彼の正体はーーーー
さあ、今回は伏線を回収します!
「あ、あの、連れの人が――――」
「あんな奴の事は放っとけ」
急に、男の口調が怖くなる。ただならぬ恐怖を感じて姫香は逃げようとするが、男の手が腰を掴んで離さない。
「は、離してください! さもないと、叫びますよ」
強がるように、姫香は言った。すると予想もしなかった返答が来た。
「叫びたきゃ叫べ。だが1つ忠告してやる、お前は大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
オウム返しに聞き返す姫香を無視して、男は曲に合わせて踊る。テンポよく足がステップを刻み、姫香の体をコマのように回す。
「ひゃ、ひゃあああああ!」
だがこれが正しいのだろう。現に、他の客も同じような事をしていた。目を回しかけている姫香の耳元に、男は囁く。
「まあいいさ。どうせすぐに分かることだ。そう、すぐにな」
その時、曲が終わった。男はそれを知るや否や、人混みに紛れて姿を消した。
「いったい、今のは・・・・・」
男の言葉が、頭にこびりついて離れない。姫香が考えていると、人混みを掻き分けてヘルズが出てきた。
「おっ、ようやく見つけた。次で最後の曲らしいし、最高に華麗に決めて終わろうぜ。ちょうど花火の場所取りをしに行く奴らのおかげで、少しすいたしさ」
周りを見回すと、確かに客の数が激減していた。どうやら、屋上の場所取りに向かったらしい。
「じゃあ、最後の一曲、踊ろうか」
「は、はい」
曲が流れだし、2人はそれに合わせて踊る。途中まで行ったところで、ヘルズは姫香の腰を回して、背中を壁に押し付けた。
「姫香、ちょっといいか?」
「え、え⁉」
突然のことに、理解が追いつかない。姫香が混乱していると、ヘルズが壁にドン、と手を着いた。世に言う『壁ドン』という物である。自分には一生訪れないであろう状況だと思っていただけあって、その驚きも尋常なものではない。
「一目見たときから、お前に惚れていた」
「ふえっ⁉」
ヘルズの衝撃的な告白に、姫香の顔が真っ赤になる。そんな姫香を見て楽しそうに笑いながら、ヘルズは続ける。
「ずっと、好きだった。愛してる」
「ふぇっ! え、え、え、え・・・・・」
脳が理解を拒んでいる。いや違う、脳がショートしたのだ。何も考えられない。3秒に1回、視界が真っ白になる。心臓の鼓動が大きくなり、ヘルズにも聞こえてしまいそうだ。それを考えるとますます顔が赤くなる。そんな姫香の反応を見て、ヘルズが心配そうな顔をする。
「おい、大丈夫か」
「だ、大丈夫ですぅ・・・・」
「そうか。なら良かった」
姫香の言葉を聞いてヘルズはニッコリと笑うと、姫香に顔を近づけてきた。その動作がなにを意味しているのか、恋愛に詳しくない姫香でも分かる。
「え、え、え、え」
言語能力を失ったかのように、言葉が上手く発せられない。ヘルズはそんな姫香の反応を楽しむかのように、ゆっくりと顔を近づけてきた。
(う、嘘・・・・こんな所で、この状況で? そ、それに、好きだなんて―――――)
思考が空白になる。ヘルズの顔が近づいてくる。
2人の鼻が触れ合う――――寸前、唐突にヘルズが顔を引いた。
「うん。これで十分かな」
「?」
首を傾げた姫香の耳に、聞きなれた、怒気の籠った男の声が聞こえてきた。
「《獣王――――》」
怒りに震える声と共に、何者かが飛び込んできた。ヘルズはそれを見ると、真横に飛び退いた。
「《無塵》!」
直後、1秒前までヘルズが居た場所に、クレーターができる。遅れてきた風圧が四方八方に吹き荒れ、姫香の髪を弄ぶ。
そんな事をした人物は――――
「貴方は、さっきの⁉」
そう、その人物は先ほど姫香が一緒に踊った、あの男である。男は目に殺意を迸らせ、ヘルズを睨んでいる。
「テメエ、よくもやってくれたな」
すると、ヘルズは肩をすくめた。
「こうしないと、貴方が出てきてくれないと思いまして。それに、僕の仲間を皆殺しにしたのは、貴方達でしょう?」
姫香は目を見開いた。この声は――――
