ただいま潜入中②
現在分かっている詳細
・ニノ見留薬味・・・・二ノ宮来瞳
・ピエロ・・・・・・・松林尚人
・バイトらしき青年・・ヘルズ
「さて、どうしようかしら」
会場から100メートル離れた場所、地下の倉庫に、二ノ宮は立っていた。
「まさか、こんなに早く『血まみれの指』の金庫の目星まで点けるなんて・・・さすが、ヘルズといった所かしら」
ヘルズが指定した箇所は、全部で5か所。
その内のどれかが『血まみれの指』の金庫だと、ヘルズは踏んでいた。
「しかし、ヘルズも人使いが荒いわね。『頼む』の一言もなく命令を出すだけ出しといて、自分は高みの見物なんて」
ま、そこも魅力的なんだけどね、と二ノ宮は呟き、地下倉庫の中を静かに歩く。
実際、ヘルズが二ノ宮だけにこの指示を出したのも納得がいく。
二ノ宮は戦闘担当ではない。敵がどこから現れるか神経を張り詰めている今、戦闘担当が一人でも抜けるのは心許ない。
「そういう意味では姫香ちゃんでも良かったんだけどねー、どうしてヘルズは彼女に危ない橋を渡らせようとしないのかしら」
姫香が来てから数週間。ヘルズは、一向に姫香に危険を冒させようとしない。
そして、二ノ宮は不満だった。
ヘルズが姫香にかかりっきりになり、あまり二ノ宮を構ってくれなくなったのだ。
「・・・別に、ヘルズが誰と話していようが関係ないけど」
我ながらツンデレのような台詞が出たと思いながらも、唇を尖らせる。
しかし、この気持ちは何だろう。
胸の奥がもやもやとする。ヘルズに指示された事を喜びながらも、それを不満に思っている自分が居る。もっとヘルズの近くに居たいと思う自分がいる。
「・・・・と、そんな事より、仕事仕事」
我に返り、金庫の扉の前に立つ。仕事をサボっては本末転倒だ。
金庫の扉は、縦4メートル、横5メートルの長方形で構成されていた。中央にはハンドルのような物がついており、扉というよりは鉄の板だ。
「さて、と。開錠作業を開始しますか」
ポケットの中から聴診器を取り出し、耳にはめる。こういう作業は、いつの時代でも地道にやっていく
しかない。
カチ、カチと。無機質な音が地下倉庫の中を反響する。
「これでよし、と」
開錠作業を始めて30分。10桁あるダイヤルを攻略し、二ノ宮はホッと安堵の息を吐いた。
「さて、開けるわよ?」
自分自身に質問しながら、二ノ宮は立ち上がる。ハンドルに手をかけ、力一杯回す。
「当たってるといいな・・・・」
ヘルズが目星をつけた場所は5か所。ここが外れという可能性も、充分にある。
―――――いや、下手をすれば全て外れという可能性もある。
その考えに、二ノ宮は首を振った。そんな事があるはずが無い。ヘルズを信じるんだ。
ギギギ、という音がして、金庫が開く。二ノ宮は当たっている可能性を信じながら、金庫の中を覗きこんだ。瞬間、その顔が青くなる。
「嘘―――――」
金庫の中は空だった。――――否、爆弾が入っていた。
おそらく金庫が開いた瞬間爆発する仕組みになっているのだろう。そのくらい、この状況を見れば素人でも分かる。
ヘルズ達は、一つ大きな見落としをしていた。
それは、偽物の金庫に何かを仕掛けられている可能性。
多分、『血まみれの指』は他にもダミーの金庫をいくつも持っていて、その各所に爆弾を置いているのだろう。二ノ宮は、その内の一つを開錠してしまったのだ。
「しまっ――――」
二ノ宮が懐からカードを引き抜くよりも早く、爆弾が爆発する――――――
「俺達の金庫を嗅ぎまわっていた奴は殺れたか? 『味覚』」
バーテン服の男が、ランドセルを背負った少年に聞く。
「うん、間違いなく死んだよ。だってあの爆弾、戦車くらいなら軽く吹き飛ばすからね。生身の人間がくらって生きているはずが無いさ」
ランドセルを背負った少年は頷くと、持っていたタブレットの画面をバーテン服の男に見せた。
「ほら、あの女瓦礫に埋もれたみたいだよ。見てよ、下半身が瓦礫に潰されてる。頭から血も流してるし、もう死んでるね、きっと」
バーテン服の男は画面をチラリと一瞥すると、鼻を鳴らした。
「フン。だが油断はするなよ。敵はまだ残っている。気を付ける事だな」
「了解。『触覚』」
ランドセルを背負った少年―――――『味覚』は楽しそうに言うと、座っていたカウンターから降りた。
「じゃあ、残りの敵も殺って来るね。集合はこのバーで」
「一人で行くのか? 『味覚』」
バーテン服の男の問いに、『味覚』は残虐な笑みを浮かべた。
「僕一人で充分だよ。―――――だって、僕は組織内で最も残虐なんだからさ」
「かしこまりました、お客様」
メイド服を着た女―――――ユルは、注文を頼んだ客にお辞儀をすると、その場を離れた。
歩きながら、ユルは考える。
(まさか、こんなに簡単に潜入出来てしまうとは・・・・)
今回潜入した人間の中で最も容易く潜入出来たのは自分だと、ユルは胸を張って言える。
貴族令嬢のパーティーと言うから警備態勢も厳重かと警戒していたが、警備員はユルのメイド姿を見る
なり使用人と勘違いし、チケットを提示するまでもなく通してしまったのだ。しかも、暗器として仕込んだ毒針やナイフも、メイドの必須アイテムとして通ってしまった。
(本当に、こんな警備で大丈夫なのでしょうか・・・?)
