エピローグ① ヘルズの正体
今回は、ついにヘルズの力の正体が明かされます!
「まさか、2回も同じ光景が繰り返されるとは思ってなかったぞ」
屋上の扉を開けながら、降谷がぼやく。屋上には、すでに先客がいる。
「オイオイ、今回はお前が呼んだんだろ? まるで俺が同じ光景を使いまわしてるみたいに言ってんじゃねえ」
屋上の柵に体重を預けながら、ヘルズが振り返らずに言う。その無防備な背中をしばらく眺めると、降谷は懐から拳銃を飛び出した。撃鉄を起こし、背中に照準。弾は既に装填されている。あとは降谷が引き金を引けば、弾丸がヘルズの背中を撃ち抜くだろう。
「オイオイ、ニセ教師。お前学校になんてもの持ってきてるんだよ」
だが、対するヘルズは余裕そうだ。とても、拳銃を突きつけられた者の態度ではない。
「いくつか、質問に答えてもらおうか」
拳銃を構えたまま、降谷は慎重な面持ちで問う。ここから先、一手でもしくじれば自分の命はない。そう自分に言い聞かせ、降谷は聞く。
「オレとお前は一応、信頼関係で結ばれているはずだよな? だがオレは、お前からその眼について説明を受けた覚えがない。答えろ。その眼は一体、何だ?」
「くくっ」
降谷の質問にヘルズは――――嗤った。
「お前の言う『眼』っていうのは、これの事か?」
冷酷に笑いながら、ヘルズは首だけ振り返る。その眼を見て、降谷の身体が強張る。この原理は、理解できていても避けられるものではない。
擬似反射。
動物が自分よりも優れた者に対する、筋肉の緊張によるものだ。
それはまさに『蛇ににらまれた蛙』に等しい。拳銃を握ったまま動きが止まった降谷を見て、ヘルズは嗤う。
「ああ、すまねえ。俺の邪眼が、お前を支配するところだったぜ」
ヘルズはポケットから眼帯を出し、自身の片目を覆う。途端、筋肉の緊張が解け、身体が動くようになる。安堵がどっと襲い掛かってくるのを感じながら、降谷は言う。
「相手を怯ませる邪眼、身体の一部を欠損しても瞬時に回復する再生能力。どちらをとっても人間の物じゃないな。そしてオレの知る限り、お前は改造人間ではない。という事は――――」
降谷の読みを、ヘルズは黙って聞いている。その顔には、余裕が刻まれている。
「『細胞強化プロジェクト』」
吐き捨てるようなその言葉に、ヘルズに眉がピクリと動く。
「『最強の犯罪者』が行った、非人道的な実験の1つだ。人体に動物の細胞を融合し、動物の能力を取り入れた人間を開発するという、頭のおかしい実験だ」
例えば、ゴリラの細胞を取り入れた人間は腕力が超強力になる、カンガルーの細胞を取り入れた人間は跳躍力が格段に上がる、などだ。
この実験は様々な動物で行われた。サル、キリン、ゾウ、ライオン、ヒグマ・・・・etc.だが、降谷は首を振った。あんな一瞬で傷を治癒する動物を、降谷は知らない。
だとしたら―――――
「この実験には、もう1段階上があった。それが、『動物同士の細胞を合成し、伝説上の生物の細胞を創り上げる』という物だ」
不死鳥、麒麟、ドラゴン、一角獣・・・・etc.