「ヘルズさんじゃ、ない⁉」
姫香の驚きに、男はため息を吐いた。
「アホ。本物はこっちだ」
そして自分の顔を右手で撫でる。すると変装道具が男の顔から剥がれ落ち、男の本当の顔が現れた。丹精な顔立ちに、目の下の色濃い隈。その顔には、見覚えがある。
「ヘルズさん!」
姫香の黄色い歓声に、ヘルズは冷たい視線で返す。
「おい、どうしてアイツが偽物だと見抜けなかった」
「そ、それは・・・・」
今までの変装した状態のヘルズとの会話を、姫香は冷静に思い返してみる。
「お金の使い道は自由ですけど、ちゃんと山分けして下さいよ? もし報酬の事で皆が怒ったら、手が付けられませんからね」
姫香のこの言葉に対して、ヘルズはこう答えた。
『ああ、流石に俺1人じゃ無理があるな』
だがやはり、何度考えてもこの発言はおかしい。天上天下唯我独尊の塊であるヘルズが、降谷達程度を相手にして『無理がある』などと弱音を吐くはずがない。そもそも、仕事前にヘルズは降谷、ユル、チャルカの3人を瞬殺していた。
それなのにあんな言葉を言ったのも、ヘルズが偽物だったからと言えば納得がいく。
そして変装しているヘルズが偽物だと分かると、医務室の会話の意味が分かる。
『これで残りは1人、ボスの『視覚』だけだ。だが奴は組織の中でもずば抜けて強い。正直、俺でも勝てるか分からない。そこでだ、今戦える奴全員で『視覚』を倒しに行こうと思う』
これによってヘルズ勢力に総攻撃を仕掛けさせ、まとめて潰す魂胆だったのだろう。見事な策だ。
「えっと、その・・・・」
これらの発言の違和感に気が付けなかったのは、姫香の落ち度だ。姫香は申し訳なさそうな顔をする。
「まあいい。その件についての説教は後だ。それよりも、今は目の前の敵だ」
本物のヘルズが拳を構え、偽ヘルズに向き直る。
「さて、化けの皮が剥がれたところでガチバトルと行きますか。『血まみれの指』、ボス『視覚』―――――いや、生徒会長、北見方修吾」
ヘルズの発言に、姫香の顔には戦慄が、偽ヘルズの顔には笑みが浮かんだ。
「ご名答、弐夜君。いや――――怪盗、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングと呼んだ方がいいのかな?」
偽ヘルズ―――――北見方は両手を広げて、爽やかな笑顔を見せた。その顔は、とても暗殺者の組織のリーダーとは思えないような、明るい笑顔だった。
「長いからヘルズでいいぜ。――――それより、覚悟はいいか」
「何の覚悟かは分かりませんが、いいでしょう。僕も死んだ仲間のために、貴方と一戦交えなければと思っていましたから」
直後―――ヘルズが動いた。
北見方の胸倉を掴むと、反対側の壁まで放り投げる。北見方の体が宙を飛び、テーブル数台を巻き込んで落下する。ガラスの破砕音が、まるで演奏楽器のように響き渡った。
それを見た客たちが恐怖に顔を引きつらせ、出口に向かって殺到し始めた。まだ『嗅覚』のテロの舌の根も乾いていない内だからか、その恐怖は絶大の模様だ。人が密集しすぎたせいで通れなくなった出入り口を眺めながら、北見方がヘルズに提案する。
「ヘルズさん、戦う場所を変えませんか? ここではあまりにも狭く、障害物が多すぎる。ですので、外のグラウンドで戦いませんか? あそこなら、十分なスペースがある。どうでしょう?」
「いいだろう」
1秒の隙もなく、ヘルズが頷く。こんな悪人同士の抗争に、一般人を巻き込むわけにはいかない。
「姫香、お前は屋上に行って、俺たちの戦いを見て勉強しろ。あとで原稿用紙10枚以内にまとめてもらうから、しっかり観察しとけよ」
「は、はい!」
姫香は返事をすると、出口へと向かった。その様子を見て、北見方がヘルズに言う。
「後方の憂いを断ちましたか。それでは行きましょう」
「ああ、そうだな」
そして2人は窓に向かって歩くと、窓ガラスを蹴り壊し飛び降りた。
次回は8月28日更新予定です。
・今回分かった詳細
・バイトらしき青年・・・ヘルズ ではなく『視覚』
・謎の男・・・・・・ヘルズ




