが、アルコール度数5%ぐらいのビールを楽しそうに飲んでいた。いいなぁ、ああいうの。
「声かけてみたら?」
「そうします!」
そして俺はミルクを握りしめ、そのパーティに勇気を振り絞って近づいた。
「あのー……ここで魔法職募集してるって聞いたんですけど」
「お、なんだ兄ちゃん……身なりからして精霊術士か! いっやー俺達こう筋肉中心だから魔法使えるやつが欲しくてよ!」
「へ、へへっ、俺結構得意なんスよ……どうっすかパーティに」
「それはいいな、願ったり叶ったりじゃねぇか! よろしくな兄ちゃん……ようしカンパイしようぜ野郎ども!」
なんてトントン拍子なんだろう。思わず涙が零れそうになる。世の中にはアルコールがなくたって、こんなにも美しくて平和なのだと実感する。
「……まて、なんだそのミルクは」
駄目だった。ファッキン飲みニケーション、ノーモアアルハラ。いいじゃねぇかよぉ俺がママのミルクのんだってよぉ、牛だけどよぉふざけんなよとは言えない。
「いや、えっとここのおすすめ頼んだら牛乳出てきて」
「なんだ、俺達はビール出てきたぞそれで!」
お姉さんを必死に睨むと、舌を出して自分の頭を叩いている。ど突きたいのは俺の方だ間違いない。
「男の友情ってのはよぉ……酒が無いと始まらねぇのよ」
「じゃ、じゃあ最初の一杯だけ」
酒のせいで肝臓の機能が終わりそうな俺は何とか妥協案を見出す。
「あぁ!?」
駄目だった。もうヤダやっぱり断ろうこのパーティ自分から声かけておいてなんだけどさ。
――その時だった。
「待て、そこのマッスルブリンガーブラザーズ、通称MBB! そこな精霊術士は俺達マンデーハングオーバーズの一員だ!」
ウェイ剣士がウェイと一言も言わずに酒場に乱入してきた。後ろには女僧侶とツンデレエルフが立っている。
「いや、こいつが声かけてきて」
「か、勘違いしないでよ! 精霊術士がいなくなったって、私達寂しくないんだから!」
ツンデレエルフが録音したようなセリフを吐く。でも何故か涙が出るのはなんでだろう。あれだ、こういうセリフをコールの代わりに言ってほしかったからかな。
「で、でもこいつミルクなんか……」
「いいですか、筋肉ブラザーズさん……精霊術士様はこう言いたいのです」
巨乳女僧侶が透き通る声で喋ってくれる。そうだ、俺は言いたいのだ。このパーティもそっちのパーティも嫌なんですと。
「そんな度数の低い小便、酒じゃないと」
違うし。ビールだってお酒だし。いやほら怒ってるよMBBの皆様そりゃそうだよねゴメンねビール飲んでる時に小便とかいってね、似てるよね気にしちゃうよね。
「なんだぁ、この劣化魔法使いが喧嘩売りやがって!」
「劣化魔法使い? 違うね……そいつは俺達の仲間の精霊術士だ」
「剣士……」
いやそれも辞めたいんですけど。
「悪いなこいつを探していたら酒場に来るのが遅くなった……受け取れ! これが俺達の……新しい武器だっ!」
剣士が投げつける物体を、思わず俺は受け取ってしまう。それはこう瓶に入っていて恐る恐るラベルってやつを眺めると、だ。
こう書いてある。『激アツ消毒用アルコールお得用2リットル 度数99%』
ただの薬品だこれ。
「ば、馬鹿野郎それはもう酒っていうか薬品のたぐいじゃねぇか!」
頭いいねMBB。そうだよ薬だよ何買ってきたんだよあんたらほとんど飲まないくせにいやっていうかリュックパンパンだけど中身全部それ? 本当、頭おかしくない!?
「いや、でもそんなの飲めるやつがいるのかよ……」
「そいつを今……見せてやるぜ!」
とか答える剣士。いや見せてやるぜってやるの俺でしょ俺なんでしょ? 2リットルだよ肝臓以外も死んじゃうよお。
「ハイ! ハイ! ハイハイハイハイ!」
なり始めるコール。いやお前らもさ、飲もうよこれ。
「飲んで! 飲んで飲んで飲んで飲んで!」
「飲まれ! 飲まれ飲まれれレレレ!」
ざわつく酒場、鳴り響く手拍子。
「イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!」
どんな呪いよりも強力な言葉が、俺の耳に鳴り響く。いや、でもこれ2リットルあるし。99%だし。ていうかもうお酒じゃないし。
「いや、これ消毒液」
「イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!」
あれだな、うん。どうしていいかわかんないよこういう時。でもさ、人って不思議でさ、こういうどうにもならない時って、ほら、ついさ。
「精霊術士逝きまあああああああああああああああああす!」
飲むしかなくなっちゃうんだよなぁ。
「ま、マジかあいつあれがミルクすすってたあんちゃんか!」
「フッ、どうだ恐れ入ったかMBB! あれが俺達の仲間の実力だウェーーーーーーーイッ!」
出たぞウェイまだ俺飲んでるのに、いやでも飲み干せるぞこれいけるないやいけねぇよでももう味わからないな!
「イイイイェエアアアアアアアアアアアアアア!」
「朝まで飲むぜパーリピーポーウェエエエエエエエエエエエエイ!」
「イイイイイヤッフウウウウウウウウウウウウウ!」
そうさ俺達パーティ・ピープル。ダンジョンじゃなくて一蓮托生この杯飲み干すまで。
こうして俺達は、買ってきたばかりの消毒液を酒場のみんなで飲み干した。翌朝酒場の台所で目を覚ました俺は、ゆっくりと立ち上がってから。
「……もうお酒辞める!」
二度とアルコールを飲まないことを、幾千幾万の精霊達に誓った。いるだろう、多分断酒の精霊とかどこかに。
例えばきっと、ダンジョンの最奥とかに。