そんな『架空の動物』の持つ能力を、既存の動物の細胞同士を掛け合わせることで、人工的に実現させる。
それこそが、『細胞強化プロジェクト』の真髄だ。
「オレの予想が正しければ、お前はそのプロジェクトの被験者。そして、有する細胞は―――――」
「人口吸血鬼」
ヘルズの口から言葉が紡がれ、降谷の耳に届く。
「いや、良く気付いたな、ニセ教師。なかなかの洞察力してると思うぜ? そう、俺はその実験の被験者だ。まあ、とはいっても吸血鬼の細胞は半分、残りは人間の細胞なんだけどな。名乗るなら、『半吸血鬼』ってところかな」
そう言って、半吸血鬼は嗤う。
「致命傷を瞬時に治し、常人とは比べ物にならないほどの身体能力を有する、正真正銘の化け物の力。お前は、それをどこで手に入れた?」
「俺がそれを、正直に答えると思うか?」
「だよな」
予測していた返答に、降谷は頷く。そして、拳銃の引き金に力を込める。相手は超回復の細胞を身体に有している。たかが銃弾の2,3発くらい、何のこともないだろう。
――――刹那、手に凄まじい痛みが走った。
見ると、ヘルズが降谷の手の上から、拳銃を握りつぶしていた。降谷はごくりと唾を飲む。拳銃の方は犯罪使用歴がある物を使っているので痛くも痒くもないが、問題は手の方だ。完全に、骨が陥没している。折れているのではなく、陥没。病院に言っても治らないかもしれない。
「まあ落ち着けよ。俺の気まぐれ1つで、人生をフェードアウトしたくはねえだろ?」
ヘルズがもう片方の手で眼帯を外しながら、降谷の方を見る。その血のように赤い眼を凝視し、降谷の膝が震える。駄目だ、勝てる気がしない。
「これからもお互い損のない関係でいようぜ、ニセ教師」
ヘルズの手から力が抜け、降谷は床に膝を突く。骨が陥没した手が、ズキズキと痛む。
「さて、と。じゃあそろそろネトゲのイベントの時間だし、俺はそろそろ――――」
「待て。1つだけ教えてくれ」
帰るか、と言いかけたヘルズを、降谷は制する。ヘルズが億劫そうに振り返る。
「なんだよ、もうあと5分でネトゲのイベントが―――――」
「『嗅覚』と花桐を戦わせたのは、どうしてだ? 普通、一般人は殺し屋には勝てない。それを知っていながら、なぜ花桐と『嗅覚』をぶつけた? まさか『面白そうだから』なんて言う、ふざけた理由じゃないよな」
降谷の質問に、ヘルズは少し考え込むような仕草を取る。その様子から察するに、理由を考えているというより、降谷に本当の事を話そうか悩んでいる顔だ。
やがてヘルズは顔を上げると、はっきりと言い切った。
「ああ、そうだ。『面白そうだから』だ。くくっ、とてつもなく下らねえだろ? それじゃあ――――」
そう言って立ち去ろうとするヘルズを、降谷は引き留める。
「待て! 本当の理由を、オレはまだ聞いてないぞ! お前は不登校で報酬を1人占めする最低野郎だが、馬鹿ではない! 何か理由がある、そうだよな⁉ おい、答えろよ、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニング!」
「――――――うるせえよ」
返ってきたのは、冷え冷えとしたヘルズの声だった。直後、ヘルズの背中から、殺意のような物が迸る。ユルやチャルカを超えるであろうそのオーラに、降谷はただただ怯むしかない。少しでも動けば、死ぬ。そう錯覚させるような気迫が、ヘルズの声色と殺意のオーラにはあった。
「まあ本当の理由は、姫香が最近練習を頑張ってるから、実践をやらせてやろうと思う、俺の優しさだけどな」
先ほどとは打って変わった、明るい調子でヘルズが言う。――――常人にはその手は通じるかもしれないが、スパイの降谷からしたら、無理やり明るく取り繕っているのが丸わかりだ。
「じゃあな。ネトゲのイベントがあるから、俺はもう帰るぜ」
「分かった。今日は何とかしておこう」
今日これ以上、ヘルズに関わるのは危ない。こんな所で死んでしまったら、せっかくユルから入手したあの情報が、全て無駄になってしまう。
ヘルズの―――――弱点。
もちろん、それでヘルズとの関係を一転させられるほどではない。だが、ヘルズの心の傷口を広げるには、十分すぎる手札だ。
「やけに物分かりがいいな。ひょっとして、俺が前回の定期テストで全教科満点を取ったことと何か関係があるのか?」
「さあな。というかお前、少しはテストの手を抜け。不登校児が学年1位だと、こっちに皺寄せが来るんだよ」
「くくっ。じゃあ今度は全教科50点で行くか?」
「阿呆。それじゃあ逆に疑われるだろ。・・・・とにかく、オレの『教師』としての顔を潰さないようにしてくれよ、ヘルズ」
「ああ、分かったよ、駄目教師」
ヘルズが柵を飛び越え、その姿が消える。それを見届けてから、降谷はため息を吐いた。
「人口吸血鬼、か」
強さ、格好良さともに、厨二力を刺激する一品だ。それに、戦闘時における回復力の面でも、常軌を逸している。もしテロリストがこの力を手に入れれば、都市を1つ滅ぼせるのではないだろうか。
「だが、一番怖いのは―――――」
ヘルズ自身だ、と降谷の唇が紡ぐ。
降谷の知る限り、ヘルズが腕に巻いている包帯は腕を守る防刃性能、眼帯は邪眼を隠すため、マフラーはロープ代わりである。どれも厨二病のアイテムであるとともに、戦闘時に大いに役立つ代物だ。
――――――では、他の物は⁉
ヘルズは他にもマント、ワイシャツ、ニット帽などを装着している。それらはどうだろう。ただの厨二アイテムなのか、それとも先ほどの道具同様、何らかの意味があって付けているのか。
「厨二病、恐ろしいな」
自らの実力、正体を、厨二病というベールで包み込む。それにより、自分の事を知る仲間ですら、自分の奥底を正しく認識できなくする。それが、厨二病であるヘルズが持つ、一種の『能力』だ。
次回は9月21日更新予定です。