正直ここまで警戒態勢が甘いと、返って罠ではないかと疑いたくなってしまう。
こんな身なりをしていても、ユルは第三期暗殺者次席だ。その身体能力は、常人の63倍だ。その気になれば、半径20メートル以内に居る人間を3秒で皆殺しに出来る。
(まあ、メイドとしての仕事が出来るから特に不満はないのですが)
昔はともかく、今のユルは率先して人を殺さすタイプではない。メイドという趣味を見つけて以来、殺
人には手を染めていない。
「あとは、メイド談議が出来る友達が居ればいいのですが―――――」
はあ、と溜息を吐く。今の自分に足りないのは、それだけなのに。
その時、メイド服の袖を引かれる。
「ユル、ちょっと」
その声にユルが後ろを向くと、そこには変装したチャルカが立っていた。
ただ、その格好はひどく面妖だ。
黒色の燕尾服に、黒のシルクハット。両手に白い手袋をして、右手には杖を突いている。
もはや、完全に男装だ。
そして、この上なく似合っていない。
「チャ、チャルカ⁉ 一体その服装、どこで――――」
「主席に教えてもらった。この服、絶対似合うって」
似合ってない‼
ユルは心の中で絶叫した。
まず髪が似合っていない。栗色の挑発にシルクハットとか、無謀にも程がある。ヘルズはどこまでファッションセンスがないのだろう。
「チャ、チャルカ、流石にちょっとそれは――――」
その時、ユルの脳裏にある人物の顔がよぎった。
(・・・・第三期怪盗主席)
降谷やユルが所属していた頃の、怪盗の頂点。
そう言えば、彼も同じような服装をしていたか。
ならば、尚の事チャルカの服を変えなければならない。チャルカには、あんな人間にはなってほしくない。
「そ、そう言えば向こうに、チャルカにもっと似合う服装がありましたよ! 折角ですので着替えに行きましょう! ほら、その服装だと目立ってしまいますし!」
目立つ、と言う言葉が聞いたのだろう。チャルカは無表情で頷いた。
「分かった。目立つの駄目。すぐに着替える」
「え、ええ。目立つのは駄目です。ではこちらへ」
そう言って、チャルカを会場から連れ出す。客からの注文を放ったからしにしていたが、そんな事は後
回しだ。今は一刻も早く、チャルカを着替えさせなければ。
「さあ、こちらに。衣装室に替えの衣装がありますから――――」
このパーティーは、7日間続けて行われる。そのため、衣装は7着以上必要となる。しかし、自分の気に入る衣装を7着も持っていない者や、何らかの事情で服を余分に持って来ていない者のために、衣装を無料で貸し出している部屋がある。そこで着替えさせれば―――
「うわあ、凄い。まさか捜索早々出会えるなんて僕、ラッキー」
突如、聞こえてきた声にユルは身構える。
「お姉さん、そんなに警戒しなくてもいいよ。どうせ警戒しても、大して変わらないからさ」
前を見ると、通路の端に一人の少年が立っていた。赤いランドセルを背負っており、身長からも小学生
だとうかがえる。
「なんだ、小学生ですか・・・・」
「ただの小学生じゃないよ。お姉さん」
チロリ、と。
小学生の口から、赤い舌が覗く。
「じゃあ名乗ろうか。僕は『血まみれの指』の一員。担当部位は『味覚』。よろしくね、お姉さん達」
その発言に、ユルは驚愕した。
「『血まみれの指』⁉ まさか、こんな子供が⁉」
だが信じられない話ではない。『血まみれの指』は、改造人間の集団だ。そして、史上最年少の改造人間記録は3歳。
年齢的には、充分あり得る話ではある。
「子供子供うるせえよ、年増が」
『味覚』が、苛立ちを露わにする。
「まあいいさ。どうせ戦ってみれば、どっちが強いかなんてすぐに分かる」
『味覚』の言葉に、ユルとチャルカは身構える。
「さ、始めようか」
『味覚』の合図で、戦いの火蓋は切って落とされた。
次回は7月12日更新予定です。
現在分かっている詳細
・ニノ見留薬味・・・・二ノ宮来瞳(死亡)
・ピエロ・・・・・・・松林尚人
・バイトらしき青年・・ヘルズ
・メイド・・・・・・・ユル
・シルクハットの男・・チャルカ
・赤いランドセルを背負った小学生・・・『味覚』




